FC2ブログ
05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

荷物を運び出しました

2010年03月26日
昨日25日に、予定通り引っ越しのための荷物の運び出しを無事に終えました。4トン車と2トン車の2台分の荷物を、引っ越し業者の8人のスタッフで手際よく運び出してくれましたが、4時間ほどかかる作業となりました。荷物はこの後、船で約1週間かけて石垣島に運ばれて、31日の午前中に新居に到着する予定です。

私と長女は31日の朝まで、千葉に残ります。妻と長男、次女、3女は、29日の朝に石垣島へと向かいます。ですから、荷物がほとんどない状態の我が家で、私とグミはまだ1週間程すごすことになります。

何年か前にホームセンターの安売りで購入した、まん中にパラソルが立つようになっている折り畳み式の4人用のイスとテーブルで、よく海岸や運動会の見学などで使用していたものが、1週間ほどの間は我が家でメインの食卓になります。パソコンもこのテーブルで打っています。デンプは、何だか海に来ているみたいで楽しい!と言っていました。荷物を出したあとの我が家はとても広く感じますが、デンプとアマンダにとっては格好の遊び場となっています。

今日から28日までの3日間は、両方の実家やら神社などへのあいさつまわりをします。もうきっとアセンションするまでの間に関東に来ることはないのだろうと思われますので、これまでお世話になったことへの感謝の意をこめて、3日間を尽くしてくる予定です。

私とグミは、31日の朝に、残しておいた荷物を車に詰め込んで不動産屋の立ち合いにより家をチェックしてから家を明け渡した後、車を有明の港に持ち込んで輸送をお願いしてから、午後の便の飛行機で石垣島へと向かいます。いよいよ~♪という感じで、心から超わくわくしています!

パソコンは、31日の午前中まで今の家で使えますし、31日の午後からは石垣島の新居で使える予定になっています。でも、ここ数日間は、引っ越し準備等のために落ち着いてメールをできる時間や波動を保てなかったので、メールをいただいた方にはほとんど返信をできずにいましたが、今日の親類へのあいさつまわりが終われば、明日からは落ち着いてメールを書くことができる予定ですので、2,3日中には必ず返信いたします。誠に申し訳ありませんが、お待たせしてしまっている皆さまにはご了承いただければ幸いに思います。









日記

石垣島へ シューのひとり旅

2010年03月22日
今朝、シュー(長男高1仮名)が石垣島へと一人旅に出ました。10日ほど前になりますが、転出希望先の高校から連絡が入って、明日23日に転学のための試験を行うとのことでしたので、急きょ航空チケットとか宿の手配とかをして、1泊2日の段取りをしました。ちなみに、24日は現在在学している高校の修了式があるので、シューにとってはなんだか忙しい学期末になってしまいました。

実は我が家の中でシューだけは一度も実際に石垣島には行ったことがなく、写真や本を見たり話を聞いたりしていただけなので、今回が初めてとなります。また、一人旅も一人で飛行機に乗るのも初めてですので、きっとそれなりにプレッシャーのようなものを感じているのでしょうが、今朝もいつも通りに起きてきて朝食を食べ、淡々とした感じで家を出て行きました。親も一緒に行った方が良いのかもしれませんが、25日に行う引っ越しの準備もありますし、1人分の旅費を確保するだけでもたいへんなことでしたし、本人の意思を確認しても1人で大丈夫だとのことでしたので、このような結果に至りました。あとは、幸運を願うばかりです。

デンプ(3女仮名 4月で小学1年)の入学する予定の小学校は、新入生はデンプを入れて2人の予定だそうです。入学式を今からとても楽しみにしています。アマンダ(次女仮名 4月で小4)の学年は現時点では1人もいないようですので、同級生はなしのスタートとなりそうです。デンプとアマンダを入れても、現時点では通学予定である小学校の全校児童は8人とのこと。我が家の子どもたちで全児童の25パーセントを占めることになるわけです。その事実を知ったアマンダは、最初は「が~ん!」と言って軽いショックを受けていましたが、すぐにポジティブに受けとめてくれました。

グミ(長女仮名 4月で中2)の通う中学校は、現時点で同級生は7人の予定だそうです。部活は今励んでいる卓球部がなく、人数が少ないことや部活の事なので、事実を知ってからしばらくの間はかなりのショックを受けていましたが、今では立ち直ってポジティブに受け止められたようで、制服が楽しみだとか、次はバトミントン部に入るとかと言って、新しい生活に向けて心の準備をしているようです。ちなみに、我が子たちは4人とも、塾や習い事は何もしていないので、その点ではまったく問題ありません。

我が家のことでは、引っ越しの荷物の準備はどうにかめどがたってきて、余裕を持って25日の当日を迎えられそうです。あらゆる手続きもほぼ完了しました。とにかく、早く石垣島に住みたい!という気持ちが、さらに日増しに強くなっているところです。


あらたまして、ここで再度御礼の言葉を述べさせていただきます。

このたびの石垣島移住に関しまして、エネルギー的にも物質的にも、愛をめぐらせてサポートしてくださったすべての皆様方には、心より深く感謝と御礼の気持ちでいっぱいです。

私はその恩返しとして今できることは、私の認識できたこと、皆さまへお伝えしたいと感じたこと、私や家族の実生活の様子や在り方など、わくわく感に従ってブログを書き続けること等、よりポジティブに生きながら、宇宙の求める仕事と感じたことを、私なりに尽力し続けることであると自負しています。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。





日記

石垣島での4日間と昨日の午前中のこと

2010年03月11日
6日(土)のお昼少し前に出発の飛行機で羽田を立ち、石垣空港に到着したのが午後6時ころになりました。本当は午後4時半頃には到着する予定でしたが、乗るはずの便に欠航があったために遅れました。本当は、到着した日にも不動産屋を少し見ようかとも思っていましたが、この日は時間が遅くなったので、レンタカーを借りて宿へと直行しました。ちなみに、羽田の気温は8度くらいでしたが、石垣空港では27度ほどあったようでしたので、20度ほどのギャップがありましたが、降りた瞬間から石垣島の空気はとっても心地よく感じました。

宿に向かう途中、車の窓を全開にしてドライブを楽しんでいましたが、アマンダ(小3次女仮名)は何度も同じようなことを言って喜んでいました。「風のにおいがいいし、空気がやわらかくて気持ちいい~!」「緑が濃い~!」アマンダなりに感じたまま、うっとりするような表情でこのような表現を繰り返していましたが、デンプも「気持ちいい!』という言葉を連発していました。

7日(日)は、事前に連絡した不動産屋も、何件か見た不動産屋も休業日だったので、1日中、ドライブを中心に石垣島全体をまわって観光したり、街中の生活基盤になるような店を見たりしました。日中は25度ほどでしたので、ぽかぽか陽気で気持ち良かったですし、妻や子どもたちに石垣島全体の様子を感じてもらうには、絶好の1日となりました。

8日(月)は、あらかじめ連絡をしておいた不動産屋に朝9時に行き、本格的に住む家探しをはじめました。「4LDK以上の貸家」「街中から外れた静かな所」という理想でお願いしました。しかし、この不動産屋には結局これらの条件に合うような物件はなかったのですが、とても親切な方でして、他の不動産屋を車で案内してくれるとのことでしたし、ホームページには紹介されたいない物件でも、地直接訪ねると物件がある可能性があるから紹介してくれるとのことでしたのでお願いしました。一緒に行って紹介してくれた場所は、同じ不動産屋の協会に入っていてで知り合いのようでしたが、結局3軒の不動産屋に一緒に行って探してくれましたが、同業者を紹介してくれても、ご自身はもうからないはずなのに、私たちのために・・・と深く感謝して、その親切さに感激しました。

紹介してくれた3軒目に、やっと良い物件がありました。7LDKで家賃は8万円。街中ではありますが、庭つきの一戸建てで、大屋さんは転勤で引っ越され、5年後に帰ってくるとのこと。1人、その家の契約をするかどうか迷っている人がいるけど、まだ決まっていないから大丈夫とのことなので、急いで物件を案内していただき見てみました。そこは、とても閑静な住宅地の中にあり、とても広くて素敵な家だったために、みんな気にいったとのことでしたので、即決で契約を進めていただくようにお願いしました。この時点で午前11時半頃でしたが、不動産屋の担当の方は、いろいろと整えることがあるので、あらためて午後2時頃に連絡をするから、その後に契約に関しての書類作成等の実務を行いましょうとの話をいただき、私たちはルンルン気分で物件の担当者と同行して紹介してくださった親切な不動産屋の方に礼をして別れ、連絡を待つことにしました。

でも、少し気になったのは、中心地であり街のど真ん中に近いことと、家の中のエネルギーが少し低かったことでした。でも、家の中のエネルギーは住んでしまえば変えられるだろうとも感じましたし、街中ではあっても石垣島のエネルギーの中にいるのだから大丈夫だろうと思い、なんとかなるだろうと妥協するようにしてポジティブに変換していました。

お昼はお弁当を買い、近くの海辺で食べました(結局3日間はこのパターンでした)。海で少し遊んだ後、なんだか家が見つかってホッと安心しましたし、急に疲れを感じたので、宿に帰ってゆっくりとすることにしました。そんな中の午後1時半頃、携帯に電話が入りましたが、なんとそれは‘やっぱり先に申し込んだ人と契約をすることになった’とのことでした。しかも、不動産屋の担当者から直接の連絡ではなく、最初に行ったその不動産屋を紹介してくれた不動産屋の方からの連絡でした。この電話を受けて「逃げなくてもいいのに・・・」と瞬時に憐れみを感じたのと、ちょっと落胆したのと、少しネガティブに気になっていたこともあったのでやっぱり違っていたのか~という安堵の気持ちとが入り混じって複雑な心境になりました。

それでもやっぱり親切な方でして、この方が同じ協会には加盟していない不動産屋にも電話で聞いてみてくれるとのことでしたので、私はお願いして電話を待つことにしました。もう、この時点では、1軒家の貸家にはこだわらず、賃貸マンションやアパートで4LDKもしくは広めの3LDKの物件もお願いしました。

結果的には午後5時頃まで、2度ほど連絡がありましたが、見てみたいと感じるような物件は見つからず、最後に感謝の気持ちを伝えて、この日はあきらめることにしました。

9日(火)は1からのスタートとなりましたが、帰りの飛行機の便は午後2時ころなので、残された時間は午前中のみです。朝8時過ぎには宿を出て、この日だけでも10軒近くの不動産屋を回りましたが、住みたいとわくわく感じるような物件は見つかりませんでした。でも、最初に紹介してもらった1軒のみ、ここでもいいかな~と思えるような場所はありましたが、たくさんの妥協も必要でした。

結局タイムリミット近くになり、不動産屋めぐりはあきらめて、その1軒の契約をどうするか…ということに絞って、いろいろと思考をめぐらせる中、時間的にもすぐに結論を出さなければならないとき、妻に聞くと「やっぱりどうしてもわからない~…」とのこと。「直感的にはどう?」と聞かれましたが、「思考ばかりめぐってまったくわからない~」と私も困ってしまいました。

でも、この妻の「直感」という一言で私はやっと気づきました。いつのまにか、自分自身がとっても3次元的な思考の中にいることを選択していたということ。そして、わくわくすることよりも、妥協や制限や不安などのネガティブな波動の中にいるということ。家探しをしている間の時間は、ここ1,2年ではまったく経験していないような長い時間の中にいたということなどなど、いつのまにか波動が低い状態の中にいることを選択していたということを、はっきりと認識できました。

このように認識した直後から、車を運転させながらではありましたが、何度か深呼吸をして心を無にして落ち着き、瞑想状態になって答えを待ちました。そして、次の瞬間に‘気づきのボン’が入ってきて、すぐにその内容を妻に対して話し始めていました。その内容を要約すると以下の通りでした。(‘気づきのボン’とは、インスピレーションが伝わったと感じた時によくあることなのですが、ボンと塊のようなものが登頂チャクラもしくはハートチャクラあたりから入り、それがじわじわと広がるようにして、インスピレーションの内容が詳しくわかってくることが、ここ7,8年は私によくあることです)

「今回の石垣島移住に関して、経済的な見通しができて実際に動き始めた時から、すべてがとてもポジティブな中でスムーズに事が進んでいたのに、家探しに関してだけがネガティブに感じられたし、スムーズに進まないと思っていた。でもこれは、この4日間の石垣島滞在中に決めなければならないと、自分たちが思いこんで制限を付けたためにそう感じるだけであって、実際には今週中(13日頃まで)に決めれば大丈夫だから、帰宅してからでも時間はある。迷っている1軒も、契約をするよりもしないことの方がわくわくするのだから、無理して妥協して契約する必要はない。つまり、この4日間は家を探すための4日間ではなく、妻やアマンダやデンプが石垣島に身を置いて石垣島を実感し、さらに移住をしたいという気持ちを高めるために必要な経験をするためだったのだろうということ。この、さらに高まった3人のエネルギーが加わった状態で帰宅して再度住む家を探せば、本当にわくわく感じる場所が見つかるはずだ!」

妻も納得しましたが、話しながら私も納得し、この時点で家探しは明日以降と決め、完全にこのネガティブな波動から抜け出しました。そして、残ったわずかな時間ではありましたが、すっきりした気持ちで石垣島を楽しんで帰宅しました。

帰宅した翌朝である昨日10日(水)の朝8時頃、HPの物件を見ている最中に、ふと直感的にボンと1つの直感的な発想が浮かんできました。同じ賃貸マンションもしくはアパートの2部屋を借りればいい…。そして、その直後に見つけたのが、昨日お知らせした川平にある賃貸のマンションです。

私たちの契約した2つの部屋は、同じマンション内で2LDKの2階の部屋と1Kの3階の部屋に分かれていますが、すぐ上の部屋になりますので、1軒家に例えれば、2階へ上がる階段が外にあるという感じです。全室から海が見えるようですし、とても静かな場所です。ちなみに、私たちの住むことにした部屋は、一昨日の午後に契約者からキャンセルされて急に空いたとのことですので、私がHPを見たのはHPを書き換えた直後だったようです。なるほど~、こういうことだったのか~!と、この絶妙なタイミングに嬉しくなりましたし、一軒家の貸家という理想以外は、最高の条件ばかりでしたので、まったくネガティブに感じることなく、完全にわくわくの波動の中で話を進めました。また、このマンションのある場所は、今回の旅で4度ほど通った所でしたし、妻と気になると話した場所でもありました。


結果的に、今の時点では何かとスムーズに移住に関することが進んでいますので、このブログを以前のようなペースで書くこともアセンションスペースシューリエのご依頼をお受けできるのも、来週あたりからできるのではないかと感じています。

当ブログをお読みいただいている皆様には、心より深く感謝しています。

ありがとうございました!











日記

石垣島へ行ってきました!

