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波動が高い・低いとは? ~思考によって識別するための観点~

2013年07月10日
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「波動が高い(軽い・穏やか)」
「波動が低い(重い・荒い)」
とはどのような状態であるのかということを

大きく分けて2つの観点から捉えるようにすると
思考の中でわかりやすく認識できると思います。

その2つの観点の中の1つは
「愛がどれだけめぐっているのか」ということ、

そしてもう1つは
「わくわくの中に在るのかどうか」ということです。

最初に、この「愛がどれだけめぐっているのか」
という観点について述べてみます。

愛を大きく分けると
自己愛と他者への愛との2つに分けることができます。

自己愛が大きく強くポジティブにめぐると、
自分自身の肉体を大切にして体に良い食事をとったり、
睡眠や休息などをとって疲れを極力緩和させようとしたり、

趣味や憩いの時間を大切にしたり、
自分自身のやりたいことややるべきことを優先したりするなど、

自分がより健康でより前向きに過ごせるように留意して
実生活を送るように努めることでしょう。

また、他者への愛が大きく強くポジティブにめぐると、
周囲の人々との調和を重んじて
より謙虚でよりやさしくなれるでしょうし、

おもてなしやあいさつを大切にしたりして
より良い人間関係を築きやすくなるでしょう。

また、あらゆる生物や地球環境や宇宙など、
物質的存在や目に見えぬ存在に対しても、
すべてに対して慈しみや感謝の愛の心をめぐらせていると、
同様に、自分以外のあらゆるものとの関係が
よりポジティブにめぐることでしょう。

ただし、自己愛が強すぎてしまって自分本位になりすぎたり
自己愛が強すぎてエゴに変化したりしてしまうと、
周囲との不調和が生じやすくなります。

エゴとは愛とは反対で、
とてもネガティブな波動を発します。

また、他への愛が強すぎてしまうと、
人に対して嫉妬の気持ちを強くむけたり束縛をしたり
相手に過干渉をしすぎてしまって有難迷惑になったり
相手の学びを損ねる結果になったりすることがあります。

これでは、やはり周囲の人との不調和が生じたり、
自分の意識の中にもネガティブな意識がめぐったりしてしまい、
低い(重い・荒い)波動が発してめぐってしまいます。

ですから、愛はバランスの良さも大切なのです。
そして、バランスよくより強く大きくめぐっていれば、
必然的に高い波動が発されてめぐります。

*「愛のバランス」については以下の記事をご参考ください。
http://mfhqc9393.blog65.fc2.com/blog-entry-2205.html


次に「わくわくの中に在るのかどうか」
という観点に関しても述べてみます。

私のブログ内やここでいう「わくわく」とは、
自分のやりたいことをやっている、
自分のやるべきことをやっている、
自分らしく生きている、

そういった自分自身のナチュラルな感覚に従い、
よりポジティブに感じる選択をして実行している状態である
そのポジティブな中で発している波動は
とても高くて軽やかであります。

逆に、自分のやりたくないことをしかたなくやっている、
本当の自分の意思に従わずに自分らしくない在り方を選択し続けている、
やるべきことを後回しにしたりやらずにいたりして
違ったことを優先にやり続けているといったような場合には、

必然的に心の中がわくわくする感覚が薄く、
ネガティブに感じることが多くなるために、
低くて重い波動が発されやすくなります。

また、意識が不安や心配ごとにあふれて
恐怖や悲しみなどのネガティブな状況の中にあっては
わくわくすることを選択し続けることは難しいでしょう。

よりポジティブな意識の中に在って
より高い次元の意識をめぐらせていれば、

直感(魂意識・宇宙意識)や
高次からのインスピレーションも受け取りやすくなり
思考や想像がポジティブにめぐりやすくもなるために
波動は高まりやすいでしょう。

*「わくわくを選択すること」に関しては下記の記事をご参考ください
http://mfhqc9393.blog65.fc2.com/blog-entry-2193.html


この、「愛のめぐり」と「わくわく感」とが、
より自分の中にも周囲との関係の中でもより強く多くめぐれば、
必然的に波動は高まり、魂は向上していきます。

これが、波動の高い状態と低い状態の、
根本的な在り方や状況の差であると私は捉えています。


この先も低い波動を発し続けていると
肉体的にアセンションして黄金時代を迎えることは難しい…
そんな感じのことを思われている方もいるようですが
私は以下のように捉えています。

