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レイキとタエヌ ~学校を卒業するに至った頃の思い出~

2011年11月29日
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~昨日28日(月)は、石垣島よりもさらに約50km南西方向に位置している、日本最南端の地‘波照間島’に行ってきました。~

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~この写真の場所は、日本最南端の波照間島の中の最南端の海岸です。上の写真の最南端の碑は少し離れた場所にありますが、実際に最南端の地はこの海岸とのことです。島全体が穏やかな波動で包まれていて、とてもとてもやさしい癒しのエネルギーを感じましたが、特にこの場所はものすごい高い波動の強いエネルギーを感じました。そして、琉球石灰岩に覆われているこの場所を海に向かって歩いていくと、ますますエネルギーが強くなっていき、これまでに感じたことのないような素晴らしいエネルギーに包まれました。~

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~日本最南端の地の岸壁から吹き上がっている大波のしぶきです。デンプは一人で海に向かってどんどん引き込まれるように歩いて近づいていきました。この日は妻とアマンダ(次女仮名小5)とデンプ(3女仮名小2)も同行しました。~

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~今回、波照間島に訪れた第一の目的はレイキの伝授です。とても光栄で嬉しいことに、私のあこがれでもあったこの波照間島に在住されてる方からレイキ1~3の伝授のお申し込みがありまして、レイキ1と2は遠隔で受けていただいたのですが、レイキ3は直接受けたいとのご要望があり、結果的には私が波照間島に行ってアチューンメントをさせていただくことになりました。~

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~どんより曇り空でしたが、とても美しいニシ浜のビーチで撮影しました。伝授をお受け頂いた方に、スピリチュアルスポットや美味しいお店や名所を、車でご案内していただきました。大感謝です!~

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~自生している‘ノニ’の実です。当ブログの最初の頃の記事や拙著(たま出版「タエヌのスピリチュアル日記」)にも少しノニに関して記述したことがありますが、3~4年ほど前までは私たち家族はタヒチアンノニジュースを常時愛飲していましたし、今でも素晴らしい健康維持食品だと思っております。私は「飲むレイキ」とも称しておりましたが、自然治癒力や活力を高めるための素晴らしい栄養食材であるとともに、生命力あふれる魅力的な植物であると思い、憧れて尊敬しています。そのノニが…なんとこの地では野生で自生しているではありませんか…!とにかく、写真や映像ではたくさん見てきたものの、実物を見たのは家族4人とも初めてでしたし、色・つや・波動などすべてがあまりにも素晴らしくて目はウルウル、心から感激しました!~

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~ノニの実と花です。心わくわく興奮しながら、たくさんの写真を撮りまくりました~

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~昨日は石垣島の離島ターミナルから朝一番の船に乗って波照間島に行き、最終便で帰宅しましたので、1日がかりの出張伝授&小旅行となりました。波照間島にて実際に滞在したのは約7時間でしたが、とにかくあっという間のひと時に感じるほど充実しましたし、この地の素晴らしさをたっぷりと感じて味わわせていただきました。帰り際にアマンダと話をしていて「2日でも3日でもゆっくりしていたいね~」と私が言うと、「私は1週間でもい続けたいよ♪」と言っていました。実際は、私も妻も住む可能性まで考えてもいるくらい、本当に魅力的な場所でした。そして、この日1日をともに過ごして下さり、このような素晴らしい島にお招きいただきおもてなしも頂いて、たくさんのわくわく話をしたり島内をご案内したりしていただいたMさんには、心より感謝するとともに、日本最南端の島に在住されているレイキヒーラーとして、ご活躍を心より祈念しつつ、ご縁を頂いたことに深く感謝している次第です。~


*以下は2009年7月29日に掲載した内容を改訂して転載しました。

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私がレイキの伝授を受けたのが2002年7月末でしたが、レイキで検索したネットのホームページの中から、料金が比較的に安くて良さそうな感じの印象を受けたティチャーを選んで予約し、東京の青山のマンションの一室にて個人で行っている、私と同じ年齢の男性ティーチャーから伝授をしていただきました。アチューンメントでは、とても素敵な体験をすることができましたし、帰りの電車から見た東京のネオン街が、やけに綺麗に見えたのと、自分の身体の余計な力が抜けたような感じがしたことを思い出しました。

