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自分なりのバランスをよりポジティブに保つこと

2015年06月12日
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私は一般的に修行とか荒行とかといわれるような滝行や冷水や火を使ったことなどは行ったことはありませんが、‘自分をとことん追い込む中で何かを得る’といったようなプチ修行的なことに興味がありましたので、断食や寒中を薄着で耐える事など、できる範囲で自分なりにいくつかやってみたことがあります。過去の事ですが、その中の2つを以下に具体的な内容を書きたいと思います。

1つは、フルマラソンです。私は、20歳台から40歳直前までは、年に1~2回フルマラソンの大会に出て走ることで、限界に達するような肉体の疲れや筋肉が動かなくなるような感覚、そして30km越えたあたりから気持ちがゆらぎはじめ、35kmあたりの最もきつく感じるあたりになると、様々な心の大きな葛藤が起こることが多くありましたが、そういった中で自分自身がどのように対処するのか、どのような選択をするのか、どのような意識の状態を経験するのか、また、ランニングハイの状態になった時の独特な軽やかさや快感が味わえるなど、通常では経験できない自分自身を知ることができるので、河口湖マラソンや佐倉マラソンの申込み時期になるとに気持がわくわくするために、参加を決意して、練習にもそれなりに励んでいました。

もう1つは禁煙をしたことです。私が完全に禁煙してから約12年と6ケ月経ちます。実際には、妻と出会った頃の20年ほど前(私は26歳、7学年下の妻は20歳になったばかりの頃でした)に完全に禁煙をしようとして妻と約束したのですが、結局、心の弱さもあり誘惑に負けてしまい失敗しました。それでもその後は妻に禁煙できなかったことを言えずに、妻に隠れながら喫煙をしつつも、常に禁煙をしたいと思っていたので、何度も禁煙しようとして煙草をやめましたが長続きしませんでした。

私は約13年前にレイキの伝授を受けて以来、知人で必要としてくれる方に対してレイキヒーリングを続けたり、守護霊様や前世やオーラなどのスピリチュアルな世界が認識できたりしていくうちに、教員を辞してレイキティチャーやスピリチュアルカウンセラーになりたいと強く願うようになりました。その思いが強くなってしっかりと自覚した時、私は完全禁煙を決意しました。

当時、完全に禁煙をする大きな理由は3つありましたが、1つは妻に対して隠し事をするというネガティブなことなくすため。1つはヒーリングを行う方が煙草の匂いが嫌な方がいらした場合には不快な思いをさせてしまうため。1つは自身の身体をより健康に保つためでした。そして、2002年12月6日朝6時30分に、当時勤務していた小学校内の喫煙場所で最後の1本を吸った後、一緒に喫煙していた同僚に禁煙宣言をすると無理だと笑われましたが…結果としてはあれ以来、今の時点まで禁煙を続けています。私はこの最後の1本を吸い終わった後に、自らの意識の中で次のような誓いの言葉を唱えました。

「もしこの先、1本でも自分の意思によって煙草を吸ってしまったら、ヒーラーとしての道をやめます。」

実際、その後は何度も誘惑に負けそうになったこともありましたし、禁煙後の数年間は週に1,2度の割合で、実際には今でも時々‘煙草を吸っちゃった夢’を見ます。いつもこの夢はリアルな感じでしたので、そんな夢を見た後、その都度起きて夢だと知ってホッとひと安心します。そして、まだこの誓いを守っているために…ヒーラーとしての仕事を含めて、私は今のお仕事をこうして続けることができています。

