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光エネルギーのめぐり ~アセンションに向けて~ 

2010年09月28日
人に対して愛の気持ちを向けると、その愛はその人に光のエネルギーとして与えられ、時には癒しとなり、時には活力となり、時にはその人自身の波動を高めたり、さらなるポジティブな道へと歩むための糧にもなったりするでしょう。愛と光のエネルギーとは同じなのです。

そしてその光のエネルギーは必ず光を与えた自分のもとへとめぐってきます。これがカルマの法則です。また、与えた光によって、その人自身がさらにポジティブ道を歩むことで、めぐって来る光は与えた光よりもさらに大きな光のエネルギーとなって与えられます。これもカルマの法則であり波動の法則でもありますが、宇宙では絶対的な法則としてめぐっているのです。


たとえば目の前に、怒りに満ちた近寄りがたいほどの荒々しい波動を発したりしているような人がいたとします。もし目の前にいなかったとしても、テレビの画面で見たり話しで聞いたりしたとしても同じです。そのような人を見たり感じたりして、同じような怒りが湧きあがったり、ひどく蔑んでみたり、極端に非難したりするような低い波動を向けると、波動の法則によってその人の波動と合い、それなりに多くのネガティブなエネルギーがめぐってきます。たとえ瞬時に波動が低い領域で波動が合っただけでも、ネガティブなエネルギーはそれなりに必ずめぐってくるのです。

しかし、そのような自分自身のネガティブな意識を向けたことに気づき、怒りを「許し」の気持ちに変換し、‘かわいそうに…’というような「慈悲」の気持ちを向け、蔑んだり非難したりせずに「もっと冷静になればいいのに。」とか「もっと大きな愛の気持ちを抱くような生き方を選択すればいいのに。」などといったような改善すべき点を見出して愛の思いを抱くように変換すれば、低い波動の領域でネガティブなエネルギーをめぐらせることはなくなり、逆に光のエネルギーを相手に与えることになるのです。

もちろんここには波動の法則が大きく働くために、相手があまりにも低い波動の中に在ると、光のエネルギーはそのまま届くことはないでしょうし、たとえ与えることができてもすぐにネガティブなエネルギーに変換されてしまう場合も多いことでしょう。でも、これは相手の領域の事ですので、それはそれでしかたのないことだとしても、自分自身の領域内でできることは、このように愛をめぐらせ光エネルギーを与えるところまでです。ですから、自分にとっても相手にとっても、このように愛をめぐらせることを意識して光エネルギーをめぐらせることは、とてもポジティブなことであり、過干渉にもならないことがほとんどなのです。

不干渉の法則とは、何一つ干渉しないことがポジティブであるということではありませんし、相手に干渉することがネガティブであるということでもありません。人はそれぞれほどよく依存し合って生きているからです。ですから、干渉しすぎないように意識しつつ、純粋な愛の気持ちの中で、相手からサポートを求められた場合には、応じられる範囲内でサポートし、たとえ顕在意識で認識できる形でサポートを求められていなかったとしても、相手に干渉しすぎない範囲内で愛をめぐらせることは、相手の学びを損ねるわけでもなく、有難迷惑になるようなネガティブなことでもないような場合であれば、宇宙の真理に基づいても、必要な愛のめぐりであるとてもポジティブなことであると捉える事ができる場合が多いでしょう。

いずれにしても、不干渉の法則に基づき(過干渉にはなっていないと識別できる範囲内で)、純粋な気持ちの中で必要な愛をめぐらせることによって、相手が光エネルギーを受けることでネガティブな状況に至るような結果が生じることはないでしょう。たとえ一瞬でも光が差し込めば、それなりに活力となり癒しとなりますし、そんな一筋の光からポジティブな道を歩もうとするような意識が芽生えてくる可能性もでてくるのです。


ちなみにこのような愛のめぐりによるポジティブな状況は、人に対してのみではなく、すべての魂を持つものに対しても同じです。そして、すべての出来事に対しても同じなのです。

