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スポーツについて

2007年04月29日

私は、これまでスポーツは競い合うことが楽しみのひとつであった。でも、ここ数年の楽しみ方は、大きく変わっていった。

いろいろとスポーツをやってきたが、たぶん今一番好きでそこそこに上達してきているのが「ゴルフ」である。

7.8年ほど前、スコアーが100の壁を破り90台に突入した頃、ゴルフの練習中も本を読んでいても、頻繁に悟り(?)があった。わかったー!と思ってメモったり練習で繰り返したり・・なかなか身につかなくてまた考える。それがおもしろかった。

数年ほど前にスコアーが80台に突入した頃、練習量はそれ以前より減ってはいたし、悟りはほとんどなくなった。でも、とてもシンプルな気づきはたくさんあった。そして、プロのプレーをテレビや実際に見に行って、イメージを膨らますイメージトレーニングが増えた。70台を出した時は、全身の力が抜けている感覚で、ぞれなのに飛距離は抜群。ドライバーで300ヤード近く飛ぶこともあった。でも、イメージやメンタルな部分は延びたが、練習量が劣るために一度崩れだすとスウィングの調整が難しくなることはよくあった。すごい時は、アウト35、イン53で計88という極端なスコアーを出した時もあった。

2年ほど前に気づいたこと。ゴルフって精神修行・・かな。スコアーが乱れだすと精神面も乱れだす。そのとき急にわくわくする。自分がそれをどう対処するのかがおもしろい。逆によいスコアーが続くと、どう維持するのかがおもしろい。気がつくと、一緒に回っている人のスコアーが全く気にならない。競争心はなく、自分との戦いであり自己満足の世界になっている。

私はバレーボールや野球もそこそこにやってきたが、チームを組んでのスポーツは、チームのみんなと調和し合い共鳴しひとつのことをみんなで喜び合うのが楽しい。マラソンもゴルフに似ている。自分の充実感を求めている。

スポーツって本来は競うものではなく、自分を高めるものである。体力もそうだが精神力も調和もわくわく感も。最近、特に自分がスポーツで楽しんでいる時に、そう強く思うようになってきた。

反面、スポーツ観戦ではこの次元的な勝負という楽しみ方もしている。巨人が勝てば大喜び。桃子ちゃんが優勝した時には感激の涙(女子ゴルフ)。真央ちゃんもミキティーも・・。
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日記

「肉食について」

2007年04月29日

私は肉を好んで食しています。 牛・豚・鶏が主で、他には馬・羊など。そんな私に対して、数ヶ月ほど前から、少しずつ肉食に関することでの気づきを与えていただいています。

おいしいから、栄養があるから…… 人間に準ずる魂や感情や個性などを持っている動物の肉を食するって本当に理にかなっているのでしょうか?人間より弱いからって・・弱肉強食って仕方のないことなのでしょうか?

私は今の次元の地球において、ベジタリアンにはたぶんなれないと思いますし、今の時点ではわくわくすることではありません。この次元において、私は肉食を続けるだろうと思います。

でも、我が家の食卓からは、少しずつ動物の肉を使った料理が減ってきています。食するときの意識も少しずつ変化しているのに気づいています。
スピリチュアル

「大和の国」日本

2007年04月29日

「大和の国」日本に私は住んでいる。地球における大和(ルビ・だいわ)の中心が日本である。「大和の国」つまり大調和の国である。

人との調和。自然との調和。あらゆる生き物との調和。地球との調和。あらゆる魂との調和。神との調和。宇宙との調和。

その中心として宇宙の大いなる神の計画のもと、日本は成長し続けてきた。この先、何が起ころうとも、この地球全体の大調和のためであると認識してほしい。そして、日本が中心であり世界を引っ張っていくということも意識してほしい。

物の価値感覚はますます大和(ルビ・だいわ)の世にふさわしい状態へと変わっていく。それでも、地球独自のシステムであるお金という制度は、この先何十年かは続くであろう。ただし、今、多くの人が持っているような豊かさの象徴とかエゴを乗せたりとかというような価値感覚ではなく、物を交換するために便利なシステムであるということからである。

人々の意識が、物質とスピリチュアルな感覚のバランスが五分五分になっていく。これも、急激にそうなる人もいれば、徐々になっていく人もいる。

地球上の物質も人を含めた生物すべても、この次元が上がるにふさわしいものだけが残ることができる。これは、決してネガティブなものではない。必然であり必要なことなのである。恐がる必要も取り越し苦労をする必要もない。ただ、世の中が急激に変化していくということを知識の一つとして持ち意識すること、そして、今までのように前向きにわくわくしたことを選択するということをより意識するということ。世の中にどのようなことが起きても、どんな事実が起きたかということはなくて、どう受け止めるかが大事であるということ。つまり、次元が上がってより大和の世に向かっていく過程において、宇宙の中での地球自体が、人間のために地球のために宇宙のために仕事をしているということ。そんな感謝の気持ちをもって受け止めてほしい。


スピリチュアル

乗り越えたかな。。その2

2007年04月29日

まだ「モノ」にこだわっていた自分を発見する事ができた。

教えてくれた何かに対して大感謝!


家を失う?土地を失う?これってやっぱりモノにこだわって捕らえられているという事

家族の安らぎの場を失う?

