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「必要」に徹すること

2009年12月10日
私は、意識や行動に関してはわくわく感に従うことを基本としていますが、物質の扱い、特にお金に関しましては「必要」に徹するよう常に心がけています。

私のブログを以前からお読みの方はご存知かと思いますが、私は世間の基準においてはたいへん貧乏であると位置づけられるでしょう。現に、我が家のすべてを合わせた今の時点での手持ちの現金と通帳の中身とを合わせても1万円前後しかありません。クレジット会社等の業者からの借金はまったくありませんが、6人家族の現状の持ち金としては、きっとかなり少ないでしょう。でも、こんな状況は我が家のここ数年の状況の中では珍しいことではありません。確かに以前は先を考えて不安に陥ったことは何度もありましたが、今の時点での私も妻も「必要」に徹しているので、昨日までも今の時点でも、必要なお金はあることを感じていましたので、安心して実生活を送っています。

以前までの私も妻も、少し先のことを考えて思い切り不安になることはしばしばありました。特に、子どもたちの学費や家賃といったような、月々の期限付きでまとまったお金が必要であり、子どもたちにもネガティブな影響を及ぼすような事態においては、子どもたちにネガティブな思いをさせたくないという思いから、直前になっても必要とするお金の貯蓄がないようなときには、恐怖のようなものさえ湧きあがることもありました。

でも、これまでの数々の経験を通して(私のブログの所々にその様子は具体的に書いてきました)私も妻も、「必要なものは必要な時に必要な所へもたらされる」ことを実感して強く信頼するに至ったので、以前のような取り越し苦労(まだ起きてもいない先のことを過度に心配すること)をすることが徐々に減ってきました。それでも、やはり今でも取り越し苦労はします。私のような自営業(我が家の収入はアセンションスペースシューリエのホームページに書かれている内容のご依頼を承って実行することにより得られる収入のみです)では、お金を得るためのこの先の当ては未知数なわけですから、毎月かかる家賃10万円や学費等が直前まで確保できていないような時には、気がつくと取り越し苦労の世界に浸っていることがあります。でも、そのたびに「必要なものは必要な時に必要な所へもたらされる」という言葉を念じて、ネガティブな感情を安心と信頼というポジティブな感情へと変換することによって乗り越えてきましたし、そのように強く意識するようになったここ1,2年間は、実際に必要な物は必ず与えられ続けてきました。《大感謝!》

我が家では過度の節約(きりつめること)はしていないと自負しています。たとえ持ち金が乏しいと感じていても、必要であればその分を使うようにしています。お金に多少の余裕や過剰があるような時には、多少なりとも贅沢であると感じるようなことも、波動を高めたり気をやすめたりするなどのポジティブに感じることとして必要であると感じれば選択しています。だからきっと子どもたちは、世間と比べても貧乏であるとは感じていないでしょう。でも、ぜいたくをしているのとは、ほど遠いいと感じていることでしょう。

最近アマンダ(次女小3仮名)もデンプ(3女6歳仮名)も、私に何かを買ってほしいとねだる時、「~は~をする時に~のためにどうしても必要だから買って~」というような言い方をすることが増えてきました。そんな時、「必要ならばいいよ」とあっさりと認める場合もありますが、私からしたら贅沢であったり本来は必要ではないと感じたりしたような場合には、必ず私の捉えた観点を話して、もう一度本当に必要な物なのかどうかを考える機会を与えるようにしています。時には説得するようになる場合もありますが、私も妻も子どもに対して話す内容と同じように「必要」に徹することを実践していると自負していますが、そんな姿を感じてくれているためもあってか、必ず結論は我欲を抑えて必要に徹してくれています。

シュー(高1長男仮名)とグミ(中1長女仮名)は、それなりに我が家の経済状況は分かっている中で、それでも必要と感じるような物のある場合には、たとえ高価な物(2人とも最近は部活で必要な物がメインですが良い物を求めて値段はあまり妥協していません)であっても買ってほしいと要求してきたり、カラオケに行くからとか電車で近くの町に出て買い物に行くからとかと言って、余分におこずかいを求めてきたりすることもあります。でも、おもしろいことに、この2人の願いは金額の高低に関係なく、いつもすんなりと叶う(購入するための現金が手元にある)ので、本当に「必要」な物を得ることに徹しているんだな~と感心してしまいます。

これまでに何度も過去のブログには書いてきましたが、私も妻も石垣島に移住することを、今、もっとも強い願いとして抱いています。もちろん、必要なお金は全くありませんし、物質的なことに関する当てなどもまったくありません。3次元的な物質的には何一つ動いていないのです。でも、常に理想としてはあらゆることを描き続けていますし、願望は時が経つにつれてさらに強まり広がっていっています。そんな中、私も妻も常に願いは必ず叶うことを信じて、私たち家族にとって移住することが必要である時が来れば、必要なものが、必要に応じたタイミングでもたらされることを信頼して、ポジティブな感覚の中で待ち続けています。


*2009年10月6日に当ブログで掲載した内容を転載しました。










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