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調和のとれた中で心地良くナチュラルな自分であること

2009年07月31日
私が深く信頼していて、地球ではアトランティスの時代からのご縁が続いている知人(同志)の中の1人で、今のところの3次元的状況は普通の主婦をしていながらも、実際にはぐんぐんとスピリチュアルな目覚めを続けていて、ご家族へのヒーリングやご主人の悩みを解決するためのサポートや周囲のご縁のある方々や物事に対して光りを与えるようなことなどといった、3次元的には地道で謙虚な活動をしているような状況ですが、実際にはたくさんの光を放っている方から、1週間近く前に、1年ぶりくらいになるでしょうか…久しぶりにメールをいただきました。そのメールの中の一部の内容が、とても心地よく心に響いたので、ブログに転載したくなりました。

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最近は前のようにガチガチにスピリチュアルに生きなければ!と焦ることもなく(以前の私はかなりそうだったのではないかと思います…)、根底にはスピ精神を持ちながらナチュラルに生活できているように思います。

余計なものがそぎ落とされたというか、自然にそうなっていき心地よいです。

でも、日々タエヌさんのブログは拝見させていただいて、波長を落とさないようには気を配ってますよ!いつもありがとうございます(^O^)/

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私自身も、レイキのヒーラーになってスピリチュアルに目覚めが進んでいると自覚した頃から4,5年の間(数年前まで)は、「ガチガチにスピリチュアルに生きなければ!」という感じのところがありました。スピリチュアルな知識欲が強くてやたらと本を読みあさったり、ヒーリングをしたり対面でのスピリチュアルアドバイスをしたりしているときには、依頼を受けていないのに目で見えたり言葉として伝えられていなかったりしている奥にある何か(オーラや過去世や守護霊さまなど)をやたらと探ったり、何事もやたらとスピリチュアルな話に結び付けて人に伝えようとしたり、親しい知人に対してはやたらとスピリチュアルな話をしてわかってもらおうとしたり、神社やお寺様に行くとより意識的に何かスピリチュアルなことを感じようとしたり見ようとしたり、パワーストーンを見たり手にしたりした時には何かスピリチュアルな感覚を感じ取ろうと努めたり…(私はほとんどこだわりませんでしたが、占いのやり方や結果にやたらとこだわったりするとか、風水的なこととして方角とか色とかにやたらとこだわるとか、荒行のようなことをするとかやたらと探し求めるとか…も一般的には多いことですので、ここに含まれると思います)

今でもそういった感じのところは確かにまだ少しはあるかとも思いますが、霊的な感覚で得たことをやたらと3次元的に確認したり立証したりしようとするとか、スピリチュアルな状況を感じ取ることができたかできないかということで一喜一憂するような感情を持つとか、相手に求められてもいないのに相手に分かってもらおうとしてスピリチュアルなことを伝えるとか、あらゆるスピリチュアルなことを知りたいという知識欲が極端に旺盛であるとか(数年前までの4,5年間にはスピリチュアル関係のあらゆる分野の本を随分とたくさん読んできました)、相手に求められてもいないのにスピリチュアル的な過干渉をして相手の領域(今世の過去や現状や過去世など)を知ろうとするなど…といった状態にはあまり至らなくなり、必要に応じて情報もご縁も英知も物質も得られることを感じ、不干渉の法則などの宇宙の普遍的な法則を常識とし、5感で認識できることをベースとしながらもナチュラルに感じて認識できるような直感や霊的感覚やインスピレーションを大切にして、波動や気(エネルギー)の状態を常に意識しつつも、3次元の世の肉体に感じる感覚や5感で得られる情報や現状の意識と、スピリチュアルな情報や感覚や意識とをほどよくミックスさせて、よりナチュラルに実生活を送ることで、もっとも心地よくスピリチュアルライフを楽しんでいると自負しています。

もちろん、何を心地よく感じ、必要であると感じてわくわくするのかは人それぞれの状況によって違うわけですから、必要な英知を多く得るべき状況になれば本やネットの情報などを読みあさったりセミナーに通ったりすることもあるでしょうし、ガチガチにスピリチュアルな生き方をすることを選択する時もあるでしょうし、物質世界とスピリチュアルな世界との狭間に入って悩んだり葛藤したりすることからポジティブな学びを得るような場合もあるでしょうから、その時点での人それぞれの必要性や流れや波動の状況や魂の特性などがからんでいるので、何を選択しているかという結果(経過)に現在至っているから、今の時点での魂の位置がどのような状態であるというような判断や相対的な評価とはあまり関係はありません。

私は上記のようなガチガチなスピリチュアルの道を目指して歩んだ経験を経た後に、この知人のおっしゃるような感覚に至ったために、同じような感覚になるような道を歩んだ経験を持つ同志として共感し、このようにブログに書いていますが、歩む道は人それぞれですので、ごく1つの実例にすぎません。あくまでも参考までに紹介させていただきました。

でも、自分自身の現状が「以前より心地よく感じているかどうか」「以前より自分自身がナチュラルな状態であると感じているかどうか」「以前より調和を保っている状況であると感じているかどうか」といった3つの観点で自分自身の状況を捉えることは、自分自身の現状を自分自身の今世における過去の状況と比較して、絶対評価(個人内の評価)的な認識をするためには確かな基準となるはずです。

私は、上記の3つの基準の中での絶対評価的な観点から、以前の自分よりは今の自分のほうが、より調和のとれた中で心地良くナチュラルな自分であることを実感しているので、このままの流れに乗り続けて、これまで通りにわくわく感に従って生きていくことが、私にとっては現状における最良の選択であり、魂向上のための道を歩むことになるのだろうと自負するに至っています。







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スピリチュアル

学校を卒業するに至ったころの思い出

2009年07月30日
私がレイキの伝授を受けたのがちょうど7年前の2002年7月末でしたが、レイキで検索したネットのホームページの中から、料金が比較的に安くて良さそうな感じの印象を受けたティチャーを選んで予約し、東京の青山のマンションの一室にて個人で行っている、私と同じ年齢の男性ティーチャーから伝授をしていただきました。アチューンメントでは、とても素敵な体験をすることができましたし、帰りの電車から見た東京のネオン街が、やけに綺麗に見えたのと、自分の身体の余計な力が抜けたような感じがしたことを思い出しました。

その後、自己浄化や家族を中心にレイキヒーリングを行いつつも、友人や職場の同僚にも時々施すことがありましたが、このような実践を通してレイキの魅力にぞっこんになったことと、自分自身のポジティブな変容(スピリチュアルな目覚めが一気に起きたこと)を実感したことなどから、レイキの普及に全力を注ぎたいという意識がどんどん強くなり、その年の11月頃にはティーチャーズディグリー(レイキ4)を受けることを決めて、会社組織としてレイキのセミナーを大々的に行っている所に申し込みをしました。ティーチャーの伝授を受ける条件として、その会社の主催しているセミナーでレイキ2と3の再受講をするようにとのことでしたので(レイキ2と3の伝授の料金は半額にしてくれました)、すぐに予約を取って受講しました。

その後、2003年の4月にティーチャーになるための伝授をしていただき現在に至りましたが、ティーチャーの受講前に、A4サイズの用紙1枚程度にティーチャーになりたい理由を書いて提出するようにといーう指示を受けたので、ワープロで打って提出しました。確か、その文章は2002年の12月頃に作成したと記憶しています。感熱紙で印字したままの状態でファイルに入れて保管してありましたが、すでに用紙の一部は薄茶色になっていて、文章も消えかけている部分もありましたが、久しぶりにそのファイルを見て、私が6年半前の小学校の教員時代に書いた内容を、とてもなつかしい思いで読みつつ、ある意味、私にとっては転職するための決意文として書いた当時の気持ちも思いだしたところで、ブログでこの文章を公開したいというわくわく感が湧き上がりました。以下、その内容を転載します。


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レイキのアチューンメントを受けて以来、自分自身に様々な変化がありました。いくつか例をあげてみますと、まず、心が穏やかになったことです。もともとがわりと短気な方だったので、今思えば、つまらないことでもすぐにいらいらしていました。レイキを授かって2週間くらい経った頃、しみじみと妻に言われたことがあります。「全然イライラしたり怒ったりしなくなったね。今までだったら、こんな時はすごかったのに、今は笑っているんだもんね。」ある出来事が起きた直後のことでしたが、自分でもそういえばそうだなと感心しました。次に、自分を好きになれたことです。‘レイキ完全本’に書かれていた「自分を愛するように他人を愛しなさい。」という言葉が、自分を嫌いだった私にとっては、読んだ時にはとんでもないと思っていました。それが今では、その通りだと心から思えるようになったのです。理由は1つ。自分の内面で自分自身で嫌いだったこと(先ほどあげた短気なこと等いくつもありました)が、レイキを実践するにつれてことごとく改善されていっているからです。その他には、長年悩まされていた腰痛が治りました。人間関係はより良好になり、仕事もよりスムーズにこなせるようになりました。私自身、宗教にはほとんど興味がなかったのですが、どういうわけか、古神道や仏教に興味が出てきたために、現在、関連書を毎日読んでいます。特に、精神力が高まるような教えを説いた本を読むと、心の底から感銘を受けます。その他にもたくさんありますが、とにかくどれも良いことばかりです。

これまで合計約25名に、ほぼ毎日レイキの実践を行っていました。その中で経験を積めばつむほど、相手の状態がわかる能力や、ヒーリング能力が増してきていることを実感できました。さらに、ティチャーとしてアチューンメントを行うことで、自分の能力や精神がどこまで高められるのだろうかと考えると、わくわくしてきます。

私は現在、小学校教師をしていて、特殊学級の担任、生徒指導主任等を担当しています。本校は約1000名の児童数の大きな学校です。この教師という職業を通して、最近特に問題があると感じていることが幾つかあります。まず、心が病んでいる子どもが増えてきているということです。友だちとのトラブルが絶えない、万引き等の非行が増加傾向にあります。そして、悪いことをしても、悪いという意識の薄い子も増えてきています。さらに、このような問題のある児童の大半は、保護者にも問題があるということもわかってきました。児童虐待、こどもへの愛情不足、善悪の感覚のなさ、親の威厳のなさや無責任さ等です。教員の問題としては、週5日制になってから、仕事がさらに忙しくなったために、心の余裕がなくなってきたり、仕事に追いつめられたりしている状態が続いたり増えたりしていることです。そして、そのためのストレスがたまっている人が多くいるように思えます。そして、そのことが主な原因と思われる、倦怠感、腰痛、肩こり、頭痛等の、身体に症状を起こしている人が意外に多いことが、レイキを実践すること等でわかってきました。

上記に述べた、現在の私自身、そして私を取り巻く環境から、レイキのティチャーになりたいと思った理由を3点あげます。

一つめ、自分自身の精神をより向上させるため。
二つめ、ヒーリング能力をより高め、実践していきたいため。
三つめ、一人でも多くの人がより幸せになるために、レイキを普及していきたいため。

全国に、素晴らしい教育実践を行っている教師はたくさんいます。でも、残念なことに、まだレイキの実践者は多くありません。私が今、強く思っていることは、近い将来、教師を辞め、レイキ実践者としてレイキを普及するために、残りの生涯を送りたいということです。


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書き写しながら、文章表現や認識のしかたや物ごとの捉え方など、今の時点では修正したくなるような箇所がいくつもありましたが、できるだけ当時の文章のままの状態にしました。

この文章を書いた翌年度には、小学校から肢体不自由の養護学校に転勤希望を出して、その希望が叶いました。転勤した養護学校は、もともと初任から4年ほど勤務していた学校ですので内情はだいたい分かっていましたが、自力の移動が難しいために、車いすによる他者の支援を要する子どもが多く、また、リハビリーや身体のケアなどを多く要するために、手のひらで子どもの身体に触れる機会がとても多い学校でした。また、この学校には、レイキを必要としている子どもたちがたくさんいることを知っていましたし、職員や保護者の中にもレイキを必要そしている人が多いことも感じていました。ですから、私が教員としてレイキを人のために活用できる場としては最適な学校であると感じて転勤したのが大きな理由でした。

でも、もう1つの転勤を希望した大きな理由は、小学校にそのまま勤務をしていると、1,2年以内には教育委員会に勤務するような状況に至りそうな情報もありましたし、現に学校内の仕事以外でも、いくつかの市や近隣の市町村の組織の中でも重要な仕事を任せられていたので、教員を辞めることを決めた時点で、このまま小学校にいては多くの方々に迷惑をかけてしまうと思ったことです。

転勤をすることに決まった時点で、そのような心配は解消されましたが、できるだけスムーズに辞職したいことや、流れをはっきりと感じスムーズに流れに乗っていきたいことなどから、もし養護学校でも複数年勤務をする必要がある仕事のポジションを与えられた場合には、1年限りではなくて、ある程度の年数の間、仕事をまっとうして引き継ぎ、自分が納得し、周囲にも不調和が起きないようにしてから辞めようとも思っていました。

ところが、与えられた仕事は小学6年の担任。担任する学年が分かった瞬間に、私はあと1年のみ、教師として学ぶべきであると感じました。また、担任以外の仕事も、特に翌年まで継続して行うべきであると感じられるようなポジションはなし。結果的には1年間の勤務も素晴らしい学びがたくさんあって、調和が保たれている中でポジティブに過ごすことができました。

そして、年度末に子どもたちを卒業させた後、私自身も、とてもスムーズに、自然な流れにふんわりと乗るようにして、何の迷いもわだかまりもなく、教師として就労していた約15年間の学校生活から無事に卒業することができました。今から5年前の春の出来事です。












スピリチュアル

なんとなく書きたいと感じたこと

2009年07月28日
先日のブログで、私にとってのスピリチュアルな道を歩むに至った大きな転機を5つピックアップしましたが、あの時には書きませんでしたが、実際には2年半ほど前の2007年2月からブログを書き始めたことも、大きな転機の1つでした。

最初は、スピリチュアル関係で結ばれていた15人ほどの知人に呼びかけてmixiのブログを始めたのがきっかけでした。今はmixiを退会しましたが、タエヌのスピリチュアル日記の最初の1年ほどの間に書いた内容は、mixiに書いた内容をコピーして、現在公開しているこのFC2ブログに1年半ほど前の2月頃に転載し、その後、現在に至りました。

この、FC2のブログを始めた2008年の2月は、やはりここ数年では大きな転機となった、たま出版より「タエヌのスピリチュアル日記」の本を出版した月でした。本をお読みいただいた方が私のブログを読んでいただこうとしても、mixiは会員制のためにブログを読んでいただく方が限られてしまいますが、このブログはどなたでもアクセスできるという理由から始めました。

この本が発売された頃の2月の中旬の時点では、FC2ブログへのアクセス数は1日平均10人程度で、mixiへのアクセス数は30人程度でした。私は、40人ほどもの多くのみなさんが私のブログをお読みいただけていることに感謝し、責任感も強く持ってブログを書き続けていました。しかし、2月末から3月末にかけては、引っ越しの準備やらあらゆることを清算することなどで時間的に多忙となり、この1ヶ月間はほとんどブログを書かずにいました。

4月に入って、引っ越し先の雰囲気にも慣れて生活が落ち着いた頃からまたブログを書き始めましたが、その頃には1日100人ほどのアクセスがあり、その増加した人数を見て嬉しくなりました。そして、昨年の夏ころには300人を超え、昨年末ころからは1000人前後の方が毎日アクセスしてくださるようになり、多い時には3000人を超える時もありました。

急激にアクセス数が増えたのではなくて、本の出版を機に少しずつ少しずつ増えて現在に至ったので、私自身の気持ちとしては、まったく無理なく、この私のブログをお読みいただいている皆さまから与えていただいているエネルギーを糧にして、わくわく感と責任感とお役目を果たしている充実感とが日増しに強く感じる中で、ブログを書き続けています。

私は子どものころから計算することが好きでして、何かと計算したり、数字を気にしたりしてしまうことが習慣のようになっています。私はブログを書く目的は、多くの方にお読みいただきたいということもありますが、実際には書きたいと感じたことを書いているのみですし、読みたいと感じる方がお読みいただければよいと思っているつもりなのですが、結局はアクセス数が気になったり、登録しているFC2ブログのライフというジャンルのランキングがきになったりして、毎日のようにチェックをしています。

今朝もランキングを見たところ、30~50位の中に入っていることが多いので探してみたらなかったし、20位台を見てもなかったので、またランキングから外れちゃったんだな~と思ってページを閉じようとしたところ、よく見るとこれまででたぶん最高位だと思いますが15位にランクされていました。単なる私のエゴですが、15位にランクされたことがとても嬉しく感じ、お読みいただいている皆さまに対する感謝の気持ちや、必要とされていることの喜びが、いつも以上に大きく感じました。