もしそうなったら仕方ないじゃん。間違いなく強い無償の愛で結ばれているのは確実だとわかっているから。たいした事ではないじゃん。

銀行に今後の収支の見込み書を提出する期限が迫っている。収支の見込みを見て、もしも支払能力がないと銀行に判断されたら、その時点で土地と家というモノを失うことになるとのこと。私は結局、そんな事に怯えていた。

まだ起こってもいない先の事に怯える、考える・・これはわくわくしないことを選択をしていること。ネガティブな事。そして、たくさんの方に必要ないからしなくて良いといい続けていた単なる「取り越し苦労」

そっか。わくわくする事を選択すればいいんだ。

取り越し苦労はやめればいいんだ。

モノにこだわらなければいいんだ。


人のために自分の力を最大限に生かしたい。人のお役に立ちたい。

これって、今の自分にとっての最高の幸せな生き方。考えるだけでわくわくしちゃう。きっと理想ではない。たぶん、これまでの数年間はそういうお仕事をしていたから。。だから、そうすればいいんだ。

ここ最近の自分は、この自分にとっての真実でありゆるがない真芯を崩そうとしていた。だから無理があるって思うのはあたりまえのこと。まだ、崩そうとしていたけど崩していないから身も心も軽くて元気だということ。

悩みなんかなかったけど、迷ってはいた。モノに関しての考え方や捉え方の進むべき方向がちょっとずれてきていたことに、やっと気づいた。でも、まだまにあう。結果としては、今から軌道修正すれば元に戻れる。たぶん、人には迷惑をかけていないと思われる。自分の考えや行動次第。もう迷うことも何もなくなった。自分のカルマに任せて宇宙か霊界か人間か・・に任せる。

何に従うって、あたりまえじゃん。自分の本心に。そして宇宙や高次元のみなさんや神やおかげさまやご縁のあるみなさんや地球から・・与えていただき気づかせていただいたことに。宇宙の法に。。

モノとか数字とかチケットやコインとか、それゃー今の3次元という物質社会ではそれなりに大切であり必要である事は充分に承知している。だって無かったら、せっかくの今という時を地球において人間という物質として生きていけないわけだから。。

結局、この気づきにより、自分の中でのモノに対する価値観を少し変えただけという、とてもシンプルなこと。簡単な事。ストレートな感覚であるということ。

でも、きっと今後の自分にとってはとても大きなこと。
日記

タエヌの日記

2007年04月26日
今、本を書いています。
著書名は「タエヌの日記」です。

まあ、実際はまえがき以外、すでに書き終えているので編集をしただけですが・・

出版の予定はまだありません。なんといっても本の結末は未完成ですから当然です。いつ完成するか、または完成しないかはまもなくわかる予定です。

私が今のお仕事を本業として再開できる状況になった時点で、そのことを綴った日記を書いて完成となります。逆に、第2希望である違う仕事を本業にした時点で、永遠に未完成です。

それにしても、現時点で約250ページもあり、字数だけ見れば一冊の本が出来上がります。

昨日、印刷して読んでみて、あーおもしろいなーと自画自賛してしまいました。特に、シューリエ、卑弥呼、清少納言の穏やかな気が、印刷したことにより余計に心地よく感じました。


それでは、私はこれから目の前にある現実といわれる物質世界に戻って、やらなければならないこと・・をやってきます。

私の夢であるヒーリングスペースやペンションのイメージを保ち、人のために私のスピリチュアルな能力を生かすお仕事の再開を理想に思い、本の出版の準備をしつつ・・・・・

平行して金融業者の電話による邪気はものすごいですが、しっかりガードしながらさらなる交渉を続けたり、家を失う危機を逃れることができるかもしれないという目的から、本業を第2希望にせざるをえない状況になりそうであるということで俗に言う就職活動を進めていく・・ということ・・・しかたない現実というものなのでしょうか。。

それでも、私は・・夢と希望が最優先!

心も体もとても軽~くて、とっても元気なんです!
日記

先天の三種の大祓(せんてんのみくさのおおはらい)

2007年04月25日

〔先天の三種の大祓〕

トホカミエミタメ 甲(きのえ) 乙(きのと) 丙(ひのえ) 丁(ひのと) 戊(つちのえ) 己(つちのと) 庚(かのえ) 辛(かのと) 壬(みずのえ) 癸(みずのと)

祓(はら)ひ給(たま)ひ  清目(きよめ)出(で)給う

トホカミエミタメ 子(ね)  丑(うし)  寅(とら)  卯(う)  辰(たつ)  巳(み)  午(うま)  未(ひつじ)  申(さる)  酉(とり)  戌(いぬ)  亥(い)          

祓ひ給ひ  清目出給う

トホカミエミタメ   乾(けん)  兌(だ)  離(り)  震(しん)   巽(そん)  坎(かん)  艮(ごん)  坤(こん)                

祓ひ給ひ  清目出給う

この先天の三種の大祓は、近年、巻物の中から発見されたとのことです。これは、吉田神道の中でも「至極の秘」とされるほど大事にされて極秘にされていたものらしいです。

「トホカミエミタメ」とは、言霊の中では最高峰の祓い清め言葉です。この言葉を唱えるだけでも、強い効力があります。そこに、十干・十二支・八卦を加えたことで、すべてを網羅して祓い清めることができるという素晴らしい秘言であります。