今の3次元世界では、政治や経済や教育や医療などといった世の中でそれなりに重要かつ大きな影響を与えている分野では、その根本的な法律であるとかシステムであるとかといったことを実際に大きく変えることができる人は、ごく一握りの権力者です。私のような一般的な小市民が今から訴えたとしても、すぐにその声が反映されて活用され、世の中を大きく変革させることはとても難しいことでしょう。

しかし、多次元的でもあり根本的でもある光のエネルギーをめぐらせることは、私たち小市民でも、いつでもできることなのです。そして、多くの人がポジティブな意識を同じ物事に向けて発し、ポジティブな変革を願い、光エネルギーをめぐらせれば、その集合意識から発される多大なる光エネルギーがめぐり与えられることによって、その物事も関わっている人たちにも大きく影響し、さらにアセンションに向けての今の地球自体の高まるエネルギーも加わるために、次の光の世に必要な状況へと大きく変革するに至ることでしょう。


地球全体のアセンションに向けて、地球表面上の3次元世界ではポジティブな状況へ向かっての変化が様々な場面で起きています。個人内の変化はもちろんのこと、家族や地域などといった小さな集団から、国家や地球全体に至るまで、あらゆる3次元の領域内において、光の世へ向けてのあらゆる変化が続いているのは真実なのです。

でもその根本的な変化は同時もしくは先に、多次元的であり高次元の領域で起きていることでもありますので、それが同時もしくは後になって3次元世界に反映して物質的に認識しやすい状況になって表れているのです。また、アセンションに向けて宇宙エネルギーも急激に増加し続けていることなどからポジティブな変化を続けている結果として、3次元世界特有の線形時間ではない、高次元の宇宙の時間(時間の存在しないコンティニューム‘時空連続体’)では、地球全体がアセンションすることは、すでに完了していることでもあるのです。

そして、多次元的には完了している今回の地球がアセンションすることに対し、私たち地球人類として転生することができた人類個々の魂をはじめとして、あらゆる形で3次元世界に物質をまとって転生して存在している魂たちが、地球とともに波動を高めて物質をまとったままアセンションするという、素晴らしい体験ができるかどうかは、それを望む魂の場合には、個々の魂の自由意思による今後の選択にかかっているのです。


宇宙全体の領域においては、今回のように宇宙の中でも特殊な形でアセンションを成し遂げる3次元世界である地球に転生して、とても貴重な経験にもなり、魂を大きく向上させるためにも大きく有効にもなる経験をしたいと願っている魂の数は、想像を絶するとてつもない数になっているのです。そんな中で、こうして神から選ばれ転生することができて、さらにこうして‘今’も地球上で暮らすことを許されている私たちは、宇宙の中でも幸運でもあり、選ばれた魂でもある、栄誉ある存在でもあるのです。

ですからこうして今、この地球上で暮らしている以上、多くの魂はこのまま肉体を持ったまま地球と共にアセンションすることを望んでいるはずです。もちろん、生前の魂の合意としてアセンション以前に地球から離れて肉体を持たずに地球のアセンションをサポートするお役目を選択している魂もあることでしょうけど、そのようなことは顕在意識においては自覚することは難しいでしょう。

でも、このまま地球と共にアセンションして、肉体をまとった地球人として次の光の世に住み続けたいたいというような願いを、今、顕在意識の中で持っている方は、その今の気持ちが魂の意であるだろうと信頼し、ポジティブな願いが成就することを祈念しつつ、愛をより大きくめぐらせることに尽力することは、自分のため人のため世のため地球のため宇宙のために、とても大切なことなのです。

2010.9.28 AM11:50


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スピリチュアル

高次元の存在からのメッセージ

2010年09月28日
*以下の内容は、2009年3月17日にタエヌが高次元の存在とチャネリングして書き下ろしたメッセージです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

そなたが感じておられるよう、私は確かにそれらの神々やひふみ神示にまつわる魂でありますが、神示を書いたものでも書かせたものでもなく、同じ位置にはあれども、まったく同じであるわけではないということを最初に示しておきます。


