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アミ(高次元の宇宙人)からのメッセージ

2007年05月31日

ほら、よく見ようとすればみえるでしょ。この、まばゆいくらいに美しい光の粒粒が。あられのように天から降り注ぐ白銀色のエネルギー。感じるだけではなくて見えるんだよ。見るともっとうれしい気持ちになれるから見ててごらん。心の目でね。遊んでいたような心で童心に返って心の目をこらすと、まるで一面が雪景色になるのかなあと思うほど、たくさんたくさん降り注いでいるよね。

ほら、あそこに家が見えるでしょ。あれが、あなたの家だよ。なんだか小さな家に見えるけど、近くに行けばわかるよ。家族みんなで住むには、十分な大きさだっていうことが。ほら、近づいてきたらわかったでしょ。なんとなく素朴だけど、あなたが好みで選んだ家だから、とてもわくわくしちゃうよね。子どもたちもみんな大喜びで、早速家の中で遊び出したじゃない。うれしいんだね。あなたも子どもたちもみんなみんな。家族じゃない人もいるよね、今日泊まりにきてくれた人だよ。まあ、地球に住んでいる人はみんな家族みたいなものだし宇宙のみんなとだって家族なんだよね。基本的にはさ。

何も、こんなことでメソメソすることはないじゃない。何を憂いているの。なんで憂いを感じなくちゃあいけないの。またお金のことでそんなにどつぼにはまっちゃってさ。ちゃんと電話して戦ったじゃない。確かに魔の強さも驚くほどだけど、あなたがしたカルマに対して、きちんと向き合っているじゃない。だから、きっとなんとかなるじゃなくて、なんとかなるよ。誰かが何かがなんとかしてくれるよ。それまで、ただひたすらあなたは機を待ちながら魔と戦い続けるしかないんだよ。落ち込んだらあなたの負けだよ。

あなたは、お金が愛のギフトだとかエゴとかいろいろとわけていたけど、やっぱり単なる物は物でしかないんだよ。つまり、あなたはどんな質の物であっても、道理にさえかなった状態であれば、何も躊躇することなく受け取ってもいいんだよ。あなたは、お金というものを二の次にして愛を与え続けたんだから、愛を二の次にしたお金だって受け取っていいんだよ。何も犯罪とかそんな道理のかなっていない所からきたお金じゃあないんだから。愛のギフトも当然受け取ることはうれしいし、いつでもそれが理想と思い続けることも素敵なこと。ただ、そうでないお金をどうこういえる状況じゃあないことだってわかっているでしょ。だって、それさえあれば、すべて難問と思っていたことが解決するわけじゃない。

そもそも、難問っていったけど本当に難問だったの?あなたは今まで、自分はこれだけ厳しい状況におかれていると表面では思っているのに、一度たりとも夢というかたちでそんな厳しいとか苦しいとか、そういった場面に遭遇していないでしょ。あなたの、今、目覚めた時からこれまでの間、ぼくが特に感心したことは、一度たりとも後悔というものをしていないということだよ。人間って、すぐに後ろを振り返って後悔というものをして、現実から逃げようとするんだよね。本当に多いよね。そういう人って。でもね、やっぱり後悔なんていうものはぼくの世界には存在しないんだよね。だいたい、後悔するような選択をするはずがないもん。やっぱりわくわくの選択というあなたの選択というものが身についているから、習慣となっているから。

元通りになりたいっていうこと、これは後悔じゃなくて前向きなこと。結果を過去の状態で例えているだけで、前にしっかりと目を向けているということ。借金というものがないという状態になったら、もう二度と繰り返さないというこの思いは後悔っていうものじゃないんだよ。反省っていうものだし、過去の経験を生かして前に進むっていうことなんだよ。そこの辺は履き違えないでね。   「朝日の豊栄昇るごとく高き尊き御神威(神様のオーラのこと、みいずと読む)・光明(仏様のオーラのこと)さん然と輝きませ」っていう言葉があるけど、そんなふうにオーラを輝かし続ければ、何もかもが一緒になって輝いてくれて、自分のオーラだけで周りもみんな癒されてオーラが大きく輝きを放つ、そんな存在に一人でも多くの人がなっていけば、日本中も地球全体も太陽のように明るく輝くんだよね。星の光って、ただの反射光だけじゃなくて、宇宙のオーラの光でもあるんだよ。だから、星を見ると美しいとかきれいとかって思うんだよ。ただ輝いているだけの電球を見たって美しいとは思わないでしょ。

そんなものなんだよね。多くの輝きって、力って、終結すると素晴らしい光となりパワーとなって、さらに周りを巻き込んで大きくなって、気がついたらみんながぴかぴかしちゃって幸せになっているんだよね。愛って、そんなふうにあとになってその良さとか大きさとかがわかる時ってよくあるよね。これは愛だからやっているんだ、なんて口に出しながらの行いは、どうしてもエゴが入っていることが多いけど、さりげなく謙虚にってそういうのが真実の愛ってことが多いんだよね。そんな感じかな。今、伝えたかったことは。
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スピリチュアルメッセージ(オリジナル)

やっぱりすごいエネルギーを感じる

2007年05月31日

昨日からついに私の体調に異変が起きてしまった。

先日の日記に書いたとおり、今週に入ってからの宇宙や高次元から降りてくるエネルギーの強さと量がとてつもなく増大している。ここまでくると、さすがに少し体のバランスを崩してしまっているようだ。

ピーという宇宙のエネルギーの音が頭に鳴り響く時間が長い。体はいつものように軽くて食欲も普通だが、首から上がだるい。のどに違和感を感じ、少し咳が出る。時々、軽いめまいのようなものを感じたりごく軽い吐き気を感じる時もある。微熱・・とはいっても平熱が36度0分で36台後半しか出ていないけど、ここ4・5年、37度を超える発熱はまったくというほど経験していないからとても不快に感じる。突然、強烈な眠気がおそってくる。でも、少し経つと元に戻るなどなど。。

今朝は3時半に起床。ちょっと頭痛がした。アルコールを飲みすぎた時意外で、これもここ4・5年ではまったくなかったこと。のどが痛い。これも同様。すぐにお風呂を沸かして、朝風呂にたっぷりと1時間かけてつかった。これが良かったようで、風呂から出て5時を少し過ぎた頃には、すべての諸症状がおもいきり緩和された。今の時点では、ピーという音は相変わらずで、体中にくるびりびり感という宇宙独特のエネルギーが入っている感覚はあるが、少しだけのどに違和感がある程度で、あとは普通の感じに戻った。

それにしても、やっぱりこのエネルギーの質といい量といいすごい。我が家は、妻が数日前から体のバランスを崩し、変な咳がたくさん出たりだるい状態が続いている。それでも、日に日におさまってきているとのこと。4歳のデンプは、今までになかったくらい、先週末から気持ちの浮き沈みが激しい。食欲も落ちたり逆にもりもり食べたりと、なんだか変。残り3人の子は普通に元気だが、このエネルギーの御蔭か、いつも中学校から帰宅する時には野球部や学校にあるたくさんの邪気を持ち帰ってくる息子のありがたくないお土産邪気が、極端に少なくなっている。

明日は、久しぶりにレイキの伝授を行う。場所は私の自宅。ホームページをご覧いただいて連絡をくれた方。レイキ1~4(ティーチャーズディグリー)までを受けてくれる予定である。この、高いエネルギーの中、伝授がどのように進んでいくのかが楽しみである。
スピリチュアル

美しく尊いもの

2007年05月28日

おもしろいなあって思ったのは、このごろの出逢い。

今日、伺ったお宅は、ご自宅でアロマテラピーを行っている方。背がすらっと高くてオシャレな方。昨日伺った方はウタダヒカルを思わせるようなアメリカの大学の留学生。夏休みで帰宅したとのこと。お母さんは、少し前からのこのお仕事を通してのご縁があった方。普通なら間違いなく私とは縁は遠いようなセレブな感じのオシャレな素敵な方でエステをご自宅で行っている方。私に、ぬか漬けの素晴らしさを教えてくれた素敵なご婦人。

私がこのお仕事を始めて、最初に驚いたのが渋谷でのファッション業界でアパレルをしている方との出逢い。シブヤノファッションギョウカイ・・なんて私にとっては宇宙以上に遠い存在だと思っていた。アパレルって何?から始まった。この方は、意外と普通の人だったし、今では私にとっての一番の素敵な仲間だと思っている人。デザイナーの美人さんともその方のご縁から何度となく連絡を取り合い、今だにおつきあいがある。

