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学校教育における不登校について ~その2~

2008年11月11日
私がもうひとつ日記を公開しているmixiというブログにおいて、いただいたコメントに対していろいろと書き込みましたが、補足的な内容でもあるように感じたので、抜粋してこちらのブログにも載せることにしました。


◆私は学校教育におけるポジティブな学びがたくさんあるのは事実であると感じていますし、十分すぎるほど必要性も感じていますし、先生方には日頃から深い感謝の気持ちを持っています。

今の世がアセンションに向かって急ピッチでポジティブな状況に変革している今、アセンションを経験するために生まれてきた子どもたちを、一人でも多くより波動を高めてよりポジティブな実生活を送るために必要な状況を作るには、今回書いたような観点でも物事を見つめなおして変革する必要があるのではないかということは、教育に対して、私は少なくとも4,5年ほど前から徐々に感じてきました。


◆より多くの方が、これまでの世の価値観や固定観念の中においては、法律とか慣習とかによって縛られていたりあきらめられていたりしていきたことに対して、より多くの気づいた人がその意識を高めることができれば、今の世においてはよりポジティブで真実である状態に変革する必要性があるものは徐々に変わっていくものだと感じていますし、実際にそのように世の中は動いています。

私の子どもたちには、感じたことはよりストレートに受け止めたり表現したりして行く中で、より自然体でいることを基本とし、周囲との調和を重んじ、自分の領域内でのポジティブさを追求するように日頃からアドバイスをし続けています。大人だから教師だから正しいとか慕うべきだとかという固定観念はもたずに、だれであろうとも平等な感覚や観点において受容して見極めることが大切であることを、常にアドバイスしています。

ですから、教師が間違った言動や体罰をしたことなどの望ましくない状況を経験したことに対して、その事実をネガティブなまま受容して私に話してくれた時にも、たとえその内容が批判的であっても、事実は事実として、その時に感じたことは感じたこととして大切にし、その経験をいかにポジティブに変換して受容するかとか、そういった教師とより調和を保ってポジティブな状況で学校生活を送るにはどうしたらよいのかといった観点で常に子どもたちにはアドバイスをし続けています。

私はこの件に関しては、特別に思いがあるとか早急に何とかしたいとかという感覚は、今のところは特に思ってはいませんが、多年にわたって教師という職業を天職と思い携わってきた時の血が騒いでしまっているのか、ついつい、こういったコメントの文章も長くなってしまいます。


◆私が教育に携わってきた中でも、10年間は養護学校(特別支援学校)で、4年間は小学校の特殊学級(特別支援学級)でした。私のマイミクさんの中にも、何人もの現役でこうした教育に携わっている方がいます。ですから、ついつい自閉症・アスペルガーという言葉には強く反応してしまいます・・・。

自閉症・アスペルガーなどについても、ずいぶん学んできたことを思い出しました。就学指導委員として保護者のご相談に応じたり、4年間は校内以外でも市内全域の小中学校のの子どもたちの就学指導も担当したので、普通学級か特別支援学級か特別支援学校か、どの教育が適しているかということを、状況を分析して判断して学校に知らせる役割もしてきたことを思い出しました。

今思えば、ひとつの枠つくりをしていて当てはめてしまったためであったり、強く勧めるといった相手の領域にまでも深く入りすぎてしまったりしたために、何度も保護者と話し合いを重ねてまるで説得するようにしたり、時には大きくもめてしまったりした経験があることを思い出しました。

ある時、全国表彰まで受けるほど障害児教育に対して貢献してきた、私が出会った中では最も尊敬している校長先生が退職する間際の頃に私と2人で話をしている中で「お子さんの学校での状況、あるいは就学前だったらその前の状況や検査等の結果をお知らせしたうえで、あとは学校にはこういった特殊学級があって、こういった特色がありますよ。どのような学校教育の受け方を選択するのかは、お子さんと保護者との間で話し合って決めてください。学校側は、できるだけご要望にそえるよう尽力しますね。というようなことをお伝えするところまでがわれわれの仕事なのではないのか・・・」という結論に達して、二人で納得しあったことも思い出しました。

様々なことを教師が学ぶべきであることを感じていましたし、私なりにあの頃は学びつつも、多種多様化してくる子どもたちや社会的状況や家庭の状況に対して、ついていくのがやっとという感じでしたし、実際にはどこまでできていたのかは、今となってはよくわかりません。それにしても、あの頃も今も、昔は良かったな~的な感じであったり、自分が正しいとか一国一城の主(あるじ)的な教師や、世の流れから外れてしまうことや逆行してしまうことを選択する教師が増えてしまっていることは強く感じています。

でもそれはそれとして事実の一つでもありますが、素敵な教師もたくさんいることも真実です。そして、たとえ教師がどのような教師であっても、子どもが根本的な物事の学び方さえある程度心得ており、保護者的立場のおとながよりしっかりとサポートしてあげることさえできれば、どのような教師のもとでもどのような友達や環境の中においても、常にポジティブな学びを得ることはできるのではないかと感じています。

子どもたちに対して、より影響力を持ってより詳しく愛と責任を持ってサポートすることができるのは、親やそれに準ずる保護者的立場の者であるという自覚を持って、今一度あらためて強い責任感を抱いて、今後も良り最適な子育てを目指すことに努めていこうと感じました。
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