FC2ブログ
11月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫01月

未成仏霊がさまよう地球の幽界下層部の現状

2009年12月05日
「私のご先祖様」という言葉の定義を、「自分自身の親類として縁を結んだ人で他界した人」と捉えている方が多くいらっしゃることと思いますし、私もご先祖様という表現をする時には、そのような意味合いとして使っています。

この定義でご先祖様としてご縁を持つ方の数を考えた時、どのくらいの数になるのかを計算してみます。現在、3次元の世の人として存在するにあたり、肉体を持って生まれるに至った際の最も近縁である両親は必ず存在するわけです。その両親にもそれぞれ必ず両親がいます。ですから、どのような人でも、生まれた時点では最低2人の親類は必ず存在することになりますし、親の親までの2代をさかのぼって考えれば、最低でもすでに4人いることが分かります。ちなみに、ここで表現する親類の定義には、すでに他界してご先祖様になっている方も生存している方もすべて含めて表現します。

このように、最低限の親類の数を10代さかのぼって計算した場合、単純に2の10乗倍すると1024人になります。でもこれは、本当の最低限の数であって、誰一人親類には兄弟等の両親以外の親類がまったくいないという状況が10代続くということはありえません。だいたいは親類と呼べる人は、認識していてもいなくても、実際に少なくとも5人以上はいる場合が多いでしょう。

そこで、自分の代の今の親類が仮に5人いるとして、その親類それぞれにも親類が5人ずついるとして計算した場合、10代さかのぼって5の10乗倍で計算すると、約1000万人もの親類がいることになります。もし、その中の9割の方がすでに他界していたとした場合(もっと割合は多いはずですが)、わずか10代さかのぼっただけでも900万人ものご先祖様がいることになります。でも、実際にはもっと多くの親類であり、ご先祖様と呼べる存在がいらっしゃる方の方が多いでしょうから、10代さかのぼっただけでも億を超えるご先祖様がいらっしゃる方も少なくはないでしょう。ましてや、15代、20代とさかのぼると、ご先祖様の数は果てしない数字になっていくのです。

このように、ご先祖様とはいってもこのようにたどっていけば、天文学的な数字の魂の数になるわけですから「ご先祖様の中に成仏することができていない霊、つまり未成仏な霊としてこの世とあの世の間にある幽界をさまよっている魂があなたの親類にいます。」ともし誰かに言われたとしても、私は当然だろうと思います。私は現時点での生存している親類を数えても、少なくとも40~50人は浮かびますから、その個々のご先祖様を考えれば、ほんの数代さかのぼった近い世代のご先祖様の数だけ計算したとしても、とてつもない数になることを知っているからです。

また、もし自分の近くをさまよっていたり憑依したりしてネガティブなエネルギーを向けてくる先祖霊がいたとした場合、そのネガティブなエネルギーの影響をできるだけ受けないようにする解決方法はとても簡単なことなのです。それは、そのようなことを感じたり人に伝えられて何とかしてあげようと思ったりしたら、そのようなネガティブなエネルギーを向けてくる存在に対して、慈しみの気持ちを向けて愛の光を送るようにすればよいのです。もし存在が特定できなければ、「すべてのご先祖様」とか「縁あるすべての魂」とかという大きな単位に対して意識を向ければよいのです。また、自分自身の実生活における波動を、できるだけ下げなうようにしたり高めたりするように努めていれば、低い波動と同調しないために最低限の影響のみで済むのです。また、光を発し続けていれば、その光によって成仏していない魂が浄化の道を歩むこともあります。すべての魂の根本は愛なのです。地球人類として転生してきた魂すべての目的は、愛を大きくめぐらせて魂を向上させることにあるのです。

逆に、邪険にしたり強い恐怖心を向けたりするようなネガティブな意識を向けたり、他者に頼んで強引に除霊させるようなことをしたりすれば、そのようなネガティブなエネルギーが未成仏霊のネガティブなエネルギーを増長させたり、さらに本人との低い波動がめぐるために、状況はさらにネガティブな状況に進む場合が多くなるでしょう。