2010年03月10日
DSC00863_convert_20100310064007.jpg


昨日の夜9時頃に、4人元気で帰宅しました。

今、いろいろと、石垣島でのことなどを詳しく書こうとしていたのですが、なぜだかパソコンの操作や文字を打つことがうまくできず、ぜんぜん文章が進んでくれません。

4日間と今日の午前中にはいろいろとあって充実しすぎていたために、ちょっと疲れたのか気力が残っていないのか…ここは無理せず明日以降に書いた方が良いかと感じましたので、簡単にいくつかのことを報告させていただくのと、朝のうちに写真を編集したので、その掲載をすることにとどめたいと思います。

石垣島ではレンタカーを使って動きましたが、石垣島の全体をドライブしがてら、景勝地を中心に観光をしました。

DSC00865_convert_20100310064300.jpg
平久保崎 ~石垣島最北端の灯台があります~ (この日は北風が吹き荒れていて、気温も20度ほどしかなく少し肌寒い感じがしました)

DSC00868_convert_20100310064745.jpg
玉取崎

DSC00879_convert_20100310065159.jpg
バラビドー観光農園

DSC00883_convert_20100310065350.jpg
バラビドー観光農園

DSC00894_convert_20100310065536.jpg
バンナ森林公園

実は今回の最大の目的だった家探しは、この石垣島滞在中の4日間の旅の間にはまったく理想に近い場所も、最低ラインまで妥協しても住みたいと感じる場所が1か所も見つからずに、結局はあきらて帰宅しました。ところが急きょ、今朝になってHPを見ると理想にとても近い場所が見つかったので早速仮契約をし、3月31日から住むことができる段取りすべてを整えることができました。(このことに関しましては、なんだかとってもおもしろいことがいろいろとありましたので、後日詳しく書きます)

今回の3泊のうちの2泊も、昨年グミと行った時の2泊も、川平(‘かびら’と読みます)という土地に宿泊しました。昨年に石垣島へと初めて行く前にも素晴らしい場所だと感じて宿に選び、最も長い時間を川平で過ごしましたし、今回も同様にしましたが、実はこの素敵な地であるとすっと感じていた川平に住むことに決まりました!

前回に行った時には川平で写真をたくさん撮りましたし、写真をブログにも載せましたが、今回の旅の間に川平の写真はなぜだか1枚も撮っていませんでした…この先、長く住むことになるからだったのでしょうか…以下は昨年2月にブログで掲載した川平の写真です

DSC00028_convert_20090216162651.jpg
川平湾

DSC00053_convert_20090217204520.jpg
底地ビーチ

DSC00048_convert_20090217160539.jpg
底地ビーチから見た御神崎周辺












日記

石垣島へ行ってきます!

2010年03月05日
ここ1週間ほどは、私のHPアセンションスペースシューリエからご依頼をお受けしたお仕事である、レイキ遠隔伝授や守護霊様リサーチや産土神社・鎮守神社のリサーチなど、霊力や気力をたくさん使う仕事を中心として尽力していて、その合間に転居の準備や青色申告書の作成などの3次元的なやるべきことを進めていました。とにかく毎日がとっても充実していたので、本当にあっという間に1週間が過ぎたという感じでしたが、そんな中、ブログを書くわくわく感というか気力が湧き上がらずにいました。

転居のことでは、まだ住む家に関することだけがまったく進展せずにいるので決まっていないのですが、明日より4日間、石垣島に行って貸家を探してきます。私も妻も気を引き締めて4日間のうちになんとかしてこようと思っていますが、結構あっさりと探すことができるような気もしています。なんだかんだと取り越し苦労になるようなネガティブな思考に走らないようにして、波動を高く安定した状態で家探しができるよう努めるようにすれば、きっと成るようになるでしょうし、すでに住居として決まっている家に導いてくれることでしょう。

アマンダとデンプには、「今回は旅行で楽しむというよりも、家を探しに行くことがメインだからあっちこっちに遊びに行けないかもしれないぞ~」と何度か伝えてありますが、「そんなことはわかっているよ!」と言いつつ、始めて行く石垣島に心躍らせて、2週間程前から毎朝必ずカレンダーを見てはカウントダウンしてわくわくしています。

そんな感じですが、明日6日から9日までの4日間、4人で石垣島へ行ってきます!




日記

石垣島移住に向けての近況報告

2010年02月25日
今週に入って、移住に関して今できるあらゆる物質的なことを、一気に進めています。結果的に今朝の時点では、引っ越し業者への予約と見積もりと段取り、3月初旬に石垣島へ住居を探しに行く旅に加え、3月末に家族6人が移るための飛行機やレンタカーや宿の予約、車の輸送、高校の転入学に関して等の具体的なことを進めることができています。

我が家は、今の貸家に引っ越す前の約10年間、家の建坪40坪ほどの5LDKの一戸建ての持ち家に住んでいましたし、永住するつもりで暮らしていましたので、結構たくさんの荷物がありました。2年前の引っ越しの際にそれなりの量の荷物を処分してきましたが、それでも結果的に引っ越しの際には4トン車と2トン車のトラック2台で行い、8人の従業員に引っ越し作業をしてもらいました。以前の住まいと今の住まいと同県で50kmほど離れていますが、この時の引っ越しの費用は25万円かかりました。今回は、ここ2年間でほとんど荷物の量は変わっていませんし、さらに必要のなくなったような物をいろいろと処分してきましたが、見積もりをしていただいたところ、やはり6トン車分の荷物があるようです。

石垣島への引っ越しに関しての具体的な段取りは、まず、前回同様で4トン車と2トン車の2台のトラックで家から荷物を運び出し、東京の有明の港まで行って、トラックの荷台から海上輸送用の3つのコンテナに積み替えて、輸送船に乗せるそうです。家から荷物を運び出すのは3月25日の午前の予定ですが、石垣島に船が到着して現地で引っ越し作業を行う予定は3月31日になりますので、1週間ほどかかりそうです。

ちなみに、この引っ越しで業者に支払う費用は約100万円でして、加えて車の海上輸送は9万円かかりますので、近場の引っ越しとはケタ違いの時間も料金もかかります。もし、コンテナが1つ減れば、料金も25万円ほど安くなるようですが、今回はこれ以上荷物を減らすのは難しそうです。

飛行機のチケットは、1ヶ月くらい前までに予約を行えば通常料金の半額以下で行けることが分かりましたので、この引っ越しの作業の段取りに合わせて予約を済ませました。通常では羽田空港から石垣空港までの片道1人分で約6万4千円かかるのに、約2万5千円で予約ができました。

高校の転学は、転学を希望している学校の空き人数が、今の時点で2人あるとのことなので、早急に手続きを進めてもらっていますが、どうにかなりそうな感じです。

あとまだ決まっていないのは、肝心な居住先です。HPで検索して相場や状況を1年ほど前から情報として入れていますが、今の時点ではまったく進めてはおりません。このことは、来週に入ってから、現地の不動産屋へ連絡して進めていこうと思っています。

車を車検に出したら、2か所のオイル漏れと1ヶ所の故障個所が見つかりました。2年前に知人から譲っていただいた車なのですが、それなりに古い車ですし、日ごろのメンテナンスはしっかりとしているとはいえないような状態でしたが、車検に出すまでは何事もなく走っていたので良かった~と思っています。先週の木曜日に車検の点検に出しましたが、修理を終えて車検を通して引き渡されるのは、今週の土曜日頃の予定ですので、すでに車なしの生活が1週間程続いています。その分、自転車が大活躍していますし、歩行距離も倍増していて、これまで以上に健康的な生活を送っています。

以上、簡単ではありますが、私たち家族の移住に関しての近況報告をいたしました。ちなみにここに、あえて具体的な金額を表示しましたのは、今回の移住に関しての私の経験談が、もし、このような移住をお考えになっている方がいらっしゃいましたら参考にしていただきたいと思ってのことです。(大変ありがたいことに、今の時点では私たち家族の移住に最低限で必要なぎりぎりのお金は与えていただいています。大感謝です!)

前回、ブログを掲載した後も、温かいお言葉や励ましのお言葉をいただいたり、物質的にもご芳志をいただいたりする機会がありました。また、直接メール等で連絡をしあっていなくても、ブログをお読みいただいたり、素敵なエネルギーをめぐらせていただいたりして、たくさんの皆さまからのご厚意や高い波動を与えていただいていることも強く感じています。皆さまのお陰をもちまして、今の時点では石垣島への移住に向けての作業がとても順調に進めることができています。

心より深く深く感謝しています!

本当に本当にありがとうございます!

そして、今後ともどうぞよろしくお願いいたします!


PS.温かいお言葉や励ましのお言葉など、たくさんのメールをいただきましてありがとうございました。まだ、今の時点でも返信が遅くなっている状況が続いておりまして、誠に申し訳なく思っています。また、もしかしたら、メールをいただいているのに何らかの要因で私にメールが届いていないとか、私からの返信のメールが届いていないとか、返信ができていない状況になっているかもしれません。もし、本来は私が返信する必要があるのに返信をされていないと感じられていたり、私がメールを送っていないことが何か失礼にあたることと感じられているような状況になっておりました場合には、お手数をおかけしますが再度メールをいただけましたら幸いです。とにかく私は、ご縁のあるすべての皆様に対して深く感謝しつつ、私なりに最善を尽くしているつもりではいますし、いつものように私なりのペースや信念やわくわく感の中でポジティブに対応しているつもりではいますが、失礼に感じるようなことがありましたら深くお詫びいたします。






日記

フリーライター

2010年02月21日
私の職業を人に聞かれて答えたり書類に記入したりする機会が時々ありますが、そのような時に、スピリチュアルなことに対する理解があるとわかる人には「スピリチュアルアドバイザー」「ヒーラー」「レイキティチャー」「パワーストーンの販売」「本を出している(著作活動)」と、そのまま答えていました。でも、そうではない場合には、「メールカウンセラー」とか「IT関連」とかと答えていました。

2年ほど前の出来事ですが、貸家を借りようとした際に書いた契約書の会社名の欄に「アセンションスペースシューリエ」と書き込んだところ、不動産屋でもあり大屋でもあった方が私のHPを探して見てくれたとのことで、「怪しい仕事だ」などなど、とてもネガティブなことをいろいろと言われて、結果的に契約を私から破棄したという経験をしました。その結果として、今住んでいる家に落ち着いたわけですし、良い経験になりましたので、そのことを今は素敵な必然の出来事として捉えています。

今の貸家は、その経験を生かして「IT関連」と契約書に記入して、不動産屋と大屋さんには「自宅でパソコンを使ってメールカウンセリングやHPの運営等をしている」と答えると、普通にあっさりと聞き流してくれて、何事もなく契約は成立して今の家を借りることができました。

このたびは本当に有難いことに、「お願い」を聞いていただき、たくさんの皆さまからご援助をいただきましたが、その際に「私のブログの購読料」とのことでご援助いただいた方の多かったことが1つの嬉しい言葉として心に残りました。そのことが関係してのことだと思いますし、インスピレーションから湧き上がったとも感じますが、ふと昨日「フリーライター」という言葉が湧きあがりました。別に自分の職業をどのように名乗るかなどは、日ごろから特に気にしていないのですが、なんだか妙にこの名称が気に入りました。

急きょ、石垣島への移住に向けて、今、あらゆる3次元的なことを進め始めていますが、もっとも気になっていることが、まだ今の時点では不確定である‘家族の住居’に関してです。理想は持ち家ですが、今の段階では、これまでのように賃貸住宅に住むための資金がぎりぎりあるくらいですから、とても家や土地を購入する資金はありませんし、ローンを組んで家を買うつもりもありませんので(どちらにしてもローンを組むことは無理なこともわかっていますが、私自身で今後一切借金は決してしないと心に誓っていることでもあります)、今のままの経済状況でいけば、ここ2年間のように貸家を探して借りる予定でいます。

アマンダとデンプとは、以前から「もし石垣島に住むことができたら、今度は自分たちの自由にできる家に住もう。」と理想を語り続けていました。デンプはトイプードルを飼うのが1年ほど前からずっと抱き続けている夢であり、今の一番の願いでもありますので、何度もペットショップに通って、トイプードルをはじめとして、いろいろな犬たちと触れ合ってきました。でも、先日デンプに「今の時点では石垣に住んでも犬を飼うことは難しいと思うけどどうする?」と聞きましたが、すでに察していたデンプは、少し考えた後にあっさりと「それでも石垣がいい。早く石垣島に住みたい!」と言ってくれました。もちろん、同じようにアマンダも目を爛々とさせて私と妻の選択に同意してくれました。

話を戻しますが、本当にどうでもいいようなちっぽけなことではありますけど…賃貸の契約や人に職業を聞かれた時に、今後は「フリーライター」と書いたり答えたりすることにしました。なんだか、石垣島に移住するのにお似合いの感じがしますし、これだと私の子どもたちも父の職業を人に聞かれた時に言いやすいでしょうし、あっさりと認識していただきそうな感じがしますのでとても気に入りました。もちろん、スピリチュアルなことへの理解のある人(ありそうな人)に対しては、冒頭のようにそのまま答えるでしょうし、ブログやHPをご案内すると思います。


本当に心より深く感謝感謝大感謝の、ご援助いただいた有難いお金や素晴らしい波動や愛のめぐりによって、今、石垣島への移住に関するあらゆることを、順調に着々と進めることができています。そんな中、住む家のことと、もう1つ不確定で気になっているのがシュー(長男高1仮名)の高校の編入学です。つい一昨日まで、シュー本人が移住するのか1人で残るのかを迷っていましたが、一昨日の晩に家族と一緒に移住することを決めたとの報告がありましたので、来週早々には具体的に話を進める予定でいます。でも、実際にはすでに石垣島の高校には電話で連絡して編入への段取りや実状は聞いてありますが、8割方大丈夫であろうという感じの印象を受けています。まあ、このことも結果的に必然でなるようになるという信頼で動いていますが、やっぱり子どものこととなると、余計に早く解決したいな~と思ってしまいます。


話は変わりますが、昨年の2月にブログに掲載しました、グミ(長女仮名中1)と2人で石垣島に行った時に利用した格安ツアーの予約をとることができたので、実は約2週間後の3月6日~9日に、3泊4日で妻とアマンダとデンプとの4人で石垣島に行くことが決まりました。通常、羽田空港から石垣空港までの飛行機代金だけでも片道6万円ほどかかるようですが、この格安ツアーは、3泊4日の宿泊代金と往復の飛行機代に加え、レンタカー3日分も付いて、なんと1人5万円弱という超格安料金で行くことができるフリーのツアーです。(羽田空港の駐車場代金やホテルやフライトの時間で、少しオプションを加えましたが、それでもおとな一人6万円ほどで4日間の旅ができます)

その4日間のうちに、石垣島の不動産屋をいろいろとまわって、4人の直感を頼りにして住む家を決めてくる予定でいます。ちなみに、グミとシューは家で留守番をします。2人にとっては親のいない自宅で夜を過ごすのは、今回が初めての経験ですが、きっとなんとかしてくれるでしょうし、自立へ向けての良い経験となることと思います。





日記

ありがとうございます m(__)m

2010年02月19日
前回掲載した記事に関しまして、メールをくださって私や家族に向けての様々な温かいお言葉や励ましのお言葉等をいただきました皆様方。また、メール等のご連絡はいただいていなくても、思念などによって光を与えていただいたり愛の思いをめぐらせてくださったりして送っていただいたばく大な量のポジティブなエネルギーを与えてくださった皆様方。そして、金銭や物質のご援助などによってサポートしていただきましたたくさんのご芳志等による、本当にとてもとてもありがたい多大なるご厚意をいただきました皆様に、深く深く感謝いたしております。本当にありがとうございました!!