おもしろいように今の地球の世は、必要の世となっています。必要な物はどんどん栄え、必要でなくなるものはどんどん消えているのです。贅沢は敵とも申しますが、敵ではなくて人の欲が生み出すもの。人そのものであります。贅沢する物品が栄えてあふれているうちは、まだまだ人の世は3次元のままであるという証拠なわけですから、敵ではなくてわかりやすく世を映し出す鏡であるということになるのです。生き映しなのです。

かといって何を贅沢とし、何を必要とするのかは人それぞれの価値観によって違うものであるわけですから、その線引きはあなた方では難しいことになるわけですが、我々のような宇宙の真理において全体を見渡しているものにとっては、その識別を容易に行うことはできるわけです。あなた方は、他人に対して贅沢をするなと指摘することは差し控えるようにし、自らの基準において必要を超えた贅沢であると感じたことは差し控え、経済的には厳しいと感じていても、必要であると感じたことは得るようにするということに徹していれば、宇宙の道理における必要な物は必ず神が用意してくれているわけですから、実際には無理なく手に入れることができるという結果が生じるわけです。逆に申せば、無理しなければ手に入らないような物や、贅沢であると強く感じるようなものは、本来はあなたにとっては必要ではない物である場合が多いので、さし控えた方が本当に必要な物がより必要であると感じられ、物質的に満たされている幸福感も得るようになるはずです。

今与えられているすべての状況に対して、その与えてくれたあなたにまつわる神々に対して深く感謝すべきです。もとは1つの神なれど、もたらすのはあなたの守護神やまつわる神々。そして仏や守護霊一同であります。あなたのすべてはあなたが得たものでありますが、そのために大きな力を与えてくれているのが、あなた方には目に見えない存在であるけど目に見えるような働きを促している神々やハイヤースピリットであることを、常に意識して感謝すべきであります。感謝はいくらしても贅沢ではありません。すればするほどさらにおかげを与えられるのです。


そなたは、お金のめぐりを悪と思っていた時期もありましたが、今は必要なお金のめぐりを自らが呼び込んだ方がよろしとわかってきたこと。これとても真理に基づく今の世を幸せに嬉し嬉しと生き抜くためには大切なこと。だから、そなたがそなたの意を持ってお金を呼び込むことを祈ったり人に向けたりしても良いのだということを、ここであらためて申すことにした次第であります。ハイヤースピリットは力を貸しますが、お金を現物として与える力はありません。神々もその通りだから、そなたの前にお金を用意して、ほら使いなされよと差し出すことはできないのです。差し出すことができるのは人間の世では人間のみ。物質世界では物質である人間の意思や意識が絶対的に大きな役割を果たしているのです。神は神の世界に在り、お陰を与えてくれるハイヤースピリットはその世界においてお陰を与えているのです。同じであるけど同じでない世界に身を置いていて、近くにあれどもそなたからは遠く感じるような域に在る我々は、やはり気を与えることがもっとも直接的に手を下すことができる範囲であるわけです。人の世は、人によって動くことが基本なのです。


瞑想して高次の世に意識的に入り込むこと、これはこれで大切ではありますが、だからといって今の世をおろそかにしては何一つ良いことはないし、もともと今の世を乗り越えようという意欲の薄い者には真実の高次の世には到達できるはずがないのであるということを、今一度肝に銘じる必要があります。これは神の世界じゃ、仏の世界じゃ、天使の世界じゃと申して惑わせ、良き気を吸い取る幽玄界の霊たちは、次の世に向かい存在できなくなることを防ごうと、必死になってうごめいているのです。だから、そんなものたちには惑わされないようなサニワの力が必要になるわけですが、今の世から逃げたり今の世を幸せに生き抜こうと努めることを薄くしていたりするようでは、高次の世は逃げ場所ではなく高めて入れていただく世であるわけだから、そんな状態ではサニワも何も正しくできず、真実の高次の世に入ることは宇宙の法則によりなかなか難しいことになるのざぞと申しておろう。