このフルマラソンや禁煙に関しては、プチ修行のようなことではありますが、一般的に行われている修業とは違うと思いますけれど、自分をそれなりにつらいと感じる状態まで追い込んで、その中から何かを見出すという観点で言えば、似たような所があると思っています。他にも、毎日飲酒をしていた頃に21日間の禁酒をしたこともあります。また、忍耐力を高めることを目的とした断食を行ったり、健康促進を目的として3日間の断食を何度か行ったこともあります。以前ブログで詳しく書きましたが、約2年ほど前のことになりますが、断食による健康法をわくわく感に従って取り入れたこともありました。
断食・少食による健康法 ~タエヌ家の健康法⑤~http://mfhqc9393.blog65.fc2.com/blog-entry-2088.html

私は、これらの意図的に行った修行的なことによって、さまざまなわくわくする経験をしましたし、それなりに得るものもありました。禁煙は今でも続いていますし、お酒は今ではワイン1~2杯もしくはビール1本程度で、2日に1度の割合くらいになりましたので、このようなことは健康維持に役立っています。また、断食はしなくなりましたが、ここ数年はそれなりに少食を心がけるようにしています。

これは修行といえることではありませんが、私はもともと牛や豚や鳥などの肉食が大好きで、食事も肉食は中心でしたが、7~8年前から徐々に肉食を減らすようになってきました。でも、肉食を意識的に減らしたというよりも、肉を食するということに対する意識が変わっていっただけのことでして、人間と同じ哺乳類の動物を食するということへの罪悪感、豚や牛や馬といった高等な動物達には自分が死ぬ瞬間がわかり、その時の気持ちである恐怖や痛みなどのネガティブな思いが肉にしみこんでいるために、肉を食することによって波動が荒くなるということ。また、このような感情や個性をもっている動物の肉を食するということへの違和感など、そのような意識が強まるにつれて、徐々に肉食が減っていき、ある時期にはまったくというほど肉食をしなくなりました。

でも、ここ数年は、あまり極端に肉食を止めるようなことはせず、時どきは鳥の空揚げやトンカツを食べるなど、わくわく感に従って肉食をとる機会がたまにあるようになりました。今のまだこの波動状況の中、肉体をよりポジティブに保って生きていくためにも、食欲を満たすためにも、人によってはべガンといえるような完全に採食にしても大丈夫な人もいますが、まだ人によっては肉食をとることを栄養的に必要と感じていたり、食生活をより充実させたり楽しんだりするためにもそれなりに必要であると感じたりしているような人は、わくわく感に従って必要に感じる最低限の肉食をとることは、普通の選択ではないかと思うようになりました。

その結果、一時期はまったくというほど食していなかったのですが、このように意識が変化するに従って、わずかな機会ではありますが、肉食を自分自身で許すようになってきましたので、時どきは食するようになっています。ただし、自分で生肉を調理することはありません、保存料や着色料などの添加物が使われているハムやベーコンなどの加工品や牛の肉類を食することもほとんどありませんので、外食時や出来あいのものを買った際のわずかな機会に限っています。

私はここ10年間ほどはフルマラソンをしていませんし、ここ数年ほどは断食をすることもわくわくしなくなりやめています。禁酒は無理に行うようなことはせず、飲みたかったら飲んでいますし、飲みたくない時には何週間も飲まない時があります。肉食もこのように、長い時間をかけて肉食が減り続け、一時期は完全にやめていましたが、今はわくわく感に従って外食時や調理済みの物を購入してほどほどに続けています。私はこれらの経験を通して、さまざまな学びをしたり、あらたなる自分自身を知ることができたり、それなりに精神修養をしたり、健康促進につながったりするといったような成果があった事は認めています。でも、最も大きな学びとなった事は、極端すぎることや過度に無理するようなことを選択するよりも、わくわく感に従って、極端になりすぎないよう、無理しすぎないようなことを選択するようにして「何事もほどよくバランスがとれている状態が最もポジティブである」ということです。