また、ここひと月ほどは、以前よりも多くの読者の皆さまから、ご感想や励ましやご質問のメールをいただくようになり、たいへん光栄に感じています。いただいたメールはすべてすぐに読ませていただいていますが、なかなかメールの返信がスムーズに書けず、遅れてしまっている方々に対しては、この場にて深くお詫び申し上げます。


話しはガラリと変わりますが、今年のいすみ市周辺の外房の海の水温は、とっても低い日が多いようです。おとといの26日(日)に我が家から車で15分ほどかかる所にある大原海岸へ海水浴に行きましたが、気温は30度ほどあったのに、この日の水温は18.5度しかありませんでした。この夏に入って、何度も子どもたちと海へ遊びに行きましたが、いつも水温は18~19度しかありません。デンプ(3女6歳仮名)と波打ち際で遊んでいる分にはまだ大丈夫なのですが、アマンダ(次女小3仮名)の大好きな浮輪を使って背の届かない所で泳いだり波で遊んだりするポイントである、水深が1mを超える辺りでは、水温はぐっと下がり、10~20分も遊んでいると足の指先が少ししびれてくる感じがするほどに冷たく、アマンダもガチガチと震えだして唇が青くなってしまいます。それでも遊びたいアマンダは「寒くないのになぜか震えちゃう~」とかと言ったりして、やせ我慢をして遊び続けることが多いのですが、結局は、まるで雪の中で凍えるような状態になると、観念して海から出ることを選択します。それでも砂浜に上がると温かいために、少し休憩すると海に入り、結局は出たり入ったりをこまめに繰り返すパターンになります…。

大原よりもさらに車で10分くらい南に位置する御宿の海岸も同じような水温のようですが、いつも接岸している黒潮はどうなっちゃったのだろう…?と思っています。ちなみに、今朝のいすみは、雨が降ったりやんだりしている状態で、とても涼しい風がほどよく吹いています。海水温は今日も19度弱のようですので、海水浴で楽しむのは難しい感じです。以上、大原・御宿周辺の海水浴場情報でした。






日記

肉体から邪気を排出する現象

2009年07月27日
特に病気であると自覚するほど体調が不調というわけでもないし、精密検査を受けても指摘は受けていないのに、吐き気がするけどオエっとするだけで何も嘔吐しない(カラゲロと称しています)状態が時々起きてしばらく治まらないとか、煙草も吸わないし風邪でもないのに痰やそれに準ずるような物が多く出るとか、咳がお腹の奥から湧き上がるようにして嘔吐するような感じで出るとか…そういった、病気であるとされているような時に生じるような症状や、普通の状況ではないように感じられる状況の中には、マイナスエネルギー(邪気)を多く受けてしまい、マイナスエネルギーが肉体に蓄積してしまった結果、肉体の波動も意識の波動もそれなりに高い状況であるために、急激にマイナスエネルギーを肉体から外に排出して浄化したいために上記のような現象が生じる場合がよくあります。

以下の見解は、私自身、医学的な専門知識はほとんどありませんので、私の経験やスピリチュアルな感覚から得て信頼している知識になりますが、書き表してみます。


邪気(マイナスエネルギー)を受ける状況は、大きく分けて2つに分けることができます。1つは自分自身が発するもの。もう1つは他からの影響によるものです。

自分自身のネガティブな情緒や思考や意識などから発される邪気(マイナスエネルギー)が蓄積することによって、自分自身の肉体に不調和が起きたために感じる主な症状としては、怒り・イライラは腰痛、不安・心配・取り越し苦労は肩や脊椎上部周辺の凝りや痛み、ストレスは胃腸の不調和、恐怖は全身各所、意にそぐわないような思考や行動を続けると心臓の痛み、あらゆるネガティブな情緒の総合的な影響は頭痛や気だるさや体の重み、などといった状態で表れる場合が多いです。

これらの状況を改善するには、自己の情緒や思考や意識をポジティブにすることで解決できますので、自分自身の在り方をしっかりと反省して見つめ直して改善することが最も大切なこととなります。ですから、自分がマイナスエネルギーを発していることに気付いた時点で、できるだけ即座にポジティブに変換するようにして対処し続けていれば、その影響を受けていることで肉体的な不調和が起きているとすれば、これらの症状は改善していくはずです。

場所やパソコンやメールや携帯電話や自分以外の人などといった、自分以外の他から発されているマイナスエネルギーの影響を受けることによって、自分自身の肉体に不調和が起きたために感じる主な症状としては、みぞおち周辺の違和感や苦しみや痛み、吐き気、もともと身体の不調和の起きている部分が悪化する(歯痛や腰痛が増す等)、喉のいがらみや痛み、後頭部周辺の違和感や痛み(主に未成仏霊の憑依や強いマイナスエネルギーの影響)、こめかみ周辺の違和感や痛み(主に生きている人や生霊の発する強い邪気・邪念)、全般的な頭痛などです。

そして、これらの他からの影響を受けて肉体に蓄積してしまったマイナスエネルギーを、肉体の持つ自然治癒力や活力によって浄化・排出するために生じる、無意識の中でも起きることが、せきをする、嘔吐する、カラ(空)ゲロ(オエーっとする)やゲップをはく、痰がでる、排泄(いつも以上に排尿する・下痢)、発汗などです。これらの状況が、いつも以上に多い場合には、自分以外のものからマイナスエネルギーを強く受けている場合が多いでしょう。

こういった状況は、マイナスのエネルギーを受けながら起きる場合もありますが、自分自身の波動が高まった時や、高い波動に触れた際に起きる場合が多いです。つまり、波動の高低の大きなギャップから、一気に浄化されるからです。もし職場や通勤電車でマイナスのエネルギーを強く受けているとしたら、帰宅してほっとした時とか、家族から受ける愛情や安らぎや癒しのエネルギーに触れたりした時とか、入浴・就寝時・起床時とかといった休息して安堵するとか…etcといった、心身共に休息したり、安らぎや安心や愛情などといった高い波動のエネルギーによって癒されたりすることで、体内にたまっているマイナスエネルギーが一気に浄化されることから起きるということです。邪気を排出するのに即効性がある嘔吐やカラゲロやせきやたんは、特に出やすいです。

以下の内容は過去の私のブログに書きました「物質と波動によって生じるエネルギーとの関係」(2008.11.27作)の内容の一部を転載しましたので、ご参考いただければと思います。

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今回のこの物質とエネルギーの関係のお話の最後に「物質に蓄積された低い波動のエネルギーの浄化方法」に関して、いくつかの例を挙げて述べることにより、しめくくりといたします。

ある程度物質から離れた状態にある大気中のエネルギーは常に調和されています。宇宙から降り注ぐエネルギーは、日増しに強く高い波動のエネルギーへと変化し続けているので、大気中のエネルギーはとても高い波動を保っています。太陽や月から与えられているエネルギーも同様です。また、常に大気に触れているような、地球や宇宙の高い波動のエネルギーの媒介になっている植物や土や石や海や川といった水なども、同様に高い波動を発しつつ保っています。

人の肉体は波動の媒介となったり蓄積したりするので、もっとも簡単な方法は、このような高い波動の場所により長い時間身を置いて過ごすことです。もちろん、ただ身を置くだけでもより波動が高まって浄化されますが、さらに効果を高めるには、波動の高い場所において、充実することや楽しめる事やわくわくすることなどといったポジティブな意識をもつことができるような状態でいられると、波動の法則によってさらなる高い波動のエネルギーを与えられるようになります。

物質をできるだけ外気に触れるようにするだけでも違ってきます。太陽や月の光を浴びるだけでも違います。また、部屋を換気するとか光を与えるとかといったことは、大気のエネルギーを室内に与えるといった波動を高めるためにはとても大切なことになります。

人の肉体に蓄積された低い波動のエネルギーを、肉体という物質から分離して大気のエネルギーによって浄化する方法もあります。例えば、深呼吸をすること、軽い運動をすることなどです。また、浄化力の高い物質によって体外に出すこともできます。例えば水分をたくさん摂るようにして排泄物や汗という物質で体外に出すとか、入浴して汗をかいたり体をよく洗い流したりすことによって、水のすぐれた浄化力を利用するのも効果的です。また、お祈りや言霊や真言やお題目を唱えることなどによって、高い波動のエネルギーを意図的に肉体へと取り込むことにより、低い波動のエネルギーを肉体から分離して浄化させる方法もあります。


もっとも大切なことは、肉体に高い波動のエネルギーを蓄積するように努めること。同時に肉体に低い波動のエネルギーを蓄積しないように努めること。できるだけ高い波動のエネルギーの媒体となれるように努めること。同時にできるだけ低い波動のエネルギーの媒体とならないように努めること。







スピリチュアル

タエヌにとって5つの大きな転機

2009年07月24日
私にとって、今のようなスピリチュアルな道を歩むに至った、重要である大きな転機を、経験順に5つ挙げるとしたら以下のことだと感じています。

1つは高校3年の受験期に突如始まった、金縛りや幽体離脱や見たり聞いたり触れられたり話したりした数々の未成仏霊による心霊現象を体験したことです。このことで、実際に霊が存在することを実感しましたし、怖いし嫌でしたので、心霊体験をしないようにあらゆる解決手段を試みました。反面、そういった存在に対して深く興味を抱くようにもなりました。

2つめは24歳の時、当時はレストランで勤務していましたが、様々なことで自分自身が嫌になり、本気で自殺することを決めて、職場を無断で休み、新幹線に乗りこんで京都に向かった頃のことです。実際には電車の中で改心し、現実に立ち向かうことを決意するに至り、3泊4日で京都や紀伊半島を旅して癒され帰宅しました。その直後にレストランを退職し、翌年に受験した千葉県の教員試験に合格して教員になりました。

3つめは、7年前にレイキの伝授を受けたことです。このことをきっかけとして、スピリチュアルな目覚めが大きく進んでいったと自負しています。

4つめは、約15年間教育公務員として小学校や特別支援学校等で教師として就労していましたが、5年ほど前の6月に、今のようなスピリチュアルな道へと進路を変えるために、辞職することを選択したことです。

5つめは、2007年9月に夫婦同時破産をすることに決めて実行したことです。住宅ローンや車のローン、公務員を辞職して自営業としてヒーリングルームを経営していたことなどから増え続けたクレジット会社や銀行からの多額の借金。そしてついに3年ほど前の春ころから支払いが滞ってしまい、その催促に追われることのみが、当時の私たちにとって唯一のネガティブに感じていることでした。そして、結果的には2007年9月に破産を申請することに決めましたが、今の日本の世の制度においては、合法的でありポジティブな解決策であると感じて選択しました。

以下の内容は、この5つめの大きな転機である、破産申請を弁護士に依頼して間もない2007年9月4日に書いたブログの内容です。今、この内容を必要とされている方がいらっしゃることを強く感じますので、バックナンバーをコピーして転載することにしました。


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「執着・固定観念から自由になるということの必要性」   2007年9月4日

アミは高次元の宇宙の存在ですが、私にとっては、たくさんのメッセージをくれる友であり同志でもあります。

昨晩のこと、久しぶりにアミの本「アミ3度めの約束」を手にしていました。特に自分から読もうと思ったわけではなくて、なんとなく読むように促がされたという感じです。アミが私に対して必要であるメッセージを伝えたい時に、本に書かれている内容があてはまる際には、このような手段として伝えてくれることが時折あります。だからとてもわくわくしながら読み始めました。

今回は370ページから読み始め、60ページほど読みました。そこには、今だからこそより実感できること、確認できたこと、より深く受容できたことなど、やはり必要なことがたくさん書かれていました。

中でも~輪廻転生の意味~について書かれている内容が特に心にしみました。以下の文章は、アミが登場人物である三次元の人間との会話の中で述べている言葉です。ここで紹介したくなったので本に書かれている内容をそのまま引用します。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

「宇宙は自分たちの創造物が、あらたな経験、あらたな環境、あらたな場所、あらたな人と、あらたな考えに触れることで、進化し、成長していってほしいと考えている。ところがそれをはばむのが、君たち自身の「執着心」なんだ。君たちはあまりにもいろいろなものにしがみつきすぎている。自分たちの場所、自分たちの愛する人、自分たちの物、自分たちの姿、自分たちの考え、思い出……すべてを手放したがらない。君たちが、そういった諸々の執着から自由になって、別の状態へ、別の幸福へと通り抜けるためのたった一つの道は、今、その身にまとっている‘服,つまり肉体……を脱ぎ捨てることだ。肉体が滅び、死を迎えた時にようやく君たちは執着からのがれて、あらたな状態に入ることができるんだ。でも、そのかわりに君たちは、かつての人生の事を何一つ……どんなに愛着のあったものでも……覚えてはいない。でも本当は、一人ひとりの心の奥底に、記憶はひっそりとねむっているんだけど……」

「私たちが死ぬのはそのためなの?」とビンカ(三次元の地球外の人)が尋ねた。

「そう、残念ながら今の君たちがあらたな状態に移るためには、‘死、を利用するほかに道がないんだ。でも、もし君たちがもっと進化した段階の人たちのように、もう少し執着からはなことれることができれば、‘死、という、痛ましくて苦しいプロセスはいらなくなる。進んだ魂たちは、もはや‘死、を通過しなくても、自分の意思だけで簡単に宇宙が用意してくれた新しい状態の中へとびこんでいけるんだよ。しかも前の人生でのことを忘れたりしないでね」      

         ~「アミ3度めの約束」(徳間書店)より~


☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆
 

私自身、数カ月前までは離れることができなかった「執着していた物」がありました。それは、マイホームとして今住んでいる土地と家です。一生住むであろうという固定観念と執着により離れることを恐れていました。でも、いろいろな成り行きの中、数カ月ほど前からは執着も固定観念も全くなくなりました。そして、次なる居住地となる所をわくわくしながら選択し、あらたな生活や出会いなどが楽しみでしかたありません。

経済的な固定観念や執着についても、これまで40年以上の歳月をかけて学んだり常識であると教えられたり、これが良い状態であると固定観念のようになって執着してきたことが、私の中でも妻も同様に、ここ1年半ほどの間に信じられないほど大きく変化しました。

執着や固定観念により、世間では捨てきれないでいる方が多いものの中で、私がこれまでにぬぐい捨ててきたことでも下記のことがとても大きいことであり、今になっても良かったと自負していることでもあるので、書き加えます。

それは、3年半ほど前に公立学校の教育公務員を退職して、あらたなる生業として今のお仕事を始めたということです。それこそ、教育委員会にいくかもしれないという一種の出世といわれるものや、公務員という経済的な安定といわれる状況も捨てました。自分にとって小さいころからの夢であった教員という職業を一生涯の天職としてまっとうしようという固定観念も捨てました。そして、教員というお仕事はそれなりに充実していて楽しんでいましたが、さらにわくわくしてやまない今のお仕事を、何の迷いもなく選択しました。もちろん、妻も子どもたちも賛成してくれました。

今回の家や土地に関しては、執着をぬぐい捨てるのには時間がかかりました。でも、今になって振り返ってみると、たくさんのこれまでに経験してきた修行の中の一つとして、貴重な思い出として心に刻まれようとしています。

ここまでの、個人的な話はさておいて、私がこの日記を通して最も伝えたかったことをまとめます。そもそもアミの言葉がすべてでもありますが……。

ここで伝えたかったことは、執着や固定観念から離れなくてはいけないとか捨てなければいけないとか、そういうふうに執着や固定観念をもつことが良くないというような、否定や戒めのようなことではありません。

人間は本来必要ではない執着や固定観念というものをたくさんもっていて、いつのまにか縛られている場合があるということを、それなりに強く自覚するということは大切なことであるということです。そして、そのような自覚のもと、本来の魂の目的に対してまっすぐに向かっていくために、より幸せな人生を送るために、より愛をめぐらせるために……、数ある選択肢の中から、自分にとって人類にとって地球にとって宇宙にとってベストである選択をするためには、執着や固定権観念というものを、いつでも離したり捨てたり変えたりしよう、またはそのように考えていこうという柔軟な心、つまり執着・固定観念の束縛からから自由になろうとする意識が必要であるということです。

心が変われば行動が変わる。

行動が変われば習慣が変わる。

習慣が変われば人格が変わる。

人格が変われば運命が変わる。

――この言葉は私の好きな言葉の一つですが、ポジティブなこと、宇宙が人間に対して求めていることを、心を変えて行動を変えてさらに習慣にすること。

私自身はまだまだ未熟であり、やっとこのようなことを意識して少しずつ行動が変わったり習慣になったりしたことがありますが、まだまだ宇宙からみたら発展途上であるということを大いに自覚しています。その自覚のもとに、今後もより一層の修養に励むという意気込みを書きまして、今日の日記を終わりにします。



スピリチュアル

予防接種について

2009年07月23日
私のブログの読者であり、これまでにも何度かメールにてお付き合いさせていただいているショコラさん(女性・仮名)から、以下の内容のご質問をいただきました。同じような情報を必要とされている方がいらっしゃいましたらご参考いただきたいと感じましたので転載いたします。ご本人からもブログに載せることをご快諾いただきました。ショコラさん、ありがとうございます!


