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タエヌの自己紹介 その1

2012年11月11日
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昨日、街へ買い出しに行った帰りに於茂登岳の前で撮影しました。島全体的に薄らと晴れていましたが、沖縄県で一番高い山の於茂登岳周辺には分厚い雲がかかっていました。石垣島の昨日の最高気温は28.7度、最低気温は24.6度で、平年よりも2度ほど高い気温となり、少し蒸し暑くも感じるような1日でした。

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最近、特にここ1か月間ほどで当ブログ「タエヌのスピリチュアル日記」のアクセス数が、それ以前より2~3割ほど増えています。私としましては、とても嬉しいことでありがたいことです。

そこで、以前私の自己紹介を掲載したことがありますが、今回、あらためましてその改訂版を掲載させていただきます。よろしかったらお読みくださいませ。

当ブログをお読みいただいたり、内容をポジティブにご活用いただいたり、人気ブログランキングへの応援ワンクリックを入れていただいたり、HPアセンションスペースシューリエもご覧いただいたりご依頼をいただいたりしている皆様には、深く厚く感謝するとともに、こうしてご縁を頂き心から光栄に思っています。

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タエヌは東京都足立区出身。1964年(昭和39年)辰年2月11日生まれ。
現在48歳。みずがめ座で血液型はO型。妻と息子1人娘3人の6人家族。

学生時代に千葉県にて1人暮らしを始めましたが、一時期は足立区の実家にもどるものの、結婚してから約18年間は千葉県民として落ち着き、千葉県印西市(16年間)といすみ市(2年間)に在住。2年前の2010年4月1日より沖縄県石垣市に移住して、現在に至ります。身長は約175㎝。体重は約83kg。

タエヌの本名…ブログ上で公言するのは、今はまだやめておきますが、アセンションスペースシューリエのご依頼をいただいた皆様にはお知らせしています。

両親や近い年上の親類からは「ユキ」と呼ばれ、少年時代の近所の友人には「ユキちゃん」と呼ばれていましたが、これは本名の名前から由来しているニックネームです。それ以外の学校関係やあらゆる友人関係では「タケちゃん」とか「タケさん」とかと呼ばれてきました。これは、苗字に由来したニックネームです。

20代の頃は、大鶴義丹とかTUBEのボーカル前田さんとかに似ていると言われていました。40代後半の今は、時々、江原啓之さんに雰囲気が似ているとも言われますが、家族も私自身もとてもよく似ていると認めているのは、全日本バレーボール女子の眞鍋監督です。年齢も同じで、顔もしぐさまでもよく似ていると感じて、ついつい行動や表情などをしみじみと見てしまいますし、好きな監督さんなので光栄にも思っています。

なんだか、自分のことを書いているときりがないので、以下は、スピリチュアル日記っぽいことに話題を絞って書きたいと思います。

《小・中学生の頃》

友達と遊ぶこと大好き。スポーツ大好き。学校大好き。リーダーシップをとることが多く、わりと活発な少年でした。

でも、その半面、気は弱いほうで、時々なよなよもじもじ…。暗い所や人けのない所が怖くて、何かの気配によく怯えていました。

人ごみの中、特に都会のデパートに行ったり地下鉄に乗ったりした後、激しい頭痛や発熱におそわれることしばしば…。この時は、それが何を意味していたかわかりませんでしたが、憑依体質のためであったと、後になって気づきました。

《高校3年生の時》

初めて金縛りを経験。燃えていた体育系の部活(卓球部)を引退し、いくつもの趣味(ギター,作詞・作曲,化石採集,サイクリングなど)も控えて、受験勉強にそこそこ励みつつ、寝不足が続いていた時でした。今は全くありませんが、30代中頃までの金縛り経験は100回を超えていると思います。他にも、幽体離脱、ラップ音を聞く、未成仏霊を見たり話し声や足音を聞いたり乗っかられたり腕や足を引っ張られたりする…などの霊体験をしました。怖さもありましたが、とにかく嫌で嫌でたまりませんでした。

《20代前半》

学生時代は、アルバイト(コンビニ・ミスドー・すかいらーく・ジョナサン・アンケート調査・引っ越し業者等)に遊びにスポーツ(バレー部に所属)にと、大いに楽しむ毎日。はめをはずすこともしばしば。最初に就職したのは、24時間営業のファミリーレストラン。学生時代もファミレスに就職してからの約2年半の間も、不規則な生活が続きました。

24歳の時、大きな悩みを持った中、本気で自殺を決意して大好きな京都・和歌山へ…。結局は新幹線の中で改心し、傷心を癒して、逃げずに現実に立ち向かうことを決意する新たなる旅立ちになり、ファミレスも辞職しました。この頃も、時々ではありましたが、金縛り・ラップ音をはじめとした心霊現象を経験し続けましたが、10代の頃はほとんど深夜だったのに、昼夜問わず起こるようになりました。

《20代中・後半》

平成2年(26歳の時)に千葉県の公立学校の教員として採用されて勤務開始。その後、平成16年に辞職するまでの間、小学校及び特別支援学校の教員を務めました。

平成4年に7歳年下の妻atumiと結婚。ゴルフ、バレーボール、フルマラソン、草野球、国内旅行、釣りに熱帯魚飼育など、趣味も生活も充実していました。

しかしその半面、ギャンブルにはまって妻に大迷惑をかけたり、短気なところがでたり、心配・不安症などによって強くネガティブになったりすることもありました。そんな中、頭痛・腰痛・アレルギー(特に花粉症)などで薬が手放せない日々を送っていました。

この頃になると、金縛りは減ってきて年に数回程度になりましたが、日常的に霊を見たり感じたりするようになり、心霊現象を引き起こしている未成仏霊が訴えていることや未成仏霊の状況、何かを感じる場所の霊的状況などもわかるようになってきました。

《30代半ば》

子どもを三人授かり、父親としての自覚が出てきたのか、不規則な生活は極端に減ってきて、現在のような早寝早起きの習慣が身についてきました。職場では子どもたちや職員や保護者とも順調で充実した日々を過ごしていましたが、一時期、担任していた一人の子どもの保護者との始めての大きなトラブルがありました。結果的には私の示した状況に収まりましたが、半年くらい続いたこの状況の中で鬱状態になり、初めて精神科で診療を受けて、もらった薬を2回飲みました。

これまで以上に、この頃はよく未成仏霊を見ましたし、霊的状況がさらにわかるようになりました。お酒を飲んでいる時、酔いつぶれているわけでもないのに、時々一瞬意識を失い、自分が思ってもいない言葉を発することがあり、不調和を起こすこともありました。当時はまだ、私が憑依体質であり、未成仏霊の憑依を受けてのこととは知らずにいました。

《30代後半》

38歳の時(今から約10年前)の夏、レイキ3までの伝授を受けました。この時の仕事は、小学校の特別支援学級の担任。勤務中の休み時間に電話でレイキ伝授の予約を入れ、1カ月後に伝授を受けられると決まった瞬間から、私の周りが光に満ちてまぶしいくらいに輝き始めました。結果、ちょっと厳しい先生だったのが、ほがらかなやさしい先生に…子どもたちはそう感じたかもしれません。そして、待ちに待ったレイキの伝授。この日を境に私の状況は大きく変わりました。

~その2に続く~

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