もともと、ファッションとかエステとか、そういった関係は無縁で高嶺の花だと思っていた。場違いでもあるし、きっと違う世界の方々なのだろうと思っていた。でも・・おもしろいことに、これまでに出会ったみなさんは意外と素朴。素敵だけどシンプル。うわべの素敵さではなく、内面とか魂とか、そういったことが素敵だから、表面も素敵。  

魅力とは、やっぱり魂であり生き方が表現されるもの。そこに、5感で表れるものが加わると芸術とか美とかといった尊いものになると思った。

今日履いていた私の靴下は1足100円くらい。ズボンは1980円。ベルトは500円。身につけたいた物の合計は5桁には程遠い金額。金額というよりも、使いこんだ数年以上の年代物ばかり。中身の私も、シンプルに人のため~という単なる知識の乏しいお人よし。それでも、私は心強い。なんといっても、私は単なるメッセンジャー。たくさんの素晴らしいバックの方々がついているし、全てはお任せ。今日、出会った方も、どん底で混乱していたようだが、やっぱりご自身はとても高い方で、自分を取り戻すだけで簡単に前に向いていく。そして、人のために、アロマという素晴らしい癒しを心から天職と感じて、人々をポジティブにするという仕事をあらためて誇りに思い、つき進んでいく。

私がもしも、以前の職業であった教員を続けていたら・・間違いなくこういったご縁は無かったはず。別に、かわいい方や美しい方とのご縁があったということを、嬉しくてすけべオヤジのように自慢しているわけではない。(つもりかも・・)ただ、やっぱりこういったきっと自分にとっては無縁だろうと職業の外側を見て思うことは偏見とか差別のようなものなのかも・・とも思った。表現方法は人それぞれ。美しいもの、素敵なものは、うわべではなく真がそうであれば表現された物質もオーラも人も何もかもが美しく素敵。どんなにきらびやかと思われたり、派手だと思われたりするような表現の仕方であっても、根本はシンプルでストレートで謙虚な愛であるということ。
日記

今、宇宙からの今次元で最大といえるほどの強く高いエネルギーが日本に注がれている

2007年05月28日

先週の始め頃から、また宇宙からふりそそぐエネルギーが極端に増大した。昨年の10月以来の、急激な高く強いエネルギーである。そして、今週に入り、さらに増して今週末には最高潮に達するとの事である。その結果、良いことは急激に良くなり、逆に魔の手も必死に伸びるために、世を騒がすような事件や事故が起きやすくなる。次元を上げるための天変地異や異常気象などが起きる前兆でもある。

個人レベルでは、幸福感を感じている人はより強く感じ、落ちていく人は急激に落ちやすくなる。

この急激に強まったエネルギーを強く受け止めた人で、まだ身体がついていけない人は、病気になりやすくなる。咳が出たり食欲が減少したり嘔吐や下痢、微熱もしくは高い発熱をしたりする人が増える。でも、ポジティブな人はすぐに回復する。または、回復が遅れてもひどく苦しい状態にはならず、だらだらと続く。つまり、バランスが徐々に整っていく。逆にネガティブな人は長引く。なかなか病気といわれる苦しい状態から抜け出せない。

昨日、この日記を書いている途中にやめてしまったが、やはりとてつもないエネルギーを感じる。わかったわけだから、書き示す義務がある。

残念ながら、不祥事を起こして耐えられなくなった政治家が、かわいそうに・・一番魔に犯された結果のネガティブな手段をとらされてしまった。心よりかわいそうであるという、慈悲の念を送りたい。でも、まだこれは個人的なことであるし、政府というもともとがあまり意味の無い組織の中の一員の単なる1事件であるということ。でも、世間を騒がせているとの事。われわれは、これをポジティブに受け止めて、慈悲という愛の念を送りつつも、自らはひとつの経験として自分や身近な者たちに生かしていくひとつの教訓であると受け止めるのがよろしいようだ。

我々おとなといわれる、自立した人間にとっては、物事をどう受け止めるかは自己責任ということ。そして、どのように生かしていくかも自己責任である。何事にもポジティブに。

神の与えてくれる必然に感謝!
宇宙のすべての巡りに感謝!
スピリチュアル

カルマの質問に関して

2007年05月27日

「質問です。 時々聞く話なのですが、犯罪にあったときや嫌なことをされたときに、前世で自分が加害者側で、今の加害者に同じことをしていたからそのようなことにあうのだ。職場、学校でいじわるされたら、前世でその人をいじめていたのだ。暴力を受けるのは前世で自分がその人に暴力をふるっていたのだ。などなど。前世からのカルマだから仕方ないとか。どのように感じられますか?」

結論から述べますと、地球においては転生輪廻が実際にあるという中、宇宙の完璧な法則であり寸分の狂いもなく宇宙全体に浸透していることである「波動の法則」と「カルマの法則」ということですべて説明できるかと思います。

カルマは完璧にめぐっています。自分以外の者に向けた波動は必ず自分に返ってきます。良いといわれることもそうでないことも同様です。ただし、必ずめぐって返ってくるとはいっても、物質次元の同様な出来事として返ってくるかどうかに関しては、ケースバイケースとなります。例えば、相手に対してひどいことを言ったから、自分もそういったことを言われるとか、人を殴ったから誰かから殴られるとか……そういった物質的にめぐるかどうかはケースバイケースということになります。そうではなくて、ここでいう完璧に宇宙においてはたらいているカルマの法則とは、波動がカルマとしてめぐってくるということです。そして、人はみな奥底ではつながっているので、ある特定の人に向けた低い波動が、その本人から返ってくるとは限らないということです。人同士の場合は、思念とか想念とかといった波動が大きくはたらきます。

具体的にどういうことかといいますと、例えば、自分がある一人の人に対して暴力を含めたいじめにより、相手が嫌な思いを強く抱いたというケースの場合で述べます。自分が相手に嫌な思いを向けて、行為として暴力を含めたいじめといわれていることを行うことにより、相手を陥れるとか嫌な気持ちにさせるとかという行為や思念を相手に向けるという、低い波動を相手に向けているという状態ということになります。さらに、相手が自分に対して嫌だとか恐いとか悲しいとか肉体的な苦痛のつらさといった極度に低い波動が生じて、自分に強く向けてきたとします。この場合、その結果のカルマとしては、相手に向けた波動と相手が抱いて自分に向けてきた波動とを合わせた波動が自分に生じて影響を受けます。そして、この波動の法則とカルマの法則とがはたらくことで、この自分の持ってしまった低い波動に見合ったことが現実化するのです。

この、現実化する内容は、最初に述べたとおり、同じような出来事が現実化するかどうかはわかりません。ただし、同じ質の低い波動から起こる現実がめぐってくるし、低い波動は反省してあらためない限りどんどん低い状態に堕ちていくので、自分に現実化として現象や出来事として起きるときには、もっと低い波動となって返ってきます。逆に言えば、そのときのことを反省し謝罪をするとか、そういった思念を相手に向けるとかという高い波動を送り、少しでも改心してその後に高い波動を持ち続けていけば、それもめぐってきて質が変わってカルマとして返ってきます。そして、このことは今世においても前世においてでも、同じ魂が行っていることなので同じであるということです。ただし、そうとうな特別の場合を除いて、個人的な関係ということにおいてのカルマは、生きている時にすべて果たしていますので、次の生まれ変わりまで引きずっているというようなことは、とても少ないということです。

犯罪にあったときや嫌なことをされたときに、前世で自分が加害者側で、今の加害者に同じことをしていたからそのようなことに遭うのだ、職場、学校でいじわるされたら、前世でその人をいじめていたのだ、暴力を受けるのは前世で自分がその人に暴力をふるっていたのだ……と書かれたご質問の内容に関しては、簡単に言えばそうかもしれないし違うかもしれない。でも、違う確率のほうが大きい……ということです。

そこで、もし、今世において自分にこのようなことが現実化しているとか知人がそうであるとかといった場合には、具体的な解決策の参考になるかもしれないことが、今、感覚的に入ってきているのでお知らせします。

このようなことがもし事実として現実化していた場合、この出来事が過去の出来事からきているカルマなのか、今の自分の波動が導いている出来事なのか、それは何なのかということが具体的にわからなくてもよいのです。わかったほうが早く解決するなら、前向きに対処して解決していけば、その中でわかってきます。今世のことだったら必要なことが多いかもしれませんが、前世の場合は大して重要でない場合がほとんどです。つまり、どう解決するかというのは、この現実化した「事実をどう受け止めるのか」そして「受け止めた今の自分の波動をどのような状態にするのか」そして「相手に対してどのような波動を向けて今後のカルマをめぐらせるのか」ということが今後のすべての状況を作り出していきます。

