FC2ブログ
10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月

今日のわくわく

2009年11月15日
昨日は予定より少し早めにお客様がいらして、2時間半ほどの楽しく充実したひと時を過ごしました。私が以前ヒーリングルームでスピリチュアルカウンセリングをしていた時にも1度きてくれたこともあったし、レイキ3までの伝授も受けてくれていた方でもあったのですが、昨日はスピリチュアルアドバイス的なお話をしたこともあって、遠方から来てくれたのに、ヒーリングルームの時と同じ金額をいただいてしまいました。

そんなありがたい臨時収入があったし、今日は天気がよく、気分も最高なので、以前から娘3人が希望していたし、何よりも私が行きたくておもいきりわくわくしていた、伊藤園レディスゴルフトーナメントという女子プロゴルフの大会を見に行くことに、今朝、決めました。

3年前は1人で行きましたし、2年前にはグミ(長女中1仮名)を連れて2人で観戦に行ったこともあるトーナメントです(その時のことは2007年11月12日付の当時のブログ「伊藤園レディスゴルフトーナメント」に書きました)。2年前は電車とバスを使って2時間ほどかけて行きましたが、今の家からはとても近くて、車で20分前後で行くことができます。

昨日終了の時点では、大好きな横峯さくらちゃんがトップにいるし、大好きな有村智恵ちゃんや古閑美保ちゃんや服部真夕ちゃんは上位にいるし、他にも大好きなプレーヤーがたくさん来ているので、ゴルフ好き(最近はほとんどやっていませんが…)プロゴルファー好きの私にとっては、最高の気分であちこち歩き回るだろうと思います。

妻は最近石川遼君にはまっているので、女子のトーナメントを見に行くくらいならテレビで遼君の観戦をしたいと言いつつも、結局家族に巻きもまれて、一緒に行くことになりました。グミは2年前に行った時、たくさんの選手からサインをもらいまくって嬉しい思いをした経験があるので、今回もサイン帳を持て行くと言ってはりきっています。アマンダ(次女小3仮名)とデンプ(三女六歳仮名)はトーナメント観戦は初めてなので、実際のゴルフ場がどのようになっているのかを見るのと、どんな食べ物屋さんやお土産屋さんがあるのかということとが楽しみなようです。

日曜日の朝は、アマンダとデンプが楽しみにしているテレビ番組が続きます。7時から始まる「虹色パティシエール」から始まり「シンケンジャー」「フレッシュプリキュア」そして最も楽しみにしている「ジュエルペット」を家にいる時には必ず見ています。だから、ジュエルペットが終わる10時頃に家を出発することになりました。


☆《にほんブログ村》と《人気ブログランキング》に参加しています。よろしければ‘1日に2か所へ1クリックずつ’のご協力よろしくお願いいたします!
   ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
人気ブログランキングへ

☆当ブログをより多くの皆様にお読みいただき、波動をより高めるために、少しでもお役にたつことができれば幸いであると願っています☆






スポンサーサイト



スピリチュアル

水子はご先祖様

2009年11月15日
「最近のブログで水子さんの事を書かれていましたので、お聞きしたいのですが、私にも水子があります。水子の魂という存在はどういうふうに受け止めればよろしいのでしょうか。うまく説明できませんが、胎児である時から完全な魂の状態なのでしょうか。できましたらタエヌさんの感じられることを教えてください。」


メールで上記のご質問をいただきましたが、この内容は機会があったらブログに載せたいと思っていたことでもありましたので、今の時点で私なりに感じていることで信頼して知識として持ち合わせているご質問に対する答えを、ブログに載せて公開することにしました。(Yさん。いつもいろいろとありがとうございま~す!)


