FC2ブログ
05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

タエヌのスピリチュアルな状況

2009年12月20日
私は18の頃に金縛りにあって霊体験をして以来7年半ほど前までは、たくさんの未成仏霊による現象を体験してきましたし、コミュニケーションをとってきました。(というか、コミュニケーションをとらされていた…ということがほとんどでした)7年半ほど前からは、私が自分の意識の持ち方によってコントロールできるようになってきましたし、それ以降は経験を積み重ねていくうちに、私から見たり聞いたり感じたりしたい時やコミュニケーションをとりたい時に、必要に応じてアクセスするようになり、今では相手から不用意にネガティブに感じる心霊現象をしかけられることも見せられたり聞かされたりすることもなくなりました。

私がまだ公立学校の教師をしていた頃の6、7年ほど前から、人によっては思念による通信ができることを強く実感することができるような事実がたくさん起きるようになりました。たとえば、当時勤務していた養護学校の同僚で、スピリチュアルなことに深く興味を示すある教師がいて、私をテレパシーで呼ぶことがありました。最初の頃は、私がその人のいる場所に行くと、少し驚きや喜ぶようなことがあり、私も「呼ばれたからきました」と得意気になっていたこともありました。その人の描いた絵画のイメージを思念で受け取り、その特徴を伝えるような‘実験が成功’したこともあります。またあの頃は、保護者と普通に話をしている中で、話にはでてこなくても、その方の家庭の状況や実家の状況、もしくは過去世やら今抱えている問題など、いろいろなことを感じることがよくありました。そして、機会があって話をすると、ほぼすべてが‘当たる’のです。

街中を歩いている人ですら、よく見て感じる、つまり霊視を意識的に行うと、いろいろとわかりました。親類や知人等、近い関係にある人はなおさらです。そのような親しい知人の中で、機会がある人に対しては会った時に感じたことを伝えると、多くの方は「何で知っているの?」という感じで驚かれることが多かったです。また、電話をかけようとした相手から電話がかかってくるということは、何度もありました。逆にいえば、私から思念を送って電話をかけさせるようにしていたともいえます。養護学校の子どもたちの中には、言葉を話せない子やうまくコミュニケーションをとれない子が多かったので、このような思念力はとても役に立ちました。子どもたちには思念やエネルギーに敏感な子が多く、たとえ後ろ向きでいても、私が思念で話しかけると、いつでも振り向いて目を合わせる子もいました。

私が学校の教師を辞めて今のようなお仕事に専念するに至るまで、大きな理由が2つありました。1つはレイキに関してのヒーリング効果やレイキを伝授することの素晴らしさを感じてレイキを世に普及したいと感じたことでしたが、もう1つが、オーラから肉体や心や過去世を読みとったり、守護霊様や神仏などの守護の存在とつながってメッセージ等を聞いて伝えたりするようなスピリチュアルアドバイスをすることも、大きなお役目として感じていましたし、その後はそのような自分自身の霊能力を生かすことをメインにするようになり、現在に至りました。


神様を自宅等で感じるときは、「強いエネルギー体」や「光」として感じる(見える)ことがあると同時に、「香り」と「味」でも感じられます。神々には独特なそれぞれの質があって、5感的にはこのような形で私は感じています。神社や波動の高い場所でも、私が感じ取ろうと強く意識すれば、神はその状況なりにお知らせしてくださいました。多くはエネルギーの強さを肉体や多次元的な体で感じ取ることでわかりますが、特に神社にて3次元的にもはっきりと表現してくれるのは、風向きを変えるとか突風を起こすとか曇天の中で隙間をつくって太陽の光をさしこませてくれるとかといった、自然現象を使ってくれることもありました。


ところで、私が夏頃からメールによるカウンセリングと前世リサーチをやめましたが、これには大きな理由があります。それは、どちらも過干渉をしてしまうことになったり、強い依存を生じたりするケースがあったからです。また、その人自身の本来持っている自己解決力やスピリチュアルな能力を損ねる可能性もあるからです。

不干渉の法則を強く意識するようになったここ1,2年の私は、相手の肉体や精神のオーラの状況(アカシックレコードも含む)とか思念とかといった相手の領域のことを、必要最小限のみ感じるように強く望むようになりました。私は、7年ほど前は霊能力が高くなることを強く望んでいて、宇宙にも強くお願いまでしていましたが、今は逆に必要最小限のみ知ることを強く望んでいます。また、できるだけ私の直感や与えられるインスピレーションを、私自身の中で感じるものと外の何かから与えられたものとをできるだけ分離しないで、1つの意識として与えていただくようにも願っています。ですから、今与えられたインスピレーションは~という神様からのメッセージで、先ほど与えられたのは宇宙の同志の~からのメッセージで…という形で、つい先日のブログに書いた内容のように、必要に応じて分離することもありますが、できるだけ分離しないようにして、私が与えられて1つの意識として捉える事が出できた高次からのインスピレーションとして捉えて活用するようにすることで、とてもシンプルで3次元的にはバランスがとりやすい状態を、今の私は心地よく感じています。