前回の記事を書いた15日(月)の午前中の時点では、お金として持ち合わせていた我が家の全財産は1万円前後という状態でしたが、このような必要ぎりぎりの状況は、私にとってはここ3,4年では珍しくないので普通にポジティブなま受け止めていましたが、3月6日に契約の切れる貸家の件と、今月で切れる車検の件で、ネガティブな感覚になりかけていました。でも、あの日記はポジティブな状態で書いたつもりでいましたが、物質的状況の中でも期限が迫る圧迫感を、あの日のあの時点では急激に感じてもいました。

あの日記にも書きましたが、日記を書いた直後に不動産屋と話をした結果、契約は切れた後でも3月31日まで今住んでいる家を借りることができましたので、1つの大きな問題である引っ越しの期限が大幅に先延ばしになることで解決しました。

あの日記を書き終わった時点では、私が今わくわく感じてやりたいことを果たしたという満足感のみが残り、あとはめぐりに任せるというたいへんポジティブな状態で、引っ越しの期限が迫っているという圧迫感からもとりあえず解放されたポジティブさも加わり、とてもすっきりとした気分で、いつものように車で数日間の食料品の買い出しに出かけました。

帰宅して昼食を食べた後、メールの受信トレイを開いてみると、すでに5通ほどのメールが届いていました。すぐに返信を書きましたが、その時から今朝の時点まで、いただいたメールは150通を軽く超えていると思います。また、お振込や郵送などでたくさんのお金等の私たち家族にとって必要な物も送っていただきました。

今の私にできることは、深い感謝の気持ちや愛をめぐらせることでポジティブなエネルギーを送ることと、心をこめてメールで御礼の言葉を書くことくらいしかできませんので、ポジティブな高い波動を保てる状態の時にメールを書いて送っていました。

いろいろなメールのやり取りの中で、ここ5日間で多い日には60~70通のメールを送らせていただきましたが、その間、心の中でどれだけたくさんの「ありがとうございます!」という言葉を唱えたのか…本当に心から感謝感謝の気持ちでいっぱいになっていました。

しかし、実際のところ、徐々にメールの返信を書くのが追いつかなくなってしまい、今朝の時点では20~30通ほどのメールにチェックをしているものの、まだ返信ができない状態になっています。また、ご入金頂いていても、すべてのみなさまに御礼のメールをしたいと思っているのに、チェックが遅れているために、まだ御礼のメールを送ることができていない方々もいらっしゃいます。

言い訳になってしまいますが…個人的に物質(金銭)的なサポートしてくださった皆様方には、必ず直接に御礼のメールを送りたいと心から思い、私なりに尽力しています。まだ、御礼のメールを送ることができていない皆様にも、できれば今週中、もしくは来週早々までにはメールを送れるかと思いますので、ご承知おきいただければ幸いに思います。

また、これまでの間、私から直接的な御礼をすることができなかった、私に対して愛をめぐらせ光を与えて下さっていたのにメールでのやりとりはしていなかった、たくさんの読者の皆様方に対しましても、深く深く感謝いたしておりますので、このブログの記事の内容で御礼とかえさせていただきます。本当にありがとうございました。

そして、今の時点の結果としまして、物質的にもエネルギー的にもサポートしていただいた多くの皆様方のおかげで、ものすごい勢いの上昇気流に乗ることができました。‘お願い’のブログを書いてからわずか4日間しか経っていませんが、私たち家族の物質的状況等の3次元的な現実の流れは大きく変化し、4日前には信じられないほどの状況に至ることができました。

簡単に申し上げますと、3月末から4月初旬頃には、私たち家族が石垣島に在住し、タエヌのスピリチュアル日記を石垣島から発信できることが濃厚になり、様々な3次元的なことを具体的に進め始めたということです。

詳しくは、また後日、あらためて報告させていただきますが、今回の日記では、私どもを応援して下さった皆さま方への御礼の気持ちを早く伝えたいと感じましたので、とり急ぎではありますが、その後の経過や現状の簡単な報告を含めまして、心をこめて、またわくわく感に従いまして書き綴ってみました。

本当にありがとうございました!
そして今後とも末長くどうぞよろしくお願いいたします。

タエヌ




日記

お願いがあります。

2010年02月15日
私は昔からよく空を飛ぶ夢を見ていましたが、最近は見ていなかったように思います。でも、今日、私自身の体のみで空を飛ぶ夢をちょっと久しぶりに見ました。最初は狭い倉庫のような所や、都会の地下街のような所を天井すれすれに飛んでいましたが、ビルのような所の窓から外に出て飛んでみると、真下には広い草原が広がっていて、その先には果てしなく森林が広がっていました。あまりにも気持ち良い空気や、大自然の絶景に触れて、「ほら、ここだよ~。これがあの場所だよ~。」と心地よく感じながらしばらく上空を飛んで景色を楽しんでいるうちに、朝の目覚めを迎えました。

そんな夢を見たことをつい先ほど思い出して妻に話をし、なんだか心地よくなったと同時に、いつか書くようになるかもしれないと感じていた内容であるブログを書きたくなりました。私は夢に関して、あまり気にすることはありませんが、私にとっての大きな転機の時を、この夢からも感じられて、なんだかわくわくしました。


先日のブログでも少し書きましたが、私たち家族が現在住んでいる貸家の契約は、3月第一週で切れます。ですから、3月初旬までには次の住む場所を決めて引っ越しを終えていなければなりませんし、私の感覚としても、今の家に住んでいる期間はもう終わりにしたいとも感じています。

つい2週間程前まではこの先の身を置く場所である家族の住まいの予定に関しまして、意識の中ではいろいろと感じることや考えていることはあっても、物質的には特に行動は起こさないでいましたし、起こせずにもいました。しかし、期限が迫ってくるにつれて、より具体的に予定を立て始め、先週から少しずつ動き始めました。

しかし、物質的な現状は、引っ越しどころか、今月の生活費ぎりぎりを与えていただいているという、いつもの状況と変わらない経済状況が続いています。そんな中、まだ2週間近くはあるということからも経済的な状況からも、引っ越し先も探せず、引っ越し業者への手配もせず、今月で切れる車検の予約もせずにいます。


私はタエヌのスピリチュアル日記を書くことに対して、今、もっともわくわく感じています。それと同様に、アセンションスペースシューリエの仕事を通して、ご依頼いただいた皆様に対して尽力できることに対してもわくわく感じています。私は、この2つの仕事や、家族とともにスピリチュアルライフをよりポジティブに送ることを通して、人のため世のため地球のため宇宙のために、私なりの今世のお役目を果たして、少しでも貢献することができているのであろうという自負のもと、自分自身を信頼してここまで過ごしてきました。

しかし、私は、このように3次元的な現実としての期限が迫ってくるにつれて、そのことを考えるたびに少しずつ不安や不信感のようなものが表出してきていることを感じていました。「本当に大丈夫なのであろうか…」「必要は本当に与えられるのだろうか…」「今のようなポジティブな波動のままこの先も過ごせるような状況が続くのであろうか…」「このような仕事を続けていくことができるのであろうか…」「そもそもこれで私は本当にポジティブな道を歩んでいるのであろうか…」

そう思うたびに、その思いをダイレクトに素直に受け止めましたが、結論としては「まだ日にち(時間)は少し余裕がある。取り越し苦労はやめよう」「今の時点での自分自身の意識も家族の意識もたいへんポジティブであるわけだから大丈夫であろう」「今の時点ではネガティブに感じてポジティブに変換できないようなことは起きていない」と感じてポジティブに変換してきましたし、目の前に迫ったことに関しては、すぐにでも解決することに全力を注いできました。ちなみに、今日解決すべきと感じていることは、不動産屋さんに連絡をして、転居をするという意思を伝えたり、残りの家賃の件に関してをはっきりとさせることと感じていますので、これから連絡する予定です。(今、ブログの原文を書き終えてすぐに電話したところ、3月6日で契約は切れますが、3月末まで住んでいても大丈夫であると確認できました…。来月初めには転居しなければいけないと思っていましたので、そのプレッシャーのようなものから解放されて、かなりホッとしましたし、1つの取り越し苦労が解決しました)

私は石垣島に住みたい、きっと住むことができると信頼してきましたし、この先も信頼し続けるだろうと思います。しかし、今の時点ではこのように3次元的にはまったく現実化させる方向に動いていないのが現状です。私も、少しずつそんな中で、石垣島どころか住む場所さえ決まっていないことに関してネガティブになりかけていたのは事実でして、先週はブログを書きたいというわくわく感には至らなかったのはそのためであるだろうと認識していますし、その前(1~2週間程前)に掲載した幾つかのブログの内容は、私自身への応援歌のような、そして信頼していることの確認のような内容であるということも、読み返してみて実感しました。

そんなネガティブに傾きかけてきている中、一昨日の午後、ある大きな気づきがありました。

「私は自分自身が勝手に膨らませている期待感に捉われすぎている。そして、期待したことが物質的に現実化しないことに対してネガティブに感じている。そもそも私の求めていることは、そのような3次元的なことに対して重きを置きすぎるのはなく、バランスをうまくとりながら、結果的には私自身や家族の波動といった、魂の根本の状態がポジティブでいられることであり、魂のさらなる向上を目指すことである。今の時点で、私も家族も、波動の多少の浮き沈みはあっても、結果的にはあらゆることを私たちなりにポジティブに受け止め、とても安らぎの多い状況であり、波動は高まっていることを感じている。それでいいのではないか。たとえこの先の物質的な状況がどのようになっても、この波動さえ保ち向上させるように意識することに全力を注げば、現実的な状況もそれに見合った状況を引き寄せるはずである」ということでした。

でも、一昨日に気付いたこのような内容は、よくよく感じてみれば、私が常に基本と感じていた内容でもありますので、新たな気づきというよりは、さらに学びを重ねていることに気づいたということになるとも認識しました。私は家族6人の中の父親としての責任を感じる中で、少しずつネガティブになってしまっていた弱い自分自身が出てきてしまい、気がつくと取り越し苦労の中で波動を落としていたのだと気づきましたし、もうこのような経済的なことではネガティブになることはほとんどないのであろうと感じていた自尊心のようなおごり高ぶりのような自意識過剰というような形のネガティブな自分にも、大いに気づくことができました。

かといって、私たち家族は3次元の世という物質世界を選んで転生してきました。ですから、結果的には最低限の物質が必要になりますし、あの夢で見たような大自然の気高い波動のような場所に住みたいと感じるような、長い時間身を置く重要な場所である私たち家族の住いを、より自分たちに合った場所に在ってほしいという物質的な願望を持ち続けることは、決してネガティブなことではなく、むしろ必要なことであるということはこれまでと変わることなく感じています。一昨日の気づきは、自らの抱いた物質的状況の期待感が現状としてどのようになっているのかといった物質的状況に対して、こだわりすぎてしまっていたことに対する反省でしたが、自分や家族の波動をより高めるために、魂向上のために、世のため人のため地球のため宇宙のためにお役に立ちたいという願望を持ち続け、そのための物質的な状況に関してのある程度の理想を抱き続けることは、やはり大切なことであるとは認識しています。


感じるがままにいろいろと書いてきましたが、そんな私の現状の中、このブログの読者の皆様方に、私にとっては最初で最後のお願いをしたいと感じましたので、以下、そのお願を具体的に書かせていただきます。

今から70年ほど前、意識体である地球自体が高次元の宇宙存在に対して、地球へのサポートを要請したために、今、こうしてたくさんの高次の宇宙ファミリーのみなさんがアセンションに向けての地球自体や地球人類へのサポートをしてくださっています。勝手なサポートは、時には必要のない場合もありますし、時には相手の学びを損ねてしまう結果に至る場合もありますし、時には過干渉になってしまう場合もありますので、本来は同意を得てサポートすることが望ましいということは、宇宙では根本的なことであります。でも、こうして宇宙のみなさんが地球をサポートしてくれているのは、意識体である地球自体からの要請に応えたいと感じて集まってくださっている、自由意志のもと、無償の愛で地球をサポートしてくれている皆さんによるものなのです。

私のお願いは、このような地球自体の願いと比べると、それはそれはたいへんちっぽけなことではありますが、今の時点の私や家族にとってはたいへん重要なことであると感じていることです。

私は物質的なこととスピリチュアルなこととのバランスをとって、よりポジティブな実生活を送るために必要な物質として、最低限の生活費を与えていただくことと、心地良く感じる波動の場所に住むことを強く望んでいます。そのために今の私にできることは、アセンションスペースシューリエのお仕事を通してお金をいただくことと、宝くじを購入することくらいだと思って行ってきました。(宝くじは収入を得るどころか、今の時点ではマイナスを積み重ねていますが…)でも、今回に限っては、最初で最後である以下のお願いをさせていただきたいと思いましたので、書かせていただきます。


もし、少しでも経済的に豊富や余裕がありまして、私が当ブログを書き続けることや、アセンションスペースシューリエの今後の活動資金としまして、また、私たち家族の今後の実生活をよりポジティブに送るための転居の資金としまして、少しでもお恵みをいただけましたら幸いに思い、お願いをさせていただきます。

もし、ご援助いただけますようでしたら、お手数をおかけしますが、下記の当方のホームページを開いていただき、HPに掲載されているメールアドレスからご連絡をいただけましたら有難いです。また、これまでにアセンションスペースシューリエのご依頼等で当方の口座をお知らせしました皆さまに関しましては、口座もメールアドレスも変わっていませんので、こちらへお願いできればと思いますが、メールでもご一報いただければ、私からの御礼のメールを差し上げることができますので有り難いです。(本日の午後3時くらいより後にいただきましたメールに返信させていただくのは、翌日になってしまうことをご了承くださいませ)

タエヌのホームページ ⇒ アセンションスペースシューリエ

私にとっては、このようにお願いすることは、たいへん勇気のいることであり、恥ずかしいことでもあると感じていますし、このお願いの内容を読まれて波動が下がってしまったり読者をおやめになったりされる方もいらっしゃるかとも思いますが…今の時点ではそのようなネガティブなことよりも、わくわく感の方が大きいためにお願いをさせていただくに至りました。

どうぞよろしくお願いいたします。

タエヌ







日記

鋸山

2010年01月18日
DSC01463_convert_20100118144423.jpg

鋸山の中腹にあります日本寺の御本尊である薬師瑠璃光如来様の大仏像は、台座が約10mで、総高31.5mもあります。

DSC01466_convert_20100118144539.jpg

私は小学校の低学年の頃から鋸山へと何度もハイキングに訪れていますが、それなりに上り坂はあるものの、軽い気持ちでハイキングを楽しんでいた思い出しかありませんでした。ところが今回は…大仏さまから山頂にある展望台の通称‘地獄のぞき’まで行く最中の登り道で息が切れてしまい、3人の娘たちも妻も先に行かせて休み休み登りました。途中でやっと追い付き、その後は下山するまでみんなと一緒に歩きながら、景色を楽しんだり、たくさんの仏像と出会ったりしましたが、体力の急激な衰えをつくずく感じました。以前は、デンプを抱っこしてハイキングした記憶もありますし、何年か前まではフルマラソンを楽しんでいたのに…もう少し日常的に体を動かす必要を感じました。

DSC01467_convert_20100118144726.jpg

それにしても、さわやかな冬晴れの中、心地良い時間を過ごすことができました。





日記

鋸山に行ってきます!

