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レイキについてあれこれ Ⅱ

2009年08月31日
関東地方に台風が接近しているために、太平洋に面した九十九里海岸の南端に位置する私の在住しているいすみ市は、今、午後4時になりますが、台風はすぐ近くまで来ているようでして、雨の降りしきる中、時折風速20~30mあるような突風も吹いていますが、何も災害が起こらないように願いつつも、風雨の様子を見ながら、自然の力ってすごいな~と感じてわくわくしている自分もあります。

私自身のことではありますが、なんだかここ数週間ほど、なんともいえないすっきりとしないような状況が続いていました。かといって、前回のブログにも書きましたように、普通にポジティブな実生活を送る分には特に問題はなく過ごしていますが、私にとっての大切なお役目の一つであると思いわくわく感じているブログを書くことが、以前ほどは行っていないと感じますし、いただいたメールのご質問やご相談に対しても、思考で答えられるものはすぐに書けても、いつものように直感やインスピレーションを使ってさらさらと答えるような高い波動をキープするような状況が、なかなか思うように作ることができないでいました。

このような状況は、もしかしたら1,2ケ月間ほど続いているのかもしれません…。かといって、全体的なネガティブなエネルギーやネガティブに感じるような物質的状況が強くなったとは感じませんし、周囲の状況も、私が感じる限りでは普段と変わりなくポジティブにスムーズに流れています。ただただ、プラスアルファーの高まった状態をキープし続けることが、以前よりはできていないと感じているということでした。それと、ちょっとしたできごとに対してのネガティブな感情が湧きあがって起伏の大きさも感じられることが何度かあり、自分自身でうまくコントロールできないようなこともありました。

それでも、今日の午前中になって、特に何かのきっかけがあったわけではありませんが、薄い膜のようにかかっていた霧が晴れるように感じて、とてもわくわく気分が高まってきました。そして、突然、お待たせしていた中の幾つかのメールに対してお返事を書こうという気力が湧きあがったり、今週からはこれまで通りにブログも普通に書きたくなるようなわくわく感がみなぎってきそうにも感じたりしてきました。

そんな中ではありますが、7月23日の「予防接種について」と2週間前の「レイキについてのあれこれ」のブログで紹介させていただいたショコラさん(仮名)からメールでいただいたご質問に対して返答メールを書きましたら、またまた今回もブログに内容を転載したいと感じましたので、たびたび申し訳ないとは思いつつもお願いしたところ、ご快諾いただきました。以下、内容を転載しますので、どなたかに何にかしらお役にたてましたら幸いに思います。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

Q.レイキを伝授されるという事は地球ではレイキという名称で呼ばれている宇宙エネルギーに繋がるパイプを授かると言う事なのでしょうか?


A.簡単にいえばそのような答えになりますが、実際には元来すべての人が宇宙エネルギーとはつながっているわけですから、その中でも地球上では現在レイキとも称されている高い波動の癒しの宇宙エネルギーとのパイプを、より太くしっかりと繋がるためのリチュアルがアチューンメントであり、レイキの伝授全体ということになると私は理解しています。また、アチューンメントによって宇宙エネルギーをより実感したり、レイキに関して学んだり、さらにヒーリングを行いながら実感していくことによって、「信頼」というポジティブな状況が増すことにより、さらに癒しの宇宙エネルギー「レイキ」との繋がりが深くなっていくと私は感じています。


Q.伝授に関しても、ティーチャーになるなら2,3人の方から伝授を受けたほうがいいとかかれたHPが意外に多くて(私自身今のところティーチャーになる気はないのですが)、レイキはひとつなのにどうしてたくさん伝授を受けたほうがいいとあるのか不思議でたまりませんでした。もしかして色々な人から受けたほうが、パイプが太くなるという意味なのでしょうか?ということは、伝授する方によってパイプの太さが異なるという事になるのでしょうか?


A.このことに関しましても、「信頼」という言葉がキーワードになると感じます。つまり、レイキのヒーラーとしてレイキのエネルギーをより強く信頼することができて、レイキヒーラーになりたいとわくわく感じた自らの直感や特質をより強く信頼することができて、レイキティーチャーをより強く信頼することさえできれば、何度も繰り返して何人もの人から伝授を受けようとは思わないはずです。ですから、私が個人的に答えるならば、個々の状況によって違いますので、いろいろな方々のご意見を参考にしつつも、ご自身がより納得できるように意識して行動されるのが最適だと思います。そして、思考には頼らずに、最終的には自分自身の直感を信頼してください・・・と答えます。また、私は複数のティチャーから伝授を受けた方が良いとは感じませんし、複数から受ければパイプが太くなるとも感じません。逆に、レイキと称されている、本来はだれでもつながっている宇宙の無限なる高次の癒しのエネルギーが、そのような他者の力量に依存するようなネガティブな物ではないということも私は信頼していますので、そのよな物質的な観点で捉えているようなHPの内容は、私には受け入れられないだろうと感じます。それでも、複数のティチャーから伝授を受けた方が良いとはお勧めしませんが、ご自身の直感的に複数のティチャーから伝授を受けたいというわくわく感が湧き上がれば、その感覚に従った方が良いとは感じますし、そのことによって新たなティーチャーとのご縁が広がり、結果的にはその必然なご縁がさらなるポジティブンな状況を招く結果に至る場合もあるかもしれません。


Q.レイキに対して否定的なことを書いた人の文章を読んで(心身の波動が低いのに突然高次のエネルギーを入れて無理やり波動をあげたことによりバランスが崩れて体がゆがんでいる人がいる、という感じの文章でした。)、私自身好転反応が大きかったのでちょっと怖くなったというか、なんだか魚の骨のように喉にひっかか ってしまい解消できずにいました。特に下の子が(1歳5ヶ月の女の子)寝ているときにレイキをすると敏感に察しているようで、嫌がるようなそぶりを見せることがあります。(この場合触るからかなと考え、かざすだけにしてやってみましたが同じでした。)「これって私がネガティブエネルギーを一緒に送り込んでるのを察しているのかな?」と考えてしまいます。特に下の子はエネルギーに敏感です。ただ今はいらないというだけなのでしょうか?


A.このあたりのことに関しましては、無理なく、自分自身がネガティブにならないようにし、相手との調和を重んじ、必要に応じてヒーリングを行うようにしていれば、結果的にはポジティブな状況が生じていくはずです。レイキヒーリングは意識的に行うこともできますが、子どもを抱っこしたり手で触れたり近くにいたりするだけでも、自分自身の発する愛のエネルギーとともにたくさんのレイキのエネルギーも送られます。あまり深く考えすぎずに、お子さんに対してはできるだけナチュラルな感じでレイキをご活用されると良いかと思います。また、高い波動のエネルギーは肉体的に熱く感じる場合が多いので、レイキのエネルギーを欲している場合は別ですが、それなりにエネルギーが足りているような場合には、夏場の気温の高いような時には、うっとうしく感じる場合もあります。

意識的にネガティブなエネルギーを送ることは簡単にできます。しかし、「純粋な愛の気持ちから発されたレイキのエネルギー」にネガティブなエネルギーが混じることはないと私は捉えています。たとえ自分自身がネガティブなエネルギーを持っていても、ヒーリングを行う動機さえ純粋な愛に満ちていれば、相手にはレイキのエネルギーのみ送られるのです。ただし、自分自身が相手に対して意識的にネガティブなエネルギーを送ろうとした場合は別ですが・・・。

また、これはレイキとは関係なく、自分自身の波動が低いと自覚できるくらいまで下がってしまっているような時に相手に接すれば、状況に応じて結果的にネガティブなエネルギーを相手に対して与えてしまうというケースは普通にあることです。ですから、たとえば私が人混みの中に外出して邪気がたくさんついていると感じた時には、帰宅してもできるだけ自分の近くに家族を寄せないようにして、すぐに入浴しながらできる限りの方法で邪気をとった後に家族に接するようにしていますし、実際に我が家では、最低限のルールとしてみんながそのようにするよう心がけています。

Q.邪気の多いお店に行くことに関してですが・・・


A.レイキヒーリングを実践しつつ、自らの波動をさらに高めていくことによって、これまで以上にさらに波動に対して敏感になっていくことと、平行して、高い波動によって自分自身を守ることもできるようになっていくはずです。それでも、やはり自分自身の波動とは、かけはなれたような低い波動の場所に行くことや、長い時間低い波動の場所に身を置くことに対しては、必要に応じてということもありますが、最終的にはガードをするとはいってもやはり限度は出てきます。(これは人に対しても同じです)私も、同じお店に行ったとしても、日によって感じ方が違う場合がよくあります。これは、自分自身の波動もそうですし、場所の波動によっても違うことがわかります。

ただ、いずれにしてもできるだけ邪気の影響を受けないように配慮しますが、結果的には、帰宅した時点での自分自身をチェックし、邪気がそれなりに憑いてしまっていたら浄化するように対処しますし、そこまでの必要がなければ普通に過ごすようにしています。

長くなりましたがご参考ください。

タエヌ







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スピリチュアル

あー夏休み

2009年08月27日
10日ほどブログは夏休み…という感じでお休みしていましたが、私自身はその間もいつもの通りに元気でして、睡眠時間は6~7時間は最低キープして朝も3~5時には起床し、食欲は旺盛なので少し控え気味にとるようにし、子どもたちともよく遊び海水浴(8月だけで5、6回行きました)や海釣りに何度も出かけ、アセンションスペースのご依頼をいただいたお仕事は、私なりにわくわくした中で尽力して行うなど、とても充実した日々を過ごしていました。また、初夏から休んでいた庭の10坪ほどのスペースも秋の野菜作りに向けてここ1週間で草刈りをして耕して石灰や元肥を捲いたりして、更地がすっかりと普通の畑に変わりました。

