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ネクタイについて

2009年02月09日
私がネクタイを初めて身につけたのは、小学校6年生のときの学芸会の劇で議会のシーンにおいて市長役をした時のことだと記憶しています。なんだか首を絞めつけられて息苦しいな~とこの時は思いましたが、その後は22歳から3年近く勤務していたファミリーレストランの入社式に始まり、教員をしていた5年ほど前までは、ネクタイをしながらの息苦しさや違和感をおぼえつつも慣れていき抵抗感も薄れ、社会人としての正装として当然のものであるとの認識の上で、ネクタイを着用していました。

しかし、私は今のような仕事をするようになって以来、ほとんどネクタイを締める機会がなくなりましたし、実際にここ2年ほどはネクタイをまったく締めていないと思います。たぶん、今から1年半ほど前になると思いますが、このネクタイに関してのメッセージを高次元の存在から個人的にいただいたことがあり、それ以降はさらに意識的にネクタイから遠ざかるようになっています。

チャクラに関しては様々な見解があると思いますが、重要なチャクラは7か所あり、その中の一つが、人の喉のあたりに位置している(第5チャクラ)と私は認識しています。この喉のあたりにあるチャクラの働きの中でいくつかを挙げますと、他者の波動や周囲のエネルギーを敏感に感じ取る力があり、人に対しての理解力や、より的確な自己表現力をするために深く関わっているということ。また、人間同士や物事との関係においてのバランスをとり、人が社会性を形成するためにそれなりに影響するとされていること。また、外部から進入しようとする邪気をガードしたり、情緒的にネガティブになることを防いだりするために、エネルギーを出し入れする役割も果たしていることなどが挙げられます。

日本人が和服と称して、古くから好んで着用してきた服は、この大切なチャクラの一つである喉元はすっきりと空いているのが普通で、ネクタイのように締め付ける服装はほとんど存在していないのではないかと思います。物質的なことに加えて、調和や感覚も重んじていた日本人にとっては、喉元を締め付けることに違和感を覚えていたでしょうし、感覚的にもそのようにすることを選択していなかったのでしょう。

日本にネクタイが持ち込まれたのは今から150年ほど前のことで、ジョン万次郎が帰国した際に持ち込んだとされています。その後、120年ほど前に国産の蝶ネクタイが誕生し、大正時代に洋服が一般化されるにつれて、ネクタイも普及していったようですが、日本における歴史はこのように浅いようです。

ネクタイは本来、先ほど挙げたような理由などから、スピリチュアルな観点でいえば、人が身につけるにはあまり好ましくはないものであるということです。ちなみに、先ほど書きかけたネクタイに関します高次元のスピリットからのメッセージについてですが、大きくわけて2つの内容がありました。1つは、魔のものたちの策略によってネクタイを日本に定着させることに成功し、日本人の感覚的な能力を低くし、調和を図る力を劣らせ、日本全体の波動を落とそうという目的があったとのことです。また、もう1つは、魔が人を縛りつけることのできている象徴である(首輪)とも伝えてくれました。

今回の日記に書いた内容に関しましては、ふと書きたいと感じたので書いただけですので、ネクタイを付けることに対しての是非を問いたいとか、書くに至った何らかの出来事があったのかと言いますと、そのようなことは特になくて、先ほどトイレから出た瞬間にふと書きたいと感じた内容を書き綴っているのみです。

私は、ネクタイをしている皆さんに対して、このようなことを訴えて止めるように強く勧めているつもりはありません。まだ日本の今の世における価値観や固定観念の中では、ネクタイをすることによって調和を保つことができ、逆にネクタイをしないことによって不調和が生じる場面が多く残っているでしょうし、個人的に好まれている方の個人の好みにまで口出しをするつもりもありません。でも、ネクタイをすることによるメリットに加えて、このようなスピリチュアルな観点におけるデメリットがあるということも意識されることを必要とされる方もいらっしゃると感じましたので、あまりわくわくする内容に感じない方もいらっしゃるでしょうが、私なりの表現で一応書かせていただきました。
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