2010年01月17日
今朝の出来事ですが、陸上部に所属しているシュー(長男高1仮名)は6人んでタスキをつなぐ駅伝大会に参加するために準備をしていたのですが、急きょ大会への参加が取りやめになったと連絡があったようです。理由は、昨日までに参加予定の部員のうち3人が病気で不参加になり、もとから9人しかエントリーしていないので人数がぎりぎりだったところ、今朝になってさらに1人が病気のため欠場することになってしまったために、人数が不足してしまったとのことです。

私が感じるには、シューも疲労が蓄積してかなり波動を下げていたので、病気になってしまい不参加を選択した子たちには慈悲の思いを向けつつも、この必然に感謝している次第ではあります。それにしても、今回のこのような経験を機に、スポーツによって体を鍛えて健康促進につながっていると信じているのかもしれませんが、逆に無理しすぎたり、疲労が蓄積することによって波動を下げたり、自然治癒力や自己防衛力が弱まってしまい病気になりやすい状況に至ることを選択してしまっていることに少しでも気づいて学び、うまくバランスを保ちながら無理しすぎずに励んでほしいと願ってしまいます。

少し似たような事例が、一昨日にもありました。アマンダ(次女小3仮名)は、12日火曜日の朝、学校に行かないで家にいることを選択しました。(ちなみに突然、2月になったら今通っている小学校を辞めるとも言いだしました。石垣島へ行く準備をしたいし、石垣島の小学校が決まったら通うとのことです…)確かに熱は36.7度あり、アマンダの平熱である36度~36.4分よりは少し高いので、校長先生の指示に従えば登校を控えなければならない結果ではあったのですが、そんなことよりも、本人の自由意思によって学校に行かないことを久しぶりに選択したので、37度弱の微熱があるからという理由で欠席の連絡をしました。

結局この週は、14日木曜日だけは図工があるからと学校に行ったものの、残りの3日間は家にいたいということを選択して実行しました。それにしてもアマンダの通っている学校の波動の下がり方はものすごく厳しくて、始業式と翌日は、アマンダはかなり強い邪気をつけて下校してきましたし、アマンダもそれを感じて、8日の下校後は、帰宅してすぐに入浴し、1時間半ほどの長風呂に入って、自分なりに浄化していました。

また、今の担任の先生はいろいろと不可思議なことをしますが、その中の1つは教室にある暖房器具を一切使用していないということです。ですから、この寒波が訪れている中、日中の陽が差している時ならまだしも、霜の下りて0度近くまで下がっている寒い中、登校した教室も冷え切った状態にあるとのことで、3年生のクラスの子どもたちは、1日中教室でも服を着こんでジャンバー姿で活動しているそうです。また、時々市販されている霧状にしてまき散らす風邪予防の薬を使用して教室中にまき散らすことがあるらしく、子どもによっては「臭い」と嫌がっているようです。でも、アマンダは寒さは平気だし、薬の匂いを臭くは感じないから我慢できるとのことで、それが今回学校に行かないことを決めた理由とは関係ないとのこと。あくまでも、「学校よりも家にいることが楽しい」からそうしたいのだそうです。

ところが、一昨日の金曜日の午後、学級の連絡網がまわってきて「14人の児童が発熱のために欠席したために、来週20日の水曜日まで学級閉鎖をする」とのことでした。アマンダが言うには、木曜日には全員出席したようですが、図工が終わった途端に2人が体調が悪いことを理由に早退したとのことです。担任の先生からは、このような薬をまき散らすことや、まったく暖房を使用しないことに関しての方針や理由などの話を聞いたことがありませんが、結果として急激に3分の1以上の子どもたちが発熱をして欠席してしまうに至ったことを、担任ご本人は、どのように受け止めているのだろうと思いましたし、学校側もどう感じているのだろうとも思いました。ちなみに、アマンダの話によれば、他の学級では、昨年の寒さを感じはじめた頃から、寒い日には普通にストーブを使用しているとのことです…。


話は変わりますが、昨晩急きょ、今度は鋸山の仏像のみなさまと会いたいと感じたので、今日はこれから鋸山へとハイキングをして仏像巡りの小旅行に出かけることになりました。鋸山の日本寺には薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)様の大仏があります。この薬師瑠璃光如来様の大仏像は、世界平和、万世太平を祈願し、天明三年(1783年)に大野甚五郎英令が27人の門徒と岩山を3年かけて彫刻したものが原型です。その後昭和41年に4カ年にわたって修復されました。

どうやら妻がおにぎりを作り終えて出かける準備も終えたようですので、あとは子どもたちの見ているテレビ番組「ジュエルペット」が終わるのを待ち、10時ちょっとすぎには出かける予定です!

「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」

《薬師瑠璃光如来の真言》~代表的癒しの仏尊を賛美する真言~









日記

鎌倉の大仏さま&江の島の神社参拝旅行

2010年01月11日
9日(土)は、予定通りに鎌倉の大仏さま&江の島の神社参拝旅行へ行ってきました。前の日の夜、デンプに「明日はだれに会いに行くんだっけ?」と聞くと、少し考えた後に「お地蔵さま!」と言ったので、思わずウケてしまいました。すぐ近くにいたアマンダも笑っていたので「おまえは笑える立場か~」と思い、同じ質問をしてみると「むつ…じゃあなくて仏像様…ん~と大仏様だ~!」と答えることができました。その後は、アマンダもデンプも一度も間違えることなく「大仏様」と言っていました。

当日の朝はかなり冷えていたものの、快晴の中、朝7時半頃に家を出て、アクアラインも湾岸道路も横浜横須賀道路も順調で、鎌倉市内で少し渋滞していましたが、10時頃には、お呼ばれしてくださった鎌倉の大仏様のもとへと無事に到着しました。大仏様のいらっしゃる高徳院は思ったよりもすいていたので、ゆっくりと参拝したりお土産屋さんで楽しんだりすることができました。

大仏様
~高徳院御本尊 国宝銅造阿弥陀如来座像~(仏像の高さ約11.3m 台座も含めると約13.4m)

大仏様に向かって、みんなでお呼びいただいたことに感謝しつつ、いろいろと祈願をしましたが、青空のもと、大仏さまは静かに優しく私たち家族の願いを受け止めてくださっているようで、とても穏やかな表情に感じられました。

DSC00791_convert_20100111080612.jpg
~アマンダとたこせんべい~

高徳院から江の島へ向かう道も、江の島にある駐車場もすいていたので、11時頃には車を降りて歩き始めました。早速、参道を歩き最初のお目当てである、数年ぶりになりますが、焼きたてのタコせんべいを食べました。結構有名になっているので、20人ほどの行列を並んで待ちましたが、香ばしくてとてもおいしかったために、みんな満足していました。

DSC00811_convert_20100111081113.jpg
〈撮影者アマンダ〉~江の島から見た相模湾沖~

江の島の高台を登りきったところにある展望台近くで、屋外にテーブルとイスが設置してある場所で昼食を食べました。食事した場所の近くにある、一段高くなっている所からの眺めはとても美しくて、デンプが「素晴らしい場所だ!」と感激していましたし、アマンダも感激しながら写真を撮りまくっていました。

DSC00835_convert_20100111081336.jpg
~江の島神社 中津宮~

中津宮でおみくじをひいたら、アマンダは生まれて初めての凶を引きました。全部読んでほしいとのことだったので、私は「願い事…今はまだかなわず、待ち人…来ず、転居…今は時期ではない・・・」などなど、そのまますべてを読んで聞かせると、顔がひきつってきましたが、途中でやめようとしても最後まで読んでくれとのことなので、しっかりと読んで聞かせました。我が家では、おみくじをひいたら必ず持ちかえっていましたが、今回だけは神社に結んできました。そして、気を取り直してもう1度アマンダはおみくじを引き直すことになり、今度は中吉。とても安心して嬉しそうにしていました。

DSC00837_convert_20100111082509.jpg
~デンプの選んだお土産の大仏様の置物~(かわいらしいストラップやキーホルダーや飴などで迷いましたが、結局はどうしてもこれがいい!と選んだのが400円の金の大仏像の置物でした。大仏様の置物を持ち帰ってどうするのかと聞くと「かっこいいから、家のどこかに置いて眺める!」と嬉しそうに満足げな顔で話していました。帰宅後、早速テレビ台に飾ってながめていました。


江の島を出たのは午後2時少し前頃。その後、海岸沿いの道を走らせて、稲村ケ崎~材木座海岸~逗子~葉山を通って、横須賀の手前から横横道路に乗ってアクアラインを通り、午後5時半頃に帰宅しました。スピリチュアルな感じの旅というよりは、とても楽しい家族旅行になりましたが、こうして充実した1日を与えてくださった「むつぞうさん」には、家族一同、感謝感謝!です。


鎌倉&江の島の旅は急に決まったことですが、今日はこの後、以前から予定していました日蓮聖人修行の地、そして日蓮宗立教開宗の聖地として知られる日蓮宗大本山清澄寺へ参拝に行ってきま~す。

今日も素敵な1日になりますように!










日記

「むつぞうさん」

2010年01月08日
昨日のこと。夕食後、私がソファーに座ってくつろいでいたところ、アマンダ(小3次女仮名)がニコニコしながら近付いてきてベタベタと甘えながら「ねええ、パパ~。行きたい所があるんだけど~…」と言ってきました。どこに行きたいのかと聞くと「‘むつぞうさん’に行きたい!」とアマンダは答えました。「ムツゾーさん??」と聞き返すと、「うん、む・つ・ぞ・う・さ・ん!」と、今度はさらにはっきりと答えました。

高次の宇宙存在として長く宇宙にいて、地球への転生の経験がとても少ないためか、アマンダは時々日本語の単語を間違えて覚えていたり、普段は普通に会話しているのに、急に「今度、行く、海、釣りする」というような感じで文章をうまくつなげて表現できなかったりすることもありますので、アマンダがこのようなおもしろい表現をすることはそれほど特別のことではありませんし、いつも家族のだれかが意味をそれなりに理解することができるのですが、「ムツゾ~さん」の正体が、この時点では家族のだれも理解できませんでした。

いろいろと聞いても「むつぞうさんに行きたいの!」と言うだけなのでよくわからなかったのですが、「‘かまくらのむつぞうさん’に行きたい!」といった時、やっと私は理解できました。‘むつぞうさん’は‘仏像さん’のことでして、つまりアマンダは鎌倉の大仏様へ参拝に行きたいと表現したかったのでした。

鎌倉へは数年前に確かに行きましたが、それ以降は家族の中ではほとんど話題にもなっていませんでしたし、アマンダに聞いても、学校やテレビなどで鎌倉の大仏様とか仏像とかを見たわけでもなく、どうして鎌倉のむつぞうさんに会いたいと今思っているのかは、よくわからないのだそうです。でも、どうしてもできるだけ早く‘鎌倉のむつぞうさん’に会いに行きたいのだそうです。大仏さまは千葉県にもあるのかとアマンダに聞かれたので、「いすみにもあるし鋸山にもとても大きな大仏様があるから、千葉県にある大仏様に行くか~?」と私は提案しましたが、「鎌倉のむつぞうさんに行きたいの!!」とアマンダは言い張りました。

ちなみに、鎌倉までは、東京湾アクアラインを利用しても車で2~3時間はかかるので、近くはありませんが、どうしてアマンダが‘鎌倉’という地名を知っていたのかと聞くと、「1年くらい前にグミお姉(長女中1仮名)が小学校の校外学習で鎌倉へ行ったから覚えていた」のだそうです…。

結局、急きょ明日の土曜日に、息子を除いた家族5人で鎌倉&江の島へと1日がかりで神社仏閣参拝ツアーに出かけることになりました。生きているタコも食べるタコもぬいぐるみやキーホルダーなどのタコも、タコなら何でも大好きなアマンダは、江の島の神社への参道にあるタコせんべいも楽しみの1つとなりましたし、神社へ行くこと自体も大好きなので、明日の参拝旅行がとっても楽しみになったようです。


話は変わりますが、アマンダの今の身近な所での一番の願いは、「石垣島に住んだら自分の部屋をもって、自分の部屋の水槽でタコを飼うことと、自分用の小さなバックを石垣島のお店で買ってもらうこと」だそうです。これは、かれこれ半年ほど前から言い続けています。また、時々言っていることですが、他の願いとしては「石垣島の海で泳ぐことと石垣島の小学校に通うことと石垣島で手乗りインコを自分で育てること」だそうです。

このように、ここ半年くらいは、アマンダの口からほぼ毎日のように「石垣島」の話が出てきます。なんだか、私以上に願いが強く、また多次元世界では私よりも頻繁に行っているようです。でも、アマンダは3次元的な現実の我が家の経済状況もよくわかっているので、一昨日には「パパがもし石垣島に住めるとしたらいつ頃がいいと思っているの?」と真顔で質問してきました。「今の家を借りる契約は3月の初めまでで終わるし、できるだけ早く引っ越ししたいから、今年の2月か遅くても3月には石垣島に引っ越ししたいと思っているよ!」と答えると、なんだか嬉しそうにうなずいていました。

明日の参拝旅行費どころか生活費もぎりぎり(必要最小限)しかありませんし、もちろん引っ越しのための貯蓄なんてまったくないのに、相変わらず、石垣島移住への願いは強まるばかりです。これは、私とアマンダだけではなく、妻とデンプ(3女6歳仮名)も一緒です。デンプの願いは「石垣島に住んだら今みたいな借りた家ではなくて自分の自由にできる家に住んで‘トイプードル’を飼いたい」ということです。

昨日も日用雑貨品を買いがてら行ってきましたが、月に1,2回の割合で、車で30分ほどの所にあるホームセンター内のペットショップの犬との触れ合えるコーナーに行って、子犬たちと触れ合うことをデンプは大きな楽しみとしていまして、どの犬もかわいいようですが、どうしても‘トイプードル’を飼いたいとのことです。残念ながら、今の貸家は犬を飼うことは禁じられているのです…。

まあ、そんなわけでして、今回のアマンダが受け取った強いインスピレーションに従って、明日9日(土)は、鎌倉の‘むつぞうさん’や江の島の神々に、家族それぞれの強い思いを祈願しに行ってきたいと思っています!

