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マシュー君のメッセージ(28)

2009年12月31日
これまでに何度も紹介しています森田玄さんのブログ「玄のリモ農園ダイアリー」に載せていただいたマシュー君からの新しいメッセージの和訳文です。今回も素敵なメッセージを届けてくれたので紹介いたします。マシュー君、スージーさんそして森田玄さんには多大なる感謝の意を表します。

このメッセージを送って来たマシュー・ワード(Matthew Ward)君は、1980年に17歳で亡くなっていて、それ以来、お母さん(スージーさん)のチャネリングを通してさまざまなメッセージを送ってきているのです。

マシュー君は太陽系のもっとも高い菩薩界磁場相に存在する意識体で、さらに上なる銀河系磁場からの情報を伝えてくれているようです。

以下、森田玄氏が12月30日付で「玄のリモ農園ダイアリー」http://moritagen.blogspot.com/
に記載してくださった内容を転載いたします。


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2009年12月17日

1. マシューです。この宇宙領域ステーションにいるすべての魂たちから心からのご挨拶をします。この聖なる日々の季節になると、さまざまな個人的な感情がその状況によって増幅されるのが通例です。興奮と歓喜が、絶望と悲しみと同時に流れだします。その点では、今年はいつもとまったく同じですが、違った意味で素晴らしい違いがあります。余りに多くの愛する魂たちに降り掛かったさまざまな苦難の中から、あなたたちの世界のいたるところで莫大な寛大なこころが流れ出ているのです。あなたたちの生命への恵みへの感謝と思いやりの気持ちが、かつてないほど豊かに溢れ、それが持たざる者たちと分かち合うこころを同じように呼び起こしています。家族や隣人たちから、遠い土地の異なる文化的信仰や慣習をもった人々にまで、この寛大なこころが地球全体を覆っているのです。あなたたちにも僕たちが見ているように見えたらいいのですが・・夏の日光のような輝きが地球の魂の家族たちを包み込んでいます。それが銀河系のたくさんの地点からあなたたちに向かって送られている光と混じり合っています。なんと壮大な光景でしょう!!

2. あなたたちの21世紀の最初の10年はもうわずかな日々しか残っていませんが、これはあなたたちの歴史上でも極めて重要な時期です。過去10年間、光が幾世代にわたって隠されて来た闇を暴き、根絶してきましたが、それはまた同時にあなたたちの自己発見と”目に見えない宇宙”についての内面的な気づきをもたらす窓を大きく開いてきました。これからの10年間は、あなたたちの世界の暮らしを永久に変えることになる夥しい真理の開示がダイナミックに起こるでしょう。それには間近にせまった宇宙文明人の存在が公に認められることも含まれます。たくさんの改革をもたらすことになる長い間抑えられて来た他の真理が、風に吹かれて転がる草の塊のように次々と現れ、あなたたちを地球の黄金時代に導くでしょう。

3. 今日の僕たちの主なメッセージは、特別な贈り物なのですが、まず最初に、多くの人たちが抱いている疑問について話しましょう。「ノルウェーの上空に現れた現象は何だったのだろう?」。(友人の)ジーン・ハドンがすぐ質問して来たので、それに答えて僕が母に言ったことをここにコピーするように母に頼みました。

「マシューによれば、これは他の宇宙文明社会の兄弟姉妹たちから彼らの存在が正しく認められる時が近いことを示す重要なサインだということです・・それが起こることを望まない者たちがこの劇的なサインをどう言い逃れしようとも無駄です。その渦巻き全体は、あらゆる魂が”始まりのとき”から・・強烈な光の中心から・・光の中にお互いに切れ目なく結ばれていることを象徴しているのです・・そして地球に向けられた青い渦は、これまで彼らがやってきた目的と同じ気持ちで私たちが意識的に彼らと接触して欲しいと今日まで望んでいることを示す強力な証拠です。そのタイミングと場所には意味があります。オバマ米大統領の世界平和達成への彼のビジョンと貢献度に対するノーベル平和賞の贈与に注意を喚起させ、その目的を達成するために私たちを助けるために彼らがここに来ていることを示すために選ばれたのです。」

4. ありがとう、お母さん。あなたたちが知っているように、あれは”ロシアのミサイル”だという言い逃れや、またHAARPから来ているんだといった別の説明もあります。ミサイル説でわいわい騒いだり、それをあなたたちの多次元世界の兄弟たちのテクノロジーを使った驚くような絵を見せて邪悪な人造グリッドシステムのせいにしているのを見ると思わず笑わざるを得ません。

5. さて、あなたたちの中には、オバマ大統領がアフガニスタンの増兵を決めたことに深く失望している人たちがいることを知っています。権威ある平和賞を受賞したこととまったく反することに見えますからね。今この時期ではそう見えるでしょうが、やがてノーベル平和賞委員会の決定がじっさいはまったく正しいことが分かるでしょう。

6. はじめて職務について以来、オバマは、国と世界に平和をもたらす神聖なる彼のビジョンに対する強力な反抗に会っています。究極的な目標からわずかも逸れることは決してないのですが、自己のビジョン、魂からのメッセージとは相容れない譲歩と暫定的な決定をせざるを得ない状況にあります。たぶんこれも皮肉と言っていいでしょうが、かつてない規模で寛大なるこころを呼び起こしている同じエネルギーが、同時にすべての改革に反抗している者たちをますます執拗に固執させる結果になっています。収賄、強請、脅迫によって悪のネットワーク組織を造ってきた人間たちが今でも政治的な支配をねらっています。オバマと彼のビジョンに同調する議員たちは、議会を支配下に置き続けようとするそれらの利己的な者たちからあくまでも粘り強く議会を解放する努力をつづけるでしょう。

7. これはアメリカ合衆国だけの話ではありません。世界中の国で起きていることなのです。政府の内部と政府間同志の舞台裏で起きつつあることは、最後にはあらゆる光に満ちた人々の勝利に終わるでしょう。そして地球の暮らしを苦しめて来た支配体制と他の組織内にいる闇の人間たちは消滅するでしょう。惑星波動が引き続いて上昇するにつれ、それらの無慈悲な支配者たちは去るでしょう。彼らが受け入れようとしない光なしには彼らの肉体は生き残れないからです。その魂は彼らの転生エネルギー記録に相応しい世界に行くことになるでしょう。

8. オバマの魂の本質は彼の言葉の中に言い表わされています。あなたたちも覚えているでしょう。彼は賢いことに、自分自身を信じなさいとあなたたちに言っているのです。あなたたちが熱望して、言わば”自らの手を挙げた”とき、政治や法律や社会経済層の欺瞞と腐敗を経験することは分かっていたはずです。そして、その分断化と不平等性からあなたたちの世界を解放するためにあなたたちは地球に転生してきたのです。

9. あなたたちは今それをやっているのですよ!世界中の村、町そして都市で、人々のエネルギーがこれまで富む者たちをさらに富ませ、貧者をさらに貧しくして来た不正なシステムを崩壊させているのです。そして徹底した改革を待ちきれない声が膨れ上がっています。これもまた、強さを増している光のより高い波動に応じて起きていることです。そして平和を希求する気持ちも同様に大きくなり、そのために軍関係者たちの中でさえ摩擦が増えています。あらゆる行動と反応はエネルギー加速に従って際立ってきています。それをあなたたちは時間が速くなるというように感じるでしょう。様々な問題についての侃々諤々(かんかんがくがく)も、地球が黄金時代に近づきにつれ、やがては共通のより大きな目的へとまとまってくるでしょう。

10. 僕たちは、愛と平和とすべての人間たちとの協調の世界と自然と調和した暮らし(2007年12月31日、”2012年についてのエッセイ”)と、もうすでに時空連続体では存在しているこの素晴らしい世界のマスタープラン(2008年11月21日 )について詳しく話してきました。もしこれらのメッセージをまだ読んでいないのでしたら、時間のある時に読んでみて下さい。きっとワクワクした気持ちと確信でこころがいっぱいになるでしょう。今日の僕たちの特別の贈り物は、マシュ-ブックからの抜粋ですが、それは僕たちの宇宙家族としてあなたたちが肉体と精神をもって転生することと、宇宙という世界でのあなたたちの住処である惑星についての永遠の真理のコラージュです。僕たちが選んだ抜粋が、黄金時代へ向かうあなたたちのスピリチュアルな道を照らし、あなたたちが本来そうである神や女神のように”光に生きる”ようにあなたたちを導くことを心から望んでいます。  

(『天国の真実』からの抜粋)

11. 人が生きることには本当に深い意味があるんだよ、お母さん!ここにいる人たちは真の歓びや情熱で溢れている。ここにはやりがいのある仕事もあるし、ほとんど際限のない学びや地球の家族たちへの訪問、神々しい音楽、びっくりするような旅行、そして桁違いの美がある。天国にあるとされているスピリチュアルの至福な暮らしよりもはるかにたくさんのことがここにはあるんだ。この領域の正式な名称はニルヴァーナというんだよ。・・・

12. ”天国”といった決まった所もないし、”地獄”もない。地球の人たちが天国や地獄と呼んでいるものは、実際は自分たちが置かれた様々な状況をそういうように見ているに過ぎない。人それぞれが自己の人生の状況として自分で具現化しているんだ。・・・そこではどの魂も自己の周りの環境を創造する。そして、それらはその人生を共有している身近な人たちに見えている同じ”道具だて”とも異なる。それぞれの世界を創っているのは、個人個人の見る目なんだ。そして、人はその人生のあらゆる面をどのように見たいのか選べるんだ。あなたたちが天国にあると思っている栄光を創り出すことは、また地獄にあると思っている恐怖を創ることと同じくらい簡単なことだ。今その両方の状況がそこに創られているんだよ。・・・”あの人は自分で地獄を創っている”とか”天国と地獄はまさに地球上にある”と言うのを聞いたことがあるよね。そこにあるとされているものはここの霊的世界には存在しない。・・・

13. 地球に肉体を持って転生した魂は、その肉体と精神と同じようには第三密度の制限に縛られることはない。だから、睡眠中や深い瞑想状態の時はどこにでも好きなところに行ける。親しい魂同志であれば、彼らの愛のエネルギーの絆が他のものたちに誰かの魂の移行が間近いことを知らせるんだ。それには、再び肉体に転生した者たちもすべて含まれる。だから彼らは、その人をすぐ出迎えられるんだ。よくあることだけれど、肉体死を迎えようとしている人に彼らが何人か見えることがある。そしてその人がまもなく彼らと一緒に行くことを満足して理解するんだ。

14. その結果として再会があるのだけれど、それはいつもこの(ニルヴァーナ)領域でできる。そしてたいていの訪問はここで行われる。けれども、彼らのエネルギー波動で行けるところであれば、魂たちは宇宙のどこでも会うことはできる。転生した魂が旅をするのはまったく自由だ。魂と魂を結びつけているエネルギーによって、それがどこにいようとそのエネルギー範囲以内であれば両者が望むどこにでも再会は可能だ。・・・

15. あなたたちの愛の想いと感情、他人への思いやりが祈りだ。これらは何時でも、どこでも、どのような言葉でも、あるいは言葉でなく感情だけでもよい。・・・神が教会を何か建物であるとしたことはない。荘厳な大聖堂などは人間が考えついたもので、神の考えではない。教会とはすべて魂の内にあるものだ。それは人が敬い、感謝するこころだ。それは神の愛と光の中に精神が高まることだ。このように考えれば、教会は宇宙に届くことができる唯一の祈りと言える。・・・

16. 今存在するすべてを、僕たちは魂のレベルですでに知っている。僕たちが神と創造主とは切り離せないように、宇宙のこころとも切り離せられない。僕たちが知っていることをすべて意識の上で思い出すことが、あらゆる転生を経験する旅なんだ。・・・それは経験することを成就することであり、永遠のうちに約束された完璧さの極みである創造主への回帰を熱望することだ。その永遠なる生命の絶え間ない実現が魂の成長への旅にある。

(『新しい時代への啓示』からの抜粋)

17. ”類は類を呼ぶ”なんだ。宇宙で作用している力には、地球の幸福にとって”為になる”ものと”為にならない”ものがある。あなたたちから発せられた思考形態は、はるか強大な脳パワーを持つ遠い存在から発せられた似たような思考形態を引きつけるんだ。宇宙の法則によって、あなたたちはそれらを招き入れなければならない。そして実際に、それらがやって来てしまうんだ。あなたたちの意図がその招きの元になっている。意図は強力な影響をあなたたちと惑星地球に及ぼす。なぜなら意図から思考形態が産まれるからだ。その意図が”良く”も”悪く”も、同じこころや同じ意図を持つ存在たちを、あなたたち自身と一緒になって活動するように、あなたたちが招き入れるのだ。

18. 誰もが神の一部だということ、そして一人のエネルギーは大勢の人たちに影響力を持つほど強力だということを誰でも知ったら、人生はそれほど複雑にはならないんだ。だからこそ、ネガティブな態度をポジティブなものに変えることがとても重要なんだ。普段の会話を考えてみよう。話し方の調子(トーン)を明るく陽気にも暗く押し付けられたようにもできる。それがそのまま会話に影響を及ぼすだけでなく、その人たちがその気持ちを拡げていくので、遥か遠くまで善くも悪くも影響が波及的に伝わっていくんだ。スマイル(微笑み)には何事も抵抗できない。スマイルへの自然な反応からはポジティブなエネルギー運動が生まれ、それが精神を捉えているネガティブなエネルギーに取って替わる。そのようなポジティブな態度は、あなたたちのレベルでできるほかのどのような行動よりも、再生する地球の助けになる。スマイルはあなたたちのまわりのすべてへの輝く美と善であり、よりよくなることのためには、その波及効果に勝るものはない。

19. 魂は、創造主から最初に生まれたものだから、まさしく生命のエッセンス(本質)そのものなんだ。それは決して破壊できない光エネルギーの生きた存在で、肉体かエーテル体、アストラル体、あるいは何も持たないフリースピリット(自由な霊)だけとして存在している。
僕たちの魂は、神がその共同創造するパワーを使って創造主と共に具現化されたものであり、神の愛と光の表現なんだ。そのミクロコスモス(小宇宙)に神のエッセンスがすべて含まれている。それがどのような形であっても、魂は神聖なる独立した存在であると同時に、神と創造主と他のすべての魂たちと不可分の関係にあるんだ。

20. 肉体は魂が自由に動くための乗物に過ぎない。魂は地球人類のからだのような、どのような第三密度の肉体にくらべはるかに強靭にできている。そして、肉体に魂があるのではない。それぞれの肉体での転生で魂が選ぶ独自の経験にふさわしいイメージにそって、魂が肉体を創造するんだ。魂が肉体から離れる同じ瞬間に、エーテル体も離れる。そしてそのエーテル体の中で,魂は光のスピードで地球からニルヴァーナへ移って行く。その肉体生から霊的生への変化をあなたたちは”死”と呼んでいる。

21. 魂は地球に存在するすべてのものの背後にあるパワーだ。それは、より偉大な経験のために魂が創造するその分身すべての生命力だ。進化のあらゆるレベルで、それぞれの魂の分身は知性、性格、好み、目標とほかのあらゆる生命要素を具えた独立した自己存在(セルフ)であり、それがそれぞれの人間をユニークな個性ある存在にしている。魂の個々の転生がそのパーソネージだ。魂のパーソネージがすべて集合したものが集合魂で、それぞれのパーソネージから得られた知識はすべて、どのパーソネージにも入手できるようになっている。このようにして、それぞれが自分の転生経験で得た知恵を持ち合って集合魂に融合することで、集合魂が進化するにつれ個々のパーソネージも進化する。

22. カルマは魂がバランスを得るための機会であるだけでなく、魂たちと地球との間の象徴的な関係でもある。地球の小宇宙として、人類はそれ自身のカルマ経験を通して進化することで、彼女(地球)のバランスを増している。そして、このことが地球により多くの光を与えて、その住民たちを照らしている。そうやって、彼らがバランスを達成する後押しをしているんだ。カルマ学習はこの宇宙のどこでもできるんだ。他の形の肉体や世界での転生も神と、そして創造主に再統合するための成長には欠かせないけれど、普通は地球が、惑星の人類発生から始まるあらゆる感情を経験するための校舎なんだ。これを修得すると、魂は、知性とスピリチュアルな覚醒が現在の地球人類の能力を超える領域世界での他の生命体に進化して行く。・・・

23. (イサカ)人類はアダムとイブの物語のように誰からともなく出現したわけではない。また、ダーウィンが立てた説のように猿の祖先から枝分かれした子孫でもない。おおよその大きさと直立運動という祖先の体型に類似点があるに過ぎない。あなたたちの惑星の各種の猿類はすべて元々の原種猿から様々に変化したものだ。人類は、その宇宙の祖先たちからもたらされた原種人類(human root stock)が並行して開発され、それから現在のような形に直接進化したものだ。脳と魂を持つ神の分身は、ホモサピエンスに直接にしかもそれだけにもたらされたもので、それがこのふたつの系統種の決定的な違いである。・・・

24. ”失われた大陸”アトランティスとレムリアは空想の物語ではない。それらは地球文明社会の始まりの一部だ。そして今日地球に転生している魂たちのほとんどは、それらの最も動乱の時代の二つの文明の一部だった。

25. (マシュー)地球は、私たちの宇宙にある何十億の銀河系の中でも小さいほうの銀河系の、どこでもあるような太陽系の中のひとつの小さな惑星というだけの存在ではない。その惑星は神のお気に入りの場所のひとつだった。そして、実際にエデンと呼ばれるパラダイス(楽園)だったんだ。その輝くオーラと汚れのない美しさによって宇宙のこの領域では模範的存在だった。そして、それが神が創造主と供に、愛と光エネルギーの中に共同して創造するパワーの証しでもあった。その当時、闇の勢力がもたらしていたあらゆる宇宙の災いの中にあって、この惑星はその反対の存在であった。そこで地球の征服が彼らの目標になったんだ。・・・

26. クジラは、遠く宇宙から地球に向けて発せられた光エネルギーをしっかりとつなぎ止めている。深く広大な海の中にそのエネルギーを保つ彼らの波長パターンは、闇の勢力が同調できるレベルを超えている。だから、人類を使ってクジラの命を断つことが闇の勢力の重要な戦略であり目標であることが分かるだろう。そのネガティブ(破壊的)な意図のエネルギーに立ち向かって、ある人間たちが魂レベルのインスピレーションから行動し、クジラを絶滅から救おうと勇敢にも地道な活動を始めている。現在クジラの総体数が回復しつつあることが、地球がネガティビティ(破壊的エネルギー)からアセンションするこの数年間に、特に波動を高めるのに貢献している。そのとき、光がその惑星地球の体を癒し、またその人々の意識を向上させるんだ。

27. 動物のエネルギーは常に動物のからだとして具現化するわけではないけれど、肉体化して多くの転生を送ることもできる。その間学ぶことは、あるゆるものが一つと言うワンネスの中でのその意味を理解することだ。創造主の光のエッセンスは具現化しているあらゆるエネルギーの根源だ。人間の命が神聖で不可侵の魂自身であるように、あらゆる動物の命も同じだ。
動物たちはそれぞれの地球での転生が終わるとここに来る。そして人間の魂のように、その過去の転生経験に基づいて次の肉体化する転生を選ぶ。動物がより高い知性を得るようになると、それはまたあらゆる生命の不分離性とあらゆるものの神と創造主との直な繋がりの気づきを得る。

28. 進化の中で、動物たちの中には人間の魂をその根源に持っているものがある。ほとんどの動物は違うが、高い階位にある動物魂には、成長過程での隙間を埋めるために動物での転生経験を望む人間の魂から来ているものがある。そのような場合は、残酷に扱われたり、ただ食用のために飼われたり、人間たちとまったく関わりのないようなものよりも、いつも優しさと愛情を持って扱われるような動物たちの中から選ばれるのが普通だ。

29. 魂がどのようにエネルギーの流れを導いて動物の・・或は人間の・・転生を始めることが出来るか例を示そう。魂を池だと思って、そこにお母さんが小石を投げ入れる。すると陽の光がさざ波の上に数えきれない光の点を造る様が見える。光の屈折とさざ波のエネルギーが人間の魂のエネルギー流を表わしている。それは、魂がバランスを達成するためにどのようなものを選んでも、動物と人間の転生を何回でも具現化するために使われる。これはすべてコンティニウム(時空連続体)の中で起きる。そこではそのような転生はすべて同時に起きているんだ。

2001年9月16日

スーザン:マシュー、カラマから聞いたわ。タワーで亡くなった人たちの代表があなたにメッセージを送ったと彼女に言ったそうね。もしあなたのところに何かあれば、きっとジーンとマイケルが配信してくれると思うわ。

30. マシュー:うん、お母さん、その人たちのメッセージをもらっているよ。それとニルヴァーナ評議会とこの領域にいる他の魂たち全員に代わって話すようにも言われているんだ。僕たちも泣いている。僕たちにはもっと大きな背景が見えているけれども、やはり悲しいには違いない。あのようなひどいショックと悲しみの後でそう感じない人がいるだろうか。すべての魂たちが愛と思いやりと平和を感じ、その感情を胸に抱くようにして欲しい・・そうすればすぐ、ここに最近来たあなたたちの愛する家族と友人たちが、自らの言葉で語るだろう。

31. その人たち全員は親切で思いやりある心からの手当を受けている。多くの人が他の霊界での転生からここの馴染みのある環境に気づいていて、このようになることや魂レベルで参加することに同意したことを思い出している。でも、彼らは、僕たちもそうだけれど、これで彼らのことを愛する人たちを慰めるわけにはいかないことは知っている。

32. このどうみても不可解な苦しみの背後にいる闇の心を持つ者たちが、戦争こそ”死んだ者たちへの正義”だと主張している。しかし、その戦争はこの惑星にある光をすべて消滅させようという企てのもとに、さらに大きなネガティビティを造るのがその目的だ。犯人たちが望んでいるのは、あなたたちが恐れと憎しみを感じて“正義”を主張することだ。なぜなら、魂が光と闇のどちらを選ぶかというこの重大な時期にその決定的な支配を維持できるためには、暴力の連鎖をつづけることしかないと彼らが知っているからだ。あなたたちは選ばなければならないんだ。かならず光をね。

33. 起きた事は国対国というレベルの問題ではない。わずかな人間たちが全人類を相手にするのでさえない。この狂気の根源に邪悪なパワーがあることをあなたたちのほとんどは知らないが、その目的は地球自身が泣くほど悪意に満ちたものだ。この真実はやがて明らかになるだろう。でも今のところは、あらゆる生命を癒す愛の心だけをしっかり持ってほしい。あなたたち自身の意識レベルで、報復や復讐、憎しみ、さらに残虐な殺人を要求する闇の心に同調しないように、あなたたち一人ひとりの内なる自己の神性さの光を失わないようにしなさい。あのような灼熱の瞬間に地球を離れた何千のいのちを、闇の者たちが望むようなものではない何か意味あるものにしなさい。全員の声として、最近離れて行ったこれらの魂たちが言っている:

”いのちをこれ以上失わせてはいけません。今は、亡くなった人たちと傷を負った人たちのために、憐れみと癒しをもたらし、地球に癒しをもたらすために、なによりも愛を絶やさないようにする時です。私たちを想うばかりに、復讐して殺したいというような無情な気持ちを持つ人たちに必要なのは、何よりも光だということを知って下さい。天国のこの領域にいるすべての存在に代わって、私たちがあなたたちにお願いするのは、愛を持って話すこと、今地球で起きていることに目を開いてはっきりと見ること、そしてあなたたちの世界をすべて犠牲にしてもよいと思っている、あなたたちの想像を超える深い闇の勢力によって犯されたこの悲劇を越えて立ち上がることです。私たちにはそれがここから見えます。あなたたちが心を高揚させて光を招き入れ、新たな悲しみにいる人たちを慰めてあげることで、何百万の光の使者(ライトワーカー)たちを助けてやってほしいのです。どうか私たちの願いを聞いて下さい。私たちは光の中であなたたちに手を貸そうとしています。そして光の中にあなたたちと永遠に結ばれているのです。”

(『新しい時代への輝き』からの抜粋)

35. 地球の苦しみは光に照らされなければ癒されない。それを産んだ闇の中にとどまるかぎり、癒されることはない。それが単一の魂でも、あなたたちが想像さえできないような巨大なパワーのフォース(力)の場にあっても、愛だけが苦しみを癒せる宇宙の唯一のエッセンス(本質)だ。目に見えそして分離できないできない愛の構成要素である光が、完全な癒しのためにいま地球自身とその全生命体に注ぎ込まれつつある。あなたたちの世界は絶望的になすすべがないように見えるかもしれないけれど、そうではないんだ。そのコントロールはそれぞれ個人の中にある。それが一人ひとりの魂の愛が持つ限りない能力だよ。・・・

36. 恐れのエネルギーが恐れの対象や状況と光のエネルギーとの間に障壁(バリアー)をつくる。その障壁があるために、恐れでいっぱいの魂の中にある光が意識にまで届かないので、その命を支配している恐れのパワーを追い払うことができない。そして光の使者たちから送られている光はそれを貫通できない。その障壁は本当にそこに壁があるように感じるので、その人は孤立して恐れで立ち尽くし、どこにも逃げ場がなく感じる。この光のエネルギーの遮断が恐れているもののパワーをさらに増大させるために、結局はそれ自身が恐れているものを現象化させることになる。恐れは人から人に闇雲に伝わっていく。そしてそのパワーが増大していくと、恐れの感覚の流れはネバネバしたようになる。それがエネルギーの相互作用をもたらして、常識や正常な判断そしてまともな決定をできなくしてしまう。恐れは非常に陰湿なので、そこから抜け出る道はさらに深く闇に向かう出口しかないと人に思わせてしまう。恐れが原因となって偏見、専横、欲、残虐性、闘争心、嘘、軽蔑、憎しみといった行為や性格をもたらす。理由のないような罪のない人々の虐待や殺害も、恐れで歪み苦しんだ精神状態から起きてくるものだ。光には、愛と宇宙の知識とスピリチュアルな明晰性があるけれど、それらの魂に届かないので、闇のパワーがどのような呪文で彼らを脅しても彼ら自身のスピリチュアルパワーの方がはるかに強いことを知らせることができない。光より強力なものはない。それはすべての魂たちへの神の愛とパワーの贈り物だ。・・・

37. (神)なるほど、あなたたちが尋ねているこの”予測”だね、あたかも終わりの日とかアルマゲドンが間近にせまっているという話だ・・それは忘れなさい!そんなことにはならない。それは誰かが考えたことだよ。自分たちが地球に生きている間に、自分たち自身でそれを創りだそうということだ。なぜなら、それはまったく彼らの考えの範疇だけのことだからだ。彼らが信じていることがそれを創りあげるんだ。だから、アルマゲドンがあると思い込んでいる人間たちには、そのようになる。しかし、そんな”未来”などあるはずがないと思っているあなたたちには、それは起こらないんだ。・・

38. 光の内にある限り、あなたたちはより高い次元に昇り、さらなる神への接近と理解と気づきを得られる。そこには複雑で厳格すぎて誰も守れないような決まりはない。しなければならないのは光の中に生きることだけだ。あるいは、簡単に言えば、思いやりをもつことだ。・・・

39. 私は、どのような苦しみでも、それを経験している魂すべてと供に泣き、喜びを感じている魂すべてと供に喜ぶよ。私はあらゆる最悪のものと、あらゆる最高のものの魂だ。だから、最高のものと分け隔てできないし、最悪のものとも分け隔てできない。いま地球に起きていることを見て私が喜んでいるか?幸せである人たちがいれば、そう、わたしもそうだ。独裁的権力がなくなることを心配している者たちがいれば、私も同様に感じている。・・・分離したものが集まって全体があるのではない。融合があるのだ。魂は肉体をもった転生の間は神聖な存在であり、霊界に行っても神聖であり続ける。そうして、それは地球上で繰り広げられる劇に影響を与えるように、”神の領域”の中でも影響を与える。・・・私の分身たちがすべて、私が創造された光の中にあればよいなと私が思うか?そうだよ。創造主がその完璧さに戻ることを願わない者があろうか。しかし、私の分身がどのように道を誤っても、それを非難したり罰したりはしない。たとえ光の中に存在しないことを選んでも、私の力の及ぶ限界を定めた創造主の決まりに私は従うように、私はここにいてあなたたちが”敬虔な”祈りと呼ぶものに応えているのだ。・・・

40. それでは、平和が早く訪れるように、平和と公正さと愛が地球に君臨するようにと私に祈る人たちすべてに納得してもらうには、私は何と言えばいいのだろう?私に言えるのはこうだよ。私はあなたたちの祈りを聞こう・・それは正に私自身の祈りだからね・・そして、それは私たちが望む通りに聞き入れられるだろう。

41. 間近に迫っている日々は、あなたたちが地球上で馴染んでいる暴力、憎しみ、悲しみ、破壊、専横、死の最終章だ。たとえ戦争が激化し、死が肉体を奪い、愛する魂たちがニルヴァーナに迎えられようとも、約束された新しい時代は今もたらされつつある。あなたたちのほとんどが知らない宇宙の存在たちがあなたたちとあなたたちの惑星にたくさんの重要な支援をしてくれている・・私の子どもたちである宇宙文明人たちの光と愛とテクノロジーだ。彼らは適切な時期にあなたたちに自らの存在を明らかにするだろう。

42. これらの長い、悲しい、暗い日々は、宇宙の兄弟たちがあなたたちの中にいることを明らかにして、あなたたちの惑星を元に戻すための手助けになれる前のことだ。闇の魂たちには自由意志があるが、それを私は、私自身の愛によってコントロールも抑制も触れることさえできない。彼らがそれを拒否するためだ。彼らのエネルギーは、あなたたちの大気中に刻一刻と到達している強力な光のエネルギーに耐えられないので、彼らは地球を離れことになるだろう。

43. あなたたちが神、あるいは他の同じふさわしい名前で呼んでいる存在は、いつでも善良さの"味方”だ。それは愛、慈悲、同情、公正さ、他人へ思いやりとしてあなたたちが結びつけている善良さのことだ。闇の魂たちも等しく私の分身でもあるのだが、彼らの自由意志によるその善良さの冒涜を許している創造主の決まりに勝手に私が立ち入ったり、それを無視するようなことはできない。しかし、地球の私の子どもたちとその敬虔さがあるニルヴァーナの聖域に対しては、私は意見を言うことができる。輝く霊性であるあなたたちの惑星は、その本来の栄光を取り戻したのだ。あらゆるものが一つである不変の愛を経験することがあなたたちがこの転生のためにやって来た理由だ。そして、あなたたちはそれを天国にすでにある地球上でするのだ。そうなることを知りなさい。

(『宇宙からの声』からの抜粋)