Q. ブログを読んで、以前から気になっていた事をタエヌさんに聞きたくなりメールしました。

私には1歳の女の子がいるのですが、予防接種を受けることについて迷っています。

うすうす「本当は予防接種は必要ない気がする」と以前から感じていたのですが、色々な本に(プレアデス系の本やマシュー君からのメッセージ、地底人からのメッセージです)予防接種はもともと持っている完璧な状態を引き下げるものと書いてあり、「やっぱり・・・」という気がしながらも、一般的に見てうけるのがいい母親的なところもあり、どこまで実行しようか、うけるのを迷っています。

友人で全くスピリチュアル的なこととは関係なく小児科医の本を読んで感銘を受け、予防接種を受けないことを選択した人がいました。結局その友人は長く期間をあけて受けることにしたそうなのですが(その小児科医の本によると0歳児に予防接種をすることをやめたほうがいいと強く主張されていて感銘を受けたそうです)、やはり病院側に白い目で見られ今後きちんと予防接種をうけるよう同意書を書かされたそうです。

良かれと思って病院側もそういった対応に出ているのもとてもよくわかりますが、そういったことを考えると、まだ実証のない予防接種を受けないという行為が本当にいいのか悪いのか考えてしまい、自信を持ってやる、やらないが決断できない状態です。

3歳のお兄ちゃんには何の疑問も持たず注射しましたが、やはり注射した2.3日は波動から見てもいつもと違う状態になり、訳もなくぐずぐずしていたのであきらかにいいものではないと以前から感じていましたがやる事が愛だと確信していたのでそのときは出来たわけです。

タエヌさんのお子さんには予防接種を全部うけさせましたか?

タエヌさん自身のお考えを参考までに聞けるとうれしく思います。


A. 私も妻も、数年ほど前までは、子どもに予防接種を受させることは、親として当然の義務であり、子どもにとってはポジティブなことであると思い込んでいました。ですから、それまでの間は医療機関から受けるべきであると伝えられて準備された予防接種のすべてを受けさせてきました。しかし、予防接種を受けることで子どもの免疫力や自然治癒力を低下させるとか、肉体にあえて注射器で傷をつけて体内に不必要な物を注入することによって波動を下げてしまうとか、イルミナティーの地球人類に対するネガティブな策略の1つであるとか…etcといった、ショコラさんと同様で高次の皆さんのメッセージに触れて、その情報を信頼するようになってからは、私の固定観念や価値観はすぐに大きく変わり、ここ数年は受けることを拒否するようになりました。

今、今年の6月で6歳になった3女デンプ(仮名)は、3歳児検診のあたりまでは受けさせていましたが、その後はまったく受けさせていません。(それこそデンプの場合は、2歳の終わりころに保育園で流行した飛び火にかかってしまったために治癒証明書をもらいにいったのが医者にかかった最後のことでして、その後は一度も医者にはかかっていませんが…。)しかし我が家の場合は、時すでに遅しという感じで、蓮以外の子どもたち3人は、幼少のころに受けるべきであると定められた予防接種すべてを受けてきましたし、蓮も多くを受けてしまいました。それでも我が子たちは、薬を飲んだり医者にかかったりした経験はほとんどなく、少なくともここ3,4年は、デンプの飛び火の際と、次女と長女が歯科医で乳歯の虫歯治療を数回行った以外はまったく縁がないことから、結果的には健康を害するような状況には至っていないというのが事実ですので、我が子4人のこのような物理的な結果からだけでは、予防接種の必要性に関しての有無はなんともいえませんが…。

もしも我が家に次の子が生まれてきてくれたら、今の時点では、まちがいなく予防接種は受けさせないようにすることを選択するでしょう。たとえ医療機関やらお役所やら学校やらといった他者がなんと言ってこようとも、我が子に対しては必要のないネガティブなことであると実感している予防接種を、私と妻の責任上、受けさせないことを選択し続けます。

以前ブログにも書いたことがありましたが、今の時点でも私たち家族は、任意で加入する保険には一切加入していません(家を借りる際に加入することが条件である火災保険には加入しましたが、納得の上で加入しました)。一般的には最低限必要であるとされている国民健康保険も車の保険や生命保険にも入っていません。私も妻も、最低限の危機管理はしているつもりですが、まだ起きてもいないこれらの危機管理のためにお金を費やす必要性も加入する必要性も感じていないので、ポジティブな気持ち(わくわくする感覚)でこのような選択をしています。そしてこのような選択は、予防接種を受けるか否かの選択とも同じようなことであると思っています。シンプルにいえば「必要」を選択することに徹している中の1つのことなのです。

もし私が「お子さんに予防接種を受けさせようかどうかと悩んでいるのでどうしたらよいでしょうか?」というようなご相談を受けたとしたら、「お子さんにとって必要であると感じるのなら受けさせればよいかと思いますし、受けないことが最良であると信頼しているのなら受けさせない方がよいかと思います。いずれにしても、自らの意思では選択をすることが難しいお子さんに対して、多少の思考はめぐらしつつも、より直感的な感覚において、最大限の親の愛と責任も持つ中で選択したことであれば、どちらを選択しても間違いはない…と信頼すると良いでしょう。」と答えます。

以上です。


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以下は「空洞地球」徳間書店ダイアン・ロビンス[著]に掲載されている、地球内部に住むミコスからのメッセージの中から、予防接種に関する内容を転載しました。

~予防接種からあなたの新生児を守ってください~

まったく新しい地球が誕生しつつあり、今、すべての魂はテレパシー、透視能力、そして大いなる英知をもって生まれてきています。そのために、あなた方の政府は病院でお決まりの予防接種を行わせているのです。この予防接種は、新生児が持つ高い周波数を抑圧し、生まれもって授けられた聖なるギフトへのアクセスを妨げます。「強制的」な予防接種の目的はまさにここにあり、新生児の光りを地球から遠ざけようとしています。

ですから、親愛なるみなさま、覚えておいてください。新生児のギフトは神性に授けられ、この惑星の病気から守られていますので、あなた方の病院やメディアを恐れることなく、新生児に害を与えることのないよう、自身の英知の光りに向かって下さい。新生児はあらゆる不利なコンディションに耐え得るよう十分備えてやってきており、病院や医者から与えられるものは何もありません。それは新生児の健康をゆがめるだけでしょう。ですから、新生児は自己のDNAによってすでに守られており、いずれにしても外部の解毒剤や予防接種が利益をもたらすことはないと知ることで、新生児を守ってください。

新生児はまた地上で生を受けた天使でもあり、この時期、さらなる光りを地球にもたらすためにあなた方のもとに生まれてきています。地球の光りの周波数は上昇しており、私たちの出現が本当に間近であることを悟りながら、私たちは下から応援しています。では、私たちの創造主の光と愛の下、ここでおいとま致します。






スピリチュアル

マシュー君のメッセージ(23)

2009年07月23日
これまでに何度も紹介しています森田玄さんのブログ「玄のリモ農園ダイアリー」に載せていただいたマシュー君からの新しいメッセージの和訳文です。今回も素敵なメッセージを届けてくれたので紹介いたします。マシュー君、スージーさんそして森田玄さんには多大なる感謝の意を表します。

このメッセージを送って来たマシュー・ワード(Matthew Ward)君は、1980年に17歳で亡くなっていて、それ以来、お母さんのチャネリングを通してさまざまなメッセージを送ってきているのです。

マシュー君は太陽系のもっとも高い菩薩界磁場相に存在する意識体で、さらに上なる銀河系磁場からの情報を伝えてくれているようです。


以下、森田玄氏が7月22日付「玄のリモ農園ダイアリー」に記載してくださった内容を転載いたします。
http://moritagen.blogspot.com/


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マシュー君のメッセージ(23)

2009年7月18日


1. マシューです。このステーション(霊的領域)のすべての魂から心からのご挨拶をします。宇宙の永遠のタペストリー(織物)からすれば、ほんのわずかな瞬間ですが、生涯が無条件の愛で体現された美しい魂の死を悼むマイケル・ジャクソンの家族たちへの同情と憐れみに世界中のこころが一つになっています。その瞬間は、マイケルの世界的に絶賛された才能と感動的な演技を思い出して悲しみがひとつになったということ以上の意味があります・・彼の死によって、地球の人々のこころに愛の輝きが呼び起こされたのです。そして、そうなることで、彼のこの転生の主な使命が最高にうまく成就されたことになるのです。今でも起き上がっている愛のエネルギーがこの惑星地球中の波動を高めています。

2. 一人ひとりにとっては、それは悲しみを克服する瞬間であり、何年か前に彼が犯したと思っていることを赦す瞬間でもありました。彼がそれらの容疑に無罪の判決を受けた当時、僕はその判決に疑問を抱く読者にこう答えました・・それは公正で正しい判決です、なぜなら彼に対する容疑は嘘だったからです。僕はまた、関わっている人間たちは全員生前にそれぞれの役割を担うことに合意したわけですが、マイケルが耐え忍んだストレスの重みが、彼を告発した者たちの魂の成長のためと思って合意した経験よりはるかに上回ってしまったことも言いました。どんなに彼のつらい試練が彼の健康を害し、そのために最後には合意していた寿命よりも早く霊界へ移行することになったことを見るのは悲しい事でした。深い喪失感を抱いている人は、マイケルはニルヴァーナで大勢の他人の幸福を願う人たちに歓迎され、彼のエーテル体を急速に強化させるための個人的な集中治療を受けたので安心してください・・彼の肉体も痛ましいほどに衰弱していました。

(訳注)2005年6月21日付けのメッセージでこのことを以下のように言っています。

無罪放免は当然あるべき唯一の公正で正しい判決です。マイケルはある人たちには”異様に”見えるかっこをしたり、そのような生活をしてきたかもしれませんが、彼が告発されたような行為はしていません。この疑惑と裁判がアメリカのマスコミ好きたちを二分しましたが、それは政治経済を操る連中が大衆を分断させるためにいつもやる偽装工作です。マイケルの転生に関わるすべての人物はそれぞれの役割を演じることに合意しているわけですが・・この事件だけでなく、彼の人生を通してです・・この事件からの過剰なストレスとそれが彼の健康全体に及ぼす影響がマイケルの魂の合意したものをはるかに超えるものになっています。
3. マイケルは最近魂の移行を選んだ著名な人たちの一人ですが、家族や友人にしか知られない何百万の魂たちも地球での転生を離れることを選んでいます。そして、黄金時代が完全に達成するまでにはさらに多くの何百万の魂たちがそうするでしょう。魂の合意を成就する魂たちがいる一方で、他の魂たちは合意契約を修正して、周りの環境の厳しいネガティビティ(破壊的エネルギー)から抜け出て霊界に行き、上界から光を送ることでこの惑星の破壊的影響を減らす手伝いをするでしょう。ですからどうかこれらの”いのちが若くして逝った”と思わないでください。そうでなく、むしろ彼らは喜んで霊界に戻ったことを知って、彼らの地球とそのすべての生命体に対する愛に溢れた働きに感謝してください。

4. マイケル・ジャクソンへの溢れるような愛とその対極をなすのが、豚インフルエンザを作った者たちの考えている事です。またまたこれらの闇の連中が”世界的流行だ!”とわめいています。彼らはSARSでも、鳥インフルエンザでも、そして最初の豚インフルエンザの流行でもそのような状況をつくることに失敗しました。そして、世界的なパニック状態を起こそうという2回目の試みも実現しなかったわけです。彼らの深い挫折感が増大する絶望感と伴って、豚インフルエンザをもう一度表舞台に呼び戻そうとしたのが、これまで2度失敗した試みにはなかった強制予防接種を加えたことです。

5. 国民への軽いインフルエンザの予防接種に広い反対の動きがあることは心強いことですが、この時点でそれがそのワクチンプログラムを頓挫させられるかどうかは分かりません。というのは、反対するエネルギーと製薬会社の経営者たちの欲深い恐ろしい意図のエネルギーがほぼ拮抗しているからです。そうです、彼らは正真のイルミナティです。彼らは今でも強力な影響力を臨床医学や医学研究そして医薬品の政府認定機関に対して持っています・・つまり、彼らはひとつならず様々な手段を講じて病気を創造し、あなたたちの世界のあらゆる医療制度と医薬を思いのままにしてきているのです。でも、この前のインフルエンザ事件のように、僕たちの宇宙ファミリーのテクノロジーが豚インフルエンザウイルスが入ったワクチンを無害化しました。また、それを作った者たちが執拗に同様な企みをしようとする限りそうするでしょう。そして、予防接種の際にプログラム化したマイクロチップを埋め込まれるという心配はまったくありませんからご心配なく・・もしそのような試みがあっても、同じテクノロジーでそのプログラミングは消去されるでしょう。

6. 世界人口を大幅に減少させようというこの新しいインフルエンザの企みと他のイルミナティの策謀の証拠は有り余るほどなので、やがては恐れと無知と経済的従属による闇のグループの長かった支配を完全に駆逐するでしょう。あなたたちの世界のとんでもない規模の腐敗と欺瞞が明るみにされるときは、主要マスコミでさえもその驚くべき事実を黙らせることはできないでしょう。国中で、そして国際的に偶像視されている者たちが”地位を追われる”でしょう。不誠実で専横的な政府指導者たちが誠実で賢明な指導者たちによって取って替わられるでしょう。戦争思考が存在するところでは、それが平和的交渉に変わり、貧困が世界資源の公正な分配に変わるでしょう。

7. でもどうか辛抱してください。今起きていることは革命ではありません。スピリチュアルな進化なのです・・それが光のやり方です。それが光の使者(ライトワーカー)たちと光の勇者(ライトウォリアー)たちのやり方です。彼らの闇に対する鎧と武器は光のパワーなのです。愛は、光と同じエネルギーで,単に表現が異なるだけです。そしてそれは大宇宙(コスモス)で最もパワーのあるエネルギーです。光のメッセンジャーがしばしばあなたたちに闇の者たちに光と愛を送りなさいと言うのはその理由からです。あらゆるものは一つであるというワンネスの部分として、彼らはあなたたちの魂レベルの兄弟姉妹たちであり、その転生で愛の本質がない辛い経験をしているのです。その愛の欠如が彼らのネガティブ(破壊的)な動機と行動の根底にあり、それが大勢の人々に第三密度のカルマ学習を成就するために必要な条件をもたらしているのです。この宇宙の真理を知ることが、憐れみと感謝の気持ちと愛がない人たちへ送る愛の光を産むのです。

8. さて、世界経済の混乱はそれをもたらしたシステムそのものの中で解決されるように見えます。これはイルミナティの計略で、そもそもの始まりから芯まで腐敗している彼らのシステムがすでに崩壊していてうわべだけが残っていることをあなたたちに知らせまいとしているのです。新しい経済基盤と対策への転換は大変な作業です。いまこれが起きる事を公表することは、ビジネス界全体をパニックに陥れることになるのでできません。先端を行く光の魂たちは、パニックが、必死になってしがみついている闇の勢力を勢いづけてしまうことを知っています。恐れでいっぱいになった大衆をつくらないためにも、これらの新しい指導者たちが密かに賢明なステップを取って行くことが肝心なのです。

9. また再び広まっている多くの人たちの不安の元の”悲観的予測”の根源に、恐れがあります。僕たちは以前のメッセージで言ったことを繰り返すことしかできません。光の存在からだとされているチャネリングメッセージが、実は闇の存在からのものであることがあります。それが受け取る側を騙して嘘の情報を流させることで恐怖をもたらし,同時にそれが他のチャネリング情報と違うので混乱を生じています。何十億の人間が死ぬような大地震と大津波の時期を特定する多くの予想が現れては消えていき、それらの予測された出来事は起きなかったのですから、まったく経験しないかもしれないことを恐れる事がなぜ理屈に合わず、思慮に欠けるのかお分かりでしょう。

10. 地球がもっとネガティビティ(破壊エネルギー)を解放しなければならないこと、そしてその自然な方法が地球物理学的な出来事であることは本当です。ですからそういったことがその必要がなくなるまで続くでしょう。でも、この惑星地球の近くにいる僕たちの宇宙ファミリーの高度に進化したテクノロジーによって、人工の、あるいは自然に起こる地震や嵐、火山噴火の破壊エネルギーが引き続き減少させられるでしょう。まったく犠牲者が出ず被害もないと僕たちは言えませんが、確信をもって言えることは、宇宙船で大量の人々が脱出するという話は偽りです・・そんな必要がないからです。別の誤った情報の例は、惑星地球の大破滅の生存者は、地球表面が居住不可能になるので地底生活を長い期間余儀なくされるだろうというものです。 なんと現実とかけ離れた話でしょう。地球は本来の健康を取り戻しつつあります。彼女のかつての純粋な美しさも同様です。そしてあなたたちの想像以上のスピードで!