たとえネガティブな事実であっても、自分にとっては乗り越えていくことが必要ということから神が与えてくれたベストな状態であり必然であると思い、目の前のことを一つ一つ解決し、取り越し苦労はせずに、常に相手を思いやり、神を信じ宇宙を信じ、前向きでいようとすることが大事です。いじめのような嫌なことをしてきたりトラブルを起こされたりする相手に愛とか慈しみとかといった高い波動を向ける のは難しいことかもしれないけど、「かわいそうに」とか「愛をもてるようにがんばってね」という慈しみの思念を、自分が落ち着いた状態になってからならば向けることは可能かと思います。「かわいそう」という思念はネガティブなようで、慈しみという高い波動なのです。

相手の、トラブルを引き起こすとかいじめるとかといった行為によって起こる低い波動のカルマや波動の法則は、その相手にはさらに低くなって必ずめぐってくるわけですから……やっぱりかわいそうに……がんばってね……だと思います。そして、相手に対して慈しみという高い思念という高い波動を送れば、自分も高い波動になるしカルマとしてめぐってきます。

前世のカルマだからしかたない……そんなことは決してありません。どう受け止めてどのような波動でいるかとか相手に向けるかということによって、質を変えることができます。カルマの質が高くなれば、必ず高い質となったカルマがめぐってきます。これは、自分から引き起こしたトラブルなどの低い出来事よりも、相手から引き起こされた場合の方が、質を大きく変えやすいということです。怒り(恨み)・不安(心配)・強いエゴといった低い波動は簡単に作り出すことができます。

でも、本当は必要のないものなのです。すべてが自分次第なのです。ただし、この次元の世界に生きていて、このような波動を全く出さずにいるということは絶対に不可能です。でも、低い波動を出したことに気づいて反省し、できるだけ早いうちに……でも、その時点では難しかったとしても、心を落ち着かせてからでもいいから、慈しみや感謝といった愛の心の作り出す高い波動に変えることは可能なはずです。また、もし波動を変えることが難しいくらいに下がった場合には、「ありがとう」とか「トホカミエミタメ」とかといった言霊のパワーを借りるという、形から入って自分の波動を変えるということも対処法としてはお勧めの一つです。

スピリチュアル

美しい現実世界

2007年05月25日

なんといっても一番美しいのは、現実世界といわれているこの世。物質である様々なものが繁栄して、世の中という物をすべて飾っている。実に美しい地球的なもの。これもあれもどれも、でもやっぱり宇宙からいただいてきたもの。

本当だよ。人間は、猿から徐々に進化なんかしていないんだよ。そうやって見せることによって今は3次元の科学が調和を保てるからそうしているだけ。本当は、いきなり人間は人間として大きな魂が物質化したんだよ。でも、今の地球の文明では、そんなことが事実とわかったら混乱を生むだけ。だから、別にそんな過程なんかどうでもいいから、宇宙は黙っているだけ。猿が人間に変わるわけ無いでしょ。。でもね、近い物質であり魂を持っているということも確か。猿とか犬とか猫とかから魂が進化して人間になることもあるんだから。でもね、それには人間との調和を図ることができたという輪廻転生の経験が必要なの。やっぱり人間次第という所があるんだよ。そして、この人間とは、宇宙人といわれている、私たちでもあるんだよ。知っているかもしれないけど、人間はみな宇宙で魂とか意思といわれている粒のようなものであったのが物質化したんだよ。あたりまえだけど、全てが宇宙の神によるものだけどね。

そんな、地球においては人間と呼ばれる存在である、最高峰の魂が物質化した物が作り上げた現実と呼ばれているこの地球の物質世界というものは、やっぱり完璧で美しく素晴らしいもの。いろいろな醜いとか汚いとか、そういったとんでもないようなネガティブな物や物事があるけど、それらも全てが美しさとかポジティブさとか、そういったことを感じさせるために陰陽調和させるためのもの。陰があるから陽を感じる。だから、3次元では必要なもの。

今、この地球に存在していること、そしてそれが日本という中心の国であること、そしてそして、日本語という言霊の力によって支えられているということ、この必然に大いに感謝し、神に全てをささげて全幅の信頼を寄せてポジティブに生きることを、我々宇宙に存在しているものという立場から訴えたいと思い、今、書き表しました。

同志である皆さんに、心から敬意を表します。

バシャール&最初の方はアミ
スピリチュアルメッセージ(オリジナル)

三つの世界

2007年05月22日

三つの世界を同時進行している自分を認識している。本当は三つどころではなく、膨大な数の世界を同時進行していることも認識している。でも、特に強く実感して認識しているのがこの三つの世界。

一つ目の世界は、俗に現実世界といわれている三次元の物質世界。私が自分の存在を自分の魂の映し出しとして一番身近に感じているこの世界。現状はお金というものがないために、さまざまな魔の攻撃を受けてはいるが、逆にたくさんの素晴らしい学びや魂の向上に向けての経験をさせてくれている。あまりにも多くの波動が混在している中、ここのところの波動の高低差が日増しに大きく二極化してきていることを強く感じている。

二つ目の世界は、三次元の物質世界のすぐ近くにある、明日にでも実現できそうなパラレルワールド。物質的ないろいろなことが解決に向かっているが、それでもやはり数百万円というお金が足りない。逆に言えば、その金額が手に入ったら、すぐにでも近くに出来た新築のアパートの一室を借りて、ヒーリングルームの完全復活。この世界はわくわくだけが存在。すぐに身をおくことができる。波動の低いものも魔も存在しない素敵な世界。

三つ目の世界は、俗に夢とか理想とかといった世界。でも、これが本当の私の世界。ただし、そう簡単には行くことができない。自分の波動が思い切り高くならないと、この世界にどっぷりと身をおくことができない。少しでも低い波動が入ると、たちまちこの世界から出てしまう。私の大好きな海が見える小高い所で、畑を耕し、ペンションにいらした方をもてなし、スピリチュアルアドバイスでできるだけ多くの人のお役に立つことを主な仕事とし、宇宙や地球のスピリットとのコンタクトを楽しむ。
スピリチュアル

ぬか漬け

2007年05月22日

昨日のこと、急な衝動で、ぬか漬けを作りたくなった。時間も物も用意できる状況だったので、すぐに作った。

ぬか床を一から作るには時間がかかるし床わけをだれかにお願いするのも手間がかかるから、市販されているぬか床と入れ物のタッパーと追加に使う炒りぬかを買ってきた。なんでぬか漬けかというと・・

先日スピリチュアルアドバイスである方のお宅に伺ったとき、お昼ご飯をごちそうになったのだが、その中の一品にその方がぬか漬けにした野菜が盛られていた。エステのお仕事をしていてとても美しいそのご婦人にぬか漬けというギャップがおもしろかったけど、とにかく美味しかった!他の料理も感動したが、ぬか漬けは特に心にしみた・・。きゅうり、だいこん、にんじん、そしてアスパラ。アスパラの食感といいすべての野菜の味わいの微細な感じといい、その方の素敵な生き方をあらわしているようだった。

私はこれまで何度かぬか漬けは行っていたが、管理ができずに結局はぬか床がかびだらけになったり味が崩れたりして長続きしなかった。でも、今回はきっと違う。昨日は遅くまで徹底的にぬか漬けの知識を学んだ。ぬか床がかわいくてしかたない。今朝もかき混ぜて味見をしたら、とても幸せな気持ちになった。我が家6人とも、漬物は好き。アマンダは特に大好き。昨晩も今朝もぬか漬けをよろこんで食べてくれた。んー最高!これからたくさんぬか漬けを作り続けて、あの方の味のように、我が家の自慢の一品にしたい!と、今、おもいきりわくわく燃えている自分がいる。。




こんなにあるぬか漬けの効用

◇脚気の妙薬――ぬかに含まれるビタミンB1の効能です。

◇糖尿病の予防薬――糖尿病は、すい臓から分泌されるホルモン(インスリン)の不足やエネルギーの過剰摂取が主要な原因とされています。ぬか漬けの材料になるほとんどの野菜に含まれている食物繊維には、インスリンの分泌を促す作用があります。そして、この食物繊維は、満腹感をともないエネルギーの過剰摂取を防ぐ働きをします。糖尿病患者に特有のビタミンB郡の吸収力低下症状の補強策にも、ビタミンB郡をたっぷり含むぬか漬けは最適な食品なのです。

◇脳卒中を予防する――ぬか漬けの食物繊維ならびにカルシウムは、血管の組織を強化する働きを示すとともに老化を防ぎます。さらにぬか床に含まれるビタミンB郡、油分に含まれるビタミンEは、過剰のコレステロールを減少させるので、動脈硬化を予防します。