以下の内容は、今の地球上のエネルギーの状況と、幽界の中でも特に幽界の下層部である、成仏していない霊の存在する領域や未成仏霊の状況に関して、私の感じていることを述べてみます。



ご先祖様の中には、今の時点では地球上に転生している方もいらっしゃるでしょうし、他の惑星に転生している方もいらっしゃることでしょう。また、霊界や幽界などのアストラル界に存在している方等の多次元世界にも多くいらっしゃることでしょう。

そのご先祖様の中でも、高級先祖霊団と称されるような上層のアストラル界(天国、霊界、天界)から私たちを見守ってくださりご加護下さっている方を、主の守護霊様とか指導霊様とか補助霊様とかといった呼び名で示される場合が多いですが、一般的には「守護霊様」と総称して呼ばれる場合が多いです。

しかし、中には下層アストラル界(幽界、地獄、成仏していない霊の世界)にとどまっている魂もあり、一般的には「未成仏霊」とか「浮遊霊」とか「地縛霊」とかといって、時には人や物に憑依したり、土地にい続けたりして、人に対して低い波動を発してネガティブな影響を与える場合があります。


私たちの住む3次元よりも高い次元で存在して守護してくださっている守護霊様に対して、守護してくださっていることや実在していることを、たとえ顕在意識ではっきりと認識していなかったとしても、直感的とかインスピレーションとかによる感覚的に認識しているとか、本や人から聞いた話やネットなどの情報によって信じているとかといったように、守護霊様の存在やご加護してくださっている事実を、少しでも信頼しているようでしたら、目には見えなくても実在している守護霊様に対してより意識を向けて、より感謝して、より愛をめぐらせるようにすれば、これまで以上に守護霊様からご加護いただき、光を与えていただくことができるでしょう。

ただし、その際には波動の法則やカルマの法則も働きます。たとえ守護霊様に対して意識を向け感謝して愛をめぐらせていても、実生活の中で波動を落とすようなことを選択し続け、努力を惜しんで堕落をしてしまっていれば、どんなに素晴らしい守護霊様がいらしたとしても、その高い波動のエネルギーも愛も十分に受け取ったり、守護霊様のご加護をせっかくいただいていてもポジティブな実生活を送るために十分に活用したりすることができなくなってしまうでしょう。

今の世をよりポジティブに生きていくには、バランスを保つことも大切です。守護霊様や守護の神々などのスピリチュアルな世界や存在に対して意識を向けつつも、3次元の現実世界にもしっかり意識を向けて、目の前のことに対してポジティブな選択をし続けたり問題解決をしたりするための、3次元の世におけるそれなりの努力をし続ける必要もあるのです。


幽界の下層部にとどまっている、いわゆる未成仏霊として総称されるような低い波動の多い魂は、3次元の世で生存した際にネガティブな影響を受けた、強いエゴや執着や固定観念や悲しみや憎しみや恐怖などによって、本来は肉体から離れて魂の存在となった後に早い段階で帰るべき世界である霊界に帰ことを選択できず、物質世界と霊界との間にある下層アストラル界にとどまっているのです。

そして、同じような低い波動の人を見つけると、波動の法則によって引き寄せられたり近寄ったりして、その人の周囲にいることを心地よく感じてつきまとったり、肉体に憑依したりする場合があります。また、特定の土地に対する強い執着があって土地自体の波動が低い場合であったり、その土地や建物や物質の低い波動を心地よく感じたりした場合には、いわゆる地縛霊として場所にとどまる場合があります。また、ごくまれな例ではありますが、個人的な強い怨恨のようなものがあった場合には、相手やその身近な人や子や孫の代に対して低い意識を向けたり、時には憑依したりして、相手の波動をより低く落とすような状況になっている場合もあります。


今、地球に降り注がれる光エネルギーは、どんどん強まり増加しています。宇宙から降り注がれるエネルギーも、地球自体が発しているエネルギーも、アセンションに向けて急激に増加しています。そのエネルギーの影響を受けて、地球上のあらゆる状況がアセンションに向けてポジティブな変化を急速に進めています。そのアセンションへのポジティブな変化しているものの中の1つに、未成仏霊としてネガティブな波動を多く発している魂がとどまってさまよっている地球の幽界下層部が減少しているという事実があります。

