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「タエヌの現実」

2009年11月12日
私はブログに掲載したいと感じたことを、こうして気の向くままに表現して世の皆様に公開してお読みいただくことが、今の自分の仕事の中では、もっとも心地よく感じていることです。

私自身の「仕事」という言葉の定義とは「世のため人のため地球のため宇宙のためになることを意識したり行動したりすること」と捉えています。世間ではお金を得ることが仕事という言葉の意味の中に含まれることが一般的ですが、私は根本的にこのような意味合いとして「仕事」という言葉を使っています。


私は金銭を得る目的も含めての仕事として、アセンションスペースシューリエの仕事を行っています。アセンションスペースシューリエのホームページに掲載している仕事内容が、私にとっては今の時点で個人的にご依頼を受けて、お金をいただく条件のもとで、責任を持って行えるわくわくする仕事内容のすべてのものです。

私の現実としては、家族6人の中の父親としての生活があります。今の世の中で生活していくには、それなりの金額のお金が必要になっています。貸家の家賃や水道光熱費や食費や小・中・高校に通う子どもたちの学費やおこづかいなど、最低限の生活費だけでも月に最低数十万円は必要になります。私たち家族はその金額のすべてを、アセンションスペースシューリエの仕事と、公的機関から年3回いただいている児童手当とでまかなっています。

私はお金を得たいがためにアセンションスペースシューリエの仕事をしているという側面もあります。でも、第一の目的は、私の現段階でのお役目として果たすべき仕事をわくわく感に従って行うことにより、少しでも多くの皆様に対して、魂を向上させるためのお役に立ちたいという願いから行っているつもりでいます。

でももし、例えば私が宝くじに当たるなどして、何億円ものお金を手に入れることができたとしたら、その時点でアセンションスペースシューリエの仕事のご依頼を受けることは休止し、その時点までの間にすでにご依頼をお受けした仕事は引き続き全力で尽力して行いつつも、まずは私たち家族の強い願望である、石垣島に移住して充実した実生活を送るための準備を最優先することでしょう。またやはり平行して、ブログはこれまでのように書き続けるつもりでいます。「タエヌのスピリチュアル日記」も「かのこの現実」も、今の私にとっては、私を表現する場としては、なくてはならない大切な場となっているからです。

しかし、現実はそんなにたくさんのお金はありません。それどころか、今月中頃までに支払う予定の家賃すらまだたまっていませんし、もちろん先々のためにと積み立てたり、余裕のある貯金をしたりすることなどはまったくしていません。実際にその日暮らしの状況がずっと続いていますが、でも、その日に暮らすのに十分なお金も物質も与えていただいています。だから、私たち家族は、今の状況に対して満足しています。

また、石垣島に住みたいという理想はさらに強く持ち続けてはいるものの、物質的世界としての現実を見ると、石垣島への移住はまったく進んでいません。これが今の時点でのタエヌの3次元の世の物質的現実なのです。

私は、だからこそアセンションスペースシューリエの仕事は、たとえ数少ない人のみかもしれませんが、今の時点では世の中の人たちの中では、まだ必要とされているのだろうと感じています。必要であるからこそ、こうしてまだ今の時点では、私はホームページを公開することにわくわく感じて継続して公開していますし、実際に毎日のようにどなたかからメールをいただいたりご依頼をいただいたりしているのだろうと感じています。

もし、私のお役目がアセンションスペースシューリエのご依頼を受けて尽力すること以外に全力を向けることを必要とされる時が来たら、きっとお金を得ることも1つの目的として行っている今の仕事はしないことを選択したいと感じるような状況に至ることでしょう。また、今住んでいる場所にいるよりも、他の場所へ移住する必要が生じた時点で、現実的にも無理なくスムーズに移住するための準備は進んでいくでしょう。

私は、常に理想は持ち続けて膨らませながらも、このような現実の中の流れを総合的に捉えるように意識しています。必要なものは必ずもたらされる。だから、今ある私の目の前の現実世界は、必要なもので満たされていると感じています。

ただし、宇宙の中で普遍的なことが‘変化’であることも常に認識しています。宇宙にあるものすべては変化し続けているのです。だから必要な状況は、魂向上のための道を歩み続けていく中で、多かれ少なかれ状況に応じて変化することも必要なのです。

そんな必要の法則によるめぐりの中、目の前の努力すべきことに対して精いっぱいの尽力をしつつ、波動をより高めて魂を向上させたいという意識を抱き続け、取り越し苦労(まだ起きていない先々のことをネガティブに考えること)を避け、無理なくマイペースで、わくわく感に従って実生活を送ることを、常に根本的な指針として意識し続けていれば、状況に応じた必要は必ずもたらされ続けるのです。

私はこのような宇宙の法則を、強く深く信頼しています。




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すべては自分自身の中にある

2009年11月12日
3次元の世の人の意識には、必ずポジティブな側面とネガティブな側面が共存しています。愛の大きい側面があればエゴも持ち合わせています。怒りの感情も許しの気持ちも、喜びと悲しみも、慈しみと残酷さも、多かれ少なかれ、必ず両面を持ち合わせているのです。

