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赤い糸で結ばれている運命の人

2012年10月26日
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今日の午前中はあまりにも気持ち良い気候だったので、妻とミニドライブをしてきました。この景色は、自宅から車で10分ほどの高台から撮影した、石垣島北部の浦底湾周辺です。先日紹介しました水産研究所も浦底湾沿いにあります。秋の日差しに照らされて、青と緑と白い雲が映えていました。

石垣島地方気象観測台発表によりますと、帰宅した頃の午後1時30分までの最低気温は24.3度、最高気温は29.1度です。日差しが強く、外に出ると少し汗ばむような気候でした。

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石垣島の最北端に近い平久保周辺のビーチです。小さく映っているのは妻のatumiです。

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9月末の大祓いをお受けいただいた皆様からのご感想

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次元末を迎えているために、ここ数年、特に最近も、やたらと過去の自分を振り返る機会が増えている中で、ふと、以下のような過去の出来事を振り返ってわくわくしている自分がありました。なんだかその出来事をブログに掲載したいとも思ったので、私事のたわいもない話ではありますが、よろしかったら、ちょっとお付き合いくださいませ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

ご縁はすべて必然によって結ばれておりますが、‘赤い糸で結ばれている運命の人’とのご縁が結ばれたと感じることは、一生の中ではそれほど多くは経験することはないのだろうと思います。

私は、今から二十数年前の平成2年の夏に、そんな経験をしたことがあり、まだその頃はスピリチュアルに目覚めてはいないといえるような意識の在り方をしていましたが、明らかに結ばれるべきして結ばれた必然のご縁であると、妻との出会いを振り返るたびに、あの頃も、もちろん今も、そう感じています。

私は、生まれ育った東京都足立区にある、区内では比較的に進学率の高かった都立江北高校を卒業しましたが、2年もの間、いわゆる浪人生活を経験しました。でも、2浪している間は、遊びやスポーツやバイト9割、お勉強1割というような生活をしていましたので、結果的に志望校には合格できず、でも3浪は嫌だと思っている中で、2次募集をしていて小学校の教員免許の取得できる短期大学を見つけたので、受験したら合格して、千葉県にあるその短期大学に入学しました。

結局、短大時代も浪人時代に引き続き、バイトに遊びに部活(バレー部等に所属)にと大いに楽しみ、勉学はかなりおろそかにしていたので、結局は卒業時期には単位が足りずに留年してしまいました。

もう親から学費はもらうのも申し訳く、これ以上迷惑はかけたくないと思い、その頃にバイトしていたファミリーレストランの社員になることを決意し、タエヌ22歳の春の昭和61年4月1日から約2年半の間、大手ファミレスの社員をしつつ、短大に通い続け、ファミレスの社員を辞めてからの約半年間もアルバイトに励みつつ、1年休学して2年留年、つまり短大に5年間在籍して、平成元年3月にめでたく…やっと卒業することができました。

ちなみに、短大の最長の留年は2年まで、休学は1年までと決まっていたので、在籍期限のぎりぎりの年数で最後の1単位の書道概説という授業の単位を取り、卒業と同時に念願の小学校の教員免許も取得しました。

卒業した年の平成元年に、はじめて千葉県の小学校教員採用試験を受験しましたが、試験会場でファミレスの社員時代にアルバイトをしていた女の子にばたりと会ったとき、ファミレス社員が教員に転職するかも…なんてめずらしいことでしたので、おもいきり驚かれたのが印象的でした。(結果的にその子も教員になり、教員としても研修会で一緒になったこともありました)

高校を卒業して以来ずっと、あれだけ遊びとバイトとスポーツに励んでいたのに、教員採用試験の前の半年ほどは、仕事はしつつも、結構まじめに勉学に励んだ成果もあってか、ギリギリの成績ではありましたが、運よくこの試験に合格しました。私が25才の頃の事です。

また、夏に行われた教員採用試験を受けた後の平成元年の秋頃からは、公立の小学校で産休補助教員として仕事をはじめまして、ディズニーランドで有名な、千葉県の浦安市の小学校で学級担任の臨時の教員として勤務していました。

教員採用試験に受かったとはいえ、実際に採用になるには順番があって、私のようなギリギリの成績で受かった者は、なかなか年度初めからの採用は難しいとのこと。結局は平成2年の9月1日付の年度の中途での採用が決定しました。

採用決定が告げられたのは、千人を超える児童数の浦安のマンモス校の小学2年生を、産休に入っている教員に代わって担任していた8月初旬の事でしたが、採用が決まった学校は小学校ではなくて、別の市にある特別支援学校(当時は養護学校と称していました)でした。

そこで、気を遣ってくださった勤務していた小学校の校長や教頭などの職員の皆さんが送別会を開いてくださり、転勤になる二日前の8月30日に、浦安駅近くの居酒屋にて数十人集まっていただき、飲み会をしていただきました。