「水子」の言葉の意味を広辞苑では①「出産後のあまり日のたたない子。あかご。」②「流産した胎児。」と2つありますが、ここで表す「水子」の言葉の意味は「流産した胎児。」という意味に限定いたします。


胎児が女性の体に宿った直後に魂が入る場合があります。また、日にちが経ってから魂が入る場合もあります。つまり、魂の入っている状態の胎児と入っていない状態の胎児が在ることになりますが、実際に多くの場合は、本人が妊娠していることを認識した頃には、魂が入っているのではないかと私は感じています。

胎児に宿る魂は、すでに人間として生まれてくるまでに高まっている魂です。ですから、赤ちゃんとしてこの世に生まれてきても、流産してしまい水子となったとしても、人としての魂の大きさを持っていることには変わりありません。

流産してしまい水子となった胎児に、魂が宿っていたのか、それともまだ宿っていない状態であったのかという識別の仕方は、両親(特に母親)の感覚にゆだねられます。お腹の中にいる時に愛おしさを感じたり、流産した後に我が子として生まれる前に命を失ってしまったことに対する悲しみが強かったりしている場合には、確実に魂が宿っています。逆に、そのようなことをあまり感じられない場合は、まだ魂が宿る前であったというケースが多いことになります。

赤ちゃんとして生まれてくることが転生した始まりではなく、胎児として魂の宿った時点で、今の世に転生したことになります。ですから、転生した胎児が流産してしまった場合、今の世に人として生まれ育った者が死を迎えるのと同様の状態になります。実際には、胎児に魂が宿った瞬間から3次元の世における意識もはっきりとしており、母体に守られながら、すでに今の世における学びを行っているのです。そして、両親や周囲の状況も愛のめぐりもそれなりに強く感じているのです。

ご先祖様という言葉の意味の中の一つに「すでに亡くなった、一家の現存者以外の代々の人々。」と認識している方が多いと思いますが、この定義にあてはめれば、水子もご先祖様ということになるのです。そして実際にも、ご先祖様として今の世で生きている人を守護してくれているのです。

水子は、普通に今の世に生を受けた子どもなのです。ただ、肉体が熟して生まれ出たのか母のお腹の中で転生を終えたのかの違いだけであって、実際には3次元の世に人として存在していたのは真実なのです。ですから、流産してしまい我が子が亡くなったことに対して、親としての慈しみの心を向けなければ、実際には親子として縁を結んだ水子になってしまった魂が悲しむのは当然のことです。

そして、その悲しみやつらさなどのネガティブな思いが大きい場合には、成仏せずに迷える霊として存在し、母や父などの親類に対して、成仏できないで辛い思いをしている自分に気づいてほしいとか愛を向けてほしいとかと思ったり、できる限りの手段を使って訴えたりするのは、当然のことであるともいえるのです。それなのに、水子を徐霊するとか、怖いものとして邪険にするとかという行為は、たいへんおぞましいことであると私は思っています。成仏できないでいる水子にとっては、ただただ、自分が亡くなったことに対して、親としての愛の気持ちを向け、慈しみの気持ちを向けてほしいと思っているだけのことなのです。

水子として先立った魂は、3次元の世で現存している親類にとってはご先祖様にあたるのです。ですから、本来はそれほど特別扱いをすることでもなく、我が子としての慈しみの思いを持ちつつ他のご先祖様を崇めるような感覚で接すれば良いと私は思っています。ですから、我が家のお仏壇のお位牌は「タエヌ(仮名)家水子之霊位」と書かれていますが、実際にお祈りする時には「水子」という表現をすることはなく「ご先祖様」と表現して崇めています。

ちなみに、私は日々のお祈りの中ではお仏壇とお位牌を窓口にしていますが、このように物質を窓口にしてもしなくてもどちらでも良いと感じていますし、お経を唱えるとか何か特別なことをするとかといったことも、どちらでも良いと感じています。要は、親として、親類として、どのような愛の思いを向けるのかということが最も大切であると思いますし、それをどのような形にするのかは、みなさんそれぞれの最もポジティブに感じる方法が最適であるということになると思っています。


*この内容は、2009年07月03日に当ブログで掲載した内容を転載しました。


☆《にほんブログ村》と《人気ブログランキング》に参加しています。よろしければ‘1日に2か所へ1クリックずつ’のご協力よろしくお願いいたします!
   ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
人気ブログランキングへ

☆当ブログをより多くの皆様にお読みいただき、波動をより高めるために、少しでもお役にたつことができれば幸いであると願っています☆








バックナンバー改訂版
 | HOME |