でも、私にとっては本来は最もわくわくしていることであるタエヌのスピリチュアル日記を書いて公開することだけは、しっかりと夏休みをとっていました。実際には、時間的に余裕がまったくなかったわけではなかったので、何度も書きたいと思いましたが、思考によって書きたいと思ってもなかなかパソコンで文字を打とうという気にはなれず、いつものように、心の奥から湧きあがる独特なスピリチュアル的なわくわく感が出てくるまで待っていました。しかし結果的には、時間はあっても霊力や気力はあまり余裕がなかったようですし、きっと私自身が休む必要もあったでしょうし、こうしてお休みすることもポジティブな意味もあってのことだろうというような感覚もあったので、いつものように無理をして書くようなことはしないで、夏休みをとっていました。

それにしても、ここのところのエネルギーは半端じゃなく強すぎて、精神的にも肉体的にも、平静を保ちそれなりの高い波動を長い時間キープするのが難しく感じることもあります。こんな時、よくデンプ(3女6歳仮名)は鼻血をだします。しかも、ものすごいたくさんの量の鼻血が両鼻から出ます。特に寝起きによく出ます。昨日の朝と深夜と今朝もたくさんの鼻血をだしていましたが、今朝も数分後にはぴたりと止まり、慣れた感じで平然とした顔で鼻に差し込んだティッシュをとって朝食をモリモリと食べていました。

まもなく学校の夏休みが終わるために、我が家の小中学生たちは宿題を終わらすために、楽しい時間をなんとか割くようにして時間をとり、勉学に励んでいますが、こんなにたくさんの宿題を半強制的にやらせる必要って本当にあるのかな~といつもながらに感じてしまいます。特に、アマンダ(小3次女仮名)のようにマイペースでのんびり屋で要領は良いとはいえない感じで、自分自身のやりたいことであふれている子にとっては、自分のためにもなるだろうとはわかっていても、やりたいとは感じない内容が多く、学校の教師から望んでもいないのに課題を出されてやらされているという要素の強い宿題というやっかいものは、実際には夏休み中では唯一のネガティブなものとなっているようです。これは、アマンダよりはずっとあらゆることを要領よくこなすグミ(長女仮名中1)も、やらされている感が強いのでネガティブに感じる部分に関しては同じことのようです。イエスマンのシュー(長男高1仮名)はやってあたりまえであるとポジティブに受け止めているようですが…。

ちなみに、来年小学生になるデンプは、アマンダ姉(ねえ)に追いつくんだと張り切って、突然漢字ワークを買ってくれと言いだし、8月初めに買った1年生用の漢字ワークを、すでに今日の時点では半分以上を終わらせて、そのほとんどの漢字の読み書きができるようになりました。やたらと字を丁寧に書き真剣な表情で自主的に楽しんで学習しているデンプと、やらされて仕方なくやっている感じの姉2人との目の輝きの違いはおもしろいほどですが、先週には2年生の漢字ワークまでも買ってきて、すでに何ページかの学習を終えて漢字を楽しんで覚えているデンプに対し、グミ姉(ねえ)は「すごいよデンプは~。私なんか漢字の学習はぜんぜん面白くないのに~…いつか抜かれる~!」と嬉しそうに言っていますし、「早く抜かしていいよ~。でも計算は抜かさせないからね~!」と、変な競争意識(?)みたいなわくわく感や応援する感じが子どもたちの中で湧きあがってきているようで、親として見ていおもしろいです。

まっ、こんな感じでみんなで充実した日々を送っています。






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日記

お稲荷様

2009年08月17日
これまでに何度もメールのやり取りをしている方から、1週間の遠隔ヒーリングのご依頼をいただくとともに、以下のようなご質問をいただきました。一部修正して転載しますので、ご参考いただき、ひとつのマメ知識として受容していただければ幸いです。


Q.以前、ある稲荷神社に参拝した後に霊能者の方から「キツネが憑いている」と言われ「稲荷には行かない方がよい」とも言われました。しかし先日、友人に付き合って違う稲荷神社に参拝してきましたが、その際に少し嫌な感じがして、それ以来、体調と心が不安定な状態になっています。稲荷様のキツネとはどのようなものなのでしょうか?私が低い状態だったために憑いてしまったのでしょうか?いたずら好きのキツネが多いと聞きましたが…


A.今回の心身の不調は稲荷神社に行ったことが直接的な要因ではないと感じます。ただし、過去に霊能者とされる人からあのように言われたことをネガティブに気にしたまま参拝したために、ネガティブな気持ちを抱いて参拝したことによって、低い波動の何かを呼び寄せてしまったことが要因であるとも感じられますし、その後もネガティブな思いで気にしているために離れないでいるとも感じます。このようなネガティブなものが憑いてしまったのは、実際には神社内でのことというよりも、神社から出た少し後であるとも感じます。

いずれにしても、まずはお稲荷様とはどのような存在であるとされているのかという知識として得るにあたって、私は以下の内容が参考になるかと感じましたので、茨城県にある笠間稲荷神社のホームページの内容を抜粋して転載してみましたので、ちょっと長いですけど読んでみてください。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

《稲荷神社とおキツネさん》

いっぱんに「お稲荷さん」と言えばキツネをイメージされる方が多いようです。キツネはあくまで稲荷大神のお使いであって、神さまそのものではありません。稲荷大神にとってキツネは、熊野神社のカラスや八幡神社のハト、氏神さまの狛犬などと同じように「神使(かみのつかい)」「眷属(けんぞく)」などと呼ばれ、神さまのお使いをする霊獣です。これは中世の時代に、人間が持っている様々な欲望を直接神さまに祈願するのは畏れ多いとして、特別に選ばれた動物を通してお願いすることが行われたことによるものです。

キツネがお使いとして選ばれたのは、稲荷大神が農業神であることと深く結びついています。民日本人には古くから神道の原形として「山の神、田の神」の信仰がありまが、これは春になると山の神が山から里へ降り、田の神となって稲の生育を守護し、収穫が終えた秋に山へ帰って、山の神となるという信仰です。キツネも農事の始まる初午の頃から収穫の終わる秋まで人里に姿を見せていて、田の神が山へ帰られる頃に山へ戻ります。このように神道の原形である「田の神、山の神」と同じ時期に姿を見せるキツネの行動から、キツネが神使とされるようになりました。

このキツネが稲荷大神のご祭神と混同されるようになったのは、平安時代以降の神仏習合により、稲荷大神が仏教の守護神、茶枳尼天(だきにてん)の垂迹(すいじゃく)とされたからです。茶枳尼天はまたの名を白晨狐菩薩(びゃくしんこぼさつ)と言い、キツネの精とされました。このことから、いつの間にか一般民衆の間で、稲荷大神のご祭神とキツネが混同して理解されてしまったわけです。

また、稲荷大神のまたの名である御饌津神(みけつがみ)の「ミケツ」が混同されて、三狐神(みけつがみ)と記されたことも一因と考えられます。御饌津神とは文字通り「御(=尊称)饌(=食物)津(=の)神」で、食物を司る神を意味していて、キツネとは全く関係はありません。

稲荷大神の信仰の起源は古く、しかも、稲作文化を育ててきた日本人に最も親しみやすい神さまとして永く崇敬されてきただけに、途中にさまざまな迷信や俗信、誤解が生じたり、附会されたこともあったことと思われます。しかし、神社神道本来の心である「明き心」「清き心」「正しき心」「直き心」をもってご祭神、宇伽之御魂神のご神慮とご神徳を正しく理解して、信仰心を高め、より深い崇敬を捧げることがいっそう大切となります。

《宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)とは?》

「お稲荷さん」と親しまれている稲荷大神は日本人に最も身近な神さまで、殖産興業、開運招福、火防(ひぶせ)の守護神として、広大無辺のご神徳を慕って多くの人々に崇敬されています。

「イナリ」の語源については諸説があり、「イナリ」は「イネナリ(稲成、稲生り)」で、稲が育つさまを表しているとも、「イネカリ(稲刈)」の「刈」が「荷」に誤られたとも、また「イナニ(稲荷)」が「イナリ」に転訛したとも言われています。稲荷大神はご神名を宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)と称し、「ウカ」とは「貴い食物」を意味します。つまり宇迦之御魂神とは、「稲に宿る神秘的な精霊」を表し、五穀をはじめ一切の食物を司る神さま、生命の根源を司る「いのち」の根の神さまです。

宇迦之御魂神は須佐之男神(すさのおのかみ)と神大市比売神(かむおおいちひめのかみ)との間に生まれた神さまで、倉稲魂神とも書きます。兄神には「大年神」がいらっしゃいます。父の須佐之男神は天照大神の弟神として有名ですが、母の神大市比売神はご神名に「市」をもたれるように「市場」や「流通」の神さまで、兄神の大年神は「大年(おおとし)」すなわち「大稲(おおとし)」の神さまで、私たちがお正月に「年神さまを迎える」という時の「年神さま」に当たります。

宇迦之御魂神は、「古事記」の大宜津比賈神(おおげつひめのかみ)や「日本書紀」の保食神(うけもちのかみ)と同神で、いずれも五穀の起源の神さまとして記されています。

以上のことから分かりますように、宇迦之御魂神は御自身が食物を司る神さまであるとともに、一族に流通や稲に関わる神を持つ、人間の生活にとって根源的な役割を司る神さまであられるわけです。

食物の神、農業の神として崇敬された宇迦之御魂神は、民間の工業や商業が盛んになりますと広大無辺な御神徳を慕われて、殖産興業の神としての信仰が広がっていきます。近世になると農家ばかりでなく、商家、町家、大名にいたるまで稲荷大神への崇敬が広がり、ご分霊をいただいて屋敷神や家庭神、地域神としてお祀りする人々が増えていきました。


