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霊的能力のこと

2009年01月12日
先日の日記で書きました、私のかわいがっていた手乗り文鳥のぴっぴが死んでしまいましたが、翌日に家族で庭にお墓を作ってお題目を唱えご冥福をお祈りしました。死んでしまった当日の4,5時間近くはそれなりに大きなショックを受けていましたが、意識的でもあり無意識でもある中で、私の顕在意識は調和されていき、夜になった頃にはすっかりと落ち着いていました。いつも隣にいた手乗りインコのぴよちゃんがなんだか寂しそうにしているように感じたのでなぐさめてあげましたが、3女デンプ(5歳仮名)も、ぴよちゃんが寂しがっているからと、ぴよちゃんのいる鳥籠の横に自分のかわいがっている犬のぬいぐるみを置いてあげていました。決して忘れることのないぴっぴと過ごした年月は、もうすでに良き思い出へと変換され、家族みんなでいつものようにポジティブライフを送っていますが、まだ少しの寂しさを感じている自分が愛おしくも感じます。

今回のことに関しては、死んでしまう数時間前に眠ろうとして羽の中に顔をうずめているぴっぴの姿を見た時にも、すぐ隣の部屋にいたにもかかわらず事前には特に何も感じられませんでしたし、横たわって死んでしまったのを発見したのは私ではなくて妻でしたし、今の時点ではぴっぴの魂が今どこに在るのかがはっきりとは感じられません。でも、これらのすべてがポジティブな必然であることはよくわかっています。

私はこれまでに自分の経験上でもそうですし、1年半ほど前までは直接対面してのスピリチュアルカウンセリングやレイキの伝授やレイキも含めたスピリチュアルヒーリングをメインのお仕事として行っていたので、今のようにブログやメールによっての表現よりも、直接お話しする機会が多くありました。そんな中で、身うちの方やペットなどの無償の愛により深く愛したものが亡くなった悲しみを抱いたままお会いする方もいらっしゃいましたので、そのような慈悲深い素敵な方々のお気持ちを共感しつつ、スピリチュアルな観点におけるアドバイスを差し上げていました。

肉体という物質を抜け出しても、必要に応じてその魂なりの表現をしてくれることが多く、私はこれまでにたくさんの霊的存在とコンタクトして、俗に言う霊能者のような立場として、そのメッセージや状況をご依頼者さまにお伝えするというお役目も、ここ6,7年ほど努めています。私がそのようなことをメインのお仕事として始めた頃に、ちょうど江原啓之さんがテレビに登場し始めてご活躍されたので、私の霊能者のような立場としてのお仕事が、それまでの霊能者のイメージとは違ってきて、どんどん世の中でポジティブに受け止められていく様子を肌で感じてきました。

守護霊様や亡くなった御親類や知人などといったスピリットや前世は、分かる時が多かったのですがわからない場合もありましたので、霊能者的立場として世の人々のために歩み始めた頃は、わからない時には、必死になって感じようとしてあせってしまったこともありました。でも、当てずっぽや感じているつもりになっていい加減なことを言うことは決してしなかったので、最終的にはわからない場合はその旨を伝えるようにしていましたが、そんな時には自分の霊能力が低くなってしまったのかと卑下したりとか江原さんはいつでもわかってうらやましいな~とかという羨望の気持ちを抱くとかといったネガティブな情緒がわくこともありました。でも、4,5年ほど前からは、そのようなことはまったくなくなりました。すべては、「必要」に応じて見たり感じたり聞こえたりするということが実感できたからです。

スピリチュアルな観点でアドバイスをさし上げる際に、その人の波動やカルマなどといった状態に応じて、その必要性が個々によって違うために、同じことを表現するにも私の伝え方は人によって違います。そして、霊的状況の感じ方も違ってくるのです。ですから、ある人の場合は、テレビの画面の江原さんのようにずばずばと霊的状況を示すこともあれば、まるで教科書通りともいえるような3次元的な話になる場合もあります。最初の頃はその「必要」に応じて…ということがわからずにネガティブになることがありましたが、私に伝わってくること全てが必要に応じてのメッセージであるということをはっきりと認識してからは、ただただ私は伝えたいと感じたことをそのままお相手に伝える事のみに終始するようになりました。

このようにはっきりと悟ったのは4,5年ほど前からですが、6,7年ほど前に私のお役目が今のような道であると感じた頃から徐々に培ってきたものでした。7年ほど前に、よく私は人と話をしている中で、私の思考からではなくて、顕在意識が半分くらいしかない中で話していたということを、話を終えた後になって感じて不思議に思うことがありました。特に、霊的な状況を伝えるときには、話を終えた後に我にかえることがあり、どうしてこんなことが自分にはわかったのだろう?と不思議に思うこともありましたが、そんな時には伝えた相手の方から、やたらと感謝されたり賞賛されたりすることがほとんどでした。あの頃は、自分がチャネリングしてリーディングしながら話をしているという自覚はなく、そんな意識も薄かったので、当時の私からしたら、無意識の中でいつのまにかチャネリングしていたという状態でした。

