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顕在意識で認識したことをどのように扱うのか

2011年10月17日
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~竹富島のコンドイビーチにて~
昨日16日はアマンダ(次女仮名小5)の誕生日でした。そこで、アマンダが誕生日の過ごしたい場所のリクエストとして竹富島を熱望したので、昨日の午後に私と2人でフェリーに乗って竹富島に行ってきました。北風が強くて海も荒れ気味の今にも雨の降りそうな天気でしたが、結果的には竹富島にいる間は雨に降られることはなく、サイクリングを楽しんできました。

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~コンドイビーチで出会った子猫ちゃんといっしょ~
なぜ2人だけで竹富島に行ったのかといいますと…3女デンプ(仮名小2)は、市内の各小学校の代表1名ずつの児童計20人が集っての童話お話し意見発表大会という催しがあって、その大会で舞台発表をすることになったので参加してきました。そこで、妻と長女は応援に行き、別行動となりました。また、シュー(長男仮名高3)は八重山総合駅伝大会があって、高校の駅伝部も参加しましたが、シューは地元の川平チームの一員として出場しました。

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~星の砂を見つけましたが、小さな水晶のかけらも発見しました~
舞台発表会も駅伝大会も市街地で行われたために、市街地のほぼ中心あたりに位置する離島ターミナル近くの駐車場で待ち合わせをして、家族6人が車に集合したのは午後5時近くになりました。その後、本州から知人が旅行で石垣島に来て下さったのでみんなで会いに行き、ご挨拶したりこれまでにいろいろとお世話にもなった御礼もしたりお話をしたりお土産を頂いたりして、短い時間ではありましたが素敵なひと時を過ごしました。そんな感じで昨日は家族6人それぞれが個々なりに充実した1日となりました。


*以下の内容は2011年5月30日に当ブログに掲載した内容を改訂して転載しました。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「顕在意識で認識したことをどう扱うのか」
その識別の仕方や活用の仕方によって
その人自身の波動は大きく違ってくるでしょう。

たとえば、直感的に認識したことを信頼して活用するのか、
それとも思考の中で3次元的な根拠を
それなりに立証できないからといって活用しないのか…

たとえば、病気になってしまった時に
その意味を自分なりにスピリチュアルな観点でも探るのか
それとも医者に強く依存したり薬で治すものと思ったりするだけなのか…

超感覚的なこととかスピリチュアルなこととかというと、
とても特殊な能力を持ち合わせている人や開花した人だけが
身に付けていて顕在意識で認識できて活用できるものと
思いこんでいる人や思いこませている人もいますが

実際にはすべての人がスピリチュアルな感覚も持ち合わせていて
3次元的なである5感(視覚・聴覚・触覚・臭覚・味覚)で
それなりにはっきりと認識したことをどう扱うかによって

実際にはスピリチュアルなことである
感覚や気づきや直感やインスピレーションを
どう扱うのかといったことと深くつながってもいるのです。

場面によってはチャネリングしたり瞑想をしたりして
意識的にインスピレーションを得るとか
霊的感覚を研ぎ澄まして霊的状況を認識するとかといったような

霊的能力を特別に使い5感と霊感とを合わせて
3次元的に認識しずらいような状況を認識する際には
それなりに特別な識別力や霊能力を身に付けている人が
情報を得たり活用したりすることができると言えるでしょうけど、

まだ今の時点ではそのようなことは多くの人が
日常的であるとは思っていないことであるために
今の世においてはとてもスペシャルなこととして
ある意味で別物のようにも扱われていることが多いと言えるでしょう。

もちろんそれはそれとして大切にして
自分で認識できたことも他者から伝えられたことも
自分なりに識別してポジティブに感じたことは
受容して活用すれば良いわけですが

そうでない日常的に自分自身で感じている
5感的に見たり聞いたり安らぎや痛みとして
はっきりと感じたりして認識していることや

自分の思考とか気づきとかと思っていることなど
3次元的にもはっきりと顕在意識で認識できることの中に

何らかのインスピレーションや直感等の
スピリチュアルな感覚によって認識できたことや
スピリチュアルな意味合いや気づきが
多分に含まれていることも多々あるということなのです。

それをスピリチュアルであることと3次元的なこととを
はっきりと分けて認識できるのかどうかは
スペシャルともいえるような高いな能力や識別力が
それなりに必要になる場合があるでしょうけど

多くの場合はあえてそのように分けて認識する必要はなく
実際には両面を併せ持っているものであるとより強く信頼し

5感や思考などで認識したことすべてを
どのように識別して活用するのかといった
「顕在意識で認識したことをどう扱うのか」が大切なのです。

顕在意識で認識したことを
よりポジティブに扱うために大切なことを
ここで3つ挙げてみます。

1つめは「自分自身が3次元的にも認識できるすべてのことには
スピリチュアルな観点での意味もある」
という原則をより強く信頼することです。

言い換えれば「波動の法則,カルマの法則,
その場の波動・エネルギーなどのスピリチュアルな状況の中で、
そのスピリチュアルな状況に見合った結果として、
5感で認識できるような3次元的現象は生じる」と捉えることです。

