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「今」を認識し「今」をポジティブに生きるように努めることの大切さ

2009年09月16日
5次元のような高次の状態で魂と顕在意識とがより一体感を持って実生活を送っている人々にとっては、自らの性格やひと時の実生活の設定を変化させて楽しむことはよくあるようです。つまり、今日はおとなしくてひかえめな自分になろうとすればそのようになれるし、翌日は天真爛漫で目立つようなパフォーマンスを行う性格になろうと思えばそのようになれるのです。魂は、意図すればあらゆる人格を形成することは簡単にできるのです。

例えば女性として転生した世において、生きていくために娼婦として金銭を得ながら、愛を与えたり、人の裏側や奥底を知ったり、反省を繰り返しながら成長したりするような経験がその人にとっては魂向上のために必要だったとしたら、ポジティブなこととして神も認めた中で歩んでいくわけです。そこには、道理を学ぶためには道理に適っていないことを経験することも時には必要な場合があります。神が授けてくれた自分の肉体の尊さや大切さ、心ひとつで、環境によって、自らの人生が大きく変わることを学ぶには、娼婦としての経験をしているからこそ実体験することにより強く感じて学びを得る必要があったのです。また、その時の姿の見た目の状況や娼婦であるという状況に対して、ただ上辺の事実を知られただけで、世の人に冷たい目で見られたり。受け付けられずにあしらわれたりしてしまうような経験などを通して、学ぶ必要のあることは実体験して必要に応じた学びをすることもあるのです。

そして、1つの学びを終えて娼婦である必要がなくなったら、たとえば突然まったくの畑違いである政治家のような職業に転身することもあります。魂を高めるために必要な学びのためには、魂が高まるにつれて変化していくわけですから、必要に応じてその人のおかれる境遇や性格や時代などが変化することはよくあることなのです。

そういったたくさんの経験を経て学んだ結果として、総合的に積み重ねてきた状況としての波動を発している中、すべての記憶を持ち合わせたまま「今」の自分自身の魂は存在しているのです。そして、「今」の自分自身の魂の状態は、過去世や今世の過去においてのすべての必要である経験によって培ってきた学びの中から出来上がったものなのです。


私は、今世での「今」の時点の状態は、結構真面目で、愛を常に意識し、人のお役に立ちたいと願い、宇宙の中で生きていることだけでも幸せに感じていると自負しています。でも、私の顕在意識の中で記憶にはっきりと残っている、今世においての過去の様々な経験の中には、とても低い波動の中で、ネガティブなカルマをたくさん作っては苦しみもがいていた頃もありました。当時を思い出すと、「よく生きていられたな~…」と感心してしまうようなことを何度も経験してきました。

子どもの頃に自分自身は納得のいかない状況なのに親から怒鳴られたり暴力を受けたりして叱られた経験が積み重なったために、小学校の高学年の頃から、親に隠し事をしたり偽ったりすることが増えていき、早く親元を離れて一人暮らしをしたいと思い続けていました。高校生の頃から飲酒や喫煙をしたりパチンコ屋に友人とも1人でも出入りしたり、夜の歌舞伎町のディスコに通ったり、ちょっとした裏街道も見たり経験したりもしてきました。20代の前半は、24時間営業のファミリーレストランの社員を3年ほど行う中でも、地元やくざや右翼団体との関係の中で怖い思いをしたり、店の駐車場で暴走族に囲まれたりするなどなど…何かと経験してきましたし、競輪やパチンコにはまってちょっとヤバい世界も見てきましたし、そんな自分の人生に嫌気がさして24歳のときには職場を4日ほど無断で欠勤して(これを機にファミリーレストランの社員を辞めました)本気で自殺をするためにすべてを捨てる覚悟で旅に出たこともありました。たくさんの恋愛のも経験してきましたし、たくさんの友人とも付き合ってきましたが、そんな中での心に深くネガティブに感じるような経験もしてきました。ネガティブに感じる心霊体験もたくさんしてきました。25歳の頃に教員になってからも、ある一時期は鬱状態がひどくなり精神科医に行って薬をもらい、どうにもならない時には薬を服用したこともありました。今世では、ポジティブだったことが多かった半面、こういった陰の経験も私はたくさんしてきました。そして、その都度苦しかったり怒りや不安や恐怖に満ちたりしたり自暴自棄に陥ったりするなど、今思えば、たくさんの楽しく充実した時も過ごしてきた半面、当時はとてもネガティブに感じた低い波動の中に陥って過ごした、とても貴重な経験もいろいろとしてきました。