その後、自己浄化や家族を中心にレイキヒーリングを行いつつも、友人や職場の同僚にも時々施すことがありましたが、このような実践を通してレイキの魅力にぞっこんになったことと、自分自身のポジティブな変容(スピリチュアルな目覚めが一気に起きたこと)を実感したことなどから、レイキの普及に全力を注ぎたいという意識がどんどん強くなり、その年の11月頃にはティーチャーズディグリー(レイキ4)を受けることを決めて、会社組織としてレイキのセミナーを大々的に行っている所に申し込みをしました。ティーチャーの伝授を受ける条件として、その会社の主催しているセミナーでレイキ2と3の再受講をするようにとのことでしたので(レイキ2と3の伝授の料金は半額にしてくれました)、すぐに予約を取って受講しました。

その後、2003年の4月にティーチャーになるための伝授をしていただき現在に至りましたが、ティーチャーの受講前に、A4サイズの用紙1枚程度にティーチャーになりたい理由を書いて提出するようにといーう指示を受けたので、ワープロで打って提出しました。確か、その文章は2002年の12月頃に作成したと記憶しています。感熱紙で印字したままの状態でファイルに入れて保管してありましたが、すでに用紙の一部は薄茶色になっていて、文章も消えかけている部分もありましたが、久しぶりにそのファイルを見て、私が6年半前の小学校の教員時代に書いた内容を、とてもなつかしい思いで読みつつ、ある意味、私にとっては転職するための決意文として書いた当時の気持ちも思いだしたところで、ブログでこの文章を公開したいというわくわく感が湧き上がりました。以下、その内容を転載します。

* * * * * * * * * *

レイキのアチューンメントを受けて以来、自分自身に様々な変化がありました。いくつか例をあげてみますと、まず、心が穏やかになったことです。もともとがわりと短気な方だったので、今思えば、つまらないことでもすぐにいらいらしていました。レイキを授かって2週間くらい経った頃、しみじみと妻に言われたことがあります。「全然イライラしたり怒ったりしなくなったね。今までだったら、こんな時はすごかったのに、今は笑っているんだもんね。」ある出来事が起きた直後のことでしたが、自分でもそういえばそうだなと感心しました。

次に、自分を好きになれたことです。‘レイキ完全本’に書かれていた「自分を愛するように他人を愛しなさい。」という言葉が、自分を嫌いだった私にとっては、読んだ時にはとんでもないと思っていました。それが今では、その通りだと心から思えるようになったのです。理由は1つ。自分の内面で自分自身で嫌いだったこと(先ほどあげた短気なこと等いくつもありました)が、レイキを実践するにつれてことごとく改善されていっているからです。

その他には、長年悩まされていた腰痛が治りました。人間関係はより良好になり、仕事もよりスムーズにこなせるようになりました。私自身、宗教にはほとんど興味がなかったのですが、どういうわけか、古神道や仏教に興味が出てきたために、現在、関連書を毎日読んでいます。特に、精神力が高まるような教えを説いた本を読むと、心の底から感銘を受けます。その他にもたくさんありますが、とにかくどれも良いことばかりです。

これまで合計約25名に、ほぼ毎日レイキの実践を行っていました。その中で経験を積めばつむほど、相手の状態がわかる能力や、ヒーリング能力が増してきていることを実感できました。さらに、ティチャーとしてアチューンメントを行うことで、自分の能力や精神がどこまで高められるのだろうかと考えると、わくわくしてきます。

私は現在、小学校教師をしていて、特殊学級の担任、生徒指導主任等を担当しています。本校は約1000名の児童数の大きな学校です。この教師という職業を通して、最近特に問題があると感じていることが幾つかあります。まず、心が病んでいる子どもが増えてきているということです。友だちとのトラブルが絶えない、万引き等の非行が増加傾向にあります。そして、悪いことをしても、悪いという意識の薄い子も増えてきています。さらに、このような問題のある児童の大半は、保護者にも問題があるということもわかってきました。児童虐待、こどもへの愛情不足、善悪の感覚のなさ、親の威厳のなさや無責任さ等です。