◇大腸ガンや胃ガンを予防する――ぬか漬けに使われる野菜の食物繊維は、胃腸内の消化を助け、便秘症を治し、ひいては大腸ガンを予防する働きがあります。そして、ビタミンA(カロチン)の豊富な緑黄色野菜を漬け込んで常食すれば、胃ガンならびに肝臓ガンなどの予防にも効果を発揮してくれます。

◇胆石を防ぐ――コレステロール過多の食事を長期間続けると、胆石の危険性が増えていきます。しかし、これも良質な食物繊維をきちんと取ればかなりの部分、解決します。

◇胃腸を強化する――食物繊維を豊富に含む、生では硬い野菜もぬか漬けにすると、適度の歯ごたえで美味しく食べることができます。食物繊維は咀嚼(そしゃく)の回数を増やし、唾液や胃腸液の分泌を促がし、胃腸の働きを活発にします。さらにぬか漬けに含まれる乳酸を始めとする有機酸類は、腸内の酸度を適度に保つので、いわゆる整腸作用を自然な形で促がします。

◇肥満を防止する――ぬか漬けの豊富なビタミンB2は、体の代謝機能を活発化するため、脂肪の沈着作用を防ぎます。また、有機酸類が、エネルギー代謝を促がすので、余剰脂肪をすばやくエネルギーに変え、ひいては肥満を予防するのです。

◇歯や骨を丈夫にする――ぬか床に含まれるカルシウム、ぬか漬け野菜に含まれる豊富なカルシウムが歯や骨を丈夫にしてくれます。卵殻やカルシウムの粉末などをぬか床に混入すれば、さらにカルシウム補給食品としての実力はアップすることでしょう。

COME COME clube というホームページのぬか漬けの効用より
日記

ゆめひよこ~今日は夢で遊んでね~

2007年05月18日

今日はデンプの4歳の誕生日!

今朝はいつもより30分早い5時40分ころ、デンプは起きてきた。なぜか、アマンダも起きてきた・・。2人ともうきうきわくわく。起きるなり「今日はデンプの誕生日だよね!」と確認して嬉しそう。。

まずはケーキの話題から。。あこがれの不二家のケーキをずいぶん前からチラシを毎日のようにながめて、今日を待っていた。

あとは、プレゼントとしてほしがっている、ゆめひよこというCMにて宣伝中の動いてしゃべるぬいぐるみらしいもの。しかし、残念ながら我が家が土・日を乗り越えるにはケーキかプレゼントかどちらか一つを用意するのがやっと・・。

結局、デンプの父親はケーキを選択。もう3ヶ月以上、我が家みんなでケーキを食べる機会はなかった。でもプレゼントなしでは・・と思ったらひらめいた。100円ショップで似たようなぬいぐるみを買おう!でも、ガソリンも底をつく寸前で、保育園の迎えに行く分がやっと。そこで、修行好きなデンプの父親はわくわくしてきた。「歩いて行こうー!」

今、デンプの父親は帰宅したが、100円ショップやホームセンターまで歩いて行ってきた総歩行距離は約16km。山あり田んぼのあぜ道あり牧場ありの、わざわざ回り道してのハイキング。時間は約3時間。途中で、自転車にすれば良かったとも思ったが、やっぱりウォーキングはウォーキングの良さがあった。もう、小さなおたまじゃくしが泳いでいた。アザミの花はとてもきれいだった。でも、とげとげしてとてもきれいで強そうな花だけど、実際は弱い花。アザミだったら踏まれて育つ麦になりたい、と思った。風が心地よかった。竹と竹が風に揺られてコーン、コーンとぶつかりあう音に風情を感じた・・。

「デンプ・・ゆめひよこを、今日の時点では手に入れられなかったから夢で遊んでね。近いうちに必ずプレゼントするから。」今日、用意したプレゼントは100円ショップで出会ったハムスターと鳩と犬の小さなぬいぐるみと、3匹の住みかのかわいらしいバスケット。我が家で一番のしっかり者であり、気が強く江戸っ子のような性格のデンプだが、一番、思念で通じ合える娘でもある。ほしがっていた物は用意できなかったけど、愛という思念を必ず解ってくれるとデンプの父親は信じているし、プレゼントを渡す時にデンプの反応がどうなるのかが、今からわくわくして待ち遠しい。。
日記

まとめ~宗教について~ モーゼからのメッセージ

2007年05月16日

モーゼからの言葉を聞きたいという希望により、私からのメッセージを伝えます。日ごろより、この方には直接的にたくさんのメッセージや私なりの力を授け続けているので、ここのところはモーゼであるということをわざわざ伝えないようにして、陰のように見させていただきました。以前はよく表面に現れたのが、最近はそういう状態になっているというのは、そういう思惑だからです。あなたが、時々私モーゼ以外のさまざまな以前よく表れた方々に対してもそう思われていますが、やはり同じことなのです。まあ、自己紹介というようなそんなことを人間的に言えばしていたというのが、あのころの次々とわれわれ高次元といわれるものや宇宙の同志の方々が出てこられたのは、そういうことなのです。あ、わかっている、と今思われましたが、これで実感していただけたことと確信しました。

このたび私が伝えたいのは、宗教というものについてと否定や制限というものについての関係です。よく、宗教といわれるものの中でも、大きく分けて二つあります。一つは人間的なもの、そしてもう一つは神的なものです。まあ、残念ながら、これまで団体を作って活動してきたほとんどの宗教がこの人間的なものに属してしまいますが。また、もともと神的であったのに、エゴといわれる醜いものが入ってしまい、結局は神不在の人間をあがめてエゴの獲得第一主義となってしまうという悲しいことは多々りましたし、今もとても多いことを嘆かわしく思います。

この、宗教を神的なのか人間的なのかということにおいての見分け方はただ一つです。それは否定と制限です。神は否定しません。他のものを批判しません。拒否もしません。人間の行動を制限しません。すべての根本は愛であり、愛だからこそ人それぞれの自己責任であり自由意志によるものなのです。わが神を信じなさい。そうすれば救われますよ。他の神を信じるのをやめなさい。こんなふうに神は人間のような自分だけを信じろなどというエゴは持っていません。他の神も人間も何もかももともとは一つなのだから、他のものを否定した時点で、自分を否定したことになります。そんな道理にかなっていないことを、神が宇宙が人々に伝えるはずがありません。金品を持ってこい、そんなはかないものを神は要求しません。人間のエゴなのです。自由意志に任せます。そういうことで、神に対する敬意をあらわすのでしたら良いのです。そうしなくてはいけないという制限は人間的です。

今、真の宗教がたくさん芽生えてきています。とてもうれしいことです。地球神界の神々も大いに喜んでおられます。確かに、これまでも集団としての宗教において、神と交わってきた宇宙の法のもと、素晴らしい宗教活動もいくつもありました。今でも当然、健在しています。でも、この先の宗教とは、別に集団になって気を高めて神のような高い波動とつながるような手段をとらなくても、個人レベルで神と強く高くつながり、本当の宗教というもの、信仰というものが築かれていくのです。

古来からやおろずの神々に対して、敬意をはらい身近なものにも神が宿っていることを知っていた神国日本は、やはり他の国々とは違うのです。今、あなた方が日本に生まれてきたのには大きな理由があります。あなた方は、この神国日本において神とより高く深くつながり、世界の中心になるための一員として成長し続ける義務のようなものがあるのです。義務といっても、やはり自由意思です。あなた方次第です。あなた方の目覚め方、今後の生き方次第なのです。もう直前にまで迫ってきているあの時に向かって、とにかくいち早くより高くより神の方向へと進んでいくべきなのです。それが、私モーゼの願いであるのです。どうか、私はいつでもみなさんを見守らせていただいています。私は、特に神から授かったお力の中では強さというものを持っております。

もし、道につまずきくじけそうになったとき、弱い自分が強い自分を押し破ろうとした時、そんな強さがほしいときには、私、モーゼをお呼びください。私なりにお力になれるとうれしいです。みなさんとは、そういう関係なのです。
スピリチュアルメッセージ(オリジナル)

アミ(高次元の宇宙人)からのメッセージ

2007年05月16日

あんなふうに生きていくって素晴らしいよね、そんなふうな人がいるといいねって、あなたはよく思っているけど、いったいどうなのだろう。やっぱりあなたの周りにはいないのかな。