今、そのような経験をさせていただいたことに対しては深く感謝していますが、あの頃は、陰の状態にある時は、自分をおもいきり憎み、嫌いで嫌いでしかたありませんでした。でも様々な経験をしてきたおかげで、私の教員時代にはそれなりに子どもたちを広い目で見ることができましたし、我が子の子育てにも役立っています。また、道理に適っていないとわかっていてもついつい行ってしまう状況も、自殺や罪を犯そうとするような状況も、ちょっとした世間の裏街道のことも、経済的な困窮な状況の心理も、精神的な疾患といわれる状況に陥る状況も、それなりに自分自身が今世において実体験してきたからこそ、教員時代の保護者とのお付き合いの中でも、スピリチュアルアドバイザーとしてのその後に現在に至るまでの多くの方々から受けたご相談に対しても、こういった自らのあらゆる経験も踏まえてのアドバイスをすることができました。またその際に、実状の話を聞いても、動揺したりさげすんでみたりするようなこともなく、常に冷静に淡々としたポジティブな状態で聞くことができ受け止められたと自負していますし、常に親身になってポジティブな思いで受け止めることができているとも自負しています。そして何よりも、様々なネガティブに感じられたような経験やカルマを、結果的にはそれなりに自己責任を強く持ちながら解決して乗り越えてきたと自負していますし、二度と繰り返したくはないとも強く思ってもいますので、、自分自身が同じようなネガティブな境遇に至るようなことは、今後決してないだろうということも感じています。


私は今世においての過去の経験の中で、人に迷惑をかけたりとか道理に叶っていないとわかっていての行為をしてしまったとかといった、とても低い波動を自らが発してしまうような経験を、今でも時々思い出してはネガティブな感情に包まれることがあります。こんな時は、過去に迷惑をかけてしまった相手が私のことを思い出している時かもしれませんし、私の中では解決したつもりでもまだポジティブに受容することができずにいることかもしれませんが、いずれにしても今でも「マイナスのカルマ」として私の中に残っているために起きている葛藤であることだけは確かです。ですから、思い出す都度に過去の自分の行いを反省し、同じような過ちを繰り返さないことを心に誓い、ネガティブな思いをさせてしまった人がいる場合には心の中で謝罪したり感謝の思いを向けたりし、ネガティブな思いをさせられた場合には許しや慈しみや感謝に変換して受容したりすることを、愛を強く抱きながら直感に任せてポジティブに変換するようにしています。

また、目の前の現実として、いっときでもネガティブに感じるようなことが起きた場合には、必ずその要因となるような、人や世の中の何かに対してネガティブに感じさせてしまうようなことを私自身がしてしまっていたのであろうということを自覚するように意識し、その事実がどのような事であるのかどうかは必要に応じて認識できるために直感に任せ、とにかく目の前の状況をポジティブな状況へと解決することだけに全力を挙げて尽力するようにして実生活を送るようにしています。

過去世におけるネガティブなカルマを残すような経験があるのかないのかはわかりませんが、今世におけるカルマと同じで継続しているわけですから、今世における顕在意識にはっきりと記憶として残っているような過去や、顕在意識の中では思い出せないような過去世におけるネガティブな経験を、思考や瞑想などによって、わざわざ顕在意識に思い浮かばせてネガティブな感情に包まれるようなことをする必要はありません。そのようなことをするよりも、今、目の前に起きていること1つ1つを、自己責任をより強く持ちつつポジティブなことを選択し続けるように努めていくことに終始するようにしていけば、ネガティブなカルマは徐々に1つ1つ清算されていくのです。わざわざ顕在意識で認識しようとしなくても、必要な情報はすでに認識していますし、顕在意識よりも深い領域である魂は、すべてを認識しているのです。そのような過去の経験よりも、そのカルマとして生じた「今」の目の前のことをしっかりと認識してポジティブに受容できるように努めることが大切なのです。

ですから、目の前にネガティブに感じるような出来事が起きても、その要因を顕在意識において働く思考によって探ることも本来は必要なく、すべては自分自身のカルマによって現実化した自分自身の解決すべきことであり、自分に与えられたカルマの解消するための課題であると捉える必要があるのです。その中で、負のエネルギーを発しているカルマの要因が、必要に応じて直感的に認識できるでしょうし、要因がよくわからない場合には認識する必要がなかったということだと捉えれば良いわけです。









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