私は、ほぼ毎朝5時台に妻とふたりでお祈りを行っています。お祈りとはいっても、既存の宗教に即したものではなく、良いと思うことを取り入れて混ぜ合わせた、いわばごちゃまぜのオリジナルに近いことをしています。このお祈りは大きく三つに分かれています。一つはすべてのものに感謝し、ご開運をお祈りすること。一つは真言や神語といわれる古神道や密教において唱えられてきたものを唱えること。もう一つは、自分や家族に対してレイキや宇宙のエネルギーを入れたり包まれて護ってもらったりすることです。

最初は私が一人で部屋にこもって行っていましたが、今ではリビングにて妻と二人で行っています。約20分のお祈りの時間ですが、これをやるととても気持ちがすっきりとして活力がわいてきます。

その中でも、この「先天の三種の大祓」はとてもすごいパワーを感じます。特に、ここ数カ月、いやここ1週間はさらにすごいものを感じます。すべてが浄化される感覚に加えて、高次元の世界とつながった感覚になります。今朝も強く感じたので日記に書きたくなった次第です。

今のこの地球の波動が上がっている状況だから、これまで以上に効力があると私は感じています。特別な秘言ではありますが、別に誰が唱えても大丈夫です。よろしかったら唱えてみてください。

これまでの効果としての事例は、「唱えると金縛りがすぐに解けた」「邪気が抜けて体が軽くなった」などなど。何も感じなくても、それはそれで問題はなく、感じるか感じないかは人それぞれです。

声に出したほうが言霊も加わりより効力が増すといわれていますが、心の中で唱えるだけでも大丈夫です。私はよくヒーリングを行う際に、手を当てたり遠隔で送ったりしている最中に心の中で唱えます。また、除霊や土地や場所の浄化にも利きます。私は、未成仏霊がからんでいる時には南無妙法蓮華経と合わせてよく使います。よろしかったらお試しください。
スピリチュアル

高次元の宇宙のみなさんが地球人を応援して支援してくれる理由

2007年04月19日
簡単にいいますと、無償の愛に包まれた家族と同じであるということです。つまり、理想の家族像の親子関係と同じであるということになります。

子どもが生まれたら、親は子どもが安心して成長できるようにと、子どもが育つために適した環境を、成長に合わせて整えていきます。子どもにわからないことがあったら、教えたり手本を見せたりします。そして、成長を喜びます。危険を察知したら守ります。時には叱ることもあります。無償の愛の中、見返りは求めません。ただただ、自立に向けて成長していく姿が幸福感となって返ってきます。親は子に経験や環境や物質や愛などを与えているだけではなく、常に与えつつも与えてもらっているという関係でいます。だから、そんな家族は幸せを分かち合えます。

地球を応援して支援してくれている宇宙の高次元のみなさんに共通していえることは、ご本人も家族や親類も、そして生まれ育った星の住人も、すべてが愛にあふれて幸せであるから、今度は宇宙にまで目を向けて、そのあふれる愛を与えてくれているということです。高次元の愛で包まれた星は、並行して文明もとても高いので、このようなことが可能になるのです。そして、みなさんは宇宙のみんなが家族であると思っていて、またそれが当たり前のこと、当然のことと思っています。

子どもが生まれたときに、すぐに歩けないことや話ができないことを馬鹿にする親はいません。歩けない生まれたての赤ちゃんを、無理やり歩かせたり立たせたりもしません。ある程度の基準となる発達段階がわかっているし、愛があるからです。同様に、高次元のみなさんは決して地球をさげすんで見たりばかにしたりはしていません。また、できないことを強要することも教え込もうとすることもありません。いろいろなことを教えてくれたり学ばせてくれたりしても、成長するかどうかは地球人の自由意志を尊重してくれます。さらに、発達段階をわかっているので、地球が今どの段階で、どのように成長すればどのような結果になるかもだいたいの予測がついています。だから無理はさせませんが、成長するための次に行うべきことを教えてくれるのです。

宇宙のみなさんも地球人も、本当は純粋な無償の愛で結ばれた家族であり友人でもあります。ただ、残念なことに、今、もしも空飛ぶ円盤がたくさん飛んできて宇宙人が地上に降りてきたら……まさに大パニックとなります。ある国では攻撃するかもしれないし、逃げ惑う人もたくさんいることでしょう。

この先にどうなるか、わかっていることの一つに、このような宇宙のみなさんは愛にあふれているという存在であることが、理解できた地球人が増えれば増えるほど、UFOの目撃情報が増えてきたり、個人や特定の小集団や国家の秘密組織としてコンタクトをとったりするだけの今の状態から、少しずつオープンになって、より多くの人が宇宙のみなさんとコンタクトがとれるようになるということは、そんなに先の話ではないということです。
スピリチュアル

今、私たちのやるべきこと

2007年04月19日
地球におけるアセンションは、宇宙の仕組みとして起こることではありません。次元を上げることができるか否かの決定的な鍵は、地球人類が握っています。ありとあらゆる地球人類を応援してくれているすべてのものたちは、応援したり支援したりするところまでがメインの仕事。それを受け止めてどのような行動をとるのかは、やはり地球人類の責任であり地球人類次第なのです。