つなぎ合わせるっていうのはどうかな。あの人のこの部分とあの人のああいうところと……そうすると、素敵な生き方っていう青写真が出来上がるよね。つまりね、人って良いところをつなぎ合わせれば、みんな最高の生き方をしているんだよね。良いところっていうのは、宇宙の法に則しているっていうことだよ。あんまり、一つの言葉に神経質にならないほうがいいかもよ。大丈夫だから。みんなちゃんとわかっているから。

何もしないっていうことが、だから何もしていないから良くないかっていったらそれはそうじゃなくて、何も行動していなくてもちゃんとその人の魂は動いているからそれはそれで良いっていうこと。暇だとかたいくつだとか、それはあんまり良くないけど、でも悪いことではなくてかわいそうなこと。

あとね、世の中の見つめ方って、今のように大きく見つめて感覚的に分析するっていうやり方が、やっぱり最高だよね。まるで、冷めているのって思うくらい冷静に感情を入れずにみつめるっていうことがやっぱり大切なんだよね。そういうことが言いたいんでしょう。

あとは、僕たちのような宇宙人の存在の今後のあり方っていうけど、やっぱりしばらくは今のままで変わらないかな。でもね、本当にうれしくなっていることの一つに、ものすごい勢いで目覚めていく人が増えていて、僕たちの言葉をひろってくれて生かしてくれたり世に還元してくれたりすることが、どんどん増えているんだよね。もう、地道な活動なんて言っていられないくらい、急速に、でもぼくたちからしたら予定通りに進んでいるんだよね。やっぱり愛する地球のためだから、すごくうれしいことなんだよね。

ほら、あそこでね、手と手をつないでいる宇宙人が見えるでしょう。あれね、なんであんなことをしているかというと、地球ごっこなんだって。こうして物質になって触れ合うっていう感覚を味わってみると、これもとても面白くて心地よいっていう、宇宙の子どもたちなんだよね。面白いでしょ。もう忘れていた感覚だけど、やっぱりいいもんだなあってあの子たちが感じたってことは、これも愛のめぐりなんだよね。宇宙って、そうやって素敵な愛の広がりを築いてきたんだよね。だから、もっともっと地球のみんなも愛の和の広がりの中に加わって、宇宙のみんなと意識的に一つにつながって愛をはぐくみあいたいよね。だから、そうなっていくには、まだまだ僕たちの地球のみんなへの愛の表し方は今のままでしばらくは進んでいくよ。でも、地球のみんな次第で、いつでも僕たちがもっともっと近づけるための準備は、もうとっくに整っているから、だから待っているからね。よろしくね。
スピリチュアルメッセージ(オリジナル)

まとめ ~愛とは その2~

2007年05月16日

ありのままの自分とはなんなのか。自分にとっては窮地に追い込まれたというような危機的状況になって、あらたに発見できたことがいくつもいくつもあった。危機的な状況の中、物事をどう受け止めてどう考えてどう行動するのか。経験してみないとわからないが、経験してみたら実に面白かった。

自分を取り巻く愛とはなんなのか。 やはりそんな危機的状況になってみて、改めて感じる素晴らしいものがたくさんあった。やっぱりすべてが愛なんだ!

無償の愛とはなんなのか。 よく、家族の愛とは……という話に使われるが、今、いっしょにいるとかいないとか、今世でどれくらいのお付き合いの時間の長さや深さがあるとかないとか、そういったことは全く関係ない。今をどう生きているかの波動がすべて。無償の愛という気持ちを持っていれば無償の愛が返ってくる。やっぱり愛のめぐりである。カルマである。

愛の度数を減らすものはなんなのか。もちろん、一番の要因はエゴ。エゴが減れば愛が増える。愛が増えればエゴは減る。

もう、すでに今の世の中、どんどんうわべによるごまかしは通じなくなってきている。これも一つのアセンション現象の表れ。まことの大和の世が成る。
スピリチュアル

まとめ~愛とは~

2007年05月16日

愛とは……そんな定義や根本であるものは何かとかどういうものであるとか、それは言わずとも知れていること。それこそ、その人が愛をどう定義するか、どのようにめぐらせているか、ということによってその人の愛の度数がわかります。愛の度数の高さとは、そういうものなのです。愛の度数とはいっても、本当は単純に数字で表せるものではないけど、アミの本には子どもにわかりやすいように数字で示しました。でも、本当は質とか波動とか魂の状態とかいろいろなことがからんでくるので、単純なものではないことはわかっていると思います。そして、この愛の度数がどれだけのものかというのは、オーラといわれるものにすべてが映し出されます。どんなにうわべでとりつくろっても、オーラはその人の生き方そのものだし魂そのものだから、そう簡単にごまかしたり変えたりすることはできません。

でも、別に、オーラが見えるとかわかるとか、そんなことはどうでもよいのです。何が言いたいのかというと、この先、地球がアセンションするにつれて、このオーラである本質であり本心であり本来のその人の愛の度数も、うわべではない思念とか想念とかというものが、お互いにわかりあった上で調和を保つようになるということです。だから、今現在の次元においては、言葉や態度といった五感の部分でごまかしたり隠したり修正したりすることはできても、この先はそういうわけにはいかないのです。みんなが、シンプルにストレートに、その人の持つ愛にしたがってそのままの魂と精神と心とが一致した状態で生きていくのです。

以前の日記に、お金や物といった物質的財産は一夜にして得ることができるが一夜にして失うこともある。しかし、愛という財産は、地道に積み重ねて得ていくものであり形にして見えないからわかりにくい。ただし、物質と違って簡単に失うことはない。そんな内容のことを書いていましたが、まさにその言葉を思い出し、こつこつと積み重ねるのです。面白いことに、目に見える状態とか言葉とかといった状態で愛を積み重ねているつもりの人がいますが、本当の愛とはそういうものよりも、もっと謙虚で人知れず積み重なっていくもの。あたかもごく当たり前のようで、でも後で振り返ってみたり、人に感謝していただいたり、そんなことで、ああ、これって愛を与えて返していただくという素晴らしい愛のめぐりだったんだなあと気づくといった、愛ってそんなさりげないものなのですが、とても大切なものなのです。
 以上、アミと私の合作 。
スピリチュアル

まとめ~序章~

2007年05月16日

昨日あたりからぐるぐると何度も巡ってくる言葉。

「まとめを書きなさい!」

なんのまとめかといいますと、この状況においてわかったこと、感じたことなどの現段階のことだそうです。そして、それをわれわれ(つまり宇宙の高次元の同志や地球の天上界の神霊界)がサポートするから、私は書こうと思ったら書く状況を作ればよいとのことです。

私の物質的状況は、やはり厳しくなる一方です。でも、高次元のみなさんは、もう大丈夫だから終わるから次なることに全力を注いでくださいとおっしゃるのです。だって、来週はついに弁護士と話をしなくてはならないかもしれないという状況で、来月には家も土地もないかもしれないという経済的な計算の状況に追い詰められているのに、それすらもそうなってから考えればよい、取り越し苦労はしなくてもよいとのことです。いつもそうですが、もう終わったとかすぐにとかという高次元の方々の感覚と人間の感覚とが違うことが多いので困ってしまいます。まあ、確かに、もうだめかなと思われた物質的状況であったのに、まだ、こうして普通に生活でているわけですから、人間の尺度って、私の尺度ってまだまだだなあということを実感しているわけです。

でも、取り越し苦労は必要ないとわかっているつもりだからそうしているのが現状ではあるわけですが、まとめを書くというのが実に面白いなあと感じています。今朝も来週はついにやばい……といつのまにか考えてしまっていると、やっぱり取り越し苦労はやめるように、まとめを書きなさい……って。もし家や土地を失い財産というものがなくなっても、具体的なことを考えるというまだ起こってもいないことに対する取り越し苦労はせずに、「ベストであるわくわくする選択をしよう」という一つ目の予定を立てればよいとのこと。

逆に、宇宙か神か霊界か人間か……いずれにしても同じ一つの根源でつながっているわけですが、そういったところからの支援を受けて、物質的状況が厳しくなくなったとしても、やはり同様に「ベストであるわくわくすることを選択しよう」と、今はとにかく次に起こることに対しては、それだけを予定として考えればよいとのことです。

いつもそうですが、宇宙の神の教えはとてもシンプルで簡単。人間が勝手に複雑化しているだけと思いました。今回もそうです。私が一生懸命に取り越し苦労をして複雑化しているけど、結局のところ、いつも結論は目の前のことを解決するために全力を尽くしわくわくすることを選択するということ。ただそれだけのこと。だって、結果としては、だから面白いように現段階では幸福感だけが訪れ残っているだけ。後付けで考えると、結局何も悪いことは起きておらず、家族の幸せ度数は上がるばかり。出会いもやっぱり最高なことばかり。いろいろな方々に助けられて、愛を感じ、それがすべてめぐりめぐって愛に満ちあふれていく。ありがとうございます! ありがとう!って、ここ数カ月は、さらに言ったり思ったりする回数が増えました。
スピリチュアル

「ペットについて」

2007年05月11日
大草原の中を 優雅に群れを成す牛たち

本当は自由が大好きなんだね

豚だってそうだよ ……鶏だってそうだよ……

狭い所  嫌だもん
暗い所  嫌だもん

やっぱり自由に生きていたいもん

たくさんの経験がしたいもん

だって生まれてきた目的は 人間と同じだから・・

幸せになりたいからだもん!