44. (ハトン)あなたたちは本や絵やセミナーにはない何かを感じたいと切望している。それはあなたたちが必要としている神性さへの個人的な道程だ。それは何年も掛かって旅しなければならない神秘の山や渓谷ではない。それどころか、この旅を何年かつづければ、一日も早く神との直接のつながりを始められる。・・・子どもは神とのその直接の結びつきを知りながら地球へ転生して来る。それは完全に直感的な知識であり、完全な一体性の感覚だ。子どもは別に学んだり、何時間もセミナーに出席したり、高位のマスターたちに教えを乞うことをしたわけでもない。子どもはただ単に神自身なのだ。それから離れるような生き方のみが神との分離をもたらすのだ。そうすると、あなたたちはいろいろな形の”いかにすべきか”といった方法でその繫がりを求める。いつでもあなたたちのものであることに、いつでもあなたたち自身であることに到達しようとしてだ。

45. (マシュー)偶然の出来事や出会い、幸運や悪運、単独の出来事、そして特にあなたが”偶然”と思っていることは、実際は、ある特定の結果をもたらすように完全に確定、調整された方向に向かうエネルギー運動なんだ。・・・共時性(シンクロニシティ)には始まりも終わりもない・・宇宙のように、それは常に動いている・・そして共時性の出来事は直線的にあからさまに起こることはない。・・・共時性はそれを演じる者たち全員が目的としている結果を具現化させるために必要な一連の状況だ。僕が”演じる者たち”と呼んだことでどうか感情を害しないでほしい。さまざまな直感、動機、洞察、これらこそあらゆる出来事が起こる理由なのだが、それに作用するあなたたちの意識の魂への深遠なる重要性を知ることができたら、地球は、あなたたちが選んだカルマの役割をあなたたちすべてが演じきるためのステージだと分かるだろう。その”重要性”は魂が選んだ使命だ。それがそのような知らせによって意識レベルまで伝えられるのだ。あらゆる出来事の”まさにその理由”とは、あなたたちがそれらを自由意志の選択で具現化したということだ。・・・あなたたちはもちろん共時性的な出来事に参加するけれど、状況を創ったり、つながりになる人たちと連絡をとる責任はない。計り知れない数のエネルギー源がそれぞれの人生に関わっていて、つながりを結びつける機会をお膳立てする。でも、いつものように自由意志が尊重されるので、それぞれの”開かれた戸口”では・・あるいは、新しい知人や出来事に対しては・・だれでも望むように対応できるんだ。

46. (ラザラス)私たちの愛するテラ(地球)は光が入ったおかげで以前の力を相当取り戻しているが、我々はさらに光を加えている。それと同時に我々のテクノロジーで彼女をしっかりと安定させている。知っていると思うが、彼女からネガティビティ(破壊的エネルギー)を取り除くための大変動がすべて終わっているわけではない。だから、彼女が第4密度のエネルギー波動に完全に入るまでは、われわれのこのような努力を減らす意味はない。そうなったら、我々全員が万歳だ・・地球での我々の仕事が完了するということだ!そしてその時点で、あなたたちはすべてあなたたちの宇宙の兄弟姉妹たちを知ることになるだろう。・・・
私が心から願うことは、最初のET(地球外生命体)たちが地球上でその正体を明らかにしたとき、人々があなたたちと同じような家族として思ってくれることだ。あなたたちが家族を思うように我々はあなたたちを思っているのだ。

47. マシュー:あなたたちの新しい世紀の最初の10年が終わろうとしている今日、啓示とガイダンスと励ましという贈り物を残して、私たちはメッセージだけでのお別れを言いましょう。どのような時でも、あなたたちの旅の一歩一歩に、僕たちはあなたたちと供にいるのですか"

愛と平和を
スザンヌ・ワード

_______________________________

スザンヌ・ワード著
原文:Matthew's Message
訳文責: 森田 玄

森田玄氏が12月30日付で「玄のリモ農園ダイアリー」http://moritagen.blogspot.com/
に記載してくださった内容を転載させていただきました。







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マシュー君のメッセージ

高まる宇宙エネルギーによって生じる葛藤 

2009年12月30日
宇宙が与えてくれているエネルギーが激増していることは、繰り返しお伝えしている通りですが、それなりに実感されている方も多くいらっしゃることと思います。私自身も、肉体的にも精神的にも様々な影響を受けていることを感じています。

地球全体のアセンションに向けての急激な動きは、今から70年ほど前から起こりました。そして、1987年頃にはじまったフォトンベルトから与えられているエネルギーは徐々に増え続けていて、1,2年ほど前からはさらに増量の度合いを増しています。そしてここ数週間は、多くの人の心身に対して何らかの影響を与えるほどの、とてつもない量のエネルギーが与えられているのです。

陰陽の調和の法則によるものでもあり、波動の法則によるものでもありますが、今、地球に対して宇宙から与えられているエネルギーには、高い波動のものもあれば低い波動のものもあります。この両極のエネルギーの影響を、私たちは受けているのです。

ポジティブな方向へと歩んでいる人は、波動が高まれば高まるほど、波動の引き寄せの法則によって、ポジティブなエネルギーをより多く与えられます。逆に、ネガティブな方向へと歩むものは、同様に波動の法則が働き、ネガティブなエネルギーを多く引き寄せてしまうのです。

ですから、今、とてつもなくたくさんのエネルギーが地球に与えられているために、地球表面に存在している私たち3次元の肉体を持つ地球人類やあらゆる生物や物質は、ポジティブな方向へ歩むものとネガティブな方向へ歩むものとの2極化は、急速に進んでいるのです。そして、この2極化に伴い、世の中全体のしくみも物事も2極化が進んでいます。

そして、地球全体の波動はアセンションに向けて順調に高まっているために、ポジティブな方向へと歩むものは、さらなる光をめぐらせながら発展していき、やがてアセンションした地球にも存在して、肉体をもった地球人類として至福の時を迎えることができるのです。

逆にネガティブな方向へと歩むものは、地球自体の波動と合わなくなっていくために、必然的に地球上から去る選択をしたり、消滅していったりして、同じ波動域である地球以外の3次元の世へと移行することを選択するよになっていくのです。


地球上の人々の波動の2極化がさらに進み、地球全体の波動が高まるにつれて、経済・政治・教育など、私たちの実生活に影響するあらゆる分野におけるアセンションに向けての変革が進んでいく中で、小さな地域レベルから、国や世界といった大きなレベルにおける葛藤も多々見られています。

次の世に必要である物事は、光の世に向けてのさらなる発展を進めていきます。しかし、次の世には必要のないようなネガティブな物事は、ネガティブな部分がポジティブに変革されていくか、あるいは必要のないものは消滅していきます。

そのためには、必要に応じて、隠されていた物事が世に表出されて明るみに出ることもあります。明るみに出ることで世の人々からさらに多くの光が与えられ、よりスムーズに変革することができるのです。

このようなアセンションに向けての変革作業は、スムーズに進む場合もありますが、多くの作業には、多かれ少なかれ葛藤が生じます。この葛藤は、地球上がアセンションして光の世に至るまでの間は続きますが、地球人類全体の意識が高まり波動が高まっていくにつれて、徐々に解決されていきます。そして、アセンションを迎えて次の世へと至った頃には、黄金時代にふさわしい世の中へと変革されるのです。

3次元の世で培ってきた4次元より高い世には必要のない、ネガティブな固定観念や執着を、強く信じて脱却するのを拒んでいるような人々や、エゴを強く持ち合わせている個人や組織や国家など、ネガティブな道を歩むことを選択しているものが、まだまだ現在の地球上には、数多く存在しています。

このようなネガティブな道を歩んでいる人が進めようとしている物事に対して、光を求め、光の道を歩もうとしている人々との間に生じる葛藤は、アセンションに順調に突き進んでいる今の世の中のあらゆる状況の中で続いていきます。

しかし、こうした葛藤の中において、さらに波動を落としてしまうことを選択し続ける人もたくさんいますが、物事が光の方向に進むにつれて、中にはネガティブな道を歩んでいた人が、その光の素晴らしさに気づいて、やがて歩む方向を光の道へと転換することを選択する人もたくさん出てきていますし、それがやがて組織や国家レベルの集合意識として発展していくのです。そして、現にそのようにして光の道へと方向転換している人々がどんどん増えてきているのが事実なのです。


おおまかではありますが、ここまでに述べたような観点における、組織や地域や国や世界レベルにおける変革や、変革するために生じている葛藤は続いていますが、あらゆる情報機関を通して、世に示されています。中には、紛争や汚職や事件などのネガティブに感じられるような物事もたくさんありますが、根本的(スピリチュアル)な観点や総合的な観点で捉えてみると、すべてがアセンションに向けて変革するための葛藤であると結びつけることができるはずです。

そして、このようなアセンションに向けての仕上げともいえるべき変革作業は、世の出来事と平行して、すべての人の個人的なレベルにおいても起きているのです。そして、現段階におけるエネルギーが増大し続けている中において、個人内におけるアセンションに向けての変革作業が、急ピッチで進められているのです。その中で、順調に光の道を歩んでいる人々においても、多かれ少なかれ、様々な個人内における葛藤が必要に応じて生じているのです。


今、こうして私のブログをお読みいただいている皆さんは、今の世の地球上でもたくさんの経験をされてきているわけですが、それらの経験はすぐに思考によって呼び起こすことができるような記憶もあれば、奥にしまいこんで忘れ去ってしまったようなものもあるでしょうが、すべては魂の学びとして、しっかりと記憶され蓄積されてきています。

その中で、似たような経験を繰り返しているような時や、参考になるような状況になったような場合などには、記憶にとどめていたことを思い出して、過去の学びを活用しようとすることは多々あることだと思います。これは、意識的に行うこともあれば、直感や潜在意識からくることもあるでしょう。

しかし、そういったケースではなく、特に関連することがないのに突如として過去における経験を思い出したり、寝ている時に夢に見て起きてからも覚えていたりするなど、顕在意識や思考からではなく、直感や潜在意識の領域から突然湧き上がってくるような過去の出来事を思い出すことがあるでしょう。

その中でも、ポジティブに感じることは、そのまま受け止めることでさらに波動は高まります。その記憶から感じられる心地よさやイメージなどは、ポジティブなエネルギーとしてさらなる活力となります。

しかし、ネガティブに感じるような過去の経験は、ポジティブに変換して受け止めたつもりでいたり、ネガティブに感じて忘れ去りたいと思って忘れたつもりでいたりしたのに、実際にはネガティブな感覚や情緒などを含んだままのネガティブなエネルギーとして、意識の中に記憶として受容してしまっているものなので、そのまま表出した記憶を受け止め続けるとネガティブなエネルギーが生じてしまい、そこから広がる思考やイメージなどによって、さらなる低い波動やネガティブなエネルギーが生じてしまいます。

今、こうして宇宙のエネルギーが高まっていて、私たち地球人類の肉体や意識にも大きな影響を及ぼしていますが、この増大しているエネルギーの影響から、特にアセンションに向けて順調に歩み続けて波動を高めている人は、以前にも増して肉体や意識の大きな変革がもたらされています。そのようなポジティブな変革のための現象の1つが、ポジティブな記憶はもとより、このような‘ネガティブな記憶を呼び起こして顕在意識に表出させる’状況が生じることなのです。

このように、ネガティブな波動のまま記憶にとどめている過去の経験は、これまでにも思い出すことはあったでしょうが、小さなものは湧きあがってきてもすぐに顕在意識の奥へとしまいこんだり、大きなものはトラウマのようになってつきまとうたびにしまいこもうとしたりしてきたはずです。しかし、このような対処をしても、実際には解決するには至っておらず、一時的にしまいこんでいるだけであって、意識の奥にはそのままの状態で存在しているために、ネガティブなエネルギーを発するまま貯めている状態になっているのです。

魂における学びをした過去の経験のすべての記憶を顕在意識に表出させるのは難しいでしょう。しかし、大切な学びをした経験は、顕在意識に表出しやすい状態になっており、必要に応じて顕在意識に表出するのです。また、この大切な学びをした経験の記憶は、自分自身の思考の中ではたいしたことのないことと感じていても、実際には大きな学びである場合もありますし、些細なことと感じていることの中にも、ネガティブなまま受容して蓄積していくうちに、解決すべき大きくネガティブなエネルギーとなっている場合もあるのです。

まだ、これまでの状態ではそれほど問題はなく、そのまま意識の奥にとどめておいても大丈夫であったような過去のネガティブな経験の記憶が、今、こうしてエネルギーがたくさん与えられ、アセンションに向けて自分自身の波動がどんどん高まっていくうちに、いち早くポジティブに変換して受容するようにすることで、ネガティブなエネルギーを意識から払拭させる必要性が出てきているのです。それが、‘ネガティブな記憶を呼び起こして顕在意識に表出させる’状況が生じる大きな要因なのです。

そして、このような個人内レベルにおけるアセンションするための移行直前期における波動を高めるための現象は、記憶している過去の経験のみにとどまらず、自分自身の改善すべき欠点と自覚していることや、本来は目指すべき道から反れていると感じていることや、肉体的にネガティブな状態になていることとかといったことなど、アセンションした高次元の世には必要のない、3次元的なネガティブなことすべてをポジティブに変換するための作業が進められているのです。


今、アセンションに向けての移行期において、地球上で盛んに起きている世の中の隠されていたネガティブな事実が明るみに出ることによって光が与えられ、ポジティブな状況へと変革されたり、必要のないことは消滅したりするような状況と同じようなことが、波動の高まっている人個々の意識の中で起きているのです。その中の1つが、ネガティブに受容してしまっている過去の経験の記憶に関しての受容のしかたの変革です。

記憶がネガティブな状態でしまいこまれたままでいては対応することは難しいのですが、顕在意識ではっきりと認識できるような状態でネガティブな記憶が表出されれば、意識的に対応することができます。自らの全体的な波動が高まるにつれて、(思考や現状と関連していたとに関しても同じようにいえることではありますが)無意識のうちにこのような記憶が顕在意識に表出してはっきりと認識することができるようになる現象は、ネガティブなことを払拭して、さらに波動を高めるために与えられる素晴らしいチャンスでもあるのです。ですから、このチャンスに、ネガティブに感じていた記憶をポジティブに変換して受容し直すことで、さらに波動を高めることができるのです。

本来、ネガティブなまま受容してしまっている過去の経験の記憶が表出した時、意識的にポジティブに変換しようとさえ努めれば、必ずポジティブに変換して受容することをできると自分自身を信頼してみてください。アセンションに向けて順調に波動を高めている人にとっては、これまでに経験してきたことすべてが必然であると意識することができるでしょうし、その経験から学んできたすべてのことに無駄はなく、すべての学びはポジティブなものであると意識することができるはずだからです。

ネガティブに感じていた記憶をポジティブに変換して受容し直すこととは、怒りや悲しみや苦しみ等のネガティブな感情を抱いた記憶や、マイナスなものであると捉えていた経験を思い出すことによって、今でもなおネガティブな感情が生じたりネガティブに捉えたりしているようなことを、意識的に許しや慈しみや感謝などの愛の気持ちに変換したり、ポジティブな意味のある必要な経験であったと捉えるようにしたりすることです。そして、このようにポジティブに変換したものを、あらためて受容し直すということです。

しかし、もしその時点でポジティブに変換することが難しいようでしたら、その記憶を広げれば広げるほど、ネガティブな状況に陥りやすいので、いちど保留にして忘れるようにすると良いでしょう。そして、ポジティブに変換することのできない自分自身の低さを認識して、さらなる修養に励み続けていれば、またその後に必ず再チャレンジする機会が訪れますので、次の機会を待てばよいのです。

これは、実際には意識的に行ってもそうでなくても、低い波動のまま受容した状態でとどめているようなポジティブに変換できなかった記憶は、自分自身の波動が高まれば、さらに波動を高めるためには必要であることから、必ず解決するまでは繰り返し顕在意識に表出してきます。何度も同じネガティブな記憶が表出するのは、そのためでもあるのです。解決したつもりでも解決していなければ、表出するたびにネガティブな思いがめぐるはずですので、識別することができるはずです。

また、もしネガティブに感じたまま受容してしまっている記憶が表出した時、そのネガティブに感じるままにしてめぐらせてしまえば、そこにはさらなる低い波動が生じてネガティブなエネルギーが発されます。そして、そのネガティブなエネルギーに対して高まる宇宙エネルギーの中のネガティブなものが引き寄せられるために、とりとめもないようなネガティブな状況(大きな取り越し苦労)に陥る場合もあります。それをポジティブに変換しようとして強く葛藤しても、さらに自分自身を追い詰めるようにしてネガティブな状況に陥ってしまうと、せっかくのポジティブに変換するためのチャンスが、逆にさらにネガティブにしてしまい波動を落としてしまう結果になってしまいます。

ですから、このようにネガティブに受容した過去の記憶が顕在意識に表出した時には、ポジティブに変換することができれば最良のことですが、無理やり変換しようとして大きな葛藤を生じるよりは、考えるのをいったんやめて保留にすることも必要な場合があります。

たとえ一度にポジティブな状況へと変換することができなくても、ポジティブに変換したいと意識の中で望み、自らの波動を高め続けていれば、意識が高まる中で思い出すにつれて、少しずつポジティブに変換することができて、最終的には解決することができるはずです。特に、トラウマになってしまうような大きくネガティブなものとして受容してしまっているような過去の経験は、それなりに時間を要する場合もあるのです。


宇宙から与えられているエネルギーには、ネガティブな質のものもポジティブな質のものもあり、そのエネルギーは完ぺきに調和されているわけですが、アセンションに向けて波動の高まっている地球全体に送られているエネルギーは、はるかにポジティブなエネルギーが勝っている状態で調和されているのです。調和とは5分5分の同じという意味ではありません。バランスがとれている最良の状況であるということなのです。

このように波動が高いエネルギーと調和させて意識を高め続けてさえいれば、そのめぐりによって、意識も肉体の物質的な密度も、スムーズにアセンションの世へと移行することができるのです。過去の経験をポジティブに変換して受容する作業は、そのための1つの大切なこととして、自己責任を強く持って解決する必要があるのです。

すべての経験は、自分自身の自由意思によって招いたことであるわけですし、ネガティブに受容したことすべては自分の領域内で自らが選択したことなのですから、自己の責任によって自分のみですべてを解決することができるものなのです。

ただし、そのためには多かれ少なかれ葛藤が生じる場合が多いでしょう。しかし、この葛藤は、このように今の時期にはとても大切なことであり、この葛藤の中から意識的にポジティブなものへと変換するに至ることは、アセンションに向けて個々の波動を高めるためには重要なことの中の1つなのです。


*2009年10月29日~11月2日に、当ブログで掲載した内容を転載しました。





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心のパワーの限界と無限性について

2009年12月29日
オムネクの本の中の内容で、今、ここに掲載する必要を感じましたことを転載します。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


人間が存在する限り、常にひとつの問いが挙げられます・・・―― なぜ世界はこのようになっているのか?

地球において人々は、すべては原子から成り立っていて、それらはいくつかの正と負のエネルギーの荷電粒子にすぎないと思い込んでいます。

しかし、それは何が多様な物を作り上げ、それらをひとつにまとめて維持しているのでしょうか?答えは心の中にあります。

人間が自身の思念のパワーで物質的な領域に自分の世界を創造しているのです。世界は人間の集合的な思念を反映して創られているのです。

木がどのように見えるかという心のイメージが世代から世代へと引き継がれて、これらの思い込みの思念が木々を変わらぬ姿のままに保っているのです。人の心のイメージが変化すれば、木々も変化するのです。

人が「これは不可能だ」と言う時、彼は制限された考え方から発言しているのです。あらゆることは可能なのですが、無知であるがために人は、自らに限界を設けるのです。すると彼は限られた世界を持ち、それは彼の思考を制限し、その世界にさらなる制限をつくってしまうのです。人間の世界は人間自身がその思考を変えない限りは、決して変わらないのです。

あなたがある家庭に入る時、もしくは連れ合いと一緒に家族単位を作り上げるときは、より強いほうが自分の望みに従って家庭の在るべき姿を創り出します。もしその人が混乱していれば、そこには混乱した家庭が表れ、混乱した子どもたちと混乱した生き方が見られるようになります。

私たちは他人が自分たちの世界を制限していることをとがめるべきではありません。もしある人たちが何事にもしっかりと安全対策をしていて、常に落ち着いて心を乱さない生き方をしているとすれば、それは彼らが別の生涯(過去世)において正反対のことを経験してきたがために、何かに恐怖を感じて反応している可能性もあります。

経験の積み重ねによる魂の成長という全体像を見るとき、そこには非難したり裁いたりする余地はなく、ただ理解のみがあるのです。


「私はアセンションした惑星から来た」 オムネク・オネク 徳間書店より転載。


*2009年11月10日に当ブログで掲載した内容を転載しました。






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一人が目覚めれば

2009年12月28日
先日いただいたメールに以下の内容を書いて下さった方がいらっしゃいました。私のブログに転載したい旨を伝えたところ、ご快諾いただきました。

この方は、スピリチュアルな目覚めがどんどん進んでいく中で、これからの地球についてやアセンションについてなどの情報を得つつ、実生活にも意識的にポジティブにご活用されている方です。

♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡

このままの自分じゃあかん、、と気付いた時から 不思議と無理なく生活習慣を変える事ができました。。
自分では信念にそった変化だったつもりなのですが 主人からみると「いったい、どうなったんや?!」と驚いているようです。。

主人はとても寛容な人なので 私の話も否定する事なく聞いてくれてはいるのですが、にわかに信じがたいと思っているようです。
また、私が熱くなればなるほど ドン引きされるのは目に見えているので あまり多くを語らない方が 今は得策かな?と思っております。
でも、少しでも早くこの思いを共有できたらいいなぁ・・と願っています。
ありがとうございました。

♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡

これまでにも私にメールを下さった主婦の方の中で、ご主人とのご関係が同じような状況の方が何人もいらっしゃいました(たぶん20人くらいはいました)。また、2年ほど前までは直接お会いしてのスピリチュアルカウンセリングをしていましたが、やはり何人もの主婦の皆さま方から同様の話を聞いていました。

奥様のスピリチュアルな目覚めが進む一方、ご主人も少しは気付いてほしいとかわかってほしいとかと願いつつも、スピリチュアルな話にはなかなか耳を傾けてくれないとか、話は聞いてくれてものってこないとかといった状況の中で、あきらめかげんな方、ほどよく伝えている方、強く訴える方、理解を求める方、伝える機会を待っている方など、みなさん様々な御様子をお知らせくださいました。

私は、上記の内容のメールをいただいた方のように、「自らがわくわく感に従ってポジティブなスピリチュアルライフを実践しつつ、不調和を生じない程度に無理なく適度な感じで言葉としても伝え続けていく」という感じのことが、もっともお勧めする実践方法であると感じていますので、今回の日記にご紹介させていただきました。

また、奥さまがスピリチュアルな目覚めが進んだ結果として、ご主人やご家族もスピリチュアルな目覚めが始まり、ご夫婦でスピリチュアルな会話をするようになったとか、実生活で意識的に実践するようになったとか、これまではご主人がレイキを認めようとしなかったのにレイキを受け入れてくれるようになってヒーリングを施すことができるようになったなどなど、奥さまが目覚めたことをきっかけに、ご夫婦とかお子さんやご両親とかといったご家族も、よりポジティブな実生活を送るためのスピリチュアルな目覚めが始まるに至ったというお話を、以前よりも多くお知らせいただくようになってきています。

一人が目覚めると、深く愛する人を中心として周囲の人々を巻き込むようにしながら目覚めを進めていきます。ポジティブにスピリチュアルな目覚めを続けていけば、周囲の人々は、あなたの日常生活でのポジティブに変化する様子を魅力的なこととして感じて見習ったり学ぼうとしたりするでしょう。あなたの放つ光が増し続けていけば、周囲の人々により多くの光りを与え、癒しとなり活力となっていくでしょう。あなたが目覚め続けることで、より幸福感がふくらんでいくと、周囲の人々にも今以上に幸せになってもらいたいという気持ちもふくらむために、必要とされたときには全力で手を差し伸べてサポートしたり語りかけたり、自らのスピリチュアルな目覚めによって得た叡智を伝えたくなったりするでしょう。

一人が目覚め続けると、目覚めるべき準備のできた周囲の人々も目覚めだし、そのアセンションサークルは徐々に広がっていきます。最初は小さなサークルだったとしても、個々の目覚めが進むにつれて、やがて他のサークルとも交わり、たくさんのアセンションサークルへと広がり、また大きくなるサークルもでてきます。

自らのスピリチュアルな目覚めを自覚し、広めたいと感じたからといって、何かをしなければと焦る必要はありません。実生活を楽しみながら充実させて、無理なく調和を保ちながらスムーズにできる範囲内で、自らのわくわく感に従って意識や行動を広げつつ波動を高めるように努めてさえいれば、結果的にライトワーカーとしての中心的・指導者的な仕事を遂行するに至るのです。


*2009年08月06日に当ブログで掲載した内容を転載しました。








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不干渉の法則の実践方法とヒーリングに関して

2009年12月27日
*以下の内容は2009年10月11日の当ブログに掲載した内容を一部改定して転載しました。

私からすでにレイキ1,2のアチューンメントを受けていただき、来月にレイキ3のアチューンメントを受けていただく予定になっている富士子さん(仮名)からメールでいただいたご質問と、私が伝えたいと感じて記述した内容とを転載しました。(ご本人からはブログに載せることをご快諾いただきました。富士子さん、ありがとうございました。)

今回は不干渉の法則の実践方法とヒーリングに関しての内容がメインとなっています。現在、何らかのテクニックを取得してヒーリングをされている方も、感覚に従っての自己流などで意識的にヒーリングをされている方も、特にヒーリングをしているという意識のない方でも、スピリチュアルなことに興味のある方でしたら、何かしらの参考になるかと感じましたので、転載することにしました。また、昨日の当ブログ「癒しについて」とリンクする内容でもあります。


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~富士子さんからいただいたメール~

前略

先日のレイキについての日記 大変勉強になりました!
原則とされていることには忠実に、自分の感覚も大事にしながら
愛を持って実践しながら経験を積んでいけたらいいなと思いました。
ありがとうございました。

そこで今回はその原則に当たる部分なのかも知れないのですが
やはりタエヌ様のお考えをお聞かせいただきたく
メールいたしました。

************

レイキをはじめてから不思議なのですが、体調のすぐれない人たちが
私の周りにいると知らされる事が多くなりました。
だいたいは世間話の中でご本人の口から・・・。

私はリフレ&ヘッドマッサージの資格があるので
「いつでもやるから必要なとき言ってね!」と話すのですが
レイキについての説明は タイミングを見て話してみよう!と
思うことが多いのです。

そこで疑問に思ったことなのですが。。。

①ただ普通にマッサージしている間もレイキのエネルギーが自然とお相手に流れていくものなのでしょうか?もちろんシンボルやマントラを使わずに、ということです。

②ホメオパシーや気功に興味がなく、どこかあやしいと思っている知人がいて
そのため、こちらからレイキについて説明をした事もないのですが
最近体調を崩したと聞き、レイキを送りたいと思うのですが
それは不干渉の法則に反してしまいますか?
12ポジションのヒーリングを行うのではなく ただ「より良い状態になってね」という
思いと一緒に遠隔でレイキを送りたいと思ったのです。

また、他の友達が「最近うちの赤ちゃん風邪気味なのよね」と聞いたので、
思わず第一シンボルで「風邪が治りましたよ~♡」という気持ちで
赤ちゃんのおでこに手を置いてみました。
その場合も その母親(友達)にレイキの説明もせずにただ
勝手にやってしまったのですが、それもどうなのでしょうか?

