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過干渉・不干渉の法則

2009年03月26日
他者からの評価を気にすれば気にするほど、他者から評価をより受けやすくなります。他人に対してどのような性格なのかと詮索すれば、自分のことももそれ相応に詮索されてしまいます。他人をジャッジすれば自分も他人からジャッジされます。求めてもいない人に対して余計な気遣いをすれば、求めてもいないのに余計な気遣いをされます。これが「過干渉の法則」です。言葉や行動に出さなくても、心で思っているだけでもこの「過干渉の法則」は働きます。過干渉の法則は宇宙における永久不変な法則でもあるカルマの法則の中の1つなので、確実にめぐってくるのです。

3次元の世の地球上では、このように言動でも意識の中においてのみにおいても過干渉を行うことは、多くの人が日常的に行っていることでもあるわけですから、特別なことではありません。しかし、たとえ言動によって表面的に表さないで意識の中のみで行ったとしても、思念力が強い人の場合にはその影響力も大きくなりますし、今の地球の世のエネルギーの増大している状態では、これまで以上に意識の中で過干渉していることが相手にもより強く伝わり、人同士の意識の中においても、カルマによる現実的な言動による現象としても表れやすくなっています。

また、対象となる相手や集団にネガティブな波動を強く持ち合わせている方々が多い場合には、自分自身がネガティブな波動を発した時にネガティブな偏見やエゴなどを引き寄せたり引き出したりしてしまい、たとえ自ら発した波動が小さなネガティブな波動だったとしても、その後徐々に小さなネガティブなエネルギーが、時間を経過しながらネガティブなエネルギーのめぐりを繰り返してしまうと、自分自身の中にも相手に対するネガティブなエネルギーが増えるでしょうし、それと並行して、そのネガティブな方々のネガティブなエネルギーも増えていき、大きなネガティブなエネルギーのめぐりが起きてしまって、目の前の現象としていろいろな状況の中で表れてしまう場合がありますし、様々な不調和の要因となってしまうことでしょう。


求められてもいないのに、他人の領域内である性格や日常生活の様子などといったことを気にしたり評価したりジャッジしたりしなければ、自分から求めなければ、他人から自分の性格や日常生活に対して気にされたり評価されたりジャッジされたりしなくなります。他人の人生に介入しなければ自分の人生に対しても余計な介入をしてくる人は表れません。これが「不干渉の法則」です。「不干渉の法則」をより多くの人が意識することは、他者の個性を重んじ、より大きな調和を保ち、自己の責任をより強く持った中での自由意思による選択によって、個々がより意図的にポジティブに生き抜いて魂を高めるためには、とても重要な法則であるのです。ですから、この先の世ではとても大切なことであり高次元の世では当然のことでもあるのです。


自分自身の波動をより高く保つことに努めることは大切なことですが、「自分自身の波動をより低く落とさないように意識してコントロールすること」の方が、ネガティブなエネルギーが多い人や場所、またネガティブなめぐりが起きているような場合においては特に大切なこととなります。たとえば、まるでイジメのような陰湿なことをされたりするようなネガティブなエネルギーがめぐっているような中で波動を高く保とうとすることは、とても難しいことですし、それによって無理が生じてしまい、かえってネガティブになりやすいのです。ですから、常にポジティブな状態に保つように努めたり、ネガティブな物を一気にポジティブに変換できるように努めたりすることができなくても「できるだけネガティブにならないように意識する」ことが、人間関係における調和を保つためにも、自分自身がより意図的にポジティブに生きていくためにも重要なことになります。

夫婦(家族)の中では、共同生活をより調和のとれた愛大きく波動の高い状態にするため、そしてお互いに魂を高め合い学び合うために、干渉し合うお互いの領域のラインはより広く深くなる場合が多いのは当然であり理想でもあります。しかし、例えばある程度の人数が集合していて金銭を得ることを主な目的としているような職場に勤務しているような場合には、その集団として機能を果たすために、人間関係の中で求められていることは「職務をまっとうするためによりスムーズである人間関係を形成すること」になると私は感じています。そのために、職務内容に関しては自己責任をより強く持ち自らの力を十分に発揮することが求められ、職務を全うするために必要な仕事に関わる相手に対しての要求をしなくてはならない場面や協力し合ってスムーズに職務を行うために必要な調和を図るための最低限の気遣いも必要になるわけですが、そのために必要な他者との関係は、家族や近い親類や友人などとは違って、「仕事に関係する人たちと、最低限に必要な愛と秩序をもってより調和を保つよう配慮し、道理に適った行動をすること」に徹しようと意識するだけで良いのではないかと私は感じています。

