FC2ブログ
05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

瞑想と祈りについて

2011年08月04日
私が瞑想をする際に、
最も大切にしていることは、
心身共によりリラックスさせることです。

また、リラックスできるような
環境を整えることも必要だと思っています。

今の時点で私が行っている
最も多い瞑想の方法は、

軽く目を閉じて仰向けになって寝たり、
ソファーに寄りかかってゆったりと座ったりした、
よりリラックスできる姿勢をとって行っています。

また、心の中もよりリラックスをするよう意識しますが、
無理をしてまでも無にしようとすることはせず、
心の中をナチュラルでニュートラルな状態にセットして

何らかの思考やイメージなどが湧きあがったら、
その思考やイメージをめぐらせることはありますし、
もしリラックスできないようでしたら
途中で瞑想をやめることもあります。

また、心の中に湧きあがってくる内容が、
思考かインスピレーションかの識別ができなくても、
すべてをいったんは心の中で受容するように心がけていますので、
すべてをそのまま受け入れてめぐらせるようにしていますが、

その内容がネガティブに感じるようなことであったり、
波動的にリラックスできないとか、
わくわくしないとかと感じるようでしたら中断することもあります。

このような場合には、
何らかの低い波動が生じてしまっている場合もありますし、
ネガティブな思念やエネルギーが向けられている場合もあるからです。

特に言葉もイメージも何も湧きあがってこない場合や、
そのまま熟睡してしまうようなこともありますが、

いずれにしても自分自身の心身の状態が、
通常よりもリラックスできることによって、
確実に波動は高まります。

このように波動の高い状態で瞑想を続けていると、
自分自身の癒しともなりますし、
高次元の波動域により近づくことができますので、

私が瞑想をしている時には
その時に心の中で湧き上がる言葉を受け止めたり、
映像や光などを見たりしてわくわく感じることもありますし、

特に何も感じられないような場合でも
波動の下がっていない状態で瞑想していることを確認できてさえいれば
リラックス感やわくわく感を楽しむようにしています。

ソファーで寝転がる以外では、
入浴する際に少しぬるめの湯船で瞑想することがあります。

また、椅子に座って海をボーっと眺めているうちに、
いつのまにか瞑想状態に入っていることもよくあります。

いずれにしても心がけていることはまったく同じで、
「心身共に、よりリラックスをすること」です。

また、何かの答えが欲しい時には、
瞑想に入ってすぐに心の中で、
その内容を唱えるようにすることもあります。

そして、その答えがその瞑想中に知ることができる場合もあれば、
何も分からないような場合もありますが、
いずれにしても必要な時に答えをいただけることを信頼して、
すべてを自分の魂や高次の存在の意にお任せするようにしています。

また、その答えはダイレクトに言葉として聞ける場合もあれば、
導かれて後になって気づくこともありますし、
ケースバイケースで様々な状況でいただくことがあるのですが

いずれにしても結果は成るようになると信頼しているので、
自分自身の波動をより高めつつ、より波動が低くならないように、
実生活を送るように努めることに意識を強く向けるようにしています。


瞑想を行いながら、
マントラとかアフォーメーションとかを
意識的に唱えるやり方もあるようですが、

私はマントラを唱えたり、
高い波動の言霊を唱えたりすることを、
意識的に集中して行うことを

「祈り」という言葉の中の、
広い意味合いの1つとして捉え
識別して行っています。

もちろん、これを瞑想とも表現することもできるでしょうし、
祈りながら瞑想状態になることもよくありますし、
瞑想しながら祈りを行いたいと感じた際には実践することもあるので、