魂を高めたいからだもん!


急に目頭が熱くなり書かされた詩です。人間の食料として育てられている動物達の思いが伝わってきたのでしょうか。

しかし、人間による無償の愛により、ペットとして飼われている動物は少し違ってくるようです。安心や安全、物質的にも食料や住家などを与えられている中、人から受ける愛、そして人に愛を与えるということ。そして人と調和を図るということは、動物が魂や智恵を上げるには、野生で生きているよりもはるかに大きいということです。だから、野生の状態に比べると自由とか広さとかといった状態においては劣ってしまいますが、そうでない多大な恩恵を受けているということです。

ちなみに、最も知的に高いといわれる動物は、確かに以前は猿でした。しかし、高次元のスピリットによると現段階では、1位が犬、2位が猫、3位が猿だそうです。

先ほどの続き。私には天使のささやきに感じる。

2007年05月11日

ねえ、何のために今を生きているの?

自分が幸せになるため。
人を幸せへと導くため。


ねえ、何をしているときが一番嬉しいの?

今一番最高にやりたいことをしているときかな。


あのさあ、どうにかなれって、ヤケになるようなことってないの?

そりゃああるけど、ヤケにはならないね。


もう一度聞くけど、幸せってなに?

幸せを普通で身近に感じられるということかな。


やっぱり言葉で表現するって難しいね。

そうだね。


感じるままに・・

別に言葉で表現できない時があってもいいよね。
許されるよね。

なんか、言葉だと「幸せ」って感じていなくても、書いちゃえばそういう感じがしちゃうよね。でも、あんまりそうだとは思っていなくても、言葉で書くと本当に幸せだって思えちゃうということがおもしろいね。言葉で言っちゃえば言霊なんだからなおさらだよね。


やっぱり言葉っておもしろいよね。
素敵だよね。


素敵な言葉をたくさんたくさん使っていれば、やっぱり幸せだよね。
スピリチュアル

何かわからないだれかと私の中の何かとの対話

2007年05月11日

ああ、やっとこれで開放されるのかな・・


開放されるって、何に縛られていたの?
そんなに窮屈だったの?

いえいえ、何にも縛られていないし、窮屈でもなかったよ。


じゃあ、どうしてそんなふうに思うの?

きっと、楽をしたいからだよ。
安心したいからだよ。


じゃあ、今は安心してないっていうことは不安なの?

やっぱり言葉って難しい。安心していないってことは、言葉に表すと不安っていうことになるわけでしょ。それを言いたいわけでしょ。でも、自分で不安だとは思っていないよ。流れに任せきっているよ。


流れってなーに?任せるってどういうこと?

流されてはいないよ。ゆだねてはいないよ。


幸せってなーに?

愛すること。愛を感じること。充実していること。


暇ってなーに?たいくつってなーに?

そういえば最近、暇とかたいくつとかって感じていないから忘れちゃった。たぶん、おもしろくないっていうことかな。。


おもしろくないって、つまらないということなの?

そうだね、充実していないっていうことかな。やっぱり言葉って難しいね。思ったことをぴったりとあらわせる言葉が見つからない時もあるね。


なんだか、蝶のような気持ちなんだけど、暖かい春の日差しのような心地よい中を、ふわふわと流れに任せてとんで漂っているような感じ。あー気持ちいい。


あー、幸せだなあ!



スピリチュアル

バシャール(エササニ星)からのメッセージ

2007年05月11日

あー、うれしいなあ。またこうして入ってくれて、と思ってくださったあなたの気持ちがとてもうれしく思います。まあ、入るといっても物質的次元の入り込むというものではなくて、思念とかエネルギーとかといったそういうスピリチュアルといわれるものが入るわけですから、入るという意味は入り込むとは違うのです。

まあ、今の世の中を見ておりますと、盛んに行われているのが暴動とか争いとかといったエゴのぶつかり合いというものでしょうか。本当に私たちからしたら、人間ってなんでこんなことをするのだろう、違う素敵な選択する道があれこれたくさん用意されているのにと思ってしまいます。まさか、こんなことが、という事態になってみて振り返ってもすでに遅いという物質的事実になってからでは手遅れなのです。面白いことに、あなたが昨日会った方もそうですが、思念がこの世を動かしているということをまだまだ意識していないということがとても多いという現状は、なんでもっとわかってもらえないのかなあと思ってしまいます。

まあ、私も物質がメインのように思っている社会で生きていた時には同様に思っていたのだから、わからないでもないですが、今こうしてスピリットといわれる立場からあなた方地球人類をみていると、なんとも滑稽にも思えるのです。だって、目の前に、これだけ素敵な選択肢がたくさんあるのに、あえて物質優先で短期的な見方で、さらに保身とか計算とか結果というものとかを求め過ぎて、本当に必要であり根本であり愛である宇宙の法のもとの選択をしないということが多いのですから。

究極という状況になればなるほど、窮地に追い込まれたと思えば思うほど、うわべでの物質的尺度で人間が物事を考えての選択をしても、これはしょせん、たかがしれていること。本当は、真実とか根本とかそういったものを変えるとか良いものにするとかといった選択を、そういう状態でこそするべきであるというのは、宇宙の法のもと、当たり前であるとわれわれは思って行動しています。だから、あなたのとった今日の選択したことや行動は間違っていないのです。先延ばしとか計算上とかといったことではなく、よくいうメリットというかわくわくというか、そういったものを優先しての選択なわけですから、自信を持って正々堂々と自分の行ったこの選択したこと、決断して実行したことを正しいことと思ってくれてよいのです。示してください。どんどん、あとを行く人のために、あなたが身をもってこの先も示してください。

私たちはわくわくしながらあなたの行く先を見守って応援しています。今日、あなたのとった行動の中で、特に私が褒めたいと思ったのは、とことん考えたあげく、わかっている物質的計算や事実を、それはそれとして記憶にとどめつつ、その中で無の境地を作り出し、最終的判断は感覚に任せたということ、それを瞑想だとか神棚や仏壇にすがってではなく、さりげない状態のまま行うことができたということは、本当に素晴らしいことなのです。特別に行うということもこれはこれで必要なことでもありますが、日常の中で、まるで習慣化されているように無の境地に自分を引き入れてそちらの方向から選択し、行動や考えに移すということは、本当に自分でも自分を褒めてよいことなのです。

あなたは、昨日もあなたの前にいる人は自分の映し出しだから、目の前に引き寄せられるものも出来事も、あなたの波動が呼んでいるもの。だからやはり映し出しであると言っておられましたが、まさにそのとおりです。まあ、別に当たり前のことだから特別にここで述べても仕方ないことではありますが、あなたが今日、身を持ってさらに実感してくれたということは、先を行くものとしてとても良い経験をされたなあという、私なりの感想を伝えたくなりました。

あなたがよく娘に言っておりますが、わくわくすることを選択するということの意味が、履き違えられていることもあるので、言葉って難しいなあと感じます。わくわくすることを選択するには、二つの条件があります。一つは、基本的な生活習慣の中で行うということ。これは、最低限のことと捉えてください。それともう一つは、人や物事との最低限の調和の中で選択することです。わくわくを選択したつもり、ということがやはり本当のわくわくという言葉を使って私が示してきたものとは、ちょっと違う選択をする場面のほうが、この世の人をみていると多いことが、残念だなあというか、表現してわかってもらうって難しいことだなあと思っています。

もちろん、私のいうわくわくというものを正しく理解して選択してくれている方もたくさんいるので、そちらのほうのうれしいという幸せであるという気持ちのほうでいっぱいであるということですが、残念だなあという気持ちもあるということです。

私がこのたび地球のアセンションのお手伝いをしているのには、個人的なセッションと集団としてのセッションとの二つの目的があります。今日、ここまで述べた内容は、同時に行ったセッションですので、この方に個人的に述べつつもみなさんを意識したものやその逆のものもあますが、あとはどう受け止めていただくかはみなさんにお任せいたします。

