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スピリチュアルライフ

2008年09月19日
前世がわかったとか見えたとか…
オーラの色がわかったとか見えたとか…
守護霊様がどのような方か分かったとか見えたとか…

確かにそれはそれで本人が望んでいることであれば嬉しいことです。
必要だからわかったこと。必要だから見えたこと。
でも、もしかしたらわかったつもりだけかもしれないし、見えているつもりだけかもしれない…

前世が分かったことによって、不安に感じたとか、恐怖心が与えられたとかという人もいる…
オーラの色がわかったからといって、ただ単に色がわかったことだけが知識として増えただけの人もいる…
守護霊様がわかったからと言って、ただ単に守護霊様がどのような方かという知識が増えただけの人もいる…

スピリチュアルな知識をたくさん持っている人がいる…
スピリチュアルな講座やワークにたくさん参加して、知識や技術を得ることを生きがいとしている人がいる…

前世がわからないという人がいる…
オーラの色がわからないとか見えないという人もいる…
守護霊様がわからない人がいる…

スピリチュアルな講座やワークには何も参加したことがない人がいる…
スピリチュアルな知識を今はあまり持ち合わせていない人がいる…


前世やオーラの色や守護霊様がわかっているかいないかとか…
スピリチュアルな講座やワークにどれだけ参加しているとかしていないとか…
スピリチュアルなことを知識としてどれだけ持ち合わせているかどうかとか…
どれだけ日々の中で瞑想やヒーリングや修行や言葉を唱えるとか祈りとかといった、人から教わったスピリチュアルな関係の行動をどれだけ行っているかとか…

実際にその人の魂の位置の高さや本来持ち合わせているスピリチュアルな能力とか現段階の波動とかといった、その人自身の根本である状態を示すこととは、上記のことの有無とか度合いとかとは、それなりに関係はありますが、あまり重要なことではありません。オーラや前世や守護霊さまが見えない人より見える人の方がスピリチュアルな能力が高いとか波動が高いとか優れているとか、そんなこともあまり関係ありません。今の状態で必要なことであるかどうかは、個々によって違います。ですから、人同士が比較する必要はまったくありませんし、そのこと自体がエゴにつながるのでとても低い波動を生じます。人の状態を知るとか自分の状態を知るとかといった認識をするのなら多少は必要なことですが、優劣をつけるような比較はできるだけ避けるべきことなのです。どれだけ瞑想をしているかとか瞑想中に何を感じたとか見えたとかどのような修行をこなしたとか何をどれくらい唱えているかとか、そのようなことも同様に他の人と比較する必要はありませんし、同様に優劣を感じること自体がエゴや羨望といったことを生じて低い波動を発することになるので、できるだけ避けるべきことなのです。

魂の質や今世に生きている目的や現段階の波動などといったことは、個々それぞれが違った状態にあるわけですから、現段階での状況や必要な事柄などは違ってくるわけです。だから、他の人には素晴らしく波動を上げるために必要な事柄であったとしても、それが自分に合うことなのかどうかはわからないことなのです。

別にスピリチュアルな状態が見えたり分かったりすることが必要ないとはいっていません。人それぞれの状態によって違うから比較をする必要がないということがいいたいのです。このようなことは個々の魂の今世に転生してきた目的や魂の質によっても違ってきますが、今という時点での「タイミング」や「必要性」や「波動」が大きくからんでくるものなのです。

もちろんスピリチュアルな知識を得ることも大切なことです。特に今の世はアセンション直前の世ですから、スピリチュアルな知識は必要不可欠なものとなります。

また、本や講座やワークやインターネットや人やマスコミから伝えられる情報などから、自分がわくわくすることを見つけたら、思考や意識や行動において実行することもとても大切であり必要なこととなります。わくわく感に従って状況が許す限りは、どんどん実行すべきことでもあります。

そんな中で、魂を向上させていくためにはより意識してほしいことであり大切なことがあります。それは「調和」です。

今、私たちはこうして物質である肉体をまとった状態で3次元の地球に存在しているわけですから、3次元の世なりの調和が必要になりますし、とても重要なものでもあります。

この調和とは「精神」と「肉体」との調和ということです。
そして、最も重要なことは「スピリチュアルなこと」と「物質的なこと」との調和であり、「理想」と「現実」の調和ということになります。

肉体的にはある程度健康な状態を保っていると自覚していて瞑想や修行などによって精神的に高まってきていると自負しているのに、怒りや不安などの低い波動の情緒が湧き上がってきたために道理にかなっていない行動を何度も起こしてしまっていて反省して改善しないようでは、全体的な波動を高めることも魂の向上もあまり期待できません。理想ばかり高くて目の前のことを解決せずに逃げてしまったり、人や世の中に強く依存しすぎて責任転嫁をしまっていたりしても同様です。肉体的な健康のために運動や食品などをこだわったとしても、不安や怒りなどのネガティブな情緒を多く表出してしまうことも同様です。お祈りをしたり修業したりヒーリングをしたりすることを習慣にしていたとしても、実生活では基本的な生活習慣が乱れていたり、人との不調和を起こすことが多かったり、スピリチュアルなことを特別なこととか別物だとかと考えていて実生活にあまり取り入れて活用していなかったり、スピリチュアルなワークをしていることをむやみに他人に自慢するようなエゴを発したりしていても同様です。

「精神」と「肉体」をいかにバランスよく高めていき、高い波動の意識や行動を身につけるかということがた大切になります。そして、そのような高い波動の意識を維持することや行動することを習慣として身につけることがとても大切なこととなります。

また、「理想」は高く持ちつつも、常に目の前の「現実」も直視して今を大切にして自己責任を強く持ちながら調和に励むことや、「スピリチュアルなこと」をすべての根本として捉えて、3次元の世では重要なことでもある「物質的なこと」を多分に含んだ実生活に生かすようにすることを、意識して行動して習慣にすることも、とても大切なことになります。

その際に、人と比べる必要はありません。増してや、人が作り上げた基準と比較したり人からの評価を求めて優劣をつけてもらったりするようなものでもありません。人それぞれが違うのです。宇宙の法であり神であるすべての根本である「愛」が大きく純粋な動機から発した道理に適っている行動であるのかどうかということだけを確認して、あとは自分自身がわくわくしながら行っているのであれば、それだけで良いのです。

スピリチュアルな知識も行動も、自分の肉体や心や周囲の人や物事との不調和を生じてしまったり、自分の実生活の中においてそれなりに無理をしてまでも意識したり行ったりする必要はありません。

どれだけ実生活の中に無理なく取り入れられるか、そして習慣にできるか、そして最も重要なのが、どれだけ今の世と人と自分の魂と地球と宇宙との間で調和することができているのかということです。

反省しながら修正しながら、より自然な状態で、よりわくわく感を得ながら、より普通の実生活を送りながらスピリチュアルなことをより多く取り入れるようにするだけで、今の地球に降り注ぐ膨大な量の高次の宇宙エネルギーや地球自体の高次のエネルギーなどによって、たとえ3次元的な感覚や状況としての自覚があまり得られなかったとしても、無理なく心身ともに個々の状況に合わせて順調に、アセンションに向けて波動が高まり向上していくはずです。

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