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ご協力いただきましてありがとうございました!

2010年04月15日
なんとな~くわくわくしたので
以前少しお世話になっていた
ブログ村とブログランキングに登録してみましたが

やっぱりあまりわくわくしなくなりましたし
私にはあまり合わないこともはっきりとわかりましたので
ランキングへの登録を解除しました。

たぶんもう2度とこのようなランキングのようなものには
あらためて登録はしないと思います。
今回もとても貴重な経験と学びをさせていただきました。

短い期間でしたが
ご協力いただきました皆様には深く感謝いたします。

ありがとうございました。

引き続きタエヌのスピリチュアル日記は
わくわく感に従って書き続けますので
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

タエヌ

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日記

デンプとアマンダの通う小学校 ~石垣島ダイアリー~

2010年04月15日
2010年4月15日(木)の天気

雨のち曇り

最高気温 23.5度
最低気温 18.7度

DSC01017_convert_20100415090458.jpg
~アマンダとデンプの通う小学校 電気のついている場所が2人の教室です AM7:40自宅から撮影~

デンプ(小1仮名3女)とアマンダ(小4仮名次女)の通う
我が家の目の前にある小学校は
全校児童が8人です。

複式学級として2クラスに分かれていて
デンプは1年生2人と3年生3人の
計5人のクラスで担任の先生は1人です。

アマンダは4年生1人と6年生2人の
計3人のクラスで
担任の先生は1人です。


アマンダは以前通っていた学校では
学級や学校の友だち関係は普通に楽しんでいましたし
授業も楽しい授業とそうでない授業とがあっても
嫌いな授業は(内容によっては体育)特にありませんでした。

でも、学校に行きたいとか面白いとかとはあまり感じず
昨年度は合計20日間くらい
学校に行かないことを選択して休みました。

そんなアマンダが
先日、目をらんらんと輝かせて
「パパの言っていたことがやっとわかった!」
と、私に話しかけてきました。

「いったい何の話のことだ?」
と私がと聞くと

「パパが子どもの頃に小学校が楽しくて
毎日学校に早く行きたいと思っていたっていう
何度か言っていた話のことだよ!」
とのことでした。

新学期が始まって1週間程経ちましたが
アマンダもデンプンも
学校が楽しくて楽しくてたまらないようです。

アマンダにとっては
このような気持ちになることはほとんどなかったので
以前に私の子どもの頃に学校が大好きだった話を
何度かしたことがありましたが
その話の意味をやっと実感できたようでした。

ちなみに子どもたちの通う小学校では
少人数ならではの個性重視の教育や
先生方の指導の素晴らしさ。

現状の都市部の教育体制では
制限されているようなことの中でも
本来は必要であり
愛の大きな素敵なことなどが
ここでは実践されていると感じられます。
(先ほど掲載した「みんなでアセンションしましょPart2」の教育に関して書かれている内容とは、矛盾してしまっているように感じられるかもしれませんが、根本的かつ総合的な観点と、部分的かつ個人的な観点との違いです)