宇宙の神も地球神も仏界も霊界や宇宙の同志たちも、それぞれの立場から全力で協力してくれます。そして、このアセンションできるか否かは、地球のみではなく、宇宙全体にとっても大きな意味をもたらします。それだけ地球は宇宙全体から注目されているのです。地球はある意味、特別な惑星なのです。

宇宙の神は、完璧な計画のもとにすべてを承知しています。ただし、常に自由意志というものも与えてくれています。そこには自己責任も伴います。この自由意志の働き方によって、いくらでも軌道は変わります。それも神の計画の中に入っています。そして、この計画自体が自由意志を与えてくれているために、幅があるということになります。これは、地球規模の話もそうですが、人間個々の場合も全く同様のことが当てはまります。地球にしても個人にしても、結局はどうなっていくかということについては、自由意志のもと、最終的には自己責任として返ってきます。

紀元前の出来事になりますが、地球は次元を上げることに失敗しています。そして、ゼロからやり直しています。ただし、この失敗というのは、言葉というものに当てはめるとこの言葉が適切ということになりますが、失敗といっても決してネガティブなものではなく、やはり宇宙の神の完璧な計画の範囲のことです。そして、今回は、前回なし得なかったことを教訓として、成功するためにここまでは完璧に進行している状態であります。

さて、そんなアセンションということを知っているか否かとか、そう意識しているかとかは、あまり大きくは関係してきません。ただし、次代を担う指導者的な立場に成りうる者たちは、できるだけ早く認識して、その準備をするということは大切になってきます。でも、準備とはいってもそれほど特別なことではなく、今という時をより前向きにポジティブに充実したものにするように意識し実生活を送るように努力するということです。そして、その中には宇宙や霊界や神仏といったスピリチュアルな知識や意識も融合して取り入れることも大切になっていきます。

次代を担う指導者的な立場に成りうる人とは、今の時点では物欲や名誉欲など、つまりエゴのようなものがないに等しい状態の人がほとんどです。だから、現在、マスコミや世間で活躍している人よりも、そうでない人々が多いというよりほとんどであるということです。

すでに経験している人もいるし最中である人も、そしてこれからという人(現時点ではこのケースが一番多い)もいますが、どちらにしても2012年までの間に、最低でも1度は物質世界における極限的状況(例えば財産・地位・名誉・健康を失いかける、または失うとか、人間関係におけるトラブル、愛する人を失うなど)をすべての人間が経験することになるということもわかっています。その中で、どのようなことを選択するのか、その自由意志の選択結果により、2012年の迎え方が大きく違ってきます。これは、すべてが自己責任として返ってくるから当然であるということです。

知っていても、実生活に生かすようにしなければ何の役にも立ちません。逆に知らなくても、アセンションに向けてふさわしい生き方をしていればそれほど問題ではありません。自分の目の前のことに尽力し、取り越し苦労をせず、前向きにポジティブに、そして人のために生きていけばアセンションしても普通のこととして迎えることができるでしょう。そして、そういったことを理想とし、努力し、少しでも完璧な状態に近づこうと意識して実生活を送ることがたいへん重要で大切なこととなっていきます。

ちなみに、現時点でも、急激なアセンションに向かっている最中です。ここ数年の日本のスピリチュアルな状況の動きを思い出してみればおわかりになることでしょう。実は、このアセンションの地球全体の中心は、この日本なのです。地球全体における次代の指導者的立場に成りうる人の中の8割近くを日本人が占めているという説もあります。

この先、今回書いた内容を実感することができるためのさまざまな出来事が世界各地で起きることもわかっています。というより、現段階でもすでに起きています。ただ、今後は、もっと明らかな事実が起きていきます。別にそのことを心配したり恐怖に感じたりする必要は全くありません。起きた事実がどうであれ、その事実をどう受け止めるかが大切です。また、自分の身近で起きたときには、どう受け止めて何を選択するかが大切となります。
スピリチュアル

みんないっしょ

2007年04月18日

今、リサイクルショップに行ってきた。

ヒーリングスペースで使用して不用になったレジとか折りたたみ長机とかスリッパたてなどを買い取っていただいた。これで今日の食費は確保できたわけだが、今回の目的の1番は実はお金を得るためではなかった。

オフィル星では、空飛ぶ円盤にしても車にしても、個人が所有するのではなくて、使用したい人がいたら使用して、必要のない場合には置いておく。家や周りの敷地には囲いがない。野菜や果物などの食料品は、作りたい人が作って、必要な人はそれをいただく。みんな、それぞれの特性や特技を生かして、やりたいことをやる。やりたいこととはいっても、エゴはないから、人のためであったり純粋な目的なことであったりする。世の中は人も物も何もかもが愛に満ちた状態での調和が保たれる。

私は、今日リサイクルに出すに至ったのは、今書いているような内容を書こうとした時、そーだ!とひらめいてのこと。もし、売れなくてもそれでもいいかな・・使う必要がある人が使ってくれれば、必要のない者が持っているよりはいいだろうということ。でも、2番目の目的は生活費確保だから、やっぱり買ってくれそうな場所をホームページで探して、結局、車で50分かけて八街まで行ってきた。業者さんで査定してくれた人は、ごっつい兄ちゃんだったけど、腰の低いとってもいい人。いつものように直感で決めたけど、わざわざ遠くまで行ったかいがあり、あらたなる出会いに感謝!