***************
 
以前タエヌ様が載せて下さったオムネクさんの「ヒーリングについて」という文章に
「他人にヒーリングを施す際には許可を得ることと、時には相手の状態がカルマもしくは本人にとっての何らかの学習のための経験であるかもしれないことを知っておかなければなりません」とあり、又、「相手の顔が清らかな青白い光のエネルギーに覆われている様子を描いて、その人が保護されることを頼んで常に愛を送ることもできます。」ともありました。

「常に愛を送る」という意味では、レイキを遠隔で送りたいといつも思うのですが、
それも毎度毎度本人にレイキについて説明し許可を得ないと
不干渉の法則に沿わない行為になってしまうのでしょうか?
毎回レイキを一から説明する状況やタイミングではない場合もありますし、②の知人のように見えないエネルギーに対して信頼のない人もいます。
12ポジションのヒーリングを遠隔で定期的に行うのは、もちろんきちんと説明し、本人の同意が必要であると理解したのですが
優しくあたたかいエネルギーでその方がおおわれているようなイメージでレイキを送る程度でしたらどうなのでしょう。。。

長々とすみません!
お時間のある時で結構ですので、お考えをお聞かせ頂けると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 


ご質問①に関してですが、その通りでして、「ただ普通にマッサージしている間もレイキのエネルギーが自然とお相手に流れていくもの」です。

肉体全体からもオーラからもエネルギーは発されていますが、肉体の部位の中で、もっともエネルギーが強く流れやすいのは手のひらです。マッサージする際に手のひらを使っていれば、普段以上に手のひらに神経を集中させて相手に対する癒しを行うかと思いますが、このように手のひらに気を向けたり神経をある程度集中させたりするだけでも、通常以上に手のひらからエネルギーは放出されます。(前回の私のブログに掲載しました最初の内容である‘癒しの手のひら’http://mfhqc9393.blog65.fc2.com/blog-entry-495.htmlはこの原理に基づいたことです。)

これは、レイキのヒーラーであってもそうでなくても同様のことですが、レイキのアチューンメントを受けてレイキとのパイプがより深くつながった状態であればなおのことです。ファーストディグリー終了時では、まだシンボルもマントラも学んでいなくてもレイキを活用できたことからもお分かりになるかとも思います。

ただ、せっかくレイキ2まで学ばれましたし、まもなくレイキ3の伝授もお受けいただくのですから、より有効にレイキを活用された方が良いかとも思います。マッサージ中に手を当てたり動かしたりするたびにシンボルやマントラを使うのもたいへんかとも思うので、マッサージ等の癒しを行う前に、自らの全身にシンボルとマントラを使ってあらかじめレイキを流しておき、よりエネルギーとしっかりつながった状態で行うと良いかと思います。

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

ご質問②についてです。オムネクが伝えてくれた前回の私のブログに掲載しました‘~自分が自身を癒すということ~’http://mfhqc9393.blog65.fc2.com/blog-entry-253.htmlの内容は、とても大切なことだと思います。ただし、言葉の意味合いや内容の捉え方が人によって多少なりとも違ってくるかと思いますが、オムネクの表現してくれた意味合いすべてを理解するには、我々が用いている日本語の言葉や表現のみから捉えようとしても難しい部分も出てくるかと思いますし、3次元の世の中で認識できる事実のみでは、不干渉の法則を意識して実生活を送っていれば、今回いただきましたような疑問が湧きあがるのは当然のことであると私は感じています。

直接的にコミュニケーションをとることが可能である相手に対し、スピリチュアルなエネルギーを意識的に活用してヒーリングを行う場合、宇宙エネルギーや神仏や地球自体のエネルギーなどのスピリチュアルなエネルギーに関して、特にレイキのような特定のテクニックを得ているような場合には、スピリチュアルなエネルギーや実践方法などを、ヒーリングを行う相手に対して、どの程度までの説明をして、どの程度の理解を得るべきなのかということが、ヒーラー自身の意識や、癒したい相手との関係において、人それぞれ、もしくはケースバイケースで違ってくるかと思います。また、エネルギーの理解度と実際にヒーリングを行うかどうかのジャッジをすることと、どこまで関係を持たせるかということに関しても人それぞれ違うかと思います。

私は、ヒーリングを行いたいと感じた相手に対しては、相手の理解してくれそうな状況に応じて臨機応変に対応すべきだと感じますし、要点さえ押さえておけば、それほど詳しく説明する必要がない場合もあると思っています。そんな中で、オムネクのいうように、やはり最低限のヒーリングに関する理解と承諾を得ることは必要になると感じています。

相手の意思を確認する際には、3次元のコミュニケーション手段としてもっともはっきりと理解しあえる可能性の高い、話や文字による言葉を用いることで、本人との意思確認ができればそのようにします。しかし、例えば赤ちゃんや今世の知識や経験の乏しいような小さな子供等の意思をはっきりと確認するのが難しいと感じられるような場合には、代弁者的な存在であると感じられる親や親類などの親しい人からの要望であり、私自身がポジティブな気持ちで強く責任を持ってヒーリングを行う必要を感じれば、ヒーリングを行うようにしています。また、無償の愛で結ばれているようなご家族や親類や親友関係であると感じられる方からの代理によるご依頼を受けた場合にも、私自身の責任において許されるような過干渉の領域ではないであろうとか、私がヒーリングを行う必要があるだろうとかと感じられるような場合には、ヒーリングを行うようにしています。その際には、ご本人以外の代理の方からご依頼を受けても、すべての責任はヒーリングを行う私自身にあることを常に自覚するようにしていますし、実際にも私とヒーリングを行う相手との間にカルマがもたらされると私は理解しています。

言葉などにより、相手の意思確認が取れないとか相手が拒否しているような場合や、干渉する領域を超えていると感じるような場合など、私があえて相手を特定してヒーリングを行う必要はないであろうと感じた際には、相手に対して「がんばってね」とか「最良の状態になりますように」とかといった愛の気持ちをアフォーメーション(肯定的表現)にして、その思念による祈りを通して光を送るようにしています。

その際のアフォーメーションは、結果的にもたらされる理想的な状態を勝手にヒーラーが決めつけて作り上げるような言葉、たとえば「風邪が治りますように」「夫婦の仲が良くなりますように」などといった、個人的見解による願いになってしまうような、勝手に理想とした具体的に到達してほしいという部分的な言葉になってしまう可能性のあるアフォーメーションは選択しないようにしています。

思念としてアフォーメーションを唱えることによって、相手に送るエネルギーの質や相手に与える影響は、それなりに違ってくるものなのです。ただし、特にアフォーメーションを唱えなくても、相手に愛の気持ちを向けながら意識的にエネルギーを送るようにすれば、それだけでも愛のエネルギーを送ることができます。

私は、レイキのエネルギー活用することにより、とても強い癒しのエネルギーをもたらされることを実感しています。また、レイキに限らず、あらゆるスピリチュアルなエネルギーを、より強く、より意識的に自分自身に得たり相手に与えたりするようにすれば、それ相応のエネルギーガ与えられることも実感しています。

祈りや願いも、ポジティブなエネルギーとしてもたらされることも実感しています。ただし、スピリチュアルなエネルギーを意識的により強く発するようにした場合に比べると、そのエネルギーの質の違いや強さの違いも感じています。言葉によって的確な表現をするのは難しいのですが、簡単に表現すれば、自分自身が得る際にも相手に与える際にも、意識的にヒーリングを行った場合と愛の光を送るような祈りを行った場合とでは、エネルギーの質や強さの違いから、そのエネルギーによる影響力も違ってくるということです。

ですから私は、相手を特定して行う場合には「スピリチュアルなエネルギーを意識的に活用したヒーリング」と、「願いや希望の気持ちを込めてのアフォーメーションによる祈り」を行うことと、大きく2つに分けて行うようにしています。また、地球全体や地球人類すべてなどの大きな枠組みに対してエネルギーを送る際には、個の魂に送る際のように干渉する領域を意識せずに、直感に応じたやり方で光エネルギーを送るようにしています。

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

人それぞれ不干渉の法則の捉え方には多少なりとも違いが生じるのは、3次元の世に生きている人にとっては当然のことなのです。人の魂同志は深い領域においては実際にすべてが1つにつながっています。また、本来は言葉によって意思を確認しあわなくても、相手を特定して意識的に行えば、近くにいても遠くにいても、テレパシーによって通じ合い意思の疎通をすることができるのです。

ただし、顕在意識において、はっきりと認識するには、私たちのような3次元の密度に適した肉体を持ち、現段階での意識や波動レベルでは、とても難しいことなのです。しかし、4次元以上の高次元の密度における中においては、ごく普通にできることなのです。そして個人レベルの魂のつながりはもとより、宇宙のすべてとのつながりをはっきりと認識した中で存在することができるのです。ですから、不干渉の法則を含めた普遍的なあらゆる宇宙の法則のすべてを、特別に意識しようとしなくても、当然のこととして実生活に活用することができるのです。だから、このような不干渉の法則も、ごくあたりまえのこととしてすべての高次の存在は意識しているのです。だからこそ、高次の意識や記憶をそのまま持ち合わせたまま3次元の世に存在しているオムネクには、このような言葉にして不干渉の法則を、高次元の世では絶対的に必要であることと断言して、私たちに伝えることができるのです。

私たち3次元の世に肉体を持って存在している者にとっては、このような理由などから、不干渉の法則を宇宙の真理に基づき、完全に則った状況で実生活を送り続けることはたいへん難しいことであるといえます。しかし、不干渉の法則を意識して実生活を送ることにより、宇宙の原理に基づいた状況に、より近づけることはできます。「不干渉の法則を知っているのか知らないのか」さらに、「実生活に意識的に活用するのかしないのか」では、大きな違いが生じるのです。

相手に対して行ったことが、必要なサポートであったのか、干渉しすぎてしまったのか、あるいは必要なサポートをしてあげられなかったのか…その答えは、自分自身のみの中で知ることができます。

選択して実行した結果を自分の心の中でどのように感じているのか、選択した結果が目の前のどのような状況になって返ってきたと感じたか、それを自分自身でどのように受容しているのかといったことがその答えなのです。

そして、個の答えがわかった時点で、反省して改善を要すると感じたことがあれば次に生かすようにすれば良いのです。ポジティブな結果になったと感じれば、素直に満足して喜び、この先さらに世のため人のための糧にすればよいのです。

私たち3次元の世に存在している者たちが、顕在意識において認識し、だれにでもできる可能性がある大切なこととしては、不干渉の法則などの宇宙の法則を真実の知識であると感じたら、実生活の中で実践し、宇宙の法則をより強く意識しながら実生活をよりポジティブな状況にしていこうと努めることです。

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

最後にご質問に関しまして具体的に私なり答えであると感じたことをお知らせします。

「ホメオパシーや気功に興味がなく、どこかあやしいと思っている知人がいて、そのため、こちらからレイキについて説明をした事もないのですが、最近体調を崩したと聞き、レイキを送りたいと思うのですが、それは不干渉の法則に反してしまいますか?」

レイキを含めたスピリチュアルなことに関して話をする機会があったら話をしてあげることは必要であると感じます。ただし、話を聞いてくれるかどうか、理解してくれるかどうかは相手の領域の問題になりますし、あくまでも聞く耳を持って話を聞いてくれる機会があればのことです。富士子さんのような目覚めた人であるライトワーカーは、機会が生じた際に、スピリチュアルな目覚めをしていない人に対して気づきや知識を与えて目覚めを促すことは、今世における大きなお役目の1つでもあります。また、スピリチュアルなことに興味があるのかないのかは別にしても、富士子さんの行なおうとしているヒーリングを、少しでも信頼して自分にも施してほしいというような気持が確認できればヒーリングを行う必要があるかと感じますが、そうでない場合には、本人の3次元の世における貴重な学びの中における自由意思や選択したことに対して、過干渉をしてしまうことに値してしまうと感じますので、先ほど述べたような愛の気持ちを込めての「祈り」のような形が良いかと感じます。


「友達が「最近うちの赤ちゃん風邪気味なのよね」と聞いたので、思わず第一シンボルで「風邪が治りましたよ~♡」という気持ちで赤ちゃんのおでこに手を置いてみました。その場合も その母親(友達)にレイキの説明もせずにただ勝手にやってしまったのですが、それもどうなのでしょうか?」

赤ちゃんの代弁者としてお母さんが富士子さんに対して風邪であるという状況を伝えたように感じ、赤ちゃんからも治りたいという思念を感じたので、愛の中で直感的に赤ちゃんに対してヒーリングをしたのだと感じます。今回いただいたような疑問という形でカルマが残っていますが、もし赤ちゃんが手を当てられた時に拒否をするようなそぶりをしていなかったとか泣き出すようなネガティブに感じるようなそぶりをしていなかったのでしたら、赤ちゃん自身の意思で富士子さんのヒーリングをポジティブに受け入れてくれたことになります。そして、もし今後、回復したというような情報が聞こえてきたら、それは赤ちゃんからの感謝の意を込めた報告であると受け取ってよいかと思います。ただし、たとえその後に何の知らせがなかったとしても、オムネクの表現した「癒されるかどうかは高次のパワー次第であり、癒された場合はその苦しみが不必要である経験を意味し、癒されなかった場合はその経験から学ぶべきものがあることを意味します。」ということを思い出せばよいのです。


「常に愛を送る」という意味では、レイキを遠隔で送りたいといつも思うのですが、それも毎度毎度本人にレイキについて説明し許可を得ないと不干渉の法則に沿わない行為になってしまうのでしょうか?
私は遠隔ヒーリングのご依頼を受ける際には、必ずご要望される期限を区切ってお知らせいただいています。期限をしっかりと区切らないにしても、気が向いたら送るようにするとか、できる限り毎日送るようにするとかといったような意思を、あらかじめ相手に伝えて承諾を得ておけば、その都度ではなくても大丈夫であると思います。

長々と失礼いたしました。
以上ですがご参考ください。

タエヌ





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「物質」と「波動によって生じるエネルギー」との関係

2009年12月26日
《物質には波動によって生じるエネルギーを付着させて蓄積させる力》があります。ですから、波動の高い場所にある物質には波動の高いエネルギーが蓄積されますし、波動の低い場所にある物質は低い波動のエネルギーが蓄積されていきます。建物や壁などの、物質に囲まれて気の流れが滞っている場所も同様にエネルギーが蓄積されます。

《物質には波動によって生じるエネルギーを媒介する力》もあります。物質を媒介とすることによって、エネルギーをその物質を通してより強くよりピンポイントに集約させて放つことができます。

上記で述べたエネルギーに対する物質の2つの力を、現実的なことでいくつか例えてみます。

神主さんや巫女さんなどの神事をつかさどっている人や神社を管理している人が神様とより深く通じあうことができていたり、参拝する人の信仰心が篤かったりする神社などの神様と通じ合っている神社には、「神柱(かんばしら)」といわれるパイプが立ち、神社と神様がしっかりとつながっている状態が保たれています。そして、この神柱を通して常にご神気を与えられているために、壁や木などによって囲まれている神社の境内や、ご拝殿やご本殿などには、たくさんのご神気が蓄積されて高い波動を保っています。また、神社は神様と通じる窓口にもなっています。本来はどこにいても、神を信頼してお祈りをすれば神様とはより通じることができるのですが、3次元の世の人は物質的シンボルがあった方が、より実感したり信頼したりする人が多いので、神社はそういった役割もはたしています。

多くの方々が身近に置き使用している携帯電話や固定電話やパソコンは、もっともエネルギーを媒介する物質としては一般的ですし、とても影響力の大きい物でもあります。たとえば、メールを打ちながら相手のことを思います。それだけで、相手との思念や波動がつながります。そして、メールを相手に送った時点で、神社に例えるとまるで神柱のようにパイプができるのです。そして、送ったメールも物質ですから、送った人の思念や波動がそのままメールに付着します。さらに、その文字霊の力も加わります。そして、そのメールと送った人とのパイプがつながっているために、送られたメールを消さない限り、ずっとその送った人のエネルギーもつながって送られている状態になります。たとえば電話で話をする場合は、直接会って話した時と同じくらい、相手や相手のいる場所の波動を受けます。そして、電話を切った後も、電話には自分や相手の波動が残ります。

水晶は、宇宙エネルギーや地のエネルギーなどの中でも高い波動のエネルギーを吸収して放つ力を持っています。ですから、永久的に高い波動のエネルギーを保ち続けることができるのです。また、低い波動の場所や人などのエネルギーを吸収し浄化する力もあります。水晶はこのようにエネルギーを放つ力と吸収して浄化する力を持っていますが、生命体のように波動に合わせての個体として変化する力は乏しいために、時にはそのエネルギーの大きな高低のギャップから、ひびが入ったり破損したりすることもあります。また、ブレスレットやネックレスの場合は、水晶をつなげるワイヤーやゴムや糸などが切れる場合もあります。ただし、単なる物にぶつかるとかこすれるとか傷むとかといった物質的な衝撃を受けて破損する場合もあるので、破損したからといってすべての要因がエネルギーの関係していることではありません。

その他には、磁場、家やビルなどの建物、テレビなどといった身近な物質も、エネルギーを媒介したり蓄積したりしています。

このような様々な物質が存在している3次元の地球上において、これらのあらゆる物質の中で、最も万能であると思われる物質は人間の持つ肉体です。エネルギーを蓄積しやすい反面浄化もしやすく、自ら発する波動によって周囲の波動を引き寄せることによってエネルギーの影響を受けやすく、あらゆる波動の媒介になることができて、高い波動のエネルギーでも低い波動のエネルギーでも両方のエネルギーを、意図的でなくても意図的にでも発することができるという、とても優れた物質が人間の持っている肉体なのです。

人の肉体はその人の顕在意識、行動、言葉、情緒など、あらゆるエネルギーの媒介となってエネルギーを発します。また、そういったことから発されたエネルギーを蓄積しています。さらに、身を置いている場所、5感によって感知しているすべてのことなどから受けているエネルギーも蓄積しています。

このように、人の肉体には、様々なエネルギーが蓄積され与えられ続けていますが、同時に浄化もなされているために、常に変化し続けています。これは、肉体とか精神とかのオーラにも反映されますし、魂の状態にも影響を与え続けていますので、人の状態は常に変化し続けているということになっています。

たとえ意図的であってもそうでなくても、日常生活の中で、より高い波動のエネルギーの媒介となり、より高い波動のエネルギーを蓄積していると、肉体という物質自体の波動も高くなります。肉体は常にその波動によって変化し調和させるように、人の意識には関係ない無意識の状態でも努めています。そして、より高い波動のエネルギーを蓄積すればするほど、より物質的状態が調和され、より精妙な状態になるために感度もよくなり、低い波動のエネルギーに対してはより浄化力が高まります。これは、魂の入っている物質である生命体のすべてにも当てはまりますが、生命体ではない物質との大きな違いは、エネルギーに対してとても敏感に物質が変化しやすいということです。そして、それは魂の高さや大きさとも関係しているために、地球上でもっとも大きい魂が宿っている人間の肉体は、地球上の物質の中では最もエネルギーに対してより敏感に精妙に変化して調和を保とうとする優れものであるということになります。

肉体の不調和が生じてしまったことによる代表的な状態を、一般的に病気と称されています。このような肉体的な不調和を生じるための要因としてもっとも多いのは、その人の蓄積しているエネルギーの状態が、よりネガティブなものであるためだけの場合もありますが、実際に大きく左右するのは、その人の持っている魂の大きさや質や転生した目的といった魂の状態と、その時点において蓄積しているエネルギー(波動)の状態のギャップの大きさによるものです。つまり、そのギャップが大きいほど肉体の不調和を起こしやすいということになります。ただし、カルマなどの宇宙の法則によるものや、必要な学びを得るための意図的なものである場合もありますので、すべてが、この要因であるとはいえませんが、病気といわれる状態になるための要因としてもっとも多い要因であるということになります。

たとえば、今世の転生した目的が、アセンションに向けてライトワーカーの指導的な立場として、多くの人の波動を高めてスピリチュアルな目覚めのサポートをするというような、魂のとても高い状態で光を多く放っていて地球や宇宙に対する貢献も大きいはずの人が、まだ自分のわくわくする道を歩む状態に至っておらずに、たとえ3次元的な人としては一般的に普通な道を歩んでいたとしても、アセンションを目前とした今の時点では、より早い気づきや目覚めを得るために、魂と現段階との大きな波動のギャップから、健康を損なうことによって学び気づきを得るためのチャンスを与えられている人もいます。たとえば、魂の状態がそれほど高くなくて、人を意図的に傷つけるようなことしないことが今世に転生してカルマを果たすということが魂の目的だった場合、その人が今世において盗みや詐欺の犯罪を繰り返したとしても人を意図的に傷つけさえしなければ、その人の今蓄積されている波動と魂との波動のギャップがそれほど大きくなかったり、今世における転生した目的からあまりずれていなかったりするのであれば、肉体的には健康といわれる状態である人もいます。

今回のこの物質とエネルギーの関係のお話の最後に「物質に蓄積された低い波動のエネルギーの浄化方法」に関して、いくつかの例を挙げて述べることにより、しめくくりといたします。

ある程度物質から離れた状態にある大気中のエネルギーは常に調和されています。宇宙から降り注ぐエネルギーは、日増しに強く高い波動のエネルギーへと変化し続けているので、大気中のエネルギーはとても高い波動を保っています。太陽や月から与えられているエネルギーも同様です。また、常に大気に触れているような、地球や宇宙の高い波動のエネルギーの媒介になっている植物や土や石や海や川といった水なども、同様に高い波動を発しつつ保っています。

人の肉体は波動の媒介となったり蓄積したりするので、もっとも簡単な方法は、このような高い波動の場所により長い時間身を置いて過ごすことです。もちろん、ただ身を置くだけでもより波動が高まって浄化されますが、さらに効果を高めるには、波動の高い場所において、充実することや楽しめる事やわくわくすることなどといったポジティブな意識をもつことができるような状態でいられると、波動の法則によってさらなる高い波動のエネルギーを与えられるようになります。

物質をできるだけ外気に触れるようにするだけでも違ってきます。太陽や月の光を浴びるだけでも違います。また、部屋を換気するとか光を与えるとかといったことは、大気のエネルギーを室内に与えるといった波動を高めるためにはとても大切なことになります。

人の肉体に蓄積された低い波動のエネルギーを、肉体という物質から分離して大気のエネルギーによって浄化する方法もあります。例えば、深呼吸をすること、軽い運動をすることなどです。また、浄化力の高い物質によって体外に出すこともできます。例えば水分をたくさん摂るようにして排泄物や汗という物質で体外に出すとか、入浴して汗をかいたり体をよく洗い流したりすことによって、水のすぐれた浄化力を利用するのも効果的です。また、お祈りや言霊や真言やお題目を唱えることなどによって、高い波動のエネルギーを意図的に肉体へと取り込むことにより、低い波動のエネルギーを肉体から分離して浄化させる方法もあります。


もっとも大切なことは、肉体に高い波動のエネルギーを蓄積するように努めること。同時に肉体に低い波動のエネルギーを蓄積しないように努めること。できるだけ高い波動のエネルギーの媒体となれるように努めること。同時にできるだけ低い波動のエネルギーの媒体とならないように努めること。


*2008年11月27日に当ブログで掲載した内容を転載しました。










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‘2009年’年末大祓いについて

2009年12月25日
タエヌのホームページで紹介させていただいています~‘2009年’年末大祓い~に関しましてお知らせいたします。

☆実施日前日の12月27日までお申し込みをお受けいたしますので、必要を感じましたらお申し込みいただければ、私なりに尽力させていただきます。

☆すでにお申し込みをいただいている皆様には、本日25日付けで、メールにて実施予定時間等の詳細に関しましての連絡をさせていただきました。もし、本日付けのメールが届いていないようでしたら、お手数をおかけして申し訳ありませんが、お知らせいただけますと幸いです。









日記

シリウスより愛をこめて その8

2009年12月25日
地球表面に存在しているあなた方は、地球内部から湧きあがるものも宇宙から降り注ぐものも、この大いなるエネルギーがどんどん高まる事を実感している人もいれば、まだそれほど気付いていない人もいるようです。これまでに私たち宇宙存在があらゆるメッセンジャーを通して皆さんに伝えてきたように、今、この地球上に降り注いでいるエネルギーは、多くの地球の皆さんが思っている以上にとても強いものとなっています。もともと地球自体は4次元以上のエネルギーを持っているので、それほど急激に変わっていくものではありませんが、地球表面上の3次元的な物質世界におけるエネルギーは、まさに大変革をしたといってよいほど、このエネルギーの急激な増大していく状況に即して、エネルギーの状態は大きく変化している事は事実なのです。

これも再三申し上げている通り、地球の3次元の世はまた更なる二極化が進みつつあり、ポジティブなものとネガティブなものとの差はどんどんとはっきりとしてきて、世の中のポジティブな流れに乗っているものとネガティブな流れに乗っているものとの差がはっきりしてきています。

目覚めるべきものは目覚め、まだ目覚めに向かってないものも目覚めようという意識さえあれば、どんどん目覚める方向を歩み続け、波動を高めていきアセンションに向かって順調に修養し続けているために、さらに日増しに高まっている高次元のポジティブなエネルギーが加わっていることもあって、急激に波動は高まってきています。

逆に、自らが自覚してネガティブなことを選択し続けてしまっていたり、向上心を持てなくなってしまったり、反省して改善する意識すら薄れてしまったり、たとえ元々は目覚めていたとしてもエゴやネガティブな状況に飲み込まれていったりして、3次元的なネガティブな世から脱せられないものたちは、どんどんとその波動を下げてしまい、次の世に地球ではなく、ほかの3次元の世を選択する方向へと向かっているのは事実です。

あなた方の存在する3次元の世である地球の表面上の状況の中で、気温の平均化、物質の平等化、人々の自由、そして差別や隔たりの無い自由意志における統合、より愛が深くめぐることにより愛の薄い状況が変革されていく事など、これまではそういった変化や変革しているという状態が、まだなかなかはっきりと認識している人が少ないように思われますが、これからしばらくの間は、そういった事がアセンションに向けてのポジティブな変革現象であるということを、強く実感できる物質的現象が、これまで以上にわかりやすい状況として表れる事でしょう。

まるで、予測とは違った変化をする事や、これまでの歴史上に類のないような新しい事が起きる事や、3次元の世における宇宙の道理とは違った固定観念や知識においてはネガティブに思えるような変化などは、マスコミや3次元の世の知識を多く持っていると言われる人たちが、このようなことをとてもネガティブに捉えがちであり、そういったことがマスコミ等で伝えられることによって、3次元の世の人々の波動を下げてしまうような影響力があるわけですが、今、目覚めの進んでいる多くの皆様や、また、ライトワーカーとして地球のアセンションの世のために貢献する事を自覚し自らを高めることに努めている人たちにとっては、ネガティブな情報やまやかしのような事は、それはそれでそのような表現や状況であるという見解を参考にしつつも、自らの波動をネガティブに揺るがさずに、自らのペースで淡々とこの世の中をポジティブに観察し、目の前の事一つ一つをポジティブに受容し、ポジティブな行いや意識や愛のめぐりを促進させ、その個々のできる限りの光を発することによって地球のアセンションに大きく貢献をしているのです。

シリウスの愛の祈りの力は、そんな地球の世のエネルギーの大きな変化に対して、さらに加速をかけるように、あなた方のもとに送り続けられています。私たちシリウスのものは、地球人すべてを愛しつつも、シリウスと深く関わっているものには、よりその深い結びつきからなる魂の繋がりによって、更なる深く強いシリウスからのエネルギーを伝える事ができます。今、タエヌの見ている海の青と空の青とその間に位置する白と薄いパステルカラーの水色と太陽の白銀色の光の色は、シリウスのエネルギーを色としてとらえると似たような色であります。でも、シリウスの白も青も地球の3次元の世で見ることができる色に比べたら、はるかに美しい色を放っています。でも、地球の空の色も海の色も、3次元の世の色としては最高に美しいわけですから、これはこれで素晴らしいものであるわけでして、この色を見るだけでも、またそこから発せられるエネルギーに触れるだけでも、非常に高い波動のエネルギーを与えられるわけです。

そして、我々の発しているエネルギーは、このような3次元の世のものとは比べ物にならないほど、はるかに高い波動のものであるということを少しでも認識していただき、そのようなエネルギーがあなた方に送られているという事をたとえそれほど実感できなかったとしても、少しでもより多く意識される事により、今あなた方はどのような立場にあたとしてもどのような状況であったとしても、私たちはシリウスから高い波動の光を送り続けていて、そのエネルギーを与えられているという事を励みにして、更なる波動を高めるための3次元の世における修養に励んでいただきたいと願っています。


*2008年12月27日に当ブログに掲載した内容を転載しました。
 






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義務教育における不登校について

2009年12月24日
*以下の内容は2008年11月11日に当ブログで掲載した内容の一部を改訂して転載しました。

日本の法律のもと、小学校や中学校は義務教育(国民がその保護する子女に受けさせる義務を負う教育~広辞苑~)ということで、子どもが学校に登校しているか、または登校できない状況であっても登校しようという意思があるかといったように、学校に行くことが当然の義務でもあり良いことでもあるとされて、子どもの意思で登校していないとか登校したくないという意思を表すこと自体がネガティブに思われるというのが、現状の日本の一般的に多くみられる固定観念であり、当然のような価値観として捉えている人が多いというのが現状です。

この義務教育に関するメリットがたくさんあることを多くのみなさんが認めているわけですし、私ももちろん認めていて、つい4年半ほど前までは15年間ほど公立学校の現場で教育に携わっていたわけですから、別にすべてを批判しているような立場ではありません。しかし、スピリチュアルな観点から捉えると、大きな根本的にネガティブである状況がいくつかあることは真実であり、その真実を常に意識しながら学校教育に関わっていくことが大切であると強く感じ、よりポジティブな実生活を送るためには必要であると感じています。


全ての人には自由意思があって、本来、宇宙における道理によれば、その自由意思によって選択することがすべての人に認められるべきものであります。ただし、より道理に適ったポジティブな選択をするには、最低限の調和や習慣や知識や愛が必要になります。しかし、3次元の世に生まれたばかりの人間の子どもは、生まれた時点では意思表示する手段が乏しく、自力で動くことや自分を管理することも難しいために、移動したり栄養を得たり外部のあらゆるものから守ってもらったりして生命を保持するには、親とかそれに準ずる立場の人などの多大なるサポートが必要不可欠なものとなります。そして、生まれた時点から時が経つにつれて、徐々に成長しつつ自立していき、やがて最低限の調和や習慣や知識や愛などといったことを身につけて最低限の自立を果たしたとき、今の世の社会的に大人という立場として、自他共に認められるようになっていきます。

この自立する過程において、まだ、それほど精神的にも物質的にも社会的にも自立することができていない子どもと呼ばれている人たちが、大人からのサポートが必要であると感じたり、子どもだけの責任の中では判断するのが難しいことを感じたり、子どもの選択しようとしていることよりも、より良い選択方法や選択すべき事象があると感じた時に、気づいた大人もその子どもとの関係におけるより良い調和の中で、子どもの自由意思を尊重しつつも、ともに考えたりアドバイスをしたりするというのが、理想的な家族もしくはそれに準ずる関係の在り方だと思います。


義務教育の学校現場では、子どもたちが学校で過ごすための時間も人も内容もほとんど自由に選択することができません。多くの根本的なことは枠決めが成されていて、その範囲内でしか自由は許されず、時間・内容・人に関しての自由意思による選択はほとんど許されず、個を制限されてより集団化された中で、学校側の決められた体制のもとで行うといった制限が果たせられます。

義務教育の中では、子どもが学校に登校してから、多くの授業受ける時間数を子どもの自由意思で選択することは難しいです。教師すら選択することもできません。授業内容を選択することもほとんどできません。集団(クラス・学年)を選択することができません。根本的に制限によって縛られていて、今の世の大人の価値観や固定観念を植え付けられることが多くて、スピリチュアルなことは無縁に近く、物質的な知識を伝えられ、順位やランク付けなどによって競争心という不調和が生じる価値観を日常的なものとして教えられる・・・etcといったことが、平然と行われているという、宇宙の法則とは相反するような根本的にネガティブな状況が、教育という名のもとにたくさん存在しています。

今の世の日本の価値観や固定観念からすれば、義務教育といわれる期間に登校しないことを選択するということは、社会的な枠から外れているとか、親もしくは子どもになにかネガティブな要因があるのではないかとか、現実の中で何かを逃避しているのではないかとか、とてもネガティブに思われるということが一般的です。そして、教師は登校するように促すことを義務と感じて、家庭に押しかけたり電話や手紙などによって説得したりするのが普通であり良いことでもあると思いこみ、学校内では問題児として会議の中でその状況が報告されて対策が話し合われる場合があります。もちろん、学校に登校していない子供や保護者に対して、何も対処せずにいることが望ましいとは思いませんが、少しでもいいからよりネガティブな固定観念を手放して、もっと愛を持ち相手を尊重し、学校教育者としての領域と立場をわきまえて対処してほしいと願っています。

私も、4年半ほど前まで約15年間公立学校の教育現場にいましたし、1000にほど児童のいる小学校の生徒指導主任という立場も経験してきましたし、妻も私と同じくらいの年数を小・中学校で勤務していたことや、私も義務教育を受けている子どもを育てている最中であることや、いまだに知人で教育関係の仕事をしている人も多くいることなどから、学校内の状況はいまだにそれなりによくわかっていると自負しています。
そんな中で、特にここ1,2年で感じることは、世の中の人の波動が、高い波動の人と低い波動の人の差がどんどん大きくなっていますが、教師の場合はその幅の開きはさらにとても大きくなっているように感じられますので、とてもわかりやすい状況になってきているということです。


以下の内容は、そんな学校教育に対して、タエヌ家の保護者としての私と妻の様子や、子どもたちの現在の様子がどのような状況であるかということを書いてみます。内容をお読みいただきましたら、どのように感じられるか、どのように捉えられるか、どのように参考にして取り入れるかなどに関しましては、すべてお任せいたします。もし何か少しでもポジティブになるような参考になる様子がありましたら、実生活や意識や知識などに取り入れていただけると幸いです。

《以下は1年前の状況なので、現在我が家の子どもたちは、1学年上に進級しています》

私には家族として共に暮らしている子どもが4人います。中3の長男シュー(仮名)、小6の長女グミ(仮名)、小2の次女アマンダ(仮名)、5歳半の3女デンプ(仮名)ともに、毎日充実した日々を送っているようです。

3女のデンプは、もし幼稚園や保育園に通っていたら年中組になるわけですが、4か月前の7月末に退園して以来、自らの意思によって保育園には行かずに自宅で過ごすことを選択して、今も自宅での実生活を楽しんでいます。