でもアマンダが以前通っていた学校を
楽しいとか充実しているとかと感じていた子も
アマンダのクラスメイトにいたのは事実でしたから

‘アマンダにとって’は
‘アマンダの個性をわくわくさせる’ためには
今の学校の方が合っていると捉えています。


毎朝、登校するために家を出る時刻の数分前になると
2人ともランドセルを背負いはじめ
ランドセルを背負ったままテレビを見ています。

7時40分に家を出ることをみんなで決めたのですが
デンプがどうしてももっと早く家を出たいとのことで
昨日から7時39分に家を出ることに変わりました。

いつも見ているNHK教育テレビの時計を目安に
時間になるとさっさとテレビを消して
まるで競うかのように小走りで玄関に行き

2人とも「行ってきま~す!」と
はしゃぐように言ってから
毎日元気に登校しています。

今朝は強風と小雨の中を登校しましたが
2人のオーラはぴかぴかと
太陽のように輝いていました。

DSC01015_convert_20100415090213.jpg




日記

みんなでアセンションしましょ! PART2 

2010年04月15日
*下記の内容は、2009年9月5日にタエヌが書き下ろした内容の改訂版です。

昨日は、高次の存在のエネルギーを強く感じたので、この日記に書きおろすためのメッセージをいただけると感じて待っていたところ、突然「アミ3度目の約束」の最後の50ページくらいに書かれている、シャンバラのシルクとの対話の内容を読みたいと強く感じました。ここ1,2カ月は、まったくと言ってよいほど本を読む機会がなかったのですが、直感のわくわく感に従って、久しぶりに本を読みました。

これまでに何度か読んだ内容ではありましたが、シルクの言葉もぺドリートの気づきも、なんだか新鮮な感じと確認的な要素とですんなりと心に入ってきたと同時に、ブログに転載したいというわくわく感も湧きあがってきました。以前にも何度かありましたが、アミとつながった時、このようなやりかたで、私にとってわかりやすく伝えてくれることがあります。少し長めの内容になったために、昨日から2日がかりで書きました。

以下、転載したいと感じた内容と、私なりに補足したいと感じて書いた内容を載せました。シルクの伝えてくれた内容は、今から先の地球の3次元の残りわずかな世において、よりポジティブな実生活を送るにあたって、基本的なことであり、かつ根本的に重要なことでもある内容であると私は感じています。

以下の内容は、「アミ3度目の約束」エンリケ・バリオス著 徳間書店 の内容を転載しました。

*アミは高次元の宇宙人(男の子として設定)。ぺドリートは3次元の世の地球人の男の子。ぼくという表現は主にぺドリートが表現している言葉です。ビンカは地球外の3次元の惑星の女の子。シルクは、地球内部の高次元の都市シャンバラに存在する人。シルクが表現する‘きみたち’と、ペドリートが表現する‘ぼくたち’とは、地球人類全体のことを指しています。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

『そしてシルクは、ぼくたち一人ひとりには、ぼくたちの種の進化のために割り当てられた責任があり、そのために、一人ひとりが自分のおとった部分を乗り越えることが、どうしても必要になってくると言っていた。それはあくまで個人的な仕事で、個人が内的成長をとげるために努力することによってのみ、人類全体が進化していけるのだということを、とくに強調していた。』

『そして、できればその大きな災難は起こらないほうがいいし、そのためには意識に目覚めた人たちみんなが、自分自身で努力するのはもちろんだけれど、周囲の人たちにも光を広げるようにしなければならないとも言っていた。』

『それから彼は、ぼくたちに、自分が人類の進歩に奉仕していると信じこんでいる、少なからぬ人たちのように、‘黙示録の予言者’や‘死の使者’にならないようにと、とくに注意強調していた。実際、彼らがやっていることは、不安や恐怖や絶望の種をまくことであり、人々の恐怖心を無意味にあおる‘メッセージ’を広めることであり、それは人類の頭脳の質をさらに低下させるだけのものだから、救世の望みは、ますます小さくなっていくことになる。』

『突然シルクが‘もう時間がない’と言った。ぼくはとても怖くなった。そしてシルク自身、言っていることのつじつまが合っていないような気がした。だって、その言葉自体、彼が‘死の使者’であることを示しているように思われたからだ。でも、シルクが言いたかったのは、ぼくたちにはもう、ムダにしている時間はないのであって、これまでは、内面的にも外面的にも事態を真剣に変える努力をしないまま、なんとかやってこられたけど、これから先は一人ひとりが‘愛の使者’へと変身するべきであり、それを自分の人生に反映していかなくてはならないということだった。』