私の過去のブログでも何度か触れてきましたが、幽界下層部に存在しているいわゆる未成仏霊も幽界自体も、高まるエネルギーの影響を直に受けて、浄化して消滅し続けています。また地球人類や生命全体や地球の物質や物事の波動が高まるにつれて、その地球表面上のエネルギーの影響も受けていますし、スピリチュアルに目覚めた人の中で、未成仏霊に対して意識的に光を与えて救済するような活動を行う人も増えています。また、霊界を中心とした高次の魂による救済も、これまで以上に強く力がそそがれて急激に進められているのです。そういったあらゆる状況から、急ピッチで成仏していない霊は本来戻るべき魂の波動域に帰り、低い波動域である幽界は減少し続けているのです。

このように地球上のエネルギーもあらゆる状況も、ここ数十年、特にここ数年はアセンションに向けて大きくポジティブに変化し続けています。ですから、何かの問題解決をする時や、実生活をよりポジティブに過ごしていこうと思った時などに、過去の出来事やノウハウなどはある程度参考にはなったとしても、中にはそのまま当てはめたり同じことをしたりする必要があるものもあれば、そのまま活用する必要がないことも多々出てきているのです。

地球の幽界下層部はどんどん浄化して消滅しています。地球上に存在することができている未成仏霊の数も、大幅に減少しています。ネガティブな要素が特に強い存在は、今の地球全体の高まっている波動の中では、存在していくことがとても厳しい状況になっています。

それでもまだ、地球人類の中には、魔のような低い波動を持って存在している人は数的にはそれなりにたくさんいるので、そのような人にすがっていれば存在することは可能です。また、場所によっても低い波動を保っている所もまだあるので、そのような場所に集結して存在することも可能なのです。

ただし、これまで以上に波動を高めている人の数も増え続けていますし、エネルギーの質もはるかに高まっている人が増え続けているのです。また、場所も同様です。どんどん光が差し込んでいくにつれて、低い波動を保っている場所は減少し続けているのです。また、人が意識的に場所や未成仏霊に光を当てて浄化する機会も増えてきています。アセンションに向けて、全体の波動が高まるにつれ低いエネルギーが浄化されていっています。


今の地球上のエネルギーの状況ですと、ある程度のスピリチュアルな目覚めをしていてスピリチュアルなことを意識し、自らの波動を極端に落とすようなことを選択しないように努めてさえいれば、その人から発される光のエネルギーは、とても高いエネルギーとなって放たれているのです。ほんの何年か前には特別に高いエネルギーとされていたような光エネルギーが、今では波動をある程度高めてさえいれば、意識的にも意識していなくても、簡単にそのような強くて高いエネルギーを発することができるのです。

過去には、強いネガティブな未成仏霊の影響を受けた場合、信頼できる霊能者やヒーラーや神仏に仕えて法力の強い人などといった特別な能力が発揮できる人に依頼して解決していたようなことも、今ではネガティブな影響を受けていると感じる当事者自身が、自らの波動を高めつつ低くならないように意識的に努めてさえいれば、自らの光のエネルギーや愛をめぐらせている人からのエネルギーや、宇宙や地球からの光エネルギーなどのたくさんのポジティブなエネルギーを与えられたり発したりするために、その増大したエネルギーだけでも、ネガティブなエネルギーを持つ未成仏霊が近寄ることができなくなったり、浄化したりすることができるようになってきているのです。

もちろん、光エネルギーは愛のエネルギーです。ですから、未成仏霊の憑依やネガティブなエネルギーを受けていると感じている当事者が、その未成仏な霊との間でポジティブな解決を望む場合には、未成仏であると感じられる霊に対して、愛の意識を向けてあげることで、解決に向けて大きく状況が動いていくでしょう。