2009年12月24日 クリスマスケーキ作り
2009年12月24日 クリスマスケーキ作り





日記

アマンダと小学校

2010年01月07日
先ほど7時40分頃、アマンダ(次女小3仮名)を小学校まで車で送り届けてきました。今日から3学期が始まりますが、いつものようにアマンダは6時頃には起床して準備を整え、学校に行く気力満々ではりきって行きました。車を走らせて学校の近くまで行くと、10人前後のいくつもの集団が1列で集団登校をしている様子を見ましたが、子どもたち全体から感じられるオーラが、2学期の登校時に感じられたオーラよりも、とても輝いて見えました。アマンダも「みんな元気そうで良かった!」と言っていましたが、私は「子どもたちのオーラが下校時になっても輝き続けていますように!」と、思わず祈ってしまいました。

アマンダの学校では、11月頃から全家庭に対して体温や健康状態のチェック表が配布され、毎朝保護者が記入して担任に提出することを義務付けられています。水泳指導やマラソン指導の判断のためならまだしも、登校させるか否かに関しての判断をするという、家庭の中における保護者の最低限の責任である領域における判断までも管理したいとのことのようです。そして、ついには11月の中頃に、校長から全保護者あての手紙で「朝の体温が平熱より少しでも高い場合には登校をさせないで家庭で様子を見ること」との指示までもありました。ちょっといきすぎじゃないのかな~…アンビリーバブル!あれあれ、かわいそうに…という感じですが、今の学校の管理職である校長と教頭の波動からでは、このような判断を下すことは普通であることを、私も妻も十分理解できますが~…。


アマンダは、あんまり学校のお勉強は好きではないのに、それでもがんばって学校に行くことを日常的に選択しています。アマンダにどうして学校に行きたいのかとよく理由を聞きますが、「休み時間が楽しみだから」「友だちと会いたいから」「給食を食べたいから」という答えと、週に1度の図工の授業の日には「図工が楽しみだから」とも答えますが、それ以外の答えを聞いたことはほとんどありません。アマンダは図工以外の勉強は嫌いではないけど好きではないらしいのですが、それでも本人なりにはそれなりに授業には参加しているようですし、本当は好ましくないことが学校には色々とあるようですが、アマンダの話を聞いていると、本人なりにうまく周囲との調和を保ちながら乗り切ったり楽しんだりしているようです。

アマンダの自由意思によって、毎日、学校に行くか否かを選択しているわけですが、2学期の中の1日だけは家にいることを選択しました。体調はとても元気だったのですが、行きたいという気持ちになれなかったようです。この時は担任の先生には「家庭の都合で休む」と伝えました。結局この日は天気が良く温かかったので、デンプと妻と私と4人でみかん狩りに行って楽しみました。気分がすっきりしたアマンダは、翌朝からはまた学校に行くことを選択し続けています。


冬休み中も、当然のようにたくさんの宿題が学校から出されました。私は日常的に出されるたくさんの宿題も、夏休みや冬休みの宿題も、アマンダに対して、「もし宿題をやりたくないのならやらなくてもいいんだよ」と伝えています。教師が子どもたちのために良かれと思って宿題を出してくれているのだとしても、子どもたちが教師に要求して出してもらっているわけではないことが多いわけですし、教師の一方的な思いや、保護者からの要求に従って教師が出している場合が多いと私は思っていますし、元教師という経験上知っていることでもあるわけです。

宿題をどのように扱うかに関しては、宿題をやる側である子どもが大きな負担になってしまい、本来は嫌々やるようなものではないわけですし、そもそも家庭における学習は、家庭における責任の領域になるわけですから、学校側が強く関わる範囲ではないと私は感じています。そして、本来は宿題をやるか否か、もしくはどこまでやるのかといったことは、子どもの意志にゆだねるべきだとも思っています。そのことは、アマンダやほかの子どもたちにも理解できる範囲で私は何度も話をしてきていますし、もし宿題をやりたくないのだったらパパが先生に話をしてあげるからやらなくても大丈夫だよとも言っていますが、アマンダは「宿題はやる!」と、自分の意思で決めていて、いつも宿題をやることを選択しています。

実際にアマンダは宿題をするよりも、絵を描いたり漫画を描いたり(最近は4コマ漫画や少し長めの漫画の話を作るのにこっています)物語を書いたりパソコンをしたりすることで家庭での学習を楽しんでいますし、時間のある日には大好きな海に行って自然と触れ合うこともよくあります。アマンダは、砂浜で遊んだり釣りをしたりするのも好きですが、海をぼーっとながめたり海を感じながらイメージの世界に入っていたりすることも好きです。また、妹のデンプ(6歳3女仮名)との遊びの中でも、たくさんの学習をしていますし、兄や姉からもいろいろと学んでいます。外で友達と遊んだりサイクリングをしたりして、体力作りに励むこともあります。

ちなみに、親バカの子ども自慢ではありますが…12月末に発売された雑誌「幼稚園」のはがきの絵の投稿欄にデンプの描いた絵が採用されて、ラブリンというたまごっちのキャラクターのコメント入りのカラー版で結構大きめに掲載されました。アマンダも、その数日後に発売された雑誌「小学3年生」に、やはりはがきに描いた絵の投稿をして採用され掲載されました。デンプほど大きく掲載されなかったので、本人は少し納得していませんでしたが、親としてはやっぱり今回のダブルで掲載されたことはとっても嬉しいものでした。余談でしたが~…。

そんな多忙(?)なアマンダは、ナチュラルな感覚の中でわくわくして‘やりたいこと’をしている合間をみて、‘やるべきこと’と位置付けている学校から出された宿題にも励んでいます。ちなみに今回の冬休みの宿題は、私と一緒に計画をたてましたが、立てた計画にのっとって、ほぼ毎日、自分で時間を決めて宿題をこなしていました。嫌々やっているような時や集中できていないような時には、私や妻に「別に今やらなくてもいいんだよ~」と言われていましたが、そんな時には素直に止めたり気分転換をしてから再度始めたりすることもありました。でも、結果的には自分の意思のみで、それなりにわくわく集中してやり遂げることができました。

このようなことは、3年生の子としては一般的には普通のことなのかもしれませんが、宿題をいつも大きな負担に感じながらも、自分のために宿題をやるというよりは、‘学校での先生や友達との調和を保つために’とアマンダはがんばっているわけですが、途中でめげてしまって結果的には嫌々やっていることが多かったアマンダにとっては、はじめて長い期間を、自分なりに調整してうまく時間を使って、わくわく集中して宿題をやり遂げたという、大きな成果を得ました。

また、漢字の苦手なアマンダは、私や妻に分からない漢字の書き方を聞くことがありましたが、今回は電子辞書を使って自分で調べると言い出し、ローマ辞表を見ながら電子辞書を引いて書いていました。そんな様子を見て、宿題をやらされているような時に比べて、同じ宿題をやっていても、自主的にわくわくしながら集中している時の表情や雰囲気やオーラは、本当に素晴らしいものだとあらためて感じました。


とっても宇宙人的な感性を持ち合わせていて自由人であるクリスタルチルドレンのアマンダは、3次元の世の日本の小学校における学びを、不可思議に感じたり窮屈に感じたりすることも多々ある中で、自分の中でうまくバランスを保ちながら周囲と調和を図り、それなりに楽しみながらマイペースでポジティブに励んでいると、私も妻も感じつつ、親としての最大限の愛をめぐらせながら共に楽しみながら学んでいるつもりでいます。

DSC00747_convert_20100107124807.jpg





日記

‘2009年’年末大祓いについて

2009年12月25日
タエヌのホームページで紹介させていただいています~‘2009年’年末大祓い~に関しましてお知らせいたします。

☆実施日前日の12月27日までお申し込みをお受けいたしますので、必要を感じましたらお申し込みいただければ、私なりに尽力させていただきます。

☆すでにお申し込みをいただいている皆様には、本日25日付けで、メールにて実施予定時間等の詳細に関しましての連絡をさせていただきました。もし、本日付けのメールが届いていないようでしたら、お手数をおかけして申し訳ありませんが、お知らせいただけますと幸いです。









日記

アマンダとデンプも…たぶんまもなくブログデビュー

2009年12月11日
娘のグミ(長女仮名中1)は1年ほど前からブログを公開しています。ほぼ毎日のように、日記や読んだ小説や漫画等や趣味に関してのことなどの書きたいと感じたことを自由に表現しているようですし、いただいたコメントにもマメに返信しているようで、今の時点では毎日少なくとも数十件ほどのアクセスがあるようですし、多い時には100件近くのアクセスがあるようです。

グミは毎朝中学校へ登校する時間よりも1時間半ほど前には起床していますので、朝食をとったりペットの白うさぎのお世話をしたり一通りの身支度や準備を終えても、数十分ほどの余裕があります。その時間には必ずパソコンを開いて何やら書きこんでいますし、夕方に帰宅してから夜9時前後に就寝するまでの間も、毎日平均1~2時間ほどはパソコンを開いて何やら読んだり書き込んだりしています。

私はグミのブログを見ないことを、ブログを開いた時点から約束していますし、今も許されていないので、一度も見たことはありません。これも不干渉の法則を守っているといえるのでしょうか…でも実際はやはり気にはなりますが~…。

そんなわくわくしながら楽しんでブログに熱中しているグミや私の姿をいつも見ているアマンダ(小3仮名次女)とデンプ(6歳仮名3女)は、少し前から「ブログを書きたい!」と、2人が一緒になって要望してきました。一昨日は、やっぱりどうしても書きたいということでしたので、「一人で文字を打ち込めるようになってからだったらいいよ~」と言うと、だったらすぐにでも練習を始めたいということになり、これまでにも何度かローマ辞表を見ながらワードに文字を打ち込む経験はしてきたのでなんとなくはわかっていることもあり、以前にコピーして渡した自分たち用のローマ辞表を持ってきて、早速、練習をし始めました。

昨日の時点では、2人とも打ち込むスピードは同じくらいでして、2日間で100文字くらいの文字を打ち込んでいました。2人のスターチルドレンたちは、わくわくして本気で取り組んで学習した時の飲み込みはとても早くて、我が子ながら「天才じゃん!」って感激してしまいます。

でも、学校でのアマンダは、興味を持てずにやらされているように感じるような学習はあまりこなすことができていませんし、興味のない授業中では自分のイメージの世界に入り込んで楽しんでいるために、テストの点数はほとんどが平均点以下のようです。また、毎朝のように「今日の学校で楽しみなのはなんだ?」と私は聞いているのですが、週1回の図工の時間以外で教科学習に関して答えることはほとんどなく、ほぼ毎日「休み時間と給食の時間!」という答えがかえってくることがほとんどです。でも、教科の一部の単元やその時の授業内容によっては、意欲的に楽しんで学習していることもあるようですが、そのような機会はとても少ないようです。また、競争心が乏しいですし、家ではよくしゃべりますし自分をたくさん表現していますが、学校ではおとなしいようです。

ですから、そんなアマンダの通知表に記入されている評価は全体的に低いですし、教師からのコメントを読んでも、あまりアマンダのことを理解してくれているようには感じられません。でも、本人も親も、そのような通知表の評価を見ても、まったくネガティブには感じてはいませんが、一応参考にはするようにしています。

そんなアマンダはここ数年間、デンプは1年半ほどの間、たくさんの自作の絵本や物語を書いてきました。A4サイズの白紙を半分に折りホチキスで留めて、本のような見開きできる状態にした所に絵や文字を書いて、1冊の平均は7,8ページになりますが、2人の作成した本は、それぞれすでに軽く100冊は超えています。また、アマンダは最近、大学ノートの小さいサイズの手帳のようなノートに、小説(?)を2話書きましたが、1つは「ゆうほう(UFO)はある」という題名でした。アマンダは照れながら「パパ~。できたから見て~!」と言って、アマンダにとっては長編になった力作を読ませてくれましたが、その内容は、UFOや宇宙人の存在を信じている主人公が、学校の先生にも友人にも、いくら話しても信じてもらえなかったが、あるできごとがあって、親友だけはやっと信じてくれて嬉しい…というような感じのお話でした。

我が家の中では、もっとも宇宙人的なアマンダらしい小説の内容でしたし、とても明るい雰囲気の文章で内容も分かりやすかったので、やっぱりアマンダはすごい奴だ!と感じ、親バカと思いながらも、おもいきり褒めました。

このように、様々な現状の中、どうやらアマンダもデンプも、今の時点では不特定多数の方々に公開するブログを作成して、自分を表現したいと感じてわくわくしているようです。

我が家にはちょっと古めの物と1年半前に購入した2台のパソコンがあります。ちょっと古めの方は、グミがメインに使っていますが、デンプも毎日30分以内という約束でヤフーキッズのゲームをやったり、妻が時々使ったりもしています。新しい方は、私がほぼ独占して使っていますが、時々、アマンダとデンプのワードの練習にも使っています。

私は毎朝だいたい午前4時台に起床してすぐにパソコンを開いてから午後4時くらいまでの間は、ブログを書いたりメールのやり取りをしたりアセンションスペースシューリエの関係の仕事のために使用していますが、平日はだいたい午後4時前後には仕事としてパソコンを使用するのは完全に終わりにしています。

平日はほぼ毎日、千葉では日テレで「水戸黄門」の再放送をやっているのですが、午後4時になるとテレビのスイッチを入れて、妻と一緒に水戸黄門を見ながら、シャポー・ブルー ルージュという498円で販売している安い赤ワインを飲み始めるのが今の時点での私の日課となっています。(ちなみに残念ながら妻はアルコールをほとんど飲んだことはありませんし、ワインはまったく受け付けないようですので、いつも一人でちびちびやっています)私は、このワインに口を付けた時点から、メールのやり取りやブログの記載はしないようにしていますので、それ以降に書きこむのは、翌朝以降に持ち越しています。

私が家で行っているルーチンワークの最後は、家族全員の夕食を作ることです。食後の片づけは妻とグミの仕事なので、夕食後から就寝する9時頃までの間は、ちびちびと赤ワインを飲み続けながらテレビを見たり本を読んだりしてくつろいでいます。そんな私の憩いのひと時に、どうやらまもなく、アマンダとデンプがブログに掲載するためのサポートをする時間も加わりそうです。それにしても、娘3人がこんなに早くにブログを書くようになるなんて、数年前まではまったく想像もしていなかったことです…。





日記

ご協力いただきましてありがとうございました。

2009年11月20日
2か月ほど参加していました、にほんブログ村と人気ブログランキングを、3日後の23日(月)の午前中に退会することにしました。

これは今決めたというよりも、1,2週間ほど前から徐々にわくわく感じていたことです。

理由を後付けで考えてみると、大きな理由はみあたりませんが、小さな理由は色々とあるかと思いました。まあ、一言でまとめれば「すっきりとするため」だと思います。

今回、2つのランキングに参加したおかげで、ブログのアクセス数がずいぶんと増えましたし、ここ1,2ケ月の間で新たに読者になられたみなさまから、アセンションスペースシューリエのお申し込みのメールを通して、ごあいさつもいただきました。今回の機会に、たくさんの新たなるご縁をいただいたことに深く感謝していますし、参加して良かったとつくづく感じています。

これまでの間、ランキングへの1クリックのご協力をいただいていました皆様には厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

~ちなみに、まだ、来週の月曜の午前中までの3日間は参加していますので、残った期間も引き続きご協力をよろしくお願いいたします。~


日記

加奈とタエヌ

2009年11月17日
アセンション小説「かのこの現実」を書いていると、私は完全にその時点での主人公になりきっています。だから、かのこにもなっているし加奈にもなっているしゆかりにもなっています。特に会話の文章を書いている時は、なりきった状態で自分がその場にいるような感覚になって書いているので、書きながら感情も強く移入している自分に、後になって気づいておもしろいなあと感じています。


第20話でゆかりが紹介した本の中の2冊は、実際に私自身がスピリチュアルな目覚めを自覚し始めた6,7年前に、1冊は宇宙のみなさんとチャネリングしてメッセージを書き下ろし始めた3年ほど前に、大きな影響を受けた本でもあります。その3冊の本とは、以下の本です。

