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今はそのタイミングじゃないみたい・・・

2007年09月18日

築100年、建坪40坪、7部屋あり土間や廊下もあるという間取り図を見て、いろいろと想像して身を置いてみて、なんだかとても素敵な感覚を持ったので、いざ館山市にあるその貸家の古民家に昨日行ってまいりました。

想像をするとはいっても、とても良い感じから結構築年数が古いからそれなりに厳しいというイメージまで、たくさんイメージして家族6人、今後の我が家を見極めるということにわくわくしました。

不動産屋の従業員の案内で、いざ古民家に到着。第一印象「ほえ~」というため息。あまりの雑然とした雑草の生え放題の庭、家の外壁や雰囲気の暗さ、そして中に入ってみると・・一言で表現すると、すべてのこれまで抱いていたイメージが崩れた~という感じでした。子どもたちは、たくさんのくもの巣、床のゆがみ、天井の低さ、何よりも臭いと汚れと薄暗さにまいってしまいました。。

その後、他に2件の貸家を見せてもらいました。1件目がそんな感じでしたので、他の2件は輝いて見えました。2件目に見た貸家は、今の我が家と同じ7年ほどの築年数で建坪は3分の2くらいの家でしたが、次女のアマンダ(仮名)は「夢のような素敵な家だ~」と感激してここに住みたい!と嬉しそうにしていました。でも、小学校までは4kmほど離れていて、なんとも魅力を感じない住宅地。3件目は広い庭付きの魅力的な家ではありましたが、他のいろいろな条件が私や妻の思いとは合いませんでした。

結果はそういうわけでして、南房総貸家の旅という貴重な体験はできたものの、結論はノーということになりました。体験終了後の昼食時にはみんなでどっと邪気疲れ(特に最初の古民家の邪気はすごかった~・・)を感じました。そこで、もともと予定はしていなかったのですが、そんな状態を浄化するために海岸でしばらく遊びました。もちろん私は釣竿を出して、強風の中ではありましたが釣りをしました。そして、シロギスと舌平目が釣れたのですっきり爽快感。アマンダもデンプ(3女の仮名)も季節外れの海水浴でおおはしゃぎ。上の子2人も釣りしたり石投げたりして、すっきりと浄化してきました。

帰りの車中で妻が一言。「今がそのタイミングじゃなかったんだね!」

つまりそういうことだと私も思いました。

今回のこの経験で感じたことは、確かに私たち家族6人は今の土地を離れて南房総という土地に引越しをするということを実感したということ。特に長男と長女はやっと覚悟を決めたという感じでした。それと、今は引越し先を決めるというタイミングではないということ。でもなるべく早く引っ越し先を探そうというアンテナは常に張り巡らせるということ。

あとは、いつものように目の前の現状の中で、しっかりと足を地につけつつも理想は常に高く持ち続けるということ。そして、宇宙に身を任せてタイミングを待ち、最高と思えるチャンスが来たらその流れに乗るだけ。でも、チャンスは待つだけではなくて今回のように試してみるのも必要。試した結果はそれなりにポジティブな経験になるし、必要な経験として結果をもたらしてくれる。

昨晩の夕食は、釣りたてで新鮮なシロギスのお刺身と舌平目のバターソテー、そしてレトルトのカレーライス。帰宅後、みんなお風呂にしっかりつかり、すっきりした気分でいつものようににぎやかな食卓となりました。なんだかこの地においてこの家でのこの光景が、ずっと続くような気がしてきました。

でも、そんな家族の状況という現実というものを目で見たり話を聞いたりといった五感でしっかりと感じつつも、イメージの世界であり本来の現実の世界では、やっぱり違う土地の違う家での家族の生活がすでに始まっています。まあ、どちらの生活環境においても、家族6人の幸せな光景は同じであるということが、何よりの喜びでもありますが・・。

でも、その反面、低次元な同族意識というものはあまり強く持っていないという側面が私の中にあります。深く大きく愛していますが、家族という縁に対しての執着とかできるだけいっしょにいたいという願いとか、そういったものはありません。

1年生のアマンダや4歳のデンプは、今の時点ではかわいくていとおしくてたまりません。まだまだ自立するには親の元にいないことには厳しい分、余計にそう思わされるのでしょう。でも、5年生になった長女と中2の長男に対しては違います。それなりに精神的な自立をすでに果たしているので、まだまだはしくれではありますが、一応それなりのおとなとして見ています。だから、親の手から、親の考えから、親の能力から、どんどん離れていったり越えていったりするのが、とても嬉しくたのもしく思えます。逆に、自分で解決できることなのに親を頼ったり、親にべたべたしたりするということが、うっとうしく思えます。そして、何よりも嬉しいのは、精神的な自立をそれなりに果たしている者同士として、つまり親子としてではなくおとな同士という関係において、考え方や進んでいる道などを同調し合える機会が増えてきているということです。

引越しの話から、気がついてみると子どもに対する思いの話へと移ってしまいましたが、昨日の引越し先を見て感じた感想を伝えてくれた長男と長女をみて「自己責任をそれなりに持つことができているおとな」をまた少し大きく感じられたので、きっとこんな話の流れになったのでしょう。。

家族6人、物質的である見た目はなんとなく似ていますが、みんな魂の質が違うので(妻と長女は本魂と分魂という関係で同質ですが)、今このようにいくつもの魂が家族という形で合わさった中での調和されている様子が、とってもおもしろいと感じています



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