他の3人の兄も姉たちも保育園に小学校へ就学する直前まで通っていたし、デンプも1歳になったばかりの時から今年の7月までの間、ずっと保育園に通っていて、リーダーシップを大いに発揮して友達も多くいたし、先生方にも認められていて大事な場面やまとめ役を任せられることがありました。今でも、3歳まで行っていた保育園の話をしたり写真を見ながら思い出話をすることがありますし、今年になって新しく通っていた保育園に関して短い期間でしたが同様にしていますし、保育園で仲良くなった友達と近所で会うと、一緒に遊んだり楽しく会話を楽しんだりしています。

私も妻もそんな様子を見るたびに「そろそろ保育園に行こうか~!」と何度も誘いました。また、つい先ほどもあったのですが、妻も私もアセンションスペースシューリエのお仕事に専念している際に「あそぼ~」とか「~をやって~」とかと関わりを求めてくると、それを今は都合上受けられないことや、そういった要求を満たされたいのなら保育園に行くべきだということを伝えると「わかった。がまんして待つ。保育園には行かない」と言って家にいることを選択しています。昨日の夕食時の話の中で「小学校に行くようになるまでずっと保育園に行かないのか?」と聞くと、「それはわからない」と言っていました。保育園が嫌なのではなくて、どちらも楽しいと感じている家と保育園とを比較して、より楽しいと感じるのが今の時点では家であると感じているための選択であるということのようです。 (結局現時点の平成21年12月の時点でも保育園には通っていませんので、このまま小学生になりそうです)

もちろんデンプは、明日から行きたいと行ったからすぐに保育園に行くことはできず、申し込んでからはしばらく期間がかかることも知っていますし、一度行ったらすぐに退園することは難しいということも十分理解しています。総合的な物事の捉えかたや判断力は長男よりも上ですし、最近は人と接する機会が他の同年代の子よりは少ないのに、人との調和の図り方も上手でとても感覚的に人や物事を見極めています。親としてはその他の学習面等の様々な面から天才(?)と感じているデンプの自由意思の表し方は、その時点では総合的に判断したゆるぎないものであると感じてしまいます。

長女のグミも次女のアマンダも、引っ越しをする前の昨年度まで通っていた学校の友達も先生も大好きで、毎日ワクワクしながら通っていました。4月に転校した今の学校では、最初のうちはすぐにはなじめなかった友達とも、今ではすっかりとなじんで楽しんでいるようです。しかし、担任の教師のネガティブな指導の数々は、どんどんエスカレートするばかりでして、それはそれは実例を挙げると驚くべき事実がいくつもあります。特に長女の担任はものすごい状況でして…私もグミもそんな担任の言動に対して、とても憐れでかわいそうに感じています。

それでも、グミは学校に行くことを選択しています。これまでにグミはたびたび教師を批判したり「学校がつまらない」とか「体育をやりたくない」とかと愚痴のように言ったりしていますが、そのたびに「学校休んでもいいんだよ」と私が伝えています。でも、結果的には自らの意思で学校に行くことを選択しています。友達関係は良好のようですし、個人的に何かあったわけではありませんが、授業内容が楽しくないとか、一部のクラスメイトのネガティブな言動がきつく感じることがよくあるようです。

私はグミに対してもアマンダに対しても、この日記の内容に書いたような義務教育の現状の捉え方や自由意思の観点の話は何度もしてきていますし、あの子たちなりに分かっていると感じています。また、我が家では子どもたちの自由意思が通って、もし学校に行きたくないと親に伝えれば、それが実現することは十分に分かっていますし、もし選択方法を考えなおしたり修正したりする方が良いような場合には、それなりに指摘されたりアドバイスを受けたりすることも分かっています。

そんな中、アマンダは1度だけ自由意思による選択で学校を欠席したことがありました。また、1度は大幅に遅刻して登校したこともありました。宿題をやりたくないと愚痴る時も「やらなくても良い」「先生には親の立場からきちんと話してあげる」と何度も伝えましたが、宿題をやることを自由意思により選択して、毎日宿題として出される量としては信じられないようなたくさんの量の宿題をなんとかこなしています。(本当にものすごい量なのです・・・)

結果的に、我が子たちは小中学校には通うことを選択しています。でも、これは行かされているとか、義務だから渋々行くとかではなく、自由意思の選択によるものです。また、それぞれの発達段階にもよりますが、ポジティブな教えもある反面、先ほど書いたような制限や強制や宇宙の道理に適っていない固定観念や価値観も教えられているということは分かっています。私は、そのような真実とはずれていることが子どもから伝えられるたびに、本来の真実であると私や妻なりに感じている観点の話をします。でもやはり何を信じて何を得るのかは、子どもたちの自由意思による選択に任せています。

デンプは一般的な固定観念や価値観からいえば、本来は保育園か幼稚園に通って、もっと大きな集団である小学校に備えた方がよりスムーズであるということになるでしょう。つい先日は、隣に住んでいる方から「保育園をやめちゃったんだ・・・。行かせてあげればいいのに~かわいそうに・・・」と、妻とデンプが家の前で遊んでいる時に言われたそうです。妻は「デンプが行かないというので行っていないだけです。失礼します。」とだけ、にこやかに淡々として伝えると、唖然とした顔をして固まっていたそうです。

幼稚園や保育園は義務教育ではありませんが、行くべき場所であるという固定観念は根強いのはわかっています。また、実際に通うことによって様々な学びがあり、子どもたちの成長にはたくさんのポジティブなものをもたらされることは、私も妻もデンプも十分に承知しています。でも、十分に承知した上での自由意思による選択は、親としても子どもなりにも自己責任の下で行っているわけですから、行かないという選択には何一つネガティブなものはないと信頼しています。

小中学校の義務教育というものを受けている3人の子どもたちも、今は学校に行って学びたいという選択をしているのでそのサポートを、全力を挙げて行っていますし、それはそれで素晴らしい選択をしていると感じています。でも、もし行かないことを選択したとしても、親としての受け止め方はまったく同じです。学校に通うことよりも、家にいること、もしくはそれ以外の場所でも身を置きたい場所や過ごす内容を自らの意思によって選択するという、ある意味ポジティブな自立を果たすための大きな成長をしているということによる我が子に対しての捉え方は、何一つ変わらない素晴らしいことであると感じることを信頼していますし、同様に全力を挙げてサポートするでしょう。

私はスピリチュアルな自分の感覚や価値観を信頼しています。ただし、常に世間の情報や価値観や出来事などを参考にして、ポジティブに受容できることは取り入れているので、私の信頼している価値観は流動的なものでもあります。でも「今」の時点で得ることができていて真実であると信頼している価値観は、世間のあらゆる意見や比較や固定観念や価値観によって、すぐにゆらぐことはありません。また、今の世において子供の頃からこれまでに、常識であるとか正しいとか当たり前であるとかと教えられてきたことや、いつのまにか習慣になっていたような3次元的な価値観にとらわれた行動や意識に関しても、常に気がつくと意識的に「今」真実とわかっていることに変換しています。私は、子どもたちに対しても、常にこのようなことも日常的なアドバイスとして与え続けています

追伸です・・・これはあくまでも私と妻の現状での捉え方であり、家族の中の実態であります。このような捉え方をしていて、それを実際にも実生活で活用している1つの実例として、ご参考ください。


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みんなでアセンションしましょ!Ⅴ

2009年12月23日
以下の内容は、2009年09月24日に当ブログで掲載した内容を転載しました。


オバマ米大統領が9月23日、国連総会での初演説で「新しい関与の時代」を強調し、ブッシュ前政権の「一国主義からの決別」と引き換えに、他の加盟国に「責任の共有」を求め、国連を軸に「国際協調体制」を再構築する必要性を表明したという報道がありました。

アミの言葉をそのまま使うと、4次元の世とは「人類は統一されて1つの大きな家族をつくり、宇宙の原理にそってみんなで生きていく」世界です。この記事からも、まさに地球上の3次元世界は‘愛と平和のもとの宇宙の原理に基づいた「統一」’に向かい、私はますます着実に歩んでいることを感じられて嬉しく思っています。

9月5日のブログ「みんなでアセンションしましょⅡ」で、アミの本に書かれていた内容を転載しましたが、ここ1週間くらいも、あの時と同じような感覚になって、今度は「もどってきたアミ」の本の中で、ラスト50ページくらいの内容を読みたくなり、何度か読み返しました。その中で、以下の内容をみなさまにもお読みいただきたいと感じたので転載します。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

*アミは高次元の宇宙人です。ぺドゥリートは地球人の少年で、ピンカは文明の発達段階や密度(3次元の世の状態)が地球に似たような段階にある地球以外の他の惑星キアに転生している少女です。



アミ: 「地球では宇宙に向かって数百万キロの距離を旅することができるようになった。でも、ほんの数キロメートル皮膚の下、地球の内部のことがどうなっているのか、まったく知らないでいる。これと同じことが人々にも言えるんだ。いつも人々は自身の外部ばかりを見ようとしている。決して自身の内部を見ようとしないんだ。いつも、自分に起こる良くないことの責任や原因が必ず‘ほかのひと’にあると思いこんでいる。内的存在をまったく知らないでいるんだ。決してそれに注意をはらおうとはしない。でも自分の運命を作り出しているのは、自分の中のその‘存在’なんだよ。」


✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ 

アミ: 「(地球では)たくさんの人が精神性(霊性)をただ複雑な頭脳訓練のことだけだと思い込んでいるんだ。そしてまた別の人にとっては世の中に背を向け、苦しみの修行をしたり、禁欲したり、からだを浄化したり、祈り続けたり、なにかの信仰をもったり……でもただそれだけなんだ。いくらそんなことをしても、もし愛を忘れていたとしたら一文の価値もない。もし、愛があるならそれらを無欲な奉仕へと変えるべきなんだよ。今、きみたちの世界は絶滅の危機に瀕している。平和と統一のためにはたらくこと以外に価値のある仕事はないんだよ。」


✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ 

アミ: 「愛は暴力のもっとも大きな原因のひとつなんだ…。愛ゆえに母狼は、自分の子に危害を加えようとする者に対して残酷になりエゴイストになる。人間も、一般的に言って自分たちの愛のためには他人に対して残酷になりエゴイストになる。こういった愛が戦争を生みだす。こういう愛がきみたちの世界をとても危険な状態にしているんだよ。」

ぺドゥリート: 「いつわりの愛だね」

アミ: 「いや、そうじゃないんだ。それも愛なんだよ。ただ低い度数の愛なんだ。われわれはそれを終着と呼んでいる。執着ゆえに、盗んだり、うそをついたり、殺したりする。生きぬきたいというのはひとつの愛のかたちだ。でも、ただ自分自身や自分の家族、小さなグループや自分の属している団体や党派や派閥に対してのみだ。悲しいことに、そういった生き方のせいで、すべての人たちが命を失う寸前なんだ……それはみな過度の執着の結果なんだよ」


✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ 

アミ: 「またまた、低い水準の愛だ。執着だよ。自分の属する派とそのほかの敵対した派。執着とは制限された愛のことだ。でも本当の愛には制限はない。
 今日まできみたちの惑星も人は、執着を通して生きてきた。でも、これからは第三(三次元)から第四(四次元)の進化段階へ通過できるよう挑戦しなければならない。もし、どうしても生きのびることを望むなら、もう執着は乗り越えて、本当の愛にしたがわなければならない。そのほかの方法はありえないよ。ただ自滅が待っているだけだ。これが宇宙の法なんだよ。
 まだ分裂したままの状態の世界では、執着は、それなりの役目を果たしている。でも、この分裂が人類全体の生存をおびやかさずにすむのは科学的な水準がそれほど発達していない状態のときまでの話だ。そのあとの、ちょうどきみたちの世界のような段階の場合には、そのエゴイズムを放棄するか、自滅するか……道は二つしか残されていない。不均衡(アンバランス)でエゴイスティックな愛である執着を放棄しない限り、公正で平和な世界を建設することは不可能なんだよ」

ビンカ: 「どうして不均衡(アンバランス)なの?」

アミ: 「愛には二つの在り方があるんだよ。一つは自分自身に向かう愛、もう一つは他人に向かう愛だよ。空気が入り、出ていく。ちょうど呼吸と同じようなものだ。執着がある時、吐き出す空気の量よりも、はるかに多く吸い込むようなものだ。‘すべてみんな自分のもの’、もっと自分へ、自分の家族へ、自分の党派へ。そしてその他の人たちにはより少なく。これを不均衡(アンバランス)っていうんだよ」

ぺドゥリート: 「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ(マタイによる福音書19章19節)」

アミ: 「それが宇宙の法なんだよ。それを説明したかったんだ。それが本当の愛、均衡(バランス)のとれた愛なんだよ。他人のことも自分と同じ量だけ、同じように愛するんだよ。不均衡(アンバランス)にならないようにね。」

ぺドゥリート: 「じゃ、もし自分より他人の方に向かって余計、愛があったらどうなるの?」

アミ: 「やはり不均衡(アンバランス)になる。ちょうど呼吸せずにすべて空気を吐き出すようなものだよ。数分後には死んじゃうよ……」


✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ ✩~ 

アミ: 「自分の魂が想像したことすべてが実現可能なことだから、もし本当に望んでいることなら、努力と継続と信念をもってぜひとも実現すべきなんだよ……」



~「もどってきたアミ」 エンリケ・バリオス著  徳間書店 より転載~





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過去世の記憶とカルマの法則

2009年12月22日
「自分がなぜ存在し、なぜここにいて、どこへ行こうとしているのか、そして物質的世界を超えて存在する偉大な力とは何かと問いかけるようになり、それらの答えを熱心に探し求めるようになっている」と感じている方が、私のブログをお読みいただいている方の中には多いのだろうと感じています。

そのような方は、あなた自身がこの世界での転生サイクルが終わりかけている頃、つまりあなたの存在する必要性が、3次元の世から4次元の世へと移行する直前であることを示す、ひとつの特徴でもあります。

スピリチュアルアドバイスや過去世リサーチのご依頼を受けることによって、私が過去世を知ることが許されたために過去世をリサーチするための魂の旅をして見せていただいた様々なみなさんの過去世を思い浮かべると、多くの方は貧しさと豊かさ、権力と非力、有名と無名、健康と不養生、転機と愚鈍などの双方を経験していることを知ることができます。この双方の経験は、1度の人生の中で経験することもあれば、いくつかの輪廻転生の中で総合的に経験する場合もあります。

魂は自らが必要な体験をするために、転生する時代や地域や両親などを自らの意思によって選択し、自身自身のその転生における人としての性格を作り上げたり、肉体に代々伝えられている遺伝子の影響も用いたりして、カルマの清算や霊性向上のために、必要に応じて自分自身の3次元的状況を作り上げるのです。

そして、たくさんの3次元の世における輪廻転生の経験を経て、物質的世界である3次元の世におけるバランス状態が保てた時、次の世である4次元の世で存在することができるようになるわけです。地球表面上の物質的存在である我々も、すでにアセンションした高次の状態にある地球自体と同じ密度になり、3次元的な肉体を持ったまま3次元の世の経験を経て4次元の世、そして5次元の世へとアセンションできるというたいへん貴重な体験ができる、そんなビッグチャンスが間近に迫っている今、こうして地球人類として存在しているわけですから、今、私たち個々のできることをせいいっぱいポジティブに成すよう、より意識的に日々の修養に励むことが大切であります。


以下は「私はアセンションした惑星から来た」 オムネク・オネク著 徳間書店 より転載した内容です。

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『過去世の記憶とカルマの法則』

自分たちの過去世の記憶が閉ざされているのは私たちには好都合なことなのです。もし人があまりにも多くの記憶の洪水に飲み込まれたら、最終的には隔離施設に送られてしまいかねません。これらの記憶は魂の知識の一部であり、私たちがそれを取り扱えるほどに成熟するまでは、あまり気づくことはないのです。時空を超えた世界での経験を幸いにも覚えている人は誰でも、下層世界にはいろいろと不完全なところが多いことを知っています。それではなぜ私たちはこんなにも長いあいだ下層世界に縛られて留まっているのでしょう?それは私たちを浄化して完成させるために作り出されたネガティブなパワーが、できるだけ長く私たちをここに押しとどめておこうとしているからです。その道具であるカルマの法則は、引力の法則と同じように、私たちがその存在にすら気づいていない遥か昔から私たちをここにとどまらせていたのです。

カルマの法則が目に見えないものであることを疑う人はいませんが、それがどれだけ現実的なものかに気づかないでいる期間が長ければ長いほど、人は物理的な世界により長く縛られることになるのです。キリストはカルマの法則について次のように言及しています。「あなたが蒔いたように、あなたは収穫するでしょう」。地球上のほとんどすべての宗教や精神的な道の指導者たちは、かつてこの普遍の法則を説きました。今日ですら地球の大部分の人たち、とくに東洋の人々は、カルマの法則を知っています。しばしば言われてきたことですが、心は便利な召使になり得ると同時にひどい主人にもなり得ます。

魂は濃密な体を常にコントロールしていなければいけませんが、それができていないことがあまりにもしばしばあります。聖霊なる魂が心をコントロールしなければ、ネガティブな‘カル・パワー’が支配権を奪い、人を虚栄心、怒り、渇望、貪欲さ、そして物質的な物への執着という5つの激情に溺れさせていく恐れがあります。このような状態になっている限り、カルマの負債を生み出しながら魂は下層世界に縛り付けられていくでしょう。清算すべきカルマがある限り、再び生まれてこなければならないからです。人間としての多くの輪廻転生を通して、魂はカルマのしがらみに巻き込まれます。誰もがかつては貧しさと豊かさ、権力と非力、有名と無名、健康と不養生、転機と愚鈍などの双方を体験してきましたが、やがて魂が物質的世界においてのバランス状態に近付くときが訪れます。個人がこの世界での転生サイクルが終わりかけている頃、彼は自分がなぜ存在し、なぜここにいて、どこへ行こうとしているのか、そして物質的世界を超えて存在する偉大な力とは何かと問いかけるようになり、それらの答えを熱心に探し求めるようになります。そして伝統的な教えはもはや自分を満足させないことに気づきます。この時点において、人は自身の内在する人物……自らのフィーリング、思念、そして直感に、さらに気づき始めるようになります。

やがて人は真理を求めて物理的世界を超えた領域を意識的に探査し始めるようになるでしょう。もはや現代の宗教に魂は納得しなくなります。なぜならそこには十分な真理も答えも見いだせないからです。魂は物理的な世界を超えた何かを求める準備ができているのです。この時に人はスピリチュアルな教えを見出し、魂について、そしてかつて物理的世界に入ってくる前の自身の存在について知ることになるのです。そしてこの教えを意識的に学ぶことによって、「魂の旅」ができるようになることに気づくでしょう。この技能と科学を通して、魂の体として肉体を一時的に離れ、物理的な宇宙を越えた世界のどこへでも、あるいはすべてを訪問して探査するようになるのです。これはまるで宗教が天国と呼んでいる場所を、死の前に教わるようなものです。この体験を通してのみ、死後の生が各個人に証明されるのです。


「私はアセンションした惑星から来た」 オムネク・オネク著 徳間書店 より転載


*2009年6月15日に当ブログで掲載した内容を転載しました。








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波動の法則を意識してのポジティブな選択について

2009年12月21日
このたび、以下の内容を書くきっかけとなったのは、私の親しい知人からいただいたメールに書かれていたご質問に答えるために書いた内容を、ブログ掲載用に改訂したものです。知人は、独身の女性ですが、同居しているご両親との波動の大きな違いを感じつつ、同居することを今の時点では選択している方です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

波動の法則は完ぺきに働いています。たとえ家族でも恋人でもどのような親しい人にでも、波動の法則は完ぺきに働きます。その波動の法則に、自らの本来のナチュラルな感覚で従い、もっともポジティブな選択をし続けていれば、自然と自分の親しい人も存在している場所も、自分の波動に合った状況が作られていきます。これは、自然とそうなっていく場合もあれば、自らの意識や行動の選択によって作り上げていく必要がある場合もあります。

この波動に合った人や場所とは、スピリチュアルな表現をすれば、4次元よりも高い世界と同じように、同じような波動の高さの階層のフィールドに存在して、同じような波動の状態の人々とともに存在するということです。しかし、今の世は3次元の世であるために、あらゆる葛藤や固定観念や価値観や波動の高低や質を持った人々が、同じ3次元の地球上というフィールドに存在しているために、4次元よりも高い世界のように、階層として細かく分かれているのではなく、3次元という1つの大きな階層の中で、様々な波動を持った人々も場も一緒に存在しており、私たち3次元の肉体を持っている者は、同じ3次元の肉体を持っている人とはたとえ波動が大きく違っていたとしても、直接会って接したり、それなりに生活を共にしたりすることも可能なのです。

だから、どんなに自分自身がポジティブな状況であると感じていて、実際にもそれなりに波動を高めていたとしても、堕落や欺瞞などの低い波動をもたらすようなことを選択し続けたり、低い波動の中に在って実生活を送り続けることなど自分自身の波動を下げてしまったりしていれば、知らず知らずのうちに波動を下げてしまう可能性は、だれにでも多分にあるのです。ですから、そのような波動の法則やカルマの法則などの宇宙の普遍の真理である法則を知った場合には、できるだけそれに即した意識を持ち実生活を送るように心がけながら、自らの波動を高めようとしたり下げないようにしたりすることに努めることが大切になります。

また、自分が多くの時間身を置いて存在している場、たとえば職場や自宅といったような、主に身を置く場の波動を感じて、もし自分に適していないと認識できるような場合には、場所を変えるか、もしくは場所の波動を変えるかといった処置を選択する必要があります。このような場合、もっとも効果的なことは、場所を変えることです。どんなに浄化に励んだり、波動を高めるような努力をしたりしても、場所によっては、そのフィールド自体の波動のあまりの低さや根強さから、その場でどんなに努力しても、自分自身に合った状態にまで波動を調整するのが難しい場合もあります。でもやはり場を変えることがどうしても難しいようでしたら、場の波動を変える努力をすることも大切です。

人同士の間で、以前は親しくしていて仲が良かったり、素晴らしい人と感じて尊敬したりしていた人が、幾つかの出来事の中でとか、なんとなくとかといった感じの中で、‘気が合わなくなってくる’とか‘尊敬するに値しないと感じてくる’ような状態に至った経験は、みなさんのこれまでの人生の中で、多かれ少なかれあったことかと思います。これは、実際には「波動が違ってきた」から生じたことなのです。これは、どちらかが大きく下がったか上がったか質が変わったかしたために、気が合っていたのに合わなくなっていたとか、尊敬するほど波動の高さを感じていたのがその高さを感じなくなってきたとかといった現象が、3次元的な思考や感情や物理的な条件とかに出てきた結果なのです。

このような中で、波動の高さを感じなくなったような尊敬していた人や師のような人がいたとしたら、今の自分自身に合った師をあらたに選択するようにし、それまで慕っていた師から離れれば良いだけのことです。また、師とか尊敬している人とかといった識別ではなく、共に学び合う人間どうしであると認識してお付き合いするようにする選択もポジティブであるかと思います。本来は、今の時点の波動を大切にすることが大切であり、過去のことに感謝したり思い出としてポジティブに受け止めつつも、今の時点の波動をもっとも大切にすることが、お互いにとってポジティブなことといえるでしょう。

また、気が合わなくなってきたと感じてきた友人がいたとしたら、しばらく会わないとか連絡を取らないとかといった手段をとればよいわけです。そして、またいつか波動が合うように感じた場合には、会いたいとか連絡を取り合いたいとかと思うはずですから、そのナチュラルな感覚に従った選択をすればよいということになるでしょう。

しかし、生活を共にしている家族の場合は、そのような簡単な手段をとることが難しい場合がでてくるでしょうし、そのような選択が物理的な条件などから不可能であると考えるような人も多いでしょう。でも、私がこれまでにも何度もブログの中で述べてきましたように、たとえ3次元の世では家族とか親類とか親密な恋人とかとしてのご縁を結んでいたとしても、そういった親しい関係の中から離れてはいけない(離れない方が良い)とか、離れるべきではないとかといったような、執着や固定観念といった3次元的な感覚や常識や良識が邪魔してしまい、本来の宇宙の普遍な法則や、魂の意思として選択したいことを、ナチュラルな感覚で選択できないでいるケースが、それなりに多く起きているようです。

しかし、今、この時点で在る程度の高さまで波動を高めて、本来の自分自身を思い出してきている(スピリチュアルな目覚めを進めてきている)人が、実際には波動の大きな違いを感じて場所を離れた方が良いと感じていたり、家族として暮らしていても実際には離れて生活をした方が良いと感じたりしていても、このような固定観念や執着が邪魔をしてしまい、自分自身はそれなりにわかっているのに、実際には3次元的な状況としてポジティブな選択しないで、わかっていてもネガティブに感じる道を歩むことを選択してる人も少なくないようです。

これは、確かに簡単な単純な問題もありますがそうでない場合もあります。愛が大きいからこそ波動が高まっていくわけですが、愛の大きいゆえに、たとえ波動の違い(低さ)を強く感じても、家族や親しい人とは離れたくないというような、まるで見捨ててしまうとか、自分だけが良いことを選択してしまうというような罪悪感みたいなものが生じる場合があるわけです。また、カルマの法則や必要の法則などもからんでくるわけですから、一概に波動の法則の観点のみではない場合もあるからです。


なんだか、まとまりのない内容になってしまいましたが、最後に、以下の記述で今回の内容のまとめとします。

アセンションに向けての時間は、もうあとわずかしか残されていないのです。ですから、残された時間をより有効に使ってアセンションに向けて波動を高めるためには、自らがネガティブな状況に陥ってしまうような、今の自分の仕事や生活環境や人間関係などの実生活の中でも、本来は改善することが可能であるのに我慢しすぎてしまったり、改善すべき内容がわかっていてもネガティブな思考によってあきらめたり先延ばししようとしたりして、肉体や精神的に不調和を起こし続けてまでも無理を続けるようなことを選択するよりも、一刻でも早く自らのわくわく感に従って、もっともポジティブであると感じる道を選択すべきなのです。また、もし次なる道を自らのわくわく感の中である程度具体的に抱いている場合にはなおのこと、自らのわくわく感覚に従って、できるだけ早い段階で目の前の道をポジティブな状況へといざなうような選択を意識的に行うべきなのです。

たとえ親として自分自身を生んで育ててくれたり、たくさんの愛や教えなどを与えてくれたりしていた関係でも、自分自身の本来の道を歩むために、今、一緒にいるよりも別々の場で生活を送りながらそれぞれの道を歩んだ方が良いと強く感じ、そのような選択をしたいといったような場合には、相手がどうのように思っていたとしても、できる限りの調和を図りながらも、自身の直感や宇宙の法則のナチュラルな感覚や流れに従って選択して行動すべきなのです。無理をする必要は本来はないのです。ポジティブな道は、決して無理することなく開かれていくものなのです。








スピリチュアル

価値観の移行期に生じる葛藤

2009年12月21日
私のブログをお読みいただいている小2の娘さんのいらっしゃる加奈さん(仮名)という主婦の方から、次のような内容のメールをいただきましたが、似たような疑問や葛藤や考えや意識をお持ちの方もいらっしゃると感じましたので、加奈さんからいただいたメールの内容を、一部修正したり要約したりして下記に転載いたします。メールをいただいた加奈さんからは、ブログに載せることに関しましてご快諾をいただきました。ありがとうございました。そして、今回のブログに掲載することで、いただいたメールに対しての返答とさせていただくことになりました。

メールでお知らせいただいた内容を読ませていただき、私の娘アマンダ(仮名・次女小3)にタイプが似ているな~と感じましたし、私の妻の我が子に対する子育て観や教育観とも似ているな~とも感じました。また、私はいつかこのようなことに関してブログに書き表すだろうとも感じていましたので、このようなご質問をいただいたことを機に、この内容を読ませていただいて私なりに書きたいと感じたことを表現させていただきます。


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小学2年になる娘の学習についてです。算数がキライなのです。
まだ、掛け算に入っていないので、繰り上がり、繰り下がりの応用計算の段階ですが、ニガテで、宿題も厭々、学校で算数がある日は、いやだなあと言っています。

いざ、やると結構できるのですが、なかなかエンジンがかかりません。
今のうちに、しっかり基礎固めしておいた方がいいと周りも言うし、友達も、そろばんやら、公文やらやらせているのを目の当たりにすると、なんとなくあせります。

私自身、もともと、教育ママでなく、熱心でないので、塾だなんだと、ばたばた忙しくなるのも、面倒くさいため、週一に絵画、工作の教室のみ通わせているだけです。

本人に、そろばんやピアノや水泳、その他、習ってみたいものある?」と聞くと、「何もない」という返事。

すると、主人は、「まだ、低学年なんだから、自分の意思というより、習い事は、親が先導して、頑張って習わせ続けないと。習い事なんて、みんな、好きでやっているわけではないでしょ」

確かに、親が必要だと思ったものを習わせ、子供も、好き嫌いに拘らず、続けて上達する、ということも、魂の学びに必要だし、それぞれの分野のプロを見ていても、「幼児期に、無理やり習わされて、厭々続けているうちに、プロの道に入った」という人達もめずらしくないです。

せめて、指針が欲しく、教育論やノウハウの本を買おうと、夜遅く、パソコンに向かい、良いと思われる本を10冊ほどリストアップしてみたのですが、次の朝、すごく落ち込んだ気持ちになり、脱力感に襲われ、ぜんぜん楽しくないのです。

でも、堕ちこぼれたら、大変だし、このまま、勉強大嫌い、に拍車がかかるのも、将来本人が困るかも...という気持ちもあります。

しかし、周りのように、「勉強がんばれ。ママと一緒に頑張ろう」というような、気持ちが私自身、湧いてこないのです。

勉強も、習い事も「仕向ける」ということが、私自身、ニガテです。

世間一般でいうと、こういうのを、放任のダメ母っていわれるのかな..とも思えたりもします。

そこで、タエヌさんの考える、アセンション後の「勉強」「学校教育」「頭が良くなり、良い学校に入るための学習による努力」「塾」というものが、どういったものに変化していくのか、見解を教えていただき、私も、家で、それに焦点を合わせて今後、育てていきたいと考えているところです。


あと、もう一点、疑問に思ったのですが、たとえば、自分自身、わくわく感がなくても、人から言われたり、与えられたりした事は、魂の学びとして、すべて自分が引き寄せた事柄として、受け入れる、体験すべきなのか、あるいは、現時点でワクワクしない事ならば、受け入れなくて拒否してもいいものなのか、そのあたりの見解も教えていただけると幸いに存じます。


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最初に根本的なこととしてキーポイントとなると感じられることから述べてみます。

加奈さん(仮名)が上記の内容にありますような葛藤や疑問が生じるに至った要因としてもっとも大きいことは、今世において身に付けたあらゆる「3次元的な固定観念」と「宇宙の真理」とのギャップにあると感じます。

そして、それなりに高い意識の状況に至るまでのスピリチュアルな目覚めを果たしていて、さらに現在も目覚めが進んでいる状態にあるために、加奈さんがこのような大小さまざまなギャプを感じることができて、葛藤や疑問を感じる状況に至っているとい感じます。

