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高次元に存在する神の捉え方

2011年05月16日
*下記の内容は、2009年1月26日にタエヌが書き下ろした内容の改訂版です。

現在、地球上の人類から「神」と言葉で表現される存在の中にも、様々な存在があります。各宗教の神と称される存在には、地球上で現存している人を崇めるような宗教もありますし、人や物質を通して高次元の存在を崇めるような宗教もありますし、物質的存在でない異次元の存在や自然自体を神として崇める宗教もあります。このことは、根本的に捉えて、3次元の世の物質的存在を崇めるのか、または3次元の世の物質的存在以外を崇めるという大きな違いがあります。また、目には見えない物質的存在以外の神の中でも、ほとんどは高次元の存在を崇めていますが、中には高次元の存在を崇めているつもりなのに、実際には低次元的な存在を崇めている場合もあります。

3次元世界に人として現存しているか、もしくは実際には3次元以下の低次元の存在である中で神として崇められているような存在ではなくて、実際に高次元の存在としての神として崇められている中でも、もともと地球上に人としての輪廻転生の経験がある魂としての存在と、高次元の宇宙に存在している魂と、宇宙の大いなる意志である意識もしくは意識の集合体である存在(自然霊としょうされることもあります)、つまり人としての転生した経験のない意識とがありますし、またさらに意識とか集合意識とはいっても、それぞれの特質によって地球上で呼ばれている神の名が違うわけですから、神という名で崇められている存在は様々であるということになります。

このような地球上では様々な状況で崇められている神々において、今回は「実際に3次元よりも高い次元に位置しているものが神様として崇められている存在」に関して、私の信頼している内容を記述してみます。


たとえば怒りとか傲慢さだとかといったネガティブな感情やそのように感じるような表現は、今の地球のような3次元の世までは普通に存在する状況ですが、4次元以上の高次元において調和が成されている意識には、そのようなネガティブである情緒は存在していませんし、そのように感じるような表現をすることもありません。ましてや、神として純粋な愛のもと地球人類をご加護してくださっている存在がそのような状況であるはずは決してありません。

天変地異があると‘神の怒り’であるという人がいたり、ネガティブな状況になると‘神様のばちが当たった’とか‘天罰がくだされた’とかということを言う人がいたりしますが、神は怒ることはありませんし、ましてや人に対して罰を与えることなど決してありません。これはすべてが3次元の世の人が神という名を借りて、4次元の世のネガティブなカルマを、目には見えない存在であることを盾にして、本来は崇高な慈愛に満ちた存在である神のせいにして表現したことに過ぎません。また、神は物質をほしがりません。そんなエゴなど持ち合わせていないからです。争いごとを奨励しません。神社を何ヵ所参拝しても神様は嫉妬のようなネガティブな情緒は発しません。お札やお守りをいくつもの神社仏閣で得たものを一緒に持ち合わせていても、神や仏同士が争うことはありえないことでして、エネルギーが混ざり合ってネガティブなエネルギーになることも決してありません。神は愛のみの高次元の存在だからです。愛のエネルギーはすべてが光であるからです。愛の光が混ざり合っても決してネガティブなエネルギーになることはありません。

ただし、ここに私たち3次元世界の人間の持つ、感情やエゴや固定観念などの中でも、ネガティブなエネルギーが入ってしまっている場合は別問題です。本来は短期間にたくさんの神社や仏閣に参拝してもポジティブなことであるわけですが、その人自身が強い依存人を抱いているような場合にはネガティブなエネルギーが発してしまうでしょう。古くなったお札や御守りを持っていても、実際にはそのこと自体でエネルギーがネガティブに働くことはありませんが、たとえば「1年以内には新しい物と取り換えなければならない」という固定観念を強く抱いていて、1年以上経過したお札や御守りを持っていることで、不安や心配などのネガティブな感情が湧きあがった場合には、ネガティブなエネルギーが発してしまいます。

高次元の存在である神様も仏様も、本来は物質にはまったくこだわっていません。ネガティブな感情も持ち合わせてはいません。教義のようなことや戒律や制限や強制を伴うようなしきたりのようなことは、実際には3次元世界の人間によって作り出されたものなのです。そして、怒りや不安や恐れなどのネガティブな感情も、すべては3次元世界の人間によるものなのです。

私がよく参拝していた神社の中の一つである、下総の国の一ノ宮香取神宮に行きますと、その時々によって神社のご神気が違って感じる場合があります。多くの場合には、とても優しく穏やかなエネルギーを感じて清々しさを与えていただくのですが、時としてはとても強いエネルギーを与えていただき一気に浄化していただくこともあります。また、私の知人や家族などのエネルギーに敏感な人の話を聞いても、じゅわじゅわとたくさんのエネルギーが与えられる感じがするとか、いつもすっきりとさわやかな感じがするとか、特に何も感じないとか、人それぞれ感じ方が違う場合がよくあります。ちなみに、この香取神宮の主祭神である経津主大神は、刀剣の威力を神格化した戦いの神といわれているようです。

私は、神がどのような質の存在であるのかは、人それぞれの感じ方によっても違ってくると思いますし、その人自身の参拝した時の波動やオーラの状態などの状況によっても違ってくると思います。ですから、この神様は~であると人が伝えていることや、古事記等の書物などによって歴史上で3次元的な人物像のようにして伝えられてきたことなどはあくまでも参考程度にして、結果的にはご自身がどのように感じたかということが大切であり「(今の)私にとっては~の神様を~のように感じる」と捉えるようにすることが、もっともスピリチュアルで最良の捉え方であると、私は思っています。

PS.ここまでに書いた「神」の定義は、「4次元以上の高次元の存在であり、これまでの地球上の歴史の中で神として崇められている存在すべて」として捉えた内容を書きました。ちなみに私は、全宇宙で共通して「神」と呼べるものは「宇宙の神」「大霊」「宇宙の源」などとも称されている‘愛そのもの’であると捉えています。

*上記の内容は、2009年1月26日に当ブログで掲載した内容を改訂して転載しました。

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