『シルクの言葉は、ぼくを元気づけた。「きみたちは、現在のあやまちも過去のあやまちも、毎日少しずつ乗り越えていかなくてはならない。それは原点に立ち返ってはじめることによってのみ、できることなんだ。つまりきみたちの人生の一番大切な目的をはっきりとさせることであり、その目的とは、愛の成長に奉仕することにほかならない。愛の成長に奉仕しているということは、いつも頭の中にはっきりとやきつけ、心の中に生き続ける感動として、決して忘れることがあってはならない。そうして、はじめてきみたち自身の内面から、そのあとできみたちの行いを適応させていき、やがてはきみたちが時間のすべてを使って、愛の成長に奉仕できるようになるまで……より良い人間に変わっていけるまで、きみたちはこの一番大切な目的にそって努力していかなければならない。でも、繰り返すようだけれど、その仕事は少しずつ行われるべきものであって、まずは欠点のひとつからはじめて、だんだんと別の欠点へと移っていくようなやりかたをしなくてはならないんだ。」 』

『それからシルクは、人々が苦難することも、大量の死者を出すこともなく、ぼくたちの惑星が良い方向に変化していく可能性は残っていると言った。でも、これはいつもしっかりと自覚しておかなければいけないけれど、‘もう時間がない’。つまり、もうぼくたちは時間をムダにできないとうことだ。』

『それから、喜び、健康なユーモア、楽天主義、希望、責任、悪意のない魂、信念、許し、隣人へのたすけ、ほんものの愛などが、ますます必要不可欠なものとなっていき、それが人類にとって、そして一人ひとりにとって、高い水準の存在へ移るのに必要なエネルギーになると言った。反対に、どんなものであれ、恐怖、絶望、堕落などの種をまくものからは、距離をおくことが必要だとつけ加えた。そして自分たちの性格上のおとった部分に対して、もう少し自分自身が厳格になるべきであり、友だちや指導者を選ぶときにも、もっときびしく判断すべきだということだ。』

『さいごにシルクは、次にあげる欠点は、どんな犠牲をはらってでも自分たちの中から追放するべきで、もしそれらの欠点が大きければ、新しい世界の一員になることができないと言っていた。それは、羨望(ねたみ)、利己主義(エゴイズム)、暴力、物質主義、人の不幸を望むこと、(知的、感情的、物質的、性的な事に対する)無責任、恩知らず、不機嫌、それからぼくたちのすべての宗教が、そのおきての中で戒めていること。

 ぼくはねたみと利己主義が最初にあげられていたことに、とても興味をひかれた。だってぼくたちにとって、それはとても日常茶飯なことだったからだ。

「新しい世界をかためるときには、いまシルクが言ったような悪い種をまくことは許されない。だって、そんなものは、人類家族の分裂を引き起こすばかりだからね。必要なのは、それと正反対のものなんだから」とアミが説明してくれた。』

『 「(前略)……でもきみたちは、宇宙親交に仲間入りする用意がほとんどできているんだよ」
 「ぼくたちが!?…」
「その可能性はおおいにあるってことだよ。いますぐ仲間入りをできないとしてもね。きみたちは、宇宙親交がぜったい必要とする価値に、ちゃんと目を向けていないんだ。ただそれだけなんだよ。だってきみたちは、自分たちに不足しているものを素早く学び取って、それをすぐさま実践に移すことができるし、きみたちの種には、だれにとっても等しく豊かな世界に向けて、力を集結し実現できるだけの力もある。今は何もしていなくても、本当は善意をもった人たちが大勢いるし、名もない多くの善人が、利害を超えて他人にその手を差しのべている。そして手助けしたいと思いながら、どうしてよいのかわからないでいる人たちもたくさんいる。」

「じゃ、いったい何がぼくたちには不足しているんですか?」

「きみたちが、高い水準に移っていけない理由はただひとつ。さまざまな分野において、きみたちのものの見方がまだ変化できていないからだよ。きみたちの文明を導いている物質主義的な観点や外面重視の視点から、もっと人間の内面を完成するというテーマに向けてピントを合わせていく必要があるんだ。」
 あのシルクの言葉を聞いたとき、ぼくは心から納得できた。