そのギャップの中で、加奈さんは宇宙における調和を保つための法則の1つである「不干渉の法則」を実践され、純粋でストレートな気持ちの中で直感的に「わくわくすることを選択する」ように努められていらっしゃるので、現段階の状況は、とてもポジティブな状況であると感じられます。


いただいたご質問の「タエヌさんの考える、アセンション後の「勉強」「学校教育」「頭が良くなり、良い学校に入るための学習による努力」「塾」というものが、どういったものに変化していくのか。」ということに関してですが、10月2日に私の書きました内容を参考にしていただければと思います。中でも、以下の内容では私がお伝えしたいと加奈さんにお伝えしたいと感じて具体的に書いた内容ですので転載します。

☆4次元や5次元における世の中では、強制は自由へ、束縛は解放へ、競争は協調へ、差別は平等へとすべての人の意識は変革します。ですから、子どもたちに対する教育の世界も大きく変容していきます。学校のような学びの場は存続するでしょう。しかし、学ぶ場所も時間も内容も、子どもが自由に選択することができるようになります。学ぶべき師(マスター)も、子どもの自由意思で選択することができます。学ぶ際や遊ぶ際にグループになる場合には、子どもが波動の合う者同士のグループを波動の法則に伴って自由に選択して作ります。そこには、男女とか年齢とか人種とかによる区別も差別も存在しません。教育の場は、本当の意味での個を伸ばすことが重んじられ、自由意思が尊重されるのです。


もう1ついただいたご質問の「たとえば、自分自身、わくわく感がなくても、人から言われたり、与えられたりした事は、魂の学びとして、すべて自分が引き寄せた事柄として、受け入れる、体験すべきなのか、あるいは、現時点でワクワクしない事ならば、受け入れなくて拒否してもいいものなのか…」に関してです。

加奈さんのおっしゃる通り、自分自身が認知しているものごとのすべては、波動・波長の法則や引き寄せの法則やカルマの法則などによって、すべてが自分自身の引き寄せた必然であります。ですから、すべてが自分自身の学びのためであり、より調和を図るべきことであり、カルマの解消や昇華などをして波動を高めるためのことであるために、解決すべきことはポジティブに解決するように努め、できるだけポジティブに受容するように努めるなど、与えられたすべてのものごとを、魂向上のためのポジティブな学びとするための選択をすることが理想的なのです。その際には、他から得られた情報も固定観念も知識も、すべてはあくまでも参考程度にし、自己責任を強く持った中での自由意思により、直感的なわくわく感を大切にして選択することが大切になります。

そのように意識して選択したことが、受け入れることや体験することを拒むことであったとしっても、それは決してネガティブなことではなくて、拒否することが最良の選択である場合もあるのです。意識の中で否定したり拒否したりすること自体が、一見ネガティブに感じられてしまうかもしれませんが、実際にはもとも必要であるポジティブな選択である場合も多々あるのです。

例えば必要のないものを自宅に訪問して押し売りに来た人がいたら、断るのは当然のポジティブな選択です。できるだけ即座に断らないと、その人から受けてしまうマイナスのエネルギーの影響をより多く受けてしまいます。また、怒りの感情をぶつけてしまうとか後になっても思い出してはイライラするとかといった状況になると、ネガティブなカルマをつくってしまいます。しかし、「かわいそうに」というような憐れみや慈しみの心、つまり愛をより多く持って対応してあげて受容していれば、逆にポジティブなカルマとなるのです。

例えば、仲の悪くなってきてしまっている(波動が合わなくなってきた)両親とか友人とかと少し距離を置いて会ったり連絡を取り合ったりする機会を極端に減らすことで、より調和が保てるようになる場合もあります。嫌いになるとか邪険にするとかといった愛の少ない中での選択でしたら別ですが、愛をもった中で、以前は波動が合っていたとしても現時点では波動が大きく違ってしまったために、嫌々とか義理立てしてとかといった無理な状況であったことを、距離を置くことで解決する場合もあるのです。

もう1つ例えますと、知人が自分のためにと話をしてくれてさまざまな指摘をしてくれたとしても、その内容がまったく心に響かなかったり、違和感が大きいかったり拒絶したくなるような内容だったりしたような場合には、話をして伝えてくれた行為に対しては感謝の気持ちを表することでポジティブに受容できますし、相手との調和も保てるのでポジティブなカルマとなります。また、話の内容は参考にはしてもポジティブに活用できないとか受け入れないような場合には、心から削除をしたりまったく活用せずに至ったりしたとしても、それは自分自身の領域内における自己責任を持った自由意思による選択に任せられるわけですから、同様にポジティブなものになるのです。しかし、怒りの気持ちで反論したり、余計なお世話であると突き返したりするなどのネガティブな感情や言葉や態度などの表現を相手に向けてしまうと、それ相応のネガティブなカルマが生じてしまいます。相手が伝えてくれるまでが相手の領域内のことであって、伝えられた内容をどのように受け止めて活用するのかは、すべてが自分自身の領域内のこととなるのです。

必然の中でも、自己責任をしっかりと持ち自由意思によって何を選択するのかも学びの1つなのです。3次元的な固定観念とか義理といわれるようなことなどで、無理とか違和感とかを生じるような選択をするよりも、本来の純粋であり直感的である中でのストレートに感じること、つまり「わくわくすること」を選択することが最良の選択であるということなのです。


話は変わりますが、以前のブログに掲載しました「不干渉の法則」についてと「we are one. We are love.」http://blog65.fc2.com/control.php?mode=editor&process=load&eno=580は、価値観の移行期である今、とても参考になると感じていますので、加奈さんに伝えたいと感じました。


娘さんは、以前のブログに掲載しました「わくわくするという言葉の意味について」で、私の表現している意味における「わくわく感」に従って選択をしていて、それをお母さんがその自由意思による選択を認めて大事にしてあげているわけですから、何一つネガティブなことはありません。さらに、親子であり今世の経験は少ない子どもであるとはいえども、愛を大きく持つ中での不干渉の法則を保っているわけですから、無関心とか放任とは違うものなのです。日本語で表現されるこの「無関心」や「放任」や「執着」とは、愛の少ないネガティブな要素の強い表現ですので、愛を大きく持つ中での高次の意識である「不干渉」とは大きな違いがあるのです。

たいへん文章が長くなってしまいましたが、私が伝えたいと感じたことは以上です。加奈さんにとって、お読みいただいたすべてのみなさまにとって、もしポジティブに受容できる内容がありましたら受け入れていただきご活用いただければ幸いに思います。

最後になりますが、以下の内容もここで転載したくなりましたので加えておきます。昨日転載しましたオムネクの本に書かれている内容です。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


~宇宙全体にも重要な「魂のバランス」をとるためのレッスンが必要~

人生においてバランスは非常に大切なもので、それは宇宙全体においても重要なことですので、すべての下層世界(今の地球人類が存在している3次元の世界もここに含まれます)の存在たちがバランスを成就させようと努めています。人生においていかなる種類の極端さにも陥らないでいることは、魂を下層世界の時空から解放するための方法のひとつです。残念なことにバランスのレッスンを学んでいる地球人はほとんどいません。

魂としてバランスがとれているということは、すべてにおいてバランスがとれているということです。食べることにおいてすら、人はポジティブ・フードとカル・フード(ネガティブな食物)のバランスをとらなければいけません。とても悲しいことに地球の「文明人」たちが口にしているのはカル・フードが大半です。

欲望については、人は常にどのような物や状況からも離れることができる状態にいなければなりません。さもなければ、この世界の物ごとの奴隷になってしまうからです。人は何ごとにも傾倒しても反発してもいけません。この中庸の道を歩くということは、時にはカミソリの刃の上を歩くことにも似ています。スピリチュアルな人は時として精神的なパワーの媒体ともなりますが、またある時にはカル・パワーともなります。自己中心的な人はほとんどいつでもネガティブなエネルギーの媒体となっています。

心の5つの感情(貪欲さ、怒り、渇望、虚栄心、物質的な物への執着)を完全に排除してしまうことは、極端なポジティブさに向かうアンバランスな状態を意味しますので、それもまた良くないことです。なぜなら感情をコントロールするレッスンの機会を失ってしまうからです。人は肉体に宿っている限りは、物理的な世界の物事を楽しむことができますが、それらの奴隷にならないことが望ましいのです。ここでいろいろなことを公開する理由のひとつは、人々が地球での生活においてバランスを達成するための手助けをするためです。バランスは自然との関わりの中においても見出さなければなりません。地球ではデリケートな生態系に対して既に甚大なダメージを与えてきており、それは現在も続いています。ずっと昔に金星と火星の住民たちは、自然を破壊する行為は自らおも破壊する愚かな行為であることを、手遅れにならない内に悟りました。彼らは自然を敬うようになり、やせた土壌を再生させ、都市部や村落を作る時も自然を残すようにすることから始めました。世界的な規模で見られる地球の枯渇した土壌が改善され、成長促進や害虫駆除の化学物質の使用が中止されなければ、人類は21世紀を生き延びることはできないでしょう。

「私はアセンションした惑星から来た 金星人オムネク・オネクのメッセージ」 オムネク・オネク著 徳間書店 より引用



*2009年10月4日に掲載した内容を改訂して転載しました。







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タエヌのスピリチュアルな状況

2009年12月20日
私は18の頃に金縛りにあって霊体験をして以来7年半ほど前までは、たくさんの未成仏霊による現象を体験してきましたし、コミュニケーションをとってきました。(というか、コミュニケーションをとらされていた…ということがほとんどでした)7年半ほど前からは、私が自分の意識の持ち方によってコントロールできるようになってきましたし、それ以降は経験を積み重ねていくうちに、私から見たり聞いたり感じたりしたい時やコミュニケーションをとりたい時に、必要に応じてアクセスするようになり、今では相手から不用意にネガティブに感じる心霊現象をしかけられることも見せられたり聞かされたりすることもなくなりました。

私がまだ公立学校の教師をしていた頃の6、7年ほど前から、人によっては思念による通信ができることを強く実感することができるような事実がたくさん起きるようになりました。たとえば、当時勤務していた養護学校の同僚で、スピリチュアルなことに深く興味を示すある教師がいて、私をテレパシーで呼ぶことがありました。最初の頃は、私がその人のいる場所に行くと、少し驚きや喜ぶようなことがあり、私も「呼ばれたからきました」と得意気になっていたこともありました。その人の描いた絵画のイメージを思念で受け取り、その特徴を伝えるような‘実験が成功’したこともあります。またあの頃は、保護者と普通に話をしている中で、話にはでてこなくても、その方の家庭の状況や実家の状況、もしくは過去世やら今抱えている問題など、いろいろなことを感じることがよくありました。そして、機会があって話をすると、ほぼすべてが‘当たる’のです。

街中を歩いている人ですら、よく見て感じる、つまり霊視を意識的に行うと、いろいろとわかりました。親類や知人等、近い関係にある人はなおさらです。そのような親しい知人の中で、機会がある人に対しては会った時に感じたことを伝えると、多くの方は「何で知っているの?」という感じで驚かれることが多かったです。また、電話をかけようとした相手から電話がかかってくるということは、何度もありました。逆にいえば、私から思念を送って電話をかけさせるようにしていたともいえます。養護学校の子どもたちの中には、言葉を話せない子やうまくコミュニケーションをとれない子が多かったので、このような思念力はとても役に立ちました。子どもたちには思念やエネルギーに敏感な子が多く、たとえ後ろ向きでいても、私が思念で話しかけると、いつでも振り向いて目を合わせる子もいました。

私が学校の教師を辞めて今のようなお仕事に専念するに至るまで、大きな理由が2つありました。1つはレイキに関してのヒーリング効果やレイキを伝授することの素晴らしさを感じてレイキを世に普及したいと感じたことでしたが、もう1つが、オーラから肉体や心や過去世を読みとったり、守護霊様や神仏などの守護の存在とつながってメッセージ等を聞いて伝えたりするようなスピリチュアルアドバイスをすることも、大きなお役目として感じていましたし、その後はそのような自分自身の霊能力を生かすことをメインにするようになり、現在に至りました。


神様を自宅等で感じるときは、「強いエネルギー体」や「光」として感じる(見える)ことがあると同時に、「香り」と「味」でも感じられます。神々には独特なそれぞれの質があって、5感的にはこのような形で私は感じています。神社や波動の高い場所でも、私が感じ取ろうと強く意識すれば、神はその状況なりにお知らせしてくださいました。多くはエネルギーの強さを肉体や多次元的な体で感じ取ることでわかりますが、特に神社にて3次元的にもはっきりと表現してくれるのは、風向きを変えるとか突風を起こすとか曇天の中で隙間をつくって太陽の光をさしこませてくれるとかといった、自然現象を使ってくれることもありました。


ところで、私が夏頃からメールによるカウンセリングと前世リサーチをやめましたが、これには大きな理由があります。それは、どちらも過干渉をしてしまうことになったり、強い依存を生じたりするケースがあったからです。また、その人自身の本来持っている自己解決力やスピリチュアルな能力を損ねる可能性もあるからです。

不干渉の法則を強く意識するようになったここ1,2年の私は、相手の肉体や精神のオーラの状況(アカシックレコードも含む)とか思念とかといった相手の領域のことを、必要最小限のみ感じるように強く望むようになりました。私は、7年ほど前は霊能力が高くなることを強く望んでいて、宇宙にも強くお願いまでしていましたが、今は逆に必要最小限のみ知ることを強く望んでいます。また、できるだけ私の直感や与えられるインスピレーションを、私自身の中で感じるものと外の何かから与えられたものとをできるだけ分離しないで、1つの意識として与えていただくようにも願っています。ですから、今与えられたインスピレーションは~という神様からのメッセージで、先ほど与えられたのは宇宙の同志の~からのメッセージで…という形で、つい先日のブログに書いた内容のように、必要に応じて分離することもありますが、できるだけ分離しないようにして、私が与えられて1つの意識として捉える事が出できた高次からのインスピレーションとして捉えて活用するようにすることで、とてもシンプルで3次元的にはバランスがとりやすい状態を、今の私は心地よく感じています。

また、思念のやり取りでも、3次元の世に存在している人とのやり取りは、やはり3次元的なバランスや不干渉の法則の観点から、できる限り話や文字を使って、3次元的に最もわかりやすい会話とかメールとかといった一般的な形でとるように専念しています。以前は、分かってほしいとか感じてほしいとかと強く願って思念を送るようなことがありましたが、そのようなことは止めています。また、求められてもいないのに相手の状態を知ろうとしすぎることは、過干渉になってしまうことが多くあるからです。また、相手の知らない内面や、言葉に出していないような過去の経験や感情などの内面を、肉体や精神のオーラの状況(アカシックレコードも含む)とか思念とかから感じ取って相手に伝えていくうちに、強い依存を生じるケースが時々起こります。また、以前直接カウンセリングをしていた時にありましたが、あまりにも相手の方の内情を感じ取りすぎて表現してしまうと、「今私が考えていることをすべて見とおされているのでは…」というような不安や時には小さな恐怖のような感情を生じさせてしまうことがありました。結局、その感情も感じ取って「大丈夫ですよ。私にとって必要な情報のみ読み取ることが許されているだけですから、すべてがわかっているわけではありませんよ。」と伝えるようにしていましたが、このようなことを伝えることにより解決できたかどうかはわかりません…。さらに、相手の方自身が持ち合わせている本来のスピリチュアルな能力や自己解決力を損ねてしまう場合もあるからです。

それよりも、このような過干渉や強い依存を生じるようなことをできるだけしないように意識することの方が、私が自分自身の領域内での解決策として適していると感じました。それを実践している結果の1つが、メールによるカウンセリングと前世リサーチをお受けすることをやめたことです。

でも、守護霊様のリサーチは、守護霊様と繋がって必要な情報やメッセージを守護霊様から伝えていただいているので、ご依頼者様を過干渉しているわけではないと、今の時点での私はそう捉えています。神社のリサーチも同様に、神様との交信によって得た情報をお知らせしていると感じています。レイキの遠隔伝授も遠隔ヒーリングも、ご依頼をいただいた方に、ご要望に応じた必要なエネルギーを送ったりエネルギーをつなげたり技術や知識を伝えたりしているので、やはり私からは必要を与えていることに専念しているので、過干渉にはならないと信頼しています。私は、ご依頼者様の責任の領域には入らずにまっとうできる仕事を行っているつもりです。そして、受け取られたご依頼者様が、どのように感じられたのかとか、どのようにご活用されるているのか、といったようなご依頼者様の捉え方や状況といったような相手の領域に関して、私から質問するようなことはこれまでにもしてきませんでしたし、この先もありえません。このような質問は、相手の領域に過干渉することになるからです。でも、ご感想や近況をお知らせいただいたり、ご質問をいただいたりした場合には、ありがたくお聞きして、ご質問があった場合には、私の答えられる範囲内での返信をするようにしています。


結果的に、今の私のスピリチュアルな状況をまとめて表現しますと、感じるべき必要を感じたことは、カルマの法則や波動の法則や不干渉の法則を強く意識して、他次元的なスピリチュアルな観点でも3次元的にも、わくわく感(直感)に従って‘必要に応じて’認識するように意識しているということになるかと思います。

私にとっては6,7年ほど前のようなスピリチュアルな能力が開花してきたと感じて霊的能力がさらに強くなりたいと強く望んでいた頃や、知識もがむしゃらになって得ていた頃と、このような今の時点での私の状況との大きな違いは、「宇宙の普遍的な法則」であるカルマの法則や波動の法則や不干渉の法則をより強く意識していることにあると私は実感しています。また、必要なものは必要な所に必要に応じてもたらさられること(必要の法則)もたくさん経験して実感してきたために、無理せずとも必要なものが得られることを信頼して感謝しつつ、波動をできるでけ高く保てるように今努めることを意識することで、与えられる必要なものの波動の質も高めることが大切であると強く意識している次第です。

ちなみに、私がこれまでにしてきた今となっては過干渉と感じられるような様々なことも、すべては必要な経験であり学びであり、御依頼者様との間のことに関しては、その時点でお互いにとっての必要であった学びや知識や物質などをギブアンドテイクしあっていたポジティブなことであったと認識しています。しかし、街ですれ違った人や知人等をむやみに勝手に霊視するようなことは、する必要のない過干渉であったと大いに反省していますし、今はしないように意識しています。でも、そのように不干渉の法則を意識していても感じてしまうようなことに関しては、必要な情報として受け止めるようにはしています。

また、今の時点で私は上記のように意識して実践していますが、個々によって、意識の仕方や学びの状況や波動などの、個性や必要なものは違うわけですから、個々の信頼している自己判断力や直感的なわくわく感による選択を大切にすることが重要であって、本来は他者が私の現状を評価やジャッジをする必要はなく、本人から求められてもいないのに、私が勝手に他者の行うことを評価したりジャッジしたりすることも必要ないと捉えています。ですから、今回の記述内容も、これまでに私が記載してきたことも、あくまでも現状の私が感じていることを表現している内容なわけですから、ご参考いただき識別していただいて、ご自身が必要にに感じられることをポジティブにご活用いただければ幸いに思います。

私はブログや本などで得た情報や知識も、直接お話しいただいたりメールをいただいたりしてお伝えいただいたことも、すべてをありがたく受け取り、最終的には私自身の自己責任の中での判断によって識別して、活用したり保留にしたり削除したりしています。







スピリチュアル

みんなでアセンションしましょ!Ⅵ

2009年12月19日
当ブログのカテゴリーにある‘スピリチュアルメッセージ(オリジナル)’にまとめてある内容は、私タエヌ自身が高次の存在とチャネリングして受けたメッセージを書きおろしたものです。

私が書き下ろしたメッセージではありませんが、カテゴリーにある‘マシュー君のメッセージ’とは、森田玄さんのブログ「玄のリモ農園ダイアリー」に載せていただいているマシュー君のメッセージの和訳文を転載したものです。転載した当初に森田玄さんご本人の承諾を得ましたし、そもそも転載は自由と明記もされていますが、とても素晴らしいメッセージであると私は感じているので、月に1度くらいの割合で掲載されるマシュー君のメッセージを、当初より転載して当ブログで紹介しています。
http://moritagen.blogspot.com/

このメッセージを送ってくれているマシュー・ワード(Matthew Ward)君は、1980年に17歳で亡くなっていて、それ以来、お母さん(スージーさん)のチャネリングを通してさまざまなメッセージを送ってきています。 マシュー君は太陽系のもっとも高い菩薩界磁場相に存在する意識体で、さらに上なる銀河系磁場からの情報を伝えてくれているようです。

先週の当ブログにて、アセンションに関する記述を何度か掲載しましたが、今朝、ふと久しぶりにマシュー君のメッセージを読み返してみたくなり、ここ半年くらいのメッセージを読み返しているうちに「アセンションに関する記述をピックアップして記載したい」とわくわく感じたので、抜粋して転載することにしました。

*以下の文章中の「第3密度」「第4密度」とは、「3次元」「4次元」のことです。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


あなたたちの惑星の上に、そしてその周りに絶え間なく光が強さを増しているのに、それとは相容れないようないろいろな出来事が起きて決定がなされていることにあなたたちがとまどっているのが見えます。世界中の様々な国で改革が進んでいる証拠がありますが,同時に相変わらずいつものように、同じ強硬姿勢の政府もあります。僕たちの愛する地球家族の皆さん、今のこの分岐点では、第三密度エネルギーの流れがそれ自身を使い切るまで、混乱がつづくのは避けられないことなのです。

世界レベルと個人レベルであらゆるものが加速され、人間の性格や行動が極わだって来ているのを見聞きし、また経験していることでしょう。これらの宇宙の光の勢力が一緒になって、闇が人間たちをコントロールしていることを一般の目に明らかにしつつあります。そして同時に、光にこころと気持ちを開く人たちの数が増えています。究極的には、光の存在になった人々が素晴らしい世界で平和に暮らし、自然の豊かさを分かち合うことでしょう。それはあなたたちにすでに約束されたことです。コンティニウム(時空連続体)ではすでに存在していることが,地球時間の線形時間内でいま起きつつあるのです。

僕たちには“トンネルの向こうに”地球の黄金時代の光が見えているので大喜びしているのですが、そうは言っても改革が思ったように急速に進まないのでがっかりしている人たちがいるのも見えます。エネルギーの低い第三密度世界から第四密度世界まですっかり変容するというこれだけの規模の変化は急速には起きません。このプロセスは出発点から最終目的地まで直線的に進まないのです・・変化を望む声が大きく力を得てくれば、変化に反対する者たちは既得権を守ろうと抵抗する力を増すでしょう。地球の場合、後者のグループの中には自分たちが闇の支配にあったことを気づいてそれを振りほどいた人たちもいますが、一方で、いま起きている地球規模の改革に反抗しても無駄だということを受け入れない者たちもいます。ですから、闇の残党がぼろぼろになって消え、光の存在に勝利があがるまで、これからの道程はジグザグに進むことがつづくでしょう。

これを地球の線形時間枠に置いてみましょう。多くの宇宙文明社会の進化の過程では、第三から第四密度に移行する期間は、あなたたちのカレンダーで言えば何千年、時には何十万年も掛かるのです。それにくらべて、地球がそれを開始したのはわずか70年前です。それ以来、ものすごい変化が起きていて地球を第四密度に押し進め、それが2012年に完了するのです。あなたたちの“時間”感覚ではどんどん速くなって来ていることも含め、あらゆるものが加速されていて、もうあなたたちはそこにほとんど着いています。地球のアセンションはこの宇宙内でもこれまでにもなかった未曾有の、驚くべきスピードで起きていることなのです。

そして、じつは第四密度が地球の目的地ではありません・・第五密度まで行くのです。そこまでつづく旅の暮らしはさらに素晴らしいものになるでしょう。このことを心に留めていれば、まだ残っている闇が消えて行く最後の移行段階でいろいろな出来事が起きて来ても、我慢がもっとしやすくなるでしょう。それに、これまでもずっとそうでしたが、最も影響力ある目標と成果は人々の目に触れないところで起きています。草の根運動から国際的な活動まで、あらゆる前進的な変化のサインがあることを見てそれに感謝することが、あなたたちの大きな恩恵になります・・感謝のこころの光は精神を向上させる驚くようなパワーがあるのです。

~マシュー君のメッセージ(19)より抜粋~


あなたたちは、未曾有の規模とスピードと衝撃が、あなたたちの世界を揺るがし、すべての人々への愛と平和と公正さと豊かさと、そしてお互いを尊重する協調とが行き渡る世界へと次々と作り直していく過程の目撃者です。その道を導く役目の人たちは、改革の力に全力で抵抗しているしぶとい相手に対峙してい ます。光に目覚めた指導者たちはつまずくこともあるでしょう、でもすぐに立ち上がって勢いを取り戻すでしょう。彼らの視力が衰えたり意志が挫けることなどないからです。そして彼らに抵抗するものはいなくなるでしょう。


あなたたちの多くが、約束された地球の愛と平和の時代を何十年も待っています。そしてその時代へのスピリチュアルな旅と肉体的な旅についてつい最近知ったばかりという人たちもいます。でも、ほとんどの人たちはそれが何時なのか知りたがっています。戦争と暴力は何時なくなるのでしょう?私たちは何時宇宙ファミリーと会うのでしょう?9・11の真相は何時明らかになるのでしょう?惑星浄化が終わるのは何時でしょう?動物への虐待と環境破壊が止まるのは何時でしょう?私たちの世界の汚染は何時なくなるのでしょう?

愛する魂たちのみなさん。もし僕たちがそれらや、ほかの”何時?”という質問の答えを持っていたら、喜んであなたたちにも提供しますよ。でも、地球の潜在エネルギー場に存在する混乱がまったくなくなるまでは、特定の出来事を正確に見定めることはできません。これを、約60億の魂たちがそれぞれの想い、行動そして反応に伴ってエネルギーを発していると想像してみて下さい。計り知れない数の変化する条件が、出来事がいつ起きるかということに常に影響を与えていることが分かるでしょう。ええ、そうですよ。地球上の闇はすべて2012年の末までに光に変換されるか消滅することは間違いありません・・それについては疑問の余地がないのですが、ただ地球が第四密度に入って行くときの一人ひとりの進むタイミングについてだけは別です。ですから、僕たちはこう言うのです。忍耐をもってしっかりと光の中に自分を置いていれば、究極の恩恵である黄金時代での暮らしへ向かっているこの移行段階の間にも、穏やかな気持ちと強い精神力が持てるでしょう。そして、そこにはあなたたちの想像をはるかに超える愛とあらゆる自然との調和の波動があるでしょう。

アセンションのプロセスでは高い波動が様々な影響を与えるので、読者の皆さんが気になるようなものを言いましょう。疲労感、衰弱感、言いようのない不安感、集中力不足、物忘れ、躁鬱的症状、普段にない短気や怒りの爆発、目のかすみ、消化不良、”頭に虫がいる”ような感覚です。もし、これらが、そしてもっと多くの種類の肉体的、感情的そして精神的な反応があることは疑いないことですが、束の間に一時的にも続いたり、繰り返されたりすることがあったら、それらは広まっているエネルギーにからだが自然に順応しようとしているのであって、治療の必要性はありません。それらの症状に対するベストの対応ということでは・・そして、どんな病気に対する最良の防衛力である健全な免疫システムの維持には・・健全なライフスタイルを生きることに尽きます。睡眠をよくとり、よい水をたくさん飲み、栄養のある食べ物を食べ、毎日運動し、できるかぎりストレスあることを避け、そして静かに回復する時間を過ごすことです。けれども、もしからだの状態がますます悪化し、それが長引くようであったら、波動変化によるものだろうと思わずに、信頼できる医療関係者に相談してください。それで内臓に異常がないことが分かれば安心するでしょう。そしてもし治療を必要とするような状態であれば、適切な処置を受ければいいのです。


ちょっと波動についてお話ししましょう。宇宙の”創造”のすべてはある振動数をもったエネルギー波動です。そしてその振動速度がそれぞれの意識レベルを決定します。この波動・意識という物差しで地球を見ると、それには岩とか砂、あらゆる製品といった無生物も含まれます。その物差しでかなり波動が高いものが植物です・・野菜、フルーツ、穀物の波動がそれらに栄養価を与えていますし、薬草も同じです・・そして、その頂点に木があります。木はその知性と波動から溢れるような癒すエネルギーを発しているのですよ。デービック王国は、高い波動に輝いていて地球のあらゆる生物の波動を高めています、動物界でもっとも波動が高いのは、人間ではなく、クジラ類です・・動物種としては、クジラとイルカがあなたたちの世界でもっともスピリチュアル(霊的)で知的に進化した魂です。彼らははるかかなたから地球に向けて送られてくる光をしっかりとつなぎ留める役目をしてくれています。

ある天体がより高いエネルギー領域に入って行くと、その波動レベルが増大し、それらのレベルが上昇するにしたがって、その天体に存在するあらゆるものの意識も向上します。これが今地球に起きているのです・・エネルギーに鋭敏で超聴覚能力のある人間を含めて、地球と彼女のすべての生命体との間で、そしてそれらの生命体同士の間で、明確なコミュニケーションが起こっています。中にはこんなことは起きるはずがないと信じない人もいますが、テレパシー通信能力はどの魂にも本来備わっているものですから、これはまったく自然のなりゆきなのです。信じていることに関係なく、この惑星上のあらゆるものが高い波動の影響を受けています。それがその性質や性格の特徴をすべて増大させ、行動パターンを顕著にさせているからです。光を受け入れている人たちとそうでない人たちの差異が紛れもなく明白になって来ています。

他にも高い波動を発生しているものがたくさんあります。風や火災、水の勢いが時々いわば”急激に高まる”ことがあります。そうやって地球の波動が絶え間なく惑星の生命を持続させ豊かなものにしています。”ゆっくりとバラの香りを嗅ぐ(骨休みする)”という言葉には、あなたたちの知っている以上に叡智が含まれています・・花のエッセンスの波動レベルには治療効果があって、バラの香りはその中でも最高です。スパイス(香辛料)とハーブ(薬草)にも治療効果がありますが、すべての自然色が合成したものである純白にもそれがあるのです。でも、魂の琴線をもっとも揺り動かすパワーがあるのは、あなたたちがクラシックとしてひとくくりにしている時代に作曲されたシンフォニー(交響曲)とコンチェルト(協奏曲)なんですよ。なぜなら、それらの波動は宇宙のトーンに同調しているからです。当然のことながら、その反対側の波動レベルにあるのが、息が詰まるような臭い、軍隊服の多くのカーキ色のような濁った色、調和を乱す荒々しいサウンドを伴った耳障りな音楽などです。

~マシュー君のメッセージ(21)より抜粋~


あなたたちの多くは、いま目前で起きていることの意味を理解し歓迎していることでしょう。それは、人類の対極性が急速にそれ自身を尽き始めるに従ってあらゆる行動と反応が”活発化”するエネルギーレベルに地球が到達しているという否定できない証拠だからです。でも、まだ大多数の人々は混乱や落胆、まったくの恐怖で起きていることを受け取っています。僕は、地球の旅が進む中で、その道が”でこぼこ”のことを前に話しましたが、地球が第4密度に加速して入って行くこの時期には、でこぼこ道の方があらゆる魂が受ける影響をよく表現していると思います。そこでは最も優れた人間性のみが生き残るのです。