上記の内容は、日本三大稲荷である「笠間稲荷神社のホームページ」より転載しました。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





スピリチュアル

レイキについてあれこれ

2009年08月17日
先日、2日間に分けてレイキの遠隔伝授1~3をお受けいただいた方から、早速のレイキをご活用された実践のご報告とご質問をいただきました。その内容を転載いたしますので、ご興味・ご関心がありましたらお読みいただけると幸いです。


☆子供が外で転んでひざをすりむいたのですが、以前までは「痛いの痛いの飛んでけポイ」だったのですが(←この場合ポイで手を離す。)最近は手をあてていてほしいと私の手を子供に取られ、膝の上におかれました。おなかが痛くなっても手を置いてとせがんでくるようになり、ちゃんとレイキのエネルギーが出ているんだとなんだかうれしく思っています。

☆昨日3歳の子供が夫と2人で買い物に行って帰りぎわ車のドアに手をはさんだと、泣いて帰ってきました。はさんだところが青くなって腫れていたのですが、初めてシンボルを使ってレイキをしたところ、青みがなくなり少し赤くなる程度におさまりました。(腫れもなくなりました。)子供も気持がよかったようで手をあてていたらすぐに泣き止み、旦那もレイキをうけたかいがあったと喜んでいました。

いただいたご質門のいくつかの内容のを要約します

Q.アチューメント中はいつも同じエネルギーではなく、その場に応じたエネルギー量になるものなのですが?

Q.私自身の波動がもし下がっているとしたら、実家に帰省していたために瞑想をやらなかったことが要因なのでしょうか?ここ最近瞑想することにあまりわくわくしなくなり、やったほうがいいことを心身は分かっているけど、集中できないのでやる気がせずやっていませんでした。ぐるぐるとめまいがするときだけグラウディングをしていましたが、やっぱりそういうことも関係していたのかな?と思い、気になります。



A.お子さんが手を当てるようにせがんでくらたというお話は、私も伝授を受けた少し後に経験しましたが、同じような気持ちでとても嬉しかったことを思い出しました。レイキを有効にご活用されているご様子をうかがって、とても嬉しい気分になりました~。

レイキは遠隔でも直接行っていても、相手のエネルギーをダイレクトに感じ取れる場合があります。これは、ヒーラーの状況によって違うようですし、経験を重ねていくうちに敏感になる方が多いようですが、今の時点の私や妻は、遠隔でヒーリングをしてもアチューンメントをしていても、相手のエネルギーの状況をそれなりに感じ取って把握することができていると自負しています。

以前(数年ほど前まで)は、私自身が相手の状況を読み取ろうということを意識していましたので、今以上にいろいろなことが伝わってきていましたし、伝わってきたことはそのまま相手に伝えるようにしていました。(これはレイキの伝授やヒーリングに限らず、カウンセリングや日常で人と接していてもそのように過干渉するような感じになることがよくありました)でも、ここ1,2年は、不干渉の法則を強く意識するようになったために、普段は相手の状況を読み取ろうという意識は持たないようにしていますし、それが習慣となり、過干渉しないようになっていると自負しています。それでも、ヒーリングやアチューンメントを行っていると、それなりに状況は伝わってきますが、これは私が知っておいた方がよりスムーズにヒーリングやアチューンメントが行えるための最低限に必要な状況を知ることができている(知らされている)と理解して受容するようにしています。

状況が伝わってくるとはいっても、ヒーリングを行う際には相手(ヒーリー)を癒すことが目的であり、相手にエネルギーをいかに有効に与えるかということが重要になりますが、アチューンメントでは相手とレイキエネルギーの根源とをより深く強くつなげることが目的であるために、伝わってくる情報が異なる場合が多いです。

この必要である最低限の情報とは、相手のエネルギーや波動の状況です。その中でもヒーリングを行っている際には、主に相手のネガティブな状態であるエネルギーの状況が伝わってくる場合が多いです。そして、最低限の状況を知ることによって、より有効に癒しを行うための必要な情報となります。

また、アチューンメントを行っている際には、主に相手にレイキのエネルギー(高い波動のエネルギー)がどのような感じで流れているのかというような状況が伝わってきます。簡単にいいますと、相手にエネルギー強く流れていると、その分、私自身も強いエネルギーを感じますが、あまりエネルギーが強く流れていないような場合は、私自身の感じるエネルギーも弱く感じます。また、このエネルギーの流れる感覚の中でも、エネルギーに対する感受性やエネルギーを発する際にはどうであるかといったような状況も伝わってくる場合が多いです。

ちなみに、ヒーリングをしている際にも、相手がネガティブな状況が強い場合には、相応の癒しに必要なレイキエネルギーがたくさん流れていることを感じますが、その際には浄化された邪気も強く感じてしまいますし、憑依が絡んでいる場合には、憑依しているネガティブな霊からの影響も受けてしまうことがあります。ですから、エネルギーがたくさん流れるポジティブな感覚とネガティブな感覚との2つが交わって感じられますが、アチューンメントを行っている際にはヒーリングを行うこととの目的の違いから、多少の浄化されたネガティブなエネルギーも感じることもありますが、ポジティブな感覚の方が多く伝わってきます。

またアチューンメントをしている際には、同じ回のアチューンメント中でも伝わってくるエネルギーの状況が違ってくる場合もありますし、日にちを分けた場合には、日によて違う場合もあります。でも、大きな違いを感じるよりも、多少の違いを感じる程度の場合が多いです。

ちなみに、アチューンメント中やヒーリング中に相手の状況がどれだけ感じられるのかという状態は、人によって差があり違いますし、最初は何も感じられなくても、経験を積み重ねることによって感じられるようになっていくなど、経験や状況によっても異なる場合があります。でも、相手の状況が感じられないからといってエネルギーが流れていないというわけではありませんし、ヒーリングの効果とも関係はありません。要は、相手の状況がどれだけ感じられるのかということは、人それぞれの持つ特質やその時点での波動の状況や必要性によるものであると私は感じています。またこれは、アチューンメントを受ける側の人やヒーリングを受ける側も同様でして、どれだけエネルギーが感じられたかという状態と、実際に得ることのできたエネルギーの量や質とは、それほど関係してきませんので、何かを感じられたか否かということを、本来は気にする必要はありません。


瞑想は、やれば波動が高まるというものでもありませんし、やらなければ波動が下がるというものでもありません。直感的なわくわく感に従って瞑想をしてポジティブな気分になれば結果的に波動は高まっているでしょうし、逆に、やらされて仕方なくやるとか、やらないといけないと思って気がのらないのにやるとかといった場合には、ネガティブな波動の中で行うために、結果的には波動が下がってしまう場合が多いでしょう。これは、スピリチュアルなワークといわれるものすべてに通じることでもあります。「私は~を毎日行っているから波動は高まっているはずだ!」とか「~を行えば必ず波動は高まる」とかと言う人もいますが、実際には、個々のその時点での状況に対しての必要に応じているか否かということが重要なポイントとなりますし、その時点では波動を高めるために適したことであっても、状況が変わるにつれて必要としなくなることもあるわけですから、根本的にその時点でのわくわく感に従おうということを意識するようにしていれば良いということになるわけです。

そういえば、ここ数ヶ月間くらい、私も毎朝行っていた瞑想をほとんどやらなくなっていることに気づきました。私の場合は瞑想をする形式やポーズなどといったものにはこだわっていないので、いつのまにか瞑想状態になっている…というような場合が多いです。また、毎朝のお祈りは続けていますが、月に一度くらいの割合で、うまく時間が取れなかったような場合には行わない場合もあります。そんな時には、早朝にはできなくても後になってやる気になった場合にはいつものお祈りを行う場合もあれば、今日はやらなくてもいいかなあと感じるような場合には行わない時もあります。私はいつもそんな感じで、ネガティブな気分にならないように意識し、無理なく、わくわく感に従って行うようにしています。

長くなってしまいましたがご参考ください。






スピリチュアル

Dear tonton

2009年08月15日
7月22日に「空を飛ぶ夢」という題名でブログに書いて載せましたが、このブログを書くきっかけとなったメールを下さった方は、現在、オーストラリアの大学院で保健・医療の分野等の学びをされているtontonさん(仮名 女性)という方です。

tontonさんとその後も何度かメールでのやり取りをしている中で、メールでやり取りをしてきた内容が、読者のみなさまの中にも、お読みいただきご参考いただくことで、よりポジティブにスピリチュアルライフを送るために何かしらのお役にたてるのではないかと感じましたので、転載することにしました。tontonさんも、その旨を伝えたところご快諾してくださいました。ここであらためましてtontonさんには深く感謝の意を表します。



☆tontonさんからいただいたご質問メール

~前略~

質問の方ですが、 今後の自分の関連する保健・医療の分野のことです。今までは看護学校・保健師学校では、西洋医学中心で勉強していて、こっちに留学する前は、日本の最近の保健・医療政策に大きな疑問を感じていました。タエヌさんや、他の方のアセンションに関するブログや自然療法などの本を読めば、さらに今の保健・医療の在り方には疑問はわくわけでして。。

オーストラリアは、日本よりは自然療法や伝統医療を取り入れている感じで、一般市民も心を開いている気がします。しかし、2012年ごろに、3次元から4次元・5次元の世界になるとすると、はたして、今の保健・医療関係はいったいどうなるのだ?とか、私が勉強していることはどうやってか役に立つのかしら?と素朴な疑問が。。。

タエヌさん、お忙しいと思いますので、もし気が向いたら、お暇が取れたら、お返事いただければ幸いです。

~後略~


☆タエヌからの返答メール(2週間以内を目安に返信すると伝えておきながら、結果的に3週間半ほどお待たせしてしまいました…tontonさん本当に失礼いたしました)