ある知人が、ある人に対しては優しく接しているのに、自分に対しては冷たく接することが多いと感じた場合、自分自身の波動が低いために、その知人のネガティブな側面を引き出してしまっているからなのです。相手を苦手だとか嫌な感じの人だとかと意識していると、嫌に感じて苦手になるような側面を引き出しやすくなるのです。

逆に、相手の個性を認めながら調和を保つように努め、愛の気持ちをめぐらせていれば、相手のポジティブな側面を引き出しやすいのです。



人から自分の欠点を指摘されて、なんだかネガティブな気分になるようなことが時々あると感じる人は、自分自身が他者の欠点を指摘するよう話を本人や本人以外の人にしたり、意識の中で他者の欠点を非難したり見下したりしていることが時々あるはずです。もしくは、同じことをしていなかったとしても、同様な低い波動を放つことをしているのです。カルマは必ずめぐってきます。波動の法則もまんべんなく働いています。

ポジティブに感じるようなことも同様です。世の中の出来事は偶然引き起こされるのではなく、すべては必然によるものなのです。心が温まるような愛を与えられたと感じたり、わくわくするような出来事があったり、ラッキーと感じるようなことが続いたりしているような時は、自分自身もそのような高い波動を発していてめぐらせているのです。

人を評価すれば、人から評価されやすくなります。カルマの法則が働くからです。人からの評価を気にすれば気にするほど、人から評価されやすくなります。波動の法則が働くからです。ですから、人をむやみに評価せず、人の評価をそれほど気にしないように心がけていれば、人からむやみに評価を受けることはありません。

現状を改善したいと感じていることがあったら、物事や周囲の人などの他を変えようとするのではなく、自分自身の意識の在り方や行動に目を向けて、自分自身の中のことを反省し、改善点が見つかった時には自分自身の中で自己責任を強く持って改善するように努め、自分の理想や願望に向かって実生活を送るように努めるようにしていれば、自分自身の波動が高まるにつれて、現状全体も波動が高まった状況へと改善されていくのです。


目の前のすべての出来事は自分自身が作り出しているとか、自分の在り方が現実世界に反映しているとかといった類の言葉は、そういう意味であると私は認識しています。



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スピリチュアル

夢について

2009年11月12日
眠っている間に見る夢は、スピリチュアルな意味合いがあるといわれています。実際に私もそう感じていますが、思考が転じて夢の中で経験すること、理想が夢となって表現されること、過去世の体験を思い出すこと、予知的なことを夢として見て認識すること・・・etc、夢という一言で称していても、夢には様々な種類や意味合いがあるので、すべてがどのようなスピリチュアルな意味合いがあるかというのは、その種類によって違いがあるということになりますが、いずれにしても必要があるために顕在意識に残されているということになります。

中でも、理想とすることや喜ばしいことや楽しいことなどといった、ポジティブに感じる夢を見て顕在意識にて記憶したことに関しましては、3次元の世の現実としても体験したいと願ったり心地よく感じたりしてポジティブなものとして受容するために、ネガティブな感覚を抱いたり問題視したりすることはほとんどないのではないかと思いますし、実際に私はこれまでに一度もポジティブに感じた夢をネガティブに受容したことはありませんし、人からそのようなことで解決するためのご相談を受けたこともありません。

しかし、夢の中で自分や知人などが悲しいことや苦しいことなどの情緒が生じるようなネガティブな経験をしたり、地震や洪水などの天変地異によって大難が発生した夢を見たりするなどの、顕在意識にて記憶した夢をネガティブな感覚で受容した場合、そのネガティブな感覚が顕在意識から払拭したりポジティブに変換したりすることができないでいると、不安・心配や恐怖などの情緒が生じてしまい、さらに強くネガティブに感じて波動をより下げてしまうような状況を生じてしまう場合があります。

特にこれまでの今世における経験の中で、夢に見たことが実際に3次元的な現象として体験した過去があったり、そのような情報を知っていたり、夢には予知の意味合いもあるという知識があったりしている人にとっては、このようなネガティブな状態に陥りやすい傾向にあると感じます。

また、そのような不安を解消するために、夢を分析することに精を出す人もいます。つまり、この夢は思考からきているから思考を変えれば大丈夫だとか、この夢は予知夢であるから現実で起きる可能性か高いので気をつけた方がよいとか、~色が見えたのならこの夢は~だとか・・・etc。でも実際には、夢をこのように分類することを、3次元的思考や知識によって行ったり、スピリチュアルな能力の高いと言われている人が直感的に行ったりしても、すべてを確実に行うことは難しい場合もありますし、はっきりとした線引きをすること自体も難しい場合があります。ですから、このように夢の質や意味合いがどのようなものであるかという識別は、解決策を見いだすための多少なりとも参考にはなりますが、確実にポジティブなこととして解決するための「解決策になるかどうかはわからない」というあいまいである結果になると、私は感じています。