あなたたちの周りと内部からのより高い波動が、肉体的、精神的な異常をもたらしています。以前のメッセージで、それらへの対応処置について話しまし た。中でも注意が必要なのは恐れが引き起こすものです。いま起きていることやこれから起きるだろうと思うことで恐れている人たちは、この惑星の第三密度の最終段階での多くの人生の局面で厳しい試練を経験するでしょう。もし彼らが、何世代にも渡る闇による地球の人々の暮らしの支配が終わろうとしていることを 知ったら、宇宙全体の光の使者や光の勇者たちと一緒に歓びを分かち合えるでしょう。でも、栄光の黄金時代へのこの移行に生まれ参加するために選ばれているのだという歓びの気持ちを忘れてしまっているのです。

けれども、”古いもの”から“新しいもの”への変換の中の、大衆のこの忘却によって引き起こされる個人の内面的混乱は、率直に言って、はるか昔黄金 時代のマスタープランを着想し練り上げた宇宙評議会最高位委員たちによって予想されていたことです。そのプランには、進化した文明社会から何百万もの魂たちが含まれていました。そして地球の上と内部と上空での彼らの極めて重要な支援のお陰で、彼女(地球)は断末魔の苦しみを乗り越えるだけでなく、彼女の住 民たちすべてがお互いにそしてあらゆる自然と平和に暮らせる地球本来のパラダイス(楽園)に復帰できるようになっていたのです。

あなたたちの宇宙ファミリーたちも、この変換の最終段階でのガタガタ道を目覚めた魂たちがもっと容易に旅することができるように手助けしています。 すでに心を開いて、注ぎ込む光からもたらされた啓示と高揚感に達しているあなたたちは、自らの恐怖を実体験している人たちの混乱を経験する必要はありませ ん。覚えていて下さい。引き寄せの法則は絶え間なく働いていて、あなたたちが考えと感情に投入するエネルギー通りの状況を引き起こすのです。それらがあなたたち自身のパワー溢れる神や女神の存在に調和していれば、恐れるものなどありません。

肉体的なことや金銭的なことで不安を抱える人たちには、宇宙が・・それはエネルギーなので個人的ではなく、中立です・・彼らが送り出しているエネル ギーの流れに相当する大変な状況をやむなく彼らに引き起こすことになります。これにはあなたたちにとても親しい人たち・・家族、友人、隣人、仲間たち・・ も含まれます。思いやりを持って、出来る限り手を差し伸べ、愛を送り、そしてその人たちを光で包んでやってください。でも、彼らの人生ドラマやトラウマ (心の傷)に引き込まれてはいけません。それによって彼らが助かることは何もないのです。あなたたちの光を暗くし精神力を弱めるだけのことです。

砂の中に頭を突っ込んで、今起きていることを見ないようするとか、遠くで起きていることは知る必要がないと言っているのではありません。忍耐強く見 守り、良い悪いと判断せず、そしてその間光の存在の勝利を確信するように・・そうした方がいいですよと・・言っているのです。そうすることで、内側からの 平和な気持ちがあなたの周りに大きな光となって輝くでしょう。それこそ、あなたたちが心に掛ける人たちに与えられる最大の強力な恩恵です。そしてそれはとても簡単なことです・・ただあなたたちが光になればいいのですから。

~マシュー君のメッセージ(24)より抜粋~


*2009年10月7日に当ブログで掲載した内容を転載しました。







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みんなでアセンションしましょ!Ⅳ

2009年12月18日
先日もシルクの言葉として書きましたが、アセンションに向けての時間は、もうあとわずかしか残されていないのです。ですから、残された時間をより有効に使ってアセンションに向けて波動を高めるためには、自らがネガティブな状況に陥ってしまうような、今の自分の仕事や生活環境や人間関係などの実生活の中でも、本来は改善することが可能であるのに我慢しすぎてしまったり、改善すべき内容がわかっていてもネガティブな思考によってあきらめたり先延ばししようとしたりして、肉体や精神的に不調和を起こし続けてまでも無理を続けるようなことを選択するよりも、一刻でも早く自らのわくわく感に従って、もっともポジティブであると感じる道を選択すべきなのです。また、もし次なる道を自らのわくわく感の中である程度具体的に抱いている場合にはなおのこと、自らのわくわく感覚に従って、できるだけ早い段階で目の前の道をポジティブな状況へといざなうような選択を意識的に行うべきなのです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

それなりに波動が高まり、スピリチュアルな目覚めが進んでいくと、波動の高まりに乗じて、もともと転生する際にお役目として果たすべきことに向けて、それ相応の現時点でのお役目が神から与えられますし、意識の奥にある魂が認識して選択し、そのお役目を果たそうとして顕在意識を動かすようにもなっていきます。それと同時に、守ってくれている守護の神仏も守護霊様や指導霊様や高級守護先祖霊団などといった身近である守護のスピリットたちも、お役目を果たすための道を作るために、あらゆる手段を使って状況の流れを作り出したり気づきや学びを与えたりしてくれます。ですから、もし自らが3次元的な思考や状況などで道を踏み外しそうになったり、足踏みしたりしそうになると、そういったあらゆる力が働いて、本来進むべき状況へと導いてくれるのです。

導いてくれるとはいっても、3次元的にも多次元的にもポジティブにスムーズに流れるような場合もありますが、本来進むべき道を直感的にポジティブな選択をして意識や行動が伴って歩み続けていれば、現実的にとてもスムーズに歩み続けることができるものです。しかし、そうでないことを選択したような場合や必要に応じて、本来進むべき道を歩むために、目の前の現実的な物事や人間関係や経済的な事や顕在意識にわきあがる感情等の3次元的なレベルにおいては、ネガティブに感じるようなことを乗り越えたり解決したりすることによって、結果的に歩むべき進路へと導かれる場合もあります。いずれにしても、自分自身の総合的な波動さえ高まり続けていれば、経過はどうであれ、結果的にはアセンションに向けての道を歩み続けることができるのです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

自らの感情は、すべてが自らの意識の中でどのようにでも変換することができます。もちろん、できるだけ早い段階でポジティブに変換できることが望ましいのですが、無理する必要はありませんし、今の時点の自分自身の感情をそのまま受け止める期間が大切な場合もあります。しかし、最終的には自己責任を強く持った中でのポジティブに変換できるように自己解決をすることが大切であり必要でありますし、ポジティブに変換しようと意識さえし続けていれば、たとえ時間がかかったとしても、いずれは結果的にポジティブな情緒へと変換できるはずです。また、経過に関しては、いろいろとネガティブに感じることがあったとしても、すべては結果である「今」がすべてでありもっとも大切なものなのですから、経過を振り返りながらネガティブにならないように意識し、「今」の状況の真実を捉えて反省し解決するようにしたり、次なる理想を求めようとしたりするなどして、ポジティブな状態に至るように努めれば良いのです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

今、自分自身が置おかれている状況のすべては、自分で選択してきたすべてのことの総合的な結果であり、カルマの法則や引き寄せの法則などの宇宙における普遍であり完璧に働く法則によって、現実という形で目の前の状況となって現れていますし、顕在意識としても感情や思考レベルなどとして表出しているのです。つまり、現状のすべては自己の自由意思によって選択してきた結果であり、自らが作り出したものなのであるわけですから、その結果を謙虚に受け止めて、たとえネガティブに感じるようなことがあったとしても、すべては自分自身が招いたことであることを強く意識し、世の中のせいにしたり他人のせいにしたりせずに、自己責任を強く持って、自らのできる範囲の領域内においてポジティブに変換できるように自己解決すべきことなのです。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

とにかく後先のことでネガティブに感じるような事(取り越し苦労)はできるだけ考えないようにして「今」の中で最善と感じたことを選択し続けるように終始することが大切です。そして、常に理想を描き続けつつも、しっかりと足元を見つつ、自分自身の「今」の意識や行動の中に「愛」が中心になっているか否かをチェックして、より大きな愛を持って「今」を歩むようにしていれば、必ず最良の状況へと今後も導かれるはずです。


*2009年9月18日に当ブログで掲載した内容を転載しました。







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集合エネルギー

2009年12月17日
夜空に輝くある1つの星を見てあなたが美しいと感じた時、あなたのそのポジティブなエネルギーは、その星に届きます。波動の伝わる速度は光よりも早く、瞬時にエネルギーとなって送られるのです。そして、その波動はさらなる星の輝きの美しさとなってあらわれポジティブなエネルギーとなってあなたに返ります。カルマとは、こうして働いているのです。

あなたがあるブログを読んで、愛を感じて共感したとします。あなたのその愛のエネルギーはブログを通して作者に伝わります。作者はそのエネルギーを感じて愛のエネルギーを与えられたことに感謝しそのエネルギーを糧にして、さらなる愛のメッセージを書き続けてあなたにお返しします。また、一つのブログを読んで、複数の方が共感したり気づきを得たりするなどのポジティブな波動を発したとします。その波動はブログを通して作者に伝わりますが、ブログにも集合意識として蓄積されていきます。そして、さらなる光を強く大きく放つために、同じようにそのブログの内容や波動を必要としている人に伝わって、ブログの読者が増えていきますし、その波動に見合った人々が、その波動の法則によって引き寄せられたり、逆に波動の合わない人は去っていったりしやすいのです。1つの物事に共感することによって、その意識が集合意識となり、思いが強ければ強いほど、数が多ければ多いほど、その集合意識から放たれるエネルギーは増大していきます。このエネルギーは、作者のエネルギーがもととなりますが、集合意識が大きくなればなるほど、もともとのエネルギーをはるかに超えた大きなエネルギーになっていくのです。

日本におけるテレビの影響力は大きいわけですが、ニュース番組において報じられる事件や事故などの悲しい出来事や、世界の国々で起きている紛争によって生活や命を奪われていくような悲惨な報道は、見るのを避けたくなる気持ちになる方が多いことでしょう。それでも、現実を知るために直視した際に、悲しい出来事や怒りを感じるような出来事などのネガティブに感じる出来事に対して、個々の情緒がネガティブに感じるままに画面を見ているだけでも、その低い波動がエネルギーとなって、その映像のもとに伝わってしまいます。そしてまた、そのような意識が映像を見ている人々の集合意識となって、映像から発するエネルギーがさらにネガティブ化されます。

しかし、映像を見ながら最初はどんなにネガティブに感じたとしても、少しでも早く慈悲や慈愛や許しや励ましなどといったポジティブである愛の思いに変換すれば、まったく逆の高い波動である愛の光のエネルギーを与えることができるのです。そして、同じ映像を見ている人の中に、そのようなポジティブな情緒を持つ人が増えれば増えるほど、その愛の光も増大して、より高い波動のエネルギーがめぐり、映像もとに届くエネルギーも映像自体のエネルギーも、波動が高まっていくのです。

愛の祈りや願いをある一時期に集中して行うことは、とても素敵な結果を招きます。ただし、一時期に限るよりも、日常的な中でもできるだけ常時意識するようにした方が、さらに大きな恵みとなるのです。一人ひとりの愛の光は、こうして集結して大きなエネルギーとなるのです。集団の中で愛をめぐらせることはもちろん素晴らしいことですが、集団をあえて意識しなくても、個々が愛の光を放つようにしていれば、どこかで共鳴し合い共感し合って、集合意識となり大きな光となって放たれるのです。その愛の大きな光は、光を必要としているありとあらゆるものに届きます。そして、そのカルマは必ずめぐってきて、光を放っているあなたに返ってきます。

これは、映像やブログなどといった意識が集合しやすいものに限らず、地球という1つの単位における中でも同様のことが起きているのです。今の時点ではその集合意識は順調に高まっています。そして、もう間もなく臨界点に達する時がきます。それが、地球のアセンションする時なのです。


*2009年1月7日に当ブログで掲載した内容を転載しました。








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シリウスより愛をこめて その15

2009年12月16日
あらゆる次元に存在するスピリットは、そのエネルギーフィールドの中から、あなた方に対してできる限りの必要に応じた言葉や映像などのインスピレーションや、与えたいエネルギーを送ることができます。与えるものは、必要と感じたまま与えることが許されるのです。

ただしここには宇宙の法則が関わってくるために、与えることが許される領域や具体性は個々によって違ってきます。高次元に存在するスピリットは、宇宙の法則に従って、あなた方の個の領域をしっかりと感じ取って、過干渉せずに許される範囲内で、与える必要のあるものを与え続けているのです。

そしてそれを受け取るあなた方には、宇宙の神から分け与えられた純愛なる魂のもと、それをどこまで受けとることを選択するのかを、自由意思によって決めることができるのです。魂の意思は絶対です。魂は永劫の時の中で自由意思を行使してきているのです。

あなた方の認識できる意識の中では、今のあなた方が3次元の肉体をこうして持っている以上は、その肉体によって認識してできる、ごく限られた意思の中で、あなたは自由意思を表現することができるのです。しかし、3次元の世ではその限られた自由意思による選択はとても大きな影響があるために、たとえ魂の意志とは全く違っていたとしても、3次元の世における選択結果は、その肉体を持った限られた意思が優先されることがほとんどなのです。

そんな中、魂の意思も肉体を持った意識の中での意思も、高次の存在からのインスピレーションを受け取ることを同時に選択した場合、その必要に応じてインスピレーションはもたらされます。しかし、高次の者から受けとることができるインスピレーションは、その人の持つ波動や個性といえるあらゆる状況によって違うのです。高次の存在によるインスピレーションをそのまま受け取って認識できる人もあれば、曲った形で認識する人もいます。

これはあなた方の次元では、このような例えがわかりやすいでしょう。ある芸術家の描いた絵を見ても、素晴らしいと感じる人もいれば、変な絵だと感じる人もいるでしょう。また、ある人の話を聞いてもまったく心にとどまらない人もいれば、同じ話を聞いて感動してその後の人生に活用する人もいるでしょう。同じ絵や言葉であるインスピレーションを受けても、このように捉え方が違ってくることは普通にあることなのです。

そんな中で、できる限りそのままインスピレーションを受け取ってそれを世に示すには、トランス状態になって自分の肉体や意思をスピリットに預け、チャネリングした状態で表現することが簡単にできる方法でしょう。過去には、このようなトランスチャネリングを行って実際に高次の存在の表現を、そのまま地上に持ち込んでポジティブに活用した例はたくさありました。

しかし、このようなトランスチャネリングには、現在の地球人類の意識の高まりの中では、様々な問題があり、一言で表せば、現状には合っていないということです。モーゼの時代には海を分断して道を示すことによって神の力を顕現する必要があり、文明的に医学が発展していないような時には心霊治療で肉体を切り開いて改善したりする必要もありました。しかし、今の世の中であからさまに物質的に示して情報として出回っても、ただただ恐れや依存などを生じてしまうだけで、ポジティブな道を切り開くために必要なこととはいえない場合が多くなるでしょう。

その時代に応じて、国や地域や人々の意識の状況に応じて、できるかぎりポジティブな状況の中で、意識を高めるために必要なインスピレーションや、時には3次元的な事実を世に表す必要を、高次の存在である私たちはいつも配慮しているのです。

今は、まもなく訪れるアセンションに向けての仕上げの段階である、スピリチュアルな意識の向上を必要としている状況にあります。平和と統一に向けて、自由意思や自己責任を尊重する時代でもあります。ですから、物質的な現象によって、高次の魂が表現することは少なくなっているのです。また、あなた方の肉体的な意識における自由意思を尊重しているために、トランス状態になって自分の意思も責任もない状態でインスピレーションを表現するよりも、自己の意識を残したまま、自分の意識も交えた状態でチャネリングして表現する人が多くあるのです。これは、魂のレベルにおける合意のもとでもありますが、宇宙の神の意志でもあります。

まもなく訪れる、地球上における次の光の世に存在できれば、あなた方は肉体を持ったまま、魂の意思と肉体の意思とを一致させて、宇宙の神との一体感をしっかりと認識することができるようになるのです。チャネリングをしなくても、あなたが神と宇宙と私たちと直結していることがはっきりと認識できるのです。本当の意味のワンネスとハピネスを感じて、至福の意味を知ることができるようになるのです。







スピリチュアルメッセージ(オリジナル)

みんなでアセンションしましょ!Ⅱ

2009年12月16日
以下の内容は、「アミ3度目の約束」エンリケ・バリオス著 徳間書店 の内容を転載しました。

*アミは高次元の宇宙人(男の子として設定)。ぺドリートは3次元の世の地球人の男の子。ぼくという表現は主にぺドリートが表現している言葉です。ビンカは地球外の3次元の惑星の女の子。シルクは、地球内部の高次元の都市シャンバラに存在する人。シルクが表現する‘きみたち’と、ペドリートが表現する‘ぼくたち’とは、地球人類全体のことを指しています。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 


『そしてシルクは、ぼくたち一人ひとりには、ぼくたちの種の進化のために割り当てられた責任があり、そのために、一人ひとりが自分のおとった部分を乗り越えることが、どうしても必要になってくると言っていた。それはあくまで個人的な仕事で、個人が内的成長をとげるために努力することによってのみ、人類全体が進化していけるのだということを、とくに強調していた。』

『そして、できればその大きな災難は起こらないほうがいいし、そのためには意識に目覚めた人たちみんなが、自分自身で努力するのはもちろんだけれど、周囲の人たちにも光を広げるようにしなければならないとも言っていた。』

『それから彼は、ぼくたちに、自分が人類の進歩に奉仕していると信じこんでいる、少なからぬ人たちのように、‘黙示録の予言者’や‘死の使者’にならないようにと、とくに注意強調していた。実際、彼らがやっていることは、不安や恐怖や絶望の種をまくことであり、人々の恐怖心を無意味にあおる‘メッセージ’を広めることであり、それは人類の頭脳の質をさらに低下させるだけのものだから、救世の望みは、ますます小さくなっていくことになる。』

『突然シルクが‘もう時間がない’と言った。ぼくはとても怖くなった。そしてシルク自身、言っていることのつじつまが合っていないような気がした。だって、その言葉自体、彼が‘死の使者’であることを示しているように思われたからだ。でも、シルクが言いたかったのは、ぼくたちにはもう、ムダにしている時間はないのであって、これまでは、内面的にも外面的にも事態を真剣に変える努力をしないまま、なんとかやってこられたけど、これから先は一人ひとりが‘愛の使者’へと変身するべきであり、それを自分の人生に反映していかなくてはならないということだった。』

『シルクの言葉は、ぼくを元気づけた。「きみたちは、現在のあやまちも過去のあやまちも、毎日少しずつ乗り越えていかなくてはならない。それは原点に立ち返ってはじめることによってのみ、できることなんだ。つまりきみたちの人生の一番大切な目的をはっきりとさせることであり、その目的とは、愛の成長に奉仕することにほかならない。愛の成長に奉仕しているということは、いつも頭の中にはっきりとやきつけ、心の中に生き続ける感動として、決して忘れることがあってはならない。そうして、はじめてきみたち自身の内面から、そのあとできみたちの行いを適応させていき、やがてはきみたちが時間のすべてを使って、愛の成長に奉仕できるようになるまで……より良い人間に変わっていけるまで、きみたちはこの一番大切な目的にそって努力していかなければならない。でも、繰り返すようだけれど、その仕事は少しずつ行われるべきものであって、まずは欠点のひとつからはじめて、だんだんと別の欠点へと移っていくようなやりかたをしなくてはならないんだ。」 』

『それからシルクは、人々が苦難することも、大量の死者を出すこともなく、ぼくたちの惑星が良い方向に変化していく可能性は残っていると言った。でも、これはいつもしっかりと自覚しておかなければいけないけれど、‘もう時間がない’。つまり、もうぼくたちは時間をムダにできないとうことだ。』

『それから、喜び、健康なユーモア、楽天主義、希望、責任、悪意のない魂、信念、許し、隣人へのたすけ、ほんものの愛などが、ますます必要不可欠なものとなっていき、それが人類にとって、そして一人ひとりにとって、高い水準の存在へ移るのに必要なエネルギーになると言った。反対に、どんなものであれ、恐怖、絶望、堕落などの種をまくものからは、距離をおくことが必要だとつけ加えた。そして自分たちの性格上のおとった部分に対して、もう少し自分自身が厳格になるべきであり、友だちや指導者を選ぶときにも、もっときびしく判断すべきだということだ。』

『さいごにシルクは、次にあげる欠点は、どんな犠牲をはらってでも自分たちの中から追放するべきで、もしそれらの欠点が大きければ、新しい世界の一員になることができないと言っていた。それは、羨望(ねたみ)、利己主義(エゴイズム)、暴力、物質主義、人の不幸を望むこと、(知的、感情的、物質的、性的な事に対する)無責任、恩知らず、不機嫌、それからぼくたちのすべての宗教が、そのおきての中で戒めていること。
 ぼくはねたみと利己主義が最初にあげられていたことに、とても興味をひかれた。だってぼくたちにとって、それはとても日常茶飯なことだったからだ。
「新しい世界をかためるときには、いまシルクが言ったような悪い種をまくことは許されない。だって、そんなものは、人類家族の分裂を引き起こすばかりだからね。必要なのは、それと正反対のものなんだから」とアミが説明してくれた。』

『 「(前略)……でもきみたちは、宇宙親交に仲間入りする用意がほとんどできているんだよ」
 「ぼくたちが!?…」
 「その可能性はおおいにあるってことだよ。いますぐ仲間入りをできないとしてもね。きみたちは、宇宙親交がぜったい必要とする価値に、ちゃんと目を向けていないんだ。ただそれだけなんだよ。だってきみたちは、自分たちに不足しているものを素早く学び取って、それをすぐさま実践に移すことができるし、きみたちの種には、だれにとっても等しく豊かな世界に向けて、力を集結し実現できるだけの力もある。今は何もしていなくても、本当は善意をもった人たちが大勢いるし、名もない多くの善人が、利害を超えて他人にその手を差しのべている。そして手助けしたいと思いながら、どうしてよいのかわからないでいる人たちもたくさんいる。」
 「じゃ、いったい何がぼくたちには不足しているんですか?」
 「きみたちが、高い水準に移っていけない理由はただひとつ。さまざまな分野において、きみたちのものの見方がまだ変化できていないからだよ。きみたちの文明を導いている物質主義的な観点や外面重視の視点から、もっと人間の内面を完成するというテーマに向けてピントを合わせていく必要があるんだ。」
 あのシルクの言葉を聞いたとき、ぼくは心から納得できた。
 「その通りです、シルクさん……でもどうして、まだその変化が起こらないのですか?」
 「それは、かんがえるのは自分たちのことばかり、みんなの豊かさについてはまるで省みようとはしないわずかな人たちが、世界を動かす舵(かじ)をにぎっているからなんだよ。それに、その人たちが握っている権力はとても大きいから、自分たちにとって都合がいいと、‘考えている’状況に向けて、勝手な思惑だけで人類全体を引きずりまわしているせいなんだよ。」
 「そのうちブーメラン(カルマ)にやられるわ」
 とビンカはとても怒って言った。
 「でも、惑星(ほし)自身の必要性と、人々の意識の高まりによって、すぐに今の状況は変わりはじめるよ。そのときこそ、きみたちの協力がなくてはならないものになるんだ。ひとつの状況から別の状況へと移り変わっていくときには、変化をはばもうとする力がはたらいて、大きな災いが引き起こされたりする。そうした災いとは無縁に、できるかぎりスムーズに前進を果たすのが望ましいけれど、それができるのは、全体の意識の高まりだけなんだ。そしてその意識の高まりを生んだものこそ、愛であり、愛に導かれた知性なんだよ。だからこそ、地球の愛の成長を助けることが、何をおいても大切なんだ」 』

「アミ3度目の約束」エンリケ・バリオス著 徳間書店 より転載。


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一人ひとりが自分の劣った部分を乗り越えるために、個人的な仕事として、個人が内的成長をとげるために努力することは、個々の波動を高めるためにも、集合的な意識を高めるためにも、地球全体の波動を高めて、よりスムーズにアセンションするためにも、根本的なこととして最も重要なものであります。

‘ムダな時間’はもう残されていません。個々が自分自身を大切にすることを基本としつつも、周囲の人たちにも光を広げるようにしていく必要もあります。かといって、急いで変えようとか、ネガティブにも感じるほど無理な努力をしてまでも変えようとか、そんな変化を求める必要はほとんどありません。無理なく、できる範囲内で、意識を変えて行動を変えて習慣にすることを、自分なりにポジティブさや調和を保ちながら努めるべきであるということです。

‘変化’することは、宇宙の中における普遍的なことの中の1つです。宇宙のすべては常に変化し続けています。その変化は、急激に変化するよりも、徐々に変化する方がスムーズでありポジティブなものが多いのです。もちろん、必要に応じて急激に変化することがもっともポジティブである場合もありますが、多くは無理なく流れに乗って徐々に変化することが最良である場合が多いのです。


シルクの言葉に「もう少し自分自身が厳格になるべきであり、友だちや指導者を選ぶときにも、もっときびしく判断すべきだということだ」とありますが、例えば、今の日本の義務教育のシステムだけをとってみても、義務教育を受ける子どもたちが、一日の多くの時間を過ごす学校内においては、実践することが難しい状況が多々あります。

同じ年齢であるというだけで国の決められた基準通りに生年月日の数値から枠組みをされます。人数が多い場合には、2組とか3組とかと複数に枠組みがされますが、その際の組み分けの判断基準は教師にゆだねられ実行されます。そこには、枠組みをされる本人である子どもの意思が反映されることはほとんどありません。そして、日中の活動を多く共にし、指導者として学ぶ教師自体を子どもたち本人が選択することは許されていません。この、根本的な教育と言う名のもとのネガティブな状況を改善しない限り、様々に湧きでる教育の諸問題が解決されることはないでしょう。もちろん教育の問題点は枠組みや指導者の選択が自由にできないという問題だけでなく、長い時間拘束されてかつ時間の選択の自由もなく、本人のやる気や学びたいこととは関係なく決められた学習内容を一斉に授業として行い学びたい学習内容を選択することはほとんどできず、教師(おとな)の指示に従うことが良いとされ、競争することを求められ、数字によって人を評価するなどなど…根本的に宇宙の真理に反することがたくさん存在している日本の義務教育においては、いくら表面的に変えても、その根本を変えない限り、ポジティブな方向に進むことは難しいでしょう。

私にとっては、小・中学生が家族にいることや、実際に15年ほど義務教育の現場で教師として就労してきた経験などから、義務教育に関しては身近であり論じやすい内容ですので、ひとつの実例的な形で少し長く書きましたが、実際にネガティブであり改善すべき表面的な状況を詳しく書き表すと、膨大な文章量になります。そして、教育以外で身近な事であり実生活に大きくかかわってくる、政治・経済・医療などの分野の根本的な改善すべきネガティブな表面的状況を挙げますと、きりがない…と嘆きたくなるほど、たくさん挙げることができるでしょう。しかし、これは表面的な事実を書き表そうとした場合に起きることでして、根本的なことである改善点はとてもシンプルに表現できます。そして、そのシンプルな根本的観点で改善することができれば、すべてのネガティブな問題点は解決されて、宇宙における真理に基づく状況へと変革されるでしょう。

その根本的な改善点を解決する真理とは「すべてが愛に基づいていること」に変革することです。そして、愛のもと「自由と平和と統一と平等」に向けての変革を基本とすることです。そこには、シルクの言われるように、恐怖、絶望、堕落などの種をまくものからは、距離をおくことが必要であり、羨望(ねたみ)、利己主義(エゴイズム)、暴力、物質主義、人の不幸を望むこと、(知的、感情的、物質的、性的な事に対する)無責任、恩知らず、不機嫌、それから地球上のすべての宗教が、そのおきての中で戒めていることは必要ありません。


私のような3次元の世の地球において権力もなく財力もない単なる一小市民にとっては、今の時点で、政治・経済・教育・医療などといった分野に対しての変革を行うために、3次元的にわかるような表面的に変化させるほどの影響力を与えることは難しい場合が多いでしょう。そして、多くのみなさんが私のような立場であることでしょう。

そんな3次元の世における小市民的な立場の者ができる最大限のことは、より意識を高めて波動を高め、より多くの愛の光を放つように努めることです。そのためには、自らの修養に励む必要があります。平行して、できるだけ多くの魂や物事に対して光りを与える必要もあります。

そのためには、自らの現状や社会のネガティブな部分に焦点を当てて嘆くのではなくて、自分自身の領域内において、現状をよりポジティブに歩むことを自己責任のもとで選択し続けるように努める必要があります。それには、例えばマスコミ等から与えられる情報は、直感的に識別して、必要な事はポジティブに活用し、必要のないものは削除し、ネガティブに感じたことはポジティブに変換して受容するように心がけるようにする必要もあるのです。できるだけ怒りや不安といったネガティブな感情を持たないように心がけ、ネガティブな意識に気付いた時には許しや安心などのポジティブな感情に変えるように努め、より淡々とした意識の中で、流れに乗じて自分らしくポジティブに歩むよう努める必要があるのです。たとえ自らの実生活にネガティブに感じるような影響が及んできたと感じても、目の前のことひとつひとつをできる限りポジティブに解決するように努め、夢や希望やポジティブな願望を抱き続け、理想に向けて意識や行動を選択し続ける必要もあるのです。

そして、一人ひとりの意識が高まり波動が高まり愛の光が多く放つことができるようになれば、それが集合的な愛のエネルギーとなって、地球全体がより多くの愛の光に満ち満ちて、宇宙全体に広がっていくのです。そして、その愛のめぐりによって、地球全体も我々地球人類個々も、よりスムーズにアセンションすることができるのです。

また、その経過の中で、人々の意識の高まりに乗じて、個々の魂が地球上に転生してきた本来の目的を思い出だすにつれて、その魂の役割を個々が果たすようになっていくのです。そして、それぞれの魂が自己責任をより強く持ちながら本来のお役目を果たすことにより、地球全体の大調和が図られていくにつれて、世の中のあらゆるシステムが宇宙の真理に基づいた状態へと変革していき、自由と平和と統一と平等に向けて、愛に満ちた世となっていくのです。


*2009年9月5日付の当ブログに掲載した内容を転載しました。





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普通の選択

2009年12月15日
人それぞれ個性があって、それぞれの個性は違うわけですから、個々がどのようなことを選択したとても、その人自身にとっては「普通の選択」をしているということになります。この「普通の選択」とはどのようなことかといいますと、その時のその人の波動に見合った選択であり、カルマの法則に基づいた選択であり、その時の意識の状態に基づいた選択であり、その時に持っている自己責任での自由意思による選択であるわけですから、本来は良いとか悪いとかといったことを他者が評価する必要はなく、本人にとっては選択をした瞬間は「普通の選択」をしているのだろうと意識することが必要になります。

もし、自分の選択したことを後になって本人が評価して反省するのならポジティブなことでありますが、他者が勝手にその選択した内容を良いとか悪いとかと評価をして、強く情緒を向けたり言葉や態度にしたりして干渉することは、不干渉の法則に反してしまうことにもなりますし、個をあまり認めていないことにもなりますのでので、自らもそのカルマによって他者から過干渉される状況を招くことでしょう。