2つめは、「必要なものは必ず手に入る」ことを信頼することです。

言い換えれば「今の時点で必要なものは今の時点ですでに手にしている」
と信頼することです。

あえて見えないようなものを見ようとしすぎたり
あまり感じられないものを感じとろうとしすぎたりすると、
それなりに無理を生じたりバランスが崩れたりするなど、
ネガティブな波動が生じてしまう可能性が高くなってしまうのです。

それよりも、今、自分自身が認識できていることが
今の自分にとっては必要なことであり、

その認識している範囲内のことを
あらゆる側面から最大限にポジティブに認識するように努め、

その認識できたことを知識や学びとして得たり
ポジティブに感じることを活用したりするようにした方が、
明らかに波動は高まる可能性が高いのです。

もちろん、もっと知識を得たい、情報が欲しい、
スピリチュアルな認識力も高めたい等、
願ったり、探し求めたり、行動に移したりして尽力したりするような、
向上心を抱いて前向きに努めることも大切なことではありますが、

そのような先のことや
今はまだ認識しづらいことに強く焦点を当てるよりも、

今認識できていることの中で、
より直感的に、よりナチュラルな感覚の中で、
より根本的かつ総合的に捉えようとすることの方に焦点を強く当てた方が、
今の時点ではよりポジティブであるということなのです。

そして3つめは「物事をスピリチュアルな観点でも捉えようとする
‘意識を持つ’こと。‘意識を向ける’こと。」が大切になります。

人が経験していることすべては
何一つ無駄になるようなことはありません。

すべてが魂向上のために必要な経験であり
そこから得た気づきや知識などの学びは

自分自身の意識の持ち方や
受容の仕方や活用の仕方の選択次第で

ポジティブなものにもネガティブなものにも
どちらにもなる可能性があるのです。

かといってすべてが重要であり
すべての経験から様々な学びを得るべきだというわけではなく
大切なこともあればあっさりと感じる程度で良いこともあり

しっかりと記憶にとどめた方が良いものもあれば
できるだけ意識から削除したり
深く知る必要のないようなこともあります。

そういった識別力を養うことも含めて
1つの経験からよりポジティブなものを得るためには
より根本的に、より総合的に、3次元的にも他次元的にも、
大きな観点で捉えようとする‘意識を持つこと’が必要になります。

そしてそのような意識を持っている中で、
そのような‘意識を強く向けること’が必要になります。

たとえば急に寒さを感じた時に
そのような大きな観点で捉えようとする意識を持って向けた際に
ただ単に気温が下がった事だけが要因であると認識した場合には
それがすべてであると捉えればよいわけですし

でももしそう認識して上着を着たのに
まだ寒気のようなものがとれず
さらに意識を持ち意識を寒気に向けてみたら

近くにいる人の波動が思いきり低くて
そこから感じる邪気のエネルギーが寒気のように認識されたと捉えれば
その人から離れることを選択すれば解決するでしょうし
それで寒気がおさまればその認識したことは真実であったと確認できるでしょう。

このようなスピリチュアルなことの1つである
波動やエネルギーを認識したり活用したりすることは
こういった1つ1つの大小様々な経験を積み重ねながら
自分自身の意識の中でより確信しながらより識別力を高めて
より有効に活用することができるようになっていくものなのです。

このように何が何でもすべての経験の中には必ず深い意味があるとか
スピリチュアルな意味を認識できないとポジティブでないとかといったような
そんな極論的なことをいっているのではありませんが

すべてに関してそのような意識を持って意識を向けるように努め
それが習慣となって日常的になっていくにつれて識別力はより高まり
よりポジティブな学びを重ねたり活用したりすることができるのです。

最後にもう1つ、これはすべてに関して意識すべきことでもありますが
何かを認識するために深く追求しすぎたり
相手の領域の中にまでも入り込み過ぎたりするような
「過干渉をしすぎないように努めること」は
スピリチュアルな観点ではとても大切なこととなります。

これは「不干渉の法則」として
高次元の世界では調和を保つための
大原則ともなっていることの1つですが

たとえば先ほどの例に挙げたことのように
他者から強い邪気を感じるまでは
自分の領域内ぎりぎりの中での識別になりますが

相手に意識を強く向けてしまい焦点を合わせることで
その邪気の意味合いや質などといった
相手の領域のことを探ってしまった瞬間から
実際には過干渉となってしまうのです。

どこまでがポジティブな意味合いでの不干渉なのか
どこからが過干渉になってしまうのかといったようなラインは
その人の判断によっても相手との関係によっても
ケースバイケースでもあるわけですが

このような「不干渉の法則」を意識しているのかどうか
またその意識をどれだけ強く持っているのかといったことで
結果的にその場の波動やその人自身の在り方は
徐々にそして大きく違ってくるものでもあるのです。

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