ふと送別会のメンバーを見ると、見慣れない顔が1人いましたが、その人は浦安市内の別の小学校で学校事務として就労しているとのこと。私の勤務していた学校事務の職員と仲が良く、その日は一緒に遊んでいたとのことで、そのまま帰宅せず、急きょ、その日の夜に行われる見ず知らずの私の送別会に参加することにしたとのことでした。その見慣れない人が、後に妻となるatumiです。この時が、妻atumiとの出会いでした。

座席が私の斜め前だったので、お礼の気持ちからも私から話しかけ、いろいろと話を進めていると、何だか話が合い波長も合ったので、会話がとても盛り上がりました。それを見ていたほろ酔いした教頭が、これは2人の気が合うから結婚した方が良いと三々九度をするように勧めてきたので、ノリノリになっていた私と妻とで、教頭の音頭で三々九度の真似事をしたことを覚えています。

ちなみに、この時点で私は26歳、妻は翌日で二十歳の誕生日を迎える10代最後の日でした。妻は、千葉県内の都市部から離れている田舎町で生まれ育ち、地元の市立高校を卒業後、18歳の時に千葉県の学校事務の採用試験に合格して採用され、自宅からは遠距離になるために、平成元年から独り暮らしを始めて浦安市立の小学校に勤務していました。

送別会はお開きになったものの、若手の10人ほどの教員で2次会が行われましたが、なんだかやっぱり周りの皆さんは、私と妻とをくっつけようとして盛り上がっていました。私は特に奥手ではありませんが、初対面でしたし、atumiは7歳年下の女の子だったので、少し遠慮して私からは特にアプローチをかけることもなく、その場のノリに合わせているくらいでいましたが、妻も結構ノッていたように感じたので、気分はとても良かったことを覚えています。

そして、しまいには、私が浦安の小学校での最後の勤務日となる翌日の8月31日に、「2人でディズニーランドでデートをしなさい!」と、私の慕っていた先輩の職員が酔っぱらいながら命令を下してきて、しかもなぜだが、二人で誓約書のような一筆を書かされて、舞浜駅の改札口を出た所で午後2時に待ち合わせ…といった感じで、待ち合わせ場所と時間まで決めさせられました。

私はその日の午前中は勤務する予定になっていましたが、午後はもともと休みを取っていて特に何もなかったので都合は良かったですし、当時、浦安の駅近くの教員住宅でひとり暮らしをしていたatumiも、同じく午後は半日休みをとっていて、20歳の誕生日を迎えるにあたり、友達同士で約束をしていただけで、その友達である本人もこの2次会の場にいたことから、最初は冗談のつもりだったことが本当の約束となって結ばれ、その会はお開きになりました。

結局は、平成2年8月31日、妻が20歳の誕生日に、周囲のみなさんに押されまくった結果ではあるものの、本人たちもまんざらではない気持ちになったのは事実でして、出会った翌日であり、私が教員として正式な採用の勤務日となる一日前の午後に、こうして妻atumiとディズニーランドでの初デートをして、夜9時頃まで共に過ごしました。

私は普段からこのように、人に勧められるがままに何かをするようなことはほとんどなく、後押しをされて流されるような経験もほとんどありませんでした。むしろ逆で、誰かと誰かの仲を取り持ったり、何かをプロデュースしたりするのが好きなタイプでしたが、この時は、なんだかわくわく面白いと感じたので、その流れに乗って楽な展開で話が進められ、その時点では恋人もいないフリーだった私もatumiも、デートをする運びとなりました。

妻もやはり、そのような他校の見ず知らずの人の送別会に参加するような大胆な行動をとるようなタイプではありませんでしたし、そもそもアルコール類はほとんど飲まないのに、無性にこの飲み会に参加したくなったようで、意の向くままに急きょ参加する次第になったようです。

ちなみに、妻は何度かそれまでにディズニーランドに行ったことはあったようですが、私はこの時がディズニーランドに行くのが初めてでした。それには理由がありまして、ディズニーランドができた当時は私が10代の終わり頃でしたが、その時、ふと「初めてディズニーランドに行く時は、結婚すると決めた彼女と一緒に行く!それまでは誰ともいかない。」と決意して、それ以降、友達やお付き合いをしていた人などに誘われても拒み続けてきました。

そして、その私のこだわりも承知した上でデートしたatumiと、このことがきっかけとなり付き合いが続き、告った覚えもプロポーズをした覚えもないまま、暗黙の了解のように結婚前提の付き合いが進み、平成4年の5月22日に入籍し、その年の7月5日に結婚式を挙げるに至りました。

あれから共に家族として歩み続けて、今年で20年の歳月が経ちました。普通に平凡な教員人生を送るだろうと思っていたので、あの頃は未来の自分たちが、まさか千葉から離れて沖縄県民となり、石垣島の地にて今のような生活を送ることになるなんて、夢にも思っていませんでした。

そんな今のような在り方に至るまでの、人生の大きな転機であり、スピリチュアルに目覚める大元となるような必然のきっかけとなったのは、こんな感じで‘赤い糸で結ばれている運命の人’である妻atumiとの出会いだったと、今、思っています。

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