「大丈夫。うまくいくから」浅見帆帆子著

「人はなぜ生まれいかに生きるのか」江原啓之著

「アミ 小さな宇宙人」エンリケ・バリオス著

本日の作者より…で記述しましたが、「大丈夫!うまくいくから」浅見帆帆子著 幻冬舎は、私は今から6年くらい前に出会いました。その頃は、私自身がスピリチュアルなことに目覚め始めた頃で、たくさんの気づきと知識を得たと感じて、何度も読み返したことを覚えています。また、何人もの知人にもプレゼントをして、読むことを勧めたことも思い出しました。

でも、ここ3,4年は読んでいないので、本棚の奥にしまいこんでありましたが、先日、かのこの現実を書いていたら、直感的にこの本が浮かび小説の中に書きました。

昨日、今度は久しぶりに読みたくなったので、一気にすべてのページを読み終えました。読んでみると、今、私が「タエヌのスピリチュアル日記」に記載している内容の、もととなるようなことでもあり、私自身が日常的に意識している内容が、とても簡潔にまとめられているし、だれでも分かりやすいと感じるような表現で書かれている、本当に素晴らしい本であると、あらためて実感しました。

「人はなぜ生まれいかに生きるのか」江原啓之著も、やはり6,7年ほど前に出会い、読むたびにわくわくしていたので、当時は何度も読み返したことを覚えています。私はあの頃は江原啓之さんのような感じになりたいと憧れてもいたので、当時の江原さん出演の深夜番組「えぐら開運堂」は毎週録画して見ていましたし、オーラの泉も数年前までは毎週のように見ていました。でも、ここ数年は江原さんの本をほとんど読んでいませんし、ここ1,2年は出演しているテレビ番組もほとんど見る機会はありませんが、CMに出演して元気そうにしているお姿を見て安心しました。

「アミ 小さな宇宙人」エンリケ・バリオス著は、私にとってはもっとも愛読し続けている本の中のひとつです。アミの本とは、今のように高次元の宇宙のみなさんとコミュニケーションをとっていると自覚できるようになった当初である3年近く前に出会いましたが、高次元の世界が身近に感じるように、わかりやすくはっきりと書かれていると感じています。また、私はアミが実在している宇宙存在であると当初から感じていまして、宇宙の親友であるとも思っています。だから、アミの話題がでるだけでも、おもいきりわくわくしちゃいます。


今日の私はつい先ほどまで、かのこの母である加奈になりきっていました。最初は加奈が妻に似ているかと思っていましたが、書いているうちに、根本的に加奈は私に似ている部分がいろいろとあることも感じてきましたし、昨日までの加奈が、ポジティブであるスピリチュアルな意識を持つ前の私に似ているとも感じていました。しかし、今日書きあげた23話のあたりから、加奈が今の私自身にだんだん似てきていることを感じるようにもなってきました。

まあそんな感じで、何だか自分でもおもしろいくらいに夢中になって「かのこの現実」の小説を書いています。

なんとなく、今、こんなことを表現してみたくなりましたので書いてみましたが、このようなたわいもないような話におつきあいいただきましてありがとうございました。


☆《にほんブログ村》と《人気ブログランキング》に参加しています。よろしければ‘1日に2か所へ1クリックずつ’のご協力よろしくお願いいたします!
   ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
人気ブログランキングへ

☆当ブログをより多くの皆様にお読みいただき、波動をより高めるために、少しでもお役にたつことができれば幸いであると願っています☆












日記

久しぶりの来客を迎える前に思ふこと

2009年11月14日
私にとっての平日と土・日・休日との主な違いは、子どもたちが家にいる可能性が高いことと、朝食がいつもよりも少しだけ遅くなる場合が多いということくらいです。

子どもたちがどこにも行く予定がなければ、よりわくわくした気分で充実した日を過ごすために、家族で出かける機会は多くなります。でも、私にとっては平日でも同じ感覚の中で過ごしているので、行動の内容は多少の違いがあっても、よりわくわくした気分で充実した日をすごすという観点では同じです。

私はアセンションスペースシューリエの仕事のスケジュールや、やるべきことで日時が決められているものは、1冊の手帳にまとめて記入しています。一通りの早朝のルーチンワークを済ませた後、スケジュール表を見ながらその日1日の大まかな予定を立てています。

私にとっての時間が決められているアセンションスペースシューリエの仕事は、レイキの遠隔伝授と月末・年末大祓いくらいしかありません。それ以外でも、時間が正確に定められるような予定が入っていることはめったにないために、時間のはっきりとした区切りのない、とても大まかなスケジュールを立てることが多いです。

今の家に引っ越ししてから1年と8カ月が過ぎましたが、今年に入ってからの我が家への来客は5人しかいません。(ここにはもちろん、セールスマンや宗教活動の勧誘等の招かざる客が勝手に訪ねて来たケースは含まれていません。)また、私自身が誰かと約束をしてどこかの場所で待ち合わせをして会ったたことは、たぶん今年はただの1度もないと思います。

学校に通っていた頃も、教育公務員をしていた頃も、教員を辞職して約4年間ほどヒーリングルームと称して直接お会いしてレイキの伝授やスピリチュアルカウンセリングやパワーストーンのショップ等を行っていた頃も、様々な職種(高校生から教員になった25歳頃までの間に長・短期間のアルバイトをしていた、コンビニ、ファミレス、引っ越し業者、ツアコン、海の家、レコード店、ファミレス、ミスドー、アンケート調査、交通量調査などや、社員としてのファミレスや学習塾経営者)を経験していた時も、草野球チームや卓球チームに所属して参加していたり、飲み会やカラオケやスキーや釣りやゴルフなどをするために友人と会って遊ぶことが好きだったために、約束して会っていたりしていた頃などなども(思い出して書きながらとても懐かし~い気分に浸りました)、ある程度きちんと決められた時間の中で生活することが普通だった頃とは、時間の使い方の観点では、今の生活は大きく違っています。

思い起こせば、教員を辞職して、今のような仕事をメインとして行うようになった5年半ほど前の頃から、徐々に知人関係との付き合いが減って行きました。また、人ごみや都市部に行く機会も減った半面、自然の中や家族の中でいる機会が増えていきました。私は特に意識的に人と会うことを避けたり、人ごみや都市部に行くことを避けたりしていたというよりも、わくわく感に従っている結果、ナチュラルな流れの中で、波動の法則やカルマの法則などに即しているうちに、今のような状況に至ることを選択してきたというように捉えています。


今日は、本当に久しぶりとなる、1ヶ月ほど前に久しぶりの電話をいただいて、だいたいの時間を決めてお約束した女性のお客様がいらっしゃる予定になっています。その方は、私にとっては恩人であり、教員時代には初任の時にお世話になった大先輩でもあり、今の私の仕事をポジティブに受け止めてくださっている方でもあります。

私が結婚する1年くらい前に、妻も一緒に早稲田のおいしい寿司屋さんに連れて行ってもらったことがあるので、妻の若い頃や私の体重が70kg弱のスポーツマン体型だった頃(今は92kgです)を知っている方でもありますし、最近では今の家に引っ越しをした頃に、今でも使っている8人乗りの自動車を譲ってくれた方でもあります。

なんだか、この久しぶりの人と会う独特な緊張感が、今、とても心地よく感じています。でも、散らかっている家の片づけやらおもてなしの準備やらで、なんとなく落ち着かないような感じもありますが、以前はごく普通であった時間を決めての約束も、知人と会うことも、とても新鮮でポジティブな感覚になっています。

そんなわくわく感の中、たわいもない内容ですが、今、書きたいと感じたことを表現してみました。

ちなみに、ほんの10分ほど前から、我が家(いすみ)は突然突風と大雨にみまわれています。庭の畑の畝の間にはたちまち水たまりができ、風がうなっています。今日いらっしゃるお客様は、車で2時間以上かけてお越しいただくのですが、無事に来られることを祈っている次第です。


☆《にほんブログ村》と《人気ブログランキング》に参加しています。よろしければ‘1日に2か所へ1クリックずつ’のご協力よろしくお願いいたします!
   ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
人気ブログランキングへ

☆当ブログをより多くの皆様にお読みいただき、波動をより高めるために、少しでもお役にたつことができれば幸いであると願っています☆






日記

マザー牧場に行ってきます!

2009年10月17日
今日はマザー牧場に、家族6人で行ってきます!自宅から車で1時間ほどかかる所にありますが、開園時間より少し前に着くように、7時半頃には出かける予定でいます。

マザー牧場のHPに書かれている文章をそのまま転載しますと、「マザー牧場は、房総半島の山々や、東京湾や富士山の雄大な景色が見渡せる鹿野山(かのうざん)にあります。都心から近い場所にありながら、豊かな自然とふれあうことができ、子供から大人まで楽しめる観光牧場として親しまれ、国内有数の施設として発展してきました。」だそうです。

先日、千葉県内にお住まいの知人から、このマザー牧場の入場券を家族分いただいたのがきっかけですが、我が家にとっては約10年ぶりになります。

子ども向きの遊び場に行く時は、いつも子どもたちが楽しんでいる姿を見たり感じたりするのが大きな楽しみになっていますが、今回はもう1つ、私にとっての大きな楽しみがあります。それは、いつもテレビで見るたびに、かわいくてあこがれていた‘アルパカ’に会えるということでして、今からわくわくです。

昨日の夜に見たニュース番組の中の天気予報では、今日は曇りのち雨の予報でした。私は娘たちに向かって「もし明日の朝に雨が降っていたら中止にするかもしれないぞ~」と言ったら、すかさずデンプ(3女仮名6歳)は「パパ~…天気のニュースって、宝くじみたいに当たるか当たらないかはわからないんでしょ~。デンプは明日大丈夫だと思うよ!」と言いました。とっさに考えたにしてはすごい例えだ~と思いましたが、いつもながらのプラス思考に嬉しくなりました。

今朝、5時40分頃にはすでに目覚めていたデンプ。その30分後にデンプが寝室から出てきてリビングに来ての第一声は「少し前に起きたから、布団の中で‘今日は雨が降らないように’ってお願いしていたんだよ!」とのことでした。

朝7時現在の千葉県いすみの天気はどんよりとした曇り空です。でも、我が家の中は快晴でして、子どもたちは朝からハイテンションでノリノリです。ということでして、まもなく行ってきます!



《よろしければ‘1日に2か所へ1クリックずつ’のご協力よろしくお願いいたします!》
   ↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ

☆当ブログをより多くの皆様にお読みいただき、波動をより高めるために、少しでもお役にたつことができれば幸いであると願っています☆





















日記

あー夏休み

2009年08月27日
10日ほどブログは夏休み…という感じでお休みしていましたが、私自身はその間もいつもの通りに元気でして、睡眠時間は6~7時間は最低キープして朝も3~5時には起床し、食欲は旺盛なので少し控え気味にとるようにし、子どもたちともよく遊び海水浴(8月だけで5、6回行きました)や海釣りに何度も出かけ、アセンションスペースのご依頼をいただいたお仕事は、私なりにわくわくした中で尽力して行うなど、とても充実した日々を過ごしていました。また、初夏から休んでいた庭の10坪ほどのスペースも秋の野菜作りに向けてここ1週間で草刈りをして耕して石灰や元肥を捲いたりして、更地がすっかりと普通の畑に変わりました。

でも、私にとっては本来は最もわくわくしていることであるタエヌのスピリチュアル日記を書いて公開することだけは、しっかりと夏休みをとっていました。実際には、時間的に余裕がまったくなかったわけではなかったので、何度も書きたいと思いましたが、思考によって書きたいと思ってもなかなかパソコンで文字を打とうという気にはなれず、いつものように、心の奥から湧きあがる独特なスピリチュアル的なわくわく感が出てくるまで待っていました。しかし結果的には、時間はあっても霊力や気力はあまり余裕がなかったようですし、きっと私自身が休む必要もあったでしょうし、こうしてお休みすることもポジティブな意味もあってのことだろうというような感覚もあったので、いつものように無理をして書くようなことはしないで、夏休みをとっていました。

それにしても、ここのところのエネルギーは半端じゃなく強すぎて、精神的にも肉体的にも、平静を保ちそれなりの高い波動を長い時間キープするのが難しく感じることもあります。こんな時、よくデンプ(3女6歳仮名)は鼻血をだします。しかも、ものすごいたくさんの量の鼻血が両鼻から出ます。特に寝起きによく出ます。昨日の朝と深夜と今朝もたくさんの鼻血をだしていましたが、今朝も数分後にはぴたりと止まり、慣れた感じで平然とした顔で鼻に差し込んだティッシュをとって朝食をモリモリと食べていました。

まもなく学校の夏休みが終わるために、我が家の小中学生たちは宿題を終わらすために、楽しい時間をなんとか割くようにして時間をとり、勉学に励んでいますが、こんなにたくさんの宿題を半強制的にやらせる必要って本当にあるのかな~といつもながらに感じてしまいます。特に、アマンダ(小3次女仮名)のようにマイペースでのんびり屋で要領は良いとはいえない感じで、自分自身のやりたいことであふれている子にとっては、自分のためにもなるだろうとはわかっていても、やりたいとは感じない内容が多く、学校の教師から望んでもいないのに課題を出されてやらされているという要素の強い宿題というやっかいものは、実際には夏休み中では唯一のネガティブなものとなっているようです。これは、アマンダよりはずっとあらゆることを要領よくこなすグミ(長女仮名中1)も、やらされている感が強いのでネガティブに感じる部分に関しては同じことのようです。イエスマンのシュー(長男高1仮名)はやってあたりまえであるとポジティブに受け止めているようですが…。

ちなみに、来年小学生になるデンプは、アマンダ姉(ねえ)に追いつくんだと張り切って、突然漢字ワークを買ってくれと言いだし、8月初めに買った1年生用の漢字ワークを、すでに今日の時点では半分以上を終わらせて、そのほとんどの漢字の読み書きができるようになりました。やたらと字を丁寧に書き真剣な表情で自主的に楽しんで学習しているデンプと、やらされて仕方なくやっている感じの姉2人との目の輝きの違いはおもしろいほどですが、先週には2年生の漢字ワークまでも買ってきて、すでに何ページかの学習を終えて漢字を楽しんで覚えているデンプに対し、グミ姉(ねえ)は「すごいよデンプは~。私なんか漢字の学習はぜんぜん面白くないのに~…いつか抜かれる~!」と嬉しそうに言っていますし、「早く抜かしていいよ~。でも計算は抜かさせないからね~!」と、変な競争意識(?)みたいなわくわく感や応援する感じが子どもたちの中で湧きあがってきているようで、親として見ていおもしろいです。

まっ、こんな感じでみんなで充実した日々を送っています。






>>続きを読む・・・
日記

みんなのうた 「ひよこぐも」

2009年08月11日
昨年にみんなの歌で「クリスタルチルドレン」を聴いて以来、我が家ではNHKのみんなのうたを毎日のように楽しむようになりました。

今月より歌が変わりましたが、「ひよこぐも」という歌がアマンダ(次女小3仮名)の中ではマイ大ヒット曲となっているようです。「ひよこぐも」の歌詞も、歌に出てくるひよこぐもの絵も、曲調も、まさにアマンダの雰囲気にぴたりとマッチしていまして、「クリスタルチルドレン」と同様に、アマンダのテーマ曲のような感じです。キーワードは‘超マイペース’‘のんびりふわふわ’‘ひとりでもオッケイ、みんなと一緒もオッケイ’‘おっとりしているけど芯は強い’‘好奇心が強い’  