「その通りです、シルクさん……でもどうして、まだその変化が起こらないのですか?」

「それは、かんがえるのは自分たちのことばかり、みんなの豊かさについてはまるで省みようとはしないわずかな人たちが、世界を動かす舵(かじ)をにぎっているからなんだよ。それに、その人たちが握っている権力はとても大きいから、自分たちにとって都合がいいと、‘考えている’状況に向けて、勝手な思惑だけで人類全体を引きずりまわしているせいなんだよ。」

「そのうちブーメラン(カルマ)にやられるわ」
とビンカはとても怒って言った。

「でも、惑星(ほし)自身の必要性と、人々の意識の高まりによって、すぐに今の状況は変わりはじめるよ。そのときこそ、きみたちの協力がなくてはならないものになるんだ。ひとつの状況から別の状況へと移り変わっていくときには、変化をはばもうとする力がはたらいて、大きな災いが引き起こされたりする。そうした災いとは無縁に、できるかぎりスムーズに前進を果たすのが望ましいけれど、それができるのは、全体の意識の高まりだけなんだ。そしてその意識の高まりを生んだものこそ、愛であり、愛に導かれた知性なんだよ。だからこそ、地球の愛の成長を助けることが、何をおいても大切なんだ」 』

「アミ3度目の約束」エンリケ・バリオス著 徳間書店 より転載。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

一人ひとりが自分の劣った部分を乗り越えるために、個人的な仕事として、個人が内的成長をとげるために努力することは、個々の波動を高めるためにも、集合的な意識を高めるためにも、地球全体の波動を高めて、よりスムーズにアセンションするためにも、根本的なこととして最も重要なものであります。

‘ムダな時間’はもう残されていません。個々が自分自身を大切にすることを基本としつつも、周囲の人たちにも光を広げるようにしていく必要もあります。かといって、急いで変えようとか、ネガティブにも感じるほど無理な努力をしてまでも変えようとか、そんな変化を求める必要はほとんどありません。無理なく、できる範囲内で、意識を変えて行動を変えて習慣にすることを、自分なりにポジティブさや調和を保ちながら努めるべきであるということです。

‘変化’することは、宇宙の中における普遍的なことの中の1つです。宇宙のすべては常に変化し続けています。その変化は、急激に変化するよりも、徐々に変化する方がスムーズでありポジティブなものが多いのです。もちろん、必要に応じて急激に変化することがもっともポジティブである場合もありますが、多くは無理なく流れに乗って徐々に変化することが最良である場合が多いのです。

シルクの言葉に「もう少し自分自身が厳格になるべきであり、友だちや指導者を選ぶときにも、もっときびしく判断すべきだということだ」とありますが、例えば、今の日本の義務教育のシステムだけをとってみても、義務教育を受ける子どもたちが、一日の多くの時間を過ごす学校内においては、実践することが難しい状況が多々あります。

同じ年齢であるというだけで国の決められた基準通りに生年月日の数値から枠組みをされます。人数が多い場合には、2組とか3組とかと複数に枠組みがされますが、その際の組み分けの判断基準は教師にゆだねられ実行されます。そこには、枠組みをされる本人である子どもの意思が反映されることはほとんどありません。そして、日中の活動を多く共にし、指導者として学ぶ教師自体を子どもたち本人が選択することは許されていません。例えばこのように当然のごとく行われているようなネガティブな状況を改善しない限り、様々に湧きでる教育の諸問題が解決されることはないでしょう。もちろん教育の問題点は枠組みや指導者の選択が自由にできないという問題だけでなく、長い時間学校内に拘束されてかつ時間の選択の自由もなく、本人のやる気や学びたいことがどうであるかとはあまり関係なく、決められた学習内容を一斉に授業として行い、個人が学びたい学習内容を選択することはほとんどできず、教師(おとな)の指示に従うことが良いとされ、競争することを求められ、数字によって人を評価するなどなど…根本的にポジティブであるとはいえないようなことがたくさん存在している日本の義務教育においては、いくら表面的なことを変えても、その根本を変えない限り、この先のアセンションの世に向かっていく世の中の波動の中では、ポジティブな方向に進むことは難しいでしょう。