極端に何かを変えようとしたり、無理をしすぎて急激に何かを変化させようとしたりすると、精神的にも肉体的にも、何らかのバランスが崩れてしまいがちで、それなりに不調和が生じてしまうことが多々あります。ですから、それなりに一時的には極度な無理な状態になってしまい、波動が思い切り下がってしまいます。そして、その中で自分をよりポジティブに保とうとしたり、波動をそれなりに改善させようとしたりして、気力や体力などのたくさんのエネルギーを費やすことになります。もちろん、修行のようなことをする目的は、そのような事も含んでの事ですから、それはそれで仕方ない事ではありますし、それによって得られることも多々あるわけですから、結果的にはポジティブであるともいえるでしょう。しかし、今の時点での私の捉え方としては「このようなことに多大なエネルギーを費やすことはもったいないこと」であり、「一時的にでも波動を下げてしまうような状態に意図的にもっていくことはいかがであろうか?」と思うようになりました。

また、私は行っていませんが、俗世間を離れて山にこもるとか滝行をするとかの修行を行う事はそれなりに修養するためには有効な手段で、それなりにポジティブなことだとも思っています。ただし、そのようなことを繰り返し行ったり、たくさんの時間やエネルギーを費やしたりして熱中するようなことはいかがであろうかとも思います。

そのような俗世間を離れた所での修業はあくまでも一時的なものであって、もっとも大きな学びを得て、日常的にとても簡単に行えて、さらに今の世に転生してきた目的を果たすために特に有効な修行といえることは「今のこの俗世間の身近にある環境の中で、いかにポジティブに在り続けることができるのか」という事だと私は思っています。もちろん、住まいや職場が人によっては都市部や人口密集地である場合もありますし、農村地域や山間の奥深くや人口の少ない小さな離島である場合もあるでしょうけれども、それぞれのどのような環境であっても、今その時点の、その与えられた環境の中で、よりポジティブに在り続けるように努めることが、最も有効な修行的な要素の中で自分自身の修養になるような学びをえられると思うという事です。

それでももし、今住んでいる環境や職場などを変えることでよりポジティブな学びができるとわくわく感じるようであれば、無理しすぎてまでも今の住まいや職場などにい続けることにこだわりすぎず、必要に応じて可能な限りわくわく感に従って、転居や転職などの変化させることを選択すればよいのです。そして同様に、転居や転職した新しい身近な環境の中において、無理しすぎるようなことはなく、よりバランスよく学び続けるように努めればよいのです。

その中で、あまり極端すぎることを選択しようとすると、バランスを崩してしまう可能性が高まります。まだ今の地球上の波動が高いものも多くありますが低い波動もめぐっていて、自分内の意識や肉体の波動も両面の波動がその人なりにバランスを保っている中、食事面においても日常の過ごし方についても、ポジティブに感じることをより多く選択することはもちろん必要ではありますけれども、それなりにネガティブであると感じられるようなことも、時どきは許しても良いとも思っています。

ネガティブに感じることとは、たとえば肉食であるとか、食品添加物や白砂糖が多く含まれているような御菓子類を食べるとか、時どき徹夜に近い睡眠不足になるまで何かをして起きているとか、ほどよくお酒を飲むとか、必要に応じて薬を服用するとか、そのような波動の下がってしまうと分かっているような事でも、極端にやめようとしてバランスを崩したり、我慢しすぎてしまってネガティブな状態に至ってしまったりするよりは、わくわく感に従って、必要に応じて、時どきは許してほどよくバランスをとりながら選択することも、今の世をよりポジティブに生き抜くためには良い事であるといえると思います。

今の私は、このように極端にポジティブなものだけを選択しようとしたり、無理しすぎてまでも何かを得ようとしたりすることはできるだけしないように心がけるようにして、時にはネガティブに感じることを選択してしまう自分を許し、ポジティブさとネガティブさのバランス、スピリチュアルな世界と物理世界のバランス、真実の叡智と今の世の良識や学問のバランスなど、ほどよく自分なりのバランスを保つように意識しつつ、自分自身のわくわく感に従った選択をし続けて、よりポジティブに在り続けるように努めています。


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