教員の問題としては、週5日制になってから、仕事がさらに忙しくなったために、心の余裕がなくなってきたり、仕事に追いつめられたりしている状態が続いたり増えたりしていることです。そして、そのためのストレスがたまっている人が多くいるように思えます。そして、そのことが主な原因と思われる、倦怠感、腰痛、肩こり、頭痛等の、身体に症状を起こしている人が意外に多いことが、レイキを実践すること等でわかってきました。

上記に述べた、現在の私自身、そして私を取り巻く環境から、レイキのティチャーになりたいと思った理由を3点あげます。

一つめ、自分自身の精神をより向上させるため。
二つめ、ヒーリング能力をより高め、実践していきたいため。
三つめ、一人でも多くの人がより幸せになるために、レイキを普及していきたいため。

全国に、素晴らしい教育実践を行っている教師はたくさんいます。でも、残念なことに、まだレイキの実践者は多くありません。私が今、強く思っていることは、近い将来、教師を辞め、レイキ実践者としてレイキを普及するために、残りの生涯を送りたいということです。

* * * * * * * * * *

書き写しながら、文章表現や認識のしかたや物ごとの捉え方など、今の時点では修正したくなるような箇所がいくつもありましたが、できるだけ当時の文章のままの状態にしました。

この文章を書いた翌年度には、小学校から肢体不自由の養護学校(特別支援学校)に転勤希望を出して、その希望が叶いました。転勤した養護学校は、もともと初任から4年ほど勤務していた学校ですので内情はだいたい分かっていましたが、自力の移動が難しいために、車いすによる他者の支援を要する子どもが多く、また、リハビリーや身体のケアなどを多く要するために、手のひらで子どもの身体に触れる機会がとても多い学校でした。また、この学校には、レイキを必要としている子どもたちがたくさんいることを知っていましたし、職員や保護者の中にもレイキを必要そしている人が多いことも感じていました。ですから、私が教員としてレイキを人のために活用できる場としては最適な学校であると感じて転勤したのが大きな理由でした。

でも、もう1つの転勤を希望した大きな理由は、小学校にそのまま勤務をしていると、一般的に出世する道であるとされる教育委員会に1,2年以内には勤務するような状況に至りそうな情報もありましたし、現に小学校内の仕事以外でも、いくつかの市や近隣の市町村の組織の中でも重要な仕事を任せられていたので、教員を辞めることを決めた時点で、このまま小学校にいては学校内以外の教育委員会や人事等でも迷惑をかけてしまうかもしれないと思ったことです。

転勤をすることに決まった時点で、小学校から県立の養護学校に変わったために、そのようないわゆる出世の道のようなものに乗る心配は解消されましたが、できるだけスムーズに辞職したいことや、流れをはっきりと感じスムーズに流れに乗っていきたいことなどから、もし養護学校でも複数年勤務をする必要がある仕事のポジションを与えられた場合には、1年限りではなくて、ある程度の年数の間、仕事をまっとうして引き継ぎ、自分が納得し、周囲にも不調和が起きないようにしてから辞めようとも思っていました。

ところが、与えられた仕事は小学6年の担任。つまり担任する子どもたちを卒業させた後、私もスムーズに卒業できそうであると感じたことから、担任する学年が分かった瞬間に、私はあと1年のみ、教師として学ぶべきであるのだろうと感じました。また、担任以外の仕事も、特に翌年まで継続して行うべきであると感じられるようなポジションはなし。結果的には1年間の勤務も素晴らしい学びがたくさんあって、調和が保たれている中でポジティブに過ごすことができました。

そして、年度末に子どもたちを卒業させた後、私自身も、とてもスムーズに、自然な流れにふんわりと乗るようにして、何の迷いもわだかまりもなく、教師として就労していた約15年間の学校生活から無事に卒業することができました。2004年の春の出来事です。

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