もちろん、波動はより高い方が
ポジティブでいられて魂は向上していきますし、
より低くならないように努めた方がよいわけですが、

まだ、今のこの地球上の世の中の状況では、
天使や神のように常に意識がポジティブであることも、
常に意識がネガティブにならないでいることも、

こうして‘肉体を身にまとっている私たち地球人類’には、
絶対に無理である…と言い切れるでしょう。

私たちは体に強い痛みを感じれば
多かれ少なかれネガティブな感情が生じます。

もし、目の前で戦いがあって、
愛する人が痛みつけられたとしたら、
ネガティブな意識を全く持たずにいることは難しいでしょう。

つまり、何を述べたいのかといいますと、
今の世の地球上の暮らしの中においては、
高い波動のみをめぐらせ続けるということは、
肉体を身にまとった私たちには不可能であるということです。

ですから、低い・重い・荒い波動を発するようだと
肉体を持ったままアセンションができないとすれば、
誰ひとりアセンションできる地球人類はいないともいえるでしょう。

今、波動・エネルギー的にはアセンションを果たしている
この地球上に存在している地球人類すべては、

必ず4次元以上の高い波動・意識を持ち合わせていますし、
人によっては5次元や6次元の波動・意識も持ち合わせています。

その反面、まだこの重い肉体を身にまとっている以上、
必ず3次元の低い波動・意識も持ち合わせてもいるのです。

ですから、今、ここにこうして存在している地球人類すべては、
今この地球上にて実生活を送りながら魂を磨いており

この先に肉体ごとアセンションを果たして
4次元そして5次元世界に存在する可能性は残されているのです。

そして、物理的にもアセンションを果たして
肉体が密度の軽いクリスタル基盤に変化(変態)することができ、

世の中も今のようなネガティブな体制ではなくて
黄金時代と呼べるような高次元の世界の状況に至ることができれば、

3次元的であるネガティブな波動・意識は必然的に生じなくなっていき、
今もすでに持ち合わせている高い波動のみがめぐるようになっていくために
高次元世界で存在していくことができるのです。

つまり、今、留意すべきことは、
より波動が高くあり続けるように努めること、
そしてより波動を低くならないように努めることであり、

多少の低い波動が発してしまうような
ネガティブな感情や思考などの意識が生じることは
今の世ではしかたのないことであると思ってある程度は認めて許し、

その中で、自分なりに無理なく、
でもできるだけ早くポジティブに変換するように
意識的にでも習慣になるまで努め続けることが大切になります。


ではここで、波動についての
2つの状況に関して述べてみます。

1つめは波動の高低と物理的な状況との関係に関してです。

私たち肉体を持って暮らしている地球人類にとっては、
食べ物やほしい物などの「物」に満たされているのか否かは、
波動状況をそれなりに左右するものでもあります。

だからといって、大金持ちで物質的に何の不自由もないように見える
そんな感じのすべての人は波動が高く幸せにしているのか…

逆に、いわゆる貧困であり物質的にみなされていないように見える
そんな感じのすべての人は波動が低くて不幸なのか…

これらは両方ともそうとは言い切れませんし、
やはり人それぞれであるわけです。

物理的に満たされていても愛に満たされていないとか、
わくわくするようなことが少ないとかと感じて
ネガティブな意識をめぐらせている人もいますし、

たとえ物理的には満たされていなくても、
家族や友人との愛を大きくめぐらせながら助け合って生きていたり、
わくわくするような何かをしている人だっています。

物理的により満たされていると感じた方が
よりポジティブに感じる人が多いということは当然ですが、
物理的に満たされているから波動が高いかどうかはわからず

愛をどれだけめぐらせているのかとか
わくわくの中で実生活を送っているのかによって
人それぞれの状況によって波動状況は違ってくるわけです。


もう1つは、毎日を楽しんで生きているように見える人たちは
やはり高い波動を発しているのかどうかに関してです。

毎日を楽しんでいる…とはいっても、
楽しむという言葉にはとても広い意味があります。

たとえば、わくわく感に従ってやりたいことをやりつつ
自分らしく生きながら周囲とも不調和を起こさずに調和を保ち
自分や他への愛をめぐらせながら楽しんでいる人もいます。

このような人たちは
高い波動を発していることが多いでしょう。

しかし、一見、楽しんでいてポジティブに見えたとしても
実際には自分が楽しむために人に迷惑をかけてしまったり、
心が満たされない分、気を紛らわせるために何かをしていたり、

