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愛の波動に立ち返る

2014年01月27日
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何かを行おうとする時、

何かを選択する時、

何かに意識を向ける時など、


「動機」が最も大切になります。


より大きな愛に基づきより純粋である、

よりポジティブな動機であるのか、


エゴや欺瞞などのような、

ネガティブな動機であるのかどうか、


この動機によって

生じる言動も選択する内容も意識も、

その方向性も波動も大きく違ってくるのです。


この動機と動機から生じる行動・意識等との関係を捉える際に、

シンプルに1つの動機から生じていると捉えられることもあれば、

時間の経過とともに動機が幾つかに大きく変化する場合もあります。


たとえば大きな愛を向けるという動機で、

我が子を抱きしめる行動を選択することは、


動機も行動もとてもポジティブであると、

シンプルに捉えて識別できます。


世の中にはこのようなシンプルに識別できる

動機と行動との関係の出来事も多くありますから、

それはそれで深く考える必要はないでしょう。


しかし、実際にはこのように動機と行動とが、

シンプルな関係であるのではなくて、


いくつもの動機や行動が変化していった結果として、

ポジティブな動機がネガティブな結果を生じることや

またはその逆のことも、多々あるのです。


たとえば、我が子に対して何かを教えているうちに、

なかなか覚えられない我が子に対してついつい怒りが湧き上がってしまい、

我が子の頭を強く叩いて怪我を負わせる暴力を振るってしまった…とします。


この一連の行動はもともとが我が子への無償の愛の気持の

ポジティブな動機から‘教える’という行為が始まったことでも、


このような‘暴力をふるう’という行動をしてしまった際には、

行動がネガティブなものへと変化してしまったわけですから、

結果的にはとても低い波動を生じてしまいます。


でも、動機が最も大切であるわけですから、

この場合の動機は‘愛の気持ちから教える’という行動をしたので、

動機はポジティブであると捉えて


たとえ結果が‘怪我を負わせるほどの暴力を振るう’という

とてもネガティブな行動を選択してしまっても、

それはそれでしかたのないことであり

ポジティブなこととして受け止めるよう努めた方がいいのか…?


そもそも「我が子に対する愛が大きいからこそ暴力が生じた」

そう捉えてもよいのだろうか…?


実際にはこのことは捉え方に問題があるわけでして、

この場合には「愛が大きいから暴力が生じたとは言い切れない」のです。


本来の愛の光の波動からは

怪我を負わせるほど強く暴力を振るうような行動をとることは

通常はありえないことなのです。


では、このようなケースを

どのように識別して捉えるようにすればよいのでしょうか。


それは1つの動機から

1つの行動が生じたとシンプルに捉えるのではなく、

一連の変化していった動機と意識や行動をひとくくりにせずに

1つ1つを分けて捉えれば識別できるはずです。


愛の動機から何かを教えた、

しかし、教えているうちに感情が一時的に強くネガティブになり

怪我を負わすほどの暴力をふるってしまった…


つまり、暴力をふるった動機は愛からではなく、

怒りというネガティブな感情が強く生じたために

それが動機となっているということなのです。


他にもう1つ例えますと、


相手に対して、愛の気持ちから心くばりや気づかいをして、

何かを指摘したりサポートしたりしたとすれば、

ここまではとてもポジティブなことであるといえるでしょう。


しかし、勝手に相手の領域に同意も得ずに入り過ぎてしてしまい

相手が求めてもいないことをしてしまったり言い過ぎてしまったりして

過干渉しすぎてしまい有難迷惑のように感じられてしてしまうなどの、

相手が嫌がるような不調和が生じてしまったような場合には、


その時点でネガティブな状況に変化してしまい、

怒りやイライラや不安やつらさなどといったような、

ネガティブな感情が生じて低い波動がめぐりやすくなるでしょう。


そして次第によっては暴力や暴言などを選択してしまい、

結果的にはさらなるネガティブな状況に至ってしまうケースが

生じてしまう可能性が高まるでしょう。


つまり、このように1つの動機と1つの行動ではなく、

経過の中で一連のいくつかの動機や言動や意識の変化があり、

その最終結果としてネガティブな状況に至ってしまった場合には、


実際には最初の動機と最終結果として選択したこととを

1つの動機と結果としてシンプルに捉えるのではなく、


当初の動機からの行動の選択があり

また次なる動機が生じて新たな行動が選択され

そしてさらにその次の動機が生じて…

といったようにして変化していったと


1つの動機と行動としてシンプルに捉えるのではなく、

いくつかの動機と行動に変化した複数ある一連の動機と行動に

分けて捉えるようにするとわかりやすいでしょう。



ちなみに、ここまでの話はあくまでも

動機から生じる行動・意識・選択の関係の

捉え方をどのよにして識別するのかといった観点の話ですので、


以下の内容はまるで矛盾しているかのように

思われてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが…


それでもやはり一連の行動を選択した際の

当初である大もとの動機がポジティブであれば、


たとえ結果的に動機や行動などが、

ネガティブなものに変化してしまったとしても、


最初の動機さえ愛に基づいた純粋なものであれば、

その愛の波動に立ちかえるように努め、

まずは‘元に戻る’ことを目指せば良いわけですから、


ネガティブになってしまっている自分の状況に気づき、

反省し改善しポジティブに変換しようと意識が湧き上がり、


ネガティブなカルマを清算することに努め、

最初に抱いていた愛の波動の中に戻ることに努めれば、


もともとはポジティブな動機であったわけですから、

それなりに状況はポジティブに変化していきやすいでしょうし、


もとの愛の波動に戻る経過の中で

いくつもの気づきや学びを得ることができるでしょう。


新たな状況を築きあげるよりも

もとの状況にもどることのほうが、

意識さえ変化すればより簡単にできるはずなのです。


ですから、やはり結論は「動機が最も大切」といえます。


ただし、動機をシンプルに識別できないような場合もあるため、

動機が経過の中で変化しているような際には、


総合的に、根本的に、段階的に捉えるようにすると

分かりやすい場合もあるということなのです。


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