例えば、自分もしくは親類の水子が成仏していないように感じたり人に言われたりして気になるようでしたら、自らが慈しみの心をこめて成仏するよう祈りをささげることで、光を与えて成仏に導くことが以前よりも簡単にできるようになっているのです。また、たとえば霊能者に先祖霊がたたっているとか救いを求めているとかと言われたとしたら、自らの意識をそのような存在に向けて、慈しみの言葉を唱えて祈ったり、光をイメージして与えたりしただけでも、解決(浄化)することができる場合が多くなっているのです。

これまでのように、霊的能力者として霊力の強い人に依頼し、その他者が解決することもできるでしょうが、これまで述べてきましたようなことがもし信頼できるようでしたら、あえて他者の力を借りなくても、自分自身の力で自己解決することが、以前よりもはるかに簡単にできるようになってきているのです。

《ちなみに私の述べる‘自分自身の力’や‘自己解決’の「自己」という言葉の定義には、3次元的な自分自身の意識に加えて、自分自身の多次元的な意識や高次の守護存在や宇宙や地球のエネルギーなどといった深い領域でつながっている多次元的な自己という意味になります。》

また、霊能者等の他者から、憑依を受けているとか、先祖霊で苦しんでいることを訴えているものが近くにいるとかといったようなネガティブに感じるようなことを、たとえ過去にいわれていたとしても、現在の実生活を送っている中での状況で特にそのようなことが要因でネガティブなことが解決できないでいるとか、自らもそのように感じて困っているとかといったようなことがなければ、この現在の高まるエネルギーによって、いつのまにか解決されているというようなケースがほとんどでしょう。


多くの人は、未成仏霊の存在を5感的なものではっきりと認識するのは難しいでしょうし、直感やインスピレーションから感じることも、難しい人が多いのは、3次元の肉体を持て生活を送っているわけですから当然のことです。ですから、未成仏霊を物質的にあえてはっきりと認識するには、特別な能力を発揮している人や、検証できるような事実が必要になってくるでしょうから、そのようなことを認識するには、とても特別な措置が必要になる場合が多いでしょう。

でも実際は、今の地球上、特にその中でも現在は世界の国々の中で最も波動の高くて安定している日本の状況の中では、あえてそのような特別な手段をとらなくても、自分自身が意識的に波動を高めたり低くならないように努めたりし、ある程度のスピリチュアルな観点を持ち、相手に対して愛の気持ちを向けてさえいれば、それだけで普通に解決することができるはずなのです。

ただし、愛とは逆である、厄介なものとして邪険にしたり、恐怖心を強く抱いたりするような低い波動を向けたりすると、未成仏霊の低い波動と同調してしまうために、余計にネガティブな影響を受けやすくなってしまうのです。ましてや、そのような気持ちのまま他者に依存して排除させようとしても、なかなか解決に至らなかったり、その未成仏霊との間のことは解決できたとしても、意識が変わらず波動が低いままでいれば、また新たなネガティブなものを引き寄せてしまったりするのです。

何度も述べますように、確かに地球の幽界下層部は減少し、未成仏霊も減少していますが、それでもまだ数的にはたくさん存在して、居場所を求めています。そのような状況の中、あえて居場所を提供したり、同調してとんでもないネガティブな出来事を起こしてしまうような結果を招くことのないようにするには、今の世の中で、極端にネガティブな波動を作り出して保ち続けることで暗闇をつくることを選択しないようにしていれば大丈夫なのです。

それなりに人や世の中との調和を保つように意識し、できるだけ道理に基づいた生き方を選択するようにしてさえしていれば、その光のエネルギーによって、あらゆる暗闇の中にいる存在も、暗闇自体にも光を与えて浄化することができるのです。






スポンサーサイト



スピリチュアル

学校を卒業するに至ったころの思い出

2009年12月05日
私がレイキの伝授を受けたのが7年前の2002年7月末でしたが、レイキで検索したネットのホームページの中から、料金が比較的に安くて良さそうな感じの印象を受けたティチャーを選んで予約し、東京の青山のマンションの一室にて個人で行っている、私と同じ年齢の男性ティーチャーから伝授をしていただきました。アチューンメントでは、とても素敵な体験をすることができましたし、帰りの電車から見た東京のネオン街が、やけに綺麗に見えたのと、自分の身体の余計な力が抜けたような感じがしたことを思い出しました。