気持ちがネガティブになっているために
行動や物で欲求を満たしたりして、
宇宙本来の意味するわくわくを感じていなかったり、
自他への愛のめぐりが乏しかったりしている場合もあるでしょう。

このような場合には
低い波動を発していることが多くなってしまうでしょう。

そんな感じで捉えていきますと、
波動状況はどうであるのかを思考の中で識別する際に

結論はいかに愛を自他にめぐらせつつ
わくわく感に基づいて楽しんでいるのか
ということになりますので

やはり冒頭で述べた「愛」と「わくわく」の
2つの観点で捉えるとわかりやすいと思います。


今ここ地球上に存在する人すべては、
この先の黄金時代まで存在できる可能性を持っています。

ただし、この先のまだまだ大きく揺れ動く社会の中で、
これまでの経験やこの先の経験をいかにポジティブな学びとして

どれだけ波動を高めつつ、
どれだけ波動が低くならないように努めていくのかが

この先、いかに幸せに感じる在り方ができるかどうかということにも、
地球上に暮らし続けて黄金時代を迎えることができるのかにも関わっていきます。

「波動の法則」は宇宙において普遍であります。

この先、自分自身がどのような在り方をするのかによって
波動の法則によって引き寄せられる現実的な経験も波動のめぐりも違っていきます。

すべてが、自分自身のこの先の在り方次第、波動しだいによって、
あとは普遍である波動の法則が働いてくれますので、

自分自身の在り方をいかにポジティブであるように努めて、
実際にもより高い波動をめぐらせつつ、
より波動を低くならないように努めたられるのかが大切なのです。

そして、その結果としてこの先に肉体ごとアセンションして
黄金時代で至福の時を迎えることができるようになるのか、

それとも、違う惑星にてもう一度、
3次元世界に転生して人生を送るようになるのかは、

すべてが波動の法則や必然の法則に従い、
宇宙が判断して最適な場所へと導いてくれるわけですから、
成るようになっていくわけです。


*後日、波動の高低を‘感覚的に識別する観点’に関しての記事も
作成でき次第、公開する予定です。


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もう5年も児童相談所に「保護」されている子供 ① ~知っておくべきこの世界の真相⑲~

2013年07月10日
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以下の内容はハピネスのブログより転載しました。

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

zeraniumさんのブログより

以下の内容は「児童相談所の怖い話」 内海 聡著 三五館 より抜粋して引用

《もう5年も児童相談所に「保護」されている子供 ①》


   私は最初その話を聞いたとき、にわかには信じることができなかった。
   想像してみていただきたい。あなたの子どもが明日、急にいなくなり、二度と会えなくなるとしたら、あなたはどうするだろうか? 面会だけでなく子どもとの一切の関わりが拒絶されるような状況になったとしたら、あなたはそれを可能にしているこの国のシステムを許すことができるだろうか? そのために私が身に覚えのない虐待の罪を着せられ、子どもが家に帰りたいという希望も捨て置かれ、この国の誰に助けを求めても相手にされないとしたら、どうすればいいのだろうか。

   児童相談所というところは、いつからこういう状態にあるのだろうか?
   これからお伝えすることは、児童相談所が今、実際に行なっていることである。これらは膨大な事例の中のほんの一例であり、特殊なケースでも、偶発的に起こった出来事でもない。これが児童相談所、児相が行っている「通常業務」なのである。

   被害児A君(当時6歳)の通う小学校の校長は、あるときA君の父親から大勢の教職員の前で教育論について論破され、何も言えなくなるという屈辱を味わわされた。そして校長はその腹いせに、A君の体についていた6ヶ所のアザを、「両親による児童虐待の証拠」として児童相談所に虐待通報を行なったのである。しかも、虐待現場など見ているはずもない担任に、「虐待現場を目撃した」としてウソの証言をさせた。

   この通報を受けた児童相談所は、両親に一切の事実確認をしないままA君を「一時保護」してしまった。A君の体にはアザが6ヶ所あったが、確かにお尻の1ヶ所は両親の行なった体罰のアザであった。しかし両親は体罰を行なう際は理性的で、体に支障をきたすようなケガをさせないよう注意をしていた。そしてその他の5ヶ所のアザは、学校でのいじめや学校職員から受けた体罰によるものや、A君が怪我をして自分でつけたものであった。しかし児童相談所は一切の事実確認をすることなく、そのすべてのアザを両親が虐待によってつけたアザだとして決めつけた。