~前略~

ご質問を読ませていただきまして、私なりにお伝えしたいと感じことを書かせていただきます。

まず確実にいえることは、「今」の時点での地球上においては、あらゆる分野の保健・医療関係は世界中でとても必要とされているということです。地球全体がアセンションするとされている2012年12月までは、あと3年4カ月あるわけですが、少なくともその間は、今の次元における肉体のまま実生活を送るだろうと予測できるわけですから、よりポジティブに実生活を送るための基本である心身の健康状態をより良い状態で維持するために、多くの方々が健康・医療関係を必要とするだろうということも、確実であろうということです。

私が常に心掛けていることの中の一つが、アセンションを意識して先を見据えつつも、今世における過去の出来事も心にとどめながら足元である現実もしっかりと見続けて、さらに多次元的な自己も感じるがままに受け入れて大切にするという感じで、今感じられるすべてをバランスよく大切にするようにしています。このようなことは、tontonさんも同じようにされているとも感じますので、詳しくは触れませんが、アセンションするまでの間はこのような生き方をすることが、もっともポジティブに実生活を送れるのではないかと今は感じています。

アセンションのことを知れば知るほど、スピリチュアルな目覚めが進み真実の叡智を学ぶにつれて、先の世に目を向け過ぎてしまったり、多次元的な自己や世界や宇宙の真実に捉われすぎたりしてしまいがちですが、やはり現実として最もはっきりと認識することのできる今の世が最重要なものとなるわけですから、バランスをとる中では、かなりの大きな比率で3次元の世におけるポジティブな実生活を送るように心がけることが必要になると私は感じています。

そんな観点から医療という分野を捉えますと、すべての3次元の肉体を持っている人にとって、とても身近であり大切なことであるわけです。しかし、アセンションしたあとの状態という、3次元的な思考の中では多くが未知であるような状況を考慮しても、結果的にはっきりと認識できないためにネガティブなものとなってしまいがちですから、ある意味、取り越し苦労的なこととなってしまう場合もあります。

私が感じているのは、アセンションしたあとの軽い微細な密度の中で存在する肉体や心にとっては、今の世で必要とされている医療の知識も技術も、きっとほとんどが必要なこととはならないであろうということです。ただし、アセンションしたあとも、いわゆる移行期間のような状態が何十年かは続くであろうと予測されるので、その間は今の医療もある程度は必要とされ、自らの自己管理によって完璧に心身の健康状態が保てると確信できるまでは、安心を与えるものとなるであろうと感じています。

それよりも、はっきりと認識できる範囲で確実にいえることは、3次元の肉体を持って地球人類としてアセンションというイベントを、できるだけ多くの魂が、よりポジティブな状況で経験するためには、今、tontonさんが学ばれているような保健・医療関係のことを多くの人が必要としているわけですし、保健・医療関係に携わっている方々の中でtontonさんのような意識を持たれている方が一人でも多く増えていってくれることが、とても重要なことでもあると私は感じています。

~後略~


☆tontonさんからいただいたメール

お返事大変ありがとうございました!オーストラリアに来てから特に、時間が短く感じられるので、2週間以上過ぎても、今となっては「すぐ返事が来た」という感覚です。本当に時間がたつのが早いですねー。1週間が3日くらいで、1年は半年くらいな?

タエヌさんの返事、とてもよくわかりました。そして、「あー、このままでいいんだな~」と思えたところです。タエヌさんのここ最近の日記を読んでいても、共感する部分が多く、私自身も今の3次元の世の中を楽しみつつ、流れに身をまかせる感じで5次元に移りゆく世界を体験してみたい、と思ったところです。

自分自身を振り返ってみますと、18歳を過ぎてから、初めて金縛りや幽体離脱を体験し、23・4歳頃は住んでいた家がお墓の斜め向かいという影響もあったのか金縛りはしょっちゅう。でも、寝ている時の出来事で、普段何か見えるとか感じることはないので、「夢か」とか「気のせい・気のせい」と思っていました。28歳頃、伯父が亡くなったときは、枕元に来て寝ながらはっきり伯父と会話したのを覚えています。その頃から空を飛ぶ夢をみるようになり、30歳頃からスピリチュアルに関する本を読み始め、人生について真剣に考えるようになりました。

それで、12年間地方公務員の身分で保健師をしてきましたが、このまま行政の保健師として生きていきたいのか、元々関心のあった「国際保健」「海外の公衆衛生活動」を学びに思い切って留学するか、の決断を33歳のときにしたわけです。タエヌさんの言うように、スピリチュアルなことに目覚めたては、スピリチュアルなことに邁進というか、偏りそうになりながらも、現実は大学院の勉強が忙しいので、うまくバランスを取りながら生きている感じです。周囲に対しては、私自身、それほどスピリチュアルなことやアセンションについて「広めたい」とか、「知らせたい」という熱意はなく(笑)、「知ってほしいなあ」という気持ちはありますが、その人にとってその時がくれば、必然と目覚めていくのだろう・・と思うことにしています。不干渉の法則、というのも勉強になりますね。

今は、ヘルスプロモーション(健康増進)という科目や、社会文化的視点による公衆衛生という科目を勉強していますが、個人の健康をとらえる上で、個人が「Mind, Body, Spirit」でなるものという健康モデル理論や、WHOのバンコク憲章(2005年)では、ヘルスプロモーションの定義の中で、人々の健康増進に「Spiritual well-being」という言葉が盛り込まれているのを知りました。また、健康増進や健康格差の取り組みには、平和・教育・雇用・労働環境・公平な富の配分、安全な住宅・水・食べ物、持続可能な生態系維持などが、政治や関連機関との協働で責任を持って整えるべき基本的な状態とも学びました。このような、健康は個人の問題というよりも、社会的な枠組みの中で捉え、健康に関する社会的決定因子にアプローチする考え方、国内間の格差・国際間の健康格差を縮めようという最近の流れには共感するところです。そして、このような新しい学びや、ポジティブに感じたことを、自分のミクシーの日記などを通して、ときどき友達や保健師仲間に伝えたりしています。

大学院卒業後のことを何も考えずにこっちに留学したわけですが、今はなんとなく、今までの公衆衛生学(ヘルスプロモーションを含む)とスピリチュアリティを統合するアイデアに関心があります。科学的な分野からのスピリチュアリティという言葉に関しては、3次元的な考えが強い人にも、わりと抵抗感なく取り入れられる感じがします。まだまだ、スピリチュアル=怪しい、と思っている人が多いのも感じますしね。私も怪しいと思っていたし(笑)。

さらなるスピリチュアリティの目覚めにも関心はありますが、実際はちょっと瞑想トライしてみたり、腹式呼吸してみたり、近くの公園に散歩に行ったり、というくらいです。瞑想は向いてないのか、全然できるようになりません(笑)。腹式呼吸も、5から6回くらいで、すぐ疲れてしまいます。数か月ほどためしましたが挫折。今は、朝・晩と布団の中で軽く平和と皆の幸せのお祈りと、気が向いたら寝たまま深呼吸を何回かする程度。「ま、いっか。自分のできる範囲で。。」と思って日々過ごしています。
あ、ちなみに、日本にいたときは、相当酒豪だったのですが(家では晩酌はしませんが、週末の飲み会でかなり飲んでました)、こっちに来てから酒代までお金がまわらないのと、友達が飲まないので、全然飲まなくなりました。おかげで、元々健康ではありましたが、さらに風邪一つひかない健康体になりました。

あとは、最近よく「ワクワク」感が、コロコロ変わるので、自分でもどこにむかっていきたいのか全然読めません。たとえば、勉強の合間に、アルバイトかボランティアでもするかなと考えたとき、ボランティアにワクワクしたかと思えば、次の日か2日後とかにはアルバイトにワクワクしてみたり。アルバイトの内容も、現地会社でバイトすることにワクワクするかと思えば、数日後は日本食屋にワクワク、など。そうなると、どっちに進んでいいかわからないので、とりあえずどっちかへ動いてみて、うまく進まなかったらまた別の方向へ・・といった感じです。

今回は、このワクワク感がコロコロ変わることについて、ちょっとお聞きしたいと思いました。自分でもちょっと戸惑うこともあるものですから。それでも、ワクワク感に従う感じでいいのでしょうか。ちょっと方向間違ったワクワクってのもありますか?