今日いただいたチケットで、早速、取立ての竹の子やさばや新鮮野菜などを交換してきた。今晩のメニューは、今シーズン2度目の竹の子ご飯、さばの味噌煮、ししゃも、きゅうりの漬物、みず菜と豆腐の味噌汁。。さってと、竹の子でも茹でてこよーっと。



日記

地球がアセンションするとき

2007年04月18日
今世においての先進国と称している国々では、人間の考えた法律というものの効力が強く、その法律に従って統一されている場合がほとんどです。なかでも、裁くという意味においては、法律や道理に基づいて「人が人を裁く」ということが、当然のごとく、これが良いことであるかのごとく行われています。

まあ、確かに、今の次元においての波動の高低差が大きい今世においては、人が人を裁くことによってある程度の表面的な調和が保たれているということは事実でもあります。
次の内容は、高次元の宇宙人のアミが、オフィル星という、地球よりも一つ次元が高い星(四次元)を紹介している中の一つです。

「この星には警察も刑務所も法律もない。人が人を裁く必要はない。自分が罪を犯した時、裁くのは自分だから。そして、この星は皆が家族のように愛し合っていてエゴを持っていないから、人を傷つけたり侮辱したりするような罪は起きない。みんな兄弟だから。愛によって結ばれているから」

宇宙の法則(神)を一言で表せば「愛」であります。宇宙の法則(神)である、地球の言葉で言えばカルマは完璧です。先ほどの「裁くのは自分である」とは、このカルマがはたらくということ。自分が犯した罪は自分に返ってきます。逆にいえば、良いことをすれば良いことが返るというわけです。

最近、選挙が重なり近づいているために、たくさんの選挙カーが走り、スピーカーを使ってわめいています。「みなさん、大変お騒がせして申し訳ありません。……私は××です」。

罪の中でも大きく分けて二つあります。一つは罪とわかっていて犯す罪。これは一番よくないこと。もう一つは同じく罪だからよくないけど、罪とは気づかずに犯した罪。または結果が罪となってしまった罪。これは十分に反省し、繰り返さないように努力すればカルマは昇華します。選挙カーの叫びは、騒いで迷惑だとわかっているのに行っているので、一番良くない罪。罪を罪とわかって平気でいるような人が、人々のまとめ役で代表(議員)になるということはいかがなものでしょうか。また、人々から分け与えられる税金からの給料を手にするというのはいかがなものなのでしょうか。

人々の心からエゴがなくなり、愛に満ちた地球になれば、オフィル星のように宇宙の法(神)のもと、助け合い、慈しみ合い、自由と平和と美と英知など、つまり愛の中、みんな幸せに生きることができます。

このコミュニティーに参加されている皆さんの中には、もう、すでにご存知の方もいらっしゃいますが、間もなく、地球もアセンションできる予定です。つまり、三次元といわれる今の状態から、オフィル星やエササニ星のように四次元といわれる次元に上がる予定です。このまま地球の愛の波動が上がっていけばアセンションするとわかっている宇宙のみなさん方が、そろって予測しているのが2012年。信じられないようなことであると思われる方もいることでしょうが、このままでいけば実現してオフィル星のようになれるのです。戦争がなく、国境もなく、政府という組織もなく、人が人を裁くこともなく……愛に満ちた地球になるのです。
あれ、どうしちゃったの? 大丈夫?何かの夢物語? 何かの新興宗教?

――初めてこんな話に触れた方は、そんな風に思われるかもしれません。でも、私は1年ほど前から気づき始めて、日を追うごとに徐々に実感していき、ここ数カ月は当然のこととして確信しています。だから、急にわき上がったことではなく、今、ちょっとしたまとめとして書きたくなったから書いているだけのこと。でも、本当は、もっと書きたいことはあるけど、少し疲れたからひとまずおしまいにします。
スピリチュアル

アミ~小さな宇宙人~

2007年04月17日

「アミ 小さな宇宙人」。エンリケ・バリオス著。石原彰二訳。(徳間書房) 。
少年ペドゥリートとアミと名乗る宇宙人とのコンタクト体験。アミに連れられて空飛ぶ円盤で宇宙を旅する中で、ペドゥリートは地球の文明がまだまだ野蛮で、愛の度数が低い人々の住む未開の惑星であることを教わる。

――そんな内容で子ども向けに書かれた本です。この本は、すでに読まれた知人から、1カ月ほど前に長女がプレゼントとしていただいたものです。娘は、この本を見ると目をきらきらさせ、手にした瞬間に読み始め、260ページほどの本をまる1日で読破しました。

私はいただいた時、すでに何が書かれているかがわかっていました。だから、いつか読むかもしれないとは思っていても、すぐには読みませんでした。アミの本は読んだことはなかったけど、アミがよく私のところに来てくれていたので、アミの存在はよく知っていたし、どういう宇宙の同志かもわかっていたからです。だから、本を読まずとも書かれている内容はわかっていました。

私にとってアミという名前は、アニメのアニ横のキャラクターのアミちゃんという5歳の女の子の印象が強かったので、宇宙の同志のアミが初めて私を使ってメッセージを降ろしてくれたとき、5歳の少女アミの話し方でした。この時、私の意識がそういう印象だからそのほうがスムーズに話せると言っていました。今は、少年アミとして現れてくれますが、こちらの方がアミにとってはなじみがあるし、私の意識もそうなったからだそうです。