祈りと瞑想を分けて表現しなくても良いかとも思っていますし、
どのような言葉で表現しても良いとも思っていますので、
実際には特にこだわってはいませんが、

今回掲載しているこの内容においては、
わかりやすく表現するために、
以下は一応「祈り」と「瞑想」と分けて表現します。

私はこのような祈りを行う際には、
やはり瞑想と同様にリラックスできる環境の中で、
心身共によりリラックスできる状態を作って行っています。

私の場合は、体が硬い方であるために、
あぐらをかいたりヨガのようなポーズをとったりするだけで、
体をリラックスさせることは難しいですし、

正座は好きですが
長い時間座っていると足がしびれてくるので、
その時点で波動が不安定になってしまうことからも、

私には瞑想や祈りの際には、
正座やヨガのようなポーズをとることは、
あまり向いていないと自覚しています。

ですから、私にとってはリラックスできる、
いつも使って座り慣れているいる背もたれのある椅子に座って
祈りを行うことが多いです。

また、夜の就寝する前に寝たまま行うこともあれば、
瞑想中に祈りたいと感じた時には、
そのまま祈りも行うこともあります。

また、祈りを行う際には、
目を閉じて合掌して行うことで、
エネルギーがスムーズに循環しますし
波動が高まり安らぎも感じます。

内在する神や魂などの
高次元の意識ともより近づき通じ合えるとも感じていますので、
多くの場合は合掌しながら祈りを行っています。

また、個々によって
リラックスできる環境設定も違う場合もあるでしょうし、
このように姿勢も違う場合があるでしょう。

以前、私はよく瞑想中や祈りの最中に、
癒し系の音楽をかけていたことがありましたが、
ここ4,5年は音楽をまったく使っていません。

このように、その時々の気分によっても、
肉体の状況によっても、
個人内でも違ってくることもあるでしょう。

ですから、瞑想や祈りをしている人の、
形式とか実践方法とか考え方とか捉え方を、
様々な形で情報として得たとしても、

あくまでも事例として参考にはしても、
その内容をそのまま活用するのか、
それともまったく活用しないのか、

それともミックスして活用したり
一部だけ取り入れたりするのかなど、

自分自身がどのように受容してどのように活用するのかは、
最終的には自己責任で自由意思によって選択すべきことであると、
私は認識しています。

もちろん、組織とか集団で行うことを選択することも、
指導者や既存の方法を選択して従うことも同様に、
自由意思による選択に任せられています。

私のような既存の祈りをとりいれることもあれば、
オリジナル的なやり方を多く取り入れたり、
とてもラフで曖昧な感じのやり方を好んだりするのかどうかも、
結局は本人次第ということになります。

愛に基づいた祈りも瞑想もすべてが自由であります。

ですから、私は自分なりに無理を感じたり、
制限とか束縛とかと感じたりすることは
選択しないようにしています。

かといって、既存の方法や
どなたかの実践方法をとりいれていないわけではなく、
自分で心地良いとかわくわくするとか感じたことは、
そのようなナチュラルな感覚に従って素直に取り入れています。

修行のように感じる肉体的精神的に、
過度な苦痛や無理を生じることは選択しません。

そして、他者に強制するようなこともしませんし、
愛を抱いていない状態やわくわく感じないような中での祈りも行いません。

祈りや瞑想の基本はよりリラックスして
愛に基づいて行うことだと感じて実践しています。

自己への愛も他者への愛も、
より大きく抱いた中で行うべきものでもあると意識しています。

そして、結果的に波動を高めたり
光をめぐらせたりすることができれば、
世のため人のため地球のため宇宙のための奉仕にもなりますし、

すべては高い波動のカルマとして
自分自身に返ってくる素晴らしいものでもあるのです。

《よろしければ1日1回ワンクリックのご協力をどうぞよろしくお願いいたします》
  ↓  ↓
人気ブログランキングへ
人気ブログランキングへ

タエヌのホームページ
☆アセンションスペースシューリエ☆
http://www.shuwrie1.com/index2.html

タエヌのわくわく☆なう
~タエヌのもう1つのブログです。気づきや感じたことや与えられたインスピレーションなどを、‘なう’で書いています~
   ↓   ↓
http://ameblo.jp/taenu/

☆くるみ あんず☆(タエヌのもう1つのペンネーム)
アセンション小説「かのこの現実」改訂版連載中
http://ameblo.jp/anzukurumi/



スポンサーサイト



スピリチュアル