~後略~


☆タエヌからの返答メール

~前略~

「今回は、このワクワク感がコロコロ変わることについて、ちょっとお聞きしたいと思いました。自分でもちょっと戸惑うこともあるものですから。それでも、ワクワク感に従う感じでいいのでしょうか。ちょっと方向間違ったワクワクってのもありますか?」

上記のご質問に関してですが、「変化」は宇宙の中で普遍的なことの中の1つです。自分自身にとって、その時その時で重きを置くべき事項が変化する場合はあります。根本的な信念のようなことがコロコロ変わるとか、変化することで人に迷惑をかけるようなことが続いてしまうとか、そういったことが頻繁にあるような場合はネガティブなこととも言えるかと思いますが、そのようなことはあまり感じられず、自分自身の直感的なことやインスピレーションに従った結果が、顕在意識で「ワクワク感がコロコロ変わる」と感じたとしても、まったく問題のないことであると捉えた方が良いと私は感じています。

私自身もわくわく感がコロコロと変わることがありますので、その都度、自分自身の湧きあがってくるわくわく感からくる意識や行動に対し「純粋な感覚の中で湧きあがった直感的なことかどうか」「結果的に周囲に迷惑をかけていないかどうか」「もし迷惑をかけていても自分の責任で解決できるかどうか」というような点でチェックし、大丈夫であると感じた場合には、そのままわくわく感に従って、何の迷いもなく進めていくようにしています。

以上ですが、ご参考ください。


☆tontonさんからの返信メール

~前略~

タエヌさんの日記にのせるのは、全然OKですよ。ニックネームもそのままでもいいかな~。私のことを知っている人が読めば、私だと判明すると思いますが、タエヌさんの日記を読むということは、それなりにスピリチュアルに関心があると思うので、判明されても別にいいかなと思いました。

昔、超能力とか宇宙とか宗教とかの本を読んでたこと、ちらっと友達に話したら、「とんちゃん(もう一つのあだ名)は、いつか変な宗教にはまるんじゃないかとちょっと心配」と心配されたことがあるんですよ(笑)。いろんな宗教の学びのエッセンスには興味がありましたが、宗教に入ることには全然興味なかったので、そんな心配は私自身は感じていなかったんですけどね。うかつにスピリチュアルに関することを話すと心配される・・と学んだものです。なので、スピリチュアルに全然関心のない友達とかに、今私が感じているように生きている生き方をそのまま話すと、それこそまた心配されると思うのですが、タエヌさんの日記に来る状態ならば、大丈夫と確信があります。また、逆に誰か身近な人で、タエヌさんの日記を読んでいる人、スピリチュアルに関心が高まっている人はいるかな~~と興味があります。「tontonってもしかして、とんちゃん??」とメールが誰かから来ないかな?とか(笑)。

~後略~






スピリチュアル

みんなのうた 「ひよこぐも」

2009年08月11日
昨年にみんなの歌で「クリスタルチルドレン」を聴いて以来、我が家ではNHKのみんなのうたを毎日のように楽しむようになりました。

今月より歌が変わりましたが、「ひよこぐも」という歌がアマンダ(次女小3仮名)の中ではマイ大ヒット曲となっているようです。「ひよこぐも」の歌詞も、歌に出てくるひよこぐもの絵も、曲調も、まさにアマンダの雰囲気にぴたりとマッチしていまして、「クリスタルチルドレン」と同様に、アマンダのテーマ曲のような感じです。キーワードは‘超マイペース’‘のんびりふわふわ’‘ひとりでもオッケイ、みんなと一緒もオッケイ’‘おっとりしているけど芯は強い’‘好奇心が強い’  

すでに「ひよこぐも」の歌を覚えたようで、アマンダもデンプもよく口ずさんでいます。ちなみにグミ(中1長女仮名)は「かつおぶしだよ人生は」という歌がマイヒット曲のようです。デンプ(3女6歳仮名)はどの曲も好きなようですが、先月までの歌「無敵のじいちゃん」が特にお気に入りのようです。







日記

家族に対する無意識の中でのヒーリング

2009年08月10日
ちょうど1年ほど前から、メールのやり取りをしているミーさん(仮名)から、先日、遠隔ヒーリングのご依頼をいただきました。この方は、私よりもひとまわりほど若い女性ですが、私のような憑依体質であり、癒しのエネルギーの強い方であると感じています。スピリチュアルな目覚めも着実に進行中でして、たくさんの光を発している方です。

これまでにも何度も遠隔ヒーリングのご依頼を受けてきましたが、その都度自己解決する手段やエネルギーをどんどん身につけていき、ガードする力や浄化力も高まってきている方です。しかし、そのように波動が高まるにつれて、それ相応の学びの場がいろいろと訪れてくるわけですが、どうやらこの方は、かなり高いところまで登ってヒーリング能力や除霊や浄化力なども身につけるべきお役目があるようです。

今回は、ミーさん(仮名)のご家族が憑依を受けてしまっていて、その影響から就寝時や夜中になるとネガティブなエネルギーの影響を受けてしまい、きつい感覚になってしまったようでした。実は、私も今の時点では同じような学びを行っている最中でもありますのことから、そんな学びの様子をブログに公開したくなりましたので、ミーさんとのメールのやり取りの一部を抜粋して転載することにしました。(ミーさんは匿名で公開することをご快諾くださいました。)


☆ミーさんからのメール

タエヌさんこんにちは。お世話様になっています。8月に入った頃から特にそうなのですが、喉の違和感や痛みが出てきまして、夜になると軽い感じなのですがネガティブなビジョンを見てしまい、「トホカミエミタメ」等の除霊をしてみるとゾクゾクッといつもの寒気がしてきます。そんなことで2時頃まで眠れない日が続いています。朝になってもゾクゾクッとしますし、日中でも起こります。  

母が最近、後頭部など頭が痛いと言っているのですが母の影響を受けているのでしょうか?私のような体質は、この様な事はある程度仕方がないのでしょうか?

最初は自分で何とか解決しようとしましたが、なかなか良くなりませんのでタエヌさんのお力をお貸し頂き、遠隔ヒーリングしていただけたらと思いご相談させていただきます。宜しくお願いいたします。 


☆タエヌからのメール

前回ヒーリングの件でメールをいただいた時は、メールからミーさんと波動を合わせても特に強いネガティブなエネルギーは感じられませんでしたが、今回、お母さんのことを書かれた所まで読んだら、とても強い邪気を感じました。お母さんも、ミーさんのような憑依体質のように感じられますがいかがでしょうか?そして、ミーさんが顕在意識ではどの程度理解しているのかはわかりませんが、そのお母さんが受けてきてしまったものを、ミーさんのエネルギーで浄化されているように感じますし、このような状況は何度もこれまでにもあったようにも感じられます。

先日、私も時々ネガティブナ霊の影響やマイナスエネルギーの影響を受けてしまうことがあるとメールに書いたかと思いますが、我が家で最も多いパターンは、高校1年生の息子が通学中の電車内や学校から憑依されて家の中まで連れてきてしまうものの影響を受けてのことです。陸上部のハードな練習をこなした後には特にひどくて、肉体的に疲労して弱っている所に、いくつもの未成仏霊を乗せてくることもありますし、ネガティブなエネルギーを乗せてくることは日常的なことでもあります。本人には何度も告げましたがあまり自覚していないようですが、それを家に持ち込み、家族5人で癒しているというのがスピリチュアルな現状です。でも癒すとはいっても、何か特別なことをしているわけではなくて普通に過ごしているだけの場合が多いのですが、妻と私と娘3人の5人のオーラによって結果的に癒している状況に至っていると私も妻も感じています。

以前はいちいちそれなりにヒーリングをしたり除霊したりしていたこともありましたが、最近は娘たちも妻もエネルギーがかなり高まっているので、その必要を感じることはめったにありませんし、今のところは息子の情緒や思考がネガティブになていることが要因とは感じられないので、帰宅したらすぐにゆっくりと風呂に入って浄化に努めることと、夕食を食べたらできるだけ早いうちに眠ることを最低限のこととして留意させるにとどめています。

そんな中で、息子が就寝するまでの間に解決(浄化・除霊)していないような場合は、私と妻と娘2人の寝室である1階の部屋のちょうど真上の部屋で寝ている息子に憑いているそれらのネガティブな波動や息子の波動の影響を受けてしまって、私や妻の寝つきが悪かったり、トイレが近くなったり、体が熱くなったり、息苦しくなったり、変な夢を見せられて眠ると同時に起こされたりするなどの現象が起こってしまうこともあります。(今のところアマンダとデンプは大丈夫なようです)高校に通う以前の3月まではこのようなことはまずありませんでしたが、今年の4月から高校に通い始めてからは、週に1度くらいの割合でこのような状況が起こるようになりました。また、何度かあったことですが、朝目覚めると後頭部や肩周辺、まれに頭部全体が痛いこともありましたが、結果的に寝ながらも長い時間にわたって波動を交わらせることによって息子を癒しているためであるということを、妻と私は確信していますし、よく2人で同じような状態になっています。でも、これらの肉体的に感じる不調は、朝のお祈りが終わり、朝食を食べ終える頃にはほぼ完治しますから、実生活への影響はほとんどありませんので、たいしたことのない現象であると捉えています。

私は、家族のこういったスピリチュアルな状況をはっきりと感じているので、時々ネガティブな影響が娘たちにも及んでしまっているような場合には、その都度対処して解決するようにしています。息子がリビングに家族と一緒にいるだけで、息子から発される低い(粗い)波動に繊細な波動が触れたことによって瞬時に表出する肉体的不調和として、頭が痛いとか気持ち悪いとかと娘たちが訴える場合もありますし、私も妻も、毎日そのような粗い波動を肉体的にも多次元的な体によっても強く感じ続けています(息子から離れればこの肉体的な不調和はすぐに解消されます)。でも、息子が何かネガティブなことをしているとか、情緒がネガティブであるかとかといったような波動が低い状態であるというわけではありません。息子にとってもっとも不調和を起こしているのは、肉体の疲労の問題です。そして、その疲労によって下がってしまっている肉体の粗い波動に乗っかってくる通学電車とか学校内に存在するネガティブな霊やエネルギーの影響を受けてのことです。ですから、息子が、2,3日部活や学校を休んでいる時には、息子が家の中にいても、波動が落ち着いてきたりネガティブなエネルギーが減少したりするために、2日目とか3日目にはそれほどきつい感覚にはならなくなってきます。

これらの状況は、憑依してくるネガティブなものを浄化する以外には、我が家の息子以外の5人の波動が、より繊細になり癒しのエネルギーも高まっているために起きている、息子の粗い波動との大きな波動のギャプからきている現象でもあると私は捉えています。今回のミーさんの件は、この我が家の状況に似ているものがあって、ミーさんのお母さんも、そんなに波動が下がっているわけではなかったとしても、ミーさんご自身の波動が高まって繊細になり癒しのエネルギーが高まってきているために起きている癒しの効果による影響もあると感じます。

またちなみに、実際にネガティブな霊やエネルギーの憑依は、日常的にごく普通に起きている現象です。ただし、それをスピリチュアル観点か物質的な観点かのどのように捉えるのかが違うだけで、特別なことに感じてしまうだけのことです。