本をいただいた日のこと。娘がソファーで私の隣に座ってアミの本を読んでいたとき、私にアミが入ってくれました。私は娘にそのことを伝えて、「この本の内容のことを質問してみな。アミだから何でもわかるから」というようなことを言っていました。早速娘からの質問がありました。娘の質問を聞きながら、最初は私だからわからないけど、口を開いた瞬間からアミになったので答えられました。私は答えながら、「へー、そうなんだ」と感心しました。娘はにこにこうれしそうに、正解であることを告げました。また、その少し後、今度は娘に対しなにやら補足説明が始まりました。「今、読んでいる所は少しわかりづらいかもしれないけど、つまり~」という感じです。私に入ってくれているアミの補足説明が終わった後、娘に聞いてみると、まさに読んでいて何だろうと思ったことの補足説明だったとのことです。娘はさらに喜びながら黙々と読書を続けました。

私はふと、この1作目の「アミ~小さな宇宙人~」を読みたくなり、ここ2日間で2回読みました。やはり、私が宇宙の同志や高次元の方々を中心に、ここ数年の間に教えていただいて実感していることばかりが書かれている内容でした。現実的な常識に比較すると理解できないようなことも、あたかもごく常識のように書かれていて、やはり普通の常識だったのかと実感できました。つまり、近い未来の地球の姿、つまり地球がアセンションしたらこうなるだろうという状況が書かれていました。なんのこっちゃ……と思われる方もいらっしゃるでしょうが、今、このアミの本の内容を引用して、いろいろとわかっていることを書きたくなってわくわくしている自分がここにいます。
スピリチュアル

我が家の庭

2007年04月17日

我が家には小さいながらも庭がある。

庭は芝が敷かれていて、他には果樹を中心とした木や草花が植えられている。椿、さざんか、レンギョウ、オオテマリ、ウズキ、ムクゲ、ヤマブキ、ゆきやなぎ、ギンモクセイ、リラ、カクレミノ、ムラサキシキブ、チューリップ、サクラソウ、トクサなど。

果樹の種類は、桃(2本)、杏、梅、ゆすら梅、ブルーベリー(4本)。みーんな私や妻の好みで植えた植物であり、家族で喜びを分かち合いたいと思い、特に果実にはちょっとこだわった。今年はいつも以上に、花がよく咲いた。特に桃と杏はとてもきれいで良い香り。杏はすでに小さいながらも100以上は実をつけている。ブルーベリーは私の背丈を越える大きさに育ち、すでにたくさんの花が咲いている。夏の収穫が楽しみ!

手入れがきちんとできていないために、つくしやたんぽぽなどの雑草も生え始めた。人間にとってはやっかいな雑草でも、うちのうさぎのイヨにとっては貴重な天然の生きた植物というごちそう。人間が庭にいる間は、イヨも狭い家の中のかごから出て走り回ったり草を食べたり穴を掘ったりとおおはしゃぎ。

これまでの我が家の休日の過ごし方は、天気が良いとどこかにおでかけすることがほとんど。それが、ここ数ヶ月、おでかけできない経済的事情から、たくさんの時間を庭で過ごした。4人がけのいすとテーブル、横になれる長いす、時にはテントも出してキャンプごっこ。寒さにも熱さにもめっぽう強い我が家6人は、2月から庭でのアウトドアを満喫している。庭で食べる昼食はおいしい。何よりもチュウハイやワインもうまーい。

かなり荒れていた庭も、少しずつきれいになってきている。こんな素敵な場所があったんだと、住み始めて8年目にして実感できた。狭~い庭だけど、あって良かった。なんて幸せなんだろう!

我が家にこんな素敵な場所があったことを、今春、やっと発見することができた。。

感謝!感謝!

日記

乗り越えた・・・かな!?

2007年04月16日

たくさんの気づきがあった。

さらなるたくさんの確信が生まれた。

たくさんの言葉があふれだしてくる。


修行を乗り越えるとは・・きっと物質的に大丈夫な状態になったときだろう・・と勝手に思い込んでいたけど・・

現段階では、これまでにないくらい物質的には非常に厳しい状況。


それなのに、今、私には恐れがなくなった。

感謝と信頼と自由と幸福感などなど・・

たくさんの愛があふれ出してくる。


乗り越えた・・かな!?



日記

海!

2007年04月13日

あまりにも冷静である今の自分がおもしろい。


何が起ころうとも

すべてをポジティブに受け止める強さが

今の自分には備わっているようだ。


まだ希望を捨てていない不思議な自分。

ここ数年ずっと描き続けている夢。

まだ、すぐにでもかなうと思っている変な自分。


あっ、そーだ。

そういえば海が大好きだったんだ!

こんなに長い時間海に行かなかったことは結婚して以来始めてかも。。

今日は久しぶりに時間が許されている。

とりあえず海に行ってこようっと!

もしかしたら何かが・・

久しぶりのアミ

2007年04月12日

おまじないって信じたことがある?