すでに「ひよこぐも」の歌を覚えたようで、アマンダもデンプもよく口ずさんでいます。ちなみにグミ(中1長女仮名)は「かつおぶしだよ人生は」という歌がマイヒット曲のようです。デンプ(3女6歳仮名)はどの曲も好きなようですが、先月までの歌「無敵のじいちゃん」が特にお気に入りのようです。







日記

私の行ってきた‘プチ修行’ その3 ~断食~

2009年08月04日
3年ほど前の夏の終わり頃だったと思いますが、断食をすることに対してものすごくわくわくして、1週間頑張ってみようと思い、家族に宣言して、このプチ修行を開始しました。

私は我が家での食事のメニューを考えたり買い物をしたり食事を作ったりする担当ですので、この修行中でも、我が家での食事作りという重要な仕事は続行することも、私にとっては荒行に感じてわくわくしていました。

この修行を行いながら「どのような意識が自分の中で湧き上がるのだろうか」というのが、私にとってのもっともわくわくすることであり目的でもありましたが、とにかくあの頃は「弱い自分を見つけ出して改善していきたい」「強い自分を認識して励みにしたい」という思いが強かったのだろうと、今になって振り返るとそう感じます。

断食とはいっても、水分は取り続けることに設定していましたが、水分は当時愛飲していたノニのリーフティー(ハーブティーのようなもの)だけ飲みましたが、他は一切口にしなかったために、料理の味見も口には含めても飲み込まずに捨てていました。

1日目の朝昼は、意外と簡単に乗り切ったものの、夕飯のメニューを考え始めた頃から葛藤は始りました。浮かんでくるメニューは、自分の食べたい物ばかり。いつものように家族の食べたい物を考えてメニューを組み立てる余裕はありませんでした。スーパーに並んでいる食材は、どれもおいしそうに見えてきらきらと輝いて見えたことを覚えています。今となってはこの夕食が何だったかは覚えていませんが、私が夕食を作り終えて食卓には座らずにリビングでお茶を飲みながらテレビを見ている時の、妻のばつの悪そうな顔と、何一つ気にしていないような子どもたちの食卓での様子を思い出しました。

2日目の朝は、どうだったか忘れてしまいましたが、その日は特に約束している仕事はなく、フリーにできる1日だったことは覚えています。朝食を終えて、私以外の家族は学校や保育園に出てしまいましたが、私は当時経営していたヒーリングルームに行く気はおきず、気晴らしにドライブをしました。ところが、考えることは食事のことばかり。目に映るのは、ファミレスの看板や飲食店ばかり。世の中に、こんなにもたくさんの飲食店があったんだな~と、あの時は感心しつつも、とてもネガティブになりました。それでも、昼を過ぎても断食は続きましたが、夕方になって当時保育園に通っていたデンプ(3女仮名)を迎えに行く頃に、この断食のプチ修行を断念することを意識の中で選択しました。

夕食は、この時に一番私が食べたいと思った、トーストにハムとチーズを挟んだサンドウィッチにしたことを覚えていますし、口にした瞬間の感激と、ワインが美味しかったことは今でもはっきりと覚えています。また、妻からは「あ~良かった~!!」と、嬉しそうな安堵した顔で心をこめて言われたことも焼き付いています。

あれ以来、断食の修行は行おうという気にはなっていません。もし、山の中にこもるなどして世間から離れて1人で行うのなら、きっともっと長い間できるのではないかと感じましたが、普通に実生活を送って1週間以上行おうとすることは、今の我が家の状況で行うのは私にとっては無謀に感じるようなことでもあり、家族に対して不調和を生じてしまうことがわかりましたし、アセンションスペースシューリエの仕事もこなせないだろうということも感じました。

断食とはいってもいろいろな捉え方や様々な方法があって、私が行ったような無理の多いものではなくて、ほどよく健康面に配慮され、状況も専念できるような中で行う方法もありますし、私は断食をおこなうことに対して批判したり意味のないものであると認識したりしているのでは決してありません。その他の修行とか荒行とかといわれていることも同様でして、わくわく感に従い純粋な動機・目的を持つ中で行うことは、ポジティブなことであると認識していますし、私自身もこのような修行と称するにはささいな(プチ・petit)修行ではありますが、その中でポジティブな学びもたくさんありました。

あの頃の私のわくわく感に従ったやり方でやった結果、こんなことになったっけな~という思い出を、なぜかここ数日間何度か繰り返し思いだしてブログに書いて公開したいというわくわく感が湧き上がりましたので、プチ修行の思い出として浮かんできた3つの内容に関して書き表してみました。





日記

私の行ってきた‘プチ修行’ その2 ~21日間の禁酒~

2009年08月04日
4年前の秋、私は21日間の禁酒をしました。私は少なくとも結婚して以来17年間は、時々強い意思を持って1,2日の禁酒を年に何度かしてきたものの、それ以外は毎日、チューハイもしくは安ワインを飲見続けていますし、時々ビールや日本酒やウイスキーなども飲みます。(超貧乏な時には調理酒やみりんを飲んだこともありました)

そんな私が21日間の禁酒をしようと決めた1番の目的は、自分自身の精神力を鍛えるためでした。あの当時は、何かと修行することにあこがれていましたが、私にとっての最も過酷な修行の1つは、日常的であり大きな安らぎを感じていた飲酒をやめることであると感じ、なんだかとてもわくわくした中で、このプチ修行を敢行したことを覚えています。

このプチ修行は、最初はきつく感じましたが、思ったよりもスムーズに続けることができました。でも、あえてこの時、21日目をアマンダ(次女仮名)の誕生日にぶつけましたが、私は子どもの誕生日を酒の肴としてワインを飲まないなんて、とてもたいへんな修行になると感じましたし、それを聞いた家族は皆(特に妻)、本当にできるの~とうすら笑いをしていました。しかも、この20日目と21日目は、1泊2日で伊豆への旅行も用意されていたので、海の幸を食べながらワインを飲まないという、私には考えられない夕食も、修行の最後の計画として組み入れました。

結果としては、見事に21日間の修行を成し遂げ、我ながらよくやったと自己満足を得て、家族にも少しだけ称えられたことを覚えています。また、当時小6だったシュー(長男仮名)は毎日30分以内という約束の中、テレビゲームを毎日欠かさずに行っていましたが、パパを見習い禁ゲームを21日間やってみないかという提案をしてみました。達成したあかつきにはお小遣い付き(確か当時のひと月のお小遣いとして渡していた2000円だったと思いました)という特典も用意したところ、その場で行うことを決意しました。実際には無理だろう~という家族みんなの予想をあっさりと裏切り、シューはこのプチ修行をやり遂げました。ちなみにその後はシューがこの修行を選択することは2度とありませんが…。

私はこのプチ修行によっていつでもお酒を止められる…!という自信がつき、禁酒はかるくできるものと自分の意識の中に位置づけられました。しかし、その後は、健康を考えて1,2日の禁酒は時々思い立つと(直感に従って)行ってはいますが、長期にわたる禁酒をやろうとしてもできませんし、ここ1年はやる気にもならなくなりました。

煙草は百害あっても一利なし。でも飲酒することは、程よく飲めば百薬の長。喫煙すると人に対して迷惑がかかることもありますが、程よく調和を保てる範囲内で飲酒する分には大丈夫。確かに喫煙することで、安らぎを感じたり心を落ちつけたりすることができましたので、このことに関しては飲酒することと同様に、情緒的にはポジティブな波動を生み出す結果になるわけですから、その心のポジティブさを思い出すと、一概に一利なし…とは言い切れない部分もありますが、私にとっては、喫煙することでの安らぎや気分転換をすることは捨てることができましたが、飲酒することでの安らぎや、アセンションスペースシューリエのお仕事をいったん終わりとして1日のある程度の区切りとするための夕方(だいたい毎夕4~5時に飲み始めます)に始める飲酒は、毎日の楽しみとして、今のところはやめることを選択するつもりはありません。肉体も家族ともほどよく調和を保てる範囲内で、アセンションするまでの間は飲酒を続けていくのだろうと、今の時点では感じています。






日記

私の行ってきた‘プチ修行’ その1 ~禁煙~

2009年08月04日
私が完全に禁煙してから6年8ケ月経ちます。実際には、妻と出会った頃の20年ほど前(私は26歳、7学年下の妻は20歳になったばかりの頃でした)に完全に禁煙をしようとして妻と約束したのですが、結局、誘惑に負けてしまい失敗しました。それでもその後は妻に禁煙できなかったことを言えずに、妻に隠れながら喫煙をしつつも、常に禁煙をしたいと思っていたので、何度も禁煙しようとしたのですが長続きしませんでした。

先日の日記に書きましたが、私は7年前の7月にレイキの伝授を受けて以来、知人で必要としてくれる方に対してレイキヒーリングを続けたり、守護霊様や前世やオーラなどのスピリチュアルな世界が見えたり(感じたり)していくうちに、教員を辞してレイキティチャーとなりたいと強く願うようになりました。その思いが強くなってしっかりと自覚した時、私は完全禁煙を決意しました。

完全に禁煙をする大きな理由は3つありましたが、1つは妻に対して隠し事をするというネガティブなことなくすため。1つはヒーリングを行う方が煙草の匂いが嫌な方がいらした場合には不快な思いをさせてしまうため。1つは自身の身体をより健康に保つためでした。そして、2002年12月6日朝6時30分に、当時勤務していた小学校の喫煙場所で最後の1本を吸った後、一緒に喫煙していた同僚に禁煙宣言をすると無理だと笑われましたが…結果としてはあれ以来、今の時点まで禁煙を続けています。私はこの最後の1本を吸い終わった後に、自らの意識の中で次のような誓いの言葉を唱えました。

「もしこの先、1本でも自分の意思によって煙草を吸ってしまったら、ヒーラーとしての道をやめます。」

実際、その後は何度も誘惑に負けそうになったこともありましたし、禁煙後の数年間は週に1,2度の割合で、‘煙草を吸っちゃった夢’を見ました。いつもこの夢はリアルな感じでしたので、そんな夢を見た後、その都度起きて夢だと知ってホッと一安心していたことを懐かしく思い出しました。そして、まだこの誓いを守っているために…ヒーラーとしての仕事を含めて、私は今のお仕事をこうして続けることができています。















日記

夜のお散歩

2009年08月01日
アマンダ(次女小3仮名)とデンプ(3女6歳仮名)とともに、6月頃から2,3日に一回ほどの割合で、夜のお散歩に出かけています。

6月中の夜のお散歩のお目当てはホタルでした。家の周辺にはたくさんの田んぼがありますが、数百メートル離れた田んぼの一角とその近くの用水路周辺にだけ、たくさんのホタルがいました。昨年も随分と楽しませてくれましたが、今年も行くたびにたくさんのホタルたちが出迎えてくれて、緑がかった白くて美しいホタルの放つ光によって癒してくれました。

7月に入った頃からは、カブトムシとクワガタ探しが夜のお散歩のお目当てとなっています。とはいっても、今年は風の強い日や涼しい日や雲で月が隠れている日が多いせいか、あまり出会うことができませんが、それでも今日現在、5匹のカブトとクワガタを採集して飼育しています。アマンダもデンプも、昨年まではほとんど興味を示しませんでしたが、今年はガラリと変わって、大きな水槽に飼育用の土や蜜のゼリーなどを入れて飼育し、2人で観察したりお世話をしたりして楽しんでいます。

また、街灯近くでは時々蝉の幼虫もいることがありますが、今年も今のところ1匹見つけたので、寝室の網戸にとらせました。朝になると、脱け殻のすぐ近くに蝉がじっと止まって体を乾かしていますが、毎年のようにこうして蝉の幼虫を捕まえては、羽化する様子を楽しんでいます。そして、部屋から元気に飛び立つ蝉の姿を見たり、アマンダとデンプの大好きな蝉のぬけ殻の抜けたてほやほやを採集したりして喜んでいます。

一昨日の日中の室温は34度ほどありましたが、今、午前9時現在、室温を見たら24.4度でした。我が家のある今朝のいすみ市は曇り空ですが、とても過ごしやすい朝を迎えています。先ほど、近くにある玉前神社に家族で参拝してきましたが、アブラゼミやミンミンゼミの鳴き声は聞こえてくるものの、まるで高原の朝のような清涼感に包まれていました。昨年の夏は半日だけ冷房を使用した日がありましたが、今年はまだ一度も我が家の室内では冷房を使っていませんし、使いたいと感じるような暑さによる不快感は今のところはありません。我が家は外房の海に近いために、以前住んでいた印西市や、生まれ育った東京都内に比べると、たくさんの自然に囲まれた中にあって夏は涼しく冬は暖かいために、とても快適に感じています。

このように、いすみもいいな~と感じつつも、でもやっぱり石垣島に移住したいという思いは増すばかりでして、神社へ参拝するたび、毎回神様に祈願し続けています。





日記

なんとなく書きたいと感じたこと

2009年07月28日
先日のブログで、私にとってのスピリチュアルな道を歩むに至った大きな転機を5つピックアップしましたが、あの時には書きませんでしたが、実際には2年半ほど前の2007年2月からブログを書き始めたことも、大きな転機の1つでした。

最初は、スピリチュアル関係で結ばれていた15人ほどの知人に呼びかけてmixiのブログを始めたのがきっかけでした。今はmixiを退会しましたが、タエヌのスピリチュアル日記の最初の1年ほどの間に書いた内容は、mixiに書いた内容をコピーして、現在公開しているこのFC2ブログに1年半ほど前の2月頃に転載し、その後、現在に至りました。

この、FC2のブログを始めた2008年の2月は、やはりここ数年では大きな転機となった、たま出版より「タエヌのスピリチュアル日記」の本を出版した月でした。本をお読みいただいた方が私のブログを読んでいただこうとしても、mixiは会員制のためにブログを読んでいただく方が限られてしまいますが、このブログはどなたでもアクセスできるという理由から始めました。

この本が発売された頃の2月の中旬の時点では、FC2ブログへのアクセス数は1日平均10人程度で、mixiへのアクセス数は30人程度でした。私は、40人ほどもの多くのみなさんが私のブログをお読みいただけていることに感謝し、責任感も強く持ってブログを書き続けていました。しかし、2月末から3月末にかけては、引っ越しの準備やらあらゆることを清算することなどで時間的に多忙となり、この1ヶ月間はほとんどブログを書かずにいました。

4月に入って、引っ越し先の雰囲気にも慣れて生活が落ち着いた頃からまたブログを書き始めましたが、その頃には1日100人ほどのアクセスがあり、その増加した人数を見て嬉しくなりました。そして、昨年の夏ころには300人を超え、昨年末ころからは1000人前後の方が毎日アクセスしてくださるようになり、多い時には3000人を超える時もありました。

急激にアクセス数が増えたのではなくて、本の出版を機に少しずつ少しずつ増えて現在に至ったので、私自身の気持ちとしては、まったく無理なく、この私のブログをお読みいただいている皆さまから与えていただいているエネルギーを糧にして、わくわく感と責任感とお役目を果たしている充実感とが日増しに強く感じる中で、ブログを書き続けています。