その後、自己浄化や家族を中心にレイキヒーリングを行いつつも、友人や職場の同僚にも時々施すことがありましたが、このような実践を通してレイキの魅力にぞっこんになったことと、自分自身のポジティブな変容(スピリチュアルな目覚めが一気に起きたこと)を実感したことなどから、レイキの普及に全力を注ぎたいという意識がどんどん強くなり、その年の11月頃にはティーチャーズディグリー(レイキ4)を受けることを決めて、会社組織としてレイキのセミナーを大々的に行っている所に申し込みをしました。ティーチャーの伝授を受ける条件として、その会社の主催しているセミナーでレイキ2と3の再受講をするようにとのことでしたので(レイキ2と3の伝授の料金は半額にしてくれました)、すぐに予約を取って受講しました。

その後、2003年の4月にティーチャーになるための伝授をしていただき現在に至りましたが、ティーチャーの受講前に、A4サイズの用紙1枚程度にティーチャーになりたい理由を書いて提出するようにといーう指示を受けたので、ワープロで打って提出しました。確か、その文章は2002年の12月頃に作成したと記憶しています。感熱紙で印字したままの状態でファイルに入れて保管してありましたが、すでに用紙の一部は薄茶色になっていて、文章も消えかけている部分もありましたが、久しぶりにそのファイルを見て、私が6年半前の小学校の教員時代に書いた内容を、とてもなつかしい思いで読みつつ、ある意味、私にとっては転職するための決意文として書いた当時の気持ちも思いだしたところで、ブログでこの文章を公開したいというわくわく感が湧き上がりました。以下、その内容を転載します。


✎ ✍ ❀ ✩ ♧ ✎ ✍ ❀ ✩ ♧ ✎ ✍ ❀ ✩ ♧


レイキのアチューンメントを受けて以来、自分自身に様々な変化がありました。いくつか例をあげてみますと、まず、心が穏やかになったことです。もともとがわりと短気な方だったので、今思えば、つまらないことでもすぐにいらいらしていました。レイキを授かって2週間くらい経った頃、しみじみと妻に言われたことがあります。「全然イライラしたり怒ったりしなくなったね。今までだったら、こんな時はすごかったのに、今は笑っているんだもんね。」ある出来事が起きた直後のことでしたが、自分でもそういえばそうだなと感心しました。次に、自分を好きになれたことです。‘レイキ完全本’に書かれていた「自分を愛するように他人を愛しなさい。」という言葉が、自分を嫌いだった私にとっては、読んだ時にはとんでもないと思っていました。それが今では、その通りだと心から思えるようになったのです。理由は1つ。自分の内面で自分自身で嫌いだったこと(先ほどあげた短気なこと等いくつもありました)が、レイキを実践するにつれてことごとく改善されていっているからです。その他には、長年悩まされていた腰痛が治りました。人間関係はより良好になり、仕事もよりスムーズにこなせるようになりました。私自身、宗教にはほとんど興味がなかったのですが、どういうわけか、古神道や仏教に興味が出てきたために、現在、関連書を毎日読んでいます。特に、精神力が高まるような教えを説いた本を読むと、心の底から感銘を受けます。その他にもたくさんありますが、とにかくどれも良いことばかりです。

これまで合計約25名に、ほぼ毎日レイキの実践を行っていました。その中で経験を積めばつむほど、相手の状態がわかる能力や、ヒーリング能力が増してきていることを実感できました。さらに、ティチャーとしてアチューンメントを行うことで、自分の能力や精神がどこまで高められるのだろうかと考えると、わくわくしてきます。