つまり、夢の意味合いや質や出所を分類することは、見た夢の内容を少しでも確実にポジティブに解決しようとするためには、多少の参考にはなりますし気休めになったり、逆にさらなる不安を増大することにはなったりするなどしてしまう場合があるので重要ではないということになります。また、私たち3次元に生きている人間にとって、確実に識別できていると信頼できる要素もありません。ですから、もし私が夢の分類やサニワなどといった識別することを依頼されて求められても、「~の意味があるだろうと感じるけど確信はできないからあくまでも参考程度に…」と答えます。重要なことはそのようなことよりも解決方法だからです。

では、もしも夢に見たことを顕在意識の中で記憶していて、その夢を不安や恐怖などといったネガティブな気持ちで受容してしまい、この先に3次元の世の現実として実現してしまったとしたら、嫌だ、困る、大難になる、苦しい、悲しいとかといったネガティブであるために避けたいことであった場合、私が信頼している、よりポジティブに変換するための解決方法を紹介しますが、一言で表現しますと「ポジティブなエネルギーを与える」ということです。

これは予知夢のようなものに限らず、思考によって生じたり占いによって示されたりした、今よりも先である「未来についてネガティブな状況が待ち受けているかもしれない」と顕在意識において認識したことすべてに対しても同様です。つまり、3次元的な意識では確信できないような直線的な時間における今よりも先の未来に起こる可能性のある「予知」のようなことすべてがあてはまることになります。

予知とは、たとえ思考によるものであっても高次の存在から与えられたインスピレーションであっても自己の魂から湧き上がったことであっても、今よりも先である未来において、現実的に起きる可能性が高いことであることは間違いありません。なぜなら、今のようにエネルギーがこれほどまでに増大している地球の状況では、思ったことや願ったことやイメージしたことが3次元的に現実化する速さは日増しに早まっていますし、現実化しやすい状況にもなっているのです。つまり、自分の意識によって未来を作り出しやすい状況になっているということです。

ですから、その未来に対して、不安・心配や恐怖などといった低い波動の情緒を加えてイメージを膨らませたり思考においてめぐらせたりすると、低い波動の情緒から発したネガティブなエネルギーが加わって増大するために、よりネガティブである出来事が現実化されやすいということになります。人の想念や意識により発するエネルギーは、目で見たり測定したりするのは難しいのですが、実際には1人の意識だけでも地球全体に影響を及ぼすほど、とても大きなエネルギーを発しているのです。

逆に、ネガティブと感じられる予知的なことに対して、大難が小難でおさまるように願うとか、愛のエネルギーを送るとか、イメージや思考などといった顕在意識において、不安や心配や恐怖を感じるような予知を理想的な予知に変えるとかといったように、その時に無理なく出来る手段を使って、意識的にポジティブに変換することさえできれば、予知的なことに対して高い波動が発してポジティブなエネルギーを加えることができます。

結果的に未来がどのようになるのかは、今の3次元的な人類にとっては確実に分かっていることは何一つありません。でも、未来のできごとをイメージしたり願ったり思ったり感じたりしたことに対して、よりポジティブなエネルギーを加えることによって、もし現段階ではネガティブなエネルギーが生じているためによりネガティブと感じる出来事が起こる可能性が高かったとしても、よりポジティブな状況に変えることが可能ですし、いくらでも我々地球人類の意識によって地球の未来を変えることができるのです

人の意識から生じて発されるエネルギーはとても大きいのです。これはネガティブなものもポジティブなものも同様です。ですから、ネガティブな意識を持っただけでマイナスエネルギーが生じてしまうために、願ったつもりはなくても低い波動の出来事を引き寄せてしまいます。逆に、純粋な愛の気持ちによる祈りによって発するエネルギーは、とても大きな光(ポジティブなエネルギー)となって発し、祈りをささげた人や出来事や物質などの対象に届くために、よりポジティブな状況へと導きます。もちろん、祈りを捧げている自分自身もその愛の光のめぐりによって波動が高まり、よりポジティブな出来事を引き寄せる結果になります。また、夢として見たことが現実として体験したいとか、理想をイメージするとかといった場合に、よりポジティブな感覚の中でより詳細にイメージすることにより、さらなる現実的体験ができる可能性が高まるのです。

より純粋な愛を持った中で願ったり祈ったり思考をめぐらせたりイメージしたり理想を掲げたりするだけで、ポジティブなエネルギーが発してよりポジティブな状況がめぐってきます。たとえ結果的に3次元的な現象がイメージや理想通りではなかったとしても、不安や心配や恐怖などのネガティブなエネルギーを加えるよりは、はるかにポジティブな結果が生じるはずです。ネガティブに感じる予知的なことを、顕在意識の中でよりポジティブに解決するには、「ポジティブな意識を向けることでポジティブなエネルギーを与える」というとてもシンプルなことではありますが、この解決方法が最も適しているのだと私は感じています。



*この内容は2009年03月24日に当ブログで掲載した内容を転載しました。



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