私は子どものころから計算することが好きでして、何かと計算したり、数字を気にしたりしてしまうことが習慣のようになっています。私はブログを書く目的は、多くの方にお読みいただきたいということもありますが、実際には書きたいと感じたことを書いているのみですし、読みたいと感じる方がお読みいただければよいと思っているつもりなのですが、結局はアクセス数が気になったり、登録しているFC2ブログのライフというジャンルのランキングがきになったりして、毎日のようにチェックをしています。

今朝もランキングを見たところ、30~50位の中に入っていることが多いので探してみたらなかったし、20位台を見てもなかったので、またランキングから外れちゃったんだな~と思ってページを閉じようとしたところ、よく見るとこれまででたぶん最高位だと思いますが15位にランクされていました。単なる私のエゴですが、15位にランクされたことがとても嬉しく感じ、お読みいただいている皆さまに対する感謝の気持ちや、必要とされていることの喜びが、いつも以上に大きく感じました。

また、ここひと月ほどは、以前よりも多くの読者の皆さまから、ご感想や励ましやご質問のメールをいただくようになり、たいへん光栄に感じています。いただいたメールはすべてすぐに読ませていただいていますが、なかなかメールの返信がスムーズに書けず、遅れてしまっている方々に対しては、この場にて深くお詫び申し上げます。


話しはガラリと変わりますが、今年のいすみ市周辺の外房の海の水温は、とっても低い日が多いようです。おとといの26日(日)に我が家から車で15分ほどかかる所にある大原海岸へ海水浴に行きましたが、気温は30度ほどあったのに、この日の水温は18.5度しかありませんでした。この夏に入って、何度も子どもたちと海へ遊びに行きましたが、いつも水温は18~19度しかありません。デンプ(3女6歳仮名)と波打ち際で遊んでいる分にはまだ大丈夫なのですが、アマンダ(次女小3仮名)の大好きな浮輪を使って背の届かない所で泳いだり波で遊んだりするポイントである、水深が1mを超える辺りでは、水温はぐっと下がり、10~20分も遊んでいると足の指先が少ししびれてくる感じがするほどに冷たく、アマンダもガチガチと震えだして唇が青くなってしまいます。それでも遊びたいアマンダは「寒くないのになぜか震えちゃう~」とかと言ったりして、やせ我慢をして遊び続けることが多いのですが、結局は、まるで雪の中で凍えるような状態になると、観念して海から出ることを選択します。それでも砂浜に上がると温かいために、少し休憩すると海に入り、結局は出たり入ったりをこまめに繰り返すパターンになります…。

大原よりもさらに車で10分くらい南に位置する御宿の海岸も同じような水温のようですが、いつも接岸している黒潮はどうなっちゃったのだろう…?と思っています。ちなみに、今朝のいすみは、雨が降ったりやんだりしている状態で、とても涼しい風がほどよく吹いています。海水温は今日も19度弱のようですので、海水浴で楽しむのは難しい感じです。以上、大原・御宿周辺の海水浴場情報でした。






日記

ジュエルペット

2009年07月15日
1年くらい前からだったと思いますが、デンプ(3女6歳仮名)は、愛読書である雑誌‘幼稚園’に連載されている「ジュエルペット」という漫画が大好きです。4月からはテレビでアニメ化されて毎週日曜日の朝9時半から放映されているために、毎週とても楽しみにしています。

ジュエルペットとは、猫やウサギなどの動物のようなキャラクターで、目が宝石(パワーストーン)でできていて、キャラクターにはそのパワーストーンの名前がつけられています。また、ジュエルペットは目に埋め込まれたパワーストーン特有の魔法が使えるのですが、たとえばペリドットは「夢をかなえる魔法」、トルマリンは「精神の魔法」、ガーネットは「愛の魔法」などといった感じです。

私は3年ほど前までは、小さなパワーストーンのショップもやっていました。ショップとはいっても、当時ヒーリングルームとして借りていた場所が2部屋に分かれていたので、そのうちの1部屋をパワーストーンのブレスレット、丸玉、ポイント、クラスター、アメジストのドーム、タンブルなどを置いて、スピリチュアルカウンセリングやレイキの伝授やヒーリングなどのヒーリングルームのお客様としてお越しいただいていた方でご要望があった場合には販売していましたので、ショップとはいっても売り上げは微々たるものでした。

2年前の3月にこのヒーリングルームを閉所しましたが、その際に売れ残ったたくさんのパワーストーンは、ご希望をいただいた際には販売していましたが、その多くが私の趣味の私物と化しました。そして、昨年に自宅を引っ越したので売れ残ったパワーストーンたちはいったん荷ぐるみをして今の我が家に連れてきましたが、丸玉、ポイント、クラスター、アメジストのドーム、タンブルなどは玄関の靴箱の上に飾っています。しかし、ブレスレットに使用する穴のあいた丸玉やさざれ石は、小分けした入れ物に入ったまま段ボール箱の中で眠ったままになっていました。ちなみに、今、私のホームページで販売しているパワーストーンのブレスレットや水晶の丸玉は、これらとは別にして、販売する物として大切に管理しています。

もともと、パワーストーンが大好きだったデンプもアマンダ(小3次女仮名)も、すでにいくつものマイブレスレットを持っていますが、この「ジュエルペット」の連載を読み始めたころからさらに興味が増し、アニメ化されたころには「ムーンストーンの魔法は~」とか「シトリンって~」とかといった感じで、名前や魔法やパワーストーンの色など、とても詳しくなりましたし、マイブレスレットは増え続けています。そのため、いったん眠っていた琥珀、赤やピンクのコーラル、ガーネット、クリソメノウ、フローライトなどなど、実際は私個人の好みで仕入れた品々である、約40種類ものブレスレット用に穴が開けられたパワーストーンたちは、すっかりとよみがえって日の目を見るようになりました。先日は、デンプの腕にはシトリン、ルチルクォーツ、ミルキークォーツ、虎目・ブルーレース・オニキス・ターコイズ・水晶などの混合、の4つのブレスレットをしていましたが、もしこれらのブレスレットを街中のパワーストーンのショップで買ったら、きっと合計1万円以上するぞ~という感じの豪華さでした。ちなみに、我が家は相変わらずその日暮らしのような経済状況で、今必要なお金のみを確保しているような状態が続くぎりぎり生活ではありますが、子どもたちの身につけているブレスレットだけは贅沢な感じです。

DSC00567_convert_20090715135004.jpg
デンプの最近とてもお気に入りのシトリン8mm玉とカット水晶のブレスレットです。サイズ内寸12cm

DSC00565_convert_20090715134834.jpg
デンプ作 「いろいろなパワーのあるブレスレット」です。。(タイガーズアイとルチルは12mm、オニキスは10mm、ターコイズ等は7~8mmです)


ひと月ほど前になると思いますが、ジュエルペットのアニメを子どもたちと見ていたら、その日の主人公は「フローライト」でした。そしてその魔法は「未来への指標を示す」でした。それを知ったある人間のキャラクターがフローライトに向かって「それじゃあ未来に幸運を招く魔法をかけてくれよ」と言うと、フローライトはきらきらと目を輝かせながら「今やるべきことをやる!それが未来を切り開く方法だよ!」と言いました。私は思わず「素晴らしい!」と声を出して言いましたが、デンプもすっかりと気に入ったらしく、その後、この日に撮ったビデオを再生しながら、フローライトのこの言葉の場面を何度も繰り返して再生し、「パパ~、素敵な言葉だよね~」と言い、うなずきながら見ていました。

DSC00598_convert_20090715143622.jpg
今(7/15 PM2:30)写真を撮りました

ここまでの話とはあまり関係ありませんが…(宣伝ですが~)ここ数カ月ほど品切れになっていた天然本水晶30.5cm前後玉を入荷しました。在庫はあと15個ほどあります。また、ブルーレースのとてもきれいな8mm玉ブレスレットも入荷しましたので、お知らせしておきます。詳しくは私のホームページをご覧ください。
     ↓
http://www.shuwrie1.com/sub13.html

DSC00559_convert_20090715134641.jpg

・ブルーレース8mm玉ブレスレット   価格1,800円(サイズB)

DSC00580_convert_20090715135225.jpg
・天然本水晶30.5mm前後玉     価格5,000円
☆良質で完全にクリアな水晶玉です☆
30mmを超える大きさの水晶玉は、場を浄化したりパワーを満たしたりするほどのエネルギーの強さがあるとされています。お部屋に、玄関に、オフィスにどうぞ。







日記

ちょっとだけお久しぶりです。

2009年07月13日
かれこれ1週間ちょっとの間、ブログを書くことをお休みしていましたが、特に何かがあったわけではなく、書こうというわくわく感が湧き上がってこなかったために書かずにいました。

確かに、アセンションスペースシューリエのお仕事やメールを使ってのスピリチュアルアドバイス等の霊力をたくさん使う仕事が充実していたために、ブログを書く前に力尽きたとも感じますし、1週間ほど前から3月12日のブログに書いたような「ネムイの時期」に入っていたことも要因であるかとも感じています。

また、こんな状態の時はブログのみならず、メールの返信もすっかりと遅れがちになってしまいますが、ここ10日ほどは遅くなってしまうことが特に多くなってしまいました。アセンションスペースシューリエのお仕事のご依頼をいただいた返信とか、日時や料金などをお知らせするような事務的な連絡は霊力も気力も関係なく、自分自身が平常心でいられればいつでもメールは書けるのですが、情をこめる時や霊力や気力を多く使う時は、すぐに返信することができる場合もありますが、こういった状況の場合には、2,3日とか1週間とかお待たしてしまう場合もありますし、かなり気合を入れて返信するような内容の場合にはあらかじめ3週間とか4週間とかお待たせしてしまうことを予告する場合もありますが、私の思考や予定ではどうにもならないような域の問題である場合もあるので、決して自分自身で妥協したり無理したりせず、最善を尽くせる状況になった時にメールを書くようにしています。

結局、メールの返信が遅くなってしまっている言い訳になってしまっていますが、そんなわけでしてメールの返信が遅くなっている皆さまには、誠に申し訳なく思いつつも、私なりのペースでやらせてもらっています。また、ブログをお読みいただいたご感想や、近況のご報告をメールでいただくこともありますが、直感的に返信したいと感じたときやご質問やご相談いただいたことに対しては、時間がかかってでも返信するように努めていますが、すべてのメールをありがたく読ませていただきまして、嬉しいご報告をいただいたら幸せな気分に浸らせていただくとか、頑張っている様子を書かれている場合には私なりに心の中で応援して思念を送るとか、そういった感じで私なりに受容をしたり愛の思念を送ったりしつつも、言葉にしてメールで返信をしない場合もありますことをご承知おきいただければ幸いです。


日記

アマンダの小さな抵抗

2009年07月02日
アマンダ(仮名)は小学3年生ですが、1年生の頃から、時々教師に対しておもしろい態度をとって、親を驚きと笑いに導きつつ感心させてくれています。例えば、1年生の時から何度となくやってきたことなのですが、連絡帳に書くべき文章を変えて思わず笑っちゃうようなおかしなことを書いたり、意味のわからない所に句点を書いて文章を途中でやめたりすることがあります。担任の先生は、全員分の連絡帳をチェックして印を押して返してくれるのですが、アマンダが言うには「先生は本当は連絡帳を見てくれていない…」と感じたそうです。そこで、わざと明らかに間違えた文章のまま提出し、何も言われずに返ってくるのを見て実感していたようです。家ではそのような大人を確かめるような感じの行動は見たことありませんが、担任の先生の日常的な状況の中から、たびたび不合理なことを感じている中での1つの行動のようです。

また、これは今年の授業参観の授業中の出来事ですが、一番後ろの座席に座っているアマンダは(クラスで身長は一番高いです)、教師が黒板近くで授業を行っているにもかかわらず、授業の途中から突然真後を向いて座りはじめ、しばらくの間そのまま後ろを向いた状態で座ってボ~っとしていたそうです。(妻が見に行って驚いたようです)帰宅してからどうしてなのかを聞いたら、「授業がぜんぜんおもしろくないし先生の方を向いているだけでも疲れるから、後ろを向いて楽しいことを考えていた」とのことでした。時々そのようにするようですが、一度も教師からは注意を受けたことはないそうです。

そんなアマンダが、昨日の帰宅後に妻に話した内容ですが「今日の体育の授業で体育の授業は受けなかったけど、アマンダはみんなと一緒に体育の時間に走ったよ!」と楽しそうに話していました。妻は「えっ!?」という顔をしてよくわからないようだったし、アマンダも説明がうまくできなかったようなので私が補足しました。「体育の教師がクラスのみんなに対して走るように指示を出して、みんなはその指示に従って走ったけど、アマンダは教師の指示に従うのは嫌だから、指示に従って走り出すことはしなかったけど、アマンダ自らの意思でみんなと一緒に走りたいと思ったから走った。…と、いう意味だよ。」というと、アマンダは頷き妻も納得しました。実はこの体育の教師は、3年生から6年生までの体育を専任で担当しているのですが、この50歳位の男性教師は、まるで軍隊の命令か、はたまた奴隷をこき使うかの如く、頭ごなしに子どもたちに対して怒鳴り散らすような感じで指示を出し、親から見てもあまりにも憐れでかわいそうなくらいの愛が少ない中で低い波動を発している人です。アマンダは、この教師が大の苦手ですが、アマンダなりに調和を保ちながらのポジティブな対応を見出し、このように実行しているようです。アマンダのこの小さな抵抗のような対応には、大いに感心させられました。

昨年度はグミ(長女中1仮名)がこの体育専科の教師の授業を受けていましたが、それはまあ本当にネガティブな感じの授業が多かったようでした。グミは1度体育の授業中に足を痛めてしまったので、この教師に見学したい旨を伝えると「ばかやろー!ウソついてんじゃねーよ。さぼるんじゃねーよ。早く戻れ!」と怒鳴られたそうです。仕方なく戻って授業を続けていると、さらに強い痛みを感じたので、また同様なことを伝えたそうです。それでも、同じようなことを言われて強制的に運動させられそうになったので「先生は私の足がこれ以上痛くなったら、何か責任をとってくれるのですか!?」と言ったそうです。すると「じゃー休めー!」と言われて解決したそうです。

アマンダは、普段からぽわ~ンとした、いわゆる「天然タイプ」でして、ほんわかマイペースなクリスタルちゃんです。でも、芯は強くて結構頑固なところもあります。グミはストレートでわりとはっきりしたタイプでして、5年生の時は児童会役員に立候補して当選するとか運動会の選手宣誓をするとか、何かと人前に立ったりリーダーシップを発揮したりしています。このように2人ともタイプは全然違いますが、こういったネガティブな教育の中でも、自分をポジティブに保ちつつ学びを行っていることは確かであると、私は親として安心している次第です。

今の小学校の教育すべてがネガティブな教育であるといっているわけではありませんし、道理に適った学びもたくさんしていることもわかっていますので、お世話になっていることには深く感謝しています。でも、あまりにも多いネガティブな出来事には、とても残念に感じ憐れに感じることがよくあります。ですから、普段からそのような話が子どもたちとの会話の中で出るたびに、子どもたちがポジティブに受容し、自分を保ちながらポジティブな対応ができるよう、親としてサポートするような話をすることがしばしばあり、親子でこのような学校教育からもポジティブに学びを得ている次第です。

今回はちょっと極端な話を書いたかもしれませんが、昨日のアマンダの体育の話を思い出したら急に書きたくなりました。
日記
« Prev | HOME | Next »