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上総の国総社の戸隠神社・上総国分寺へ参拝してきました

2009年07月13日
今日は朝のうちに霊力を使う仕事を一通り済ませて一息つくと、突然思い立って(直感的に)私の住んでいる上総の国の総社に行きたくなりました。神社の場所も名前も知らなかったので調べてみると、上総の国の総社は市原市にありました。しかも、地図で調べたら、私が時々熱帯魚や飼育関係の品を買いに行く、大型ペットショップのすぐ近くでして、ちょうど買いたい物もあったために、即決して妻とデンプと3人で出かけてきました。また、総社のすぐ近くには国分寺があり、少し離れた所には国分尼寺もあることがわかりました。

家で地図を見てきて記憶しておき、ここら辺にあるであろうと見当をつけた場所に行くと、国分寺の専用無料駐車場がありましたので、最初に国分寺に行きました。駐車場を降りて国分寺に向かうと、周辺の土地から感じる強いエネルギーがジュワジュワと体を包み込み、また後頭部周辺にもジリジリと強いエネルギーを感じましたが、デンプは「気持ち悪い~」と言って吐き気を訴えました。でも、目は元気だったですし、「このお寺様には薬師瑠璃光如来様という体を健康にしてくれる神様がいらっしゃるから大丈夫だよ!」と伝えると「アー良かった」と安心して嬉しそうに歩きだしました。上総国分寺のご本尊は薬師如来(薬師瑠璃光如来)様とのこと。薬師瑠璃光如来様の真言である「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」は、私と妻は毎朝唱えている真言の中の1つですし、デンプも数年前から暗記していてよく知っている真言です。山門に着いた頃には、この素敵なエネルギーに身体もなじんだようで、そのエネルギーを普通に感じる心地よさを味わいました。

山門には仁王様がお出迎えしてくれていて、今ある御本堂は300年ほど前に建立されたとのこと。長い歴史の中で人々に大切にされて守られてきた、とても素敵な雰囲気の境内でした。

上総の国の総社は戸隠神社です。境内に入ると、とてもすっきりとしたさわやかなご神気を感じました。デンプもやたらと身が軽く境内を動きまわっていましたが、浅間大神様が祭られている富士山をイメージした山を登るのが特に楽しそうでした。5mほどのお山でしたが、登るにつれて~合目という表示が書かれているのに親しみを感じました。境内にいるだけでなんだかとても元気の出る感じがして、私たちにとってはとても親しみやすい神社でした。

ちなみに、我が家から上総国一ノ宮の玉前神社(長生郡一宮町)までは車で約10分で行けるので、気軽に参拝できますが、総社(市原市惣社)までは車で約1時間かかりますので、それなりの時間とちょっとした気合いが必要になります。


以下の内容はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載しました。

☆総社(そうじゃ、惣社とも書く)とは、ある地域内の神社の神を集めて祀った神社のことである。国の神社を集めたもの、荘園や村の神社を集めたものがある。郡・郷などの総社もある。

☆国の総社とは、古代日本の国司にとって、着任後最初の仕事は国内の全ての神社を巡って参拝することであった。平安時代になって国府の近くに総社を設け、そこを詣でることで巡回を省くことが広まった。そのため総社は一般に国府の近くに置かれた。かなりの数の総社は中世にいったん廃れ、後に再興されたものである。中には今に至るまで再興されずにいるものや、どれが総社だったのかわからなくなってしまったものもある。


☆国分寺(こくぶんじ)、国分尼寺(こくぶんにじ)は、741年(天平13年)、聖武天皇が国情不安を鎮撫するため、各国に建立を命じた寺院。正式名称は、国分寺が金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)、国分尼寺が法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)である。

各国には国分寺と国分尼寺が一つずつ、国府のそばに置かれた。多くの場合、国庁とともにその国の最大の建築物であった。大和国の東大寺、法華寺は総国分寺、総国分尼寺とされ、全国の国分寺、国分尼寺の総本山と位置づけられた。

律令体制が弛緩し、官による財政支持がなくなると、国分寺・国分尼寺の多くは廃れた[1]。ただし、中世以後もかなりの数の国分寺は、当初の国分寺とは異なる宗派あるいは性格を持った寺院として存置し続けたことが明らかになっており[2]、あるいは後世において再興されるなどして、現在まで維持しているところもある。また、かつての国分寺近くの寺で国分寺の遺品を保存していることがある。国分尼寺も同様だが、復興を受けなかったところが多い。

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