11. ここでもう一度あなたたちにお願いします。情報はすべてしっかりと見極め、あらゆる宇宙の知識と真理が存在する魂からのメッセージである直感を信じるようにしてください。

12. 今日の僕のメッセージがいつになく短いのは、僕の地球ファミリーがボブの健康上の問題に取り組んでいるので母が他のことをやらざるを得なくなったからです。

13. 霊界と肉体界にいるすべての光の魂たちが、地球の黄金時代への着実なアセンションのこの最後の段階の間、あなたたちをたくさんの方法で助けてくれています。僕たちはあなたたちを愛情をもって招き入れ、あなたたちの旅のお供をします。

愛と平和を

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スザンヌ・ワード著
原文:Matthew's Message
訳文責: 森田 玄





マシュー君のメッセージ

空を飛ぶ夢

2009年07月22日
先日私のブログをお読みいただいている方からいただいたメールに返信したところ、「今日タエヌさんからメールいただいて、さらにすごくワクワクしました♪ときどき、夢で空を飛ぶ夢をみますが、そのワクワクに匹敵します~。」とあたたかいお言葉のご返信をいただきました。私はその文章を読ませていただくと同時に、とてもわくわくしました。というのは、私も空を飛ぶ夢を見ることのわくわく感を味わっているからです。たぶんこれまでに、家族以外にはそのような空を飛ぶ夢のことを話していないようにも感じましたが、今、なんとなく書きたいと感じましたので軽~く短くまとめて書いてみます。


私は時々空を飛ぶ夢を見ます。子どものころから何度も見てきましたが、特にここ数年は増えてきましたが、今年に入ったころからは、週に1度くらいは夢で空を飛んでいるかと感じるくらい、頻繁に夢に見るようになっています。

空を飛ぶのは、飛行機とか宇宙船とかに乗って飛ぶのではなくて、いつも自分自身が空を飛んでいるのです。でも、自分の感覚としては、空を飛ぶというよりは、空を泳いでいるような感じです。かといて、水の中を泳ぐほどの抵抗はなく、もっと軽い抵抗を感じながら、自由に泳ぐスピードも方向も調整できます。一気に上に行きたいときには、平泳ぎをするように手を大きく動かすと上昇しますし、緩やかに上昇したいときや下降したいときや同じような高さを保って飛びたいときには、スーパーマンが空を飛ぶように体をまっすぐにして体の重心や手のひらの向きを調整したり思ったりすれば、意のままに飛ぶことができます。

よくあるパターンは、だれかに追いかけられていて逃げているときとか、高い所に立っていて下に降りたいときとか、早く目的地に行きたいときと思った時などに「ああそっか。空を飛べばいいんだ!」と、ついつい空を飛べることを忘れていて、それを思い出して飛ぶといった場面です。

先日見た夢は、まるでアンパンマンのように、歩いている3人の知人と話しながら自分だけはその歩くペースに合わせながら空を飛んでいました。ビルの隙間を縫うようにして飛んだこともあります。その他、様々な場面で私は自由自在に飛んでいるのです。

このような夢がどのような意味があるのかを深く考えたことはありませんが、空を飛ぶ夢を見るときには自分自身の波動が高く安定していると感じている時であることや、夢を見たあとにはとても安らかな感覚でわくわくする気分の中で目覚めることができているので、私にとっては素晴らしい出来事であるのだろうと感じています。





スピリチュアル

Dear りんりん

2009年07月17日
私のブログをお読みいただいている方からメールでご質問をいただきました。

私はシリウスやアトランティスの頃にご一緒していた人の魂から感じる波動は、メールをいただいただけでもすぐに感じられ認知できると自負していますが、そんなにめったにそのようなご縁があるわけではありません。それでもすでに40~50人ほどの方との今世でのご縁をいただいたと感じています。

このようなとても嬉しくありがたい必然にいつも感謝していますが、今回ご質問をいただいた方とのご縁も、そのようなシリウスやアトランティス時代からの同志との今世における再会であると私は強く感じています。

実際に、アセンション目前となっている今の地球には、シリウスやオリオンやプレアデスや太陽系の各惑星などなど、さまざまな宇宙の惑星で転生した経験をもつ高次の魂たちが、3次元の世の地球にたくさんの数が人類として転生してきているのが事実です。そして、どこの惑星が出身であるとか、古代の地球のどの文明で転生してきたかということは、個々の中ではそれなりに大きな意味をなしているとしても、魂のレベルからの観点では、そのようなことによる隔たりや識別は全く関係なく、今こうして地球がアセンションするための同志として、宇宙の神の一部であり宇宙ファミリーとして本来は1つであることを認識しているのです。

今回のブログでは、私の過去世の一部を共にしたご縁のある同志とのメールの内容を、わくわく感に従い、個人に宛てた内容ですので、多くの皆さん宛ての内容に一部修正して以下に転載しました。この内容は、シリウス・アトランティスに過去性がある人に対しての限定バージョンということではありませんので、地球がアセンションすることを、ともにわくわく感じている同志としてお読みいただき、もし少しでも必要に感じる内容がありましたら、ナチュラルな感覚の中でポジティブに受容していただければ幸いに思い転載しました。

ちなみに、このご質問のメールをいただいたりんりんさん(仮名女性)は、ご自身にとっては何がおかしいの?って思っていても、周囲から変だとか変わり者扱いを受けることもあるようですし、特にご家族にはスピリチュアルな話を少しでもすると、また頭がおかしくなった、さすがりんりんと・・・言われてしまうそうです。それでも、ネガティブになりがちな時にでも、いつも「負けないし私の感覚はおかしくない!」と思いわれているようですし、『常識』という言葉が昔から嫌いだったそうです。

今世においてはつい最近ご縁をいただいたばかりのりんりんさんですが、今回の内容をブログに載せたい旨をお聞きしましたら、「煮るなり焼くなりタエヌ♪さんに全てお任せします☆どんな文章になっても全く構いません(o`∀´o)」とご快諾いただけましたので、載せることにしました。リンリンさんには心より感謝いたします。


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メールでいただきました以下のご質問に関しまして、私なりに感じたことをお伝えします。


Q.) 前から私は夢で龍に乗っていたり、逆に龍を退治していたりする夢をたまに見ていました。私はごく普通だと思っていましたが、周囲に話すと「龍の夢なんかみないよ~(笑)」って言われたのが印象的です。

私は全ての神様や例え龍だろうが何だろうが何の疑問もなしにその存在を信じて愛していますが、何でこんな事に興味が湧き途切れる事がないのか、分かりません。 私自身は本当にめちゃめちゃアホなどこにでもいる女の子です。。何だか私自身興味本位が過剰な形で現れてるのか、導きの為なのかよく分かりません。

現実逃避してんじゃないかってすごく不安になったりもします。 これも守護様のお言葉に全てが含まれているので余計な心配でしょうか??… たまに現実世界に居るのに急に見た事もない美しい世界がダブって感じたりする事もあり(泣)でも私は元から空想大好き想像大好き♪なので、架空の世界を創り出してんじゃないかって不安です…。私大丈夫でしょうか??


A.) 龍やあらゆる神々や高次のスピリットや3次元の世界で物質的に見える物以外を見たり感じたりするようなスピリチュアルな体験も、すべてが必要に応じた体験であり、必ずポジティブな意味のあることでもあるのです。そして、このようなスピリチュアルな能力が表出することは、私たちの顕在意識よりも深い領域の中において、自らの魂が選択したことなのです。ですから、たとえ顕在意識では認識できなくても、自分自身が望んで選択したことには変わりないので、このような特質として表出したようなスピリチュアルな能力に対して、不安に思ったりおかしいのではないかと疑ったりするようなネガティブな感情を抱く必要はなく、スピリチュアルな能力を表出してくれて、そのような体験をさせてくれたことや見たり感じたりさせてくれたことに感謝し、実生活の中でうまく調和させながらポジティブに受容して活用するようにすれば良いだけのことなのです。

世間の多くの人と比較してしまうと、特別なこととかおかしなこととかとなるかもしれませんが、実際にはそのような比較をする必要はなく、ご自身のナチュラルな意識で受け止めた際にはネガティブに感じなかったようなことだったのでしたら、そのようにストレートにナチュラルにポジティブに受け止めたままでよいのです。つまり、3次元的な価値感覚や知識からくる思考は、こういったスピリチュアルな経験を、ネガティブなものへと変換してしまうことはよくあることですが、自分自身の直感を信じるように意識すればよいということなのです。

それこそ、私がブログで書き表している内容の多くは、まだまだ世間の多くの人にとっては、バカげたようなこととか変でおかしな内容でミステリアスで空想家で…と、私の書く内容を認めようとしない人とか意味がわからないとかと思う人が多いだろうということは、今の時点での日本人の全体的な意識の状況からすると、当然であるだろうということは安易に認識できます。

でも、実際には今の地球の世のエネルギー(波動)は、多くの方々が認知している以上に高まっていますし、急加速で増え続けています。そして、この波動(エネルギー)の高まりの影響を受けて、これから先は、さらにそれなりにスムーズに変革するための段階を経つつも、急速に物質社会である3次元的な世の中も大きく変化していきます。その大きな変化の中の一つが、今は見たり感じたりすることが難しいとされている高次の存在やオーラや波動といったスピリチュアルなことを、感覚的にも5感的にも、よりはっきりと認識できるようになっていく人々が増えていくということです。つまり、今の時点でそのようなことを感じている私やりんりんさん(ご質問をいただいた方の仮名)のような状況の人は、少し先を歩んでいるというだけのことなのです。そしてそれは、今の世をよりポジティブに生きていくためには、私たちにとって必要な状況であり、神から与えられた特権でもあるのです。そして、アセンションした先の世では、ごく普通のことになるのです。

かといって、そういったスピリチュアルな世界を見たり感じたりすることができるから波動が高いとか、見たり感じたりすることができないと波動が低いとかということではありません。すべてが「必要に応じたこと」であって、私たちにはこのような特質が早めに顕在意識に表出することが、今世に転生してきた目的を果たすためには必要であるということだけなのです。だから、ネガティブに感じることはまったくなく、そのような特質を、よりポジティブに受け止め、活用できる場面があったら大いに生かしていくようにするなど、ナチュラルにストレートに受け止めつつ、うまく自分の中でも他者との間でも調和させるように意識して、よりポジティブな実生活を送るように努めればよいだけのことなのです。

また、高次の存在としてアトランティスでの過去世を経験している人の多くは、空想とか理想とかイメージとかの世界を作り上げることが上手であり、その世界で大いに楽しむことができるという魂の特質をもっていて、今世でもそのような状況が表れている人が多いと私は感じています。そして、このような特質は、理想やイメージや思念などとしてより具体的に願望を持つことで、現実的なこととして実現することを知っているから表出していることでもあるのです。4次元よりも高い次元においては、願いはすぐに叶うのです。そして、今、どんどん4次元の世に近付いているために、願ったことが叶うスピードは早くなっているのです。

また、起きていないことを不安や心配や怒りなどといったネガティブな思考から先々のことを考えて取り越し苦労をしてしまい、ネガティブな妄想やイメージや思念が強くなればなるほど、上記のことと同様に強く思えば、願望のような質になっで強いエネルギーとなるために「叶ってしまう」のです。願っていないつもりでも、過度の取り越し苦労も過度の危機管理も、思いが強ければ強いほど叶いやすくなってしまうのです…。

最後にまとめますが…私の感じるりんりんさんは、魂の特質を生かし、無理なくポジティブに着々とアセンションへの道を歩んでいるということです。意識にしても行動にしても、人よりも先の道を歩んでいると、大勢の他者の平均的な価値観と比較してしまうことによってネガティブに感じてしまうことは当然のことなのですが、そのように比較することもジャッジすることも本来は必要のないことなのです。


以上です。
長々と失礼いたしましたがご参考ください。

タエヌ


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇










スピリチュアル

もしも子どもができたなら♪

2009年07月16日
時々、ふと子どもがほしいと感じることがあります。それこそ直感的に…ですが、5人目の子が浮かんでくることがあります。でも、現実の生活状況を考えたり、今の経済的なことや妻の協力があるからこそ行うことができている今の時点でのアセンションスペースシューリエの仕事内容のことを考えたりすると、「まーいっか…」と保留にしてしまいます。

我が子たち4人は、大学病院の産婦人科で出産しました。24時間体制の至れり尽くせりの状態に、安心感を求めて選択しました。また、妊娠したかどうかという結果を知るために、そして妊娠後の成長を知るためやアドバイスを受けるために定期的な通院もしていました。私も妻も、そのことが「普通のこと」であり「そうすべきこと」であると信じていたからです。そして2人の子の流産は経験してきたものの、出産することに関しては医師を信頼し不安のない中、結果的には4人の子どもたちが生まれてきました。費用はそれ相応にたくさんかかったものの、「出産するにはたくさんの費用がかかって当然」と固定観念として信頼していたので、普通に感じていました。また、最初の子である長男が出産する前に流産を経験したために、妊娠したとわかってからは妻をできるだけ休ませるようにしていました。そして、出産に関してのすべてを医師や専門的な知識や経験がある方にお願いすることが「常識的である」とも思っていましたので、その常識を何も疑うことなく「普通のこと」として選択してきました。そしてこのような出産関係のことすべてを今の時点で振り返ってみても、何一つ後悔はしていませんし、出産でお世話になった皆さまには本当に深く感謝している次第です。

でも、1年ほど前からだと思いますが…今の時点での私たち夫婦は、次に子どもが生まれてくれるとしたら、自宅出産にしようと決めています。そして、妊娠したことを判断してもらったり、その後の経過を知ったりするための通院をする必要を感じていません。また、出産する際には、私が妻から子どもを取り出して、あらゆる産前産後のケアを、家族みんなで協力して行うということです。つまり、医師や助産婦さんといった他人の手は借りず、私たち家族の力のみで行うように努めるということです。そして、産前も産後も、無理しない程度に妻がごく普通の暮らしをするように心がけるということです。でもそれこそ、こういうことって本当は3次元の世の人間の長い歴史の中では「普通のこと」であり「自然なこと」であったと思います。また、今の時代でも医療体制が日本のような状態ではないような国や地域では、そんなにめずらしいことではないことだとも思っています。

私は今45歳、妻は8月末で39歳になりますが、体力的にも年齢的にも問題ないと感じています。しかし、今の時点の生活でさえぎりぎりの経済状況が続いている現実や、できるだけ早いうちに石垣島に移住したいという夢(願望)は募るばかりなのに、結果的にはまだいすみのこの貸家にいて、物質的には具体的に移住は進んでいないともとれる状況ですので、子どもがほしいと感じても、こういったネガティブな思考によって先延ばしにしたり保留にしたりしているのがこれまでの状況でした。

まだまだ修養の足りない私自身の思考に、わずかではあっても浮かび上がるこのようなネガティブな思考から生じる取り越し苦労(まだ起きていない先のことをネガティブに考えること)が時々働いてしまっているのですが、本来は必要のないこのような取り越し苦労を意識の中でポジティブに解決し、直感に従い、わくわくを選択するように努めることができ、私たち家族を選んできてくれる魂がいてくれれば問題はないわけです。

でも、私たち家族の現状をネガティブに表現すれば上記のような内容になるでしょうが、ポジティブに表現し直せば、事実として必要は常にもたらされていて、ぎりぎりの経済状況であるとはいっても、不自由はしていませんし、過度な節約とか無理な我慢とかもしていません。私たち家族の価値観の中で、常に「必要に徹するようにしている」のです。ですから、子どもたちに何か物を購入することを要望される際に、明らかに必要な物であると感じる物は別としても、私的な希望からであるような場合には必ず「それは本当に必要な物なのか?」と聞くようにしていますが「必要だ。」ということで親も納得したら購入するようにしています。特に中・高校生の長男長女は、入学以来、必要な物の購入費は予想以上にたくさんかかっていますが、今のところ必要な物すべてが購入できています。だから私たちは、やっぱり必要な物すべては手に入っているのです。ですから本当は「経済的にぎりぎりな状態」ではなくて、実際にポジティブな言葉で表現すれば「必要は満たされていているが、豊富や余剰はない」ということになっているのです。