ただし、あなたに対して評価やアドバイスを求めてきたり、あなたとの関係がそのように評価し合うことを認め合っている関係である場合には、アドバイスをしたり評価したりしても、お互いに認識し合っている中でのことですから過干渉には当てはまりません。しかし、アドバイスを求めていないのにアドバイスをしたり、評価を求めていないのに評価をして言葉や態度などによって表現したり、助けを求めずに自己解決しようとしているのに助けようとしたりするなどといった言動は、過干渉であるということになります。

怒りという感情を多く選択する人にとっては、様々な出来事に対して怒りという情緒を発して、怒りの情緒から起こす行動を選択するでしょう。そんな様子があなたから見たら、こんなことで怒らないでもっと優しくなれると良いのにと思うとか、すぐ暴力をふるうから悪い人だとかと評価したとしても、これは本人にとっては選択をした瞬間は「普通の選択」をしただけのことなのです。

そして、その人にとってはその時点での個性である、波動や意識やカルマなどの状況に見合った「普通の選択」をしているのだということを意識することができれば、たとえあなたから見たらどのような観点で捉えてもネガティブなことであると感じたとしても、あなたはその人を許してあげたり、慈しみの心を向けたりすることを「普通の選択」として選択できるようになるでしょう。

犯罪を犯した人に対して、たとえあなたが悪い人であると評価したとしても、その人の個性を表現しているだけなので、その人は悪い人ではないのです。その個性によりネガティブなことを選択しているだけなのです。その人にとっては「普通の選択」をしているだけなのです。そして、その人が自己意識の中で波動を高めようと反省して改善できない限り、とてもかわいそうな人生を歩むことになりますし、今の世で地球とともにアセンションすることはできないでしょう。だから、もしあなたがそんな人を知ったら、悪い人だから当然だとののしるよりも、「かわいそうに」とか「がんばってね」とかといった慈しみの気持ちを向けて愛を与えてあげることを「普通に選択」できるようになることが、ポジティブなことであるといえるでしょう。


3次元の世においては、人や出来事に対して過干渉をまったくしないで世の中をポジティブに生きていくことはとても難しいことでしょう。ネガティブなカルマを作らないで生きていくこともそうですし、低い波動を発するような情緒を全く持たないというのも同様に難しいことのはずです。どこまで干渉して良いのかという判断も難しいでしょう。特に家族とか親しい友人とかといった関係においては、愛が大きいゆえに、干渉するラインがとてもあいまいになることは当然のことでしょう。

ポジティブな思考や行動や感情や言葉や態度のみで実生活を送りつつ、常にポジティブでいられてネガティブに受容することはなく、宇宙のすべてと調和を保って、ポジティブなカルマのみをめぐらせるということを実践し続けることは、高次元の世では普通のことであっても、3次元の世というポジティブなこととネガティブなこととが混在している、今の地球の世では不可能といえるでしょう。でも、それが3次元の世の素晴らしい所なのです。だから、そんな中で魂を高める学びをするために、今存在している地球人類は3次元の世の地球を選択して転生してきたのです。そして、このような状況を乗り越えることができ、地球においてアセンションを果たした時、今の3次元の世の体験が魂を向上させるためにはとても貴重な体験であったと、全ての今の世の体験をポジティブに振り返ることができるでしょう。

思考や行動や感情や言葉や態度などといった個性による表現を、どれだけポジティブにしていられるのか、どれだけ自分以外の個性に対してポジティブに認めつつ人や物事や地球や宇宙などと調和を保つことができるのか、どれだけネガティブなカルマを作らずにポジティブなカルマを作っていくか、愛をめぐらせながらより調和された状態での不干渉の法則をどれだけ実践できるのかなどといったことを、自分を含めたすべての魂の個性をより認めながら、自己の中でより魂を向上させようとする前向きな意識を持って、理想に向かって自己の反省を繰り返しながらよりポジティブな中で自己解決できるようになることを目指し、より強い自己責任の中での自由意思によって、より高次元の世に存在する魂に近い「普通の選択」ができるようになることが大切であるということです。


*2008年11月19日に当ブログで掲載した内容を転載しました。









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心に潜む‘精神的エゴ’を発見して克服すること

2009年12月14日
アミは高次元の宇宙人です。私はこれまでにたくさんの叡智をアミから与えていただきましたし、この先もサポートし続けてくれることを信じています。以下に、そんなアミからの教えの1つを紹介いたします。


「ついつい目についてしまうようなネガティブに感じられる人を気にしてしまい、心の中で非難したりさげすんだりしている自分に気づくことがある。」


このようなことは、知人や地域社会やテレビや雑誌等のマスコミに登場する人々の様子を見たり話を聞いたりして感じたり、書籍やブログ等の文章を読んで感じたりすることもあります。

でも、できるだけ早い段階で、私はポジティブに変換するように意識して、次のようなことを心がけています。

「そんな過干渉をして‘エゴを出している自分に気付いた時点’で、即座に改善して慈しみの気持ちを向けるようにして過干渉しないように意識していますが、このような状況になるたびに自分の低さを認識し、学びを与えってくれたことに感謝もしています。」


人を非難したり、人を精神的に進歩していないと蔑んで見下したりするような意識は、愛とは反対のネガティブな意識であり、低い波動を生じます。アミは、このような気持ちを抱くたびに、魂向上のためには改善すべき必要のある、自分自身の中に潜んでいる‘精神的傲慢さ’、つまり‘精神的エゴ’を発見できると教えてくれました。

この精神的エゴは、進化の道を進んで波動が高まってきていると感じている人を襲う、とてもやっかいなものなのです。そして精神的エゴは、ともすると自分がとても高く進歩しているかのように錯覚させ、他人を微妙に軽蔑するようにさせるのです。真実の愛はだれも軽蔑しません。ただ奉仕することを望むのです。そこにとても大きな違いがあるのです・・・ということも、アミが教えてくれました。

でも、その人の欠点と感じることを、非難したり蔑んだりして見るのではなくて、もしそのように捉えてしまったとしても、気づいた時点で「その人にとっては改善すべき欠点であり、克服できる欠点である」と捉えるようにすることができれば、ポジティブに変換できたことになるのです。そして、意識や行動による過干渉をするようなことはぜず、慈しみや励まし等の愛の気持ちを向けるようにすることができれば、心の中に潜んでいる精神的エゴというネガティブな自分を発見できた後に、克服することができたといえるでしょう。

そして、ネガティブに感じる人がいても、最初からその人を蔑んだり非難したりする意識を抱いたり向けたりすることはなく、「その人にとっては改善すべき欠点であり、克服できる欠点である」と捉えているのでしたら、それは精神的エゴではなく、慈しみの気持ちを抱いて向けた、愛の意識なのです。



*2009年10月13日に当ブログで掲載した内容を転載しました。







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意識の隙間 ~夢をあきらめないで~

2009年12月13日
昨日は3ヶ月ぶりに東国三社参りに長男以外の家族五人で行ってきました。三社の中でももっとも近い香取神宮(下総の国一ノ宮)まで片道二時間ほどかかるので、今回も一日がかりで楽しんできました。

東国三社参り←《このブログは九月に三社参りした時のことをブログに掲載した内容です》

三社参りに行きたいな~と感じたのは二週間ほど前からでしたが、機会がスムーズにもてなかったことや、経済的にもまったく余裕がないために、行くことを躊躇していました。

経済的にはまもなく期限を迎える家賃の支払い分すらほとんど貯まっていない状況だし、光熱費の一部も滞納しているような必要ぎりぎりの状況なのに、今回、結果的にわくわく感に従って参拝しに行くに至るには、実は1つの大きな理由がありました。

それは一昨日の金曜日の夕方のことです。ある1つの出来事が、アマンダ(小三次女仮名)が学校から帰宅して少ししてから、学校で受け取った手紙を妻に手渡した時に始まりました。

この手紙の内容を要約しますと「抽選した結果、PTA役員の総務(会長・副会長・会計・書記)の五人の中の一人にに選出された。5日後の水曜日夜7時30分に学校で会合を開くから‘必ず’出席すること。」と書かれていました。どうやらアマンダの学校は、PTA会長や副会長も抽選で決めているようです…。(かなりビックリ)また、個人の都合も意思も全く関係ない強要するような内容で、会合への出欠や意思の確認も許されず「必ず」来なさいとのことでした。(さらにビックリ)それにしても約200軒くらいはある家庭の中から、どういった方法で抽選したのかはかはわかりませんが、少ない確率の中で抽選で選ばれるとは、この必然は一体何だ!?とも思いました。

私たち家族は今年度末には2年間の貸家の契約は切れますし、今年度末もしくは来年度中には転出する予定でいますし、突然五日後の夜に来なさいと言われても都合により行けないために、学校へすぐに電話をして、PTAを総括している立場にある教頭先生と直接話をしました。

教頭先生には「会合には都合により欠席する」ことと「転出を予定しているためにPTA総務役員はお断りする」という2点を伝えたいだけだったのですが、それは許されないの一点張りで、強制的でも学校に来させようと‘説得’しようとするのでした。また、そのような理由でPTA総務役員を断ることは前例にないことで許されないというようなことも話してきました。

学校のことは主に妻に任せているので、最初は妻が電話したのですが、まったく話にならないために、途中から私が変わって話をしました。とにかく電話の周囲には未成仏霊と醜いエゴと強い疲労感といったような、とてつもなく極度に低いエネルギーがあふれだしていましたし、たくさんの未成仏霊の憑依を受けている教頭先生(残念ながら私にも妻にも感じようとしなくても確信できるほどのかわいそうな状況です))には普通の話がまったく通じないことがわかったので、妻では対処できないことをお互いに感じました。

結局、教頭先生には「あなたがいくら強制したり脅したりしても、私たちは会合に出席できないし役員を引き受けても年度当初もしくは途中で転出する予定であるから無理である」ことを伝えて電話を切りました。教頭先生は自分では対処しきれないからPTA会長からも電話をさせると何度となく言ってきたので、伝える内容は同じだし、説得しようとしても結果は全く変わらないから、そのような無駄なことはしないでほしいと私は強く要望しました。また、転出予定とはいっても確実に日にちが決まっていないのであれば不確定ということになるから認めないというようなことも言っていたので、「そこまでしつこく言うのなら、是が非でも私たちは今年度中に転出します」とまで私は言いました。

でも結果的に、教頭先生と長電話をさせられた少し後に、今度はPTA会長から同じような内容の電話があり、堂々巡りの話になりましたので、私は同じ話を端的に繰り返し伝えました。PTA会長の波動は教頭よりはかなりましでしたし、憑依も受けていないようでしたが、極度の疲労と強いエゴからくる低い波動を、いくら防ごうとしても強く感じられてしまいました。

私も妻も、たとえ極度にネガティブな霊の憑依を受けているような人と波動を合わせたりヒーリングしたりしても、相手が自分自身の状態を改善してほしいと思っていたり、私たちを少しでも信頼をしていてくれるなど、相手の方が私たちに対して少しでもポジティブなエネルギー(愛)を向けてくれてさえいれば、私自身も低い波動の影響は受けますが、それほどきつい状態には至らず、比較的早い時間には元に戻ることができます。これは、出かけた先ですれ違った人や、同じ電車に乗り合わせた近くの人がとてつもなく低い波動を発しているような場合や、そのような場所に身を置いたりしたような場合でも同様に、その時点ではきつく感じても、比較的簡単に回復することができると、今の時点での私たちはこれまでの経験から自負しています。

しかし、教頭先生や会長のような相手から、もろに低い波動を個人的に向けられた時には、そのマイナスのパワーはとてつもない負のエネルギーを発しますし、教頭先生の場合は未成仏霊ものっかってくるので、その威力はものすごくやばく感じます。今回の一件では、私としては1年半ぶりくらいに、このようなとてつもない低いエネルギーの影響をもろに受けてしまいました。もちろん妻も一緒ですが、2人の感じた感覚は、寒気とか震えが止まらなくなったこと、首周辺や後頭部周辺や肩甲骨が痛くなったこと、みぞおちが苦しくなり吐き気をもよおしたことといった、私も妻も久しぶりに「やられた~!」という感じになりました。

その対処として、すぐに妻は風呂に入って浄化に努めました。私は子どもたちを見ながらも、思い付くままにあらゆるマントラやらレイキやらの手段を使って、できる限りの浄化を行いました。そして、妻と風呂を入れ替わり、湯船につかって10分くらい経った時、ようやく私の中に入り込んだネガティブなエネルギーの大部分が浄化されたと感じて、肉体的にも精神的にも楽になって軽くなった時、私の頭の中にふつふつと湧きあがってくる感覚がありました。

それは「早く今の地から出て、本来在るべき場所に必ず移住する!」という言葉や決意のようなめらめらと燃え上がるようなわくわくする意識でした。そして同時に、私は反省もしていました。「流れ次第で、今の家の契約を更新して、このまま来年度もここにいることももしかしたら必要なのかな~と、今の時点では移住に関して物質的にまったく進展がないことから、心の中の10%くらいをこのようなあきらめというようなネガティブなエネルギーを流し始めたいたことから、その意識のネガティブな隙を狙われて、このような事態を招いてしまったのだろう。」ということでした。

風呂から上がって真っ先に妻に対して、運動系の部活に燃えていた頃のようにめらめらしながらその話を伝え、「とにかく少しでも弱気になってはいけないんだ!今回の移住はこうして魔の者たちが加担してまでも崩そうとするほどのことだから、生半可な気持ちで意識しただけでは実現しないんだ!絶対に自分たちが波動をもっと高めることができるために適した場所に移住して、さらに波動を高めて世に人々に還元しなくてはいけないんだ!」と2人で確認しましたが、実際に、この時点では妻も同じ結論に達していたとのことで、結果的に数時間続いたこの「PTA総務役員強制選出事件」による大きなネガティブなエネルギーを、この時点で私も妻も、それなりにポジティブに変換することができました。でも、その疲労度も多次元的な体や波動の受けた‘傷’も大きかったために、「明日は三社参りに出かけよう」という約束をすることで、ポジティブに変換する仕上げをするに至りました。

昨日は午前9時半頃に家を出て、10分くらいして九十九里の海岸沿いの道に出た頃から、突然デンプ(6歳3女仮名)が自作で即興の歌を歌い始めました。(何年も前から時々このようにデンプはシンガーソングライターになって歌うことがあります)コンサートをしているような形で曲名も言っていましたがこの時に歌った曲は「夢をあきらめないで」という題名でした。結局7,8分くらいは歌っていましたので長い歌でしたが、歌詞の内容を要約すると「夢は必ず叶うからあきらめないで。絶対に絶対に大丈夫だから願い続けていて!」というようなことでした。私も妻も、車に乗って少しした頃から、前の日のことをちょっと思い出していたこともあって、歌を聞きながら思わず笑ってしまいましたし、いつもながらデンプからはポジティブなパワーと癒しを与えていただいたことに対して、心の中で深く感謝しました。

今朝は、まだ右首の根元の痛みと喉の奥の違和感が残っていますが、なんとかこうしてブログを書くまでに回復しました。妻も80%ほど回復したようです。もしかしたら、このブログの内容は、低いエネルギーが混ざってしまっているかもしれませんが、書いている私は淡々と落ち着いた気持ちで書いているつもりになっていますので、掲載することにしました。もし、ネガティブなな感覚になってしまったようでしたら申し訳ありません…。私事ではありますが、わくわく感に従っていつものように表現してみました。

このように波動が下がったような状態で3社参りしたことで感じたことは、やはり神様のお力は素晴らしいということと、鹿島の森の癒しの力の素晴らしさもあらためて強く実感して、多大なる感謝の気持ちでいっぱいになりました。








スピリチュアル

時間の流れについて

2009年12月12日
時間の流れを速く感じている人が増えている・・・というようなことは、多くの本やブログなどでも表現されていますが、私の過去のブログで何度も触れてきましたし、これまでに私がいただいたメールでも何人もの方々が書かれていることでもあります。我が家でもよく話題にのぼりますが、思い返せばいろいろと経験しているのに、時間の経過はとてつもない速さに感じることがよくありますし、カレンダーを見て「え~…もうこんなに月日が経っている~!」という驚きを口に出してしまうことも何度あったことでしょうか。

時間を速く短く感じる人は、実際にも感じているような短い時間を過ごしています。逆に、時間が長く感じられた時には、あなたは実際にも長い時間を過ごしているのです。直線的な時間の基準となっている時計に刻まれている時刻やカレンダーで示される月日は、3次元における地球表面上では皆同じに進行するように統一されていますが、実際に過ごしている時間は、個々によって違うというのが真実なのです。これは、単なる「感じている」だけの問題ではなく、物質的にも当てはまることでして、時間を短く感じて過ごしている人ほど肉体の老化は遅くなっているのです。

ではなぜ時間を速く感じる人が増えているのでしょうか?また、日増しに時間をさらに早く感じるようになってきている人もいますが、それはなぜでしょうか?時間を遅く感じたり変わらないように感じたりする人もいるのはなぜでしょうか?

このような疑問をお持ちの方がいらっしゃいましたら、わかりやすく解説してくれている文章がありますので、下記に紹介いたします。

すでに実感されている方、なんとなく感じている方、半信半疑の方、この情報には触れたことのない方、否定的な方などなど、個々によって違うのは承知していますが・・・私はこれまでに数年間にわたってブログで何度も書いてきましたように、地球内部は空洞になっており、地球内部には高次の存在が住んでいて、私たち地球表面で暮らしている3次元の世のあらゆることに対して、大きな愛をめぐらせてサポートしてくれていることを実感して信頼しています。

以下の内容は、地球内部に48万年以上も住んでいて、地球のアセンションのサポートをし続けてくれているミコスからのメッセージです。地球内部の存在を信じるか否かは別としても、書かれている内容を心で感じていただき、受け入れられる内容は知識の1つとして受容していただければ幸いです。

以下の内容は徳間書店より出版されているダイアン・ロビンスの著書「空洞地球」の一部を転載しました。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「一日に持てるあなた方の時間は自己の意識レベルで決まります」

私はミコス。地球の記録の管理者です。今日、私たちは母なる地球を包み込む時間とワープについて話しましょう。地球は、自らの進化を魂からの教訓で学ぶよう、他の宇宙とは時間が切り離されています。ここ、地球では時間は異なって動いています。なぜなら、地上の人々が学び、修得するまで、何度も人生の教訓を繰り返し体験する必要があるからです。そのために、あなた方は過去・現在・未来という概念を持っているのです。それは教訓を学び取り、修得に必要な試験に合格するのに要する時間を、発展途上の人類種に与えるためです。地球の時間は、進化における重要な要素を担っています。

ある惑星が進化し、次元上昇(アセンション)した状態になれば、もはや時間は存在しません。というのも、この高次の意識的視点から、あなた方は永遠を垣間見ることができ、全ての時間が調和していると、同時に感じることができるからです。あなた方は本当に自己の他次元性……すべての意識状態、時間、場所を一度に体験できる……を感じ取れます。もはやいかなる境界、分離、絶縁もありません。全てが一つで同時なのです。

地球と地上の全生命が意識において発展するにつれて、時間は圧縮されていきます。それは人類が意識において前進している証ですが、時間はますます短くなっていきます。あなた方はもはや時間の「中」にいるとは感じられないポイントに到達するまで、ますます時間は短縮されていき、あなたは時間を外れて次元上昇した状態へと移行します。

あなたが自己と全地球の意識の中でさらに向上していけば、日々の経過が速まり、数分・数時間が飛ぶように過ぎ、あなたがかつては1日で達成できたことの半分も成し遂げないうちに日が暮れていることに気づくでしょう。

時間は実際にとらえ難くなってきています。あなた方はもはや時間にしがみつくことはできません。発展が鈍ければ鈍いほど、より多くの時間を要し、日々は長くなります。種の波動が高ければ高いほど、日は短くなります。これは時間が存在しない他次元性の状態である「宇宙意識」と実際につながるためです。ただすべてが現在なのです。

時間がさらに崩れると、あなた方は自身の他次元性へと向かい、深く「神」を体験するでしょう。あなた方は全創造の完全性を感じ取り、いかに全生命が絡み合って相関性があるのかを理解することでしょう。人類はそれを学ぶためにここにいるのです。しかし、現在までのところ、地球の密度はあまりにも重く、各人は他者から自分を切り離し、分離と孤独を感じています。各人は、実際のところ存在しない時間と空間によって、分離を感じているのです。そうしたことは進化した惑星には存在しません。進化した種は逸れることなく、すべきことにフォーカスできるのです。

時間の流れは年齢と無関係です。年をとっても、時間の流れが加速することはありません。あなたがより賢明になり、意識と知恵において「成長」する時にだけ時間の流れは加速します。もしあなたが年齢を知恵や啓発度と同じだと見なせば、あなたは年をとるに従い、時間の流れも加速すると言えるのです。しかし、一生の間、意識における成長が見られない者には、時間は果てしなく長く、延々と続くように思えます。そのような人々は、年をとるに従い、「時間が遅くなる」と言うかもしれません。ですから、時間の長さや、あなた自身の日々の長さを決めるのは‘自己の世界観や内面的な成長率’です。あなた方は皆、自己の意識状態に応じて、異なる日や時間の長さを持っています。そのため、あなたの意識が広がれば、あなたの時間は反比例して減少するのです。時間がゼロの状態に至れば、啓発され次元上昇した状態になり、そこでは、時間も空間もなく、ただ全創造の完全性だけが残るのです。

これが空洞地球内で私たちが体験していることです。私たちは存在の完全性や永遠性を感じます。そして、創造主の光は地球に注がれており、あなた方の意識を神の光とともに広げているため、この完全性や永遠性は、少しずつ増えながら、あなた方が地上で体験し始めているのです。

あなた方が言うように、私たちは時間の「停滞」を感じることはありません。私たちは人生の永遠の流れが自己を通じて薄らいでいくことだけを感じ、それはどの瞬間においても平和と安らぎを私たちにもたらしてくれます。私たちは、あなた方が持ち、頼っている「時計」さえも持っていません。私たちは時間をかなり異なった宇宙的な方法でカウントしており、それは全宇宙とシンクロしています。なぜなら、私たちは宇宙の一部であり、宇宙の一部として機能し、地上での時間とはかなり異なった「宇宙時間」で過ごしているからです。

光は急速に地球を照らし出しているため、まもなくあなた方の意識は宇宙時間に到達し、そこで私たちがあなた方を「今」待っていることが分かるでしょう。私たちは、あなた方が意識においてスピーディーな旅をすることを願っています。


「空洞地球」 ダイアン・ロビンス著 徳間書店 より転載。



*2009年6月19日の当ブログに掲載した内容を転載しました。









バックナンバー改訂版

アマンダとデンプも…たぶんまもなくブログデビュー

2009年12月11日
娘のグミ(長女仮名中1)は1年ほど前からブログを公開しています。ほぼ毎日のように、日記や読んだ小説や漫画等や趣味に関してのことなどの書きたいと感じたことを自由に表現しているようですし、いただいたコメントにもマメに返信しているようで、今の時点では毎日少なくとも数十件ほどのアクセスがあるようですし、多い時には100件近くのアクセスがあるようです。

グミは毎朝中学校へ登校する時間よりも1時間半ほど前には起床していますので、朝食をとったりペットの白うさぎのお世話をしたり一通りの身支度や準備を終えても、数十分ほどの余裕があります。その時間には必ずパソコンを開いて何やら書きこんでいますし、夕方に帰宅してから夜9時前後に就寝するまでの間も、毎日平均1~2時間ほどはパソコンを開いて何やら読んだり書き込んだりしています。

私はグミのブログを見ないことを、ブログを開いた時点から約束していますし、今も許されていないので、一度も見たことはありません。これも不干渉の法則を守っているといえるのでしょうか…でも実際はやはり気にはなりますが~…。

そんなわくわくしながら楽しんでブログに熱中しているグミや私の姿をいつも見ているアマンダ(小3仮名次女)とデンプ(6歳仮名3女)は、少し前から「ブログを書きたい!」と、2人が一緒になって要望してきました。一昨日は、やっぱりどうしても書きたいということでしたので、「一人で文字を打ち込めるようになってからだったらいいよ~」と言うと、だったらすぐにでも練習を始めたいということになり、これまでにも何度かローマ辞表を見ながらワードに文字を打ち込む経験はしてきたのでなんとなくはわかっていることもあり、以前にコピーして渡した自分たち用のローマ辞表を持ってきて、早速、練習をし始めました。

昨日の時点では、2人とも打ち込むスピードは同じくらいでして、2日間で100文字くらいの文字を打ち込んでいました。2人のスターチルドレンたちは、わくわくして本気で取り組んで学習した時の飲み込みはとても早くて、我が子ながら「天才じゃん!」って感激してしまいます。

でも、学校でのアマンダは、興味を持てずにやらされているように感じるような学習はあまりこなすことができていませんし、興味のない授業中では自分のイメージの世界に入り込んで楽しんでいるために、テストの点数はほとんどが平均点以下のようです。また、毎朝のように「今日の学校で楽しみなのはなんだ?」と私は聞いているのですが、週1回の図工の時間以外で教科学習に関して答えることはほとんどなく、ほぼ毎日「休み時間と給食の時間!」という答えがかえってくることがほとんどです。でも、教科の一部の単元やその時の授業内容によっては、意欲的に楽しんで学習していることもあるようですが、そのような機会はとても少ないようです。また、競争心が乏しいですし、家ではよくしゃべりますし自分をたくさん表現していますが、学校ではおとなしいようです。

ですから、そんなアマンダの通知表に記入されている評価は全体的に低いですし、教師からのコメントを読んでも、あまりアマンダのことを理解してくれているようには感じられません。でも、本人も親も、そのような通知表の評価を見ても、まったくネガティブには感じてはいませんが、一応参考にはするようにしています。

そんなアマンダはここ数年間、デンプは1年半ほどの間、たくさんの自作の絵本や物語を書いてきました。A4サイズの白紙を半分に折りホチキスで留めて、本のような見開きできる状態にした所に絵や文字を書いて、1冊の平均は7,8ページになりますが、2人の作成した本は、それぞれすでに軽く100冊は超えています。また、アマンダは最近、大学ノートの小さいサイズの手帳のようなノートに、小説(?)を2話書きましたが、1つは「ゆうほう(UFO)はある」という題名でした。アマンダは照れながら「パパ~。できたから見て~!」と言って、アマンダにとっては長編になった力作を読ませてくれましたが、その内容は、UFOや宇宙人の存在を信じている主人公が、学校の先生にも友人にも、いくら話しても信じてもらえなかったが、あるできごとがあって、親友だけはやっと信じてくれて嬉しい…というような感じのお話でした。

我が家の中では、もっとも宇宙人的なアマンダらしい小説の内容でしたし、とても明るい雰囲気の文章で内容も分かりやすかったので、やっぱりアマンダはすごい奴だ!と感じ、親バカと思いながらも、おもいきり褒めました。

このように、様々な現状の中、どうやらアマンダもデンプも、今の時点では不特定多数の方々に公開するブログを作成して、自分を表現したいと感じてわくわくしているようです。

我が家にはちょっと古めの物と1年半前に購入した2台のパソコンがあります。ちょっと古めの方は、グミがメインに使っていますが、デンプも毎日30分以内という約束でヤフーキッズのゲームをやったり、妻が時々使ったりもしています。新しい方は、私がほぼ独占して使っていますが、時々、アマンダとデンプのワードの練習にも使っています。

私は毎朝だいたい午前4時台に起床してすぐにパソコンを開いてから午後4時くらいまでの間は、ブログを書いたりメールのやり取りをしたりアセンションスペースシューリエの関係の仕事のために使用していますが、平日はだいたい午後4時前後には仕事としてパソコンを使用するのは完全に終わりにしています。

平日はほぼ毎日、千葉では日テレで「水戸黄門」の再放送をやっているのですが、午後4時になるとテレビのスイッチを入れて、妻と一緒に水戸黄門を見ながら、シャポー・ブルー ルージュという498円で販売している安い赤ワインを飲み始めるのが今の時点での私の日課となっています。(ちなみに残念ながら妻はアルコールをほとんど飲んだことはありませんし、ワインはまったく受け付けないようですので、いつも一人でちびちびやっています)私は、このワインに口を付けた時点から、メールのやり取りやブログの記載はしないようにしていますので、それ以降に書きこむのは、翌朝以降に持ち越しています。

私が家で行っているルーチンワークの最後は、家族全員の夕食を作ることです。食後の片づけは妻とグミの仕事なので、夕食後から就寝する9時頃までの間は、ちびちびと赤ワインを飲み続けながらテレビを見たり本を読んだりしてくつろいでいます。そんな私の憩いのひと時に、どうやらまもなく、アマンダとデンプがブログに掲載するためのサポートをする時間も加わりそうです。それにしても、娘3人がこんなに早くにブログを書くようになるなんて、数年前まではまったく想像もしていなかったことです…。





日記

スピリチュアルな目覚めを自覚している方へ

2009年12月11日
アセンションに向けてそれなりに波動を高めている人の中には、多少なりとも自分自身にスピリチュアルな目覚めを感じたりポジティブな変化に気付いたりしている方がいらっしゃることでしょう。また、現時点ではそれほど自覚がなくても、徐々に変化していたり周囲も変化したりしているために、顕在意識では気づかないでいるけれど実際には変化しているという事実もたくさんありますが、いずれにしてもこの先に自分自身の波動が高まるにつれて、どんどん気づいていくようになります。

このアセンションに向けて肉体的にも精神的にも波動が高まるにつれ、スピリチュアルな目覚めによって表れる主な変化としては、次のようなことがより高まって(強まって)いきます。「感謝・慈愛・許しなどの愛の気持ち」「楽天さ」「霊能力」「肉食が減る(なくなる)」「思考のポジティブさ(ネガティブな思考の減少)」「神・仏・霊・宇宙などの目には見えなくても高次元の存在を感じて崇める」「世の中のできごとをシンプルでポジティブに捉えること」「人のために自分を役立てたいと思う」「スピリチュアルなエネルギーを実生活に生かす(ヒーリング・言霊など)」「人や物ごとの波動がわかる(善悪・裏表・愛の大きさなど)」「場所の波動がわかる」「自分の存在していること自体を幸せに感じる」などです。つまり、一言でまとめれば「スピリチュアルな目覚めが大きくなっていく」ということになります。

この目覚める度合いも変化していく過程も、人それぞれの個性により違ってきます。この、個性とは魂本体の個性、カルマの個性、波動の個性、転生してきた目的の個性が主なものとなります。そして、この個性により、目覚め方も変化する仕方も順番も内容も時期も人によって異なってくるのは当然のことであります。

ですから、例えばある人の霊能力が急激に高まって実生活に生かしていく様子を知って、自分がそうでないことを嘆く必要はありません。肉食がこれまで通りに続いているからといって、肉食をやめている人よりも波動が低いかどうかとか、目覚めの度合いの大小がどうであるのかとかもわかりません。目覚め方は個性によるのです。人それぞれなのです。バランスなのです。