私にとっては、小・中学生が家族にいることや、実際に15年ほど義務教育の現場で教師として就労してきた経験などから、義務教育に関しては身近であり論じやすい内容ですので、ひとつの実例的な形で少し長く書きましたが、実際にネガティブであり改善すべき表面的な状況を詳しく書き表すと、膨大な文章量になります。そして、教育以外で身近な事であり実生活に大きくかかわってくる、政治・経済・医療などの分野の根本的な改善すべきネガティブな表面的状況を挙げますと、きりがない…と嘆きたくなるほど、たくさん挙げることができるでしょう。しかし、これは表面的な事実を書き表そうとした場合に起きることでして、根本的なことである改善点はとてもシンプルに表現できます。そして、そのシンプルな根本的観点で改善することができれば、すべてのネガティブな問題点は解決されて、宇宙における真理に基づく状況へと変革されるでしょう。

その根本的な改善点を解決する真理とは「すべてが愛に基づいていること」に変革することです。そして、愛のもと「自由と平和と統一と平等」に向けての変革を基本とすることです。そこには、シルクの言われるように、恐怖、絶望、堕落などの種をまくものからは、距離をおくことが必要であり、羨望(ねたみ)、利己主義(エゴイズム)、暴力、物質主義、人の不幸を望むこと、(知的、感情的、物質的、性的な事に対する)無責任、恩知らず、不機嫌、それから地球上のすべての宗教が、そのおきての中で戒めていることは必要ありません。

私のような3次元の世の地球において権力もなく財力もない単なる一小市民にとっては、今の時点で、政治・経済・教育・医療などといった分野に対しての変革を行うために、3次元的にわかるような表面的に変化させるほどの影響力を与えることは難しい場合が多いでしょう。そして、多くのみなさんが私のような立場であることでしょう。

そんな3次元の世における小市民的な立場の者ができる最大限のことは、より意識を高めて波動を高め、より多くの愛の光を放つように努めることです。そのためには、自らの修養に励む必要があります。平行して、できるだけ多くの魂や物事に対して光りを与える必要もあります。

そのためには、自らの現状や社会のネガティブな部分に焦点を当てて嘆くのではなくて、自分自身の領域内において、現状をよりポジティブに歩むことを自己責任のもとで選択し続けるように努める必要があります。それには、例えばマスコミ等から与えられる情報は、直感的に識別して、必要な事はポジティブに活用し、必要のないものは削除し、ネガティブに感じたことはポジティブに変換して受容するように心がけるようにする必要もあるのです。できるだけ怒りや不安といったネガティブな感情を持たないように心がけ、ネガティブな意識に気付いた時には許しや安心などのポジティブな感情に変えるように努め、より淡々とした意識の中で、流れに乗じて自分らしくポジティブに歩むよう努める必要があるのです。たとえ自らの実生活にネガティブに感じるような影響が及んできたと感じても、目の前のことひとつひとつをできる限りポジティブに解決するように努め、夢や希望やポジティブな願望を抱き続け、理想に向けて意識や行動を選択し続ける必要もあるのです。

そして、一人ひとりの意識が高まり波動が高まり愛の光が多く放つことができるようになれば、それが集合的な愛のエネルギーとなって、地球全体がより多くの愛の光に満ち満ちて、宇宙全体に広がっていくのです。そして、その愛のめぐりによって、地球全体も我々地球人類個々も、よりスムーズにアセンションすることができるのです。

また、その経過の中で、人々の意識の高まりに乗じて、個々の魂が地球上に転生してきた本来の目的を思い出だすにつれて、その魂の役割を個々が果たすようになっていくのです。そして、それぞれの魂が自己責任をより強く持ちながら本来のお役目を果たすことにより、地球全体の大調和が図られていくにつれて、世の中のあらゆるシステムが宇宙の真理に基づいた状態へと変革していき、自由と平和と統一と平等に向けて、愛に満ちた世となっていくのです。


*上記の内容は、2009年9月5日に当ブログで掲載した内容を改訂して転載しました。










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