また、石垣島への移住計画も、いつどの場所(家)に住む…と3次元の世において決まっていませんし、そのためのお金もまったくありません。でも、イメージの世界ではすっかりと移住は現実のこととなっていますし、石垣島での生活の様々なことに関するイメージや願望は膨らむばかりです。また、今の生活の中でも意識や行動においては、あらゆる方面において移住に向けての準備は進行中です。畑をたたんだり、家や庭の片づけを進めたり、本州の行きたいところに行って思いを遂げてきたり、子どもたちにはいつ転校してもいいように心の準備をさせたり(長女はまだまだ整理できていませんが…)、私たち家族が本州にいなくても私も妻も両方の親を含めた親類関係が調和を保てる状態にしたり・・・etc。

だから本当は、私たち家族に子どもが増えても、何一つ問題はないのです。それをわかっていても、やっぱり私が修養の足りないために湧き上がるネガティブな思考が、ほんのわずかでも思考の中で湧き上がると、それが広がって取り越し苦労となってしまうのです。実際に私は、この件で大きく葛藤しているようなわけでもなく、ポジティブに変換できないで困っているわけでもありませんが、自然と湧き上がるこのネガティブな思考や取り越し苦労に気づくたびに、この事実をしっかりと受け止めてポジティブに変換するという修養に励んでいる次第です。

そして、結局のところ結論はいつものように「わくわく感に従って、最良と感じる選択をし続ける」ということになるのです。






スピリチュアル

ジュエルペット

2009年07月15日
1年くらい前からだったと思いますが、デンプ(3女6歳仮名)は、愛読書である雑誌‘幼稚園’に連載されている「ジュエルペット」という漫画が大好きです。4月からはテレビでアニメ化されて毎週日曜日の朝9時半から放映されているために、毎週とても楽しみにしています。

ジュエルペットとは、猫やウサギなどの動物のようなキャラクターで、目が宝石(パワーストーン)でできていて、キャラクターにはそのパワーストーンの名前がつけられています。また、ジュエルペットは目に埋め込まれたパワーストーン特有の魔法が使えるのですが、たとえばペリドットは「夢をかなえる魔法」、トルマリンは「精神の魔法」、ガーネットは「愛の魔法」などといった感じです。

私は3年ほど前までは、小さなパワーストーンのショップもやっていました。ショップとはいっても、当時ヒーリングルームとして借りていた場所が2部屋に分かれていたので、そのうちの1部屋をパワーストーンのブレスレット、丸玉、ポイント、クラスター、アメジストのドーム、タンブルなどを置いて、スピリチュアルカウンセリングやレイキの伝授やヒーリングなどのヒーリングルームのお客様としてお越しいただいていた方でご要望があった場合には販売していましたので、ショップとはいっても売り上げは微々たるものでした。

2年前の3月にこのヒーリングルームを閉所しましたが、その際に売れ残ったたくさんのパワーストーンは、ご希望をいただいた際には販売していましたが、その多くが私の趣味の私物と化しました。そして、昨年に自宅を引っ越したので売れ残ったパワーストーンたちはいったん荷ぐるみをして今の我が家に連れてきましたが、丸玉、ポイント、クラスター、アメジストのドーム、タンブルなどは玄関の靴箱の上に飾っています。しかし、ブレスレットに使用する穴のあいた丸玉やさざれ石は、小分けした入れ物に入ったまま段ボール箱の中で眠ったままになっていました。ちなみに、今、私のホームページで販売しているパワーストーンのブレスレットや水晶の丸玉は、これらとは別にして、販売する物として大切に管理しています。

もともと、パワーストーンが大好きだったデンプもアマンダ(小3次女仮名)も、すでにいくつものマイブレスレットを持っていますが、この「ジュエルペット」の連載を読み始めたころからさらに興味が増し、アニメ化されたころには「ムーンストーンの魔法は~」とか「シトリンって~」とかといった感じで、名前や魔法やパワーストーンの色など、とても詳しくなりましたし、マイブレスレットは増え続けています。そのため、いったん眠っていた琥珀、赤やピンクのコーラル、ガーネット、クリソメノウ、フローライトなどなど、実際は私個人の好みで仕入れた品々である、約40種類ものブレスレット用に穴が開けられたパワーストーンたちは、すっかりとよみがえって日の目を見るようになりました。先日は、デンプの腕にはシトリン、ルチルクォーツ、ミルキークォーツ、虎目・ブルーレース・オニキス・ターコイズ・水晶などの混合、の4つのブレスレットをしていましたが、もしこれらのブレスレットを街中のパワーストーンのショップで買ったら、きっと合計1万円以上するぞ~という感じの豪華さでした。ちなみに、我が家は相変わらずその日暮らしのような経済状況で、今必要なお金のみを確保しているような状態が続くぎりぎり生活ではありますが、子どもたちの身につけているブレスレットだけは贅沢な感じです。

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デンプの最近とてもお気に入りのシトリン8mm玉とカット水晶のブレスレットです。サイズ内寸12cm

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デンプ作 「いろいろなパワーのあるブレスレット」です。。(タイガーズアイとルチルは12mm、オニキスは10mm、ターコイズ等は7~8mmです)


ひと月ほど前になると思いますが、ジュエルペットのアニメを子どもたちと見ていたら、その日の主人公は「フローライト」でした。そしてその魔法は「未来への指標を示す」でした。それを知ったある人間のキャラクターがフローライトに向かって「それじゃあ未来に幸運を招く魔法をかけてくれよ」と言うと、フローライトはきらきらと目を輝かせながら「今やるべきことをやる!それが未来を切り開く方法だよ!」と言いました。私は思わず「素晴らしい!」と声を出して言いましたが、デンプもすっかりと気に入ったらしく、その後、この日に撮ったビデオを再生しながら、フローライトのこの言葉の場面を何度も繰り返して再生し、「パパ~、素敵な言葉だよね~」と言い、うなずきながら見ていました。

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今(7/15 PM2:30)写真を撮りました

ここまでの話とはあまり関係ありませんが…(宣伝ですが~)ここ数カ月ほど品切れになっていた天然本水晶30.5cm前後玉を入荷しました。在庫はあと15個ほどあります。また、ブルーレースのとてもきれいな8mm玉ブレスレットも入荷しましたので、お知らせしておきます。詳しくは私のホームページをご覧ください。
     ↓
http://www.shuwrie1.com/sub13.html

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・ブルーレース8mm玉ブレスレット   価格1,800円(サイズB)

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・天然本水晶30.5mm前後玉     価格5,000円
☆良質で完全にクリアな水晶玉です☆
30mmを超える大きさの水晶玉は、場を浄化したりパワーを満たしたりするほどのエネルギーの強さがあるとされています。お部屋に、玄関に、オフィスにどうぞ。







日記

上総の国総社の戸隠神社・上総国分寺へ参拝してきました

2009年07月13日
今日は朝のうちに霊力を使う仕事を一通り済ませて一息つくと、突然思い立って(直感的に)私の住んでいる上総の国の総社に行きたくなりました。神社の場所も名前も知らなかったので調べてみると、上総の国の総社は市原市にありました。しかも、地図で調べたら、私が時々熱帯魚や飼育関係の品を買いに行く、大型ペットショップのすぐ近くでして、ちょうど買いたい物もあったために、即決して妻とデンプと3人で出かけてきました。また、総社のすぐ近くには国分寺があり、少し離れた所には国分尼寺もあることがわかりました。

家で地図を見てきて記憶しておき、ここら辺にあるであろうと見当をつけた場所に行くと、国分寺の専用無料駐車場がありましたので、最初に国分寺に行きました。駐車場を降りて国分寺に向かうと、周辺の土地から感じる強いエネルギーがジュワジュワと体を包み込み、また後頭部周辺にもジリジリと強いエネルギーを感じましたが、デンプは「気持ち悪い~」と言って吐き気を訴えました。でも、目は元気だったですし、「このお寺様には薬師瑠璃光如来様という体を健康にしてくれる神様がいらっしゃるから大丈夫だよ!」と伝えると「アー良かった」と安心して嬉しそうに歩きだしました。上総国分寺のご本尊は薬師如来(薬師瑠璃光如来)様とのこと。薬師瑠璃光如来様の真言である「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」は、私と妻は毎朝唱えている真言の中の1つですし、デンプも数年前から暗記していてよく知っている真言です。山門に着いた頃には、この素敵なエネルギーに身体もなじんだようで、そのエネルギーを普通に感じる心地よさを味わいました。

山門には仁王様がお出迎えしてくれていて、今ある御本堂は300年ほど前に建立されたとのこと。長い歴史の中で人々に大切にされて守られてきた、とても素敵な雰囲気の境内でした。

上総の国の総社は戸隠神社です。境内に入ると、とてもすっきりとしたさわやかなご神気を感じました。デンプもやたらと身が軽く境内を動きまわっていましたが、浅間大神様が祭られている富士山をイメージした山を登るのが特に楽しそうでした。5mほどのお山でしたが、登るにつれて~合目という表示が書かれているのに親しみを感じました。境内にいるだけでなんだかとても元気の出る感じがして、私たちにとってはとても親しみやすい神社でした。

ちなみに、我が家から上総国一ノ宮の玉前神社(長生郡一宮町)までは車で約10分で行けるので、気軽に参拝できますが、総社(市原市惣社)までは車で約1時間かかりますので、それなりの時間とちょっとした気合いが必要になります。


以下の内容はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載しました。

☆総社(そうじゃ、惣社とも書く)とは、ある地域内の神社の神を集めて祀った神社のことである。国の神社を集めたもの、荘園や村の神社を集めたものがある。郡・郷などの総社もある。

☆国の総社とは、古代日本の国司にとって、着任後最初の仕事は国内の全ての神社を巡って参拝することであった。平安時代になって国府の近くに総社を設け、そこを詣でることで巡回を省くことが広まった。そのため総社は一般に国府の近くに置かれた。かなりの数の総社は中世にいったん廃れ、後に再興されたものである。中には今に至るまで再興されずにいるものや、どれが総社だったのかわからなくなってしまったものもある。


☆国分寺(こくぶんじ)、国分尼寺(こくぶんにじ)は、741年(天平13年)、聖武天皇が国情不安を鎮撫するため、各国に建立を命じた寺院。正式名称は、国分寺が金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)、国分尼寺が法華滅罪之寺(ほっけめつざいのてら)である。

各国には国分寺と国分尼寺が一つずつ、国府のそばに置かれた。多くの場合、国庁とともにその国の最大の建築物であった。大和国の東大寺、法華寺は総国分寺、総国分尼寺とされ、全国の国分寺、国分尼寺の総本山と位置づけられた。

律令体制が弛緩し、官による財政支持がなくなると、国分寺・国分尼寺の多くは廃れた[1]。ただし、中世以後もかなりの数の国分寺は、当初の国分寺とは異なる宗派あるいは性格を持った寺院として存置し続けたことが明らかになっており[2]、あるいは後世において再興されるなどして、現在まで維持しているところもある。また、かつての国分寺近くの寺で国分寺の遺品を保存していることがある。国分尼寺も同様だが、復興を受けなかったところが多い。

スピリチュアル

ちょっとだけお久しぶりです。

2009年07月13日
かれこれ1週間ちょっとの間、ブログを書くことをお休みしていましたが、特に何かがあったわけではなく、書こうというわくわく感が湧き上がってこなかったために書かずにいました。

確かに、アセンションスペースシューリエのお仕事やメールを使ってのスピリチュアルアドバイス等の霊力をたくさん使う仕事が充実していたために、ブログを書く前に力尽きたとも感じますし、1週間ほど前から3月12日のブログに書いたような「ネムイの時期」に入っていたことも要因であるかとも感じています。

また、こんな状態の時はブログのみならず、メールの返信もすっかりと遅れがちになってしまいますが、ここ10日ほどは遅くなってしまうことが特に多くなってしまいました。アセンションスペースシューリエのお仕事のご依頼をいただいた返信とか、日時や料金などをお知らせするような事務的な連絡は霊力も気力も関係なく、自分自身が平常心でいられればいつでもメールは書けるのですが、情をこめる時や霊力や気力を多く使う時は、すぐに返信することができる場合もありますが、こういった状況の場合には、2,3日とか1週間とかお待たしてしまう場合もありますし、かなり気合を入れて返信するような内容の場合にはあらかじめ3週間とか4週間とかお待たせしてしまうことを予告する場合もありますが、私の思考や予定ではどうにもならないような域の問題である場合もあるので、決して自分自身で妥協したり無理したりせず、最善を尽くせる状況になった時にメールを書くようにしています。

結局、メールの返信が遅くなってしまっている言い訳になってしまっていますが、そんなわけでしてメールの返信が遅くなっている皆さまには、誠に申し訳なく思いつつも、私なりのペースでやらせてもらっています。また、ブログをお読みいただいたご感想や、近況のご報告をメールでいただくこともありますが、直感的に返信したいと感じたときやご質問やご相談いただいたことに対しては、時間がかかってでも返信するように努めていますが、すべてのメールをありがたく読ませていただきまして、嬉しいご報告をいただいたら幸せな気分に浸らせていただくとか、頑張っている様子を書かれている場合には私なりに心の中で応援して思念を送るとか、そういった感じで私なりに受容をしたり愛の思念を送ったりしつつも、言葉にしてメールで返信をしない場合もありますことをご承知おきいただければ幸いです。


日記

マシュー君のメッセージ(22)

2009年07月05日
これまでに何度も紹介しています森田玄さんのブログ「玄のリモ農園ダイアリー」に載せていただいたマシュー君からの新しいメッセージの和訳文です。今回も素敵なメッセージを届けてくれたので紹介いたします。マシュー君、スージーさんそして森田玄さんには多大なる感謝の意を表します。

このメッセージを送って来たマシュー・ワード(Matthew Ward)君は、1980年に17歳で亡くなっていて、それ以来、お母さんのチャネリングを通してさまざまなメッセージを送ってきているのです。

マシュー君は太陽系のもっとも高い菩薩界磁場相に存在する意識体で、さらに上なる銀河系磁場からの情報を伝えてくれているようです。


以下、森田玄氏が7月4日付「玄のリモ農園ダイアリー」に記載してくださった内容を転載いたします。
http://moritagen.blogspot.com/


土曜日, 7月 04, 2009
マシュー君のメッセージ(22)


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2009年6月24日

オバマ政権の政策、イルミナティの複雑な権力基盤と階列、宇宙ファミリー、レプタリアン旗艦長との会話

1. マシューです。このステーションにいるすべての魂から心からのご挨拶をします。僕たちのいるところから見えるあなたたちの世界の出来事について報告します。なにか重大なことがどこかの国で起こると、必ずアメリカ政府の反応はどうだろうかと、人々の目はアメリカ合衆国に向けられます。アメリカ政府の国内政策に対しても同様な国際的な関心がありますが、それはそれが広範囲の影響を及ぼすことになるからです。それらの課題についての共通の関心から始めることにしましょう。

2. さて、イルミナティの主要マスコミへの支配にひびが入っているといっても、まだまだあなたたちに知って欲しくないような情報が報道されるほど、それが崩れてはいません。また彼らがまったく内密にしておこうとしているけれど、それができなくなっている状況の真相もすべて明らかにされているわけではありません。そして、オバマ大統領が、イルミナティの権力基盤の傘下にいることが知られている人間たちに極めて重要な責任を課していることや、彼の決定にはそれらの権力基盤を弱めるどころかむしろ強化しているように見えるものがあるので、それを嘆く光の使者たちの心配を反映するような報道がまったくないことも確かです。確かに、オバマのような高度に進化した魂には 僕たちの擁護は必要ありません。 そして、彼が取り組んでいることを僕たちが説明するのは、そのためにやっているわけではないのです。これを話す僕たちの目的は、がっかりするというエネルギーによって個人のバランスが崩されるだけでなく・・・或は、不満や失望、幻滅、怒り・・・そのエネルギーが地球に向かい、地球が光に変換しなければならないそのネガティビティ(破壊的エネルギー)をさらに助長してしまうからです。ですから、オバマがやっていることについて否定的な感情を持つよりも、あなたたちが願う世界の姿にこころをポジティブに集中をさせることの方がはるかによいことなのです。