私は現在、小学校教師をしていて、特殊学級の担任、生徒指導主任等を担当しています。本校は約1000名の児童数の大きな学校です。この教師という職業を通して、最近特に問題があると感じていることが幾つかあります。まず、心が病んでいる子どもが増えてきているということです。友だちとのトラブルが絶えない、万引き等の非行が増加傾向にあります。そして、悪いことをしても、悪いという意識の薄い子も増えてきています。さらに、このような問題のある児童の大半は、保護者にも問題があるということもわかってきました。児童虐待、こどもへの愛情不足、善悪の感覚のなさ、親の威厳のなさや無責任さ等です。教員の問題としては、週5日制になってから、仕事がさらに忙しくなったために、心の余裕がなくなってきたり、仕事に追いつめられたりしている状態が続いたり増えたりしていることです。そして、そのためのストレスがたまっている人が多くいるように思えます。そして、そのことが主な原因と思われる、倦怠感、腰痛、肩こり、頭痛等の、身体に症状を起こしている人が意外に多いことが、レイキを実践すること等でわかってきました。

上記に述べた、現在の私自身、そして私を取り巻く環境から、レイキのティチャーになりたいと思った理由を3点あげます。

一つめ、自分自身の精神をより向上させるため。
二つめ、ヒーリング能力をより高め、実践していきたいため。
三つめ、一人でも多くの人がより幸せになるために、レイキを普及していきたいため。

全国に、素晴らしい教育実践を行っている教師はたくさんいます。でも、残念なことに、まだレイキの実践者は多くありません。私が今、強く思っていることは、近い将来、教師を辞め、レイキ実践者としてレイキを普及するために、残りの生涯を送りたいということです。


✎ ✍ ❀ ✩ ♧ ✎ ✍ ❀ ✩ ♧ ✎ ✍ ❀ ✩ ♧

書き写しながら、文章表現や認識のしかたや物ごとの捉え方など、今の時点では修正したくなるような箇所がいくつもありましたが、できるだけ当時の文章のままの状態にしました。

この文章を書いた翌年度には、小学校から肢体不自由の養護学校に転勤希望を出して、その希望が叶いました。転勤した養護学校は、もともと初任から4年ほど勤務していた学校ですので内情はだいたい分かっていましたが、自力の移動が難しいために、車いすによる他者の支援を要する子どもが多く、また、リハビリーや身体のケアなどを多く要するために、手のひらで子どもの身体に触れる機会がとても多い学校でした。また、この学校には、レイキを必要としている子どもたちがたくさんいることを知っていましたし、職員や保護者の中にもレイキを必要そしている人が多いことも感じていました。ですから、私が教員としてレイキを人のために活用できる場としては最適な学校であると感じて転勤したのが大きな理由でした。

でも、もう1つの転勤を希望した大きな理由は、小学校にそのまま勤務をしていると、1,2年以内には教育委員会に勤務するような状況に至りそうな情報もありましたし、現に学校内の仕事以外でも、いくつかの市や近隣の市町村の組織の中でも重要な仕事を任せられていたので、教員を辞めることを決めた時点で、このまま小学校にいては多くの方々に迷惑をかけてしまうと思ったことです。

転勤をすることに決まった時点で、そのような心配は解消されましたが、できるだけスムーズに辞職したいことや、流れをはっきりと感じスムーズに流れに乗っていきたいことなどから、もし養護学校でも複数年勤務をする必要がある仕事のポジションを与えられた場合には、1年限りではなくて、ある程度の年数の間、仕事をまっとうして引き継ぎ、自分が納得し、周囲にも不調和が起きないようにしてから辞めようとも思っていました。

ところが、与えられた仕事は卒業学年である小学6年の担任。担任する学年が分かった瞬間に、私はあと1年のみ、教師として学ぶべきであると感じました。また、担任以外の仕事も、特に翌年まで継続して行うべきであると感じられるようなポジションはなし。結果的には1年間の勤務も素晴らしい学びがたくさんあって、調和が保たれている中でポジティブに過ごすことができました。

そして、年度末に子どもたちを卒業させた後、私自身も、とてもスムーズに、自然な流れにふんわりと乗るようにして、何の迷いもわだかまりもなく、教師として就労していた約15年間の学校生活から無事に卒業することができました。今から5年半前の春の出来事です。


*2009年7月30日に当ブログで掲載した内容を一部改訂して転載しました。









バックナンバー改訂版
 | HOME |