ちちんぷいぷいだとかずいずいずいとか・・

また、そんなことを言い始めて、いったいあなたはだーれってそんな顔しているけど、やっぱりどうだっていいじゃない。

こんなにヨチヨチと歩き始めた頃からすでにいっしょだったんだもの。わかるでしょ。どうだっていいじゃない。

あなたたちを見ていると、もっとおまじないって信じていいんじゃないかなーって思うの。

だってそうでしょ。おまじないって宇宙の言葉から来ているものもあるんだよ。知ってた?まるで地球が生んだ地球の言葉だと思っているかもしれないけど、そうじゃない、宇宙の言葉で役立つ魔法のような言葉を、日本ではおまじないと言ってさりげなく教えてあげてたんだよ。もう、ぼくがだれだかわかったようだけど、ずいぶん疲れちゃったみたいだから今日はこれだけにしておくね。なんだかうれしいよ、いつも近くにいたのに会えなかったのが、やっと近くにいて本当に会えたんだから。たのむよ、これからもよろしくね。絶対だよ。

アミ より
スピリチュアルメッセージ(オリジナル)

秦造(はたのみやつこ)からのメッセージ

2007年04月12日

あの山々の木々が揺れるがごとく、風になびくも倒れずに自然に任せてゆくがよろし。愛せし者たちの熱く語るあのしぐさや思いが、どのみち永遠に心に刻まれることであろう。私とて順風満帆な人生というものを歩んだためしがない。時には風に抵抗し、なぎ倒されはるかかなたへと押し戻されたこともある。でも、まだ根が残っているというだけで、新しい命の息吹が目覚め、若々しい、今度はちょっとやそっとの風では倒れぬ頑丈な大木へと育つのである。世もすがら、のちのちになって思うことはたびたびである。あとになると、すべてが懐かしく良きものへと進化してくれる。実にこの世の思いとはうまくできているものである。わが人生に悔いはなし。わが人生の中でも、一番最近の転生輪廻の際の人生を振り返っての思いである。実に滑稽な人生であったが、実に面白く奥ゆかしい人生でもあった。

放たれそうになった矢が放たれる時、すでに行く先は決まっているにもかかわらず、その先は着いてみなければだれにもわからない。でも、矢が放たれたときに、だからもう行く先は決まっているのだということ。だれにも何者も変えることはできないということ。そんな自然に宇宙に身を任せること。今のそなたにはそれしかできないのではないか。わかっておろう。
スピリチュアルメッセージ(オリジナル)

回顧録その1 ~ あの笑顔 ~

2007年04月12日

今朝、3歳の娘デンプを保育園へ送るために車を運転していた時、突然浮かんできたあの笑顔。

あれはまだ私が養護学校に勤務していたころで3年半ほど前のこと。家族で富士山の近くにある、身延山久遠寺に参拝に行く途中の高速道路のパーキングでのできごと。

当時3歳だった娘アマンダが、パーキングに設置してある水を飲もうと4,5人の列に並んだが、最後尾の方がアマンダの目に入らなかったようで、その方の前に並んでしまった。この方は、服装からしてどこかのお寺のお坊さん。私は「すいません」と謝り後ろへアマンダを並ばせようとした時、その方は「いいですよ。どうぞ。」と言って、笑顔で前を譲ってくれた。何気ない気遣いを受けたという事実だけだが、私にはこのときのことが忘れられない。

これまで人の笑顔というものはたくさん見てきたが・・

この時のあの方の笑顔は何かを超越したような高次元の愛のようなものを感じた。これぞ仏様!この時、私はそう感じて感動を超えた、とてつもない幸福感を強く感じた。人間がこんな笑顔を浮かべることができるんだ!

そして、次に私が心に誓ったこと。

「あの方の笑顔に少しでも近づけるように自分自身を修養して磨こう!」

なぜだろう・・久しぶりにあの笑顔が今朝から何度も何度も浮かんでくる。運転している時もそうだが、今も・・涙があふれてくる。

そういえば、久しぶりに日記が書きたくなった。
昨日までは、書こうという気にもならなかった。
みなさんの日記やコミュニティーのトピックを読んで、コメントを書きたい・・と思うのに、書こうと思うと頭の中で文章がぐるぐると回って、外に出ようとしない。。結局、一文も書けない。伝えたいことは山ほどあるのに・・。
まっ、今の自分を無理なく受け止めて自然にいようか・・といういつもの結論に至っていた。
日記