3. それでは彼は何に取り組んでいるのでしょうか? 簡単に言えば、イルミナティの世界ネットワークの段階的解体です。この悪質な”ネットワーク組織”の背後にあって、政府や金融、商業、宗教、教育、報道、科学、エンターテイメント・・あなたたちの世界の暮らしにもっとも影響力を持つあらゆる分野・・にどれだけそれが浸透しているのか完全に把握しているのは、そのトップメンバーだけです。それらのわずかな数の頂点にいる人間たちの下に、その世界ネットワークのたくさんの各領域を支配している者たちがいます。それぞれはお互いにおおよその知識は持っていますが、個人的に彼や彼女が何をやっているのか以外は、どのような作戦についても詳しいことは何も知りません。このピラミッド序列の下のメンバーになればなるほど、イルミナティの存在そのものの理由も秘密のベールに隠されてしまいます。そしてその底辺には、何千人という者たちがいて、一体何の目的で本当はやっているのか理解のかけらもなく命令に従っているのです。それは1000個のパズルが箱から投げ出されたようなもので・・どの部分も、すべての部分がお互いにどう繋がっているのかまったく分かってないのです。ましてや、それらがすべて一緒につなげるとある全体図を描くことなど思いもよりません。イルミナティの場合、その全体図が邪悪そのものなのです。

4. 就任後、オバマ大統領はそれ以前にはまったく知り得なかった情報についての概要報告を受けました。この例えで言えば、その報告者たちはどれもパズルの部分を数個しか持っていませんでした。そのうえオバマが直面したことは、アメリカ合衆国の”不良”債券に意図的に端を発した厳しい世界経済状況でした。そして世界的な崩壊を阻止するためには、それに対して則対応できるような知識と経験あるチームが必要だったのです。イルミナティの経済ネットワークの巨大さを完全に掌握しているのはグループの頂点にいる連中だけですが、パズルの部分を繋げていくことで、オバマはその絡み合いと海外銀行に隠匿された資産に気づき始めています。でも、世界中の人々を操作し支配するためにどのようにそのお金が使われてきたかを示すパズルの全体図に到るには、まだこれから部分を寄せ合わせていかなければなりません。

5. イルミナティの権力基盤と影響力という複雑な組織の規模を想像するだけでも大変なことですが、それを完全に排除することはもっと大変なことです。世界からその悪質な支配を取り除くために、証拠を見つけ出し法的手段を取る対策が進行中です。でも、すべてが準備できないかぎり、それらの取り組みを公表することは無謀でしょう。ですから、イルミナティもオバマ陣営も、それぞれの活動が公になることを望んでいません。彼が善意から約束した”透明性”は、その代わりにしばらくは”秘密裏”にならざるをえません。光が順調にその強さを増し続け、真実がもう隠され、否定されることがなくなれば、今この瞬間では彼の選挙公約とは矛盾するように見える彼の賢いやり方の結果が見えてくるでしょう。

6. では、いくつかの具体的な質問に答えましょう。彼が約束した変化はいつ見られるのでしょう?いまはとりあえず”平常通り”の格好ですが、水面下でそれは進行中です。一方で彼は、大きな変革を始められるように、イルミナティの世界網のより糸を慎重にほぐす作業をしています。

7. オバマは国を社会主義に導こうとしているのでしょうか?もしそうなら、彼はいつもそうしようとしていたのでしょうか?彼の指導力を”社会主義”と結びつけようとするのは、市民の間に不安や悲嘆、不和をもたらそうという戦略です。どのような政府、運動、グループ、或は思想哲学でも、それにラベルを貼られるときは、その真の価値を崩そうというラベルを貼る者たちの意図があります。なぜなら、それが彼らの理念や動機と衝突するからです。ケネディー大統領の暗殺や”9・11”の犯人の公式説に疑問を唱える人たちは誰でも”陰謀論者”と呼ばれて、その結果どうなるか見れば分かるでしょう。

8. どうしてアメリカ大統領は、イルミナティの所有する連邦準備金システムの支配を助長しているのですか?もうすぐあなたたちは”光るものはすべて金ではない”ことが分かるでしょう・・・つまり、それは実際には金なのですが、でももう彼らの金ではなくなるということです。連邦準備銀行がイルミナティのトップの指図で強化されているように見えるかもしれませんが、彼らはパニックに陥っているんです。なぜなら彼らの金融システムと巨大な富が彼らの支配から流れ出て行っているからです。僕たちがこれまでのメッセージで言ってきたように、連邦準備金制度は、それ以外にも何世紀にも渡って世界中の経済と商業を操ってきた不正で偽善的な策謀と一緒にすべて排除されるでしょう。

9. 北朝鮮がとっている脅威にアメリカはどう対応するのでしょう?あなたたちは、イランやパキスタン、アフガニスタン、イラク、中東地域についても同様な質問をしています。それらの地域での状況は異なりますが、結果は同じでしょう。しばらくの間は、軍事的紛争が続き、抑圧や被害、死そして闇の活動も続くでしょう。けれども、オバマは話し合いの道を選んで行くでしょう。そして地球が辿る高い波動が増加するにつれて、現在の憎しみのある反抗的で好戦的な思考から、平和的な解決法が最後には現れてくるでしょう。

10. パレスチナ人への”移住支援”についてはほとんど知られていませんが、彼らをアメリカ合衆国に移住させようという人道的な活動が行われています。シオニストたちが、イスラエルの”生存権”という口実で60年に渡るパレスチナ人の抑圧を継続させるために、ロビイストを使って毎年イスラエルに何十億ドルもの贈与の議会投票をさせることはもうできないと、オバマはシオニストたちに強い声明を送っています。イルミナティの中でももっともパワーがあり危険なシオニストたちは、イスラエルの人々やどこかで暮らしているユダヤ人たちのことなどまったく気にもかけていません。でも彼らは、彼らの過去の歴史、それにはホロコーストへの関わりも含まれます、を明らかにしようとする者は誰でも”ユダヤ人差別”だと叫ぶのです。でも結局は、そのことも含め他の冷酷無慈悲なシオニスト運動の事実が明らかにされるでしょう。

11. 宇宙船(UFO)の目撃が増加していることから、世間でも気づいている人たちがあなたたちの惑星のまわりにいる宇宙人たちについて疑問を持つことは当然です。彼らがいつ着陸するかという疑問に対する答えは、以前僕たちが答えたと同じです。彼らとあなたたち全員の安全が保障されるときです。やって来るエイリアンがすべて友好的だとどうして確かに言えるのでしょうか?それは、地球の周囲にある光のグリッド(格子)によって、光の存在だけしか入れないようにしているからです。たとえ闇の存在たちが入ろうとしても、そのグリッドの輝きに彼らは近づけられないのです。地球に既にいる人間の姿をしているETたちは、その正体をあきらかにするのでしょうか、それとも元々の姿に変身するのでしょうか?もし彼らが姿をまったく変えないのであれば、あなたたちは彼らが他の宇宙文明社会から来たと言っても信じないでしょう。ですから、彼らは故郷にいるときのような姿で自己紹介することを選ぶだろうと僕たちは思います。あなたたちが花と動物たちの違いを受け入れるように、人々の肉体的差異を当然として受け入れることは、魂の成長の一部です。そして、あなたたちが他の転生では、この助けてくれている訪問者たちの内の幾人かとそっくりだったことを知ればさぞびっくりすることでしょう。なぜなら、彼らはあなたたちの祖先だからです。

12. イルミナティがすべてレプタリアンだという間違った考えがあります。そうではありません。人類にも単純に言って、”良い者”や”悪い者”がいるように、レプタリアンにもいます。イルミナティの中にいるのはその両者の”悪い者”たちです。また同様に、宇宙には多くの異なる人類文明社会があるように、多くの異なるレプタリアン文明社会があります。そのひとつの世界にいる者たちは他の世界の自分たちの仲間たちのことをかならず知っている訳ではありません。人類とレプタリアンとの主な違いはDNAに関連した違いです・・ただ一般的に言えば、レプタリアンの知性と肉体的強さはほとんどの人間たちより優れていますが、彼らの感情の幅やスピリチュアルな明晰性は人類ほどではありません。

13. お母さん、本(マシューブック)のひとつにあるお母さんとホリスの会話をコピーしてください。地球を支援している宇宙文明人たちのひとつについて、その代表のひとりから知ることは、きっと読者の方々も喜んでくれると思うんです。

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(レプタリアン司令官の語り:ホリス 「宇宙の声・マシューブック4」より)

2003年10月19日

スーザン:マシュー、こんにちは。レプタリアンの司令官(光の中にいるのよ!)が本のためにメッセージをくれるというのは本当?それとも私の想像かしら?これは目が覚めてから考えたことなのよ。

マシュー:間違いないんだよ、お母さん。数年前ニルヴァーナでの会議で会った司令官の一人のホリスを紹介できてうれしいんだ。彼は、この本のためにメッセージを送る許可を(ニルヴァーナ)評議会からもらっている。彼の名前にあるダブルの"s"は英語の発音から言うともっとも適当な表現で、お終いが長めの”s"音になるんだけれど、蛇のシューという音と一緒にしないでくださいね。彼の仲間たちの言葉の中には、いろいろな音の名前があって、聴いていて楽しいんだ。では、ホリスをよろしくね。

スーザン:ようこそ、ホリス。

ホリス:こころからご挨拶いたします、奥さま。くだけた形で話してもよいと言われておりますが、もしよろしかったら、私はフォーマルな感じでさせていただいたほうが気が楽なので、どうかそのような形であなたを呼ばさせて下さい。

スーザン:どうか楽にしてください。奥さまで結構よ。

ホリス:ありがとうございます。私のいる文明社会のある者たちが恐ろしい生き物たちで、あなたたちの世界に長年にわたってあらゆる形の悪徳をもたらしてきていることを、あなたたち人類の中で気づいている人たちがいます。私たちはその事実を心良く思っていません。そして、それらの闇のメンバーたちの影響力に等しく対抗している、数において優勢である私たちの仲間たちに代わって、私が話すように要請されました。私たちも同様に、彼らのやっていることから見て、彼らは闇だと思います。そして、あなたたちの惑星と宇宙のこの領域のあらゆる場所に彼らの影響力が及ばないように、私たちは彼らと戦っています。

彼らの闇勢力に対抗しているすべての人たちの中では、私たちがもっとも徹底的に激しいかもしれません。なぜなら、彼らの活動が私たちの社会全体に影響を及ぼすからです。その連中は私たちの中では多数ではありませんし、私たち以外の仲間を代表するものでもありません。そのように私たちが思われることは私たちには心外です。私たち以外の仲間たちの本質を、あなたたちの世界に広く知らせることをさせて下さい。ありがとうございます。

別にうぬぼれで言っているわけではありませんが、私たちの知的レベルは、あなたたち以上に知的、テクノロジー的に進化している他の多くの宇宙文明人たちよりもさらに勝っています。私たちの精神発達段階まで進んでいない多くの文明社会人たちに比べると、スピリチュアルな面では私たちは遅れています。私たちの文明社会全体により多くの気づきをもたらすように努力しているところです。そしてそのことに関して、目標達成へのひとつの追求として、光の勢力である他の人たちと一緒に協力して闇のレプタリアンの影響力を抑制し、さらに排除しようとしています。

この宇宙のあらゆる魂は同じ一つの根源(ソース)である創造主から生まれたものです。それによって私たちはすべて創造主の不可分な一部であり、またお互いに不可分な存在です。神は言いました。彼(神)はこの宇宙のあらゆる魂の合体したものであり、そのすべてを平等に愛すると。あなたを神と私は言います、奥さま。なぜなら、それがこの宇宙の統治者としてのあなたの名前だからです。その愛の平等な形は私たちが経験したことから真実です。それは、私たちが最初にこれらの最も卑しい私たちの兄弟たちを排除してくれるように神にお願いしたときのことです。神にはそれをする権限がありません。そして同様にそうしたいとも思っていません。なぜなら、元々の魂たちのその後に起きて来るあらゆることは、神の要素そのものだからです。

私の文明社会にいる深い闇の魂たちは他の宇宙からこの宇宙に入って来ました。それは二つの宇宙が融合したエネルギーを持つことで、お互いに光を分け合うことによってスピリチュアルな明晰性を進化させるという意味があったのです。この機会に反発する魂たちがいました。そして今この宇宙では、彼らに光をもたらすことが神の責任になっているのです。それがひいては、彼らの闇に留まることに対して戦う私たちの責任にもなっているのです。

奥さま、私がちょっと急ぎすぎる感じでしょうか?

スーザン:いいえ、ホリス。赤色になっているのは私のタイプミスよ。後でそれは直します。でも訊きたいことがあるわ。この宇宙に入って来た闇の魂たちが元々のレプタリアンなの?それとも、あなたたちは前からここにいて彼らがそこに選んで入って来たの?

ホリス:よいご質問ですね、奥さま。入った来たのは闇の思考形態が付着した魂エネルギーです。この種の魂エネルギーが入ったのはこの宇宙でレプタリアンだけではありませんが、主なものはこのレプタリアンです。彼らは宇宙の引き寄せの法則(類は類を呼ぶ)によってそれに引き寄せられました。こちら側がそれに引き寄せられたのは、大きな軍事力で強力な防衛軍を維持することに力をみるという私たち社会の傾向があったからです。地球人類に影響を与えているその闇の魂たちは、この征服戦争で地球は彼らだけの領土であることを他の交戦中の魂たちに明確にしているレプタリアンたちです。

どうやらあなたのこころは納得されているようなので、このまま先に進めさせていただきます。

この闇のレプタリアンたちを排除するもっとも効果的な方法は、光が彼らの魂に入って行くように、あるいは彼らがそうならないように逃げてここを去るようになるまで、この宇宙にもっと光を創造することです。いいえ、私は他の宇宙がどうなのか知りませんので彼らがどこに行くのか、或はどこかへ許可なしに入れるのかは分かりません。私たちが光をここに今もたらそうと努力しているのはそういう理由からです。それらの魂たちには光がありません。そして彼らは光に接すると自分たちが破壊されると信じているのです。彼らが光を見るとどこでもそれに戦おうとするのはその恐れがあるからです。その光こそ彼らに欠けている気づきで彼らを満たすのです。破壊するのではありません。でも、彼らはこのことを信じていないので、光との戦いを今もつづけています。

レプタリアンの中の光の存在たちについてお話したいと思います。あなたたちは、この名前をあなたたちの爬虫類動物に結びつけていて、いくらか愛着もあるので、私たちをそのような姿に想像して頂ければ簡単です。私たちは望まない限りそのような姿になりません。また、そうしないのはそのような姿ではあまりにも身動きがとれず思うように動作や機能ができないからです。私たちはどのような姿にでも思えばなる知的レベルにいます。

あなたたちの惑星にいる闇のレプタリアンたちが他の人間たちとそっくりだとあなたたちは聞いていますね。ですから私たちがみなそのような能力があることが分かるでしょう。これを知って心良く思うかどうか分かりませんが、光の魂をもつ私たちの仲間もそこにいます。そしてあなたたちの相当数の人間が遺伝的に人間とレプタリアンが交配した存在なのです。これはDNAの遺伝的形質だけのことで、あなたたちの魂の進化には何の影響もないので、それで利益とか不利益ということではありません。

奥さま、あなたのショックを受けたようなエネルギーを見ますと、何か言いたいのではないかと思われますが?

スーザン:いいえ、だいじょうぶよ、ホリス。でも・・そうねえ。あなたにはあの赤いチェックでいっぱいの私のコンピュータスクリーンが見えたのね。あなたはここに霊体でいるの、それともエーテル体なのかしら?