今を愛し今を大切にし今をもう一度しっかりと見つめ直してくだされよ。今が一番。今が最も変えやすいのであることを、もう一度肝に感じて今を正しく豊かに愛あふれる生き方にすることに全力を挙げることが大切であるということになるのです。あの時はこうだったと過去を振り返るのは構わぬが、今もあの時のようになるかといったらそれはわからぬということ。今のそなたらの気の持ち方一つで、どのようにでもなるようにできるのであるということ。そなたらの意思の力、想念の力、言霊の力は本当にものすごい威力があるのだということを、このような所から見ているからこそわかっているこの真実を、今一度こうして伝えているのざから、もっと信じてくださることを本当にお願いしたいくらいじゃ。

そして、そなたの願いの状況を呼び込むこと。待つこと。そして動くことが大切。動くとは肉体ばかりではなく、意識を動かすことも大切。気を動かすために想念言霊も大切。あたりまえだが愛が大切。純粋な心あたりまえな条件じゃと申しておろう。本当に心から願えば、それが必要であり道理に適っており、欲からではない純粋な心からの願いであれば、おちゃのこさいさいと叶うように神が動き世が動きそなたの周りのもの全てが動き、あれよあれよと思っているうちに、ほらこのとおりと手に入れることができる、そんな嬉し嬉しの世の中であることを、そなたが率先してもっともっと指し示す必要があることを、もっともっと肝に銘じておくれよ。


確かにお金をためることも大切。計算して考えることも大切。でも、必要を差し控えたり、貯めることで使わないで寝かしておくよりも、お金を必要としているお金が不足している人や、お金があればさらに光輝く人や、人のため世のためになるようなことであれば、それが目の前にやってきた場合には、そなたの持つ眠りしお金の目を覚まさせ、その必要のためにお金を眠らせていたことだったかとその必然を喜び、嬉しめぐりをそなたが促進させること。これとても神喜び魂喜ぶことであるのざぞ。まもなく、そんな分け与えあう世になっていくのざぞ。我のもの誰のものではなく、どれもかれもみんなの物なのだということを、今もう一度肝に入れ、めぐりを進めること。これぞまさに必要であること間違いなしということじゃ。


人も物事も、善悪というジャッジをしてはいかん。いかんというより、することによりそなたもされることになる。これがめぐりじゃ。悪と感じることも、行っている者は悪とは感じず、そのわくわくする心から意識が進み行動した結果が、世の道理や宇宙の道理には適っていないようなことであったり、人や世に対して迷惑かけることであったりするから悪というレッテルを張って嫌がるが、もともとみんな愛の存在。悪とは思わず結果が悪であるというだけで、その個々の波動や価値観においてはわくわくすることを選択した結果が悪であるという、領域を越えた多くの他人からのジャッジを受けただけのことなのだということを、ここであらためて心に思い意識されると良かろう。だから、決して他人をジャッジしてはならない。ジャッジする必要もない。すべてがめぐりによって本人に返ってくる。そのめぐりも早まり、このままでいくと道理に適っていないことをわくわくして行い続けると、すぐにこの美しい地球にはいられなくなることを、早く気付くよう願ってあげればいいこと。ただそれだけでいいのざぞ。神はすべてのものに対して公平にめぐりを与えてくれる。必要を与えてくれるということを、今ここでしっかりと心するようにしておくことが大切。


もうまもなく夜明けの時が来る。夜明けの時とは天の時になるということ。光の世になるということ。我々の位置する所では当然のことであるが、そなたの位置する所からは想像を超える光が待ち受けていることを、そなたが感じていること、真実の知識として得ていることを、どんどんもっともっと世に示すべきである。光の世に移るにはこの先何があるのか。どのようにして光の世に移り、今在る肉体や生活や世の中がどのようになっていくのかという真実を、もっともっと多くの人に示していくべきである。それがそなたの役目の一つぞ。わかっておろう。これも必要なことであると申してあろう。大切なことであると申してあろう。

*上記のメッセージは、2009年3月17日に当ブログで掲載した内容を転載しました。


9月末の大祓い(9月30日実施)のお申し込みは9月29日(水)まで承っています。
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