もちろん、あいさつを交わし合い、お互いをポジティブに認め合い、和気あいあいとした雰囲気の中で、時には職場の同僚という域を超えた友人のような関係で楽しみ合うといった、そんな楽しい職場は理想的かもしれません。しかし、金銭を稼ぐことも大きな目的である職場でしたら、もっとも必要であることは、その職務を全うすることにあるはずです。そのために必要な人間関係さえ調和がある程度保てていれば良いので、親密な関係になったり心を深く通じ合うように努めたりする必要はなく、極論的になりますが、人間関係は最低限の調和さえ保てていればよいということになると思います。(もし、職場の人と友人関係になればその人との間だけでより親密な関係を作って楽しめば良いのですし、これは職場の人間関係とは別物である親しい友人関係となります)

自分に対して他人がどのように思っているのかを気にする必要はありません。自分が他者をどのように思うかが大切です。それが自分の領域内でできる最大限のことです。自分から他者に対して低い波動を放たないようにすれば相手からも低い波動は向けられなくなります。それが波動の法則です。しかし、自分が低い波動を向けないように意識しても、それまでにある程度の時間を低い波動をめぐらせ合っていた関係である場合には、すぐには改善されないでしょう。カルマの法則が確実に働きます。もし今の時点でネガティブな人間関係ができてしまい改善したいと思っているのでしたら、今から先にネガティブなカルマを作るような過干渉をしたりネガティブな波動を向けたりしなければ、この先は徐々にカルマは解消され、よりポジティブな人間関係に変わるはずです。

たとえば、挨拶をした相手が無視をして挨拶を返してくれなくても、自分が相手に対して挨拶をするという礼儀を重んじて愛を向けた行動を選択したことをポジティブに思い、相手の愛のない行動に対しては慈しみの思いを向けてあげて、自分自身がポジティブな選択をしていることを信頼して、その後も必要に応じて挨拶をし続けていれば良いのです。心の中で相手の反応をうかがったり求めたりすることすら、本来は過干渉にあたるのです。そして、思念力が強いと感じている人は、心の中で抱く思念が相手に伝わりやすいといことも意識すると良いです。愛の気持ちを持って礼儀を重んじて挨拶をすることに徹すれば、そのポジティブな波動は相手にしっかりと伝わりポジティブなめぐりが生まれます。逆に、相手の行動によってネガティブな情緒を発して相手に向けると、そのネガティブな思念もそこから発するネガティブなエネルギーも伝わりやすいので、ネガティブなめぐりが生じます。

自分のネガティブさに気づいた時、できるだけ早い時点で反省してポジティブに変換するようにすれば、すぐにエネルギーは変化しますので、ポジティブな波動に変わります。今の3次元の地球の世において、他者と調和を保とうとする中でネガティブな情緒をまったく出さないようにするのは不可能であると思います。でも、自分自身のネガティブである情緒や状態に気づいた時点で、より早い段階でより波動を下げないように努めたり、よりポジティブに変換しようとしたりするように意識さえして努めるようにしていれば、できるだけ改善することはできるはずです。そして、それを習慣にしてしまえば、よりポジティブな波動やカルマがめぐってくるようになっていきます。

もし家族や親友のような深く親密な関係とまではいかなくても、職場やご近所づきあいや知人関係などでそれなりに人間関係をよりポジティブな状態で調和を保ちたいような場合には、それまでに認識している相手やその場の状態に関しては考慮しつつも、領域外である相手の受け取り方や情緒などはできる限り気にしない(干渉しない)ように努め、自分自身の領域内(意識)において、それ相応の状況における人間関係の調和を保つために、より愛を大きく持ち自分自身の価値観の中でよりポジティブに感じることを選択し続けることに徹し、他者の行動や意識をできるだけ切り離して、自己の行動や意識のみを振り返って反省するように努めることが大切であるということです。
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