ホリス:どちらでもありません。私には、私の住んでいるところからハッキリとあなたを見ることができます。この瞬間、私はあなたたちの言う所のビジネスマネージメント室とでもいうべき”オフィス”にいます。でも、あなたに訊かれてよかったです。はるか遠距離でも、エネルギー結合に似たものによって見ることができる能力のことをお話する機会が持てるからです。それによって、あなたの声もはっきりと聞けるのです。

付け足して言いますと、もし私があなたのオフィスにいたいと思えば、霊体だけでも、あるいは物質化した肉体でも、瞬時にそこにいることができるでしょう。でもそれはいたしません。いくら馴染みのある姿であっても、あなたの眼前に突然なにか肉体が現れたら、あまり気持ちよいものではないでしょうから。

スーザン:それもそうね、ホリス・・その心構えはないと思うわ。どうぞ続けて下さい。

ホリス:分かりました。私たちが軍事力を重んじて、そうではない文明社会を疎んじているとマシューがあなたに言いました。それを彼は線形時間(リニアルタイム)で数年前にあなたに言いましたね。宇宙の”時間”に於いて、私たちの中には高いレベルのスピリチュアルな気づきに到達している者たちがいます。その”未来”の可能性を見る高く進化した気づきが、”現在の”私たちがその考え方を捨てる助けになっているのです。”現在の”私たちの仲間は、軍事力を使って征服する闇に感化された魂たちの侵略を防ぐためには、大きな軍事力が必要だと思っています。私の仲間たちのほとんどは本来侵略する者たちではなく、守る方の者たちです。今、宇宙全体により多くの光が満ちて来て、それが闇に支配されていた領域を消滅していくのが見えます。それがあるので、私たちの防衛力という考えも減らすことができます。

あなたは、他の文明社会の代表たちに、その社会の人々についての質問をされています。私もぜひあなたに私の仲間たちのことを知ってもらいたいと思います。”私の仲間たち”と言う時は、私たちがあらゆるレプタリアン人の代表だと言っているのではありません。それは、地球人類が宇宙のすべての人類の代表ではないのと同じです。私は、私の世界に住んでいる人々だけのことを言っています。

私たちはこの銀河系のある惑星に住んでいます。それは、あなたたちの太陽の近くに地球があるように、私たちの太陽系の太陽の近くにあります。私たちは、あなたたちの太陽エネルギー利用よりもはるかに効率的に私たちの太陽エネルギーを利用しています。あなたたちの様々な発電方式のかわりに、私たちの発電はすべて太陽からもたらされています。あなたたちにもできることです。これへの気づきが進めば、それが実現するでしょう。また、この惑星ではどこでも、陸地でも海洋でも、それによる汚染はどこからも発生しません。それは、私たちのテクノロジーによってそのような汚染は防止されるからで、汚染を浄化処理する必要がないのです。

私たちの住んでいる惑星はラコーン(第2音節にアクセントと軽い”nnn"音)と呼ばれています。それは比較すると、あなたたちにはまだ見えていない冥王星と同じ大きさですが、つまり地球よりもはるかに大きいということです。そして地球とほぼ同じ密度の姿と物質でできています。私たちには地球のような素晴らしい自然の多様性はありません。でも地球自身は、多くの地域での破壊によって以前のような美しさをもはや持っていません。私たちの都市は、あなたたちの最大のものよりも大きいです。これは私たちの多くの好みでそうなっているのですが、同じことを目指す考えと願望が一緒になって大きなものに、そしてさらに大きな人口密集センターへとなったのです。私たちの都市はゴミ一つありませんし、惑星上の辺境の非居住地域も同じです。私たちは思うだけでほとんど一瞬に、あるいはゆっくりと乗物で、惑星のどこにでも旅行できます。

私の仲間たちは、自宅にいるときや他の進化した文明人たちを訪問するときは、私がマシューとニルヴァーナで会ったときのような姿をしています。男性と女性の姿と容貌はほとんど変りませんし、あったとしてもほんの僅かな違いです。あなたたちの外見を著しく多様にしている人種の違いが、私たちにはありません。でも、私たちの姿がみな一様なのは、それが理由ではないのです。私たちはみんなで同じように見えるように選んでいるんです。はるか昔、私たちは外見の違いが偏見と差別をもたらすことを学びました。私たちには守備防御という考えに走る傾向があるので、内紛が起きて私たちを弱体化させないように、支配力を持つような要素を排除することにしたのです。

私たちの姿を表現しますと、背の高さはあなたたちの平均身長と変りませんが、妊娠している女性を除けば、私たちは一様にほっそりとしています。肌の色は淡いブルーグレイ(青灰色)で私たちには好ましい色ですが、あなたたちにはそう見えないかもしれません。私たちの際立った容貌は大きく暗い目です。マシューがあなたに、それがあまりにも暗いので私たちの魂の中まで見れないと言いましたね。でも、彼は今ではそうではないことを知っていますよ。私たちが数年前に出会って以来、マシューは素晴らしく成長しましたから。もっと正確に言えば、彼は高く進化している魂です。そして自己発見を通して、誤った情報とそれによる意見や信念の教科と伴ってもたらされる幾層にも重なった不理解を排除してきました。

私たちの教育は私たちの進化した知的レベルに沿って行われています。あらゆる魂たちが誕生から、あなたたちの言う死あるいは(魂の)転移という、先の世界への移動まではこの教育システムに入れられます。私たちの強い学びの願望を優先したために、スピリチュアルな面での発達に遅れをとることになりました。でもそれも変りつつあります。教育重視はこれまでの通りですが、今では、それもまた別の学びであるスピリチュアルな面での願望が強くなって、精神面のことがよりバランスのとれたようになっています。お話ししたように、自己発見こそが、いく層にも重なった教え込まれたものを排除し、この宇宙の真理と、宇宙天体の秩序とこの宇宙独特の他の活動に関わる神の法とともに、ここを治めている創造主の法を開眼させているのです。

私たちの子どもたちはあなたたちと同じように、妊娠して産まれて来ますが、誕生時での子どもたちの知性によって、その後まもなく言葉を話すようになり、すぐ素晴らしい運動能力をもつようになります。ですから、あなたたちの計算だと5年くらいですが、非常に若い年齢であなたたちの成人に匹敵するほど成熟するので、独り立ちし親からの保護や導きをもはや必要としなくなります。家族愛が私たちを結びつけ、その結果、私たちの子どもたちは独立しても長い間実家から近いところに居続けます。

奥さま、ほかにも何か話しますか?

スーザン:あなたたちの暮らしや世界のことならなんでもいいわ?

ホリース:そうですか。結構ですね。いいでしょう、この惑星のことをもっとお話ししましょう。そこは多くの点で地球と似ています。非常に高低差があることや広い海、たくさんの森と植物、岩と砂だけの何もないところなどです。私たちの惑星に比べて地球は自然のままの場所があってもっと生き生きとしていますし、その色合いもはるかに複雑です。でも、私たちにはこれでまったく満足していますし、もっと気に入ることがあれば、私たちはそのように変えるでしょう。

あなたは建造物のことを思っていますね。ではそれを話しましょう。あなたたちの建てる多様なスタイルや形に比べれば、私たちの建物は殺風景に思えるかもしれません。私たちの好みはあなたたちの言うウルトラモダンと言ったところでしょうか、スタイル全体ではほとんど変化がありませんが、もちろん目的に応じて非常に多様なサイズがあります。住宅はそのような引き締まった環境に合わせて簡素にできています。着るものも同様に地味なものが好まれます。

たぶん私の大まかな説明で、私たちが禁欲的で感情の薄い人々だという印象を与えているようです。そのような感覚をあなたから今受けています、奥さま。たしかに私たちは真面目な性格で、”余計なもの”には目をくれないところがありますが、暖かい気持ちがないわけではありません。私たちの子どもはあなたたちと同様に大切ですし、連れ合い同士も同様です。私たちは一夫一婦制です。配偶者は思慮深く選ばれ、パートナーとして決まる前にお互いをよく知り合うようにします。ですからどちらかが亡くなる以外は離別はほとんどありません。ふざけ合ったり、家族全員でやるいろいろな多くの娯楽を楽しんでいます。ですから小さな子どもたちでも楽しめるような娯楽です。音楽は私たちにとって大切です。うるさく不協和の不快な音のものはありません。

私たち自身以外にも、多くの宇宙文明社会の多くの出来事のことはよく知らされています。地球のことは特に私たちにも関心がありますし、それは他の多くの、個人で構成される文明社会と集合魂からなる文明社会にとっても同じです。でもそれは決して自分たちの利益のためではありません。私たちは闇の影響力を地球から追放して、すべての地球住民たちに平和な暮らしをもたらし、あなたたちにトラブルを起こす者たちを連れてこないようにしたいのです。私たちの軍事力の兵力とテクノロジーは、その能力を表現するとすれば、あなたたちの軍事力を1日で壊滅するでしょう。でもそれはすべて防衛戦力です。侵略よりも防衛することがその目的ですから、それは私たちの二つに分かれた世界の決定的な違いです。これは私たちが温和な感情をもっていることのもう一つの証拠です。そしてそれは私たち自身を越えて、他の人びとにも向けられています。

あなたは”政府”のことを考えていますね。私たちの惑星政府の形態は、あなたたちの歴史にあるギリシャの都市国家に比較できるでしょう。お互いが戦うということではなく、それぞれの間での平等な、博愛の精神の決まりが私たちの惑星の統治機関の基本です。 私たちには一つの統一言語とテレパシーという利点がありますから、すべての市民の間での表現は明確で、率直なコミュニケーションが広範囲に促進されています。比較的小さな政府機関が広い地域を統治していますが、これは300億というサイズの人口を抱える世界では、より秩序立って有効的なものです。

奥さま、なにかご質問ですか。

スーザン:産業の種類とほかの職業について話してくれる?

ホリース:分かりました。ありがとうございます。強力な防衛軍のために、私たちには兵器と宇宙船そしてそれらを支えるあらゆるサービスを提供する産業が必要です。それで私たちには、私が工場と呼ぶところのものがありますが、その生産設備のテクノロジーのお陰で、あなたたちが見ても工場には見えないでしょう。私の仲間たちは軍事力を維持する方針を和らげているので、このタイプの生産から他に以降することになるでしょう。これは今計画段階です。

私たちの教育重視の結果、それが雇用の中で最大の分野のひとつになっています。個別指導と合わせて教育のコンピュータ化によって、子どもたちに最大の興味と適性領域で専門に勉強できる機会を与えています。これは、専門分野を変えたいという成人も等しく利用できます。授業は私たちの国の歴史とともに他の多くの文明社会の歴史、そしてもちろん、宇宙の真の構造としての科学の諸分野です。あなたたちの”芸術”と呼ぶ分野は、私たちにとって非常に重要です。すでに私は優れた音楽について話しましたが、あなたが驚いているのが感じます、マシュー君のお母さん。絵画、彫刻、舞踊、詩は、私たち文明社会全体として特別な意味をもっています。あなたたち自身の社会では、これらの魂の表現の必要性に欠けている人たちがいますね。

建物の建造は、イメージを集中することでそれを具現化するというより、実際の材料が使われます。やればできるのですが、そして急を要する場合はそうしますが、私の仲間たちは自分の手を使って望む建造物やオブジェ(物)を作ることにより大きな満足感を見出しています。このような創造性は、アカデミックな学習を誰もが達成しようと注意を集中することと良いバランスになっています。私たちは暮らしの中でのバランスの必要性を大事にしています。

私たちにはコンピュータシステムの製造とメンテナンスを仕事にするたくさんの仲間がいます。私たちの進んだシステムを自慢しても良いのですが、自慢するのは私たちの性分ではありません。私たちの世界自身が語ってくれているので、その必要もありません。でも、これだけは言えますが、私たちのシステムは一つの言葉や思考でも自動的に作動をスタートし停止し、データ入力や出力は正確で完全です。

スーザン:それは進んだシステムだわ!ホリス、あなたは”死”と言ったわね。では、あなたたちの普通の寿命について訊きたいわ。そして、私たちのニルヴァーナのような聖域があるの?

ホリス:確かに”死”と言いましたが、それは便宜上だけのことです。私たちの肉体の殻は細胞の劣化や戦闘での傷で使い古されますが、死はないことを私たちは知っています・・魂は宇宙の始まりからずっと存在しています。でも、戦闘で中断されることがなければ、肉体の殻の寿命は約200年です。それが私たちの”現在での”DNAプログラミングです。私たちがもっと高いスピリチュアルなレベルになって、肉体の殻がその機能を完全に持てば、それは変るでしょう。

”肉体の殻”と言うことで、私たちのからだを卑しめるつもりはありません。戦闘に適応するからだを維持するためには、たくましく健康であることが重要です。私たちはそうしていますが、魂の大切さに比べればからだはそれほど重要ではないという意味で言ったのです。

その尊重する気持ちに沿った、私たちの惑星人口の知的進化レベルにふさわしい聖域が私たちにはあります。その領域もまた、スピリチュアルな理解と気づきを重視することで広がっています。私はニルヴァーナでマシューと会った時にこのことを相談しました。そして精神的障害を最も受けている私たちの魂たちの治療に適格な指示を彼からもらい、そのお蔭で非常にうまく行っています。

他になにかご質問ありますか?

スーザン:ホリス、地球の人々になにか言いたいことがありますか?

ホリス:はい、ありがとうございます。私たちの仲間の総意はこうです。私たちは普段自分たちの信念と性質について話すことはしません。ただそれに従って暮らしています。本来は、私たちは暖かい、平和で、敬う気持ちと親切なこころをもっています。そしていつの日か、あなたたちが”風変わりな人たち”を快く迎える準備ができたときに、それをあなたたちにお見せできることを楽しみにしています。

スーザン:あなたのメッセージを締めくくるのに最高の言葉だわ。今日来てくれて、あなたの仲間たちの興味深い情報を教えてくれてありがとう。いつかあなたを迎えることができる日を楽しみにしているわ、ホリス。

__________________________________


15. マシュー:ありがとう、お母さん。これでこのメッセージが普段よりだいぶ長くなってしまって、他の問題をもっと取り上げることができなくなったけれど、地球の黄金時代の創造にあなたたちの手伝いをしてくれているあなたたちの兄弟姉妹たちのことをよく知ることは、特に出会いの日がもう間近に迫っているので、とても需要なことなんだ。そして、レプタリアンはみな恐ろしい人々だという概念を吹き払うこともね。

16. このメッセージの締めくくりに、”この時代に一人の人間としてなにができるのでしょうか?”という質問に答えましょう。光の中に毅然としている。望まないものではなく、望むものだけに意識を向ける。自己を赦し、他を赦す。親切である。こころをオープンに保つ。魂からのメッセージに耳を傾ける。他人を傷つける人たちを裁いたり、罰を願うことをしない。もっと他にも敬虔な生き方を数え上げられますが、無条件の愛という黄金律にしたがって生きることそれだけで、世界への多大な貢献になるのです。


_______________________________

スザンヌ・ワード著
原文:Matthew's Message
訳文責: 森田 玄

森田玄氏が7月4日付「玄のリモ農園ダイアリー」に記載してくださった内容を転載いたしました。
http://moritagen.blogspot.com/




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マシュー君のメッセージ

水子はご先祖様

2009年07月03日
「最近のブログで水子さんの事を書かれていましたので、お聞きしたいのですが、私にも水子があります。水子の魂という存在はどういうふうに受け止めればよろしいのでしょうか。うまく説明できませんが、胎児である時から完全な魂の状態なのでしょうか。できましたらタエヌさんの感じられることを教えてください。」


メールで上記のご質問をいただきましたが、この内容は機会があったらブログに載せたいと思っていたことでもありましたので、今の時点で私なりに感じていることで信頼して知識として持ち合わせているご質問に対する答えを、ブログに載せて公開することにしました。(Yさん。いつもいろいろとありがとうございま~す!)


「水子」の言葉の意味を広辞苑では①「出産後のあまり日のたたない子。あかご。」②「流産した胎児。」と2つありますが、ここで表す「水子」の言葉の意味は「流産した胎児。」という意味に限定いたします。


胎児が女性の体に宿った直後に魂が入る場合があります。また、時間や日にちが経ってから魂が入る場合もあります。つまり、魂の入っている状態の胎児と入っていない状態の胎児が在ることになりますが、実際に多くの場合は肉体が宿った直後に魂が入るのではないかと私は感じています。

胎児に宿る魂は、すでに人間として生まれてくるまでに高まっている魂です。ですから、赤ちゃんとしてこの世に生まれてきても、流産してしまい水子となったとしても、人としての魂の大きさを持っていることには変わりありません。

流産してしまい水子となった胎児に、魂が宿っていたのか、それともまだ宿っていない状態であったのかという識別の仕方は、両親(特に母親)の感覚にゆだねられます。お腹の中にいる時に愛おしさを感じたり、流産した後に我が子として生まれる前に命を失ってしまったことに対する悲しみが強かったりしている場合には、確実に魂が宿っています。逆に、そのようなことをあまり感じられない場合は、まだ魂が宿る前であったというケースが多いことになります。

赤ちゃんとして生まれてくることが転生した始まりではなく、胎児として魂の宿った時点で、今の世に転生したことになります。ですから、転生した胎児が流産してしまった場合、今の世に人として生まれ育った者が死を迎えるのと同様の状態になります。実際には、胎児に魂が宿った瞬間から3次元の世における意識もはっきりとしており、母体に守られながら、すでに今の世における学びを行っているのです。そして、両親や周囲の状況も愛のめぐりもそれなりに強く感じているのです。

ご先祖様という言葉の意味の中の一つに「すでに亡くなった、一家の現存者以外の代々の人々。」と認識している方が多いと思いますが、この定義にあてはめれば、水子もご先祖様ということになるのです。そして実際にも、ご先祖様として今の世で生きている人を守護してくれているのです。

水子は、普通に今の世に生を受けた子どもなのです。ただ、肉体が熟して生まれ出たのか母のお腹の中で転生を終えたのかの違いだけであって、実際には3次元の世に人として存在していたのは真実なのです。ですから、流産してしまい我が子が亡くなったことに対して、親としての慈しみの心を向けなければ、実際には親子として縁を結んだ水子になってしまった魂が悲しむのは当然のことです。