あの輝く白銀色

2007年04月04日

晴れ渡る日の雪景色

きらきら輝く白銀色

花にたとえるなら

スズラン 水芭蕉


神がいらした時

まるで花火のように

時にはきらきら降り注ぐ

時にはキュルっと円を描いて輝く

時には細い線を描く

あの至福を感じる白銀色


高次元の宇宙のみなさんがいらした時

同じように輝いた


あの美しい輝きは

この世のものではないからこそ

あまりに気高く美しすぎる


そういえばpinnaさんと出会った10日ほど前

あの時に見て以来見えなくなっちゃった・・


また見たいなあ

また見せてくれるのかなあ


なんだかすでになつかしく感じるあの輝き


また見せてもらえた時

この修行の終わりの合図となるらしい


もし見えなくなっちゃったら・・

そんなことを考えなくてもいいらしい


見えるとか聞こえるとか

そんなことをいつも全くこだわっていなかったのに・・


今はあの高次元の輝く白銀色を

また見えるようになるかどうかが・・


私にとってキーポイントとなるらしい

なんだかおもしろい

2007年04月04日

成績証明書を取りに行けない。

私の今のお仕事を本業として行うことができなくなった時、以前勤務していたように公立学校にて講師として勤務しようと考えている。私の経験年数だと年収は妻と合わせれば1000万円は軽く超える。今の生活は一変する。月30万以上の定収入や3ケタに近いボーナスの当てがあれば、返済計画が立てられ、連日の借金に関する請求の嵐が収まる。休日には家族と過ごすか趣味である釣りやゴルフ等で楽しめる。ヒーリングやスピリチュアルアドバイスは、時間の合間を見て希望される方に私の都合を第一優先にして施す。時間も人も私が選べる。つまり、3年前までの教員をしていた時代の生活に戻る。専念したかったから退職したけど、でも、再就職先としては収入も高収入だし、職場の雰囲気もよくわかっているし、仕事内容もよくわかるという最適な場所。

教育委員会に問い合わせた所、条件は大丈夫。春先は講師の需要が多いことも知っている。講師の申し込みに必要な書類で、あと足りないのは大学の成績証明書。大学に問い合わせた所、どうやら直接取りに行くことが望ましいようだった。この書類があれば、いつ綱から下りても落ちてもいいように準備ができる。(もちろん下りるとか落ちるとかというのは波長が下がるとか教員という職業を下に見ているということではなく、今の自分の現状を綱渡りをしていると例えたことによる言葉のあやである。)往復3時間くらいだから今度行ってこよう・・と何度か予定を立てたが・・。

あれだけ病気には無縁であった我が子たち4人が、ここ2週間、次々と発熱により看病が必要となる事態。おもしろいことに、ヒーリングスペースの移転作業をすると決めた3日間だけはみんな元気。本当は、昨日取りに行こうと思っていたのに、3歳の娘と中2の息子が発熱。妻は年度当初のため仕事が忙しく休めない。身動きがとれない。あさって金曜日はアマンダの入学式。妻がいるから午後に取りにいける・・と思っていたら、昨日電話での銀行からの呼び出し。住宅ローンとフリーローン滞納70万円についての話し合い。今週はどうやらだめらしい。

講師の申し込みをするかしないかは別としても、準備くらいはさせてくれればいいのに・・と思いつつも、なぜかホッとしている自分がいる。わくわくしないことを選択させないようにと、一生懸命になってくれている誰かがいる。
感謝!?

でも、どうすればいいの?

今の私は、経営に失敗し、多額の借金を背負って借金取りに追われる毎日を送っている・・世間で言う敗北者、現在無職。

まっ、とりあえず今週は宇宙の皆さんや高次元の方々の言うとおり、霊力を休めることに専念しながら、目の前のことを一つずつ片付けていくかーっと。

それにしても、妻は仕事だがこんな時に毎日子どもたち4人が家にいてくれているという状況は心強い。荷物の片付けや家事に子どもとの遊びに看病にと・・

普通の専業主婦のようなこの生活がおもしろい。
日記

綱渡り

2007年04月02日

私はまだ生きています。

綱渡りをしている中、まだ綱を渡っています。

何度も踏み外して落ちようとしたり引き返そうとしたりしましたが、やっぱりまだ綱渡りを続けています。

気力も霊力も体力も忍耐力も、もうとっくに限界を超えていま
す。

綱を踏み外して下に落ち、広くて安定した道を歩き出すのはとても簡単なことです。

それでも私はまだ綱渡りをすることを選択しています。

自分のために・・ということは一切関係ありません。

物質世界を捨てて、あの素敵な霊界に戻って家族6人で暮らせたら、どんなに幸せだろうって思います。物質なんて必要最低限でいいのに・・。



家族を守るために、家族の幸せのために、それだけに全力を注ごうと思えば、いくらでも綱渡りなんかやめて普通の道を歩めるのに・・。

この期に及んで、いまだに、私の今世の目的は、ここ数年行ってきた仕事であり神に与えられたこの霊力を使って人のためにお役に立つこと・・そんなことを仕事にし続けたい・・なんて考えています。

でも、今の状況は、自分の綱渡りをするのが精一杯。とても、人のためになんて状況ではない。家族のためにということが精一杯です。

私のこのような状況であるにも関わらず、私を必要としてくれいる方々からメールがたくさん寄せられる。今の私はこの仕事をできなくなってきてしまった。なかなか返信ができない。時間が経った後に、結局は謝罪メール。

この場をお借りしまして・・

返信できていないみなさん・・本当に申し訳ありません。。今の私にはみなさまのお役に立てるような言葉が入ってきません。どうかお許しください。。

ミクシィーの日記やコミュニティーを読んでも、私の心に入ってこなくなった。綱渡りをしている足元がおぼつかないから・・。

ちょっと前までは、読むことも書くこともあんなに楽しみにしていたのに。。


情けない。。


先週、明日のジョーをBSで見た。尾藤イサオの歌うテーマ曲の歌詞。

「明日はきっと何かある。明日はどっちだ・・!?」

今、一番心にしみている言葉。


私は・・私の信じている道が綱のように細くなり、嵐の中、ぎりぎりで綱渡りをして歩きつつも・・

それでも、まだ落ちずに生きています!
日記
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