たぶん、このままお母さんが憑依を受け続けてしまい、自己解決することができずにいれば、その都度、ミーさんがお母さんに対するヒーリングを行うという状況が続くはずです。もちろん、このヒーリングは意識的であってもあまり意識していなくて今回のようにオーラや言霊等のエネルギーによって無意識のうちに行っていても同じことです。

でも、意識的に行った方が影響力は少なくて済むはずです。なぜかというと、意識的に行った方が解決する時間は早いので、ずるずると影響を受けずに済みますし、ネガティブなエネルギーや霊は、肉体から引き離すことができれば浄化は早いのですが、肉体に長く居座れば居座るほど、なじんでしまって浄化しずらくなってネガティブなエネルギーを発し続けるようになるからです。

今、私の家族の調和を配慮し、息子自身が自己解決をするに向けての成長を願って、今の時点では息子に対して直接ヒーリングをすることは行っていません。(あまりにひどい時には遠隔で徐霊することはあります)ただし、口頭でのアドバイスだけは行い続けています。娘たちには、このようなスピリチュアルな状況は理解度に合わせて話し続けていますが、妻と中1の長女には、ありのままの状態を話して確認しあったり3人なりの対処方法を話したりしています。そして、結果的にみんなそれぞれが、このようなネガティブな霊やエネルギーに対しての対処方法を、息子から学ばせてもらっているわけです。

ミーさんの場合は、お母さんがミーさんのエネルギーの癒しの影響をたくさん受けていることを認識され、逆にいえば、お母さんを癒している代償として今のようなネガティブなエネルギーの影響を受けてしまっていることを認識され、ご家族を癒すというポジティブな状況になっていることを認識されると良いかと思います。そして、そのことによって浄化方法や自らのエネルギーをよりパワフルにしたりガードしたりする方法も学んでいるという結果に至っているということにもなっていますし、以前よりもそういったミーさんの癒しのエネルギーは高まっていて、読み取る力も高まっているということも事実です。ですから、以前から何度か私にヒーリングをご依頼いただいていますが、実感しているネガティブな現象自体は、以前よりも徐々にレベルが繊細になってきているはずです。そして、このようなネガティブなエネルギーを感じる状況は、波動が繊細(高い状態)になればなるほど、より繊細なレベルで敏感に感じるために、地球上が3次元の世であるこの3,4年間は続くことでしょう。ただし、レベルが繊細になるにつれて、肉体や感情や思考といったレベルにおいてのネガティブな感覚の度合いは減っていきますし、自らのエネルギーが高まると同時にガードする力も増します。また、低い存在や低いエネルギーとは波動がどんどん違っていき差が開いていくために、波動の法則が働き、波動が高まれば高まるほど、低い波動との接点がより少なくなっていきますし、波動が交わった瞬間に癒しが行われて終了するなどといった、浄化作用も早く(強く)なっていきます。

3次元的な目のみでみるとわからないことですが、スピリチュアルな目や感覚で捉えると、ミーさんとお母さんとのご関係とか、我が家のみんなと息子のような関係は、ごく普通にいくらでもある事例です。しかし、このような因果関係から不調和を生じていることを特別なこととして捉えている人が一般的に多いのは、ネガティブなエネルギーとか未成仏霊等のネガティブな魂の憑依を受けたことが要因して、体調不調や精神的にネガティブな状況に陥ったいるということが、認識できているのかいないのかという差であって、今の時点では、スピリチュアルな状況を認識することが難しいとか、3次元的な感覚では認識しずらいために信頼度が低いという結果から生じているということを、私は感じています。

もっとも多いパターンは、外で就労し波動を粗くしているご主人を、霊性が高く癒しのエネルギーの高い奥さまが癒してあげるパターンです。「俺の(金銭を稼いでいる)おかげで女房に飯を食わしている」…と思っている御亭主も、実際には妻の癒しのエネルギーやサポートのお陰で、より健康的な実生活を送ることができて、飯も食うことができている…というのが真実であるというパターンです。そういった意味でも、家族の中で調和をとれた関係を保つことは、とても大切になっていくわけです。

うちの息子もミーさんのお母さんのように、感情の起伏は少なくのんびりとした性格で怒ることはほとんどないような、人のいい感じの男です。(ただ、息子の場合は周囲の流れに流されてしまいやすく、3次元的な固定観念が強くて現実主義であり、どうみてもネガティブなことであっても教師の教えを鵜呑みにしてしまうこともよくあり、集団の中でイエスマンであり同じ方向に向かうことが正しいことであると受け止めてしまっているところが多くあります。)

感受性の強い方、憑依体質の方の中には、こういった人のいい感じの方もよく見受けます。でも、憑依体質ってネガティブなことばかりではなくて、良いエネルギーや神仏などの高次の存在からの影響も受けやすいわけですから、自身の波動や在り方さえポジティブに保てていれば、素晴らしい特質であると私は理解していますし、そんな特質をもっている私自身の魂にも、今は深く感謝している次第です。





スピリチュアル

一人が目覚めれば

2009年08月06日
先日いただいたメールに以下の内容を書いて下さった方がいらっしゃいました。私のブログに転載したい旨を伝えたところ、ご快諾いただきました。

この方は、スピリチュアルな目覚めがどんどん進んでいく中で、これからの地球についてやアセンションについてなどの情報を得つつ、実生活にも意識的にポジティブにご活用されている方です。

♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡

このままの自分じゃあかん、、と気付いた時から 不思議と無理なく生活習慣を変える事ができました。。
自分では信念にそった変化だったつもりなのですが 主人からみると「いったい、どうなったんや?!」と驚いているようです。。

主人はとても寛容な人なので 私の話も否定する事なく聞いてくれてはいるのですが、にわかに信じがたいと思っているようです。
また、私が熱くなればなるほど ドン引きされるのは目に見えているので あまり多くを語らない方が 今は得策かな?と思っております。
でも、少しでも早くこの思いを共有できたらいいなぁ・・と願っています。
ありがとうございました。

♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡ ✩ ♡

これまでにも私にメールを下さった主婦の方の中で、ご主人とのご関係が同じような状況の方が何人もいらっしゃいました(たぶん20人くらいはいました)。また、2年ほど前までは直接お会いしてのスピリチュアルカウンセリングをしていましたが、やはり何人もの主婦の皆さま方から同様の話を聞いていました。

奥様のスピリチュアルな目覚めが進む一方、ご主人も少しは気付いてほしいとかわかってほしいとかと願いつつも、スピリチュアルな話にはなかなか耳を傾けてくれないとか、話は聞いてくれてものってこないとかといった状況の中で、あきらめかげんな方、ほどよく伝えている方、強く訴える方、理解を求める方、伝える機会を待っている方など、みなさん様々な御様子をお知らせくださいました。

私は、上記の内容のメールをいただいた方のように、「自らがわくわく感に従ってポジティブなスピリチュアルライフを実践しつつ、不調和を生じない程度に無理なく適度な感じで言葉としても伝え続けていく」という感じのことが、もっともお勧めする実践方法であると感じていますので、今回の日記にご紹介させていただきました。

また、奥さまがスピリチュアルな目覚めが進んだ結果として、ご主人やご家族もスピリチュアルな目覚めが始まり、ご夫婦でスピリチュアルな会話をするようになったとか、実生活で意識的に実践するようになったとか、これまではご主人がレイキを認めようとしなかったのにレイキを受け入れてくれるようになってヒーリングを施すことができるようになったなどなど、奥さまが目覚めたことをきっかけに、ご夫婦とかお子さんやご両親とかといったご家族も、よりポジティブな実生活を送るためのスピリチュアルな目覚めが始まるに至ったというお話を、以前よりも多くお知らせいただくようになってきています。

一人が目覚めると、深く愛する人を中心として周囲の人々を巻き込むようにしながら目覚めを進めていきます。ポジティブにスピリチュアルな目覚めを続けていけば、周囲の人々は、あなたの日常生活でのポジティブに変化する様子を魅力的なこととして感じて見習ったり学ぼうとしたりするでしょう。あなたの放つ光が増し続けていけば、周囲の人々により多くの光りを与え、癒しとなり活力となっていくでしょう。あなたが目覚め続けることで、より幸福感がふくらんでいくと、周囲の人々にも今以上に幸せになってもらいたいという気持ちもふくらむために、必要とされたときには全力で手を差し伸べてサポートしたり語りかけたり、自らのスピリチュアルな目覚めによって得た叡智を伝えたくなったりするでしょう。

一人が目覚め続けると、目覚めるべき準備のできた周囲の人々も目覚めだし、そのアセンションサークルは徐々に広がっていきます。最初は小さなサークルだったとしても、個々の目覚めが進むにつれて、やがて他のサークルとも交わり、たくさんのアセンションサークルへと広がり、また大きくなるサークルもでてきます。

自らのスピリチュアルな目覚めを自覚し、広めたいと感じたからといって、何かをしなければと焦る必要はありません。実生活を楽しみながら充実させて、無理なく調和を保ちながらスムーズにできる範囲内で、自らのわくわく感に従って意識や行動を広げつつ波動を高めるように努めてさえいれば、結果的にライトワーカーとしての中心的・指導者的な仕事を遂行するに至るのです。






スピリチュアル

私のスピリチュアルな感覚の歴史

2009年08月05日
私は7,8年ほど前に、輪廻転生って本当のことなんだ…、過去世って本当にあるんだ…と信頼し始め、そういった本を何冊も読みました。またその頃、宗教=いかがわしい新興宗教とか、束縛や洗脳や強制されるもの…みたいなネガティブな感じで捉えていたので、触れたくないものでしたが、スピリチュアルな世界に深く興味を持って様々な真実に触れるようになってきてからは、そんな壁が簡単に崩れて、ポジティブな意味合いを持つような既存の宗教や、本来のナチュラルな感覚の中での信仰に対しては、深く興味を持ちポジティブに受容するようになっていました。