そして、その悲しみやつらさなどのネガティブな思いが大きい場合には、成仏せずに迷える霊として存在し、母や父などの親類に対して、成仏できないで辛い思いをしている自分に気づいてほしいとか愛を向けてほしいとかと思ったり、できる限りの手段を使って訴えたりするのは、当然のことであるともいえるのです。それなのに、水子を徐霊するとか、怖いものとして邪険にするとかという行為は、たいへんおぞましいことであると私は思っています。成仏できないでいる水子にとっては、ただただ、自分が亡くなったことに対して、親としての愛の気持ちを向け、慈しみの気持ちを向けてほしいと思っているだけのことなのです。

水子として先立った魂は、3次元の世で現存している親類にとってはご先祖様にあたるのです。ですから、本来はそれほど特別扱いをすることでもなく、我が子としての慈しみの思いを持ちつつ他のご先祖様を崇めるような感覚で接すれば良いと私は思っています。ですから、我が家のお仏壇のお位牌は「タエヌ(仮名)家水子之霊位」と書かれていますが、実際にお祈りする時には「水子」という表現をすることはなく「ご先祖様」と表現して崇めています。

ちなみに、私は日々のお祈りの中ではお仏壇とお位牌を窓口にしていますが、このように物質を窓口にしてもしなくてもどちらでも良いと感じていますし、お経を唱えるとか何か特別なことをするとかといったことも、どちらでも良いと感じています。要は、親として、親類として、どのような愛の思いを向けるのかということが最も大切であると思いますし、それをどのような形にするのかは、みなさんそれぞれの最もポジティブに感じる方法が最適であるということになると思っています。




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スピリチュアル

アマンダの小さな抵抗

2009年07月02日
アマンダ(仮名)は小学3年生ですが、1年生の頃から、時々教師に対しておもしろい態度をとって、親を驚きと笑いに導きつつ感心させてくれています。例えば、1年生の時から何度となくやってきたことなのですが、連絡帳に書くべき文章を変えて思わず笑っちゃうようなおかしなことを書いたり、意味のわからない所に句点を書いて文章を途中でやめたりすることがあります。担任の先生は、全員分の連絡帳をチェックして印を押して返してくれるのですが、アマンダが言うには「先生は本当は連絡帳を見てくれていない…」と感じたそうです。そこで、わざと明らかに間違えた文章のまま提出し、何も言われずに返ってくるのを見て実感していたようです。家ではそのような大人を確かめるような感じの行動は見たことありませんが、担任の先生の日常的な状況の中から、たびたび不合理なことを感じている中での1つの行動のようです。

また、これは今年の授業参観の授業中の出来事ですが、一番後ろの座席に座っているアマンダは(クラスで身長は一番高いです)、教師が黒板近くで授業を行っているにもかかわらず、授業の途中から突然真後を向いて座りはじめ、しばらくの間そのまま後ろを向いた状態で座ってボ~っとしていたそうです。(妻が見に行って驚いたようです)帰宅してからどうしてなのかを聞いたら、「授業がぜんぜんおもしろくないし先生の方を向いているだけでも疲れるから、後ろを向いて楽しいことを考えていた」とのことでした。時々そのようにするようですが、一度も教師からは注意を受けたことはないそうです。

そんなアマンダが、昨日の帰宅後に妻に話した内容ですが「今日の体育の授業で体育の授業は受けなかったけど、アマンダはみんなと一緒に体育の時間に走ったよ!」と楽しそうに話していました。妻は「えっ!?」という顔をしてよくわからないようだったし、アマンダも説明がうまくできなかったようなので私が補足しました。「体育の教師がクラスのみんなに対して走るように指示を出して、みんなはその指示に従って走ったけど、アマンダは教師の指示に従うのは嫌だから、指示に従って走り出すことはしなかったけど、アマンダ自らの意思でみんなと一緒に走りたいと思ったから走った。…と、いう意味だよ。」というと、アマンダは頷き妻も納得しました。実はこの体育の教師は、3年生から6年生までの体育を専任で担当しているのですが、この50歳位の男性教師は、まるで軍隊の命令か、はたまた奴隷をこき使うかの如く、頭ごなしに子どもたちに対して怒鳴り散らすような感じで指示を出し、親から見てもあまりにも憐れでかわいそうなくらいの愛が少ない中で低い波動を発している人です。アマンダは、この教師が大の苦手ですが、アマンダなりに調和を保ちながらのポジティブな対応を見出し、このように実行しているようです。アマンダのこの小さな抵抗のような対応には、大いに感心させられました。

昨年度はグミ(長女中1仮名)がこの体育専科の教師の授業を受けていましたが、それはまあ本当にネガティブな感じの授業が多かったようでした。グミは1度体育の授業中に足を痛めてしまったので、この教師に見学したい旨を伝えると「ばかやろー!ウソついてんじゃねーよ。さぼるんじゃねーよ。早く戻れ!」と怒鳴られたそうです。仕方なく戻って授業を続けていると、さらに強い痛みを感じたので、また同様なことを伝えたそうです。それでも、同じようなことを言われて強制的に運動させられそうになったので「先生は私の足がこれ以上痛くなったら、何か責任をとってくれるのですか!?」と言ったそうです。すると「じゃー休めー!」と言われて解決したそうです。

アマンダは、普段からぽわ~ンとした、いわゆる「天然タイプ」でして、ほんわかマイペースなクリスタルちゃんです。でも、芯は強くて結構頑固なところもあります。グミはストレートでわりとはっきりしたタイプでして、5年生の時は児童会役員に立候補して当選するとか運動会の選手宣誓をするとか、何かと人前に立ったりリーダーシップを発揮したりしています。このように2人ともタイプは全然違いますが、こういったネガティブな教育の中でも、自分をポジティブに保ちつつ学びを行っていることは確かであると、私は親として安心している次第です。

今の小学校の教育すべてがネガティブな教育であるといっているわけではありませんし、道理に適った学びもたくさんしていることもわかっていますので、お世話になっていることには深く感謝しています。でも、あまりにも多いネガティブな出来事には、とても残念に感じ憐れに感じることがよくあります。ですから、普段からそのような話が子どもたちとの会話の中で出るたびに、子どもたちがポジティブに受容し、自分を保ちながらポジティブな対応ができるよう、親としてサポートするような話をすることがしばしばあり、親子でこのような学校教育からもポジティブに学びを得ている次第です。

今回はちょっと極端な話を書いたかもしれませんが、昨日のアマンダの体育の話を思い出したら急に書きたくなりました。
日記

身延山 久遠寺

2009年07月01日
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~身延山久遠寺御本堂前~


7年前の夏に、私はレイキ1~3の伝授を受けました。この時は、私は小学校の教員をしていました。都会のマンションの一室にて個人で伝授を行っているレイキティーチャーから、1日のみでレイキ1~3すべての伝授を受けたのですが、この日を境に私のスピリチュアルな目覚めは大きく進んでいったと自負しています。その目覚めの中の1つに、宗教に対する認識の大きな変化がありました。

*下のURLはブログ当初の日記ですが、過去の私自身に関してまとめた内容です。
http://mfhqc9393.blog65.fc2.com/blog-entry-1.html
http://mfhqc9393.blog65.fc2.com/blog-entry-2.html

私の実家にはお仏壇も神棚もなく、父方が真言宗であることは祖父のお墓に何度かお参りしたので分かっているのですが、父も母も日常的にはまったく宗教とは無縁な感じでした。私自身は、鎌倉や京都や奈良が大好きですし、お寺様や神社を参拝するのも大好きでしたが、宗教という言葉に対しては拒絶反応のようなものが常にありました。「宗教=いかがわしい新興宗教」という認識が強かったので、合掌するとか宗教の話を聞くことすら拒絶し、合掌はお寺様と神社とお墓の前にて限定して行っていた感じでした。

レイキの伝授を受けた少し後に、ある1冊の本をきっかけに突然「南無妙法蓮華経」のお題目が愛おしく感じ、日蓮宗について知りたくなりました。そこで、最初は日蓮宗の書物を何冊も読んだり、法華経に関して学んだりしましたが、そのうちに仏教のことをもと知りたくなったので、仏教の各宗派のことなどの全般にわたることも学びました。

そんな中、その年の11月末頃の日曜日に富士5湖の1つの河口湖で開催されるフルマラソンの大会に参加するために、1人で河口湖近くの旅館に1泊しましたが、その際、大会の前日に身延山の久遠寺に立ち寄り、初めて参拝しました。久遠寺はお堂の中にも入れますが、私はこの時に吸い込まれるようにご本堂に入ると、お上人がお題目を唱えているところでした。私はその場に正座して一緒になって南無妙法蓮華経のお題目を唱えましたが、心は震え、あまりの感動に涙が止まらなくなりました。この時はなぜだかよくわかりませんでしたが、魂の琴線に触れた喜びの感覚を始めて味わったと今は思っています。

その後帰宅してすぐに、どうしても母にこのことを伝えたくなり電話をして話をしたところ、新潟にある母の実家は代々日蓮宗を信仰していたとのことでした。祖父は、お仏壇に向かって法華経やお題目を唱えることは日課だったようですが、母は祖父のお経やお題目を聞くのが子どもの頃は大好きだったとのことで、よく祖父の隣に座って聞いていたとのことでした。でも、結婚してからは父の家が真言宗だったために、日蓮宗のことは話題にしなくなったとのことでした。そのような話を聞いて、私はなんだかとても納得できました。

私たち家族には2人の水子がいますが、水子のご供養のためにと、信頼できると感じた日蓮宗のお上人にお願いして、お仏壇やお位牌などに魂入れをしていただき、それ以降、今でもそのお仏壇を通してご先祖様や日蓮様や神様や仏様に対してお祈りを捧げることが日課となっています。でも、日蓮宗の会合のようなものに参加するとか、法話を聞きに行くとかといった集団で何かを行うことにはまったく興味は持てないので、日蓮宗のお寺様を参拝したりお仏壇に向かて法華経やお題目を自らが唱えたりすることで、日蓮宗に帰依している状況です。

また、私の主の守護霊様は日蓮宗のお上人であったことを知っています。一度、はっきりとしたお姿を見せていただき、お題目を唱える声もお聞かせいただきましたが、守護霊様のその崇高なご様子をはっきりと感じ取ることができました。

そんなわけでして、日蓮宗の総本山でもある久遠寺への参拝には、あれから10度ほどは訪れました。そして、妻の過去世や主の守護霊様と大きく関係していると感じている伊勢神宮や、私の過去世と大きく関係していると感じている出雲大社と同様に、私の主の守護霊様と大きく関係している久遠寺の参拝も、今回で3次元の世においては最後の参拝旅行になるであろうという思いの中、心をこめて参拝してまいりました。

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以下はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載した内容です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

久遠寺(くおんじ)は、山梨県南巨摩郡身延町にある、日蓮宗の祖山(総本山)。山号は身延山。

文永11年(1274年)、甲斐国波木井(はきい)郷の地頭南部六郎実長(波木井実長)が佐渡での流刑を終えて鎌倉に戻った日蓮を招き西谷の地に草庵を構え、法華経の読誦・広宣流布及び弟子信徒の教化育成、更には日本に迫る蒙古軍の退散、国土安穏を祈念した。

弘安4年(1281年)に十間四面の大坊が整備され、日蓮によって「妙法華院身延山久遠寺」と名付けられたという。日蓮は弘安5年(1282年)9月に湯治療養のため常陸(加倉井)の温泉と小湊の両親の墓参りに向かうため久遠寺を下山し、途中、信徒であった武蔵国の池上宗仲邸(現在の東京都大田区本行寺)に滞在して六人の弟子を決め「六老僧」同地で死去(弘安五年十月十三日)し、日蓮の遺言(いずくにて死に候とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候)に従い遺骨は身延山に祀られた。あしかけ九ヵ年の生活であった。

日蓮の身延山での生活は「人は無きときは四十人、ある時は六十人」とあるようにこのような人数で生活をしていたと考えられている。各地の信徒より生活必需品が多く届けられ、日蓮はこの身延山をインドの霊鷲山を移した山であると示し信仰の山として位置づけている。身延山での生活で遺文の三分の二が執筆されており、日蓮真筆の曼荼羅もほとんどがここ身延山で手がけられている。身延山は日蓮宗における唯一の聖地であると位置づけられており、日蓮の遺骨は歴代の法主(住職)により日蓮の御遺言通り今日まで護られている。

室町時代の文明7年(1475年)には11世法主日朝により現在地に伽藍が移転され、戦国時代には甲斐国守護武田氏や河内領主の穴山氏の庇護を受け、門前町が形成された。江戸時代には日蓮宗が徳川氏はじめ諸大名の帰依を受け発展し、宗門中興三師と賞される日重・日乾・日遠のころには対立する不受不施派を排斥して地位を確立し、その後日脱、日省、日亨の三師で壮大な伽藍を整えて盛期を迎える。明治八年一月に西谷本種坊からの出火で伽藍全部を焼き尽くしたが七十四世日鑑上人の尽力とその後の法主の力により現在に至る。

久遠寺には数多くの経典や典籍・書籍、聖教や古文書類(身延山文書)が所蔵されており、「身延文庫」として一括され身延山宝物館に所蔵されている。

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スピリチュアル

月読さん

2009年07月01日
伊勢神宮の内宮さんから2kmほど離れた所に、月読宮があります。私は過去に3度伊勢神宮へ参拝しましたが、月読さんのことはまったく知りませんでした。しかし、今回伊勢神宮に参拝するにあたって、たいへんありがたいことに、私のブログを通してご縁をいただいた地元の方から、さまざまな情報をお知らせいただいたのですが、その中の1つが月読さんでした。

その地元にお住まいの方からは、メールで情報をお知らせいただいたり、パンフレットまでもたくさん送ってくださったりしていただきましたが、私より先に送ってくださったパンフレットを見ていたデンプ(3女仮名6歳)は、1部のパンフレットを持って嬉しそうに私の近くに来て「パパ~。素晴らしい所があるよ~!」と教えてくれました。見ると、月読さんのパンフレットのお社の写真でした。この時から、デンプにとっての旅行の楽しみがまた1つ増えたのです。(Yさま。いろいろとありがとうございました!)

月読さんに到着したのは午後2時頃。日差しが強くてとても暑い日でしたが、参道は木々に囲まれて日差しはさえぎられ、心地よい温度に感じました。鳥居をくぐって参道を少し進むと、何か独特な緑の香りが漂っていて、木々の息吹とご神気の合わさったようなとても素敵なエネルギーを感じました。グミ(長女仮名中1)は、「うっ、頭いて~・・・」とつぶやいていましたが、柔らかいエネルギーでしたがとても強いご神気を感じ取ったようですし、私も妻も頭がぐわんぐわんしたりシャーとピーという音の合わさったような高い波動のエネルギーの独特な音が聞こえたりしました。アマンダ(次女小3仮名)とデンプは、きゃぴきゃぴと笑いながらぴょこぴょこと飛び跳ねるような軽いステップで参道を進み、私の倍ほどの速さでお社まで行ってしまいました。


以下の内容は、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より転載しました。

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月讀宮(つきよみのみや)は内宮(皇大神宮)別宮で、三重県伊勢市中村町にある神社である。「月読宮」と略字表記される場合がある。

月讀宮は外宮(豊受大神宮)から約3.8km、内宮から約1.8kmの五十鈴川中流域の中村町にある内宮別宮である。祭神は月讀尊(つきよみのみこと)。「つきよみさん」とも呼ばれるが、同じく「つきよみさん」と呼ばれる外宮別宮の月夜見宮の祭神「月夜見尊」は本別宮と同じ神とされている。

宮域には同じく内宮別宮の、月讀尊の魂を祭神とする月讀荒御魂宮(つきよみのあらみたまのみや)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を祭神とする伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)を祭神とする伊佐奈弥宮(いざなみのみや)の3社がある。複数の社殿が並ぶ別宮は月讀宮以外では瀧原宮の2社のみで、社殿は荒祭宮以外の内宮の他の別宮と同等で、正宮に比べれば小規模であるものの、神明造の社殿が4つ並ぶ様は壮観である。

向かって右(東)から月讀荒御魂宮、月讀宮、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮と並んでいるが、参拝は月讀宮-月讀荒御魂宮-伊佐奈岐宮-伊佐奈弥宮の順が正しいとされる。

最高神天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟神の月讀尊が祭神であることから、内宮別宮としては天照大神の魂を祭神とする荒祭宮(あらまつりのみや)に次ぐ順位で、内宮宮域外の別宮としては最高位の別宮である。

宮域には上記別宮4社のほかに、内宮末社の葭原神社(あしはらじんじゃ)がある。ほかの境外別宮と同様に、神職が参拝時間内に常駐する宿衛屋(しゅくえいや)があり、お札・お守りの授与や、神楽や御饌の取次ぎを行なっている。

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