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「普通の選択」

2012年01月18日
*下記の内容は、2008年11月19日に当ブログで掲載した内容を改訂して転載しました。

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人にはそれぞれ個性があって、それぞれの個性は違うわけですから、個々がどのようなことを選択したとしても、その人自身にとっては、その時点ではその人の個性によって「普通の選択」をしているということになります。この「普通の選択」とはどのようなことかといいますと、その時のその人の波動に見合った選択であり、その時の意識の状態に基づいた選択であり、自己の責任による自由意思での選択であるわけですから、本来は良いとか悪いとかといったことを他者が評価する必要はなく、本人にとっては選択をした瞬間は「普通の選択」をしているのだろうと、他者は意識して認めることが必要になります。

たとえば強い怒りを覚えた時、暴力をふるう人もいるでしょう。暴力を選択した人に理由を聞けば「あまりにもひどいことをされてカッとなったから殴った」と、普通の選択であり当然のことであるように述べる人もいるでしょう。でも、同じような状況になった時、言葉によって怒りを表現する人や表情や態度のみで表現する人、その場を黙って立ち去る人もいるでしょう。また、波動の高い人の中には、怒りをすぐにポジティブに変換して、相手の行いを「改善すべき欠点」とみなし、憐れみや慈しみの気持ちを抱いて‘許し’を選択する人もいるでしょう。このように、それぞれ違った選択をしているわけですが、その本人にとっては「普通の選択」をしていると表現できるでしょう。

もし、自分の選択したことを後になって本人が評価して反省するのならポジティブなことでありますが、他者がむやみにその選択した内容を良いとか悪いとかと評価やジャッジをして、強くネガティブな情緒を向けたり言葉や態度にしたりして干渉することは、不干渉の法則に反してしまうことになるケースが生じて不調和を引き起こす場合もあるでしょうし、自らもそのカルマによって他者から過干渉される状況を招くことにもなるでしょう。

ただし、あなたに対して評価やアドバイスを求めてきたり、家族や親しい友人などであなたとの関係がそのように評価し合うことを認め合っている関係である場合には、アドバイスをしたり評価したりしても、お互いに認識し合っている中でのことですから過干渉には当てはまらないこともあるでしょう。しかし、そのような信頼関係があるわけでもなく、アドバイスを求めていないのにアドバイスをしたり、評価を求めていないのに評価をして言葉や態度などによって表現したり、助けを求めずに自己解決しようとしているのに助けようとしたりするなどといった言動は、過干渉であるケースが多くあるでしょうし、そういった場合には、結果的にネガティブな状況に至るケースが多く生じることになるでしょう。

怒りという感情を多く選択する人にとっては、様々な出来事に対して怒りという情緒を発して、怒りの情緒から起こす行動を選択するでしょう。そんな様子があなたから見たら、こんなことで怒らないでもっと優しくなれると良いのにと思うとか、すぐ暴力をふるうから悪い人だとかと評価したとしても、これは本人にとっては選択をした瞬間は「普通の選択」をしただけのことなのです。

そして、その人にとってはその時点での個性である、波動や意識やカルマなどの状況に見合った「普通の選択」をしているのだということを意識することができれば、たとえあなたから見たらどのような観点で捉えてもネガティブなことであると感じたとしても、あなたはその人を許してあげたり、慈しみの心を向けたりすることを「普通の選択」として選択できるようになるでしょう。

3次元的に犯罪とされていることを犯した人に対して、たとえ世間の評価で悪い人であるとされていたとしても、実際にあなたは悪い人とジャッジして蔑んでみるよりも、まずはその個性を認めるように努め、その個性によって結果的にネガティブなことを選択してしまっていると認めることからはじめて、その人にとっては「普通の選択」をしているだろうと、愛の気持ちを向けることがポジティブであるといえるでしょう。そして、その人が自己の意識の中で波動を高めようと反省して改善できない限り、とてもかわいそうな人生を歩むことになりますし、今の世で地球とともにアセンションすることは難しいでしょう。

もしあなたがそのような人を知ったら、悪い人だから当然だとののしるとか蔑むとかするよりも、「かわいそうに」「お気の毒に」とか「がんばってね」とかといった慈しみの気持ちを向けて愛を与えてあげたり、個性を認めるように努め、改善すべき欠点であり、努力すれば克服できる欠点でもあるはずだと捉えることを「普通に選択」できるようになることが、とてもポジティブなことであるといえるでしょう。

3次元の世においては、人や出来事に対して過干渉をまったくしないで世の中をポジティブに生きていくことはとても難しいことでしょう。ネガティブなカルマを作らないで生きていくこともそうですし、低い波動を発するような情緒を全く持たないというのも同様に難しいことのはずです。どこまで干渉して良いのかという判断も難しいでしょう。特に家族とか親しい友人とかといった関係においては、愛が大きいゆえに、干渉するラインがとてもあいまいになることは当然のことでしょう。

ポジティブな思考や行動や感情や言葉や態度のみで実生活を送りつつ、常にポジティブでいられてネガティブに受容することはなく、宇宙のすべてと調和を保って、ポジティブなカルマのみをめぐらせるということを実践し続けることは、高次元の世では普通のことであっても、3次元の世というポジティブなこととネガティブなこととが混在している、今の地球の世では不可能といえるでしょう。でも、それが3次元の世の特徴なのです。だから、そんな中で魂を高める学びをするために、今存在している地球人類は3次元の世の地球を選択して転生してきたのです。そして、このような状況の中でポジティブにジセ英活を送り、地球とともにアセンションを果たした時、今の3次元の世の体験が魂を向上させるためにはとても貴重な体験であったと、全ての今の世の体験をポジティブに振り返ることができるでしょう。

思考や行動や感情や言葉や態度などといった個性による表現を、どれだけポジティブにしていられるのか、どれだけそれぞれの個性をポジティブに認めつつ人や物事や地球や宇宙などと調和を保つことができるのか、どれだけネガティブなカルマを作らずにポジティブなカルマを作っていくか、愛をめぐらせながらより調和された状態での不干渉の法則をどれだけ実践できるのかなどといったことなどを、自分を含めたすべての魂の個性をより認めながら、自己の中でより魂を向上させようとする前向きな意識を持って、理想に向かって自己の反省を繰り返しながらよりポジティブな中で自己解決できるようになることを目指し、より強い自己責任の中での自由意思によって、より高次元の世に存在する魂に近い「普通の選択」ができるようになることが、魂向上のためにはとても大切であるといえるでしょう。

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