今でも実際に、無意識のうちにチャネリング状態になることは日常茶飯事ではありますが、チャネリングを意識的に行うこともできるようになったので、今のアセンションスペースシューリエのお仕事を私なりに強い責任を持って行っています。また、日常的なチャネリングは、私が意識的に行わなくても、スピリットが私に対して必要に応じてチャネルしてくれることがわかっているので、私はいつでもより高い波動をキープできるように意識して実生活を送るようにさえしていれば、必要に応じてより高い波動の存在からチャネルしてくれてつながることができ、より明確なメッセージを受け取ることができることがわかっています。

私の今世の目的の必要に応じたこの霊的な能力といわれるものは、この先も私の今世での在り方に応じて変化するものであるということを信頼しているので、見たり聞いたり感じたりして伝わってくる霊的感覚やメッセージすべてに感謝して、思考によってその情報を振り分けすることもなく、ストレートにより純粋な気持ちで受容するようにすると、実生活や世のため人のために生かせる場面がくれば必然的にポジティブに生かせることができるということ信頼しています。また、3次元的な存在やマスコミなどから得た情報であったり、自分の思考だかインスピレーションだかわからなかったりする所からも示される高次の存在からの必要な情報を提供していただくこともあるのですが(情報量はこちらの方が圧倒的に多いです)、どれがインスピレーションでどれが思考で、どのような存在からいただいたメッセージなのかということにはまったくこだわることなく、とにかくすべてをポジティブに受容するように意識さえしていれば、霊性を高めるために、波動を高めるために役立たせることができるということを深く信頼しています。

私には霊能力がない…とか、霊能力がほしいのに感じられない…とかとネガティブになったり、そのような感覚を高めるために技術や知識に走り過ぎてしまったりしなくても、より波動を高めるように意識してよりポジティブな実生活を送ってさえいれば、必要なものはその波動やカルマに応じて、必ず得ることができます。言い換えれば、必ず神から与えていただけるのです。そして、与えられたことに気付くことができるかどうかも、その人の波動の高さによるのです。分離できれば霊性が高いというわけではありません。霊性の高さと霊的能力の表現やスピリチュアルな知識をどれだけ多く得ているのかということは、関係ある場合もあれば全く関係ない場合もあります。「今」をどれだけポジティブに過ごしているのかが大切なのです。

もちろん、スピリチュアルな知識が必要でないとか、技術的なことは得る必要がないとは言っていません。わくわく感に従ってそのようなことを得ることは、逆にとても重要なことであり必要なことでもあるのです。ただし、調和をうまくとれなかったり、ネガティブな側面が多くなったりする場合には、技術や知識に走りすぎないように、冷静にポジティブな状態になって、3次元的な実生活や知識とのバランスを整えるように意識した方が良いということなのです。

純粋な感覚で霊的能力を高めたいと感じている方は、すでにスピリチュアルな目覚めが進んでいる証拠でもありますし、本来は今以上に霊的能力は高いからこそ求めているのです。でも、思考とインスピレーション、目で見る視覚と霊的視覚、耳から聞こえる聴覚と霊的聴覚、といったことが分離できるか否かということにはあまりこだわる必要はありません。たとえ分離できていなくても、今の時点の波動に合わせてポジティブな目的として神から与えていただいた今の状況の中で、いかに世のため人のため自分のためにポジティブな道を歩むことを選択できるか、そして、自分自身をより波動を高めていこうとするのかが大切になります。そして、反省を繰り返してすべてをよりポジティブに受容するように意識しつつ、理想があればその理想を膨らましていけば、より自らの今世に存在している目的を果たすための魂向上に向かう道を順調に歩むことにより、その状態に応じて必要なものは必ず得ることができます。霊的能力は決して特別なものではなく、もう既にすべての人々はその必要に応じた霊的能力を与えられていて身についているのです。


なんだかなにげなく書き始めた内容が、いつのまにか霊的能力の話になっていましたが、私が書いたのに私の意識はやはり半分くらいしか入っていません。ブログをお読みいただいた方から「今の私にとって必要なor知りたいorズバリのor私個人宛ての…内容でした。」というご感想をよくいただきますが、こんな感じの意識で書いている時は、私のブログを読まれている方のガイドスピリットと私のガイドとのつながりから、私がただ単に道具としての役割になり、こうしてブログを書かせていただいていると自負しています。これは、とても光栄に感じることであり、私を選んでくださったことに大いなる喜びを感じることでもあるのです。

私はただただ、わくわく感に従って「今」をよりポジティブに存在できるように意識して行動し、ネガティブに感じることはより早い段階で反省してポジティブに変換し、いつでもこの先の3次元的な予定や想定をしつつ、他次元的な理想を掲げ、よりストレートにより純粋な気持ちを持って実生活を送るようにしているだけです。そして、そんな実生活を送ることが、「今の時点の私」にとっては、きっと最高の選択をしているのであろうと自負しています。
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