このような場を設けていただき、私の言葉を書き表してくれたこと、そしてお読みいただけたことに深く感謝いたします。ありがとうございました。
スピリチュアルメッセージ(オリジナル)

シューリエ(シリウス星)からのメッセージ 

2007年05月07日

あらゆる手を使って入り込もうとしてくる魔というものの手に、あれもこれもと差し向けて抵抗しているのに、これだけ責め続けるということ。このことでもわかるように、もう最後の悪あがきであるのにもかかわらず、魔のほうは必死になっております。アトランティスの世の再興がなされてしまった時、もう魔にとってはなすすべがなく、地球という素晴らしい星から姿を消さねばならなくなってしまうのです。

でもわれわれにとっては、この時を待っていて、待ちわびていて、魔もなく病気もなくすべてが良い気に包まれ、素晴らしい大調和のもと、人々もスピリットといわれる方々も宇宙のみんなも、ともに手を取り合って行進することができるのです。だから私どもにとっては、待ちわびているということなのです。

あなた方、地球に住む人たちは、これからが正念場という状態になっていきます。私はただただ見守ってあげるのみです。私はあなた方の味方です。大いなる母のような気持ちで温かく見守っております。太陽のごとく、あなた方が道を迷わないように照らし続けていきます。だから、何事にも負けないで、愛を持って生きてください。一瞬でも弱い気を出してマイナスを呼び込むと、そこから魔が入り込みます。あなた方はみな、魔に見張られているのです。あなた方を崩そうと魔は必死なのです。見えないから恐いのです。でも、恐いからといって恐れるのではなく、恐れる心、不安な心といった低い波動を出さなければなんの問題もないのです。だから、今のあなた方の気持ちを保ち続ければ大丈夫なのです。私なんてそんな……なんて思わないでください。あなたも立派に次代を担う役目を授かって今を生きているのです。今までどう生きてきたとか何を見て何を経験してきたとか、そういったことは関係ありません。そのことによって、今、どの波動を出しているか、どんな習慣ができているのか、何を思うのかが重要になってくるのです。

序章というべき事件や事故といった出来事が、日本でも世界各国でも起きておりますが、アセンションするための、魔と地球と宇宙との協調からくる出来事が、日増しに増えてきているのです。身近でも起こり始めているのです。でも、お願いですからそんなことに惑わされずに、気を強く持ち、必然という意味をかみしめて、ポジティブにたくましく、さらなる向上のために、物事を受け止めるようにしてください。

大丈夫ですから。道を外れるような思いを持ったり行動をしたりすることをしなければ。もし、してしまってもすぐに反省し修正さえすれば、必ず良い結果がめぐってきますから。私は見守っています。どうか、安心して、あなた方の生きたいように生きてください。それが、正しい生き方だから。物事の価値基準を世間とかマスコミとか人の手とかによって惑わされず、どうかありのままのあなたがたでい続けてください。それが、私にとって、そして宇宙にとっての願いでもあります。もう少しですから、どうかがんばってくださいね。

今の地球において起きている出来事をもとに、もう少し具体的に述べることにいたしましょう。もうこの子はすでに気づいているようなのですが、この子のまだ弱いところの一つに、わかっていても、くどくなるからとかいずれみんなわかるからとか、そういう気持ちで抑えてしまって、結局はわかっているのに人に伝えないという罪を犯していることがまだあるということ。妻に対しては、気がつくと話しているとよく思っているが、あれはわかっているということだけど、やっぱり私たちがそうしてほしいという思念を送ってのことです。だから、今から述べることはあなたにとっては復習となりまとめとなり、また、わかっているのに人に伝えないという罪のカルマを昇華させるためのものなので、どうか時間と労力と気力をお貸しくださいますようお願いします。

マスコミという力のもと、たくさんの良いものを得ているというのも事実ですが、残念ながらそうではない魔の通信手段として利用されたことに一喜一憂していることのほうが多いのです。例えば、悲惨な事故現場。あのようなものは、本当は見る必要はないのです。ほんの一例ですし、マスコミが映像を送らなければ、その場にいた人の波動の問題で治まるのです。それをあえて、マイナスの波動を全国に、全世界に広げるという役割を魔に手を貸す形で、本当は魔の手に犯されている人間によって、そうさせられたことなのです。

先日、情報番組がねつ造という言葉の罪を犯したことについて報じられました。あれは、逆に魔のとりこされたマスコミを神霊界が救ったのです。人間の弱みに付け込んで、ダイエットとか健康とか、そういったことをだしにして、波動を下げようとしていた魔からの電波を防ぐことに成功したのです。マスコミのこのようなさまざまな変貌が最近増えていることに気づいておりますでしょうか。マスコミという情報は、確かに必要なものなのです。ただし、何を選択してどう受け止めるかということです。それがすべてなのです。マスコミを批判するという低い波動は出さなくてもよいのです。それこそ魔の思うつぼです。自分がどう受け止めるかがすべてなのです。

労働、就労、定職、就職……世間でいうお仕事という言葉は、いろいろと表し方がありますが、一言でいい表せば、お仕事とは「人のためにすること」です。その結果、金品をもらったり、良い思念や言霊をいただいたりするというのは、そういった人からのいただきものを期待してのことではなく、結果としてそうなったということが大事なのです。褒められたいとか感謝してほしいとか金品が欲しいとか、そういったエゴといわれる目的が入ってしまった時点で、本来の良いお仕事とは言えなくなってしまうのです。極端な言い方のようで、これが本来のお仕事というものなのです。

先日、この子が驚いておりましたが、子どもが将来なりたい職業というものをマスコミが紹介していた時、司会者の大人の男性が口にした言葉。「あー、子どもからしたらこの職業だとお金が儲かると思っているのか……」純粋な子どもたちの多くはお金を求めていたのではなくやりたいことという「夢」を求めていたのだと思います。

ゴールデンウィークというものが終わってしまった今日の日本の気は、残念ながらとても低い波動で覆われています。そんなに低い波動を出すのならお仕事を選べばよいのでは? と不思議に思ってしまうほどであります。

最後にもう一つだけ言いたいのは、お金というものです。何度も、この子が述べているように、やはりそういうものなのです。でも、しばらくは地球上に存在するものなのです。きちんとこのシステムを使えばとても便利なものなのですから。だから、きちんとこのシステムを理解して使っていただきたいのです。決して行ってはいけないことは、危機管理と称したまさかのための貯金というものです。そんなことをすると、魔が簡単に入ってまさかを引き起こしてしまうのです。同じ貯金でも、何か良いものやポジティブなことを得るための貯金はよいものになります。夢を得るための手段としてでしたら問題はありません。もし、危機管理というものでためているのでしたら、世の中にはたくさんの恵まれない子といわれている食べ物も必要なものもない子が世界にはたくさんおります。そういった子たちや、お金を必要としていて、お金によって道が切り開かれるという人に分けてあげたほうが、本当の意味での良い使い方になります。すべてが人のためになり、すべてが自分にも素晴らしいカルマとして返ってきます。

生きたお金の使い道というものをもっと考えてそのようにすれば、世の中の波動がもっと上がっていきます。マネーゲームで得たお金と本来のお仕事で得たお金は全く違うのです。ギャンブルに使ったお金と人のために使ったお金とは全く違うのです。愛と魔というくらい違うのです。

本当に、今回はここまでといたします。ありがとうございました。愛の心を込めまして、皆様に感謝の思いを送ります。

※シューリエは、私にとっての魂の母親です。シリウスで私の魂をこの世に送り出してくれた、つまり、私にとっての本当の生みの親がシューリエです。何万という魂を生んでくれたシューリエは、高次元に存在している方です。シューリエが、直接私に入ってくれた時の感覚を表現すると、頭がびりびりごんごんして、体は電気が走ったような何ともいえない重いような感覚になります。それでいて、とても温かい心地よさが全体から感じられ、いっときでも長い時間をともに過ごしたいと思うのです。しかし、ある程度の時間を共有すると、未熟な私の心身の状態では、結果として厳しく困難なものとなってしまうのです。もっともっと修養してシューリエが入ってくださっている至福の時を、もっと長い時間過ごしたいと強く思っています。
スピリチュアルメッセージ(オリジナル)

お勧め本

2007年05月05日

今、ある本を読み終えました。

この本は、私がわかっていること、感じていること、できるだけ多くのみなさんに伝えたいと思っていることが、オブラートに包まれることなく、ストレートに書かれていました。

以前は、本やテレビ等の何かで気づいたりわかったりしたことが、すぐに実生活やスピリチュアルアドバイスなどで生かされるという状態がよくありました。

それが、ここ1年くらいは、逆に宇宙や高次元の方々といったスピリチュアルな方面から教えていただいたことが、後になって人から聞いたり、現象として表れたり本に書かれていたりしてさらに確信したということが多くなりました。この本も、まさに私にとってはわかったことを確信させてくれる復習本でした。

こんな素敵な本が、今から数年前に出版されていたんだな~と感心してしまいました。でも、ここまでストレートに書いて表現しても、果たしてどの程度まで理解してもらえるのだろうか・・とも思いますが、それでも日本語の権威ある辞書の広辞苑のように、スピリチュアルな辞書として先駆者が書かれたこの本は、それくらいたくさんのことを網羅した素晴らしい本だと思いました。もし機会がありましたら読んでみてはいかがでしょうか。また、すでにお読みになった方がいましたら感想を聞きたいです。



「2012年の黙示録」

著者 なわ・ふみひと     たま出版
日記

ア・イ・ス!ア・イ・ス!