   そして児童相談所は医者にも、「A君には靴で蹴られたアザがついている」という虚偽の診断書を書かせた。そしてA君の傷は生命にかかわるようなものではまったくなかったにもかかわらず、「命の危険がある」として強引に一時保護に踏み切った。しかも一時保護を決めた時も、その後も、児童相談所はA君に対する虐待の有無に関して事実調査をまったく行なっていない。

   拉致されたA君は泣いて家に帰りたがっており、このことは両親の起こした裁判の過程で明らかになったことだが、児童相談所はA君の「帰りたい」という意志を無視して拉致し続けている。そして両親に対しては、「A君は両親を怖れて家に帰りたがっていないので返せない」と主張した。そして、こうした状態のまま現在に至るまで、A君はもう5年以上も両親に会っていない。

   それだけでなく、面会も手紙のやり取りも一切が禁止されており、A君の様子さえ両親には伝えられていない。その後A君の弟が生まれたことも、A君の父方の祖父が亡くなったことも知らせることも、葬儀に参列させることもできず、まさに完全な分断状態にあるのだ。A君の両親の元には4歳と5歳の幼い弟妹がいるが、児童相談所は不思議なことに、なぜかこの幼い2人の子どものことはまったく案じることがないのだ。

   なぜなら児童相談所の判断からすれば、「5年以上も完全隔離しなければならないほどの凶悪な虐待親」が2人の子どもを養育しているのであるから、虐待の有無に関して必ず調査をするはずではないだろうか。しかし一度も調査は行なわれていない。

   両親は児童相談所に対して、自分たちの状況と身の潔白を示すために「家庭訪問してうちの家庭の実態を見てほしい」と何度も要求しているが、なぜか児童相談所は拒否し続けているのである。

   これは現在も国家賠償裁判を行なっている、静岡県静岡市在住の松島弘さん夫婦の
ケースである。A君は親がまったく知らない間に登下校時に拉致されており、「一時保護」という理由で強制的に連れ去られ、その後児童福祉法第28条による家庭裁判所の審判を経て施設に入所させられ、もう5年以上もお互いに会っていないばかりか、手紙も電話も禁止されている。

   しかし刑事訴訟法にも則っていない単なる児童相談所の判断で、5年以上も親子の面会などを完全に遮断する処遇が正当なことなのだろうか。刑務所でさえが面会や手紙などが許されているのにである。

   いったい児童相談所の仕事とは、あるいは与えられた使命とは何なのだろうか。
   それは本来、虐待を防止すると同時に、問題を抱え分裂した家族を再構成させ、健全な家族の形に指導していくことであるはずだ。

   「あなたの教育論はよくわかりました。しかし現代の常識に沿って考えるならば、児童相談所の立場としては虐待の可能性ありと判断せざるを得ません。なぜならわれわれは家庭の内部まではわからないからです。ですから教育論は別の話として、とりあえず目に見える体罰はやめてください。この指導にもかかわらず引き続き体罰を続けられるのであれば、われわれは一時保護に踏み切らざるを得ない」 本来はこうした指導であるはずだが、もちろんこのような指導は一切なく、何の通告もなく、強制的に連れていかれてもう5年が経つ。

   親が知らないあいだに拉致された後は、児童精神科医に投薬されている可能性が高い。現在、子どもがどのような処遇に置かれているのか、資料請求しても何もわからない。A君は6歳の時、児童相談所に連れていかれて5年が経っているので、現在は11歳になっているはずだ。

   次に児童相談所の一時保護という、拉致のようなもう一つのケースを挙げる。
   母親がGちゃん(当時1歳)を抱いて階段を下りていた時、足を滑らせて階段から転落した。母親は打撲を負い、Gちゃんは手を骨折してしまった。母親はあわてて子どもを病院へ連れていったところ、Gちゃんを診察した医師が、「母親の虐待のせいで子供が骨折した疑いがある」として児童相談所に通報してしまった。

   通報を受けて病院へやってきた児童相談所は、母親から事情聴取をすることなく、緊急一時保護と称して子どもを連れ去ってしまった。その後、母親は子どもの怪我の原因を何度も説明したが、児童相談所は母親の言い分を一切聞かず、「自分のした虐待を認めない自覚のない虐待親」と決めつけた。

   さらに児童相談所は、「自分の虐待を認めないなら、今後も子どもとは会わすことはできない」と脅迫したため、母親は「自分が向こうの言うことを否定している限り、子どもは返してもらえない」と判断し、してもいない虐待を認めることにした。そして児童相談所には一切逆らわず、従順に従うことにした。