私が自分自身の過去世を思い出したと感じた(知った)のは、わずか2年9ヶ月ほど前のことです。宇宙のみなさんとチャネリングしてメッセージをいただくようになったのは3年ほど前です。私が宇宙の高次の存在を認識して信頼したのはその数カ月ほど前のことですから、宇宙の皆さんの存在を信頼したらすぐにコンタクトしてくださったという感じでした。また、アセンションについての情報に初めて触れたのもこの頃でした。いずれにしても、私のブログに書いてきた中でも、高次の宇宙のみなさんについてやアセンションや過去世に関しては、実際に私がここ3年くらいの間である、ごく最近に知ったことなのです。そして、知って間もない2年半ほど前から、このブログを書き始めたのです。

ちなみに、守護霊様などの地球上で生きていた人の中でも波動の高い霊と、ある程度はっきりとコンタクトをとれるような形でチャネリングができるようになったのは7年近く前からです。未成仏霊等の低い波動の霊とのコンタクトは、かれこれ27年以上前からはっきりとした形で行われまたので、随分と長いお付き合いになっていますが、今では私が嫌だと拒否すればお付き合いしなくても済むような関係になっています。(でも、時々しつこくつきまとってくる方もいらっしゃいますが・・・)

私がアトランティスの時代に生きていたと、はっきりと思い出したのは、車の運転中のことだったと記憶しています。突然、そんな感覚がはっきりと意識に現れ、様々な映像等のインスピレーションが顕在意識に湧き上がってきました。

私がタエヌという名でアトランティスに存在していた頃に住まいとしていた場所の柱や壁などは水晶でできていました。10年ほど前に、それまでは全く興味をもっていなかった水晶とアメジストの魅力を急に強く感じ、富士山麓の河口湖近くにある宝石の森という所に行って、水晶とアメジストのブレスレットを1つずつ買ったのが、今のように販売するまでに至ったきっかけですが、きっとあの頃になってやっと波動が少しずつ高まって、少しずつ過去世の自分の意識が表面に表れ始めたのだろうと今になって振り返るとそう感じます。

私は今までただの1度も、アトランティスのことが主に書かれているような本は読んだことがありません。私がアトランティスにいたことを知った頃、何度も本屋に行ってはアトランティスの本を購入しようとしましたが、手にしても1ページすら読むことができず、まったく興味が湧いてきませんでした。かといって拒絶しているわけではないので、読んでいる本の中の一部の内容でアトランティスのことが書かれているとわくわくしながら読んでいますが、いつも心で思うのは、これは事実であるとか、この内容は事実とちょっと違うとかといった感じです。

私が知ることができていると自負している自分自身の過去世も、他の皆さんの過去世も、実際には本当にそれが過去世であるという証明などは当然できません。また、だれかから過去世リーディングの方法を教えてもらったとか、本に書いてある方法を参考にしたとかといったことは一切なく、すべてが自己流であり、自分自身に与えられるインスピレーションへの信頼だけが頼りになっています。私の行っている仕事の中でも、産土神社・鎮守神社リサーチは山田雅晴さんという方に伝授していただいたのと、レイキもティチャーから伝授していただいたので自己流ではありませんが、それ以外はすべてが最終的には私の自己流というか、スピリチュアルな感覚流といった感じで、自分への信頼から成り立っているものです。

ちなみに、過去世ではありませんが、直接お会いしてのスピリチュアルカウンセリングをしていた頃は、今世における過去の状況について、見えたことや感じたことや聞こえてきたことを相手に伝え、問題解決や現状をポジティブにとらえるためなどに役立てていました。ですから、よく江原さんのような感じのカウンセリング…とご紹介いただいていたようでしたが、そういった今世の過去が見える感じと、過去世が見える感じとは、伝わってくる映像やインスピレーションの様子が、わりとよく似ています。でも、過去世と今世の過去との違いもはっきりとわかります(映像に映し出される人の服装や髪形等の様子や世の中の様子の違い、いつ頃の時代であるかということが数字や言葉のような感じで感じたり、直感的に伝わってきたりするなど)。

私が実際に3次元的にはっきりと確かめられるのは、こういった今世に関しての過去の出来事ですが、それを確認する機会がたくさんあったということは、今思えば私が過去世を感じていると信頼するための基盤になったのだろうと思われます。また、2~3割くらいの方は、私が伝えた過去世と同じような過去世を事前に思い出していたり、今世の状況にマッチするようなことが過去世の経験による影響であると感じたりして、それを私に伝えていただいたことによって、私が伝えた過去世はきっと真実なのであろうと3次元的な思考の中で確認することもありました。でも、私の伝えたことに対して、まったくぴんとこないとか参考にならないとかといった方もいらっしゃいます。とにかく私の領域の中のお役目として、私はご依頼を受けたら責任を強く持って全力でリーディングすることに尽力して、伝えられたインスピレーションそのままを言葉によって伝えるまでが私の仕事であるととらえてポジティブに努めさせていただいています。、

私は今のように自分自身のスピリチュアルな感覚をある程度信頼できるようになるまでは、たくさんの経験をさせてもらいながら、徐々に徐々に自己解決をし、自己の気付きを与えられ、英知を与えられてきました。でも、所々、急激に目覚めるような感じの時もありましたが、無理な感じで驚いたり戸惑ったりするわけではなく、自分にもこんな能力が備わっていたのかと、嬉しくてわくわくするようなことばかりでした。



上記の内容は、2週間以内には返事をする予定と伝えつつも3週間ほどお待たせしてしまった、メールによるご相談に対しての返答メールに書いた内容の一部ですが(現段階では、他にも何人もの皆様の返答メールをお待たせしてしまっていて誠に申し訳ありませんが、書きたいと感じた時に返答しますので…それまでお待ちいただけますようよろしくお願いいたします。)を抜粋して転載しました。なんとなく、このように私のこれまでのスピリチュアルな過去の状況に関して書いた内容をブログにて公開することに対してわくわくしましたので、その感覚に従って載せてみました。

いつもそうなのですが、返答のメールを書こうってわくわく感が湧き上がるのがいつになるか分からないのですが、そうなった時に書くとすらすら書けるのですが、予定した期限がきたからとか書く時間を予定したりしても、気がのらないままに書こうとすると、ほとんどの場合が書いている途中で楽しくなくなってやめてしまいます。言い訳になってしまっていますが、ご相談やご質問のメールをいただいても、なかなかすぐに返答できなかったり私から事前に予告していた期限を過ぎてしまったりする理由はこんなことにありますので、結果的にはルーズなことで誠に申し訳ありませんが、ご承知置きいただきメールをいただいたりお待ちいただいたりしていただけると幸いです。









スピリチュアル

私の行ってきた‘プチ修行’ その3 ~断食~

2009年08月04日
3年ほど前の夏の終わり頃だったと思いますが、断食をすることに対してものすごくわくわくして、1週間頑張ってみようと思い、家族に宣言して、このプチ修行を開始しました。

私は我が家での食事のメニューを考えたり買い物をしたり食事を作ったりする担当ですので、この修行中でも、我が家での食事作りという重要な仕事は続行することも、私にとっては荒行に感じてわくわくしていました。

この修行を行いながら「どのような意識が自分の中で湧き上がるのだろうか」というのが、私にとってのもっともわくわくすることであり目的でもありましたが、とにかくあの頃は「弱い自分を見つけ出して改善していきたい」「強い自分を認識して励みにしたい」という思いが強かったのだろうと、今になって振り返るとそう感じます。

断食とはいっても、水分は取り続けることに設定していましたが、水分は当時愛飲していたノニのリーフティー(ハーブティーのようなもの)だけ飲みましたが、他は一切口にしなかったために、料理の味見も口には含めても飲み込まずに捨てていました。

1日目の朝昼は、意外と簡単に乗り切ったものの、夕飯のメニューを考え始めた頃から葛藤は始りました。浮かんでくるメニューは、自分の食べたい物ばかり。いつものように家族の食べたい物を考えてメニューを組み立てる余裕はありませんでした。スーパーに並んでいる食材は、どれもおいしそうに見えてきらきらと輝いて見えたことを覚えています。今となってはこの夕食が何だったかは覚えていませんが、私が夕食を作り終えて食卓には座らずにリビングでお茶を飲みながらテレビを見ている時の、妻のばつの悪そうな顔と、何一つ気にしていないような子どもたちの食卓での様子を思い出しました。

2日目の朝は、どうだったか忘れてしまいましたが、その日は特に約束している仕事はなく、フリーにできる1日だったことは覚えています。朝食を終えて、私以外の家族は学校や保育園に出てしまいましたが、私は当時経営していたヒーリングルームに行く気はおきず、気晴らしにドライブをしました。ところが、考えることは食事のことばかり。目に映るのは、ファミレスの看板や飲食店ばかり。世の中に、こんなにもたくさんの飲食店があったんだな~と、あの時は感心しつつも、とてもネガティブになりました。それでも、昼を過ぎても断食は続きましたが、夕方になって当時保育園に通っていたデンプ(3女仮名)を迎えに行く頃に、この断食のプチ修行を断念することを意識の中で選択しました。

夕食は、この時に一番私が食べたいと思った、トーストにハムとチーズを挟んだサンドウィッチにしたことを覚えていますし、口にした瞬間の感激と、ワインが美味しかったことは今でもはっきりと覚えています。また、妻からは「あ~良かった~!!」と、嬉しそうな安堵した顔で心をこめて言われたことも焼き付いています。