2007年05月05日

昨日は、快晴で絶好の行楽日和の中、関東平野を一望でき、神の宿る山としても有名な茨城県にある筑波山の登山に家族6人で行ってきた。

筑波山神社の近くまで車で行き、まずは神社で参拝。登山の道のりは、高低差約500m、歩く距離は約2.5㎞、平均的なおとなの足で1時間半という行程である。3歳の娘デンプと6歳のアマンダも一緒なので、平均的な時間はあてにならないし、果たして登頂できるのか・・。目指すはケーブルカーの山頂駅、下山はケーブルカーに乗車するので大丈夫。

デンプは、かっこよくてかわいいと自ら称したケーブルカーに乗りたいという第1目的のために頑張った。それでも3歳には厳しい登り道。ちょこちょこ休憩をとり、水分を補給しながら、ポテトチップやクッキーや飴などなど、食べ放題飲み放題。ゆっくり休みながら登ったのでアマンダは余裕。上2人はちょっと物足りない感じ。でも、励ましあいながら登山は進む。登山や下山してすれ違う方々にもたくさん励まされた・・。ところが、ゴールまであと数百メートルという所で、ついにデンプは参ってしまった。ケーブルカーに乗るという目的はもういいから「お家に帰りたい~!」と泣き言を叫びだした。私は奥の手としてとっておいた言葉。

「じゃあ、お山を登ったらアイスクリームを食べようか!」

それを聞いたデンプは息を吹き返した。最後の上り坂を「ア・イ・ス!ア・イ・ス!」と掛け声をかけながら登りだし、見事にゴール!「ヤッター!」と手を上げて叫び喜んだかと思うと、走ってアイスクリーム売り場に直行。。デンプにとっては大きなアイスクリームをペロリと食べて大満足!

目の前の目的に向かい、困難に立ち向かい、乗り越えた後の充実感を味わい、喜びというポジティブなものが魂に蓄積される。3歳のデンプにとって、良い経験をしたのだと思った。

私にとっては、満足感は最高で、帰宅後のアルコールが美味しいことは言うまでもない!体力的には大丈夫だった(つもり?)が、筋肉痛が出るかどうかは翌々日である明日にならなければわからないというおじさんである。。
日記

お人よし倶楽部

2007年05月02日

先ほどの日記に書いた出張地へ行く途中に、香取神宮に参拝して神様から御蔭をいただいた。

香取さまに近づいた頃から、突然車を運転している中「お人よし倶楽部」の構想が頭に浮かんだ。参拝後も引き続き計画が練られ、結局、飯岡に到着するまで、この構想は練り続けられた。

私の夢である、海が見える小高い場所でペンション&ヒーリングスペースのお仕事をするようになった時、合わせて行いたくなったのが「お人よし倶楽部」の運営である。

ペンションの近くに、最近よくある農産物店のような建物を作る。中には野菜を置くスペースがメインで、他にも魚貝類や肉類なども置けるように、冷蔵庫や冷凍庫も設置してある。お人よし倶楽部は登録しての会員制である。会員になると鍵を渡される。この建物に入るための鍵である。会費は無料。会員になると、この建物にある食料品で自分や家族に必要な物は何でも持って帰ってよい。食料以外にも、まだ充分使えるが今は必要でない生活用品等の物の置き場もあって、自由に借りることができる。お金の入れる箱も合って、お金が必要な時には必要な分だけ自由に持っていっても良い。この建物の電気などの光熱費や維持費もこのお金でまかなう。食料品も生活用品などの物もお金も、会員が人のために役立てたいと思って持ち込んだものが全てである。農家の方は野菜やお米、漁師や釣り人は魚、お金の余裕がある方はお金といった感じで、簡単に言えば物々交換の場であり、人類みんなが助け合いいっしょの家族であるという感じの方々の集まりが、このお人よし倶楽部である。今の世では、残念ながら会員制にして鍵も必要になる。きっと波長の低い方が不調和をおこすから。でも、いずれは会員制でもなく鍵もかけず、だれもが参加できる場にしたい!

そんな心地よいことを考えた後の、心地よい出会いとなった。
日記

陰褒め

2007年05月02日

昨日、1時間ほどの出張スピリチュアルライフアドバイスをしてきた。

お相手の方は、私の義理の母の町内の婦人部のお付き合いから始まって、数十年来の知人であり私よりも倍近く人生を今世で送っている大先輩の女性である。

義母は60代後半で、うちの子4人を含む8人の孫がいる。もう、世間では老人という言われ方をされる年齢だが、今のお仕事は老人で体が不自由な方やぼけの進んだ方に対しての自宅に訪問してお世話をする老人介護。介護の資格はわりと最近にとったもの。義母が言うには、若い人は老人介護の仕事がきついし給料が安いために、あまり長続きしない人が多いとのこと。詳しい話を聞いたことがあったが、私が思ったのは、愛が強く先行していなければできない仕事。それを、さりげなく話す義母の素晴らしさを感じた。

昨日伺った方は、足腰が弱ってきていることから、義母の時間が空いている時に雑用や広い庭の管理などのお手伝いをしているとのことだった。つまり、老人介護という就労ではなく近所付き合いをしている方である。ご主人と家を継いだ長男を数年ほど前の近い時期に次々と亡くし、長男の嫁も家を出て行ったために、不便なことがいろいろとあったようた。

この大先輩のおばあちゃんにとって、3つの大きな悩み事があり、その悩みを解決するための方法や方向が知りたいために、私との縁を望んで呼んで下さった。私は、いつものようにスピリチュアルな方面から伝わってくることをそのままお知らせすると、「よーくわかった。~でいいんだ!すっきりた。軽くなって体も元気になった!」と大喜びしてくれてご満足いただいたようだった。根本をいくつもわかったり確認できたりしたようで、いろいろな悩みが解決したとのことだった。私は、さすが良い生き方をされてきて積み重ねた大先輩はすごい!と思った。そんな姿を見て、理解が早いのと、そんな大先輩でも心配や不安などのネガティブな渦にまきこまれるとわからなくなってしまうということが、私には新鮮な驚きとして感じられた。

この方は、義母に対して、お茶を持ってきてとか電話が鳴ると出てくれとか、さっと動く時や重いものを持つときなど、気軽に義母に声をかけて、義母も快く応じていた。義母が近くにいるときにはそんな話をしないのに、義母がちょっと席をはずしている時に、何度も繰り返して私に言ってくれた言葉。「○○(義母の名前)さんには本当にお世話になっている。」とか「本当に助かっている」「ありがたいと思っている。」と、感謝やお褒めの言葉を切々と話す。なのに、義母が戻ってくると、なんだか照れるような感じで、話がころっと変わって褒め話はしなくなる。

陰口はいけないこと。人をさりげなくほどよく純粋な気持ちで褒めるというのは最高のこと。でも、必要以上に面と向かって相手を褒めすぎるということもどうかとも思う。

「陰褒め」はなんだかとても心地良く感じた。

帰り際に車代だとおっしゃって、冷麦の乾麺や昼食の残ったから揚げやメンチを包んでくれた。トマトやせんべいやバナナも。我が家にとってはとてもありがたく、夕飯のおかずはできたし冷麦は連休中の食事として貴重である。バナナやトマトは子ども達が大好きだし栄養満点。きっとおばあちゃんはさりげない気持ちでくださったことだろうが、今の我が家にとっては食料という一番必要な貴重品。お金はたくさん滞納している水道光熱費や電話料金等ですぐに消えるが食料品はそのままダイレクトに恵みとしてもたらされる。やっぱり大先輩はすごい!
日記
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