また、思念のやり取りでも、3次元の世に存在している人とのやり取りは、やはり3次元的なバランスや不干渉の法則の観点から、できる限り話や文字を使って、3次元的に最もわかりやすい会話とかメールとかといった一般的な形でとるように専念しています。以前は、分かってほしいとか感じてほしいとかと強く願って思念を送るようなことがありましたが、そのようなことは止めています。また、求められてもいないのに相手の状態を知ろうとしすぎることは、過干渉になってしまうことが多くあるからです。また、相手の知らない内面や、言葉に出していないような過去の経験や感情などの内面を、肉体や精神のオーラの状況(アカシックレコードも含む)とか思念とかから感じ取って相手に伝えていくうちに、強い依存を生じるケースが時々起こります。また、以前直接カウンセリングをしていた時にありましたが、あまりにも相手の方の内情を感じ取りすぎて表現してしまうと、「今私が考えていることをすべて見とおされているのでは…」というような不安や時には小さな恐怖のような感情を生じさせてしまうことがありました。結局、その感情も感じ取って「大丈夫ですよ。私にとって必要な情報のみ読み取ることが許されているだけですから、すべてがわかっているわけではありませんよ。」と伝えるようにしていましたが、このようなことを伝えることにより解決できたかどうかはわかりません…。さらに、相手の方自身が持ち合わせている本来のスピリチュアルな能力や自己解決力を損ねてしまう場合もあるからです。

それよりも、このような過干渉や強い依存を生じるようなことをできるだけしないように意識することの方が、私が自分自身の領域内での解決策として適していると感じました。それを実践している結果の1つが、メールによるカウンセリングと前世リサーチをお受けすることをやめたことです。

でも、守護霊様のリサーチは、守護霊様と繋がって必要な情報やメッセージを守護霊様から伝えていただいているので、ご依頼者様を過干渉しているわけではないと、今の時点での私はそう捉えています。神社のリサーチも同様に、神様との交信によって得た情報をお知らせしていると感じています。レイキの遠隔伝授も遠隔ヒーリングも、ご依頼をいただいた方に、ご要望に応じた必要なエネルギーを送ったりエネルギーをつなげたり技術や知識を伝えたりしているので、やはり私からは必要を与えていることに専念しているので、過干渉にはならないと信頼しています。私は、ご依頼者様の責任の領域には入らずにまっとうできる仕事を行っているつもりです。そして、受け取られたご依頼者様が、どのように感じられたのかとか、どのようにご活用されるているのか、といったようなご依頼者様の捉え方や状況といったような相手の領域に関して、私から質問するようなことはこれまでにもしてきませんでしたし、この先もありえません。このような質問は、相手の領域に過干渉することになるからです。でも、ご感想や近況をお知らせいただいたり、ご質問をいただいたりした場合には、ありがたくお聞きして、ご質問があった場合には、私の答えられる範囲内での返信をするようにしています。


結果的に、今の私のスピリチュアルな状況をまとめて表現しますと、感じるべき必要を感じたことは、カルマの法則や波動の法則や不干渉の法則を強く意識して、他次元的なスピリチュアルな観点でも3次元的にも、わくわく感(直感)に従って‘必要に応じて’認識するように意識しているということになるかと思います。

私にとっては6,7年ほど前のようなスピリチュアルな能力が開花してきたと感じて霊的能力がさらに強くなりたいと強く望んでいた頃や、知識もがむしゃらになって得ていた頃と、このような今の時点での私の状況との大きな違いは、「宇宙の普遍的な法則」であるカルマの法則や波動の法則や不干渉の法則をより強く意識していることにあると私は実感しています。また、必要なものは必要な所に必要に応じてもたらさられること(必要の法則)もたくさん経験して実感してきたために、無理せずとも必要なものが得られることを信頼して感謝しつつ、波動をできるでけ高く保てるように今努めることを意識することで、与えられる必要なものの波動の質も高めることが大切であると強く意識している次第です。

ちなみに、私がこれまでにしてきた今となっては過干渉と感じられるような様々なことも、すべては必要な経験であり学びであり、御依頼者様との間のことに関しては、その時点でお互いにとっての必要であった学びや知識や物質などをギブアンドテイクしあっていたポジティブなことであったと認識しています。しかし、街ですれ違った人や知人等をむやみに勝手に霊視するようなことは、する必要のない過干渉であったと大いに反省していますし、今はしないように意識しています。でも、そのように不干渉の法則を意識していても感じてしまうようなことに関しては、必要な情報として受け止めるようにはしています。

また、今の時点で私は上記のように意識して実践していますが、個々によって、意識の仕方や学びの状況や波動などの、個性や必要なものは違うわけですから、個々の信頼している自己判断力や直感的なわくわく感による選択を大切にすることが重要であって、本来は他者が私の現状を評価やジャッジをする必要はなく、本人から求められてもいないのに、私が勝手に他者の行うことを評価したりジャッジしたりすることも必要ないと捉えています。ですから、今回の記述内容も、これまでに私が記載してきたことも、あくまでも現状の私が感じていることを表現している内容なわけですから、ご参考いただき識別していただいて、ご自身が必要にに感じられることをポジティブにご活用いただければ幸いに思います。

私はブログや本などで得た情報や知識も、直接お話しいただいたりメールをいただいたりしてお伝えいただいたことも、すべてをありがたく受け取り、最終的には私自身の自己責任の中での判断によって識別して、活用したり保留にしたり削除したりしています。







スポンサーサイト



スピリチュアル