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「動機が大切」ということの意味

2010年06月24日
人が何かの物事を行う際に、もっとも基本的に大切にすべきなのは「動機」です。動機が純粋である、愛が大きいものである、宇宙の真理に基づいているといったようなポジティブなものであれば、その行おうとしている物事がポジティブである場合が多いでしょう。

そして次に大切になるのは、その「行動」が道理に叶っているのか、ある程度の周囲との調和が成されているのかといったことを行動しながら自らの中でチェックし、ポジティブなものであればそのまま進み、何かネガティブなことがあれば反省して改善させながら進めれば良いということになるでしょう。

例えば、動機が我が子に対する純粋な愛からくるものであるとしたら、それはとてもポジティブな動機といえるでしょう。しかし、その行動が暴力的な行為に至った場合には、行動が道理に叶っていない、不調和を起こしているネガティブなことであるために、結果的には低い波動(エネルギー)を生じてしまい、ネガティブな結果をもたらしてしまいます。

動機は根本的に最も大切なことでありますが、当所の動機がポジティブであれば、その後の動機も行動もポジティブなことが続くのかどうかといったことは、その人の選択次第になります。最初の動機や行動がポジティブであっても、次に行う選択で動機や行動がネガティブになってしまうと、結果的にはネガティブな状況に至ってしまいます。

先ほど例えたことに当てはめますと、最初の動機は我が子に対する愛情から言葉でわかってもらおうとして叱ったとしたら、それは動機も行動もポジティブです。しかし、なかなか理解できない我が子に対して、怒りや辛さを感じて感情的にネガティブになったり、子どもの領域に過干渉しすぎてしまったりして、いつのまにか動機が親の思いを押し付けることに至り、行動が暴力になってしまったら、動機も行動も共にネガティブなものとなってしまいます。

物事は常に変化し続けていますが、その変化をたどらず、当所の動機や行動をもとにして自らの意識や行動を省みると、そのネガティブさに気づかないことがあったとしても、その1つ1つの変化していく様子を省みて、動機と行動、要因と結果を捉えてみると、自己分析がしやすくなり、自己の中で反省して改善しやすくなる場合があるのです。

もう1つ例えますと、思春期を迎えている我が子がいて、なかなか言うことを聞こうとしないことがよくあったり、感謝の態度を余り示さない中で親をアッシーのようにして車の運転をさせたりして、反抗期であるとはわかっていても、ついイライラしてしまい、言葉を控えたり感情を抑えたりするにも限界があって、結果的には怒鳴ってしまう場合があるような事態が繰り返されているとします。イライラしたり怒ったりしない方がよい、もっと子どもに対して愛を持って寛大に接したいと思っていても、自分を意識的に改善させることが難しいけどどうしたらよいのか…そんなふうに悩んでしまったとします。

その場合の解決方法も、先ほど述べましたように、動機と行動、要因と結果を、1つ1つ分けて捉えると、わかりやすいかと思います。具体的にどのように分けるのかといきますと、子どもに対して何かを伝えたいという親の愛情と、感受的にネガティブになってしまうということを、2つにわけるということです。

この1つである親の愛情から我が子に対する純粋な愛の思いの中で分かってもらいたいから話しをするという動機と行動は、とてもポジティブなことですから、伝えるべきことはしっかりと、その都度タイムリーな時に伝えるとスムーズなはずです。逆に伝えるべきことを言わずに心の中で貯めてしまうと、それだけでもネガティブに感じます。

また、伝える際には、本来「伝えるまでが自分自身の領域内のこと。」という不干渉の法則も意識した方が、ポジティブな結果に至る場合が多いでしょう。親の言葉をどのように受け止め、どのように活用するのかは子どもの自由意思や選択に在る程度任せるように意識しない場合によく見られるのが、もし子どもが反抗的な態度をとったりわかったような表現をしなかったりした場合には、その次なる親としての動機も行動も、わからせようとしての押し付けになってしまったり、子どもの自由意志や領域を侵害してしまったりするようなネガティブなものになてしまう場合があります。ですから、それなりにお互いの領域を意識的に気をつける必要があります。

もう1つの感情のコントロールは、伝えるべきことを伝えさえすれば、あとは自分自身の問題なので、もしネガティブな感情が強いと自分で認識していれば、その際に子どもと接したり言葉を交わしたりすることをできるだけ避けて、気持ちを落ちつけてから接するように配慮すれば、波動はより下がらず、よりポジティブな状況の中で接することができるはずです。

つまりこのように、伝えたい話をすることと、このような感情レベルとを分けて捉えるようにすれば、このような親子の関係になっている場合には、よりスムーズに調和に向かってお互いの関係が保たれていくはずです。そもそも、もともとの動機は親の愛あってのことですし、子どもからしたら、親への深い信頼があってのナチュラルな言動なわけですから、動機や行動がネガティブになってしまったと認識するたびに、この大元である動機がポジティブなものであれば、すぐにでも反省して改善しようとすれば、いつでもポジティブな状況に至ることができる可能性を大きいということなのです。


最初の動機さえポジティブであれば、そのことから生じた次なる動機や行動がたとえネガティブなものになってしまったとしても、改善する余地は多分にあるということ。逆に、当所の動機が愛の薄い純粋さのないようなネガティブであれば、その後に生じる行動もその動機も、さらにネガティブなことが広がっていってしまい、改善される余地が少ないということ。

シルバーバーチの霊訓に示されている「動機が大切」ということは、そういった意味であると私は理解しています。

2010.6.24 AM9:50



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