少しでも目覚めたことを自覚した人が、どのような過程で自分は目覚めることができたかということを他人に対して参考として伝えるのは最高のことです。しかし、そのやり方を押し付けたり目覚めていかないことに対して批判や制限などを与えたりするなどの、ネガティブな波動をめぐらせたり自分と同じような道を歩ませようとしたりするエゴが表出してしまうと、せっかくの素晴らしいことが逆の結果となってしまいます。

また、人によっては「つもり」の人もいます。つまり、本来はそれほど大きく目覚めていなかったり実生活にはそれほど生かしていたりしていないのに、自分は大きく目覚めて人一倍波動が上がっているつもりでいる「目覚めたつもり」の人もいるということです。この「大きく目覚めたつもりの人」の特徴としては、「自分は優れていると思いこみ人に対してやたらと自慢する」「自分のやり方を人に対してやたらと勧める」「組織に所属していたり師と仰ぐ人がいたりする場合、自分以外の人をやたらと崇めたり崇めることを勧めたり極度のティーアップをしたりする」「目覚めていないだろうという部分に対して、できていないことを批判や避難をしたり強要したり制限をかけたり強く否定したりする」などです。中には、つもりであるとわかっていつつ、あえて金銭の収入のためだとか地位や名誉を高めるためなどに利用するといった、さらにとてつもなく波動の低い人もいます。

今、ますます多くの方々がどんどん目覚めている一方、逆にまだ残っている魔の最後のあがきも強く行われています。また、せっかく多少なりとも目覚めてきたのに、エゴが強まってしまったために、知らず知らずに波動が下がってしまっている人もいます。また、せっかく目覚めて気づいたのに、スピリチュアルな気づきを別物であるとか特別なものであるとかと思いこんでしまい、実生活に生かそうとしないでいるために波動がなかなか思うように上がっていかない人もいます。

このアセンションを目の前にして地球自体に注がれるエネルギーや地球自体の波動がどんどん高まっている状態の中において、自分自身が少しでもポジティブに変化していると気づいた人、つまり目覚めを自覚している人はどんどん増えています。

そこで、最後にまとめとして、多少なりとも自分が目覚めてきていることを自覚している方は、次のことに心がけて実生活を送るようにすると良いと思われる参考事項を羅列しておきます。

・すべての情報に関して、心がわくわくすること(楽しくなる・興味関心がわくなど)、実生活に生かせると感じたことなど、ポジティブに捉えられることはどんどん受容して行動できることはすぐにでも行動に移して習慣にするようにすること。

・すべての情報に関して、最終的にネガティブにしか捉えられないことに関しては削除してください。また、必要と感じる情報には気を向けても、必要とは感じられない情報は、あまり気にしないようにした方がよいです。

・人の意見も行動も経験も状態も、あくまでも参考までに留めて、総合的な見地のもと、すべてを強く自己責任を持った中で自らの意識で判断して捉えて活用するようにする。

・宇宙の基本法は「愛」であるということを常に基準でもありすべてでもあることを意識し、愛から発した中でもポジティブなことである「感謝」「許し」「真実」「健康的なユーモア」「謙虚さ」「思いやり」「慈しみ」「寛大さ」などを習慣として身につけるように努めるようにすること。逆に、自分自身の思考や行動の中に「怒り」「恐怖」「不安・心配」「エゴ」「偽り」「現実逃避」「他への責任転嫁」などの宇宙の基本法に即していないネガティブなものを感じたら、すみやかに反省し改善してポジティブに変換するように努めること。

・自分自身の魂を信頼すること。そして、今の自分自身に対してもできるだけ強く信頼できるような実生活を送るために修養を重ねること。平行して、宇宙をより信頼すること。


*2008年7月4日に当ブログで掲載した内容の一部を修正して転載しました。








スピリチュアル

「必要」に徹すること

2009年12月10日
私は、意識や行動に関してはわくわく感に従うことを基本としていますが、物質の扱い、特にお金に関しましては「必要」に徹するよう常に心がけています。

私のブログを以前からお読みの方はご存知かと思いますが、私は世間の基準においてはたいへん貧乏であると位置づけられるでしょう。現に、我が家のすべてを合わせた今の時点での手持ちの現金と通帳の中身とを合わせても1万円前後しかありません。クレジット会社等の業者からの借金はまったくありませんが、6人家族の現状の持ち金としては、きっとかなり少ないでしょう。でも、こんな状況は我が家のここ数年の状況の中では珍しいことではありません。確かに以前は先を考えて不安に陥ったことは何度もありましたが、今の時点での私も妻も「必要」に徹しているので、昨日までも今の時点でも、必要なお金はあることを感じていましたので、安心して実生活を送っています。

以前までの私も妻も、少し先のことを考えて思い切り不安になることはしばしばありました。特に、子どもたちの学費や家賃といったような、月々の期限付きでまとまったお金が必要であり、子どもたちにもネガティブな影響を及ぼすような事態においては、子どもたちにネガティブな思いをさせたくないという思いから、直前になっても必要とするお金の貯蓄がないようなときには、恐怖のようなものさえ湧きあがることもありました。

でも、これまでの数々の経験を通して(私のブログの所々にその様子は具体的に書いてきました)私も妻も、「必要なものは必要な時に必要な所へもたらされる」ことを実感して強く信頼するに至ったので、以前のような取り越し苦労(まだ起きてもいない先のことを過度に心配すること)をすることが徐々に減ってきました。それでも、やはり今でも取り越し苦労はします。私のような自営業(我が家の収入はアセンションスペースシューリエのホームページに書かれている内容のご依頼を承って実行することにより得られる収入のみです)では、お金を得るためのこの先の当ては未知数なわけですから、毎月かかる家賃10万円や学費等が直前まで確保できていないような時には、気がつくと取り越し苦労の世界に浸っていることがあります。でも、そのたびに「必要なものは必要な時に必要な所へもたらされる」という言葉を念じて、ネガティブな感情を安心と信頼というポジティブな感情へと変換することによって乗り越えてきましたし、そのように強く意識するようになったここ1,2年間は、実際に必要な物は必ず与えられ続けてきました。《大感謝!》

我が家では過度の節約(きりつめること)はしていないと自負しています。たとえ持ち金が乏しいと感じていても、必要であればその分を使うようにしています。お金に多少の余裕や過剰があるような時には、多少なりとも贅沢であると感じるようなことも、波動を高めたり気をやすめたりするなどのポジティブに感じることとして必要であると感じれば選択しています。だからきっと子どもたちは、世間と比べても貧乏であるとは感じていないでしょう。でも、ぜいたくをしているのとは、ほど遠いいと感じていることでしょう。

最近アマンダ(次女小3仮名)もデンプ(3女6歳仮名)も、私に何かを買ってほしいとねだる時、「~は~をする時に~のためにどうしても必要だから買って~」というような言い方をすることが増えてきました。そんな時、「必要ならばいいよ」とあっさりと認める場合もありますが、私からしたら贅沢であったり本来は必要ではないと感じたりしたような場合には、必ず私の捉えた観点を話して、もう一度本当に必要な物なのかどうかを考える機会を与えるようにしています。時には説得するようになる場合もありますが、私も妻も子どもに対して話す内容と同じように「必要」に徹することを実践していると自負していますが、そんな姿を感じてくれているためもあってか、必ず結論は我欲を抑えて必要に徹してくれています。

シュー(高1長男仮名)とグミ(中1長女仮名)は、それなりに我が家の経済状況は分かっている中で、それでも必要と感じるような物のある場合には、たとえ高価な物(2人とも最近は部活で必要な物がメインですが良い物を求めて値段はあまり妥協していません)であっても買ってほしいと要求してきたり、カラオケに行くからとか電車で近くの町に出て買い物に行くからとかと言って、余分におこずかいを求めてきたりすることもあります。でも、おもしろいことに、この2人の願いは金額の高低に関係なく、いつもすんなりと叶う(購入するための現金が手元にある)ので、本当に「必要」な物を得ることに徹しているんだな~と感心してしまいます。

これまでに何度も過去のブログには書いてきましたが、私も妻も石垣島に移住することを、今、もっとも強い願いとして抱いています。もちろん、必要なお金は全くありませんし、物質的なことに関する当てなどもまったくありません。3次元的な物質的には何一つ動いていないのです。でも、常に理想としてはあらゆることを描き続けていますし、願望は時が経つにつれてさらに強まり広がっていっています。そんな中、私も妻も常に願いは必ず叶うことを信じて、私たち家族にとって移住することが必要である時が来れば、必要なものが、必要に応じたタイミングでもたらされることを信頼して、ポジティブな感覚の中で待ち続けています。


*2009年10月6日に当ブログで掲載した内容を転載しました。










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修養を重ねるということ ~その2~

2009年12月09日
私がこれまでに使ってきた修養という言葉の中でも、主に心(精神)の修養とは何かということを、私なりに簡単な表現にしますと「より宇宙の道理に基づいた道を歩み続けること」ということなるかと思います。そのためには、「波動の高いことを選択し、波動の低いことを選択しないようにすること」が基本になります。つまり、比較的多くの皆さんが日常的に心がけていることでもあるということになりますが、山にこもって断食をするとか滝業をするとかといった荒業のようなことなど、日常生活から離れた所にて修養するということよりも、実はこの日常の実生活の中で行うことの方が、はるかに修養を重ねることができるし、様々な困難がある場合も多いということになります。


穏やかな幸福感に包まれて大きな愛の中で実生活を送っている人がいれば、罪を犯したり怒りや恐怖といったおもいきり低い波動を放っている人もいる。神や仏もいれば魔もいる。3次元の世には、様々な波動が入り混じって共存しています。特に、このアセンション完了直前という状況下では、エネルギーの高まりから波動の高低が2極化しているために、その波動の差は日増しに大きくなっているということが現状です。

そんな中で心(精神)の修養を重ねいくということ。つまり、「宇宙の道理に基づいた正しい道を歩み続けることにより、波動を下げないように努めつつ波動を高めるということ」は、並大抵のことではないことである、ということになります。

例えば、「常にご縁のある人に対して笑顔で挨拶をする」ということで、人との調和を高めたり暖かい波動を送ったりするという目的の修養を選択したとします。結果として、笑顔で挨拶をしてくれ人もいればさりげない人もいるし、中には無視をする人がいたり嫌な顔をする人もいたりするでしょう。そんな中、相手によって態度を変えたり波動を下げたりせず、常に高い波動を保ちつつ笑顔で挨拶するということを習慣にしていくというのは、結構たいへんなことであるといえます。

例えば、我が子に対して低い波動である怒りとかエゴとかといった感情を向けないようにするという修養を選択したとします。我が子が自分の目の前で自分の意に反することをしたり許せないことをしたりしたときに、心穏やかに怒りの感情を持たずにすべてを許して受容し、表情も言葉も波動も高いままでい続けるということは、中学生以下4人の子どもを育てている父親という立場である私としては、ついつい怒りやエゴなどの低い波動の感情が入ってしまうことがあり、常に高い波動でいるということは不可能に近いといってよいほどたいへんなことであると思っています。

修養は日常生活の中において、いくらでも積み重ねることができます。現に、多くの皆さんは、修養という言葉や意味を意識していなくても、正しい道を歩むことやわくわくすることを選択するということは、人間としてこの世に生まれたときから行っていこうとしていることでもあります。

そんな中で、愛から発している宇宙の道理に基づいていると確信できることに関しては、顕在意識の中で修養していることの動機や目的や意味といったことを強く意識して行うことと、そのように意識することや行動することを重ねて習慣にしていくということが、とても大切なことであるということになります。そして、自身の身についた習慣としての確固たるものになると、より人格が高まり高い波動がめぐりオーラが輝いていき、人や地球や宇宙などのすべてに対して、より高い波動をめぐらせるという素晴らしい貢献ができるということになります 。


*2008年2月17日に当ブログに掲載した内容を転載しました。











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修養を重ねるということ

2009年12月08日
修養という言葉の意味は、広辞苑によると「精神を練磨し、優れた人格を形成するようにつとめること。」ということです。人がこの意味における修養を積んでいくと、波動がどんどん高くなりオーラの輝きも増していきます。そして、愛がより深く大きなものとなっていき、自分にも他人にも地球にも宇宙にも、よりたくさん貢献できるようになっていきます。

修養するということを、最初は思考によって修正したり意識したりしながら行うことが多くても、修養を積み重ねていくうちに意識も行動も習慣になっていくにつれて、無意識のうちに修養を重ねていくという状態が増えていきます。その中で、習慣となって修養されたことが精神の深い領域にまで浸透して身についたら、さりげなくそしてごく普通のこととして実生活の中で生かすことができるようになりますし、さらなる修養を続けていくようにもなります。

このようにして、できるだけたくさんの修養を重ねて、より多くのことを実生活の中で生かせるように習慣づけていけば、さらに高い波動のめぐりが生じて、高次元である魂の本来の特質をより多く思い出していき、人として3次元の地球上に在りながら、より高次の魂に近づいた状態での実生活を送ることができるようになっていくということになります。そして、高次の魂に近づけば近づくほど、宇宙との一体感をより強く感じながら、より慈愛に満ちあふれた幸福感の中における実生活を送ることができていきます。言い換えれば、波動がより高くなり宇宙や世の中や自分自身の魂(無意識や潜在意識)と顕在意識(心)との調和が深まっていくにつれて、心配・不安・怒り・エゴ・恐怖などといった波動を下げてしまうことや、体の不調や怪我や事故、嫌なことやつらいと思うことがめぐることなど、そういった3次元的なネガティブなことが実生活の中から減少していくということになっていくということです。

修養を重ねるということについてですが、修養という言葉から、何か特別なことをするような印象を感じる方がいらっしゃるかもしれませんが、実はそれほど特別なことではなくて普通にできることがほとんどであります。

できるだけ楽天的に無理なくわくわくしながら修養していくということを選択すれば、いくらでも日常生活の中においてわくわくしながら修養を重ねることができます。また、古くから行われているような滝業とか長期間に渡る断食とかといったことを選択するいということでしたら、多くの人にとっては日常生活からはかけ離れた特別なことになるわけです。無理なく普通に3次元的な実生活を送りながら修養するのか、あるいは何か特別なことをするのかということは、自己責任と自由意志によって何を選択するかということによります。

さて、この修養するということにおいての基本になることですが、動機や目的のすべてが「愛」であるということを心で認識するということです。この愛という言葉をもう少し広げて表現すると、慈しみ、調和、感謝、親切、自己への愛、他への愛などとなります。そして、この愛から発する意識や行動を習慣にしていくということがとても大切なことであり、すべてでもあります。

ここでいう行動を習慣にしていくとは、ただ単に同じ行動を繰り返して行うということだけではなく、同じ動機や目的である行動を習慣にしていくという意味になります。このことを例えて説明しますと、電車でお年寄りに席を譲ること、困っている人に声をかけること、怪我をしてしまった人の手当てをすること。この3つの行動は違うわけですが、根本にある愛は「人に親切にすること」となるわけですから、動機や目的は同じであるということになるということです。

修養するということを大きく2つに分けると「波動を高めること」と「波動を下げないようにすること」になると思います。分けるといっても、本来は、波動を下げないようにして高めるという両面性がある中でのことなので、ここで2つに分けたことはわかりやすく表現するための便宜上でのこととなります。

この「波動を高めること」については、わりと意図的に行いやすいことも多いですが、「波動を下げないこと」については、突発的であり日常的である出来事の中においての修養が多くなるといえます。この、突発的であり日常的である波動を下げてしまうこととは何かといいますと、例えば、怒り・不安・心配・エゴ・嫉妬などといった、情緒面におけることがとても多いということになります。この怒りという低い波動を許しや慈しみという高い波動に変えること、不安や心配を安心や希望に変えること、エゴや嫉妬を愛情や思いやりに変えること、このことを情緒面においても行動においても、できるだけ即座に行うことが「波動を下げないこと」そして「波動を高めること」という修養になるということです。

さらにこのことを3つに分けると「身体の修養」と「心の修養」と「霊性の修養」となります。ただし、この分類も同様に言葉上の分類であって、すべては連動していることでもありますので、言葉として表現する際にわかりやすくするために分けているという表面的なことになります。ですから、すべての修養についてはっきりと分類することができないわけですが、ここでは主に修養する意味が身体であるか心であるか霊性であるかということになります。


今回の日記での主題を修養にしましたが、このテーマはとても広く深いものであるために、表現していくと膨大な量の文章になっていきますので、この日記ではここまでとしておきます。これまでも書いてきたつもりでしたが、今後もこの修養ということに関しての捉え方や実践例などの具体的なことを書き続けると思いますので、参考にしていただければ幸いに思います。

最後に、2つの内容を書くことで、今回述べてきたことのまとめといたします。

1つは、修養はバランスが大切になるということです。例えば、波動の上がることを修養していても波動の下がることを続けていては、波動が高いときと低いときのギャップが大きくなってしまい、きつい(波動が低い)状況になることがあります。例えば、真の信仰をしたり宇宙エネルギーなどのスピリチュアルなエネルギーを意識的に取り入れて霊性を高めたりしていても、身体に害を及ぼすようなことを習慣にしていたり波動の低い言霊を多く使ったりネガティブ思考であったりしていては、全体的な波動は上がっていきません。波動を高めることを意識しつつ波動を下げないように心がけること、そして身体も心も霊性もすべての面において修養しようという意識を持つことが大切ということです。

もう1つは、修養を重ねることにより経過や結果においての自己評価を、五感(視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚)によるものに求めすぎないということです。ある事項に関して修養しようと心が変わっただけで…また心が変わって行動が伴っただけで…即座に五感においてでもわかるとてもわかりやすいポジティブな結果が生じる場合もあります。逆に、心が変わり行動も変わり習慣として修養を重ねて波動がどんどん高くなっているのに、五感的にはそれほど変化を感じられない場合もあります。五感でわかることはとても表面的なことではありますが、3次元の世に存在する我々人類にとっては、とても大切なことでもあります。ただし、修養をしていく中で、波動が上がっていても五感的にわかるような物質的現象が生じるタイミングというものは、宇宙がすべて調和させて与えてくれるものなので、人間的な思考とはタイミングが違う場合もよくあるということです。それでも、後付けで振り返ったり総合的に物事を捉えたりしてみると、波動が高まっていくことにより、高い波動のできごとがめぐっていることを必ず実感できるはずです。そして、結果としては必ず五感的にもはっきりとわかるできごとがめぐってくるのです。


*この内容は2008年2月14日に当ブログに掲載した内容を転載しました。













バックナンバー改訂版

宇宙の求めている「仕事」をし続けること

2009年12月07日
「今の私にできることで

世のため人のため地球のため宇宙のために

もっとたくさんお役にたつことがしたい!」



このような内容のわくわく感が

直感的な中で湧きあがった時

具体的に自分がやりたいと感じたことが

すぐに思い浮かぶ人もいれば


具体的に何をしたらよいのかが思い浮かばずに

時間をかけて探そうとする人もいるでしょうし

願いを弱めたりあきらめたりする人もいるでしょう。


またその時点で行っていることが

実際にはこれまでに意識していなかったとしても

世や人や地球や宇宙に対して

それなりに貢献していることであるだろうと

あらためて認識する場合もあるでしょう。



直感的なわくわく感を

顕在意識でしっかりと認識し

自らの顕在意識の中で願うと


その願いは宇宙とつながり

今の世で現実的にできるような具体的なことを

インスピレーションとして与えてくれます。


そしてこのような願いは

魂向上のために必要なポジティブな願いであるために

守護霊や守護の神仏などの

身近で守護してくれている

高次のスピリットからもインスピレーションを与えらるのです。


その与えられたインスピレーションは

自らの顕在意識にわき上がり

自分の思考の中で即座に認識することができる場合もありまが


すぐには認識できず

時間が経ってから認識できる場合もあるのです。


この即座に認識できるのか

もしくは時間が経ってから認識できるのかの時間的な差は

すべてが必要に応じてのこととなります。


この必要かどうかの状況判断は

魂や宇宙によって成されるので

顕在意識では操作することが難しい場合もありますが

もっともポジティブな状況判断であることは確かであります。


ですから、もしその時点の顕在意識において

具体的な実践する内容が認識できなかったとしても


このような根本的にポジティブなことを願い続けてさえいれば

必要に応じて顕在意識でしっかりと認識できる時が

必ずくると信頼することが大切であります。



そしてもしその必要な時がきて

顕在意識の中において

具体的に実践したいと感じたことや

すでに実践していることがそうであると感じたら


それが単なる思考による思いこみなのか

インスピレーションとして与えられたものなのか

直感的に判断できればそれに従えばよいのですが


実際にはインスピレーションは

自らの思考と混じり合うために

その分離をして判断することが難しい場合が多いでしょう。


ですから具体的にあらためて何かをやりたいとか

今行っていることがそうであると感じたりした場合には

思考の中で内容をより具体的に膨らませていったり

できることから実際に実践してみたりすることが大切になるでしょう。



そしてもしあらためて意識的に実践しはじめたり

何か実践していると感じているようなことを

より意識的に歩み続けたりしていく場合には


実践していることが魂向上のため

地球や宇宙の発展のために必要なことであり

自分自身の本来のお役目として歩んでいるポジティブな道であれば


守護の存在のより強いご加護や

さらなる宇宙の神の導きもあり


その人のその時点の必要に応じた道を

無理なくスムーズに歩み続けることができ

満足感や幸福感などのポジティブな感覚に包まれ続けることでしょう。


本来歩むべきの自分自身の道を歩んでいて

さらにポジティブな道を歩もうと思い

その歩んでいる道が魂の意志と一致していれば


その人にとっての魂向上のために必要な学びの場は

無理して切り開いたり

ネガティブに感じるようなことを

あえて乗り越えるようなことをしたりしなくても


高次の守護の存在の協力があり

宇宙の神が導いてくれるので

とてもスムーズに道を歩むことができるのです。



しかし、もし具体的に実践しているうちに

ネガティブな感覚が大きくなったり

わくわく感が薄れてきたりした場合には


あらためて自らの意識の中で反省してチェックし

歩んでいる道に軌道修正が必要であると感じれば


当所に抱いた具体的内容に固執することなく

わくわく感に従って修正をし続け

よりポジティブな道へと変化させる必要もあるのです。



「今の私にできることで

世のため人のため地球のため宇宙のために

何かもっとお役にたつことがしたい!」


このような願いは

すべての人に共通している

今の世に転生した目的である

魂を向上させるためには必要なことであります。


宇宙の真理において

このような意識を持つことは

根本的に重要なことでもあります。


ですからこのような意識に基づいた願いが

より純粋であり

より愛に満ちたことであって

より本人の自然な姿で歩めるものであれば


願いは叶わないのではないのかというような

不信の念や取り越し苦労を抱いて

波動を落とさないように心がけ


願いを叶えるために自分ができる目の前のことを

よりポジティブな気持ちで歩み続けてさえいれば

必ず道はスムーズに開かれていきます。


このようにしてよりポジティブな実生活を送る中

本来の自然な自分のわくわく感に従って

自分の道を歩み続けていれば


必然的に

あるべき所に

あるべき時に

あるべきことが起こるのです。



「今の私にできることで

世のため人のため地球のため宇宙のために

もっとたくさんお役にたつことがしたい!」



このような純粋で愛に満ちた動機を持ち続け

意識的に実践しようとしたり

実際に実践したりすることは


宇宙の真理に基づいた

本来の光の道を歩むためには

とても大切なことであります。


そして実際に

世のため人のため地球のため宇宙のために

お役にたつことができている実践のすべてを


宇宙の発展にとって必要な

人の成すべき本来の「仕事」をしていると表現できるのです。


そしてこの「仕事」をし続けることにより

たとえ3次元的に認識できるような

お金や物品や名誉などの見返りがあってもなくても


そのポジティブなカルマによる恩恵は確実に与えられ

魂にとっては永久的な財産となって蓄積されていくのです。











スピリチュアル

少し先のことを予知できる能力 ~シリウスからのメッセージ~

2009年12月07日
この先の地球がどうなっていくかということに関しては、宇宙広といえどもこれだけ多くの存在がいる中で、「すべてをわかっている」のは宇宙の神のみなわけですから、あなたがた地球人類ばかりではなくて、高次元の存在のだれにも「すべて」はわからないことなのです。それでも、すべては分からなくても、今のエネルギーの状態からこの先にどのようになっていくかという「少し先までのある程度の予知」は、それなりにはわかっています。

これは、特別な能力ということではなくて、本来は3次元の世の地球人類のみなさんもわかっていることなのですが、自分たちの少し先の未来をわかるはずがないという思い込みや五感や思考や三次元的知識や顕在意識などによってブロックされているだけであって、実は皆「自分自身の少し先の未来はかなり正確に予知できている」のです。そして、それを信頼して思考に頼らずに直感やインスピレーションによって感じれば、顕在意識における知識として知ることができるのです。また、これは自分自身のことはよりわかりやすいのですが、自分に関係している世の中のことも、広く大きくポジティブに見通して感じるようにすれば、実は誰にでも現実を的確にポジティブに捉え、少し先の未来の予知も簡単に知ることができるものなのです。

そうはいっても、あなた方3次元の世の地球人類は、物質的世界に転生して実生活を送ってきているわけですから、4次元的5次元的といった高次元的であるより繊細な波動による霊的感覚は、三次元的である日常的に頼っている思考や五感と分離して顕在意識における認知をしずらいことはわかります。それでも、そんな中において、今という時期のアセンションを目の前にした状況においては、まもなくそういった霊的感覚が実生活を送るうえでは普通に必要になっていきますし、普通に認知するようになるわけですから、そろそろ肉体的にも顕在意識にも、そのようなまるで特殊と称されるような、もともとあなた方が持ち合わせている能力を発揮することを必要としている時が近づいてきているのです。

今、地球上では、「霊能者」とか「チャネラー」とかと称されるような三次元的には特別にスピリチュアルな能力を発揮して世で表現している人が、かつてないほどの人数となって世に表れています。そして、これまで以上に、本来のライトワーカーとしての目覚めを果たした者も多く存在するために、古くはネガティブなイメージが多くあった霊的能力者といわれる存在も、特に最近はそれほど特別ではなくて多くの人が必要とする時代になってきました。

それでもまだ、本来はあなた方が息をしたりまばたきをしたりすることをごく自然に行っているように、人として生まれた時から身につけている霊的能力をほとんど認識せずに特別視する傾向は多くの人にはありますし、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)でわからないと思うことをまったく信頼しないという人も少なくはありません。それが、三次元の世の特徴であるといえばそれまでですが、これだけ多くの人々がスピリチュアルな目覚めを進めている中、直観やインスピレーションなどの五感以外の感覚などといったものを徐々に取り戻しつつ信頼を深めて実生活に生かし、よりポジティブライフを送ることができている人々が、急速に増えているのも事実なのです。

ここでいう霊的能力とか霊的感覚とは、なにも目に見えないものが見えるとか、耳で聞こえないはずの声が聞こえるとか、そういったことばかりではないので、未成仏霊が見えたとか、山や木や石などから声が聞こえたとか、それが霊的能力の発達していて波動が高いのかといったら、そうである場合もあれば、低い波動の霊的存在の影響を受けていたり思考によって分かったつもりになっていたりしている場合もあるので、波動が高いとか目覚めが進んでいるとかとはいえない場合もあるのです。

そんな表面的なことよりも、そのようなスピリチュアルなことをどれだけ三次元の世における調和を図りつつ実生活における思考や意識や行動や周囲との調和などで取り入れて、ポジティブに生かし波動を高めることができているかどうかが大切であるので、バロメーターは「今の時点での自分自身の充実感・幸福感・満足感」がどのような状態であるのかを感じてみて、少し前よりも、または自分にとっての最高と感じるような時期と比較してどのような状態であるのかを知り、今の方がより高まっていると感じていれば、あなたはそれなりに波動が高まっていて、魂向上のために今世の転生した目的を果たすために順調に歩んでいるということになります。逆にもし低いと感じたのならば、反省し改善するよう意識し、より修養に励むように努めていれば、いつのまにか魂が向上する道を歩んでいることは間違いないでしょう。反省すること、そして無理ない程度にスピリチュアルな意識を取り入れつつ向上心を持つことを意識して歩むことさえできれば、実はだれでもスピリチュアルな目覚めが進み、よりポジティブな実生活を送ることはとても容易にできるのです。今、このとてつもない宇宙エネルギーを中心とした地球上のエネルギーの増大した状況下においては、実はそんな世の中になっているのです。

地球における出来事を大きな観点で捉えた時、過去の地球のネガティブな歴史はもうこの先には繰り返されません。今、そしてこの先は、過去の歴史と同じようであると感じられる出来事も、実はエネルギー的には大きく違っているのです。そして、表面上の出来事も大きく変わっていくのです。いくつかの詳細ともいえるような出来事は繰り返される場合があるでしょうが、大きな観点で物事を大枠で捉えてみれば、すべての宇宙における観点ではネガティブであるような出来事は、もう繰り返されることはないのです。

あなた自身についても、最愛なる家族や深縁な友人についても、世の中の出来事においても、あなたの必要に応じて少し先までをほぼ正確に予知することをあなたの魂はできているのです。もし、少し先のことについて顕在意識に表出してきてわくわくする感覚になったら、思考を重視せずに魂からくる感覚を重視するようにして、意識を広げたり行動に移したりするなどして、波動をより高めて実生活に生かすようにすると良いでしょう。まだ立証できないことである予測に対する思考は保守的であり三次元的な側面で働きがちです。逆にもし、直観的にとてもネガティブな感覚に陥ったら、それは低い波動の存在から受けたインスピレーションまたは三次元的な自らのネガティブな思考によるものですので、そういったことは重視せず、顕在意識をよりポジティブに持って行くように意識して、そのような低い波動の影響を受けないように努めることです。

たとえば、車を運転していてこの先で交通事故に遭うことを避けるためのインスピレーションを高次の存在や高次の自己の魂から与えられる場合には「いつもと違う道を行こう」とか「ちょっと車を止めて休憩しよう」とかといったポジティブな感覚が顕在意識に表出するはずです。逆に、低い波動の存在からのいたずらや波動を下げるためのインスピレーションであった場合には、交通事故の悲惨なシーンの映像が浮かんでくるとか、「交通事故は怖いぞ。」「まもなくおまえは事故に遭うぞ。」などといったネガティブな表現が浮かんでくるはずです。高次の存在から受けるインスピレーションは、愛が深くさりげなく謙虚であります。逆に低い波動の存在からのインスピレーションは不安や恐怖を与えたり命令的であったりしますので、ネガティブな感覚になりやすいのです。ですから、サニワはとてもわかりやすくできるのです。

今をよりポジティブに生きるように意識していれば、波動が高まるごとにスピリチュアルな目覚めも平行して進んでいきます。そして、本来持ち合わせている霊的能力も自らの必要に応じて顕在意識に湧き上がってきます。その中の一つとして、今、多くの地球人類のみなさんにおいて目覚めつつある能力の中で、特に注目すべきことが「少し先の必要なことをより正確に感覚的に予知することができるようになっていく」ということなのです。


*この内容は2009年1月20日に当ブログで掲載明日内容を転載しました。











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