   すると児童相談所職員は、母親に対して「お前は虐待親だ」となんども言い聞かせ、母親が少しでも自分の主張をしたり、疑問点について質問したりすると、「そういうことを言うのは反省がうかがえない」とにらみつけた。母親は職員の態度に不信感を募らせたが、徹底的に従順な母親を演じることを貫き通した。そして連れていかれてから、6ヶ月後になんとか子どもを返してもらうことができた。

   母親はいかなる体罰も与えていないのに、「児童虐待がある」という一方的な通報だけで、ここまでするのである。しかも子どもが帰ってくるまでに半年という期間を要しているのだ。そしてこの状態は、これを読む読者全員にいつ起きてもおかしくない悲劇なのだ。

   三つ目の例を挙げる。
   当時14歳のHちゃんと12歳のI君たち姉弟は、生活が乱れており、両親の言うことを聞かず、叱られることが多かった。あるとき姉弟は両親に叱られたことに腹を立て、親に対して嫌がらせを計画した。彼らは放課後の学校へ行き、校長に会って両親の悪口をあることないことを話し、親が自分たちにいかにひどいことをしたかを言いつけたのだった。それを真に受けた校長は親に連絡をとることもなく、児童相談所に「親の虐待の疑いがある」として通報してしまった。

   通報を受けた児童相談所は、校長と同じく親の虐待の事実をまったく調査することなく、校長と2人の子どもの話だけでこの姉弟を一時保護として連れていってしまった。児童相談所は子どもたちを一時保護した翌日に、身体的虐待が行なわれた跡はないことを確認して伝えてきたが、なぜか子どもたちを両親に返そうとはしなかった。

   自分たちの知らない間に子どもが保護されたことに驚いた親は、校長のところに出向き、虐待など一切ないことを説明したところ、校長もそれを認め、「通報は間違いだった」としてその撤回をするために児童相談所へ行った。ところがなぜか児童相談所は、校長の通報撤回要求を却下しただけでなく、子どもたちが「日常生活でついた傷」として話していたものを「親の虐待の痕だ」と主張し始めたのだ。そして子どもたちとの面会を禁止したうえ、「姉弟は家に帰りたくないと言っている」として子どもは返せないと言ったのだった。しかし後に個人情報開示等により、実は姉弟は家に帰りたがっていたことが明らかになっている。

   2人の子どもが一時保護された後、彼らは9ヶ月もの間教育を受けることもなく、学校へも通うことはなかった。2人は保護されている間に施設の職員から何度も身体的虐待を受け、弟のI君は自殺未遂まで起こしていた。しかしそういった事実を児童相談所は親には一切知らせなかった。施設内では職員による虐待が日常的に行なわれており、子ども同士によるいじめも蔓延していた。姉弟は施設職員の隙をついて自宅に電話をし、親に助けを求めた。親は施設内での子どもの待遇を検討するように何度も児童相談所に申し立てたが、環境改善が行なわれることはなかった。

   そして子どもたちから電話を受けた親が、児童相談所に改めて子どもを返すよう話し合いを持ち、弟だけが帰宅できることになった。

   保護された子どもたちはそれだけでは済まないのである。
   子どもたちは児童精神科医によって、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、あるいはADHD(注意欠陥・多動性障害)などと診断されて薬を飲まされることになる。それは一時保護を行なった児童相談所の職員が「PTSDかADHDの疑いがある」として、提携している児童精神科医のもとへ子どもたちを送り込むからである。つまり、虐待の有無が調査される前に精神薬の投与が行なわれているわけであり、こうして精神病患者が作られているのだ。

   そして子どもたちには、最初から虐待があったことを前提に質問をして、彼らの発言を誘導する。「虐待されていたよね」「君は被虐待児だからね」などと言って徹底的に洗脳していく。保護者が「虐待などしていない」と児相職員に詰め寄ると、彼らは自分たちの言うことを聞かない「クレーマー保護者」だと決めつけ、場合によっては保護者を脅し、一時保護で拉致した子どもを「保護措置」に切り替え、児童養護施設へと送り込む。こうして徹底的に家庭崩壊が進められていく。さらにこういった児童相談所のシステムを知っている裁判所は、公的機関をかばおうとするのだ。

   しかし彼らはいったい、何のためにこのようなことをするのだろうか?


            book 「児童相談所の怖い話」 内海 聡著 三五館

                         抜粋   
知っておくべきこの世界の真相
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