あれ以来、断食の修行は行おうという気にはなっていません。もし、山の中にこもるなどして世間から離れて1人で行うのなら、きっともっと長い間できるのではないかと感じましたが、普通に実生活を送って1週間以上行おうとすることは、今の我が家の状況で行うのは私にとっては無謀に感じるようなことでもあり、家族に対して不調和を生じてしまうことがわかりましたし、アセンションスペースシューリエの仕事もこなせないだろうということも感じました。

断食とはいってもいろいろな捉え方や様々な方法があって、私が行ったような無理の多いものではなくて、ほどよく健康面に配慮され、状況も専念できるような中で行う方法もありますし、私は断食をおこなうことに対して批判したり意味のないものであると認識したりしているのでは決してありません。その他の修行とか荒行とかといわれていることも同様でして、わくわく感に従い純粋な動機・目的を持つ中で行うことは、ポジティブなことであると認識していますし、私自身もこのような修行と称するにはささいな(プチ・petit)修行ではありますが、その中でポジティブな学びもたくさんありました。

あの頃の私のわくわく感に従ったやり方でやった結果、こんなことになったっけな~という思い出を、なぜかここ数日間何度か繰り返し思いだしてブログに書いて公開したいというわくわく感が湧き上がりましたので、プチ修行の思い出として浮かんできた3つの内容に関して書き表してみました。





日記

私の行ってきた‘プチ修行’ その2 ~21日間の禁酒~

2009年08月04日
4年前の秋、私は21日間の禁酒をしました。私は少なくとも結婚して以来17年間は、時々強い意思を持って1,2日の禁酒を年に何度かしてきたものの、それ以外は毎日、チューハイもしくは安ワインを飲見続けていますし、時々ビールや日本酒やウイスキーなども飲みます。(超貧乏な時には調理酒やみりんを飲んだこともありました)

そんな私が21日間の禁酒をしようと決めた1番の目的は、自分自身の精神力を鍛えるためでした。あの当時は、何かと修行することにあこがれていましたが、私にとっての最も過酷な修行の1つは、日常的であり大きな安らぎを感じていた飲酒をやめることであると感じ、なんだかとてもわくわくした中で、このプチ修行を敢行したことを覚えています。

このプチ修行は、最初はきつく感じましたが、思ったよりもスムーズに続けることができました。でも、あえてこの時、21日目をアマンダ(次女仮名)の誕生日にぶつけましたが、私は子どもの誕生日を酒の肴としてワインを飲まないなんて、とてもたいへんな修行になると感じましたし、それを聞いた家族は皆(特に妻)、本当にできるの~とうすら笑いをしていました。しかも、この20日目と21日目は、1泊2日で伊豆への旅行も用意されていたので、海の幸を食べながらワインを飲まないという、私には考えられない夕食も、修行の最後の計画として組み入れました。

結果としては、見事に21日間の修行を成し遂げ、我ながらよくやったと自己満足を得て、家族にも少しだけ称えられたことを覚えています。また、当時小6だったシュー(長男仮名)は毎日30分以内という約束の中、テレビゲームを毎日欠かさずに行っていましたが、パパを見習い禁ゲームを21日間やってみないかという提案をしてみました。達成したあかつきにはお小遣い付き(確か当時のひと月のお小遣いとして渡していた2000円だったと思いました)という特典も用意したところ、その場で行うことを決意しました。実際には無理だろう~という家族みんなの予想をあっさりと裏切り、シューはこのプチ修行をやり遂げました。ちなみにその後はシューがこの修行を選択することは2度とありませんが…。

私はこのプチ修行によっていつでもお酒を止められる…!という自信がつき、禁酒はかるくできるものと自分の意識の中に位置づけられました。しかし、その後は、健康を考えて1,2日の禁酒は時々思い立つと(直感に従って)行ってはいますが、長期にわたる禁酒をやろうとしてもできませんし、ここ1年はやる気にもならなくなりました。

煙草は百害あっても一利なし。でも飲酒することは、程よく飲めば百薬の長。喫煙すると人に対して迷惑がかかることもありますが、程よく調和を保てる範囲内で飲酒する分には大丈夫。確かに喫煙することで、安らぎを感じたり心を落ちつけたりすることができましたので、このことに関しては飲酒することと同様に、情緒的にはポジティブな波動を生み出す結果になるわけですから、その心のポジティブさを思い出すと、一概に一利なし…とは言い切れない部分もありますが、私にとっては、喫煙することでの安らぎや気分転換をすることは捨てることができましたが、飲酒することでの安らぎや、アセンションスペースシューリエのお仕事をいったん終わりとして1日のある程度の区切りとするための夕方(だいたい毎夕4~5時に飲み始めます)に始める飲酒は、毎日の楽しみとして、今のところはやめることを選択するつもりはありません。肉体も家族ともほどよく調和を保てる範囲内で、アセンションするまでの間は飲酒を続けていくのだろうと、今の時点では感じています。






日記

私の行ってきた‘プチ修行’ その1 ~禁煙~

2009年08月04日
私が完全に禁煙してから6年8ケ月経ちます。実際には、妻と出会った頃の20年ほど前(私は26歳、7学年下の妻は20歳になったばかりの頃でした)に完全に禁煙をしようとして妻と約束したのですが、結局、誘惑に負けてしまい失敗しました。それでもその後は妻に禁煙できなかったことを言えずに、妻に隠れながら喫煙をしつつも、常に禁煙をしたいと思っていたので、何度も禁煙しようとしたのですが長続きしませんでした。

先日の日記に書きましたが、私は7年前の7月にレイキの伝授を受けて以来、知人で必要としてくれる方に対してレイキヒーリングを続けたり、守護霊様や前世やオーラなどのスピリチュアルな世界が見えたり(感じたり)していくうちに、教員を辞してレイキティチャーとなりたいと強く願うようになりました。その思いが強くなってしっかりと自覚した時、私は完全禁煙を決意しました。

完全に禁煙をする大きな理由は3つありましたが、1つは妻に対して隠し事をするというネガティブなことなくすため。1つはヒーリングを行う方が煙草の匂いが嫌な方がいらした場合には不快な思いをさせてしまうため。1つは自身の身体をより健康に保つためでした。そして、2002年12月6日朝6時30分に、当時勤務していた小学校の喫煙場所で最後の1本を吸った後、一緒に喫煙していた同僚に禁煙宣言をすると無理だと笑われましたが…結果としてはあれ以来、今の時点まで禁煙を続けています。私はこの最後の1本を吸い終わった後に、自らの意識の中で次のような誓いの言葉を唱えました。

「もしこの先、1本でも自分の意思によって煙草を吸ってしまったら、ヒーラーとしての道をやめます。」

実際、その後は何度も誘惑に負けそうになったこともありましたし、禁煙後の数年間は週に1,2度の割合で、‘煙草を吸っちゃった夢’を見ました。いつもこの夢はリアルな感じでしたので、そんな夢を見た後、その都度起きて夢だと知ってホッと一安心していたことを懐かしく思い出しました。そして、まだこの誓いを守っているために…ヒーラーとしての仕事を含めて、私は今のお仕事をこうして続けることができています。















日記

夜のお散歩

2009年08月01日
アマンダ(次女小3仮名)とデンプ(3女6歳仮名)とともに、6月頃から2,3日に一回ほどの割合で、夜のお散歩に出かけています。

6月中の夜のお散歩のお目当てはホタルでした。家の周辺にはたくさんの田んぼがありますが、数百メートル離れた田んぼの一角とその近くの用水路周辺にだけ、たくさんのホタルがいました。昨年も随分と楽しませてくれましたが、今年も行くたびにたくさんのホタルたちが出迎えてくれて、緑がかった白くて美しいホタルの放つ光によって癒してくれました。

7月に入った頃からは、カブトムシとクワガタ探しが夜のお散歩のお目当てとなっています。とはいっても、今年は風の強い日や涼しい日や雲で月が隠れている日が多いせいか、あまり出会うことができませんが、それでも今日現在、5匹のカブトとクワガタを採集して飼育しています。アマンダもデンプも、昨年まではほとんど興味を示しませんでしたが、今年はガラリと変わって、大きな水槽に飼育用の土や蜜のゼリーなどを入れて飼育し、2人で観察したりお世話をしたりして楽しんでいます。

また、街灯近くでは時々蝉の幼虫もいることがありますが、今年も今のところ1匹見つけたので、寝室の網戸にとらせました。朝になると、脱け殻のすぐ近くに蝉がじっと止まって体を乾かしていますが、毎年のようにこうして蝉の幼虫を捕まえては、羽化する様子を楽しんでいます。そして、部屋から元気に飛び立つ蝉の姿を見たり、アマンダとデンプの大好きな蝉のぬけ殻の抜けたてほやほやを採集したりして喜んでいます。

一昨日の日中の室温は34度ほどありましたが、今、午前9時現在、室温を見たら24.4度でした。我が家のある今朝のいすみ市は曇り空ですが、とても過ごしやすい朝を迎えています。先ほど、近くにある玉前神社に家族で参拝してきましたが、アブラゼミやミンミンゼミの鳴き声は聞こえてくるものの、まるで高原の朝のような清涼感に包まれていました。昨年の夏は半日だけ冷房を使用した日がありましたが、今年はまだ一度も我が家の室内では冷房を使っていませんし、使いたいと感じるような暑さによる不快感は今のところはありません。我が家は外房の海に近いために、以前住んでいた印西市や、生まれ育った東京都内に比べると、たくさんの自然に囲まれた中にあって夏は涼しく冬は暖かいために、とても快適に感じています。

このように、いすみもいいな~と感じつつも、でもやっぱり石垣島に移住したいという思いは増すばかりでして、神社へ参拝するたび、毎回神様に祈願し続けています。





日記
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